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ホワイトのペーパー

 帰国して確認しましたが、28日の記事はアンカースミットのところで切れてまったようです。この後に彼とホワイトのペーパーについても書いてあったのですが、やはり有料パソコンの時間切れだったようです。ということで、忘れないうちにその部分を書き加えなおします。
 まずアンカースミットの話は、彼が本来のこのセッションの組織者であったわけですから最後でよかったのですが、それをホワイトに譲って先に発言しました。彼はいくつかの著書もそののことを示しているように政治性の高い人で、話もむしろ1989以降のネオリベラリズムへの批判に終始しました。『思想』にも少し書きましたが、ポストモダニズムの懐疑主義と政治的急進主義のかかわりは、ポストモダニズム理解の重要な点だと思います。
 という話を受けてホワイトが最後に登場、水曜日からは参加した会場がかなり一致していてご機嫌が日増しに良くなっていることは感じていましたが、この日は絶好調(来日の折の最後の日と同じです)、もっとも来日の折は聴衆がある程度シンパシーをもってくれている人だろうということで参加者との一体感を前提に話をしていた部分がありましたが、この日は「歴史家」が相手だということでがやや挑発気味、脱線した部分がないでもありませんでした。
 話の内容は初めての人が多かった日本の時とはやはり違って、逆に彼の通常のスタイルである、前もって送られた原稿はまったく見ず自由に話を展開していく、というかたちで話が進みました。もちろんテーマそのものはこのセッションに向けて送られたペーパーにあった、『思想』に訳されたpractical past論をめぐるものです。
 基本的には当然『思想」で訳されたものと重なる部分が随分とあり、結論もゼーバルトを例にとるというものでしたが、強調されたことはやはり歴史認識の倫理的、美的な側面ということです。ぜーバルトを重視するのもそのためですが、ホロコーストを例にとりながら(もちろんこのことをホワイトが論ずるのは、ホロコーストの表象問題を意識しているからです)、記憶は歴史家が科学的なものために利用するものではない。ホロコーストを困苦や、苦難や、人間性への侮辱として経験するものであって、その意味ではゼーバルトの行った表象化の方がそうしたものにはるかに近いものだと、ホワイトはこの日も論じました。ホロコーストの記憶をpracticalityなものとして生かしていくためには、フィクショナルなものの中にこそ、そうしたpracticalityがあるのでは、ということです。そのことをホワイトは「歴史(家)が記憶を必要しているとしても、本当に記憶の側が(現在行われているような)歴史を必要としているのだろうか」という問いとして改めて語りました。
 ホワイトの話でびっくりしたのは、国際歴史学会議の冒頭に行われたジョバンニ・レーヴィのセッションを引き合いに出して最後にミクロヒストリーを強く批判したことです。最初の日についての報告にも書いたように、このセッションは自分が参加したセッションと重なっていて自分は出られなかったのですが(多分ホワイトはこちらの方のセッションに出たのだと思います)、もちろんこの発言はギンズブルグが含意されているのだと思います。
 本当に偶然ですが、アムステルダムについてからすぐに書いたように、自分も最近の歴史の中で大事なことは、ミクロヒストリーをどう考えていくかだということだと考えています。伝わりにくいかもところがあるかもしれませんが、結論的にいえば自分の考えは、認識対象としても、そしてそれ以上に認識主体としても、歴史は集団性を排してミクロ化されて行くべきだというものです。だからこそその際にどういう問題があるのかということをこそ、これからは議論していかなければならないということです。自分のペーパーはそうした視点に立って歴史認識のdecommonizationを主張したわけですが、当然この問題は歴史研究のミクロ化と関連するものであって、その問題への答えはどこにあるのかということを考えるために、22日、23日の記事は書いたものです。当然出されたそれに対する会場からの質問(リン・ハントがしてくれました)に対して自分が答えたのも、そうした認識対象・認識主体の双方における、歴史のミクロ化に伴う問題でした。こうして日本語で書いていても、多くの人には意味がとりにくいでしょうから、英語でキチンとした説明ができたわけではありませんが(今日リン・ハントからは、これからこちらの考えをconsultingしていきたいというメールがありました)、ホワイトも自分とは異なる視点だとは思いますが(あるいは同じかもしれませんが)、ミクロヒストリーの問題を重要なことと考えていたということです。
 以上今日まで国際歴史学会議での自分が参加したセッションの中で、自分にとって印象に残った発言の内容をいろいろ紹介してきました。あくまでも自分の問題意識に従ったものです。あえて思い込みをふくめて言わせてもらえば、今回の国際歴史学会議は本当に満足できるものでした。ステファン・バーガーの言葉を借りれば、full stock なものでした。しかし色々な理由があるのだともいますが、自分のセッションと「日本のマルクス主義」を秋田さんが報告した会場以外では他の日本人研究者の顔を会場であまり見かけることはなく、その点は残念な気がしました。
by pastandhistories | 2010-08-31 02:19 | Trackback | Comments(0)

次回開催地

 昨日アムステルダムを出て、今日帰国しました。最後の日は閉会式と宿の移動。次回の歴史学会議の開催地は正式に山東の済南大学に決まったようです。移動した宿は、環境もよくもとの宿に比べると随分と落ち着くところですが、ここでは無線LANということで、持参したパソコンは機能せず、ブログは送れませんませんでした。
今自分のネットをチェックしたらホワイトの前で切れていることに気づきました。詳しくはできるだけ早く続けます。
by pastandhistories | 2010-08-30 15:55 | Trackback | Comments(0)

practical past

 相変わらずネットの接続は不安定。最後まで書けるかわからないので、書けるところまで今日は書きます。
 アムステルダムは今日も雨。にもかかわらず出がけに傘が会場への道を歩いている時に、風に煽られ運河の上に。傘がないという一日の幕開けです。今日は一日ICHTHのセッション、昼休みもその総会となりました。
 まず朝はマルクス主義歴史学について、イッガースの史学史についての整理が代読され、その後東欧、中南米、地中海、インド、日本のそれぞれの状況が報告されました。イッガースの整理は本当にまとまったもので会場に姿を見せなかったのは残念ですが、言語論的転回にまで目を配り、結論としては社会史と文化史は対立的でなく、相互的なものであると結論付けたものでした。その後の各国についての説明もそれぞれかなりよくできていました。日本は秋田さんが東京と京都の違いをかなりうまく説明。少し固有名詞が多く、会場の参加者からは理解しにくかったかもしれません。個人的にはイタリアとギリシアを説明したGajiという女性のマルクス主義とナショナルヒストリーの共通性の指摘に共感。サンジャイ・セスの発表も、インドのマルクス主義にかんする文化大革命の影響を議論した部分が面白いと思いました。最初は60人くらいいたのですが、途中で休みを入れたら半減してしまい、その点が少し残念でした。
 午後はアンカースミットが組織者で、発言者は昨日書いたように、ホワイト、パートナー、コッカ、ヴァンという顔ぶれ。ということで知り合ったこちらの学生とともに、開始30分前に会場に、案の定時間になったら完全に定員オーバー(入り口には165人収容と書いてありました)。それでもまずパートナーの報告。これはかなりの説得力。ナラティヴ論を軸に、歴史のナラティヴ化にある問題点を丁寧に指摘しながら、それを全面的に批判するのではなく、ナラティヴの結合によって解決できる問題があるという議論、自分が最初の日に行った議論とはかなり対立するものですが、にもかかわらずある種の共通のものを感じさせるものでした。
 彼女の話は落ちついた口調ながら熱気がありましたが、この話が終わった時点で教室も満員で熱気むんむん、アンカースミットがたまりかねて部屋の移動を提案。部屋を移動してから今度はヴァンとコッカ、ヴァンは自分が練習でワイフに話したらワイフが眠ってしまったというジョークで話を始めたのですが、これは必ずしもジョークではなく、不覚にも自分も途中で眠ってしまい、起きた時には話が終しまい。コッカは歴史と過去の関係について、教訓となるという議論はある種の同一性が前提とされなければならない。しかし完全な同一性などないのだから、過去を現在に適応することにはlimits of applicabilityがあり、むしろ何が新しいのかを知ることが歴史を学ぶ意味となると指摘しました。
 ここで4時になったので休憩。午前中と同様に半減するのかと思ったのですが、事態は逆。むしろ増えた聴衆を相手にアンカースミットとホワイトの話が始まりました。
by pastandhistories | 2010-08-28 07:22 | Trackback | Comments(0)

歴史のキャノン

 接続料が一日15ユーロもするのに、接続した瞬間にすぐ切れて長時間にわたってつながらない、というネット環境に悩まされて本当に困っていますが、朝はつながらなかったのに今はつながります。ということで、食事の誘いは疲れていることもあるので断って、今日のセッションの様子を書いておきます。
 朝は今書いたようにネット接続に大苦戦して、会場には遅刻。偶然ステファン・バーガーと出会ったので少し話をしました。彼は人気があって会の終了後やコーヒーブレークには必ず誰かが話しかけ、なかなか話す機会がなかったのですが、やっとコミュニケーションをとることができました。ピーター・バークが来る予定のセッションが午前に予定されていましたが、ピーターはキャンセル、仕方ないのでその後は本屋で本の手配。昼食は宿に戻ってとりました。
 午後からはICHTHのセッション、affiliationですが、明日は会議の最後を飾る形で、ユルゲン・コッカ、リチャード・ヴァン、ヘイドン・ホワイト、ナンシー・パートナー、そしてフランク・アンカースミット(オルガナイザー)というメンバーでのセッションがあります。
 今日はその第一弾で、オルガナイザーはアテネ大学のアントニス・リアコス、「歴史のキャノン」という題目ですが、リアコスという人は問題意識も的確で、またバランスもすごくいい人で、このセッションもうまく組織されていました。基本的内容は、歴史学に地域や国を超えた通有のものが本当にあるのかということをめぐる議論でした。
 ペルーからの報告は本人が欠席して代読となりましたが、日本についてはステファン・タナカ、インドについてサンジャイ・セス、アメリカがドミニク・ザクセンマイアーという構成、田中の報告は、江戸時代から福沢、白鳥、津田という流れをたどり、モダニティの要素と同時にオリエンタリズムの要素が日本の歴史叙述にはある、さらには時間性は共通性がないとして、日本の歴史叙述の独自性を指摘するもので、アメリカにおけるジャパノロジーのアイデンティフィケーションがある意味ではわかるものでした。
 自分としては面白いと思ったのはセス、温厚な語り口ですが、「西欧的な学問である歴史は非西欧的な社会の過去を示すには適さない」「歴史は常にアナクロクルな記述である」「歴史は過去が何を知っていたかを知ることはできない。私たちが(どのような過去に対する意識を保持しているかということをとおして)、私たちが何であるのかを知る学問である」「過去のインドの歴史を捉えることのできる(過去に存在していた)意識は、現在では継続していない」という鋭い主張を展開しました。この報告の後に休憩に入ったのでステファン・バーガーに感想を聞くと、full stockと言っていました。まさにそんな報告でした。
 休憩後はザクセンマイアーがアメリカを素材にしながらヨーロッパ中心主義的な歴史にある問題点とそれに対する批判意識を説明しましたが、この報告も彼らしくまとまりのよいもので、中でも彼らしいと感じたのは、グローバル化に伴い生じた政治的・経済的構造と共通するものが同じく通有化した学問的なものにもあるとし、international imagined professional authorityに自らを同化させ、national elites となるということが行われてきたという指摘です。
 もちろんこうした主張は近代歴史学が根拠を置いてきた歴史学の通有性への否定です。質疑では全体としては報告を支持するものが多い感じでしたが、当然反論も出て最後はそれぞれが言いっ放し状態でお時間、お開きとなりました。
by pastandhistories | 2010-08-27 02:42 | Trackback | Comments(0)

死者の権利・記憶の構築

 国際歴史学会議も三日目、今日は午前中はエヴァ・ドマンスカがオーガナイズした「死者の権利」、午後はクリス・ロレンスがオーガナイズした「ナショナルアイデンティティとヘゲモニックメモリー」に出ました。
 午前中のセッションはエヴァらしく他のセッションではなかったきちんとデザインされたプログラムが配布され、また旧共産圏の人や、アフリカ人(ナイジェリアのラゴス大学)、それに若い人、さらには美術家に発言の機会を与えるというかたちで構成されていました。そのせいか参加者は少し淋しく、ナイジェリアから10人ほどの参加がありましたが、それでも全体としてはそれほど多くの参加者ではありませんでした。しかし、内容的にはかなり意欲的で、テーマは基本的には死者を扱う歴史は、たとえばプライヴァシーとか、考古学ばかりか、歴史学一般でその対象となる死後の肉体という問題をどう考えているのかということが扱われました。「権利は生者にしかなく、死者にあるのはdignityである」という議論や、「死者の権利は生者へのreciprocityにおいて成立する」。あるいは「記憶の場に、構築的な要素を含めてとどめる」というような報告が行われました。エヴァの依頼を受けてホワイトが簡単に全体的なコメントをしました。「死者を扱う科学的な知識などないがethicalなものはある」,Death can't be handled by scientific nor empirical investigation.というのがその内容でした。いかにも彼らしいコメントです。
 午後のセッションは少し遅れてしまい、最初の予定とは順番が違っていて一番期待したステファン・バーガーの話が聞けませんでしたが、このセッションは内容が豊富で面白いところがありました。ドイツとアメリカでのホロコーストのinventionを対比的に論じ、その中でフィクショナルなものを含めてヴィジュアルのものが重要な役割を果たしたという報告、南アフリカにおける民族融和のためのnational memoryの構築、さらにはベルギーでの議会が主導したルムンバについての記憶の構築といったような報告があって、それぞれに説得的なところがありました。話を聞いていて感じたことは、構築主義的な議論がもはや常識的なものとしてうけとられているということです。とくにホロコーストについての報告は、歴史修正主義と批判されてもいいような内容とも言えるものでしたが、会場からそうしたことをほとんど問題とするという意見はありませんでした。それぞれ面白いセッションだったのですが、時間のバッティングで、それぞれ日本からの参加者は自分だけ、問題意識のズレを感じさせられました。
 終了後部屋に戻ったらエドワード・ワンからメールが届いていて宿に到着したとのことだったので、連絡を取りカフェで少し時間をつぶしてから一緒に公式レセプションへ。ところが会場が超満員でどこに誰がいるかはわからないような状況、それでもエヴァとホワイトにもまた会えて、簡単な話をしました。秋田さんがこれではどうしようもない、別のところに食事にというので、結局は6人で食事に(プライヴァシーもあるので、誰であるかはここには書きません)、11時近くまで食事をして宿に帰りました。
 明日は期待していたピーター・バークはキャンセルしたようですが、午後からはaffiliationのICHTHのセッションが始まるのでそれに出るつもりです。
by pastandhistories | 2010-08-26 07:14 | Trackback | Comments(0)

発表と著作権

 今日は本当に充実した一日でした。最初が「歴史と倫理」というセッションでルイジ・カジャニとピエール・ノラ、途中でここを抜け出して自分のラウンドテーブルと同じ離れた場所までいってそこで、「フロンティアと国境」というテーマで酒井直樹とテッサ・スズキ、午後は、「歴史は誰が所有するのか」というテーマでリチャード・ヴァン、デ・バーツ、ステファン・バーガー、そして『思想』で長谷川貴彦さんがとりあげたキャロライン・スティードマンということで、日本での知られ方には相違がありますが、これだけの話が一日で聞けるのは、他の学会では絶対にないでしょう。
 それぞれ面白かったのですが議論が盛り上がったのは午後のセッション、「歴史は誰が所有するのか」で、当然ステードマンの答はeveryone, 会場からこれもまた当然のように歴史のポピュリスト化はおかしい、歴史は歴史家の手によるものだという反論(スウェーデン人の歴史家)が出てそこで議論。一方バーガーも「ナショナルアーカイヴがナショナルヒストリーを作った、歴史家はアーカイヴに行く前に、やることがある」という挑発的な議論、これに対してステファン・タナカが「ファミリーヒストリーがナショナルアーカイヴを利用して書かれているように、パーソナルな歴史もまたナショナルアーカイヴを媒体としている」という批判を提示、歴史の専門化と文書的史料の関係をめぐって、結構基本的な議論がありました。
 実はノラの話を聞いていた時に思い出したのですが、小型録音機を持っていたことに気づいて(自分のペーパーの練習に飛行機の中で使ったのですが)ノラの話は録音しました。同じことをしているのは一人ではなく、隣にいた学生風の女性は、録音しながらパソコンにペーパーをリアルスピードで入力、ネットで公開する気なのかも知れませんが(あるいは大会スタッフなのかもしれませんが)、ところでこうしたことの著作権は誰が持っているのでしょうか。
 大会のホームページではペーパーがかなり公開されていますが、消したとしても既にダウンロードされたものはどうなるのか気になるところです。ホワイトのようなキャリアのある人は全文を公開しましたが、自分のパートナーであったスヴェンがそれをしなかったのは、自分のアイディアが正式に印刷される前に盗まれるのを避けたのかもしれません。
by pastandhistories | 2010-08-25 03:06 | Trackback | Comments(0)

歴史のトランスナショナル化への疑問

 日本は12時だと思いますが、相変わらず時差には苦しめられています。物価も高く、ネットの接続代と食事代は大変です。といっても参加者名簿は、個人情報保護の話などお構いなしに参加者のメールアドレスを本人の同意なく掲載していて、それを利用すれば互いに連絡しあえるということで、ネット接続はどうしても必要です。食事はホテルの朝食代は30ユーロ、小さな店で飲み物とパンとバナナを買って節約しても10ユーロです。200ユーロしか用意してきませんでしたので、帰りの電車代もなくなってしまいそうです。
 ところでラウンドテーブルで話した内容ですが、比較史を批判したのは、比較史には、日本というナショナリティが前提とされていて、それでいてグローバルスタンダード(二国の比較ぐらいでそうなるという発想自体に既に大きな問題もありますが)を持ち出すことによって、イソップ物語のこうもりのような都合のいい二重性があると自分は考えているからです。そうした二重性は、実はかつての歴史学にあったポリティカルなプラクティカリティ(ホワイトの今度のペーパーはそのことを指摘しています)を遺棄し、グローバリティというナショナリティより包括的なスタンダードを持ち出すことによって、そうした包括性が保護する科学性なるものをとおして自らをアイデンティフィケーションしていくという構造を持っているということです。実はそのことは表面的な対立性とは異なって近代国民国家によって保護されていたという意味で、さらにはもっと深刻な意味ではそもそも日本というものを単位としたナショナルヒストリーという共同性によって自らがアイデンテフィケーションされているということに対する自覚はほとんど意識しないかたちで維持されてきたこれまでの歴史学と、構造的には同一性を持っているということです。
 またそうしたことへの解決の方向はけっして安易なグローバルヒストリーには求めることはできないということが、もう一つの話したことです。たとえば今回は英語でペーパーを読んだわけですが、そんなものが通じない社会が世界の半分以上です。English speaking の世界に自らを同化させて、そこで語られるglobal historyへの同化を無批判的に語るのは、まさに「近代」国民国家としての日本にあった発想のその延長にあるものでしかありません。
 と書くとこうした議論自体が「日本」という場を土台としているのでは反論されそうです。しかし、自分が話したのは、あくまでも自分の歴史家としての、というより近代という場に生まれた人間の個人としてのpersonal experienceのなかで考えてきたことです。歴史家とは限らずそれぞれの個人がそれぞれの時間や空間のなかで、過去をどのようなかたちで個人的に認識しているのかということが、歴史の問題を考えていく際に最も重要なことだというのが、自分の考えです。そうした考えに組織者であったグルヌイヨーは関心をもって、彼とはこれまでまったく面識はありませんでしたが、発言の場を与えてくれました。
by pastandhistories | 2010-08-24 12:57 | Trackback | Comments(0)

ラウンドテーブル

 国際歴史学会議のラウンドテーブルが終わりました。会場が他の会場とは異なった離れた場所での午前中のセッション、折り悪しく雨も降っていて、また昨日の開会式の人出も悪かったのでそれほど人は集まらないと思ったのですが、40人ほどの部屋ですがほぼ満席になって、また場所が離れていたことが幸いしてか出入りもほとんどなく、3時間休み無しのぶっとおしの会でした。
 松浦義弘さんがわざわざ参加してくれたのをはじめ、日本からも何人かが参加していたので、評価はそうした人たちに語ってもらったほうが良いと思いますが、多少の後悔もありますが(ホワイトのように折角の参加者の写真をこちら側から撮らなかったというような)、自分では話したことの内容については十分納得しています。前列にアフリカ系の人が一列に座っていて、その一人がフランス語でこちらに質問してきたのは戸惑いましたが、リン・ハントも最後に質問してくれましたし、賛否を含めて会場からの反応があったので、それなりにこちらの話は伝わったようです。
 4人のパネリストは自分を除けばそれぞれ身長が2メートル近く、パフォーマンスも堂々としていて、話もまとまっていました。とくにスベン・ベッカートは何のペーパーも用意していないというので、何を話すかと思ったのですが、こちらのぺ-パーをきちんと読んでくれていて、話がつながるように議論をもっていってくれて本当に助かりました。とにかく司会をしたグルヌイヨーも含めてメンバーに恵まれ、また発言者が4人で3時間の会ということで、自分としてはいい会だったと思います。
 話したことは、グローバルヒストリーやトランスナショナルヒストリー、あるいは比較史への批判ということです。これだけではいったい何のことかわかないと思いますが、具体的な内容については、時間を見て説明をしていくつもりです。終わった後は松浦さんと簡単な食事をして、宿に戻って着替えてから「歴史と人権」のセッションに出ました。アルメニア問題に言及したことがきっかけになってトルコ人研究者と司会の間で大紛糾、教室担当の学生が会議を終わらせようと合図したところ、「発言」という人間の基本的権利を無視するのかという野次が出たりして、混乱の中で終わりました。
 
by pastandhistories | 2010-08-24 02:43 | Trackback | Comments(0)

great men と common persons

 今夜中の2時半です。時差もありますが、それ以上に1日の使用料が15ユーロなのに、昼間はなかなかパソコンがネットにつながらないということで、いまネットをチェックしています。国際歴史学会議での自分のラウンドテーブルは今日の朝からということで、メンバーで昨日の夕方打ち合わせをしました。初対面でしたが、フランクでいいメンバーです。もっともハーヴァードのスヴェン・ベッカートは、自分はフリー・ディスカッションの方が好きだということでぺーパーの用意はないのですが、オープンな人物ですからパネリストの間ではなく、会場とやりあってくれると思います。
 パネルの話は終わってからということでそのくらいにして、昨日最後に書いたマクロ的なものとミクロ的なものの相互関係、というよりも great events や great men と無名のミクロ的な存在である unknown persons, common persons がどのようなかたちで象徴的に表象されているかという問題について、少し補足しておきます。
 昨日も書きましたが、無名の存在を representation し、ある時代や空間を象徴するのがミクロヒストリーの一つのあり方ですが(そこでは直接的にではありませんが、従来の歴史との対比という意味で、 Great men が対比的に前提とされています)、このことは物語の形式としてはかなり一般的なもので、新しいものではありません。多くの物語にはそうした構造があります。それをもっとも典型化し、類型化したものが、「変身」や「すりかえ」話です。「市井の一市民」が「偉大なヒーロー」となるというのは、スーパーマン(もちろんそれ以前からも)から延々と繰り返されているものですし、great men と common, unknown persons が入れ替わるのも、『 王子と乞食』から延々と続く(これもまたもちろんそれ以前からも続く)物語の基本的なプロットです。
 後者が物語としてはより歴史的な枠組みを設定したものが、「影武者」物語です。黒澤明の『影武者』はこの点からはあまり上手にできてはいませんが(その理由はアイロニカルなことに、武田信玄という実在の人物をプロットの中に置いたためです)、これに対して架空の大名を設定した井上梅次監督の、市川雷蔵が二役を演じた『第三の影武者』は、雷蔵の熱演もあってこのあたりが上手に示されています。要するにこうした「物語」の基本とされていることは、無名の、普通の人々を Great men と対比するという構造です。繰り返しますが、こうした構造は文学や映画においては基本的とも言えるもので、最近の歴史学の発達が発明したものではないということです。
by pastandhistories | 2010-08-23 10:20 | Trackback | Comments(0)

歴史のミクロ化

 時差で夜中に起きてしまったのでパソコンの作動を確認して、また寝たらうまく6時に起きられました。今日からは人に会う仕事もあって夜は忙しいので、時間通りの生活になるでしょう。さっそく今日はドリンクパーティとラウンドテーブルの打ち合わせが6時からあります。少し場所が違っていてそれが心配です。
 といっても司会をするGrenouilleauが、彼の質問の流れをも含む大体の案を丁寧に作ってくれました。自分には「歴史の個人化」は、「科学としての歴史と乖離するのではないか」、という質問をするようです。グローバルヒストリーを含めた「共有化された歴史」の脱構築という議論に対しての疑問としてです。
 うまい説明になるかどうかわかりませんが、これに対する答えは以前から用意されています。というより、そうしたことへの問題意識が自分の議論の一つの出発点です。それは歴史のミクロ化をどう考えるのかという問題です。
 本当に簡単に整理すると、歴史のミクロ化は、認識対象のミクロ化と、認識主体のミクロ化という二つに分けることができます。前者は、現在では歴史研究の中できわめて評価の高いギンズブルグやN・Z・デーヴィスに代表されるいわゆるミクロヒストリーの流れです。後者はradical historians やポストモダニスト的な歴史論によって主張されているものです。やや図式的に言えば、前者は専門的は歴史研究者からは、科学的な歴史をさらに精緻化していくものとして評価され、Grenoilleauの例のように、後者は科学的な歴史に対峙するものとして懸念されています。
 しかし前者のような考え方にはいくつかの疑問が成り立ちえます。一つはたとえば歴史の因果性(ヘンペルを持ち出すまでもなく歴史を科学的に説明する重要な要素と考えられてきたものです)ということを考えれば、伝統的な歴史が取り上げてきたgreat eventsやgreat menのほうが、言い換えればマクロ的なものが、ミクロ的なものよりより大きな影響を与えてことは否定できません。たとえば、ヒトラーと自分の祖父は同じ年に生まれましたが、現代における重要な事件の生起に原因となるより大きな役割を果たしたのはヒトラーのほうです。自分の祖父に対するミクロヒストリーを学問的な歴史が手がけないのはこのためです。マルタン・ゲールももちろん当時の王侯貴族ほどには、その後の事件の原因となるような行為をしたわけではありません。「因果性」を歴史を科学的に説明する重要な要素と考えるならば、マクロ的なものの方がミクロ的なものより重視されるのは当然のことです。その意味では認識対象のミクロ化も、認識主体のミクロ化と同様に歴史を科学から遠ざけるという批判も成り立ちます。
 しかしより重要なことは、マルタン・ゲールの映画化に象徴されるように、認識対象のミクロ化、つまりミクロな歴史は、実は歴史の映画や文学との共通した要素を示すものともいえるということです。普段はそのことに慣れてしまってあまり気づきませんが、映画や小説の、とりわけ映画が持つ基本的構造は、それによって表象されているものが(たとえ全体としては事件が描かれていても)、ミクロ的な主体としての(とりわけ映画の場合は複数の)個人であるということです。それぞれの場面で登場人物がその意識や感情の表現する主体となっているのもそのためです。専門的な映画監督や文学者が自分の祖父を主人公とする作品を、自分の祖父をある時代や場を歴史的に象徴する人物として描いても、歴史研究者が同じことを行うのと異なって(ロ-ゼンストンはこうした試みを行いましたが、高い評価を得たわけではありません)批判されることはありません。というより映画や文学が過去を素材として(あるいは現代でもそうなのですが)もちいている手法は、多くがミクロ的な個人をある空間や場を象徴するものとして描く(前衛的な手法ではそうしたこともまた否定的に扱われていますが)というものです。ミクロ的な歴史との違いは、それが事実であるということに根拠を置いているかです(?)。
 こうしたことは、ある事件を歴史として象徴化するということはどのような意味をもっているのかとか、そのようなかたちの象徴的真実とは何かとか、そもそもミクロ的な歴史の真実性は何かいったような興味深いことと関連しているのですが、そうしたことへの答えはとてもここでは書ききれません。実は国際歴史学会議ではミクロヒストリーをめぐっては、「伝記とヒストリー」というセッションがあります。ジョバンニ・レーヴィが組織者なのですが、時間が自分のものと重なって残念ながら出られません。
by pastandhistories | 2010-08-22 13:52 | Trackback | Comments(0)

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政治の逆説的転回
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