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行間を読む想像力

 今日からは23日の会に備えてヘイドン・ホワイトのもちいている言葉について本当に基本的なことを二、三メモ的に書いていく予定だったのですが、昨日渡辺賢一郎さんと見市雅俊さんが「歴史とマンガ」についての報告をした「歴史と人間」研究会に参加したので、それへのコメントを書いておきます。
 まず会でしたコメントについての補足と訂正。『少年マガジン』『少年サンデー』がオリンピックと共に刊行されたというコメントがあったので、それは1959年だということを発言しました。実はこの経緯は一週間ほどの『朝日新聞』の特集記事でも丁寧に書かれています(この記事には、一時期450万部を超えていた『少年マガジン』ンも発行部数は現在では100万部前後、『少年サンデー』は35万部前後だという興味深い事実も書かれていました。なお『少年マガジン』の発行部数が100万部を超えたのは、大学生を読者層にした1960年代後半です)。
 その時、女性の歴史家と同じように女性漫画家は当時はいなかったと述べましたが、これは誤り。長谷川町子さんがいたからです。あるいはそれ以前には上田とし子さんという漫画家もいたはずです(『あんみつ姫』は倉金章介という男性作家でした。訂正しておきます)。しかし、現在のように多くの女性漫画家がいなかったのは事実。渡辺さんの報告にもあったように、花の49年代といわれる女性漫画家が輩出するようになったのは、これはコメントでふれましたが雑誌『COM』(1967~1971)の新人賞への公募者の中から、竹宮恵子さんをはじめとする漫画家が育ったからです。その審査員の一人だったのが水野英子さんだったと思います。水野さんはトキワ荘グループの一人で、手塚治虫との関係が深く、画風も似ていた人です。
 これもコメントでも話しましたが、当時は仕事のない新人が少女漫画を描くということがありました。その代表が、赤塚不二夫が『秘密のアッコちゃん』を描いたことです。それ以外にも大物男性漫画家が少女漫画を描いた例があります。いうまでもなく手塚治虫の『リボンの騎士』、横山光輝の『魔法使いサリー』です。こうしたことが起きたのは、やはり既にふれたように、女性漫画家が少なかったこと、そしてなによりも少女漫画というジャンルがそれほどの読者層を持っていなかったからです。新人が少女漫画を描いたのは原稿料を安く書かせることができたから、著名漫画家が描いたのは、少女向け漫画雑誌の部数を拡大するための出版社の政策によるものです。
 なぜこうしたこと、つまり女性漫画家が少なかったのか、というとそれは簡単な話です。なお差別の対象下にあった女性歴史家の場合とは違って、女性漫画家の場合は、なんといっても「少女」の読者層が少なかったからです。一般の家庭の「女の子」はあまり漫画を読まなかったからです。実は「中産階級以上」の「男の子」も。ここから先はシァルティエにならって行われていくはずの漫画の「読書空間」の研究が明らかにしていくでしょうが、上・中層の家庭、いわゆる教育ママのいる家庭では漫画はあまり読まれていませんでした。エロ本と同じ悪書で、一部家庭では買ったりしたのが見つかると、大弾圧を受けました(幸いにして我が家は手塚治虫を発見したことで知られる有名な編集者であった加藤謙一さんの近所で、息子さんが中学・高校で同窓であったので・・・大学に合格したときには、翌日夫婦でお祝いにきてくれました・・・そういうことがなく漫画を読むことができました)。実は昨日帰宅後40年来の同居人に確認したところ、同居人は地方の労働者の家庭の出身ですが、大学に入るまで漫画を読んだことがなかったと言っていました。漫画は「悪書」だったからです。事実PTAを中心とした漫画追放運動が行われ、そのなかには子供から取り上げた漫画を学校に持ち寄り校庭で焼却するなどということすらありました。
 なぜ漫画が悪書だったのかというと、その論拠の一つは、文章とは違って、漫画は子供の「想像力」を育てないからというものです。文章であれば、具象化されていませんから、行間にある「事実」を想像する力を養うことができる。しかし、具象的な表現である漫画にはそれがないので、子供の知的発展を妨げるということです。このロジックをそのまま歴史に採用すると、文章によって構成された歴史(多くの歴史研究者が使用している手法)は、過去への想像力を育てるがゆえに優れているということになってしまいます。随分と奇妙な議論です。想像力にもとづくものにより意味があるというのは、多くの歴史家が嫌うヘイドン・ホワイトの議論と同じになってしまうからです。しかし、こうした議論のあり方は、ふだんそれほど疑問なく用いられ、社会的にも実体化することもあるロジックが、いかに厳密性を欠くのかということ一つの例証でしょう。漫画はこうした批判を潜り抜けて1960年代後半には、社会に大きく定着することになります。女性も読める漫画、女性が描ける漫画へとおおきく飛躍し、少女漫画、さらには女性漫画というジャンルが明確に確立したわけですが、ここいらのことは渡辺賢一郎さんの方が、はるかに詳しいでしょう。
 長くなりましたが、最後に渡辺さんの結論、歴史の多元化・パーソナライズに対して出された疑問と、見市さんが話した「日本」の歴史的まとまりということについて少し作品の例をとって補足しておきます。手塚治虫の『火の鳥』はライフワークとしてあまりに有名な作品ですが、その初期の作品である「ヤマト篇」は、歴史の本来的多様性がその一つのテーマになっています。それはこの物語が、確立期のヤマト朝廷の王子(オグナ)が大王から命じられて、ヤマトが作り上げようとしてしている歴史(『COM』に連載された最初の作品では、大王が歴史編纂を命じたさいに部下がタイトルはどのようなものにしたらよいかと尋ねると、『古事記(こじき)』でも『ヒッピー』でよいと答える個所がありましたが、この部分は後の単行本では削除されています)とは異なる歴史を書き残そうとしているクマソの王、川上タケルを征伐に行くというところから話が始まっているからです。ここに示されているのは、歴史の本来的多様性と、そうしたものを暴力的に解体することによって共同化された物語が構築されたという問題です。
 ヴィジュアルな媒体と歴史については、オーディアンスやその技術的形式を含めて本当に緻密な議論が必要でしょう。その一歩として昨日の話には興味深いポイントがありました。

by pastandhistories | 2016-12-19 08:36 | Trackback | Comments(0)
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