歴史についてこれまで考えてきたことを書いています


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 18日の会が終わりました。報告をしてくれた成田さん、長谷川さん、重要な、そして丁寧なコメントをくれた喜安さん、鹿島さん、岩間さん,神谷さんに、さらには期待通り集まってくれた若い参加者に感謝しつつ、自分の議論(用意)の不十分だったところ、それに関連して「歴史学のゆくえ」として議論していくべきことを書こうと思ったのですが、明け方に前回の記事に関係して思いついたことがあったので、今日はそれを書きます(18日の会に関係することは、明日以降書きます)。
 それは手塚治虫に関連する話。COMといえば現在ではメールのアドレスに使用される言葉として一般化しましたが、COMという言葉で自分が思い出すのは、『COM』という雑誌です。基本的には1967年から1971年に出されていた月刊漫画雑誌。一般的には『火の鳥』が連載されていた雑誌として知られているでしょうが、自分にとってそれ以上に印象にあるのは、小野耕世や草森神一の本格的な漫画批評・紹介が掲載されていたこと、そして何よりも毎月応募作品を紹介する(落選作の一部を含めて)新人賞応募の頁です。この雑誌は全号を保管していたのですが、一つの号を友人に貸したところ欠号が出てしまい、さらに実家に残しておいたものを単なる漫画雑誌と思い親が処分してしまったために、今では手元にありません。本当に残念なところがあります。
 それはさておき発行時期が1967年~1971年ということは、『社会運動史』の創刊の少し前、社会運動史研究会の創生記と重なります。世代的にはきわめて近似的なもの。漫画家希望者の方が、大学院生を中心とする歴史研究者より年齢的には若い集団となるということが、雑誌の刊行時期のずれに反映されているのでしょう。
 『火の鳥』という作品にもそうした面が少しありましたが、この漫画雑誌が目指したことの一つが、漫画の方法的革新。その事例が石森章太郎が『リュウの道』という原始時代を素材としたセリフ吹き出しのない作品を書いていたことです(まだ無名に近かった松本零士も、未来世界を素材に似たようなコンセプトで『銀河鉄道999』『宇宙戦艦ヤマト』などの原型となる作品を書いていたと思います)。さらには永島慎二が若者集団を描いた『フーテン』という先駆的作品を連載していました。
 しかしなんといっても印象深いのは、新人賞応募作。結果的には応募者の中から安達充、竹宮恵子という著名作家が育っていきます。そうした人たちをさしおいてその最初の新人賞を獲得したのが、岡田史子と宮谷一彦です(宮谷一彦は準新人賞であったかもしれません)。宮谷一彦は漫画批評について適切な批評眼を有し、現在は学習院大学大学院教授になってしまった夏目房之助がもっとも影響を受けたと高く評価する漫画家です。コマとコマの転換に独特の間合い(スピード感)があってその点でも高い才能を有していた漫画家ですが、同時に応募作でその才能を示したのが「ストーリー」の構成力。『眠りにつく時』というタイトルではなかったかと思いますが、レーサーとして這い上がろうとする野心をもった若者と耳の聞こえない少女、そして小鳥の死(さらには若者の死)をかみあわせることによって、「映像化」しても面白そうだという作品を新人賞の応募作品としていました。
 自分もこの作品が一番面白いと思ったのですが、選者でもあった手塚治虫がより高く評価したのは、「ストーリー性」に優れた宮谷の作品ではではなく、「まったくセリフのなかった(つまり言語的な説明のなかった)」岡田史子の作品の方でした。早くに亡くなったこの人が実際にはどういう人だったかは知りませんが、少女の心象の微妙な変化をコマの流れをとおして文字的な説明を排除して表現していくというのが、この人の作品のコンセプトでした。
 ストーリー構成、言語的な説明が作品の重要の要素になっているというのは、手塚治虫の自らに対する批判的意識だったのでしょう。宮谷一彦の作品に対して「ストーリーのたくみさが目立ってしまっている」という批判を寄せた手塚治虫は、自らも言語的説明を省いた作品をたとえば短編のアニメーションとして試みますがそのことに成功せず、そのことがそうした実験的手法を『COM』において試み、一定の読者の支持を得た石森章太郎との間の確執の原因ともなったとも言われています。
 一方手塚から巧みすぎる「ストーリー」には疑問があると指摘された宮谷一彦は、それがトラウマとなったのでしょう、ゴダールが試みていたようなアンチ・ストーリーを枠組みとした実験的作品を一部の読者の支持を得ながら試みていきますが、そのことが彼の作家的な才能を中途半端なものにとどめ、いくつかの佳作(『性触記』)などを残しながら、漫画家としては大きな成功を収めることなく、次第に忘れ去られていきます。
 『社会運動史』が試みられる時代に漫画家を目指した、ほぼ似たような世代の若者たちがぶつかった問題は、そうした制作上の問題、そして作品性が漫画の場合は商業性とどう結びついていくのかという問題でした。その両者のはざまに、たとえば青年期の性意識の問題を素材として「私小説」的手法を漫画に取り入れた青柳裕介の作品など、多くの実験的作品がCOMが輩出した若手漫画家によって試みられていきます。1970年代前後はそうした時代であったわけです。
 やや強引な説明ですが、歴史研究としての『社会運動史』の時代的背景を、書き手も読者も異なるカルチャーである漫画世界と結びつけるとこんなふうになります。『社会運動史』が『COM』ほどの革新的内容を持っていたかというと、そこまで言い切るのは無理でしょうし、歴史からスト-リーを排除しようとすることは、宮谷がかかえた以上の難問を歴史家に課していくくことになるでしょう。しかしこうした問いは、1970代前後には様々なカルチャーの中で、それぞれのかたちで生じていました。
by pastandhistories | 2013-03-20 08:39 | Trackback | Comments(1)
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Commented by 伊豆川 at 2013-03-23 08:33 x
3月18日の会に参加させていただきました。
長谷川先生は、これまでの歴史家が実証研究から通史の記述を経て理論研究に至るという道筋を経ているのに対し、若手の研究者が数理的な実証研究に偏っている状況があり、因果関係を見出す力や他領域に対して発信する力が弱まる状況があると論じました。
成田先生は、戦後歴史学の主流派と反主流派の抗争における時期区分と、問題意識と方法論の変容を認識し、解釈し直すことによって、歴史学に対する挑戦に立ち向かうことが大切だと論じました。
岡本充弘先生は、グローバルヒストリーにおける地球史的視点や、グローバリゼーション理論との交錯を見据えた上で、国家主義と普遍性が結びついて個人に過去認識を共有化させる状況を批判する視座を形成することが大切だと論じました。
報告の後の議論では、システムに回収されると共にシステムを変革する主体に目を向けること、力を持つ歴史家が、異議申し立てを封じ込める状況が存在すること、といった議論がされました。
私自身は、的外れな議論をしたことを反省しています。勉強を積み、的確な議論をする力量を強く豊かにすることができるようにします。

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