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構築論を生み出したもの

 カーレ・ピハライネンは無事帰国したようです。プロジェクトの最後の催しが終了したということでほっとしました。大学の資金提供を受けたプロジェクトというかたちをとってはいますが、まとまりのある研究会組織になっているわけではなく、ある意味では私的な、任意の会合であるにもかかかかわらず、大学院を中心とした若い人たちが随分と参加してくれて感謝しています。ただペーパーが来たのが遅く、その翻訳などの準備に時間が取られたことなど、準備が不足したところがあり、またこちらの手違いから、前回、前々回の参加者へのメールでの連絡をしそびれていたことに後で気づいたのですが、そうした点に少し残念なところがありました。
 しかし、ピハライネンが提示してくれた議論の内容と、鹿島さんをはじめ会場からのコメントには感謝しています。もっとも発表やコメントが充実しすぎていて、やや会場の側が気後れしてしまい質疑が少なく、また自分の疲れもあって、議論が打ち切り気味になったことは申し訳なく思っています。
 ピハライネンの報告は基本的にはピーター・アイクの近著 From Ankersmit's Lost Historical Cause: A journey from Language to Experience (2012)など(アイクは元々は空軍のパイロットで、退職後マチュア・スチューデントとしてキース・ジェンキンズに学び、学位を取得し、この本を書いたようです)を例に取りながら、言語から経験へという歴史理論の流れを、「批判的」な視点から紹介したもので、その前日の準備的会合、翌日にあった今後の研究の流れについての議論を含めて、本当に色々なことを考えさせられたました。
 こうした議論で大事なことは、歴史研究になぜ言語論的な議論が取り入れられるようになったのかということと、経験は歴史との関係でどのように論じられるのかという、基本的には二つの問題です。もう一つあるとすると、実は「言語」から「経験」といった場合、そもそもこの両者は範疇としては異なるのではという問題があります。図式的に言えば、経験を直接的経験と間接的経験に分類することができるとすると(実はこの分類にも厳密には大きな問題がありうるのですが)、間接的な経験の媒体となっているものが、さまざまな形態をとるテクストであるということになります。そうしたテクストの一つが「言語」化されたテクストです。当然テクストには「図像」化された、「画像」化されたものもあります。
 歴史のテクスト論的な解釈は、言語によって構築されているということを根拠に(事実性に依拠するとした学問的歴史を含めた)歴史の構築性を指摘したとされていますが、自分は構築性という問題については、やや異なる考え方をしています。そうした構築性が広く認識されるようになったのは、言語的なテクストをめぐる議論によってではなく、むしろより写実性の高いとされた図像的・画像的テクストの構築性が自覚されるようになったためだからだというのが自分の考えだからです。
 その契機は映画です。数々の映画で示される visualized past がきわめて構築性の高いものであることは、誰もが容易に認識できることです(逆説的なことに、そうした写実性がより高いはずの映像的表象化を、事実性をその根拠としているはずの歴史研究者は取ろうとしません。そうした方法をとると、自らが作り出すテクストが事実性を根拠とするものではなく、きわめて構築性の高いものであることが逆に露見してしまうからです)。
 歴史の構築性が20世紀の後半に議論されるようになったのは、おそらくはこうした「映像」的な歴史映画の構築性が多くの人の合意とされ、それが同じようにスト-リーに多くを依拠する「言語」的な歴史小説の構築性が認識され、そしてそれが小説と同じ技法(ナラティヴ)をもつものである学問的な歴史を含めた「言語」を媒体とした歴史の構築性を指摘する議論を生み出したからです。ホワイトの『メタヒストリー」はそのことを19世紀の歴史叙述・歴史論のあり方に遡行させて論じました。デリダやバルト、ボードリヤール、そしてホワイトが、現在的なメディア空間を媒体として情報や文化の問題を議論することが少なくないのはそのためです。
by pastandhistories | 2014-03-15 10:41 | Trackback | Comments(0)
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