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近代科学と歴史

 以前竹内啓さんの考えを借りて少し書いたことがありますが、近代科学と歴史研究の関係の中で誤解されていることは、実証主義とか経験主義という言葉です。近代科学の柱をなす理科系の学問の多くが、「研究室」とか「実験室」で、日常的な認識に用いられる道具とは「異なる」ものを利用して行われていることに示されているように、近代科学の研究方法の中心となっている一つのことは、日常的な経験則ではなく、むしろ実験室的な条件の中で観察されるデータに基づき、普遍化・法則化しうるものを帰納的に抽出し、そうして得られたものを「非経験的な世界に一般化していく」ということです。つまり「経験」という言葉からイメージされるものとは、むしろ対極的なものです。顕微鏡や望遠鏡によって観察される世界というのは、通常の日常的な経験世界にあるものとは異なるものですし、さらに最近ではコンピューターをとおして様々なかたちで作り出されているフォーミュラ、モデル、パターンといったものは、対象に対する理解を容易にするものであっても、それ自体が経験できる世界ではありません。ブラックホールはもちろんのこと、そうした近代科学によって生み出された無限大の空間や時間、あるいは逆に極小の世界は、人間が個人として経験しうるものでは絶対になく、近代科学の確立によって、個々の人々の「認識」のなかに組み込まれるようになった、想像的なものです。
 近代歴史学の確立というとすぐに「ランケに始まる過去の事実をありのままのものとして記すという実証主義・・・」という議論になりますが、この議論は近代科学と近代歴史学の関係を見落としたものです。というのは、そうしたランケ的な議論はそれこそランケに始まるもののではなく、過去研究や叙述の基本として多くの社会でそれ以前からも存在していたものだからです。むしろ近代歴史学の重要さは、伝統的な歴史のあり方に対して近代科学の影響によって生み出された考え、つまり実証的なものによって生み出されたものを「普遍化・一般化」し、そうして得られたものを「非経験的な世界へと一般化していった」という側面にあります。個人としては経験したことのない過去から、個人としては経験することがないであろう未来への法則を抽出した「発展段階論」的な議論はその代表的なものです。こうした議論が17世紀以降に具体的なものとして広がったのは、この時期に発展し始めた近代科学と歴史が結びついたことを示すものです。歴史を人間が生み出す知と考えたヴィーコに、発展段階論的なアイディアがあるのもそのためでしょう。
 しかし、ヴィーコと限らずその後の発展段階論的な議論や、さらには歴史=科学論のなかに(もちろんマルクスはそうした議論を行った代表的な人物となります)、ヨーロッパの場合はそれは当然キリスト教なものということになりますが、伝統的な宗教的な要素が内在していることも事実です。もちろんその理由は、当時の言説空間が、伝統的な要素とそれに代わろうとする新しい要素、あえて単純化すれば宗教的な要素と科学的な要素を混在させたものであったからです。しかし重要なことは、そうしたspeculativeな歴史とpositivistな歴史が、近代科学にもとづく言説が支配的なものとなった近代以降の社会のなかでは重要な地位を占めるようになったということです。現在の歴史学にもなお影響を与えているのは、そうした枠組みです。
by pastandhistories | 2010-09-15 11:32 | Trackback(1) | Comments(0)
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