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IFPH⑩

 今日は IFPH の五日目(最終日)のセッションについて。この日参加したのは二つ。最初は、Studying Public History というセッション。タイトル通りパブリックヒストリーを学んでいる院生の報告が中心。報告者の知名度、さらには時間が最終日の朝早くということもあって、報告者以外の参加者は10人程度と少し淋しいところもありました。しかし、内容自体は結構参考になるものでした。少しづつではあるけど進みはじめているパブリックヒストリーの学問化(ディシプリン化)、つまりコースや大学院の設置の現状が、現場の学生の立場から報告されたからです。 
 四つの報告があって、うち二つは2人の共同報告だったので、発表者は合わせて6人。最初はケルン大学の二人の学生が、ドイツで試みられているパブリックヒストリーのマスターコースの現状を報告、つづいて東パリクレテーユ大学の二人の学生が2015年から設置された同大学のコースの状況を説明しました。つづいて同じ大学の学生がそのマスターコースが10人の院生と10人のインターンシップの学生によって成されているという内容をさらに詳しく説明。それぞれ問題意識は新鮮で、本来学問的世界の外部に位置していたパブリックヒストリーを、専門的研究の中に位置づけることの是非や意義が論じられました。
 議論の中で面白いと思ったのは、クレテーユ大学の Domain Duplan が指摘したパブリックヒストリーにあるトップダウン的な性格。たとえば中世の宗教画などはその例で、受容者であるパブリックの間に宗教的意識を喚起するために、過去が図像的なかたちで表現をされていたわけです。このことは現在の映像メディアにも通じる問題。パブリックの間にいきわたっている過去認識は、必ずしも自律的なものではないという議論にもつながります。このセッションの最後のまとめをしたのは、報告者では唯一の現職の大学教員である Barbara Silva (Pontifia Universidad de chile)。学問的歴史とパブリックヒストリーの二分化に疑問を提示し、パブリックヒストリーもまた厳密性が必要だと論じました。ディシプリン化を反映した議論です。
 最終日に次に参加したのは、History , Memory and Acts of Public Commemoration というセッション。これに参加したのは、すでに紹介したデイヴィッド・ディーンや、オックスフォード大学出版局から出るパブリックヒストリーの論文集の編集者である Paula Hamilton (シドニー工学大学)が発表者として予定されていたからです。参加者の多さを見越して早めに行って席を確保、これが正解。予想通り満席。しかし、内容は意外なものもあって、随分と考えさせられました。
 最初の発表者はハミルトン。タイトルは Failed Commemorative Acts: The Politics of Forgetting というもの。自分はこのタイトルからは予想していなかったのですが、内容は例の従軍慰安婦問題をめぐる少女像について。それが国際的に設置されつつあることを紹介しながら、歴史的事実への記憶を無視しようとする日本政府に対して徹底的な批判が行われ、天安門事件をも例示しながら、そうした事件の記憶をトランスナショナル化していくことの必要が主張されました。もちろん会場から異論はなく、この問題への理解を逆転化させている日本の状況が国際的には深刻な事態であることを感じさせられました。
 次のヨーク大学の Geoff Cubbit の報告(British Regimental Museums as 'Memory Places': Regiments, Narratives, and Identities)は、別の意味で考えさせられる報告。イギリスの各地にある連隊記念博物館についての報告で、そこに展示されている兵士の記録や武器、勲章などの展示の紹介。しかし、兵士たちがたとえば帝国の拡大に伴ってそうした兵器を用いてどのような殺戮を行ったの、そのことによってどのように顕彰されたとのかということについての批判的意識はほとんど感じられず、残念な内容でした。
 ディーンの報告( Monumental Failures: Historical Memories and Commemoration in Canada) も内容は予想外のもの。カナダで東欧共産主義群の崩壊の後に建てられた「共産主義犠牲者博物館」の紹介。おそらく東欧からの亡命者や、あるいは体制崩壊後の移住者が多く、それが建設の背景にあるのだ思います。こうした博物館が世界各地にこれから作られていくことの意味はどのようなことにあるのかを考えさせられました。
 最後の Indira Chowdhary の発表( Can Museum Objects Have a Second Life?: Creating a Commemorative Volume for Asia's Oldest Museum ) の面白かったことは、インドでの博物館が最初はイギリス人の主導によって作られ、その陳列物が hybrid な性格を持つものであったことを指摘したことです。
 最終日に出たセッションは以上ですが、この日はいろいろなことを考えさせられました。特に博物館、それと関連しますがコメモレ-ション装置の問題には本当にいろいろな問題がある。今回は会ではそのことがパブリックヒストリーというテーマとの関連で議論されたわけですが、そうした問題について思ったことを一連の記事の最後のものとして書くつもりです。


by pastandhistories | 2017-06-16 09:55 | Trackback | Comments(0)
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