歴史についてこれまで考えてきたことを書いています


by pastandhistories

プロフィールを見る
画像一覧

figure

23日のピヒライネンのペーパーは何とか下訳を終えました、きちんとしたものとして仕上げるのは難しいかもしれませんが、明日一日をかけて手を入れるつもりです。短いものでも意味を伝えるものとして訳そうとすると、随分と苦労するところがあります。ホワイト関連のまとまった訳書がなかなか出ないのも、当然かもしれません。figure という用語も意味を正確に伝えようとすると訳に難しいところがあります。通常は figure は「形象」と訳され、関連する figuration, prefiguration はそれぞれ「形象化」「前形象化」と訳されるわけですが、とりわけ近年はホワイトは figure を fulfillment に対置するかたちで、『岩波哲学・思想事典』においても説明されている(418頁)「予示的微標」の意味で使用することが多くなっているからです。
 この考えは、物語文は必ずしも過去の事実を伝えるものではないことを指摘したものとして引用されることの多い、「1618年に人々は30年戦争が始まったとは語らなかった」というダントーの指摘と関わり合うものです。「1618年に30年戦争が始まった」というのは事後的な説明であって、1618年当時にはそうした記述は成り立ちえなかったということですが、 figure, fulfillment に関しては(もともとは旧約聖書と新約聖書の関係を述べたものですが)ホワイトはギリシャ文化とルネサンスの関係などを例に挙げてこの両者の関係を論じているわけです。(多くの歴史家が無批判的に論じるように、あるいは教科書的な理解としてそのことが常識化しているように)「ギリシャ文化がルネサンスを引き起こすことになった」という歴史的な説明が成り立っているとしても、ギリシャ時代の人々は自らの文化をルネサンスを引き起こすために形成したわけでもないし、ましてややがては自分たちの文化の影響を受けてルネサンスが誕生することを予想することはありえなかった、その点でこの両者を原因-結果として関係づけることは、かつての figureーfulfillment の関係に類似していて、厳密に過去の事実を論じるものとはなっていないというのがホワイトの主張です。
 ホワイトがこうした指摘をしているのは、歴史の叙述が「科学」であればそのことが必要とされる厳密な因果関係には拠っていないことを批判するためです。そうした立場からホワイトは自らの主張を根拠づけるために、最近は歴史の系譜的説明には genetic なものと genealogical なものがあるとしばしば論じています。 genetic というのは、多くの生物の運命がそうであるように、遺伝子に左右されるもの。つまり先行的なものが、事後的に生じるものを決定的に規定するものです。逆に言えば、現在が過去を決定することができないものです(個人の血統譜は既に完全に決定された所与のものです)。これに対して genealogical なものは、上述の例のような事後的なかたちで先行的なものが選択されているものです。実は多くの歴史叙述はこうした  genealogical なもので、現在から恣意的な祖先選びが行われているとホワイトは論じています(この問題は『国境のない時代の歴史』という本で、遡行的な歴史の蛇行性として自分も触れたことがあります。・・37-39頁)。
 ホワイトは歴史に対する自由を何よりも論じている歴史家です。しかし、実は彼はこのように歴史の恣意的な解釈、恣意的な祖先選びにはきわめて批判的です。なぜならそのことが、モダニティやナショナリティを枠組みとする抑圧的な歴史の大きな根拠となっているからです(そのもっとも代表的な例が日本における西洋史偏重、さらに厳しく批判的に言えば、日本の西洋史研究者の多くに見られる思考のパターンです)。そしてこうした考えを根拠としてホワイトは、figureーfulfillment と同質的な説明構造をもつ、場所も違い、時代もかけ離れたギリシャをルネサンスと結び付けるような、歴史の説明の仕方にある厳密な論理性の欠如を批判しているわけです。
 ホワイトは、望ましい未来を生み出すために、歴史に対して自由な意思をもつことを何よりも重視しています。しかし、そうした自由の延長に措定される未来は、かつてマルクス主義者が論じたようにそのあり方が予め決定されているものではなく、あくまでも人間の自由な意思によって作りだされていく、その意味ではまだどこにもない、そうした想像上の世界、ユートピアとして措定されるものです。このことは別におかしな議論ではありません。合理的な議論を推し進めたギリシャの思想家は、自分たちの思想がルネサンスを生み出すことを予想してわけでも、目的としたわけでもなかったからです。

by pastandhistories | 2016-12-21 22:43 | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : http://tsyokmt.exblog.jp/tb/23491584
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。

カテゴリ

全体
未分類

以前の記事

2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 01月

お気に入りブログ

最新のコメント

先生は、「「民主主義」擁..
by 伊豆川 at 19:57
先生は、「歴史が科学であ..
by 伊豆川 at 17:18
『開かれた歴史へ 脱構築..
by 伊豆川 at 13:28
3月18日の会に参加させ..
by 伊豆川 at 08:33
セミナーで配布・訳読され..
by 伊豆川 at 14:44
先生の議論には、大筋で同..
by 伊豆川 at 17:10
私も今回のセミナーに参加..
by 伊豆川 at 18:55
先生が制度化された「真実..
by 伊豆川 at 00:29
先日、ヘイドン・ホワイト..
by 伊豆川 at 20:53
人間に関心や理解を促す語..
by 伊豆川 at 22:33

メモ帳

最新のトラックバック

「変化する可能性」
from 右近の日々是好日。
プラグマティズム
from 哲学はなぜ間違うのか?

ライフログ

検索

タグ

人気ジャンル

ブログパーツ

最新の記事

ネットの情報管理
at 2017-03-08 16:02
パブリックな場の歴史とのかかわり
at 2017-02-26 09:04
大きな歴史と小さな歴史
at 2017-02-23 09:56
ファミリーヒストリーとグロー..
at 2017-02-16 22:04
ファミリーヒストリーについて..
at 2017-02-13 11:55

ファン

記事ランキング

ブログジャンル

歴史
哲学・思想

画像一覧