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言語論的転回を超えて

 予定では今日は飛行機に乗っていたかもしれない日。25日からスウェーデンのウメオで「感情史」をテーマとした国際文化史学会があるからです。早い時期から参加するつもりでホテル探し。限定50%割引というホテルを見つけて、予約までしていましたが、帰国して2週間で再度ヨーロッパ、場所もやや不便なところで日程的にもきつい。プログラムを確認したところ、個々の報告はすでにかなり専門的な段階に入っている感じで、準備も間に合わないということでキャンセルしました。割引価格であったので、ホテル代は全額没収、このあたりは予約の仕方の難しさです。
 ところで感情史についてですが、先週そのセミナーがありました。内容的にも充実していて、とくに若い人の発言には感心しました。ただ会でも、二次会でも感じたのは、言語論的転回からの流れの理解に、やや混乱したところがあるのではということです。このブログでも、「水が100度で沸騰する」ということと「サッカーの試合の予測」「競馬の予測」(余談ですが、今年のダービーは当たりませんでした)ということを対比的に取り上げて説明しました。前者のように、「科学」的なものとしてその因果関係に法則として定立可能なものがあることを、否定する必要はありません。そうした因果的説明は効用性を有していて、実際に有益に運用されています。しかし、「複雑系」に属する後者において用いられる因果関係は、結果を断定的に予測できないという点で、前者とは質的に異なります。はたして前者のような例を、対象に真理や法則が内在しているという点で本質主義的な議論の根拠、後者のような例を、認識の相対性を論じているという意味で、構築主義的な議論であると大別してよいのかは議論の余地がありますが、いわゆる構築主義的な議論の批判の根拠としては、しばしば前者のような事例が用いられます。
 相対主義的な構築論のおおきな根拠を提供したのは、言語論的転回です。言語論的転回にもっとも大きな影響を受けたのは、歴史です。言語を媒体としているという意味では、哲学や文学のほうがより大きな影響を受けたとすべきですが、言語の組み合わせによって歴史的に構成されてきた哲学や文学に関しては、前者は同種の議論がその形成以来ずっと基本的な議論の一つであったこと、後者はもともと言語によって生み出される虚構性に基づいていたわけですから、事実性を根拠として、史料に関しても、叙述においても、その基本的媒体を言語としていた歴史ほどには、深刻な影響を受けなかったわけです。
 もっとも歴史がもっとも大きな影響を受けたといっても、実際にはその意味を深刻なものと考えたのは、ごく一部の歴史研究者だけでしょう。日本では遅塚忠躬さんや二宮宏之さんなどです。海外ではもう少し大きな影響がありました。実はこのあたりは、今日のタイトルがサブタイトルとなっている長谷川貴彦さんの『現代歴史学への展望』を借りての議論となりますが、その中で生じたのが、文化史への着目です。しかし、この間の会でも議論となりましたが、文化史には、構造や表象の問題が前面化しているのではないか、またシンクロニカルな理解が先に立って、歴史の重要な要素であるダイアクロニクルの理解を欠如しているのではないかという批判が生じます。こうしたなかで歴史の主体である人間の行動を本来的に規定しているものを、構造的与件ではなく別のものに求めていこうというディープヒストリーへの関心が生じているのだと思います。感情史への関心もそうした流れの上にあるものだと自分は理解しています。つまり「言語論的転回を超えた」その延長に生じたものとして理解することができます。
 以上のような整理、当たっているかは正直自信がありませんが、現在の段階ではこうした流れが、最近の歴史研究の流れの一つだろうと自分は考えています。

by pastandhistories | 2017-06-24 10:48 | Trackback | Comments(0)
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