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by pastandhistories

グローバルヒストリーの言語論的意味

 言語論的転回の意義は、言語が指示する対象(あるいは事実とされるもの)を必ずしも忠実に表すものでなく、その言葉が使用されるコンテクストや使用する人々の意識によって規定されたものであることを明らかにしたことです。
 たとえばこのことは、昨日も少し触れた global history の訳され方でも理解できます(というよりほとんどの言葉の訳され方にも共通しているかもしれません)。 global history はグローバルヒストリーと訳す(?)のが定訳化しましたが、中国語では全球史と訳されています。つまり日本語で地球史と訳すこともできます。地球は日本語を理解できる人なら誰でも知っている言葉ですから、むしろ地球史と訳したほうがいいかもしれません。グローバルヒストリーではそれを理解できる人は少なくとも高校生以上に、一般には大学生以上に限定されます。その意味ではグローバルヒストリーはあえて対象を限定した言葉です。
 グローバルヒストリーは対象を限定しているばかりでなく、実は意味内容を限定しています。地球史であれば、本来 global history が含意していた、地球の歴史、たとえば環境や気候の歴史、他の生命体との関係の歴史といったニュアンスが前景化し、逆に政治史・経済史的要素は後景化します。後者の問題は world history (世界史)としてこれまでも十分に論じられてきたことだからです。それをあえて global history として論じる必要は本来はあまりないからです。
 昨日も書きましたが、そうしたなかで world history に代えてあえて global history がもちいられ始めたのは、自己中心的な傾向のあった world history (欧米においては当然西洋中心主義的な世界史観)に代えて global な、つまり「地球」の歴史という言葉をもちいて、自らを相対化しようという意識が欧米の歴史研究者に生じ、それが一般的にも受け入れられるようになったからです。欧米のglobal history の研究者の少なくない人々が、本来はアジア研究者’であったり、イスラーム研究者であるのはそのためです。日本でもグローバルヒストリーの論者に、(英語のできる)アジア研究者、イスラーム研究者、さらにはアジア地域の世界経済における役割を強調する研究者が多いのも、そうした欧米側からの関心とマッチするところがあるからでしょう。
 しかし、現在の日本における global history 論におけるアイロニーは、それがグローバルヒストリーとして語られることが定着したことです。より以上に定着しているグローバリゼーションという言葉が、現在の日本の社会というコンテクストの中でどのように用いられているのかを考えれば容易に理解できるように、カタカナ語であるグローバル、グローバリゼーションという言葉は、欧米的なものへの同調を含意しています。たとえば「大学のグローバル化」は、英語授業を50%にすべきだとか、教員採用は英語での講義能力を条件とすべきだというような拙劣な議論(というよりそれがすでに実行されていること)と結びついています。つまり、 global history がグローバルヒストリーとして定訳化されるようになったことには、欧米的なものを前景化し、地球的なものがものを後景化するという、現在の日本の歴史研究者の意識が映しだされています。
 これは global history が本来意図していたものとは異なっています。その意味ではグローバルヒストリーは誤訳であるかもしれません、しかし、同時にグローバルヒストリーという言葉は、そうした言葉が一般化するようになった現在の日本の社会というコンテクストや、それを使用する歴史研究者の意識を反映するものとなっていると言ってよいかもしれません。だからこそ、この言葉を使用したほうが、本を売りやすいし、研究費も取りやすいわけです。残念なことですが自戒を込めて。
by pastandhistories | 2016-11-29 09:37 | Trackback | Comments(0)

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