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象徴と言語

 そういう人も多いと思いますが、自分は校正「欝」です。書く時は多少「躁」になりますが、書き終えると自分の書いたものは見たくなく校正をする気にもなれません。ということで、印刷された後に読み直すことはほとんどありません。それでも最近書いた歴史理論に関する原稿は多少は自信もあって人に手渡すこともしますが、以前は自分の原稿を抜き刷りとして送るということも、特定の人を除いてはほとんどありませんでした。
 ということで自分の書いた原稿は忘れることにしているのですが、最近若い研究者から以前の「チャーティスト運動における象徴と言語」という論文は大事な論文だから読むようにとある高名な研究者から勧められたことがあると聞いてびっくりしたことがあります。理由はタイトルにあるのでしょう。「象徴と言語」ということをタイトルとした歴史の論文は、調べたわけではありませんが、1995年としてはかなり斬新であっただろうからです。
 この文章は紹介論文ですから「象徴と言語」という考えは、もちろん自分の独創ではありません。ギャレス・ステッドマン・ジョウンズ、エプシュタイン、ピカリング、ベルチェム、アンナ・クラークという当時の気鋭の研究者たちが、チャーティスト運動研究に導入しようとしていた考えを紹介したものです。こうした考え方が、現在ではチャーティスト運動に限らず歴史研究の重要なテーマを構成していることは確かです。
 問題はそうした「象徴や言語」がどのような言説空間の中で機能しているのかということです。昨日も書きましたが、チャーティスト運動に関して言えば、キリスト教的な知に支えられた言説空間がそうした場の一つであったということです。これも昨日指摘したような神話的知識が、運動を結合させていく要素となっていたことはそのためですし、チャーティスト運動の指導者や組織に、多くの宗教的な指導者としての経歴を持つ人物がいたり、missionariesやclass(その後用いられるようになったものとは意味が異なりますが)というような宗教的な組織と重なるものがあったのはそのためです。
 しかしこの時期の急進的運動にとって大事なことは、人々を結び付けていた歴史への知が、キリスト教的な知にとどまらず、クラシカルなもの、ナショナルなもの、そして人々にとって至近な時代の過去、たとえばフランス革命、といったものについての知へと広がりを見せていたことです。そうした言説空間が存在するようになっていたということです。そうした言説空間の中で、人々を結合させていくために、様々な象徴や言語が用いられていました。
by pastandhistories | 2010-08-14 12:18 | Trackback | Comments(0)
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