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ファミリーヒストリーについての誤解

 昨日寝しなになんとなくテレビをつけたら、『ゴッドファーザー partⅢ』が放映されていました。いわゆる「ファミリー」の話です。グローバルヒストリーの一つのテーマとして論じられることがある、immigration に伴う問題がわかる部分が描かれています。移住に、家族的な結合や、あるいは人種的な、地域的な結合がそのような役割を果たしたのか、というテーマです。もちろんそうしたテーマは、『ゴッドファーザー』に限らずアメリカ映画でしばしば扱われるテーマ。アメリカ社会にある過去認識のあり方、とりわけパブリックな場にある歴史の一つのかたちです。というより、現在の世界的な、つまりグローバルな現象だということでしょう。この映画が多くの観客を集めたのもそのためではと思います。
 しかし、この映画でファミリーヒストリー全体を論じるとすると、それはやや誤りです。先祖をたどるという意味での現在のファミリーヒストリーは、この映画が描いたような「ファミリー」ではなく、より「個人的要素」を重視しているからです。具体的に言うと、ファミリーヒストリーは同じ家族であっても個人によって異なるものです。たとえば夫と妻は家族ですが、それぞれの個人的なファミリーヒストリーはまったく異なったものです。子供たちも、母親側のファミリーヒストリーが混在しているわけですから、彼ら・彼女たちは父親とは異なったパーソナルなファミリーヒストリーを有しているわけです。親戚同士が結婚しあう族内婚ではなく、族外婚であればそういうことになります。個人的ななこととなりますが、自分の父親と母親は出身地が異なるにもかかわらず、血縁関係のない従兄妹でした。こうした婚姻は自分から見ると1~3世代の間では随分と繰り返されていたようです。明治維新以降の都市集中によって、随分と大きな移住のあった時代ですが、そうした移住があったがゆえに、伝統的な血縁的、あるいは地縁的関係を維持するために族内婚的な枠組みが一時的に行われていたのでしょう。しかし、現在の日本ではおそらくはそうした枠組みは薄れて、族外婚的な結合が一般化しているのではと思います。そこでは、パーソナルなファミリーヒストリーは、この場合にファミリーというのは、シンクロニカルな結合関係にある人々ではなく、ダイアクロニカルにジェネティックに辿ることのできる人々を指すことになりますが、それは夫婦間でも大きく異なるものとなります。
 少しわかりにくいかもしれませんが、わかりにくかったら自分の配偶者が外国人である場合を考えるとわかりやすいかもしれません。しかし、それほど極端な例をとらなくても、自分個人のことを考えれば理解できることなのではと思います。


by pastandhistories | 2017-02-13 11:55 | Trackback | Comments(0)
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