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ワールドヒストリー

 昨日は土曜日でしたが大学院の入試。受験生は少ないのですが結構時間を取られました。その間に国際歴史学会議についての報告文の校正。以前書いたように自分は「校正ウツ」で、校正原稿がきてもなかなか点検し始めません。今度もあまり見たくなかったのですが、幸いにして編集の方で参考として多少の手を入れてくれていたので、それにしたがってをそのまま赤を入れました。「著者の死」というのはオーバーですが、どうせ読み手はそれぞれの読み方をして、他人の書いた文章には違和感を抱くわけですから、その最初の人物であり、読み手との媒介者である編集者の意見にしたがうというのが、自分の原稿にたいする基本的な考えです。
 その原稿にも書いてあることの一つは、以前も少し書いたと思いますがグローバルヒストリーとワールドヒストリーの使われ方の違いです。基本的にはグローバルヒストリーというのは、グローバリゼーションの進行に対応して、というよりグローバリゼーションという言葉の使用が一般化したことに伴って使用されはじめたものです。つまり現代的な世界の統合化が前提とされていて、それを遡行させるかたちで過去の歴史が論じられているということです。これにたいしてワールドヒストリーは、ワールドという自己意識に基づくものです。つまり自分の住む世界、あるいはそれが拡延されたものをワールドとみなし、その形成に至る過程を歴史的に説明していくものです。つまり世界の各地で、自己を中心としてその自己意識に収められた対象的世界を歴史的に説明するものとしてもちいられてきたものです。対比的に類型化すると、グローバルヒストリーは基本的には単数形でもちいられ、グローバル化の起源を求めるという点で系譜的な傾向があります。対してワールドヒストリーは、ワールドヒストリーズとして世界各地に様々なかたちで歴史的に存在してきたもので、現在においてはその統合化がグローバリゼーションの進行とともに議論されるようになっているということになります。
 いずれにせよグローバルヒストリーという言葉が新しく、ワールドヒストリーという言葉が古くから使われてきたことは「世界史」と「グローバルヒストリー」という言葉が日本でどうもちいられてきたかでもわかりますし、国際的な学会のそれぞれの形成時期からもわかります。この間少しP.N.SternsのWorld History:The Basic(2011)を読みました。この本もそうですが(教科書的な本ですから仕方ないこともありますが)ワールドヒストリー論というのはグローバルヒストリー論より議論が一般的で、最近ではあまり魅力を感じさせないところがあります。もちろんその理由は、地域性や個別性を重視する歴史学の流れが優位に立ちはじめているためでしょう。このブログもまた歴史を全体的に捉えたり、普遍的に論じることにたいして批判的な立場から書かれています。しかし、それはあくまでもone of world histories のそれぞれが自らを過度に普遍化しようとしてきたことへの批判からです。グローバリゼーションのなかでworld histories がworld historyへと向かっていくなかで、そのあり方をネガティヴにもポシティヴにも論じていくことが現在の歴史研究のなかで様々なかたちで論じられる必要のあることもまた否定できない事実です。
by pastandhistories | 2011-02-20 08:20 | Trackback | Comments(0)
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