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科・学

 本当はIFPHのまとめを書くべきですが、昨日ある会に出ていたら議論が少し混乱しているような感じがしたので、それについて書きます。それは歴史が科学かという議論をめぐること。科学が science の訳語として、いつからどのように用いられるようになったのかについては、いま手元にありませんが、柳父章さんなどがきちんと論じているのではと思います。しかし、ヨーロッパ語で用いられている science あるいはそれに対応する言葉に関して、いつの時期からの用例を科学と訳すのかについては、異なった考え方があります。たとえば上村忠男さんは、ヴィーコの著作を『新らしい知」と訳しています。つまり18世紀に入る頃までは、science は現在の日本語でいうところの「知」に近いものであって、19世紀以降その訳語として用いられるようになり、現在では一般化している科学とは区別されるものであったという考え方です。
 意外なほど論じられないことですが、科学は「科」と「学」の合成語です。「科」は漢和辞典によれば斗(マス)によって穀物の量を計ったことに由来した語で、基本的には分類・区別を示す言葉です。科・学という語には、学が「科」に分けられるものとして理解されているということが含意されています。つまり「自然・科学」、「社会・科学」ではなく、「自然科・学」、「社会科・学」であり、「歴史・科学」ではなく「歴史科・学」であり「政治科・学」「経済科・学」なわけです。そうした分類・細分化を前提としているわけですから、しばしば誤解されるように「学」一般に通有する普遍性・一般性を含意しているわけではなく、「科」として分類された個別の「学」において成り立つ、一般化されうる法則性を定立していくということが「科・学」という語には含意されています。近代以降細分化されディシプリン化されるようになった学においては、ある方法的手続きを踏まえれば、一般性や法則性を定立しえるという考え方です。
 このように考えると、しばしば議論される歴史は科学かという問いは、法則性や一般性の定立においてそれが広く確立され、効用性をもった「自然科・学」の方法を「歴史」という「科」にどの程度適用できるのか、あるいは、「政治学」にしても、「経済学」にしても、あるいは「社会学」「心理学」にしてもそうした「科」において成立した法則や定理が、どの程度「歴史」という「科」に応用できるのかという問いであることになります。人間や社会を一般的、普遍的なものとして抽象的な形で論じるのではなく、「学」を「細分化」して、その中で具体的な実例に基づいて(しばしば用いられる言葉を使用すれば経験主義的に、実証的に)論じられうることを「学」として確立していくという考え方が、「科・学」という言葉の本来的な意味だからです。
science を科学と訳すべきかは今後も論争があるかもしれませんが、この言葉が「科学」と訳された、そしてそれが広く受け入れられたことには、学を細分化してその中で確認していけることを共同の知としていこうという合理的な思考が、当時の日本の社会に存在していたことを意味しているのだと思います。歴史は科学であるという議論が、しばしばこうした合理的な思考とは異なるかたちで議論されてきた、あるいは今でも時折議論されることがあるのは、残念なことです。

by pastandhistories | 2017-06-18 07:07 | Trackback | Comments(0)
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