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歴史についてこれまで考えてきたことを書いています


by pastandhistories

visual,oral,written

 今年行う授業の一つはチャーティスト運動史です。テーマとしては自分では面白さを感じていますが、現在の状況ではそれについて新しく書くという時間がなかなかないのが実情です。以前このブログで書いたことがあると思いますが、「ここに一枚の写真がある」という書き出しで書き始めた書下ろしが中断してからもう10年以上になります。
 この書き出しは気に入っています。ようするにヴィジュアルなもの、とりわけ写真が人々の共同性にある機能を持ちはじめた時代に運動が起きていたということを象徴する文章だからです。正確に言うとこの写真は運動の後期のもので、運動のまとまりに強い影響を与えたということではありません。運動についての記憶がヴィジュアルなものとをとおして共同化されていくような時代が19世紀中頃に始まったということであって、チャーティスト運動の終わる頃は時代的にはそれと合致していたということです。
 チャーティスト運動の歴史として最初に出されたものは、1854年にある新聞に連載され、その後出版されたR.G.Gammageという中間的な指導者の手によるものです。その後、もう少し中心的な指導者であった人物や、逆に周辺的な参加者による色々な回想録が出されますが、「運動の歴史」を書くことを意図して出されたものであるという点で、この本はそれなりのまとまりがあり運動の概要を理解するのに便利な本です。しかしこの本への「史料的」な評価は、Gammage が最も影響力のあった(現在では歴史的にも高く評価されている)オコナーに対し、そのライヴァルであったオブライエンに近い人物であったということなどからも、必ずしも高いものではありません。
 ただこの本を読んでいて気がつくのは、代表的指導者の素描について、「風貌」だけではなく、「演説のスタイル」や「声の質」などがしばしば強調するようなかたちで描かれていることです。そうしたことが「演説の理論的な内容」よりも重視されている部分がこの本にはあります。
 チャーティスト運動の歴史的研究が盛んなのことにはいろいろな理由がありますが、その一つは活字的な史料が豊富なことです。ある意味ではこの運動は「書かれた」ものをとおして民衆の世界がナショナルに統合されていった最初の運動ということができます。しかし当時の一般の民衆のすべてが現在の歴史研究者のように文字を読むことができたわけではありません。文字は多くの研究者が指摘するように、口伝えの、さらには象徴的な、あるいは演劇的手段をもちいたコミュニケーションと並存するかたちで存在していました。その意味ではチャーティズムは、「民衆文化が広くオーラルなものから主として印刷に基づくものへと移行していくその接点に位置していたと認められてよいだろう」(M.Chase, Chartism: A New History, 2007, p.45) となります。
 ここからチェイズはそうした過渡的な状況を体現した指導者としてオコナーを評価しています。そうした評価はパフォーマンスや象徴を重視する最近の研究の流れとそれほど食い違うことはなく妥当なものです。なによりも当時の民衆世界と指導者の関係を正確に捉えています。しかしwritten sources をとおして読むことのできる「理論的」な議論、たとえばオブライエンの議論にも注目すべき少なくありません。異なる時代に生きている歴史研究者である自分が考えているのは、そうした問題でもあるということです。
by pastandhistories | 2011-04-23 09:58 | Trackback | Comments(0)

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