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only one witness

 疲れてくるとデジャヴューが起きることがあります。ブログも当初の予想以上に記事を書いたので、時々もう書いたことがあるのでは、と思うことがあります。今日の記事も以前に書いたことがあるかもしれません。
 結局はメディアの圧力に負けた前々大臣に対して、そのあとはリベラル派の法務大臣が続いているということで、死刑の執行が止まっています。メディアはおそらくそのことをまた問題にし始めるでしょうが、ネットには未執行死刑囚の声を集めたサイトがあります。すでにその数は100人を超えているわけですが、興味深いことはその半数近くが、無罪を主張しているか、していないまでも判決には重要な誤認があったと主張していることです。
 もちろん状況は個々の事例によって異なるとは思いますが、密室で行われたような殺人の場合は、事件の直接の目撃者は、被害者と犯人だけということになります。被害者は死亡しているわけですから、唯一の目撃者、すなわちオンリー・ワン・ウィットネスは加害者とされる人物だけです。その加害者が、自己の無実を主張した場合、つまりオンリー・ワン・ウイットネスが判決とは異なる主張をした場合、第三者である私たちは事件についての真実をどのようなものであるとしたらよいのでしょうか。事件を直接目撃したわけではない、「専門家」である裁判官の「証拠」と「証言」にもとづく判断と、彼らもまた事実を間接的なかたちでしか認識していないメディアの主張を、唯一の真実であるとして受容し、死刑の迅速な執行を支持すべきなのでしょうか。それともオンリー・ワン・ウイットネスの主張を受け入れるべきなのでしょうか。
 このように考えると、私たちの「事件」、つまり過去に起きた事柄にかんして、あることを「事実」とか「真実」であるとする判断の根拠は、個人の証言に根拠を置くものではなく、社会が「真実」として制度化しているものに置かれていることに気づきます。オンリー・ワン・ウイットネスの証言を信用して彼らの無罪放免に尽力してもよいのですが、多くの人はそうした行為は社会的な秩序の維持を困難にするものであるとして、専門的な手続きを経て確立されたとする「社会化」された真実を認証し、それにもとづく行為に暗黙の了解を与えています。
 しかし100人を超える死刑囚について、社会的に確立された事実と真実のすべてを、専門家の検証を受けたものであるとして全面的に受け入れることは、多くの冤罪事件が示しているように経験則として明らかに誤りですし、だからといって、個々の事例についてある件については判決は正しく、ある件についは誤っているということを、第三者に過ぎない個々の人々が判断していくこともまた不可能です。にもかかわらず、ある事件については冤罪の可能性が高いが、別の事件についてはオンリー・ワン・ウイットネスの主張は信用するに足らないという判断を私たちはすることがあります。
 その根拠はどのようなことに置かれているのでしょうか。この問題は歴史認識にとっても、おととい書いたオン・オフの問題とかかわる重要な問題です。
by pastandhistories | 2011-10-24 22:00 | Trackback | Comments(1)
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Commented by 伊豆川 at 2011-10-25 00:29 x
先生が制度化された「真実」の例として挙げている、刑事裁判のおける「真実」の根拠は、「裁判官の恣意的な判断に基づいて無辜の者を有罪にすべきではない」という「信念」だと言えるのではないでしょうか。もちろん、刑事裁判の手続きに絶対的な確証性がある訳ではありませんから、制度としての「真実」を批判的に問い直すことは大切です。ですが、制度としての「真実」を全面的に否定すれば、「よくわからないけど怪しいから有罪にしてしまえ」という恣意的な判断を許容することにつながるのではないでしょうか。

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