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二元論とgradation

 『歴史として、記憶として―「社会運動史」1970~1985』が刊行されるので(多分来週)、それに合わせて読書会をかねた公開セミナーを開催します。西洋史学会を利用して日程などを調整、結局6月15日(土)に行うことにしました。内容的には40前後の人に司会をしてもらい、30前後の人に報告をしてもらうつもりです。西洋史学会で少し宣伝ビラを配ったら、「書いているのは大物(?)ばかりだな」という変な反応があって、報告者を頼んでも若い人が尻込みしてしまうかもしれないけど、もともと社会運動史研究会は当時は30歳前後の人が中心(結成当時自分は25歳)、30歳前後の人に論じてもらうのが、一番よいと考えました。
 とにかく忙しさは続いて月曜の朝に西洋史学会から戻って、午後から3コマの授業、火曜日は夜、水曜日は一時限目から授業で、午後は会議の連続、夜は非常勤講師懇親会、今日は会議の準備や配本の手配、さらにはまたしてもたまった書類書き、明日もその続きでしょう。
 そうしたなかで参加した西洋史学会、言語論的転回と文化史、歴史のグローバライゼーションという言葉が現在の歴史研究を基本的に規定するものとしていたるところで展開されて、そうしたことを論じていた自分にとっては奇妙な感じ。しかし、大事なことは流行しているかではなく、その問題点の方だと自分は考えています。
 リムさんの報告を巡る会で一番思ったjことは、西洋と東洋というのは単純な二元的構造ではなく、時間的にも空間的にもgradation であるということ。日本・韓国ばかりでなく、他のアジア諸地域とをあわせて考えて行けばそのことは自明。東欧と西欧もまたそうであって、東欧とされる場にも、西欧とされる場にもさまざまなgradation がある。もちろん日本を一つの単位として考えても、地域的な、社会層的なgradationがあるということです。そうしたgradationのなかの個々の場において、レトリックとしては二元論的なものがあるということで、二元論的なレトリックが存在することが、二元的な現実の存在を意味しているわけではないということです。
 あともう一つ思ったことは、トランスナショナライゼーションとナショナルバリヤーの関係についてなのですが、これはまた明日にでも書きます。
by pastandhistories | 2013-05-16 21:38 | Trackback | Comments(1)
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Commented by 伊豆川 at 2013-06-03 13:28 x
『開かれた歴史へ 脱構築のかなたにあるもの』を読ませていただきました。先生の本を読んで私が考えたのは、多様な過去認識の表現をする際に、自分の過去認識の表現を吟味するための道筋や他者に出会うことが課題だということです。制度としての歴史学や国民国家が普遍性と結びついて多様な過去認識の表現を抑圧している状況を認識することを、多様な過去認識の表現を行い、自分の過去認識の表現を吟味するための道筋や他者に出会う力量を強く豊かにすることにつなげることが大切だと、私は考えます。

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