歴史についてこれまで考えてきたことを書いています


by pastandhistories

プロフィールを見る
画像一覧

周縁と歴史

 昨日はプロヴァイダーの点検作業ということで、自分からはアクセスできませんでしたが、アクセスが3ケタを超えたようです。おとといもということで、この間アクセスが高止まりの傾向にあるようです。期待してこのブログを開いてくれる人がいるということでしょうが、正直そうした期待に応えられるかと思うと、気持ちが重くなります。ただ読んでくれる人にとって参考になればということで、今日も思いつくことをメモ的に書いておきます。最初に断っておきますが、あまりまとまった話ではありません。
 その一つは以前授業で自分が用いた史料についてです。「歴史は史料に基づく実証である」ということで、大学の史学科には「史料購読」「史料研究」のような科目が置かれています。自分が担当していた西洋史の場合、この授業のためのテキスト選択には以前は結構苦労しました。しかし、ネットはその改善を随分と助けてくれました。海外の史料が学生にも直接利用できるようになったからです。その一つとして用いたのが、ダクラス・リンダ―という人が作成した Famous Trials (http://famous-trials.com/legacyftrials/ftrials.htm)というサイトです。あくまでもアメリカの学生向けという点で、欧米中心で英文が中心となりますが古今東西の有名な裁判の記録が、そのアウトラインについての説明とともにアップされていて、便利なサイトです。
 もちろん、裁判資料などの公的資料を中心として歴史を組み立てることには、批判があります。史料そのものが本来は社会の統制を目的として作成されたものでしかないからです。しかし、そのことを逆用して斬新な歴史研究が、ミクロヒストリーとしてナタリー・ジーモン・デイヴィスやギンズブルグによって試みられたことも事実です。これらが評価されたのは、従来は歴史の周縁に置かれていた人々を取り上げることを通して、その時代の社会のあり方を合わせて論じたからです。
 厳密には論じていることの意味内容は異なりますが、歴史の周縁という問題をテーマに鋭い指摘をしているのが、今年に入ってから翻訳出版されたラナジット・グハの『世界史の脱構築』(原題は、History at the Limit of World-History )です。欧米に起源をもつ World-History が植民地支配とともに南アジアに入ってきた、そしてそのことを前提として「歴史となりえるもの」は何か(このことは逆に「歴史になりえたもの」は何で、「なりえていないもの」何かという議論でもあるわけですが)を論じたものです。
 面白く読める本ですが、そのタイトルの訳に関してに訳者の竹中千春さんは興味深い指摘をしています。それはタイトルの訳として採用された脱構築という言葉は、原書の中では一度しか登場しないということです。しかし、竹中さんがこの訳語を採用したのは明確な理由からです。グハはサバルタンやポストコロニアリズムの立場に立って、そうしたものを排除するかたちで機能してきた世界-史を脱構築する立場に立っている、と竹中さんが考えているからです。
 今日の話はあまりまとまりませんが、無理に結論すると、同じ周縁に議論を立脚させていても、ギンズブルグとグハは立場を異にしています。ギンズブルグは周縁から歴史を構築することが可能だと考えているわけですが、グハは周縁から歴史そのものへの疑問を提示しているということです。これは重要な論点だと自分は考えています。

by pastandhistories | 2017-07-19 10:56 | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : http://tsyokmt.exblog.jp/tb/237229460
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。

カテゴリ

全体
未分類

以前の記事

2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 01月

フォロー中のブログ

最新のコメント

先生は、「「民主主義」擁..
by 伊豆川 at 19:57
先生は、「歴史が科学であ..
by 伊豆川 at 17:18
『開かれた歴史へ 脱構築..
by 伊豆川 at 13:28
3月18日の会に参加させ..
by 伊豆川 at 08:33
セミナーで配布・訳読され..
by 伊豆川 at 14:44
先生の議論には、大筋で同..
by 伊豆川 at 17:10
私も今回のセミナーに参加..
by 伊豆川 at 18:55
先生が制度化された「真実..
by 伊豆川 at 00:29
先日、ヘイドン・ホワイト..
by 伊豆川 at 20:53
人間に関心や理解を促す語..
by 伊豆川 at 22:33

メモ帳

最新のトラックバック

「変化する可能性」
from 右近の日々是好日。
プラグマティズム
from 哲学はなぜ間違うのか?

ライフログ

検索

タグ

その他のジャンル

ブログパーツ

最新の記事

19世紀的な形式
at 2017-10-10 09:43
歴史の一部
at 2017-10-09 21:54
昨日について
at 2017-10-08 10:45
10月7日
at 2017-10-04 06:27
政治の逆説的転回
at 2017-10-02 18:26

ファン

記事ランキング

ブログジャンル

歴史
哲学・思想

画像一覧