歴史についてこれまで考えてきたことを書いています


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look at, look into

 やっとアクセス数は落ち着いてきて、分相応ということでほっとするところがあります。この間記事が途絶えたのは、以前ここでも何回が記したことがある書き下ろしの結論部分を書いていたためです。着手は随分と以前でしたが、結論部分がなかなか書けない。結論として書こうとしたことが、いつの間にか個別論文として発表されてしまう。そのうちにプロジェクトや別の本の出版計画が相次いで、そのままほったらかしになっていました。
 今回その結論部分の下書きをやっと書きました。まだ全体を見直してはいませんが、結局全部で400字詰め500枚強。下旬に出版社の人と会うので、大枠はこれでよいということになったら、もう一度見直して年末までには書き終えようというのが、今日段階での計画です。もっとも枚数も多いし、現在の出版状況ですので、出版に至るかはわかりません。内容は歴史論。本当の自分の関心は他の所にあって、時間ができるようになったらそれに取り組みたいと思っていたので、やっとそうしたことにも時間が割けるようになりそうです。
 歴史論と言えば、9月13日、14日のイーサン・クラインバーグを招いて会は、随分とネットに情報が流れているようです。まだそれほど宣伝をしていないのに、助かります。歴史理論、史学史の会ということですが、これについて今日は一言書き添えると、たしかフランク・アンカースミットは、歴史へのアプローチを、look at と look into に整理していたと思います。look at というのは歴史という形をとって著されているもの(書かれたものにとどまりませんが)を検討するということです。look into というのはそうした歴史によって表象されているもののを、内在的に見ていくということです。歴史理論、史学史というのは基本的には前者ということになります。いずれにせよ、過去は、そうしたものを look at することによって、look into しているものです。 

# by pastandhistories | 2017-08-18 14:07 | Trackback | Comments(0)

ボーダースタディーズ

 先週参加したのはボーダースタディースをテーマとした研究会。会での報告の具体的な内容に関してはそれぞれの報告者によって行われていくと思うので、ここでは自分の感想を書くにとどめます。個々の発表については内容的にも細かいことがあるのでそれは避けて、最後の総括的なパネルについて書くと、報告者はクリス・ロレンスとイム・ジヒョン。ロレンスは自分の問題関心からボーダースタディーズということでそれと関わるナショナリズムの問題を取り上げたのですが、本人も認めていたように、参加者の関心とはややマッチしないところがあり、あまり議論は進みませんでした。イムもこのテーマが専門ではないでしょうが、議論は巧み。問題を五点に要約したけど、まずはつかみの議論で南半球と北半球では季節が違うという話から。普通に南北問題と言ってもいいわけだけど、季刊雑誌の「季節」を取り上げてそれを最初の持ち出したのには、彼らしいところがありました。またアイデンティティをアイデンティフィケーションという言葉で置き換え、アイデンティティは固定的なものではなく、つねに過程的に構築されているものだと論じたけれど、このあたりにもイムらしい議論の巧みさを感じさせました。もう一つ彼が指摘した重要なことは、ボーダーをアクターから捉えるということです。
 この問題はこのブログでも論じたことがあります。確認してみたら、2012年3月の「境界の形成、越境者の増大」、同じ年の9月2日の「野ばら」という記事でした。読み直してみると意が足りないところもあるようですが、そこで論じたようとしたことは、そもそも「ボーダー」というのは「国家」が構築されるに伴って同じように「構築」されたものであるということです。構築された「中央」から見れば「周縁」となるけど、歴史的にはそれ自体として主体です。したがってこうした地域をボーダーとして扱うのは、現在的な視点であっても、歴史的な視点ではありません。歴史的にはそうした地域はあくまでも主体として理解されるべきだからです。
 シュテファン・バーガー(彼の呼び方についてはこのブログで彼を最初に紹介して時に、ドイツ人なわけなのでベルガ―と書くべきかという記事を書いたことがあります。今回本人に確認したら、基本的にはそうだと言っていました。しかし、会ではすべての人がバーガーと呼んでいたので、バーガーと書いておきます。ボーダーレス化した人々に通有するインターナショナルネイミングです)も最初のキースピーチやその後のコメントで、ボーダーは(つねに構築され、変更されるものであり、またゾーンであったりラインであるという点で)プロセスであることを強調していました。
 その通りだと自分も考えています。たとえば16世紀までは大西洋がヨーロッパとアメリカ大陸のナチュラル・ボーダーであったわけですが、18世紀には13植民地がイギリスとネイティヴ・ステーツのアーテフィシャル・ボーダーゾーンであったわけです。国家を欧米のみに存在したものとはせず、アメリカンネイティブが保持していたシステムをステートとみなせばそうなります。ルイジアナ地域はある時期までイギリスとフランス、ネイティヴズのボーダーゾーンであったわけだし、テキサスもカリフォルニアもボーダーゾーンであったわけです(この二つは、考え方によれば今でもボーダーゾーンかもしれません。だからこそ人為的に壁を構築するという考えが生じたわけです)。
 どうしてもボーダーには国家、それも近代国民国家や大国が前提とされるところがあり、ボーダースタディーズにそのことは反映されがちですが、やはり歴史的には、そして現在的にもそう呼ばれている地域に住む人々を主体として考えていくことが当たり前のことだけど、必須です。

# by pastandhistories | 2017-08-09 11:48 | Trackback | Comments(0)

今週の予定、今後の予定

 今日から三日ほど研究会で東京を離れます。今回は、シュテファン・バーガー、モリス・テッサ・スズキ、クリス・ロレンス、イム・ジヒョンらが参加するとのことで、楽しみです。ただ自分のプロジェクトではなくエキストラ参加、内容についての報告などは主催者側によって行われると思うので、多分ここでは紹介できないのではと思います。少し残念です。
 自分が関係しているプロジェクトでは、すでに記してきたように、9月13日、14日に『歴史と理論』誌の編集長であるイーサン・クラインバーグを招いての会が、9月13日、14日にあります。13日に日本の研究者による4本の報告があります。イーサンがコメントしてくれますが、彼には英語のサマリーを事前に渡しますので、発表は日本語です。14日はイーサン自身が報告してくれます。ほぼポスターを作成してあるので、その発送作業に入れるのではと思います。それぞれ面白いと思いますが、13日は若手の研究者、14日はイーサンとディベートをしたいという人は参加をしてください。
 もう一つは11月26日に、近刊の Companion to Public History のこれも編集者であるデイヴィド・ディーンを招いて、パブリックヒストリーの現況と今後についての議論をする予定です。ややフライトの切符の手配にややこしいことがあって調整にもう少し時間がかかりますが、多分この日程で開催できるのではと思います。
 二つの会の報告者はともに編集者として、現在の歴史研究の状況についての幅広い理解を持っている人たちなので、いろいろ参考になることが聞けるのではと考えています。自由な討論形式で行う予定なので、多くの人が参加を期待しています。

# by pastandhistories | 2017-08-02 09:12 | Trackback | Comments(0)

プロフィール②

 何気なく始めたブログが随分と積み重なってしまいました。最近は一日平均三ケタ前後のアクセスがあって、それだけの数の人に何を書いていいのか戸惑うところがあります。「そもそも」誰が読んでくれているかがわからない。「いわば」暗闇に向かって書いているような感じです。
 ネットへの発信ですが、匿名というかたちをとらず確か最初の頃にプロフィールとして執筆者の名前を明らかにしたことがあったはずです。その時、時々は個人的情報を書いていくということも明らかにしてそれに類する記事をいくつか書きました。その後も多少は書いていますが、基本的には自分が参加しているプロジェクトなどの情報が中心となっています。歴史研究者であれば、その内容で執筆者が誰かはわかっているとは思いますが、格別歴史研究者ではない人や、新しい読者もいると思うので、今日は改めて執筆者のプロフィールを書いておきます。
 名前は岡本充弘です。職業は、現在は庭園管理、果樹栽培、ママチャリ自転車ロードレーサーですが、そこから収入があるわけではありません。東洋大学の史学科に教員として勤務していましたが、現在は退職しています。ただ歴史理論のプロジェクトには参加していて、主としてその企画を手伝っています。他人が自分をどう理解しているのか、それはわかりません。ただ自分が一番気に入っているのは、ある人からもらった「人格温厚、思想極端」という評価です。実際には、「人格極端、思想温厚」のような気がしますが、そうであるがゆえにこの評価は嬉しいところがありました。
 結構宣伝の多いブログですが、今日も宣伝をしておくと、このブログの内容に関わる出版物としては、単著である『国境のない時代の歴史』(近代文芸社、1993年)、『開かれた歴史へ』(御茶の水書房、2013年)、共編著としては『歴史として、記憶として』(御茶の水書房、2013年)、『歴史を射つ』(御茶の水書房、2015年)があります。今年の初めの頃、これらのアマゾンでの販売状況の関して、ここで宣伝的な記事を書いたことがあります。
 『国境のない時代の歴史』はアマゾンでの古本価格が安いので誰か買ってほしいと書いたら売れたらしく、現在では在庫がないようです。実はこれは自分の手元にもありません。この本の内容は自分では気に入っていて、自画自賛ですが「幻の名著」と呼んでいます。
『開かれた歴史へ』は版元ではほぼなくなっているようですが、アマゾンでは中古品が安く出回っているようです。『国境のない時代の歴史』に関しても書きましたが、機会があればサインをしますので(普段は献本にも絶対にサインをしないのですが)、値下げを食い止めてくれる人がいると、嬉しいところがあります。
『歴史として、記憶として』は一時品切れでしたが、現在ではアマゾンに在庫があるようです。これも自画自賛ですが、この本は豪華執筆陣で、貴重な証言も含まれていて、有用ではと思います。
『歴史を射つ』は版元では完売になったようです(返本が多少あるかもしれないけれど)。新刊の値段が高くて自分では心苦しいところがありました。古書としても妥当な価格であってほしいと考えています。
 最後になりますが、自分はフランクな性格で、老若男女誰に対しても分け隔てなく付き合えるのではと思います。最初にも書きましたがブログの不便なところは、誰が読んでいるのかがわからないことです。いくらでも個人的なコミュニケーションには応じますので、気兼ねなく連絡してください。メールは tsyokmt@hotmail.com です。メールのアドレスを公開すると、年齢のせいかヴァイアグラの宣伝が毎日のように入ってきます。もっとも最近は養毛剤の宣伝はまったく入らなくなりました。

# by pastandhistories | 2017-07-30 10:10 | Trackback | Comments(0)

比較史②

 昨日は少し落ち着いたけど、相変わらずアクセス数は減らず、先週は一日平均が3ケタ。随分と多くの人がアクセスしてくれるようです。そうした期待に応えるほどのことは書けませんがませんが、今日は一回で中断した比較史の続きを書きます。
 ①で書いたことは、ユルゲン・コッカも指摘している「比較史の非対称性」という問題です。歴史家は自らが現前する時間的な、空間的な場に対する認識を前提に過去を論じる。同時にその論じられた過去が提示される場もまた彼が現前する時間的な、空間的な場です。そうした彼が現前する場に対する知識は、歴史家が議論の対象としている過去についての知識と比較すると、質的にも量的にも非対称的なものです。もちろんオーディアンスは、歴史家以上に非対称的な知識しか持っていません。
 逆説的なことですが、そうした非対称性のうえに、比較史は成り立っているという部分があります。しかし、比較史には歴史家の拠って立つ時間的な、空間的な場をともに離れた二つの対象を設定するという方法もあります。たとえば19世紀の南米と、13世紀の中東との比較というようなテーマ。もちろんそうしたテーマでも同一性と差異は論じられますし、歴史家から見れば対象はともに自己に疎遠であり、知識の質も量も似たようなであるという点でパラレルなものとなります。実はこの場合でも、歴史家の問題意識が前提とされていて、その意味では非対称性は内在していますが、外見的には比較される対象そのものは対称性を留保していることになります。しかしこの場合は、テーマの随意性がかなり高まることになります。
 比較史の問題は、結論が前提的に措定されがちだということです。結論は二つ、もしくはも三つ。比較するものに、①同一性あるいは類似性がある。②差異がある。そして③同一性・類似性もあるが、差異もある、という結論です。それほど単純ではないという批判があるでしょう。検討の結果、当初の措定とは異なる結論が導き出される場合も多いという議論の仕方です。しかし、そうした議論もまた、最初の予測とは異って、「意外にも」同一性があるとか、差異があるという議論をしているわけで、やはり結論は前提的な措定から導き出されたものです。

# by pastandhistories | 2017-07-25 10:18 | Trackback | Comments(0)

周縁と歴史

 昨日はプロヴァイダーの点検作業ということで、自分からはアクセスできませんでしたが、アクセスが3ケタを超えたようです。おとといもということで、この間アクセスが高止まりの傾向にあるようです。期待してこのブログを開いてくれる人がいるということでしょうが、正直そうした期待に応えられるかと思うと、気持ちが重くなります。ただ読んでくれる人にとって参考になればということで、今日も思いつくことをメモ的に書いておきます。最初に断っておきますが、あまりまとまった話ではありません。
 その一つは以前授業で自分が用いた史料についてです。「歴史は史料に基づく実証である」ということで、大学の史学科には「史料購読」「史料研究」のような科目が置かれています。自分が担当していた西洋史の場合、この授業のためのテキスト選択には以前は結構苦労しました。しかし、ネットはその改善を随分と助けてくれました。海外の史料が学生にも直接利用できるようになったからです。その一つとして用いたのが、ダクラス・リンダ―という人が作成した Famous Trials (http://famous-trials.com/legacyftrials/ftrials.htm)というサイトです。あくまでもアメリカの学生向けという点で、欧米中心で英文が中心となりますが古今東西の有名な裁判の記録が、そのアウトラインについての説明とともにアップされていて、便利なサイトです。
 もちろん、裁判資料などの公的資料を中心として歴史を組み立てることには、批判があります。史料そのものが本来は社会の統制を目的として作成されたものでしかないからです。しかし、そのことを逆用して斬新な歴史研究が、ミクロヒストリーとしてナタリー・ジーモン・デイヴィスやギンズブルグによって試みられたことも事実です。これらが評価されたのは、従来は歴史の周縁に置かれていた人々を取り上げることを通して、その時代の社会のあり方を合わせて論じたからです。
 厳密には論じていることの意味内容は異なりますが、歴史の周縁という問題をテーマに鋭い指摘をしているのが、今年に入ってから翻訳出版されたラナジット・グハの『世界史の脱構築』(原題は、History at the Limit of World-History )です。欧米に起源をもつ World-History が植民地支配とともに南アジアに入ってきた、そしてそのことを前提として「歴史となりえるもの」は何か(このことは逆に「歴史になりえたもの」は何で、「なりえていないもの」何かという議論でもあるわけですが)を論じたものです。
 面白く読める本ですが、そのタイトルの訳に関してに訳者の竹中千春さんは興味深い指摘をしています。それはタイトルの訳として採用された脱構築という言葉は、原書の中では一度しか登場しないということです。しかし、竹中さんがこの訳語を採用したのは明確な理由からです。グハはサバルタンやポストコロニアリズムの立場に立って、そうしたものを排除するかたちで機能してきた世界-史を脱構築する立場に立っている、と竹中さんが考えているからです。
 今日の話はあまりまとまりませんが、無理に結論すると、同じ周縁に議論を立脚させていても、ギンズブルグとグハは立場を異にしています。ギンズブルグは周縁から歴史を構築することが可能だと考えているわけですが、グハは周縁から歴史そのものへの疑問を提示しているということです。これは重要な論点だと自分は考えています。

# by pastandhistories | 2017-07-19 10:56 | Trackback | Comments(0)

セミ・グローバリゼーション

 気づいた人があるかもしれませんが、昨日書いたことは過去に生じた事実を踏まえていないという点で、きわめて非歴史学的な文章です。最大の誤りは、今後の300年の予測として、一家族についての子供数を二人、一世代を30年としていることです。この推定は、歴史的事実に照らして、明確に誤りです。たとえば、日本で出生者数が一カップルあたり二人を切ったのは、20世紀後半に入ってからであって、それ以前は一カップルあたりの出生者数ははるかに大きいなものでした。これは外国でも歴史的には同じで、また現在でも高い出生者数がある地域が存在しています。さらに、一世代が30年というのも固定的なものではありません。はるかに速い世代交代が行われた時代、地域が歴史的にはありました。そればかりか、DNA操作の医療技術が飛躍的に発達して人間の老化が制御されるようになれば、平均寿命が200歳というようになり、人口を調節するために、出生者数を極端に制限するという社会が、意外なほどの近未来に生じるかもしれません。その意味では、人間の社会が同じような文化的枠組みで維持されつづける考えるのは、きわめて不正確な予測です。
 またグローバル化がさらに促進されるというのも、傾向性としてはかなり確実な予想に思えますが、本当にそうなっていくかについては、なお議論の余地があります。そうした問題を論じたものとして、少し興味深いのは、Pankaj Ghemawat が World 3.0: Global Prosperity and How to Acieve It (2011) で論じた現代の世界を 'semi-globalized' という段階にあるものとして捉える考え方です。実はこの本はまだ入手してはいませんが、その紹介はダグラス・ノースロップが編集した Companion to World History (2012) に、ノースロップ自身が付した最後の要約的文章で紹介されています(同書、500~1頁)。
 Ghemawat の主張の要点は、ノースロップによれば、セミグローバライズドという言葉にも示されているように、現在の世界をグローバリゼーションが全面的に行きわたった社会とは考えてはいないということにあります。そしてネオリベラリズムのようにそのさらなる進行を擁護するのではなく、そこから生じる問題を制御する有効な手段が現在の段階では明確ではない以上、国家による規制を支持する立場から Ghemawat は、現在の世界の状況をセミ・グローバリゼーションとして捉えているようです。
 その具体例として Ghemawat は、たとえば現在でも出生した国で死亡する人は人口の90%を占めることをあげています。またネットを経た情報も、国家的枠を超えて流失しているのは20%以下に過ぎないことを指摘しています(ネトウヨが出す情報はまさに国内限定的なものです)。トレンディ化したグローバリゼーション論に釘を刺した主張としてやや興味深い主張です。普通の人々の日常的生活や言語的な制約を考えれば、グローバリゼーションがさらに進行していく場合でも、それは全面的なものとはなりえずに、ローカリティやナショナリティが残されていくということは、大いにありうることでしょう。それがネガティヴなものではなく、いかにポジティヴなものとして機能していくかが大事です。

# by pastandhistories | 2017-07-15 17:38 | Trackback | Comments(0)

未来の歴史

 昨日は旅券の更新に行きました。身分を証明する書類はもちろん(現在の旅券があるので)、戸籍抄本も住民票もいりません。どうしてかなと思っていたのですが、受付でその理由がわかりました。その場で一瞬にして住民票のコピーが出てきたからです。
 考えてみれば当たり前の話ですね。各市町村にある原簿を大型のコンピューターに入力してあれば、それがどの端末からも出力できるからです。現在では住民票や戸籍のある特定の市町村にだけ、(かつては文字的な形で保存されていた)データがあるわけではないからです。 
 このことで気づいたことは、ある世代以降の戸籍はすでにビッグデータの一部になっているということです。それが今後も延々と累積していく。つまり自分も含めて戸籍制度のある現代社会に生きている人間の子孫については、たとえば300年後には、子供が平均二人、一世代が30年とすると2の10乗である1000人程度存在しているわけですが、データが消失しない限り、そのすべてがわかるということになります。別の言い方をすると、300年後の人間は300年前にいた1000人近い祖先のすべてを記録上は認識できます。
 おそらく今後の300年というのは、グローバル化の進展に伴い、人々の流動化、それに伴う混血化が一層促進されていく時代でしょう。そうした社会にあって、個々の人々は自らにあるハイブリディティを、明確な記録をとおして認識しえるわけです。そこでは、歴史をナショナルな単位で論じるべきだとする考えは、きわめてナンセンスなものとなるはずです。カーが論じたように歴史を未来から見るという考えが正しいのだとするなら、ナショナルヒストリーから歴史を語り、それを永続的なものとして絶対化しようとすることは奇妙です。未来に生きる人々は、自らに関して残された史料を踏まえて、自らのハイブリディティを認識していて、ナショナリティに帰一化されるような歴史観を抱いてはいないだろうからです。
 このことが示していることは、もちろん相対的には現在のような流動性の高い社会ではなかったことは事実かもしれませんが、ナショナルな枠組みに歴史がある時期まで画一化されがちだったのは、300年前に生きていた1000人ほどの祖先が可視的なものではなかったからです。そうしたものを丹念に可視化していけば、現在の歴史のあり方も少しは変わっていくかもしれません。繰り返し指摘してきましたが、ファミリーヒストリーの意味はそうした点にもあります。

# by pastandhistories | 2017-07-14 12:25 | Trackback | Comments(0)

いくつか

 7月に入りました。日本の大学はまだまだ授業が続きますが、海外ではすでに休みに入りかけているところが多く、この時期には海外の研究者からのメールが結構来ます。返事をほおっておくとあっという間に溜まってしまう。ということで、今日は朝からその返事書きをしていました。自分に問い合わされてもとは思うのですが、いろいろな問い合わせがあります。
 その一つに、日本でのファミリーヒストリー研究の現状について教えてほしいというものがありました。普段はあまり意識したことがなかったけど、早速ネットで検索してみたら、いくつか本はあるようですが、この領域についての専門的研究者による論及がほとんどないことを知りました。少なくとも、それを専門的課題としている大学所属の研究者は見当たらないようです。だとしたら本当に驚くような話で、日本の歴史学のあり方を考えさせられる話です。 
 この問い合わせとは別に、インドの女性研究者から、インドではかつては男系も女系も含めて個々の人の先祖を樹形図的にたどることが行われていたが、それは現在ではなくなってしまった。日本でも同じだとしたら、それは何故だと思うかという問い合わせがありました。単純化すればナショナリティや共同性が近代国民国家の成立以降は歴史の重要な要素になったというのが自分の考えなので、かつてそれについて書いた英文を添付で送りました。
 カレ・ピヒライネンからはヘイドン・ホワイト論を中心にした論文集のインデックス作成が終わって、7月10日から印刷に入るという連絡が来ました。ラトリッジから出版されます。そのホワイトからは、版権についての問い合わせを出版社に依頼されその連絡をしたら、簡単な内容の返事がすぐに来ました。元気なようです。この翻訳出版は10月頃ということで予定されているようです。
 それから9月13日、14日に予定されているイーサン・クラインバーグを招いての研究会に関して、7月5日締め切りで発表予定者を公募していましたが、数的にも質的にもバランスのよいかたちで応募がありました。研究会はなるべく「開かれた」ものとして行うというのが自分の考えですが、せいぜいこのブログと研究所のホームページで宣伝しただけなのに、こうした形での応募があるとは考えていませんでした。いろいろ調整しながら、月末までには具体的な内容をつめていく予定です。
 なお予算が少しありそうなので、パブリックヒストリーの中心的メンバーを招いての研究会を企画していますが、この件に関してはその一人から11月末頃に滞日したいのでどうかという問い合わせがありました。この時期で開催が可能か、これから検討していく予定です。

# by pastandhistories | 2017-07-07 09:53 | Trackback | Comments(0)

7周年

 昨日は97件、おとといは104件のアクセスがありました。歴史に対する映像的・図像的表象の意味を随分と強調しているこのブログは、アイロニカルなことに一切図像や映像を用いず、文字だけで構成されています。いまどきのブログとしてはあり得ない作り。さらにツイッターのような短文ではなく、数えたことはありませんが、多分それぞれの記事が1000~2000字程度で書かれているのではと思います。 
 読み手を無視したとっつきにくい形式。さらに内容的にも基本的には歴史研究者を対象としたもの。それでも一日に百件近いアクセスがあるということに対しては、読んでくれている人には感謝しています。もっともアクセスが多いのは、誰かがブログかツイッターにリンクをはって紹介してくれているためのような気がします。
 読み手が増えた時に、時々このブログが書かれ始めた由来を説明しています。もともとは、2010年にサンディエゴのアメリカ歴史学会に参加した時に、時差で朝早く起きたのでその時間を利用して書き始めたもの。その後同じ年のアムステルダムでの国際歴史学会議に参加した時に、またその準備でロンドンに滞在していた時に、同じような理由から本格的に書き始めました。それまでいろいろ考え、メモを記していたことや、国際会議の動向、あるいは最近の国際的な歴史研究の流れで注目しておいてよいことを気ままに書いています。ブログということで、自分が関連している研究プロジェクトの紹介や、自分がその時々に取り組んでいる原稿の内容などについても。まとまったものでなく、あくまでも自分のためのメモというかたちで書いてきましたが、今年で7周年ということになります。書いた記事数は途中までは数えていましたが、最近では面倒くさいので数えていません。多分600記事から700記事程度。合計するとかなりの量になってしまいました。
 このブログには月間記事別アクセス数がわかる機能があって(一日毎のアクセスもわかります)、それを見るとどのような記事が読まれているかがわかるようになっています。不思議なことは、どうしてそのことがわかるのかなとという、自分でもそれなりにわかりやすく書かれているなという昔の記事が、よく読まれているようです。「魔女の実在」「アーサー・ペンと小さな巨人」「明示性と構築性」「複雑系の考え方」「COM」「全世界」「生きていたことへの不安」「ノンフィクションと歴史」「I knowed」「死者の権利」「オバマは最初の黒人大領領?」「二時間ドラマの構造」「民主主義への憎悪」「想像する」「御用学者」「世界史教科書の写真」といったような記事です。これらの記事が必ずしも歴史研究者だけを対象とするものではなく、一般的な内容を含んでいるためかもしれません。

# by pastandhistories | 2017-07-02 06:32 | Trackback | Comments(0)

new brave history

 先日ある文章に、「ニュー・ブレイヴ・ヒストリー」というサブタイトルをつけたら、編集者の人にわかりにくいと言われました。確かに意味が分かりにくいですね。英文では、New Brave History。 これなら英文の読者にはわかるところがあるのではと思います。ハックスレーの New Brave World (翻訳タイトル『素晴らしき新世界』)をもじったものであることがわかるからです。 
 『素晴らしき新世界』はいわるるディスト―ピア的な科学的空想小説です。テーマは未来には、現在と同じようなかたちでは人類は文化的にも、あるいは生物的にも存在していないというものです。したがって、そうした人類から見た歴史は、現在の人が考えるような歴史とは異なるものとなります。
 人類は未来において現在とどう異なるものとなるのか。その一つの例示はサイボーグです。痛みと感情をめぐる本でも、攻殻機動隊を例にとって、未来人類にとって痛みという感情はどのようなものなのか、どのような意味を持つのかという問題がふれられています。しかし、そこで問題となるのは、痛みや感情を感じる器官である脳は、将来にわたって生物的(有機的)なものにとどまるのか、それとも無機的なものによって置き換えられるのか、さらには無機的なものを有機的なものに転換したものを移植するかたちで脳が合成されていくのかという問題です。
 最近、碁や将棋で人工知能(AI)が職業的棋士を打ち負かす例がさかんに報道されるようになりました。コンピューターのほうが、人間より高い能力を持つということです。歴史研究でもそうした流れは生じています。だとすると問題は、人間がコンピューターをどのように上手に利用するかだというような議論が、よく行われています。果たして問題はそこにとどまるのでしょうか。
 そうした議論は、機械と人間を別のものとして考える、つまり前者を無機的なものとして、後者を有機的なものとして考えるということに根拠を置いています。しかし、機械は本当に有機化できないものでしょうか。今は機械的要素の多い、人工の手足や内臓を有機化することはそれほど難しいことではないかもしれません。しかし、皮肉なことにこのことはあまり必要なことではありません。無機的なもののほうが有機的なものより、持続性などに関して高い性能を持っているからです。同じように人工知能を有機化することができれば。たとえばそうした有機化された知識を人間の脳に嵌め込めば、最強の棋士が生まれることになります。あるいは最高の思想家や歴史家が生まれるかもしれません(あくまでも現在と比較すれば最高という意味ですが)、。
 こうした考えは実際には実現しえない空想なのでしょうか。自分はそうは考えてはいません。そのことは文明が形成されて以来の人間の歴史(わずか3千年程度です)を5百年程度ごとに区切って考えるとわかるところがあります。紀元0年から見れば紀元5百年位起きていたことはまったく想像のつかなかったことでした。紀元5百年から千年、千年から千五百年、千五百年から二千年についても、同じことが言えるでしょう。そう考えれば、五百年後の世界は現在とはまったく異なる、想像力の及ばない世界である可能性はきわめて高いということになります。それが「歴史」から得ることができる合理的な判断です。及ばない想像力をあえて働かせて想像すると、AIがもつ膨大な情報を有機化して自らの脳内に取り入れた人間が生きている時代かもしれません。そうした人間が考える歴史は、現在の人間が考える歴史とはまったく異なったものでしょう。
 New Brave History というのは、そうした時代における歴史のことです。現代の社会に生きる私たちから見れば、「奇想天外」な話ですか。

# by pastandhistories | 2017-06-25 13:57 | Trackback | Comments(0)

言語論的転回を超えて

 予定では今日は飛行機に乗っていたかもしれない日。25日からスウェーデンのウメオで「感情史」をテーマとした国際文化史学会があるからです。早い時期から参加するつもりでホテル探し。限定50%割引というホテルを見つけて、予約までしていましたが、帰国して2週間で再度ヨーロッパ、場所もやや不便なところで日程的にもきつい。プログラムを確認したところ、個々の報告はすでにかなり専門的な段階に入っている感じで、準備も間に合わないということでキャンセルしました。割引価格であったので、ホテル代は全額没収、このあたりは予約の仕方の難しさです。
 ところで感情史についてですが、先週そのセミナーがありました。内容的にも充実していて、とくに若い人の発言には感心しました。ただ会でも、二次会でも感じたのは、言語論的転回からの流れの理解に、やや混乱したところがあるのではということです。このブログでも、「水が100度で沸騰する」ということと「サッカーの試合の予測」「競馬の予測」(余談ですが、今年のダービーは当たりませんでした)ということを対比的に取り上げて説明しました。前者のように、「科学」的なものとしてその因果関係に法則として定立可能なものがあることを、否定する必要はありません。そうした因果的説明は効用性を有していて、実際に有益に運用されています。しかし、「複雑系」に属する後者において用いられる因果関係は、結果を断定的に予測できないという点で、前者とは質的に異なります。はたして前者のような例を、対象に真理や法則が内在しているという点で本質主義的な議論の根拠、後者のような例を、認識の相対性を論じているという意味で、構築主義的な議論であると大別してよいのかは議論の余地がありますが、いわゆる構築主義的な議論の批判の根拠としては、しばしば前者のような事例が用いられます。
 相対主義的な構築論のおおきな根拠を提供したのは、言語論的転回です。言語論的転回にもっとも大きな影響を受けたのは、歴史です。言語を媒体としているという意味では、哲学や文学のほうがより大きな影響を受けたとすべきですが、言語の組み合わせによって歴史的に構成されてきた哲学や文学に関しては、前者は同種の議論がその形成以来ずっと基本的な議論の一つであったこと、後者はもともと言語によって生み出される虚構性に基づいていたわけですから、事実性を根拠として、史料に関しても、叙述においても、その基本的媒体を言語としていた歴史ほどには、深刻な影響を受けなかったわけです。
 もっとも歴史がもっとも大きな影響を受けたといっても、実際にはその意味を深刻なものと考えたのは、ごく一部の歴史研究者だけでしょう。日本では遅塚忠躬さんや二宮宏之さんなどです。海外ではもう少し大きな影響がありました。実はこのあたりは、今日のタイトルがサブタイトルとなっている長谷川貴彦さんの『現代歴史学への展望』を借りての議論となりますが、その中で生じたのが、文化史への着目です。しかし、この間の会でも議論となりましたが、文化史には、構造や表象の問題が前面化しているのではないか、またシンクロニカルな理解が先に立って、歴史の重要な要素であるダイアクロニクルの理解を欠如しているのではないかという批判が生じます。こうしたなかで歴史の主体である人間の行動を本来的に規定しているものを、構造的与件ではなく別のものに求めていこうというディープヒストリーへの関心が生じているのだと思います。感情史への関心もそうした流れの上にあるものだと自分は理解しています。つまり「言語論的転回を超えた」その延長に生じたものとして理解することができます。
 以上のような整理、当たっているかは正直自信がありませんが、現在の段階ではこうした流れが、最近の歴史研究の流れの一つだろうと自分は考えています。

# by pastandhistories | 2017-06-24 10:48 | Trackback | Comments(0)

パブリックヒストリーについてのメモ⑥

IFPH では会の報告内容として、ホームページへのアクセス数の各年ごとの推移の報告がありました。順調な増加傾向があって、今後の可能性を予想させるものでした。実はそこで報告をされたアクセス数の割合にして5分の1くらいのアクセス数が、このブログにはあるかもしれません。IFPHのホームページは、英語で全世界に発信されているわけです。統計の読み取り方の間違いなような気もしますが、それにしてもこの間のこのブログへのアクセス数は、多い感じです。まだあまり聞きなれていないパブリックヒストリーというテーマが、どのように議論されるのかについて、関心をもつ人が多いからだと思います。
 ということなので、少し記録を確認していたら、昨年パブリックヒストリーをめぐる研究会で簡単な講演をすることを依頼され、それにあわせて作成した原稿があることを思い出しました。さっそく確認してみたら、400字原稿用紙40枚程度で、ここでメモ的に書いていることとも重なる点があるようです。量が多すぎてここにアップするのは難しそうなので、それならば以前英文原稿については行っていたように、ホームページを作成してそこにアップしようかなと考え午前中に少しトライしましたが、うまくいきませんでした。また時間を見てトライをします。
 詳しくはその原稿をとおしてでということで、今日はパブリックヒストリーについての最後のメモを記します。IFPHでもさかんに議論された博物館の問題です。「さかんに議論」されたように、博物館をめぐる議論はそれ自体としてすでに十分と議論されていて、また最近では歴史研究者によるアプローチも盛んになっています。自分からは専門外のことであって、あくまでもここでの議論は、パブリックヒストリー論からみた感想的メモとなりますが、今回の会での議論で感じたのは、博物館や記念建造物のイデオロギー性ということです。それが近年は増加する傾向にあるということです。
 もちろんこうした議論は、博物館や記念建造物のナショナルな枠組みとの関係を強調した議論であって、視野を広げれば、博物館や記念建造物は、むしろ数としてはローカルなものが圧倒的に多く、またその内容も多ジャンルにわたっていて、私的な要素を含むものも少なくありません(一例をあげると落合博満記念館。こうした芸能・スポーツはもちろんのこと、その他の文化的ジャンルや郷土史に関わるものなど実に多様な記憶装置が、実際には全国的に散在しています)。したがってその政治性やイデオロギー性を過剰に論じるべきでないことも事実ですが、他方ではエラノ・ゲイ論争、対する原爆記念館、そして今回の会のように、少女(慰安婦)像や共産主義犠牲者博物館、といったものをめぐる議論が絶えず提示されるように、記述される歴史以上に固定化される記憶装置には、それがイデオロギー的な議論の対象となるという面があります。記述が相対性を許容するのに、モノ自体にはそうした側面が少ないからでしょう。
 歴史は確たる証拠にもとづいた事実を表象するものだということは、常識的に論じられています。しかし、確たるものを提示することに、イデオロギーが強く内在するというパラドクスが、歴史にはあります。おそらくはそうした問題をどう考えるかが、「記憶」と「和解」、そして「忘却」をめぐって最近では行われているのだと思います。
 以上いつもながらまとまりませんが、これでパブリックヒストリーに関する記事はひとまず停止いたします。なおこのテーマに関しては、ここで紹介した論者の誰かを招いての招聘セミナーを計画中で、現在その日程の調整をしています。実現できるようでしたら関心のある方は是非参加してください。

# by pastandhistories | 2017-06-23 15:43 | Trackback | Comments(0)

パブリックヒストリーについてのメモ④

 自分が参加していたプロジェクトによる招聘で日本に来てもらい、Consuming Public History というペーパー(このペーパーは今年2月に出されたプロジェクトの報告集である The New Development of Historical Studies and Global Citizenship に他の報告とともに収録されています。まだ残部があるのではと思うので、希望者は 03-3945-7492 に問い合わせてください)を読んでもらったジェローム・デ・グルートは、2013年に編集・刊行した論文集のタイトルを、Public and Popular History としています。  
 この本は、もともとは歴史の脱構築論の立場に立つ Rethinking History での特集に基づくものです。タイトルにパブリックとポピュラーが並行してもちいられているように、パブリックヒストリーが、同時にポピュラーヒストリーとして、いわゆる民衆自身の中にある歴史として理解されています。このように脱構築論的な歴史論は、いわゆる民衆史と対立するものではなく、その問題意識においてはむしろ共通性があります。そのことは、いくつかの書物やこのブログをとおして繰り返して指摘してきました。
 しかし、かつて日本で流行った民衆史、あるいは下からの歴史を論じる歴史研究者は、必ずしもそうした捉え方をしていません。おそらくその理由は、「科学的」とされた進歩主義的な学問的な歴史を補完するものとして民衆史、一般の人々にある歴史が措定されていたためでしょう。逆の見地に立てば、最近のパブリックヒストリーへの関心は、学問的な歴史がパブリックな場での影響を失ったことによって生じたという側面があります。別の言い方をすれば学問的な歴史に対して、パブリックな場での歴史が自律性を持つようになった、具体的には歴史修正主義をめぐっては、きわめて保守的な主張がネットサポーターという人々によって擁護され、それが学問的な歴史とは相いれないものとなっているという問題です。
 こうした問題を前提とすれば、パブリックヒストリーの意味は、新しい学問的トレンドであるという点にだけではなく、現在の歴史学の危機をどう考えていくのかという点にもあるということになります。自分が、パブリックヒストリーを論じることが重要だと考えるのは、後者の観点からです。歴史研究者が執筆・編纂した教科書、それに基づいて行われる歴史教育が一般の人々によって当然のものとして受容されるという平和共存、実はそれはナショナリティの枠組みによって強固に統御されるものであったわけですが、そうした共存がパブリックな場の歴史の自律性が高まるについて失われた、もちろんそうした自律性は学問的な歴史に対する自律性ではあっても、ナショナリティに対する自律性ではないわけですが、そうした問題を考えていくためには、パブリックな場における歴史のあり方や意味を、肯定的な意味でも、否定的な意味でも考えていかなければならない、と自分は考えています。そのさい、歴史家が自らの立場を擁護するものが、たんに事実性にとどまっているだけでいいのだろうか、そうした議論がかつては持っていたように思われた説得力を持ちうるものなのか、ということがパブリックヒストリーを考える際には重要です。

# by pastandhistories | 2017-06-22 10:05 | Trackback | Comments(0)

パブリックヒストリーについてのメモ③

 IFPH の大会への参加を機に、パブリックヒストリーについてその現況や自分の考え方をメモ的に記したら、戸惑うほどの反響がありました。自分はこの問題は重要だと早くから考えていて、その点で国際的な学会組織化が進んだことに大きな関心を持っています。しかし、まだ国際的にも全体としてはこれから議論が整理されていく段階。あくまでもここに記すことは、現在的な段階での自分のメモです。
 すでに記したように、おそらくはパブリックヒストリーは発展するに伴って、かなりの広い内容をその中に含みこんでいくのではと思いますが、現在では IFPH の議論内容からもうかがえるように、博物館が議論の対象の一つになっています。
 ここで着目してよいことは、なぜ博物館が重視されるようになったのか、あるいは軽視されてきたのかということです。おそらく重視されるようになったことの一つの理由は、インターネットの発展によって、博物館が「定置」しているだけではなく、ネットを通してその展示内容が広く参照されるようになったためかもしれません。展示内容は、「モノ」としての具体性、直接性を持っていますから、文字的なものより、はるかにネットを通しての訴求力を持ちます。そのことが博物館への関心を高めたということが一つには言えそうです。
 逆になぜ軽視されてきたのかというと、その「定置」性から、従来は参観者数や参観時間が限定的であったからです。このことは学校教育と比較することによって論じることができます。多くの「国民」は学校を通しての「歴史教育」をとおして歴史に対するかなりの認識を得ています。そのことは歴史博物館を通しての認識と比較するとよくわかります。まず物理的に、時間の絶対的な違い。博物館に行く時間は平均すれば、1年で数時間でしょう。これに対して学校での歴史教育を受けさせられる時間は圧倒的に多い。さらには普段の試験、入試などで学校教育を通しての歴史への知識は強制されます。歴史博物館にはそのような強制力はありません。そもそも学校教育を通しての歴史は、時間の配分までが定められていますが、博物館は、どの博物館を選ぶかも、また入館後何を見るのかということも参観者の自由です。
 そうした学校教育の優位性にもかかわらず、なぜ博物館を通しての歴史という問題が次第にクローズアップされるようになったのかというと、それはパブリックヒストリー全体の問題とも関わりますが、教育を通しての歴史が次第に影響力を後退させたからだと自分は考えています。

# by pastandhistories | 2017-06-21 10:41 | Trackback | Comments(0)

パブリックヒストリーについてのメモ②

 パブリックヒストリーのついてのメモということで、昨日はその基本的ないくつかの整理の仕方について書きました。その整理に基づいて、いくつかの理論的問題や、 IFPH でも大きな時間が割かれた博物館をめぐる問題などを書いていく予定ですが、その前にメモとして簡単なことを今日は取り上げてみます。
 それは歴史の配布・流通(distribution, currency)という問題です。これも普段あまり気づきませんが、なぜ印刷術の発展とともに、historiography (記述された歴史)が一般化し、とりわけ近代国民国家においてそれが歴史の共同化に重要な役割をしたのかというと、それはそうした歴史が「配布」「流通」に適していたからという側面があります。このことは、たとえば記念物のような建造物、あるいは heritage というような言葉で呼ばれるものが自ら移動はできず、それを認識するためには認識者の移動(たとえば巡礼やお参りのようなかたちでの)が求められたのと対照的です。
 そうした移動する歴史は、基本的には印刷技術の発展によって促進されていきますが、近代国民国家の形成とともに、その中においてパブリックな場における歴史認識に意外なほど大きな役割を果たしたのが、紙幣や切手です。紙幣や切手に印刷されたきわめてシンプリファイされた「図像的表象」は、偉人であれ、歴史的遺産であれ、あるいはそのほかの文物であれ、象徴として国民の意識の共同化に大きな役割を果たしました。それがほとんど意識されることはなく、「国民」の間で絶えず distribute され続けたからです。あるいは文字通り currency するものであったからです。もちろん古くから貨幣がそうした役割を果たしていたわけですが、紙幣や切手の果たした役割は、量的にも、質的にもはるかに大きなもとであったと断じていいでしょう。
 「動く歴史」、トランスポータブルな歴史です。パブリックヒストリーというと、つい「固定的」な博物館や記念建造物、あるいは遺産に目が行きがちですが、シンプルで軽便であるがゆえに移動性が高いものが、意外なほど歴史認識の共同化に重要な役割を果たしたということにも注意しておいた方がよいでしょう。

# by pastandhistories | 2017-06-20 10:13 | Trackback | Comments(0)

パブリックヒストリーについてのメモ①

 IFPH に参加したさい記したことを材料に、パブリックヒストリーにつてのメモを書こうと思いネットを検索していたら、 weblio がすでにその定義を定めていることを知りました。その内容は、The broad range of activities undertaken by people with some training in the discipline of history who generally work outside of specialized academic settings というものです。今後こうしたものとしてパブリックヒストリーという言葉がもちいられていくかは、これからの IFPH における議論や、今年の後半に相次いで刊行される予定の著作、論文集などによって定められていくと思いますが、おそらくもう少し広い意味でこの言葉は使用されていくはずです。
 自分はすでに記したことがあると思いますが、パブリッククヒストリーを、history among the public, history by the public と history to the public, history for the public とまずは考えています。こう考えると、人々の日常文化にある歴史、オーラルな伝承や、習俗的な文化、あるいは映画や、ゲームなどの知識をもとにした歴史は前者に、一方で歴史教育や博物館は後者に属することになります。しかし、そのさいにこの二つを過度に二分しない方がいいでしょう。両者にはレシプロカルな関係があると考えた方がよいからですi。たとえば映画には作品としては、history to the public, history for the public という面があリます。
 もう一つ、パブリックヒストリーには、public history in the past と public history in the contemporary age という整理の仕方があります。前者は民俗学や人類学の手法を取り入れながら、過去のパブリックな空間にあった歴史を考えていくものです。後者は現在的なパブリックな文化空間に様々な媒体によって存在している歴史、その中には映画やゲームや漫画などを媒体とした歴史も含まれますが、そうした歴史のあり方を考えていくものです。
 これらと重なると言えば重なる、異なると言えば異なりますが、パブリックヒストリーの範疇化としてもう一つのわかりやすい方法は、history in academic place との対比で、history in public place を取り上げるという方法です。このアプローチは『開かれた歴史』のなかで試論的に試みられています。

# by pastandhistories | 2017-06-19 12:50 | Trackback | Comments(0)

科・学

 本当はIFPHのまとめを書くべきですが、昨日ある会に出ていたら議論が少し混乱しているような感じがしたので、それについて書きます。それは歴史が科学かという議論をめぐること。科学が science の訳語として、いつからどのように用いられるようになったのかについては、いま手元にありませんが、柳父章さんなどがきちんと論じているのではと思います。しかし、ヨーロッパ語で用いられている science あるいはそれに対応する言葉に関して、いつの時期からの用例を科学と訳すのかについては、異なった考え方があります。たとえば上村忠男さんは、ヴィーコの著作を『新らしい知」と訳しています。つまり18世紀に入る頃までは、science は現在の日本語でいうところの「知」に近いものであって、19世紀以降その訳語として用いられるようになり、現在では一般化している科学とは区別されるものであったという考え方です。
 意外なほど論じられないことですが、科学は「科」と「学」の合成語です。「科」は漢和辞典によれば斗(マス)によって穀物の量を計ったことに由来した語で、基本的には分類・区別を示す言葉です。科・学という語には、学が「科」に分けられるものとして理解されているということが含意されています。つまり「自然・科学」、「社会・科学」ではなく、「自然科・学」、「社会科・学」であり、「歴史・科学」ではなく「歴史科・学」であり「政治科・学」「経済科・学」なわけです。そうした分類・細分化を前提としているわけですから、しばしば誤解されるように「学」一般に通有する普遍性・一般性を含意しているわけではなく、「科」として分類された個別の「学」において成り立つ、一般化されうる法則性を定立していくということが「科・学」という語には含意されています。近代以降細分化されディシプリン化されるようになった学においては、ある方法的手続きを踏まえれば、一般性や法則性を定立しえるという考え方です。
 このように考えると、しばしば議論される歴史は科学かという問いは、法則性や一般性の定立においてそれが広く確立され、効用性をもった「自然科・学」の方法を「歴史」という「科」にどの程度適用できるのか、あるいは、「政治学」にしても、「経済学」にしても、あるいは「社会学」「心理学」にしてもそうした「科」において成立した法則や定理が、どの程度「歴史」という「科」に応用できるのかという問いであることになります。人間や社会を一般的、普遍的なものとして抽象的な形で論じるのではなく、「学」を「細分化」して、その中で具体的な実例に基づいて(しばしば用いられる言葉を使用すれば経験主義的に、実証的に)論じられうることを「学」として確立していくという考え方が、「科・学」という言葉の本来的な意味だからです。
science を科学と訳すべきかは今後も論争があるかもしれませんが、この言葉が「科学」と訳された、そしてそれが広く受け入れられたことには、学を細分化してその中で確認していけることを共同の知としていこうという合理的な思考が、当時の日本の社会に存在していたことを意味しているのだと思います。歴史は科学であるという議論が、しばしばこうした合理的な思考とは異なるかたちで議論されてきた、あるいは今でも時折議論されることがあるのは、残念なことです。

# by pastandhistories | 2017-06-18 07:07 | Trackback | Comments(0)

IFPH⑩

 今日は IFPH の五日目(最終日)のセッションについて。この日参加したのは二つ。最初は、Studying Public History というセッション。タイトル通りパブリックヒストリーを学んでいる院生の報告が中心。報告者の知名度、さらには時間が最終日の朝早くということもあって、報告者以外の参加者は10人程度と少し淋しいところもありました。しかし、内容自体は結構参考になるものでした。少しづつではあるけど進みはじめているパブリックヒストリーの学問化(ディシプリン化)、つまりコースや大学院の設置の現状が、現場の学生の立場から報告されたからです。 
 四つの報告があって、うち二つは2人の共同報告だったので、発表者は合わせて6人。最初はケルン大学の二人の学生が、ドイツで試みられているパブリックヒストリーのマスターコースの現状を報告、つづいて東パリクレテーユ大学の二人の学生が2015年から設置された同大学のコースの状況を説明しました。つづいて同じ大学の学生がそのマスターコースが10人の院生と10人のインターンシップの学生によって成されているという内容をさらに詳しく説明。それぞれ問題意識は新鮮で、本来学問的世界の外部に位置していたパブリックヒストリーを、専門的研究の中に位置づけることの是非や意義が論じられました。
 議論の中で面白いと思ったのは、クレテーユ大学の Domain Duplan が指摘したパブリックヒストリーにあるトップダウン的な性格。たとえば中世の宗教画などはその例で、受容者であるパブリックの間に宗教的意識を喚起するために、過去が図像的なかたちで表現をされていたわけです。このことは現在の映像メディアにも通じる問題。パブリックの間にいきわたっている過去認識は、必ずしも自律的なものではないという議論にもつながります。このセッションの最後のまとめをしたのは、報告者では唯一の現職の大学教員である Barbara Silva (Pontifia Universidad de chile)。学問的歴史とパブリックヒストリーの二分化に疑問を提示し、パブリックヒストリーもまた厳密性が必要だと論じました。ディシプリン化を反映した議論です。
 最終日に次に参加したのは、History , Memory and Acts of Public Commemoration というセッション。これに参加したのは、すでに紹介したデイヴィッド・ディーンや、オックスフォード大学出版局から出るパブリックヒストリーの論文集の編集者である Paula Hamilton (シドニー工学大学)が発表者として予定されていたからです。参加者の多さを見越して早めに行って席を確保、これが正解。予想通り満席。しかし、内容は意外なものもあって、随分と考えさせられました。
 最初の発表者はハミルトン。タイトルは Failed Commemorative Acts: The Politics of Forgetting というもの。自分はこのタイトルからは予想していなかったのですが、内容は例の従軍慰安婦問題をめぐる少女像について。それが国際的に設置されつつあることを紹介しながら、歴史的事実への記憶を無視しようとする日本政府に対して徹底的な批判が行われ、天安門事件をも例示しながら、そうした事件の記憶をトランスナショナル化していくことの必要が主張されました。もちろん会場から異論はなく、この問題への理解を逆転化させている日本の状況が国際的には深刻な事態であることを感じさせられました。
 次のヨーク大学の Geoff Cubbit の報告(British Regimental Museums as 'Memory Places': Regiments, Narratives, and Identities)は、別の意味で考えさせられる報告。イギリスの各地にある連隊記念博物館についての報告で、そこに展示されている兵士の記録や武器、勲章などの展示の紹介。しかし、兵士たちがたとえば帝国の拡大に伴ってそうした兵器を用いてどのような殺戮を行ったの、そのことによってどのように顕彰されたとのかということについての批判的意識はほとんど感じられず、残念な内容でした。
 ディーンの報告( Monumental Failures: Historical Memories and Commemoration in Canada) も内容は予想外のもの。カナダで東欧共産主義群の崩壊の後に建てられた「共産主義犠牲者博物館」の紹介。おそらく東欧からの亡命者や、あるいは体制崩壊後の移住者が多く、それが建設の背景にあるのだ思います。こうした博物館が世界各地にこれから作られていくことの意味はどのようなことにあるのかを考えさせられました。
 最後の Indira Chowdhary の発表( Can Museum Objects Have a Second Life?: Creating a Commemorative Volume for Asia's Oldest Museum ) の面白かったことは、インドでの博物館が最初はイギリス人の主導によって作られ、その陳列物が hybrid な性格を持つものであったことを指摘したことです。
 最終日に出たセッションは以上ですが、この日はいろいろなことを考えさせられました。特に博物館、それと関連しますがコメモレ-ション装置の問題には本当にいろいろな問題がある。今回は会ではそのことがパブリックヒストリーというテーマとの関連で議論されたわけですが、そうした問題について思ったことを一連の記事の最後のものとして書くつもりです。


# by pastandhistories | 2017-06-16 09:55 | Trackback | Comments(0)

IFPH⑨

 IFPHの紹介が随分と手間取っています。いろいろ考えたことがあるけど、それは一応の紹介を終えてからということで、今日は4日目(8日)に参加したセッションについて。一つは、The Roles of Public Historians in the Maintenance of Civil Society というもの、もう一つは、シンプルなタイトルで Commemorations。最初のものの発表者は、J.A.M.Florez(メキシコの El Colegio de Michacan), Aleisa Fishman(アメリカのホロコースト記念博物館), Alix Green(エセックス大学), Tmmy Gordon(ノースカロライナ州立大学)の4人。
フロレスの発表は、日本に来てもらったベルベル・ビーヴェルナージュの和解と記憶をめぐる議論と同じテーマ。コロンビアを素材に、内戦終結のための国民投票を契機として生じた、和解に伴う過去の記憶の取り扱い方がテーマ。Expression of hatred を歴史の表象から分離することができるかという問題です。
フィッシュマンが扱ったのは、第二次大戦中にホロコーストがアメリカの新聞でどう報道されていたのかという例。地方新聞を素材として、そうしたものを citizen historians が発掘する作業を citizen history であると論じました。
 グリーンとゴードンはともに、ネット空間でのブログやツイッターを通しての歴史の試みについて。ここでもゴードンはそうした試みを citizen history という言葉で呼んでいました。この言葉は、歴史認識の一つのあり方を指す言葉として、一般的に用いられているという印象を受けました。
 つづいて参加したセッションの報告者は一人キャンセルがあって二人、Steven Franklin (ロンドン大学ロイヤルホロウェイ校)と Rosanna Farbol (オルフス大学)、二人とも若く学位取得段階。
 フランクリンの発表は、マグナ・カルタの扱われ方の流れをたどったもの。過去の事実の認識のされ方の変遷を、とりわけ大衆的空間において明らかにする作業はかなり難しい作業ですが、おそらくそうしたことが今後は「パブリックヒストリー」の一つとして論じられるであろうということを示すものでした。
 ファーブルの発表は、冷戦終了後にデンマークで作られるようになった冷戦期についての資料を展示した博物館についての報告。それを専門とする博物館がかなりの数が作られているということにも驚かされ、そうした意味でも面白いものでした。起きえたかもしれない第三次世界大戦に対する counter factual memory として、そうした記憶化が行われているというアイディアがあり、その点も評価されてよい発表でした。
 以上少し羅列的になっていますが、明日は第五日目について内容のを紹介し、明後日以降、最後に総括的に今回全体として感じたことを記していきます。

# by pastandhistories | 2017-06-15 12:27 | Trackback | Comments(0)

IFPH⑧

 IFPHに関してはもう8回目の記事になるのに、あまりまとまった内容になっていなくて申し訳ないと思う所があります。出発前にも書いたように、他の原稿があってあまり準備ができなかった。来てみると日程がハードで内容も盛りだくさん。ということで、うまくまとめられません。 
 順番も前後していますが、三日目の最初に参加したのは、Visual Story Telling: Cinema, Murals and Graphic Novel というセッション。Philip Lewis(ジョージア州立大学), Muriel Laurent(ロス・アンデス大学), Thomas Hippler(ノルマンディー・カ-ン大学), Raina Zimmering(リンツ大学)の4人の若い研究者による発表。これはそれぞれが具体的な方法的問題を論じて面白く聞けました。
 ルイスの発表は映画を通して歴史がどう表象されているかということへの分析、そうした表象が実際に起きたであろうことに近似的な形態をとっている(たとえば仕草や衣装、あるいは筋書)ことを通して、過去のデテイルを見る側に伝えるという有用な役割を果たしていることを指摘しました。
 ロラン(司会者はそう発音しました)はgraphicな形で伝えられている歴史についての分析。パスカル・オリーという人の分析を借りて、それをタイムフレームが過去を用いている historical fiction と、歴史をグラフィカルに描くものであるcomic of history(言ってみれば小学館漫画日本歴史)に分け、そうしたグラフィックな歴史の機能として、過去をあるコンテクストにおいて説明していることなどをあげました。そのほかメモを見るとかなり盛りだくさんの試論的議論を展開したことになっていますが、不正確になってはいけないので、今回の紹介はこの程度にとどめておきます。
 ヒプラーは勤務はフランスの大学のようですが、もともとはドイツ出身。「ダウントンアビー」を紹介して、それがどの程度事実に沿っているのか、いないのかという話。実は暇のある同居人はこの作品をすべて見ていたのですが、自分は残念ながらほんの一部しか見ていないので、何が事実で何が事実でないのかと言われても戸惑うところがありました。というより、こうした連続ドラマ(大河ドラマもそうですが)をとりあげて、その話のどこが過去の事実に合致していて、どこが事実に合致していないかということになると、いくらでも議論ができることになってしまう。そのあたりが歴史と映画、あるいはテレビ、さらには歴史小説もそうですが、そうしたものを取り上げて論じていく際の一つの難しだということだと思います。
 最後のツィマリングの話は、メキシコでサパタがどのようなかたちで壁画をはじめとした絵画的なものをとおして象徴化されたかという話。かならずしも本人が直接そう論じたわけではないけど、民衆世界は文字的なものより図像的なものの方が有効に機能するという議論を強調しすぎるとすると、そこにはやや疑問も生じますが、着目点としては興味深い内容でした。この話は、最近はやりの emotion 論も、話に取り入れていました。
 この後はすでに紹介した博物館をめぐるセッション。午後には歴史とヴィデオゲームという興味深いセッションもあったのですが、市内観光の時間と勘違いして宿に戻ったので、残念ながら参加し損ねてしまいました。
 

# by pastandhistories | 2017-06-14 11:16 | Trackback | Comments(0)

IFPH⑦

 昨日の午前便で帰国しました。ラヴェンナでは時差の関係で多少対応できないところに会の進行が早く、報告も前後が混乱してしまったようです。量的にも全部を報告できないので、記憶に残っていることをメモ的に記していきます。 
 二日目に関しては、すでに紹介したワーキングループによるパネルディスカッションの前にあった、Getting the Story Sraight: Public History for a Challenging Present という会が、それぞれの報告もまとまっていて参考になりました。タイトル通り、ポストモダニズムの議論への対応を意識したもの。まず司会者(Liz Sevcenko)が基本的問題を提示。現代は post-truth の時代であると位置づけ、その中においては四つの truth が問題であると指摘しました。1. forensic truth, 2. normative truth, 3. dialogical trith, 4. community truth です。そのことを前提として、どのような歴史を作るかがパブリックヒストリーの問題点だということです。報告者は3人。それぞれよかったけど、発言に説得力を感じたのは、この会のもっとも中心的な人物の一人であるセルジュ・ノワレ(European University Institution)です。EUの流れの中で歴史はこれまで abuse されてきたナショナリズムの枠を超えなければいけないということなのですが、だとすると、ではヨーロッパの共同の歴史とかトランスナショナルメモリーというもの、別の言い方ではヨーロッパにおける有用なパブリックヒストリーとは何かということが彼が論じたことです。すでに触れたように、ヨーロッパを単位とした統合的なものであればいいというわけではない。とりわけ近現代史は非ヨーロッパの外因的な要素を考えないでヨーロッパ内でのまとまりだけを考えるなら、それは反省のないものになってしまう。これはナショナルヒストリーにもあった問題です。パブリックな場でのナショナルヒストリーというのは、常識的なものとしてかなりのまとまりをもっています。しかし、その常識にそったまとまりに、大きな問題を生じさせる要素があったわけです。
 セルジュ・ノワレは三日目の午前中にあった Should History Museum Foster Identities? という会の司会もしました。この会は実際の博物館の内容についての若い研究者や博物館員の報告。それぞれヨーロッパの共同博物館のプロジェクト、ドイツとアメリカの現代史関連の博物館の比較、第一次バルカン戦争についての博物館いついて、そして旧ユーゴスラヴィアにおける博物館のあり方についての報告でした。これらの報告を聞いていて一番感じたことは、博物館の展示がとりわけ現代史についての戦争の記憶と関わっていること、別の言い方をすると、ナショナリズムやイデオロギーと深くかかわっていることです。
 博物館には歴史記述よりも直接性という点では優れた面があり、そのことがパブリックヒストリーの重要な要素として今回の会でも議論されていました。しかし、同時に共同記憶の装置化という面が博物館にはに抜きがたくある。そうしたことをどう考えるかが、次以降の記事でまた触れますが、やはり大きな問題だということを、このセッションでも、会全体を通しても感じました。

# by pastandhistories | 2017-06-12 15:13 | Trackback | Comments(0)

IFPH⑥

IFPHは今ほぼ終わりました。後はイタリアパブリックヒストリー学会のセッションがいくつか、それからキースピーチがあるけど、それらはパスするので自分の仕事は終わり。まる5日間朝から晩までということで、なかなかメモを見ても思い出せないようなところもだいぶ出てきたけど、順を追って報告します。

二日目の6日には教育とパブリックヒストリーを議論した会に集中的に出ました。そもそもパブリックヒストリーというのは教育されるべきものなのか、教育されるとしたらテキストはどのようなものとなるのか、さらには生徒とジェネラルパブリックはどう違うのか、といった問題がしばしば議論されました。この問題を体系的に議論しあったのがすでに少し触れた19人によるパネル。トマス・コーヴィン(ルイジアナ大学)が司会をしたワーキンググループによる議論です。

テーマを四つに絞って議論。最初は言語的問題。歴史がパブリックな空間に置かれればそこでは言語的多様性が出てくる。余談ですがラヴェンナでは土産物屋でも英語は通じない。パブリックな場ではそういうレベルで歴史が認識されているわけです。逆に会では英語でこの問題を議論したわけですが、あえて言えばそうした歴史はよくてインターナショナルミドルクラスの歴史、アイロニカルに言えばホテルマンズヒストリーです。歴史がパブリック化すれば、逆にナショナルな要素やローカルな要素が強まります。それをどう考えるかという問題。

第二はパブリックヒストリアンズにとってのスキルの問題。ここではサーヴェイが重要であるということが論じられました。三番目は教育方法について。学生と院生による違い、理論と実践の問題、プロジェクトと課題、国際的なシラバスは可能か、有用かというとについて担当者から簡単なコメント、対して司会のコーヴィンは、パブリックヒストリーはコースなのかディシプリンなのかとコメント、さらにパブリックヒストリーは単純であって、それを歴史教育で修正するという意見もある(歴史研究者が好む議論です)とコメントしました。

最後はエシックスの問題。ここでは当然のように、それはプライヴェイトなものとしてあるのか、コミュニティにあるのかという発言がありました。

こうやって書いていても意味がとりにくい。19人もが次々に発言してその立場も多様なので、全体としてまとまってはいないようですが、教育とパブリックヒストリーというテーマでの議論を聞いて感じたのは、パブリックヒストリーのイメージが大別して二つあるということです。一つは、teaching history to the public、つまりある程度専門的知識を持った教師や博物館員が歴史を一般の人々に伝えるというものとして, もう一つは、history among the public、つまり大衆的空間にある歴史として、イメージされているということです。多分この二つの理解はこの会で今後も議論されていくのではと思います。


# by pastandhistories | 2017-06-09 22:27 | Trackback | Comments(0)

IFPH⑤

 國際パブリックヒストリーの大会は早くも4日目が終わりました。今日の夕方は年次総会、会の現状が報告されました。年2冊の雑誌を刊行する準備が進んでいることが明らかにされ、また会員状況や財政状況についての報告。会員はまだ半分がアメリカで、それを今後は広げたいとのことです。
 そのことと少し関連しますが、今度の会で感じたのは転校生の気分。国際的な学会に参加するとどうしても最初は知り合いは少ない。そうした中で向こうから声をかけてくれるとほっとするところがあります。ザクセンマイヤーはその一人。オーストラリアでの国際歴史学会で、昼休みに中庭で一人でサンドイッチを食べていたら、向こうから声をかけてきました。専門が中国史なので中国人だと思ったのでしょうが、それ以来付き合いが始まりました。
 最近は海外の仕事も多いので、だいぶ知り合いができました。時間潰しの話し相手にあまり苦労することはない。と思っていたのですが、今回は知り合いがいない。どうしてなのかと考えていたのですが、発表を聞いていて気付くようになりました。それは、パブリックヒストリーのパブリックが、たとえば博物館にしても、学校にしても、あるいは文化空間にしても、そこに存在しているのはナショナルパブリックだということです。本来は広がりがあるものとして考えられたはずのパブリックが、実は限定されたものになっている。
 やや図式的ですが、現状ではパブリックヒストリーをめぐる議論にはこうした問題があるかもしれません。明日はもう最終日、今回は従来のように、細かく個々のセッションを紹介していませんが、明日からは、そして帰国後は、思い出せる範囲で、印象が残ったセッションや発言に絞って、会の内容を紹介していけたらと考えています。

# by pastandhistories | 2017-06-09 02:23 | Trackback | Comments(0)

IFPH④

 きのう書いた初日のセッションについて補足すると、タイトルは A Museum is not a Book: the Historical Museums of Narrative and the setting up of the Exhibition Spaces というもの。このタイトルからも理解できるかもしれないけれど、博物館には表象内容(material sources, artifacts)が実物であるという点で、構築性のあるnarratives を伴った歴史記述に対しては、事実性においては優位にあるけど、それでは展示において物語要素はどう付け加えるべきか、あるいは加えるべきではないのか、ということが議論されました。もっとも基本的な問題だけど、結構議論が難しい問題です。 
 二日目の朝は Public History Textbook というセッションに出ました。これは内容がありました。すでに紹介したようにパブリックヒストリーの現在の中心的推進者であるトマス・コーヴィン、デイヴィド・ディーンらが発言者で、現在のパブリックヒストリーの基本的方向が説明されたからです。
 昨日紹介したこの二人の本に加えて、8月にはオックスフォード大学出版局からも論文集が出るということで、パブリックヒストリーのディシプリン化が進んでいる。しかし、パブリックヒストリーにはもともと history among the public という面があるわけで、人々の間でプラクティスされている歴史をどう考えるかという問題が、一つにはあります。この領域はカルチュラルスタディーズや、メディアスタディース、さらにはメモリースタディーズとオーヴァーラップします。もう一つは、専門的歴史研究の存在を前提としたうえで、歴史をどのように一般に提示していくかという問題、history to the public , history for the public という問題があります。こちらの問題は、歴史教育や博物館に関わります。
 もちろんこの両者には重なり合うところも少なくなく、いろいろな議論が可能です。そのあたりが続々と出される本によって明らかにされていくだろうということが、報告からはわかるところがありました。

# by pastandhistories | 2017-06-08 01:43 | Trackback | Comments(0)

IFPH③

 いつもと同じでパソコンのネットへの接続が不安定だけど、日程がハードで内容を忘れてしまいそうなので、記憶のあるうちに国際パブリックヒストリー学会で気づいたことを書きます。今日は朝8時半から夜の7時まで。さすがに朝は早すぎると思ったけど、最初のセッションに無理して出たのは正解でした。司会は別の人だったけど、議論の中心はThomas Cauvin(ルイジアナ)とDavid Dean(オタワ)という二人の人物。それぞれ2016年と2017年にパブリックヒストリーというタイトルが付された本をラトリッジとブラックウェルから出版。正確に言うと、後者は未刊で例のコンパニオンシリーズの一冊として出される予定です。歴史理論に関しては定評のある出版社から仕事を委ねられたことからもわかるように、この二人はバランスよく問題点を理解していて、おそらく今後とも海外のパブリックヒストリー論の中心になっていくと思います。最後の会は、今度はコーヴィンが司会して19人によるパネル、問題が手際よく整理され飽きさせない、そうしたところにもコーヴィンの力を感じました。
 そこでは理論的な問題が主でしたが、初日の最初のセッションは博物館について。すでに一部紹介したけどたぶん百人以上が参加、女性が6~7割。イギリス、ベルギー、リトアニア、イタリアの博物館の事例が紹介されました。最後のイタリアについての報告(Michelangela Di Giacomo)はかなり理論的にもまとまっていて発表者の力量を感じさせました。テーマ的にも面白かったのは、ブリュッセルの博物館計画を扱ったEtienne Deschamps のもの。EUに伴った共同歴史博物館をどう考えるかということが議論の対象。当然EUに属する「諸国民」の受け入れるものでなければならない。しかし、それだけでいいのか、つまりヨーロッパを単独のものとして歴史をヨーロッパの人に受け入れられるような展示をしていけば、それもまた奇妙なものになってしまう。確かにこの議論では、歴史叙述をクリティカルに書くことはそれほど難しくはないけど、パブリックな場を対象とする博物館の展示の場合はそれは意外と簡単ではないという問題があることに気づかされました。

# by pastandhistories | 2017-06-07 04:48 | Trackback | Comments(0)

IFPH②

 正直今回は日程がハードなところがあって、内容紹介は大変だけど、書ける範囲で時間のある時に書きます。参加者が多いのはたぶん今回の会が本当の意味での最初のヨーロッパ開催であるからのような気がします。一応これまでもオタワ、アムステルダムで会はあったとされているけど、準備的なものらしく、また国際歴史学会のアフィリエーションのセッションを第二回大会としているけど、これもまたアフィリエーションであくまでも小規模なもの。したがって前回、今回が本格的な最初の会ということではと思います。
 にもかかわらず大変な参加者。パブリックヒストリーがそれだけ関心を集めているということですが、それとともに大きな理由は、参加者もテーマの内容も博物館関係がかなりを占めていること。多分これに歴史教育関係が加わっているので、それだけで参加者が多くなっているところがありそうです。歴史教育に関しては、日本では歴史科学協議会、アメリカでは世界史学会などをはじめとして随分と関心もあり、組織化が行われてきました。なんといっても歴史教育に携わる人も多く、その在り方を論じることは、議論しやすいテーマだからです。
 歴史博物館に従事している人たちも実はかなり多い。一つの例を挙げると、自分も地方国立大学にいたけど、そこの歴史研究者は教育学部を含めて多くて20人、他に私立大学のない地域も多い。しかし、実は各県に県立博物館はあるし、他にも郷土史を展示している公立博物館も少なくない。したがって、そうした博物館において歴史研究・展示に従事している関係者の数は、実際には大学に在籍する歴史研究者と称する人より多いということがあります。
 そうした博物館関係者が国際的に組織されることは少なかった。どうしても展示内容とその対象とする人たちが、ナショナルかつローカルであったためです。ここでも紹介しましたが、国際文化史学会には博物館で歴史に従事している人々がかなり組織されました。印象では2~3割くらい、あるいは5割近くかもしれませんが、国際文化史研究会の構成員を占めているのではと思います。しかし、この会は本来的には文化史をめぐる理論的な問題を議論する場。いわゆる「歴史研究者」の理論が支配的です。対してパブリックヒストリーというのは、博物館をめぐる議論を行うのに適したところがあります。
 しかし、まだ第一印象だけですが、今回はそのことに問題を感じました。その理由は、パブリックヒストリーが議論されるようになったのは、もう少し広い意味でパブリックというものが考えられているからです。たとえば教育の空間、さらにはメディア、日常的な文化空間、などです。プログラムを見ていると今回もたとえばヴィデオゲームとパブリックヒストリーというテーマもあるようですが、きわめて限られていて、博物館関連が圧倒的に多いようです。
 学会を組織することの難しさかもしれません。テーマが新しくても、やはり既存の枠組みが中心とならざるを得ない。これからどのように発展していくかはわかりませんが、パブリックな歴史に関心を持つ他の研究者組織との交流を図りながらテーマをどれだけ広げられるかが、この組織の発展を左右するような気がします。

# by pastandhistories | 2017-06-06 12:38 | Trackback | Comments(0)

IFPH①

 国際パブリックヒストリー学会に参加していると書いたら、大きなアクセス数。会議の内容を知りたいということだと思うけど、正直誰かに代わってほしい。と思って会場を探したけど、他に日本人らしい人は見つかりませんでした。もっとも時間的にはちょうど今が開会式。会はすでに始まっていて3時からの最初のセッションには出たけど、今日は一日大変だったし、これからが大変そうなので開会式はさぼりました。今回は自費参加。自費参加のいいところは、基金提供者に報告義務のないことです。自由に観光もできる。
 場所がラヴェンナということで、日本からだとローマ経由でボローニャに、夜10時過ぎ着なので、ボローニャに一泊し、電車でラヴェンナに来ました。とにかく暑い。陽射しも強力。いくら水を飲んでも汗が出るだけ、疲れます。「イタリアらしく」という言い方はよくないけど、やはりイタリア開催らしいところがあって、メールで登録しようとしたらリンクがはっていない、仕方なくメールを出してペイパルで払えるかと問い合わせたけど、なしのつぶて。くわえてネットに掲載されていたプログラムには時間が載っていないので、一体何時に始まるかが来るまではわからず。
 ということで念のために午前中に行ったら3時からセッション、しかしなぜか開会式は夜。プログラムをもらって初めて時間がわかったけど、「イタリア」なのに、朝8時半から、さらには夜まで。明日は夜の10時までやっている。基調講演。これを聞いていると大変なので多分今回はこれは全部パスするつもりです。しかも日程は5日間。いろいろ学会に出たけど、国際歴史学会はともかくとして、フルに5日間の学会は珍しい。
 たぶんその理由は第一回イタリアパブリックヒストリー学会と共催のため。多分今行っている開会式でそういう挨拶が行われていると思うけど、パブリックヒストリーをそれぞれの国での組織化をしていくことが今後の方向性になっている感じです。暑いけど、熱気もあります。学会は通常は初日は人が揃わないことが多いけど、最初のセッションはほぼ満席でした。参加者の6~7割程度が女性という印象。ネットで登録できなかったので会場で参加申し込みをしようとしたら、なかなか受け付けてもらえなかった。要するに配布セットがもうなくなっていたかららしい。結局一番最後の申し込みなのに、なぜかアーリーバートの最低会費で受け付けてくれた。多分予想を超えた参加者だったためのようです。
 そうしたことの理由は明日書きます。でも繰り返すけど、誰か他に日本人がいたら本当に助かります。
 なおこの学会は来年はまた南米、今度はサンパウロになります。

# by pastandhistories | 2017-06-06 02:21 | Trackback | Comments(0)

あったことをなかったとは言えない


「あったことをなかったとは言えない」。最近ある人が記者会見で述べた言葉です。このブログでも何度も触れてきたけど、この言葉はジョージ・オーウェルがスペイン内戦を経験するなかで、以後の結果的には残り少なかった人生の、そしてその間に書かれた作品のモティーフにしたことです。『カタロニア讃歌』『動物農場』『1984年』はいずれもこのモティーフのもとに書かれました。
 たとえ記録が抹消されても、あるいは改竄されても、あったことへの記憶は個人のなかに残されている。そしてその記憶が語られ、そしてその記憶の内容が「あったことであること」であることを他者が認めさえすれば、それは「資料」とは異なるものであっても、事実としての権利を辛うじて保ち続けていくことになる。
 したがって問題は、そうした記憶の権利を認めるかです。でも史料が意図的に消去されたり、改竄されていたら、その根拠は?。異なった記憶を語る人が登場したら?それに対して今日はここで改めて繰り返しておきましょう。「あったことをなかったとは言えない」と。そして彼の発言は真実であると他者である自分は判断していると。そしてその記憶を受け継いでいくと。なぜ?それはむしろこのブログを読んでいる人に、その答えを教えてほしいと自分は考えています。
 話変わって、明日からイタリアです。ラヴェンナである第4回国際パブリックヒストリー学会に参加するためです。この学会(パブリックヒストリー学会)はもともとはアメリカで始まったもので、最近になって国際化が進められるようになりました。昨年はコロンビアで大会があったようですが日程的に参加ができず残念でした。今年はイタリアということで行くことにしました。あまり準備ができていないので、ここでその報告ができるかあまり自信がありませんが、可能であれば少し報告のようなものを書けたらと思います。
 それからここで紹介した History and Theory の編集長であるイーサン・クラインバーグを招いての9月13日、14日の歴史理論・史学史についてのシンポジウムに関しては、イーサンが切符を予約してくれて最終的に日程が決まりました。自由参加で報告者を募りますので、我と思う人は発表を持ち寄ってくれればと思います。帰国後、他の人とも相談して正式の内容告知をする予定です。

# by pastandhistories | 2017-06-02 15:49 | Trackback | Comments(0)

数量的データに裏付けられた結論

 今日は「比較史」の続きを書こうと思っていたのですが、ネットサーフィンをしていたら、おおいに笑わせられる、かつ同時に考えさせられる記事が出ていたので、今日はそれにつぃて。
 内容はきわめてシンプルなもの。「犯罪者の95%は男なので、男がいなくなれば犯罪はなくなる」というものです。なるほど。統計的な事実、それも覆すことができないような有史以来の豊富なビッグデータに基づく議論。クリオメトリックスで様々な数量的統計を持ち出して、結構恣意的な結論が出されるけど、この議論ほど確実な統計的根拠に基づく議論はありません。この議論に基づけば、目指すはプロレタリア革命ではなく、アマゾネス革命ということになります。自分は犯罪者ではありませんが(正直数々の犯罪歴はあると思うけど)そうした時代に生き延びるためには、あるいは革命に参加するためには、性転換が必要かもしれません。
 という揶揄的なことではなく、この議論には統計を根拠に何を論じるのか、実証とは何かを考えていくための重要なヒントがあるような気がします。大学の小論文の問題によいかもしれません。あるいは中学の入試問題にも。本当に様々な回答がありそうですが、どのような答えが本当に正しいのか、事実から議論を論理的に組み立てるとはどういうことなのか、いいろいろなことを考えさせてくれそうです。

# by pastandhistories | 2017-05-31 17:04 | Trackback | Comments(0)

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