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19世紀的な形式

 昨日少し長く書きました。この記事には多分こんな反論があると思います。「資料自体が映像を媒体としたより事実的なものである以上、現代史を対象とした再現前化・表象を行う場合は、文字的ではなく映像的なものですべきだという議論はわからないでもない。でもその場合、封建制とか資本主義、あるいは上部構造や下部構造、歴史の発展法則というようなことは、どうやって論じることができるのか」という問題です。
 実はこのことは現在ではすでに「折衷的」に行われています。歴史を「教育」している人は、そのことに自覚的であったか、非自覚的であったかはともかくとして、パワーポイントなどを駆使しながら、図像的な、あるいは映像的な資料を媒介として、「言語的」な論述を行ってきているからです。啓蒙的な一般「書」において現在図像的資料が用いられていないものはまずは見当たりません。最近ではもちろん「図像論的転回」というように、図像的資料をもちいた学術的論文も出現し始めています。
 しかし、そうした「折衷的」な方法で事足れりとしていいのかというと、そこには大きな問題があります。実はそうしたさいにもなお使用されている概念の多くは、19世紀的な歴史、つまり文字的なものを媒体として成立していた歴史にあったイデオロギーや論証の形式を多くは継承したものだからです。とりわけ歴史叙述の一部が歴史学としてディシプリン化されるにともなって生み出されてきたものを継承したものだからです。
 ホワイトが批判しているのはそのことです。20世紀に入ってからいわゆる近代的技術の発展、さらにはそれに伴った人々の意識の変化によって芸術においても、科学とされるものにおいても、大きな変化が生じました。たとえは小説を例にとれば、意識の流れやアンティストーリーといった形式、そのことは小説というジャンルを例にとった一つの例なわけですが、芸術一般においては対象を忠実に模写するのではなく、直観的な、抽象化した表象を通しての対象をむしろ解体・分解していくという表象形式がとられるようになりました。ホワイトが19世紀的なリアリズムに対してモダニストというかたちで論じているものは、そうした形式をもつ芸術や、あるいは科学のあり方です。あるいは人々の意識のあり方です。
 おそらくそうした技術的・知的革新を受けて生ずるべきものは、別の言い方をすると、形式の変化を受けて生じるべき、内容(歴史の場合は過去の実在)への理解は、これまで支配的なものであったものに代わる幅広い可能性を持つべきものだ、というのがホワイトの主張です。ホワイトの議論をめぐって、それでは事実はどのように認識できるのかと議論することも、重要なことかも知れません。しかし、自分がそこだけに議論を集約してはならないと思うのは、そうした議論は結局は問題を「学者」の間の議論にとどめてしまうからです。ではなくて、普通の人々の間にある過去認識のことをもう一度考えてみる。自分が最後に『歴史実践」ということを提起したのもそのためです。ホワイトが「歴史学的過去」(historical past・・・この訳語は佐藤啓介さんが付けてたものですが名訳だと思います)に対して、広く人々の間にある実用的な過去に立ち返ることを主張しているのもそのためだと自分は考えています。

by pastandhistories | 2017-10-10 09:43 | Trackback | Comments(0)
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