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社会変革への夢

 11月は海外に行ったわけでもないのに、久しぶりに随分と記事を書きました。12月はこれまでのところ、12月23日の会、「ヘイドン・ホワイトの今」について書いた程度ですが、随分とアクセスがあります。その反応に対応するかたちで会への参加者が多いことを期待していますが、それ以上に質の高い議論ができればと考えています。その準備としてホワイトについて、会の予想される内容にそう記事を事前に二、三書いていくつもりです。最初は、単著のホワイト論としては現在の段階では評価されてよいヘルマン・ポウルの White (2011) の紹介からと思います。今日はこれから昼過ぎに会合が一つ、それが終わるとピヒライネンとの打ち合わせ(報告内容の確認など)があるので、その前に先週報告したことに関係させながら簡単に書いていきます。
 先週の報告のタイトルはもともとは「下からの歴史の今」というものでした。話の内容を準備していた時にディペシュ・チャクラバルティが昨年行った Scale of History という話の内容を知ることができたので、それをベースに予定を少し変えてマクロヒストリーとミクロヒストリーに関わることを論じてみました。
 そこでも触れましたが、一方ではデイヴィッド・クリスチャンらのビッグヒストリー論、他方ではギンズブルグの論文集が翻訳され、そのそれぞれが新聞の書評欄で紹介されているように、マクロヒストリーとミクロヒストリーをめぐる議論は、現在の歴史研究の一つのトレンドです。もっともチャクラバルティはこうしたかたちで議論を整理することにやや批判的です。その理由は、両者が結局はいずれも「欧米的な歴史研究」における議論だと彼は考えているからです。こうした批判に対しては当然のことながら現在の新しい流れは、欧米中心的な視点を反省し、それぞれ、よりマクロ的な、あるいはよりミクロ的なパースペクティヴを持つものである、という批判がでそうです。しかし、チャクラバルティの立場はそうした予想される批判をふまえるかたちで、それらに対して agency の問題を対置し、あくまでも社会を変革する可能性のある歴史学という視点から議論を進めています。そのさいにそうした立場を支える議論としてあげているのが、E・P・トムスンとヘイドン・ホワイトです。
 日本ではそうした議論が受け入れられることはあまりありませんが、ポストコロニアルな歴史論の代表者であるチャクラバルティのこうした認識にあるように、ポストコロニアリスムと批判的マルクス主義、そして言語論的転回はきわめて親和的なものです。実はヘルマン・ポウルのホワイト論の結論の一つは、White showed his continued indebtedness to a 1960s New Left kind of Marxism ・・・ White did not stop believing that history ought to inspire dreams of social change (p.149) というものです。そうした社会変革の主体を、構造化された歴史認識の内部に置くのでなく、より幅広い人々であると考え、下から、あるいは周辺から歴史に関わる問題を考えていくということが、チャクラバルティ、トムスン、ホワイトに共通していることです。違いはホワイトがもっとも強く個人という問題を前面に出しているということです。
 ホワイトの歴史論というのは、個人を単位としたきわめてミクロ的なものです。ギンズブルグとの違いは、ホワイトの力点が歴史を認識する側に、つまり「現在」の、パーソナルな、historical consciousness におかれているのに対して、 ギンズブルグの力点は「過去」に生きたミクロ的な存在に対する認識に置かれているという点です。過去の事実を実証するということが歴史学の目的なら、歴史学という場においてはギンズブルグは優位にあります。逆に実証的な歴史家として出発したホワイトがなぜ研究対象を理論的な問題へと移していったのかというと、それはヘルマン・ポウルの指摘にしたがえば、ホワイトが1960年代の経験を前提に、現状への強い批判意識、社会変革の可能性への夢を生涯持ち続けた研究者であったからです。
by pastandhistories | 2016-12-10 07:43 | Trackback | Comments(0)
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