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事実のレベル

 昨日書いたことを少し補足すると、基本的には関心のある人は誰でも自由に参加し、発表できるようにしたいと考えています。そういうことですので、発表を希望する人は連絡してください。ペーパーは読み手を広げ、海外へ日本の歴史理論の現状を紹介するという点で将来的には英語でということになりますが、会での発表は日本語で構いません。イーサンには通訳をつければいいだけで、一人の参加者のために、参加者全体の間口を狭める必要はないからです。何度か書いてきましたが、横文字でペーパーを読んだり書いたりするのは、より幅広いオーディアンスを対象とすることによって、自らの思考を相対化していくためです。横文字で書かれたものが、閉ざされた仲間だけに占有されるものであり、閉ざされたオーディアンスだけに向けられるものであるなら、それは進歩ではなく、むしろ学問的とされるものをさらに後退させていくだけでしょう。 
 話変わって、最近つくづくほっとすることは、入試なるものとの縁が切れたことです。多くの人がそうであるように、精神的に本当に疲れました。その一つの理由は、教科書についての疑問にありました。多くの教科書で、過去の事実がきわめて並列的に記されていることに対してです。たとえば、古代も中世も、現代も、個々の事柄が同じような確定的事実として書かれています。そのために正誤問題の選択肢の一つとして「イクナートンは一神教を導入した」という文章が出題されたりします。
 しかし、こうした問題を出題することは適当でしょうか。たしかに古代史研究者の間では定説化しているかもしれません。しかし、古代史研究者の間で定説化していること、中世史研究者の間で定説化していること、近代史研究者の間で定説化していること、そして現代史研究者の間で定説化していることは、それほど厳密に考えなくてもレベルがまったく異なっています。根拠とする史料の量、質的内容が基本的にはまったく異なるからです。碑文史料あるいは口承史料しか残されていない時代、わずかの写本しかなかった時代、パピルスや木簡が用いられていた時代、紙が使用されるようになり文書による記録が本格化した時代、印刷された文献が流布するようになった時代、そして音声や映像によって記録が保存されるようになった時代では、「過去の事実」が認識される手続きはまったく異なったものだからです。
 教科書からは、とりわけそれを使用している中学生や高校生にとっては、こうしたことはほとんど読み取れません。きわめて並列的に古代から現代までが、同じように確たる事実であるかのように、固有名詞を中心に、一定の解釈を交えながら教科書では叙述されています。それを事実として覚えなければよい点がとれない。とりわけ正誤問題はそうした強迫観念を増進させています。
 いつも思っていたことですが、教科書が歴史研究者によって執筆されたものであるならば、歴史において事実とされているものはけっしてフラットなものではなく、個々のレベルにかなりの違いのあるものだということがきちんと伝わるようなものとすべきでしょう。そのことが中学生や高校生の間でより正確な歴史への理解を生み出すものとなるはずです。

by pastandhistories | 2017-05-02 21:29 | Trackback | Comments(0)
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