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世界史の「研究」へ

 実際的には時期的にやや並行したところがあったけど、以前『歴史として、記憶として』(御茶の水書房、2013年)という本を編集した時に参考にしたのは、アラン・マンズローが編集した Authoring the Past です。歴史研究者が自分が歴史研究者となる過程の記憶を振り返りながら、それが自分の歴史研究の内容にどういう影響を与えたのかを記した文章を集めたものです。それぞれの筆者の自省をとおして、脱構築論的な視点からの歴史研究がなぜ生じたのかが理解できるところがあって、興味深く読める本です。 
 世界史の研究や教育が対象なので、ややテーマは異なりますが、Kenneth R. Curtis & Jerry H. Bentley eds, Architect of World History、Wiley Blackwell. 2014 も似たようなコンセプトで編集された本で、現代の歴史研究・教育の問題を考える参考になります。ジェリー・ジェントリーが共編者とされていますが、実際には世界史学会(World History Association)のもっとも中心的な組織者であったジェントリーの死後に、彼の追悼論文集として出されたという側面のある本です。
編者をはじめとしてマクニール、ポメランツ、クリスチャン、ザクセンマイヤー、さらにはベントン、ウォードらの現在を代表する世界史論者が、自らが研究者としてその研究対象を切り開いていく過程を回想したこの本が参考になることは、それぞれが最初は院生として学位取得のために、それに必要とされるきわめて詳細な実証研究を従事していたこと、しかし機会を得て最初は若手教員として何らかの教育機関での教育職の仕事に就くにしたがって、そこで要求されるきわめて包括的な、概説的な歴史教育に従事するようになり、その過程でそれまで自分を枠づけていた研究の枠組と、一般的な学生というオーディアンスを対象とした歴史の関係を考えるようになったということが論じられていることです。その過程で、執筆者の多くがたんなる「世界史」のパートタイム的な教育者にとどまらず、さらには「世界史」の研究の可能性を考えるようになった。専門的「研究」には必ずしも位置づけられていなかった、世界史を研究として位置付け、自らがそうした立場に転じたことが論じられています。
 専門的な実証にますます特化する傾向のある現在、とりわけ若手研究者に対しそのことが学位取得の絶対条件として強要されている時代、そして多くの研究者がそのことが自明であるかのように考えている時代にあって、この本で行われている議論は参考になります。若手研究者は、院生時代は個別研究に特化することを強いられ、運よく就職できた場合は(運悪く非常勤職についた場合はさらにいっそう)、一転してかなり幅広い領域を教育することを強いられる。教育者としての義務に忠実であろうとする誠実な人物なほど、そのギャップに苦しめられる。逆にそうしたギャップを感じない研究者の講義は、今度は圧倒的多数の学生を、たとえ彼らが史学科の学生の場合であっても、自分たちの関心と教員の関心の違いのギャップによって苦しめているというのが、歴史教育の現実の場で生じている問題です。
 歴史研究が実証を基本とするものであるということは、あえて近代以降と言う必要はなく、古くから繰り返し論じられてきたことです。近代以降大学においてそれがディシプリン化されて以降そのことはいっそう強調されるようになりました。さらにそうした実証のための様々なツールの進展によって(広義に言えば外国史研究の場合は、留学機会の飛躍的な増大によって)、さらにその傾向を拡大させています。そのこと自体は否定されるべきではありません。しかし、歴史研究者は同時に大学という場において歴史教育者として在する限りは、その場との関係から歴史がいかなるものかを考える義務をもちます。そうした義務の自覚から大きな歴史への関心が生じたことを Architect of World History からは理解することができます。

by pastandhistories | 2017-05-14 10:42 | Trackback | Comments(0)
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