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ジェンダーとヨーロッパ中心主義

 昨日は関西で研究会。歴史研究の国際性とかジェンダー史の話を聞きました。ジェンダー史は最近出た本の内容を踏まえた報告。その内容がやはりヨーロッパ中心的なものとならざるを得なかったという話がありました。
 この本の内容と、報告と議論を聞いて少し思ったことがあります。事実の紹介を中心に本は随分と丁寧に作られていて、かなりの読者を獲得できそうな内容ですが、少し気になったのは男性中心であったこれまでの歴史、とりわけ教科書的な歴史へのカウンターナラティヴという側面があること。そのことは多くのジェンダー史にも共通しますが、執筆者がある時期まで(そして現在でも)歴史研究者の多数を占めていた男性に対して、ほとんどが女性研究者であることに反映されています。その意味で歴史を分業化し、少数派の視点?(という言い方は全然おかしいですね。なぜなら女性は過去も現在も人口の半分を構成していて、人種的・社会的少数者とは議論のなかでは本来的には区別されるべきものだからです。もちろん研究者としては少数派というなら、それは事実認識として誤っているわけではありません))から書かれています。
 本がヨーロッパ中心主義的であるという批判も、教科書などの主流を占めるメインナラティヴにとりわけ本の構成が結局は従っているのではということのようです(章構成がそもそも山川の詳説世界史に準拠しているようです)。自分はそのことに発言したわけではありませんが、自分が気になったことはそうした章構成ではなく、従来の歴史のメインナラティブ(政治の変化でも文化的変容、科学の発達など何でもいいのですが)を前提として(それらを中心的に担ったとされる男性に対して)初めてそうした場に登場した女性を取り上げるというアイディアがあることです。しかし、これは新聞やテレビを読んでいればわかりますが、きわめて日常的に繰り返されているメタナラティヴであり、その前提はこれまでの歴史理解にあるメインナラティヴです。その意味ではこうした語りはカウンターナラティヴではあるけど、同時にこれまでのナラティヴを補完する、「分業」的なものであるという側面があります。
 これに対して自分は会では唐突な発言をしました。それは「教科書が男性中心なのは、索引や山川の歴史用語集を見ればすぐにわかる。人名索引の9割以上は男だから。だとしたら人名索引の半分を女にした教科書を考えたらいいのではないか。女性からみた歴史をジェンダー史として対抗的に構築するのなら、男性を中心としたそれまでの歴史と合わせた「共同」教科書を作ることを考えてみれば」という提案です。
 こうした提案をした理由は、そうした「共同」教科書はおそらくは男性を中心としたメインナラティヴに対して「初めて」の女性の名前を列挙して、人名索引の数を合わせるものにはならないだろうということです。想像してみるとわかりますが、それはかえってバランスを欠いた奇妙なものになるからです。従来のメインナラティヴをそのままのものとして、登場する女性の数を同じにしても、なぜ従来の歴史が男性を中心としていたのかという、その根本への疑問を欠いたものになるからです。
 現在では男女平等が基本でも、「歴史」上は大きな役割を果たしてこなかった女性が人名索引の半分を占める歴史は「過去の事実」と乖離したバランスを欠いたものであるというような考え方は、そもそも過去の事実とか歴史についての想像力や理解を大きく欠いたものでしょう。人名索引の半分を女性にしようとすれば、それは当然のことながらgreat men(women)を中心とした歴史に対する根底的な批判が生じるはずです。なぜ今までの歴史は、人口の半分を占めた女性を取り入れる構造ではなかったのか、という批判です。たとえば偉人ではなく、パーソナルナラティヴを取り入れた歴史を構想すれば、男女をまったく平等のものとして扱うことは「歴史」においても可能ですし、そうした教科書をつくることも可能です。そこからは当然のことながら「人名」を暗記するのが歴史であるというアイディアも失われていくはずです。男性中心の歴史に対してカウンターナラティヴをさしあたって作っていくことは着実な努力として否定すべきではありませんが、ジェンダー史が生み出している議論の可能性はもっと大きなところにもあるはずです。
by pastandhistories | 2014-06-22 07:06 | Trackback | Comments(0)
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