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パブリックヒストリーについてのメモ④

 自分が参加していたプロジェクトによる招聘で日本に来てもらい、Consuming Public History というペーパー(このペーパーは今年2月に出されたプロジェクトの報告集である The New Development of Historical Studies and Global Citizenship に他の報告とともに収録されています。まだ残部があるのではと思うので、希望者は 03-3945-7492 に問い合わせてください)を読んでもらったジェローム・デ・グルートは、2013年に編集・刊行した論文集のタイトルを、Public and Popular History としています。  
 この本は、もともとは歴史の脱構築論の立場に立つ Rethinking History での特集に基づくものです。タイトルにパブリックとポピュラーが並行してもちいられているように、パブリックヒストリーが、同時にポピュラーヒストリーとして、いわゆる民衆自身の中にある歴史として理解されています。このように脱構築論的な歴史論は、いわゆる民衆史と対立するものではなく、その問題意識においてはむしろ共通性があります。そのことは、いくつかの書物やこのブログをとおして繰り返して指摘してきました。
 しかし、かつて日本で流行った民衆史、あるいは下からの歴史を論じる歴史研究者は、必ずしもそうした捉え方をしていません。おそらくその理由は、「科学的」とされた進歩主義的な学問的な歴史を補完するものとして民衆史、一般の人々にある歴史が措定されていたためでしょう。逆の見地に立てば、最近のパブリックヒストリーへの関心は、学問的な歴史がパブリックな場での影響を失ったことによって生じたという側面があります。別の言い方をすれば学問的な歴史に対して、パブリックな場での歴史が自律性を持つようになった、具体的には歴史修正主義をめぐっては、きわめて保守的な主張がネットサポーターという人々によって擁護され、それが学問的な歴史とは相いれないものとなっているという問題です。
 こうした問題を前提とすれば、パブリックヒストリーの意味は、新しい学問的トレンドであるという点にだけではなく、現在の歴史学の危機をどう考えていくのかという点にもあるということになります。自分が、パブリックヒストリーを論じることが重要だと考えるのは、後者の観点からです。歴史研究者が執筆・編纂した教科書、それに基づいて行われる歴史教育が一般の人々によって当然のものとして受容されるという平和共存、実はそれはナショナリティの枠組みによって強固に統御されるものであったわけですが、そうした共存がパブリックな場の歴史の自律性が高まるについて失われた、もちろんそうした自律性は学問的な歴史に対する自律性ではあっても、ナショナリティに対する自律性ではないわけですが、そうした問題を考えていくためには、パブリックな場における歴史のあり方や意味を、肯定的な意味でも、否定的な意味でも考えていかなければならない、と自分は考えています。そのさい、歴史家が自らの立場を擁護するものが、たんに事実性にとどまっているだけでいいのだろうか、そうした議論がかつては持っていたように思われた説得力を持ちうるものなのか、ということがパブリックヒストリーを考える際には重要です。

by pastandhistories | 2017-06-22 10:05 | Trackback | Comments(0)
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