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可視的なもの、不可視的なもの

 今日はこれからプロジェクトの今後の打ち合わせに出かけます。今年度の予定としては、以前予告したように、12月23日に一つ、それから来年の2月23日と25日に会を行おうということで計画が進んでいるので、その最終的な確認を行うためです。12月23日については、今日その内容の決定が最終的にできれば、来週初めにポスターを発送する予定です。
 ということであまり時間がないのですが、この間書いていたこととは少しテーマを変えて書いていきます。表題にあるように、可視性について。以前ジョン・ボールの「アダムが耕しイブが紡いだとき、だれが領主だったか」という言葉を例に、この言葉が再帰的なものであること、つまりボールは自分が聖書についての知識を教えた民衆に対して、彼らが持っているそうした知識の上に自分の主張を重ねるかたちで民衆を指導したということを書いたことがあります。聖書は「過去」についての言及ですから、民衆にとっては不可視的なものです。しかし、この言葉が説得力をもちえた理由は、それが「領主」という可視的ものに結び付けられたからです。同じく可視的な「土地」をめぐる問題と結び付けられたからといってよいかもしれません。
 このことからもわかるように、不可視的なものと可視的なものとの結合は、民衆の結合にとっては重要な要素であって、とりわけ人々は可視的なものを根拠として、過去であっても、未来であっても、不可視的なものに関わる言説を取り入れていきます。「可視的」であった土地をめぐる問題が、19世紀まで民衆運動にとって重要な役割を果たしたのはそのためです。多くの農民にとって、可視的な土地制度を土地の再分配や所有形態の変更によって解決することは大きな関心でしたし、あるいは既に都市労働者となっていた社会層にとっても、共同村への入植をとおして土地を再保有することが関心の対象となります。またこうした可視的な土地問題への関心は、20世紀に入ってもロシア革命や中国革命、あるいはその他の地域の変革にとってもなお重要な役割を果たすことになります。
 自分の専門は本来は19世紀の民衆運動史、社会思想史ですが、この時代の史料を読んでいて感じることは、なお「土地」が可視的なものとして重要な役割を果たしていた時代に、マルクスはそれほど可視的ではなかった「資本」の問題を論じたということです。もちろんエンゲルスの『イギリス労働者階級の状態』がマルクスの考えの起点の一つであったように、彼の議論が都市労働者の貧困という可視的な事実を根拠としていたことは事実です。しかし、それはまだ世界的には部分的な現象でした。その意味では、マルクスの議論の先駆性はやはり評価されていいでしょう(自分はマルクスの議論を金科玉条のように扱うことには批判的ですが)。
 もう時間がなくなりはじめましたが、今日こうしたことを書いたのは、「「土地」と比較すると、「資本」はきわめて不可視的だということです。おそらくそのことが「土地」制度の変革を媒体とした政治的変革が19世紀から20世紀には生じたのに対して、「資本」批判を媒体とした変革が困難となっている理由でしょう。しかし、不可視的であるがゆえにこそ、民衆からの批判を直接受けることが少なく、またそうであるがゆえに全世界的に普遍化したこの問題を解決していくことが、現代の世界にとってはきわめて重要な問題だと考えていくべきでしょう。
by pastandhistories | 2016-11-23 10:21 | Trackback | Comments(0)
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