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by pastandhistories

トニー・ジャット

 体調に関してネットで検索していたら出会ったのがベーブ・ルースの僚友の死因となったルー・ゲーリック病、発病後はかなり回復が困難な病気のようですが、その病気で昨年亡くなったのがアメリカの現代史家であるトニー・ジャットで、結果的には彼の遺言的な著作となったのがやはり昨年翻訳出版されたされた『荒廃する世界のなかで』(Ill Fares the Land, 2010)です。翻訳出版にあたって『これからの「社会民主主義」を語ろう』という副題がつけられているように、この本のなかでは1989年以降の世界のなかでも社会民主主義思考の意味はむしろ失われてはいないことが強調されています。
 以前ソ連などの崩壊や現在における社会主義の意味をどう考えるかというアンケートに対して、「ソ連の崩壊は社会主義体制の崩壊というより、外見的にはいかに強固に見える国家権力でも簡単に崩壊するということを示したという点で、(体制に批判的な)民衆に希望を与えた事件」「資本主義の形成期にそれを批判する思想として生じた社会主義思想の意味は、資本主義が高度に発達した現在にあっては、その意味はますます増大していても、減少してはいない」と答えたことがありますが、ジャットの主張は前者に対してはややペシミスティックですが、後者に関してはかなり共通する部分があります。
 ジャットの本を読んでいて気づくのは、こうした思想が左翼的な立場よりもケインズなどに代表される自由主義的な、あるいは保守的な思想をふまえて論じられていることです。そのことをとおして、現代や未来における常識のありかたとして論じられていることです。こうした常識をふまえて、新自由主義的主張に対して国家とか社会的なものを対置していくことはなお必要であるというのがジャットの主張です。多分ここから議論は分かれるのだと思います。そのとおりだとしたら、そうした国家はいかなる形をとるべきなのか、そうでないとしたら国家的なものを媒介としないで社会民主義的なものを対置していくためにはどのような方法があるのかという問題です。最初にも書いたように「意味はますます増大している」としても、それを世界的にどう現実化していけるのかという問題です。
 他にジャットの本で興味深かったのは、60年代以降の思想的流れについてのコメントです(103~105頁など)。ジャットの考えには、問題の設定や思想的な枠組みを含めて自分の考えとかなり重なる部分がありますが、他方で彼の個人主義的思考についての批判には疑問も残ります。というのは、自分が主張している個人性というのは、彼の批判とは異なって、民衆世界にある個人性を大事にしていくということにあるからです。
 そうした問題を彼と話し合う機会をもてなかったのは残念なことです。
by pastandhistories | 2011-07-03 10:03 | Trackback | Comments(0)

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