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文化的断絶

 マンチェスター大学のステファン・バーガーからメールがきました。国際歴史学会議で手渡すことのできた自分の一連のペーパーをわざわざ読んでくれた、その感想です。もちろん儀礼的なこともあると思いますが、好意的な内容が記されていました。あわせてこれから議論していくべきこととして、スヴェン・ベッカートを例にあげながら、global microhistoryの問題をどう考えるかというこちらへの質問が記されていました。
global historyとmicrohistory、この二つはこれからもしばらく続く現在の歴史研究のトレンドでしょうから、この二つをどう結び合わせていくかが、今後議論の対象となるとバーガーは考えているのだと思います。自分が歴史のdecommonizationやprivatizationを主張したことに対して、バーガーはそうした歴史のミクロ化が、全体的な枠組みとどう関連づけられるかに疑問をもったようです。この問題への回答はバーガーへの返事を書く時に考えていきますが、今日は昨日の続きで「世代」という問題について私的な経験を交えて少し書き足します。
 「世代」ということで私的に思い出すのは、父と自分の差です。もっとも個人的には自分の父は、その世代の人物としては趣味や食事や服装その他すべてにおいてかなりモダンなところがあって、若い頃はいわゆるモボだったのだと思いますが、その父と自分の違いということで大きなカルカチャーショックを受けたのは、小学生の時にそのモダンな父が文章を旧仮名遣いで書いているのを偶然発見した時です。父はサラリーマンではありませんでしたし、年賀状も印刷という人ですから、私的な手紙など以外は普段はまったく文章を書くことはありませんでした。その父が業界紙から依頼があったということで書いていた原稿が旧仮名遣いであったということです。「これでは恥ずかしい。今はこんな字は使っていないよ」というのが父にその時自分が伝えた言葉でした。小学生が大人に注意して、結局父は子供の教えに従いました。
 コミュニケーションのもっとも基本的手段である言語(文字)ですら、同じ家庭内にあって、世代によって異なるというのは、生活習慣や考え方の違いなど以上に本当にショッキングな体験でした。このことに関してその後考えるようになったことは、家族を単位としたヴァーティカルな継承によってではなく、文化は大きな強制力をもつ学校教育などを管理する国家によって現在では作り出されていることです。そのことが人々の結合のなかで、ヴァーティカルなものより、ホライゾンタルな要素の役割を強めているということです。
 もちろんホライゾンタルな結合は、権力がもつ強制性に加えて、文化空間の凝集性がマスメディアの発達などによって大きく発達した現代社会によって促進されたもので、歴史的過去の理解にそのまま適応できるかは議論される必要があります。しかし、少なくとも自分の中には、親子というようなもっとも基本的で日常的なヴァーティカルな枠組み以上の強制力をもつものによって、自分の思考は社会的に形成されたという実感があります。今日は歴史認識の世代性について書く予定だったのですが、少し内容がずれました。歴史認識の世代性については明日にします。
by pastandhistories | 2010-10-02 10:50 | Trackback | Comments(0)
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