歴史についてこれまで考えてきたことを書いています


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まとまりませんが

 このブログはいっかんして書き込むスペースに直接打ち込むというスタイルで書いてきました。別の文書ファイルにワードなどで作成し、それを入力するという方法の方が、ミスをチェックするにも、あるいは保存にも都合がよく、また最終的な入力の際に操作ミスで書き終えたものが消えてしまうということもなく便利だとは思いますが、自分の考えをそのままのものとして示すという点で、直接書き込んできました。どうしても変換ミスや、誤字・脱字、あるいは文章の癖が出ますが、それは事後的に修正するようにした場合もあります。
 今日はこのブログの内容の前提となっている自分の基本的考え方を、うまくまとめることができるかはわかりませんが、結論的に書いていきます。いつのまにか自分が「ポストモダニズム」的な歴史理論を「新しげ」に論じている人間であるかのように一部から見られるようになって不思議な気持ちがします。自分がむしろ関心のあることは、「時代遅れ」の精神のようなものです。『国境のない時代の歴史』という本の中で「歴史とアナクロニズム」という問題にわざわざ一つの章を割いたのはそのためですし、このブログではその内容を紹介しませんでしたがいくつか書きためてきたエッセイのタイトルは「時代遅れのアット・ランダム」というものです。「時代遅れ」という言葉は好きな言葉です。なぜなら自分は「過去」のことを研究しているからです。国際歴史学会議でも質問に対してそう答えましたが、自分の基本的な問題意識は、global historyの旗を振ることではなく、the future development of globalization of history(英語的にはdevelopmentは不要なような気がしますが、強調するためにあえて入れておきます)への疑問ということにあります。
 という文章を書いて、この次の文章を書き始めましたが話がどんどんややこしくなってしまったのでそれはボツにして、中断中に考えていこうと思っていることを簡単に書くことにします。その一つは、本当に基本的な問題ですが、なぜ過去-現在-未来という通時的な枠組みでものが考えられるのかということです。こうした思考が「歴史」というものが存在する基礎になっているわけですが、そのことを少し根本的に考えてみたいということです。
 もう一つは、やはりずっと考えてきた歴史の脱共同化(decommonization)という問題です。この考えはこの間ペーパーを読んでくれた外国の研究者が、肯定的にも、批判的にも一番関心をもってくれたことです。歴史は、たとえばナショナルヒストリーは、現在の共時的枠組み(nation)が認識単位としても、認識対象としても遡行化しているわけで、それが過去の事実をそのままのものとして描くという主張とは大きく乖離しているということはこれまでいくつかの文章で指摘してきましたが、そうした問題をふまえてそもそも「歴史の共同性」ということをもう少し考えていこうということです。
 大きなことはそんなことだと思います。最後ということで、このブログを読んでくれていた人にもう少し具体的なことを提示したいと書き始めは思っていたのですが、うまくまとまりません。考えがうまくまとまらないということも中断の理由でしょうから、ある意味では当然のことかもしれません。最後になりますが、このブログに時々立ち寄ってくれて有難うございました。事後処理をどうするかはまだ考えていません。時折り書くためにこのまま残していくか、それとも思い切って削除するか迷うとところがあります。いちおうしばらくは残すかもしれませんが、自分では見ないのでコメントなどは拒否というかたちにセットしておきます。なかなか時間がありませんが、せっかくですからプリントアウトして冊子にでもしておこうかとも思うので、入手希望者は連絡ください。その他もろもろのことは何かありましたら、コメントも含めてtsyokmt@hotmail.comに連絡ください。
by pastandhistories | 2010-10-30 10:39 | Trackback | Comments(0)

理由

 毎日書いてきたブログを突然中断することになリますが、その理由はこの間ブログを書いていて自分の考えを少しづつ整理している中で、以前紹介しましたが書きかけになっている大きな仕事を一気に進めたいという気持ちが強くなったからです。これはイギリスから帰国後、全体を7~8章という予定の5章までの約400枚ほどを、本当に短期間で書き上げたのですが、後半の第6章、第7章の部分がどうしてもまとまらず、そのままになっていたものです。
 このブログを書いていて、断片的にこうした場で論ずることができるものもありますが、やはり全体としての大きなコンテクストに入れて議論したほうがよいという問題も少なくないことに気づきました。ということで、そうした問題はここでは取り上げなかったのですが、逆にそうしたものをまとめて書きたいという気持ちが強くなりました。であるなら、そちらのほうに集中して、書き残していたものを書き上げる(全部で400字100~200枚くらいだと思いますが)のにエネルギーを使ったほうがよいというのが、このブログを中断する大きな理由です。
 また珍しく年末から来年のはじめにかけていくつか仕事が入っているのも、ブログに時間を割けない理由です。国際歴史学会議の報告が12月15日、紀要が来年1月10日、それぞれ締め切りで、くわえてヘイドン・ホワイトを招聘したプロジェクトが今年度で終了するということでその内容をまとめた報告集を年度末までに出さなければなりません。以上の原稿がうっかりすると全部で400字150~200枚くらい、加えて来年1月にサンフランシスコであるアメリカ大学協会(American Association of Colleges and Universities)のセッションにパネリストとして参加するので、その準備も少ししなけらばれいけません。またプロジェクトのほうは現在最終的な日程調整をしていますが、12月初旬か中旬に酒井直樹さんが来てくれることになったので、その準備も必要です。
 ということ以上に、この間洋書、和書と色々な本を入手したので、とにかくそれをできるだけ読んでいきたいという気持ちもいまは強くあります。それにも時間を割きたいということです。毎日なるべく理論的な問題をテーマとしてブログを書くことで自分にも参考になったことが少なからずありましたが、以上にあげたようなことがブログをやめる理由です。週末に一回くらいは書けるような気もしますが、まずは以上の仕事の流れができるまで中断ということにします。明日、どうしてやや特異な議論をこのブログで行ってきたのかという理由を書いて、ひとまず毎日書いてきたブログは停止します。
by pastandhistories | 2010-10-29 10:41 | Trackback | Comments(0)

おしまい

 実名はあげませんが、歴史家=芸人説を唱える「アイロニー」の巧みな知人の歴史研究者が「抜き刷り1.5人説」ということを主張していると聞いたことがあります。伝聞ですので正確かはわかりませんが、「抜き刷りを送っても、自分の主張を本当に好意や関心をもって読むのは、自分プラス0.5人であって、後は悪意をもって批判的に読まれるだけだ」ということのようです。
 ある意味では言い得ている発言です。学者の世界にそうしたある種の自己中心性とか底意地の悪さがあるのは残念ながら事実だと思います。もっとも彼からはいつも抜き刷りが名前を間違えて送られてきます。これはこちらが時々相手の名前を間違えて手紙を送ってしまうことに理由があるようなのですが、そのことはともかくとして0.1人程度の中に自分が加えてもらえているのだとしたら、it's great honour for meです。
 このブログもどういう感じで読まれているのかはわかりませんが、書き始めてからアクセスが合計で4桁を超えましたし、自分の考えを整理しなおすという点でも随分と役に立つことがありました。その点で少し残念なのですが、今週でこのブログは中断することになりました。理由は明日時間があったら書きます。任意にアクセスするということで抜き刷りよりかは参考にしてもらえることがあったとしたら、it's great pleasure for me です。
by pastandhistories | 2010-10-28 13:31 | Trackback | Comments(0)

イフヒストリー

 「歴史にイフはない」という言葉は歴史研究者の間でしばしば金言のように用いられます。歴史の研究は、たった一つしか起きなかった事実の過程を残されている資料に基づいて明らかにすればよいのであって、それ以外の要素は含ませるべきではないということがその根拠です。
 しかし、起きたこと以外の要素を想像のなかに入れて過去を論じるということは、意外なほど学問的な歴史研究でも議論の対象となっていることです。If Historyつまりcounterfactual historyを論じたきちんとした歴史研究者による本も出版されていますし、以前そのことは自分の本のなかで紹介しましたが、二宮宏之さんもアナ-ル派の考えを紹介しながら、そうした考えの重要性を指摘したことがあります。
 といってもそうした議論を取り入れると、歴史研究が無限に拡大してしまうこともあって、議論をきちんとしたかたちで歴史研究に取り入れることには実際には多くの問題があります。しかし、個人的にイフヒストリーについて思うことは、第二次大戦で日本が敗戦しなかったら、自分は歴史研究者になっていただろうか、なっていたとしてもどのような歴史研究を行っていたのか、という問題です。
 そのことについて言えることは、少なくとも現在のような立場から歴史を論じていることはなかっただろうということです。「皇国史観」に立っていたとは思いませんが、戦後歴史学が自明のこととしたマルクス主義との関係や欧米的なものへの評価、「近代」のとらえ方、そしてナショナリティへの理解が現在自分の抱いているものとは大きく異なっていたものであったとはいえそうです。あえて言えば、これは自分以外の多くの研究者にも、本当にごく一部のきちんとした思想性をもつ例外的な人物を除けば、言えることのような気がします。
 そう考えると、自己の現在的立場を学問的に絶対化するのは、きわめて奇妙です。中野敏男さんの『大塚久雄と丸山真男』論は、彼らの思考に構造的なものとして内在していた戦前と戦後の一貫性を指摘した、やや意地の悪い本ですが、他者への批判はともかくとして、自己の思考を自省的に批判するために、イフヒストリーという視点を設定して、自己を取り巻く環境やその中での自らの思想のあり方を考えていくことは、重要なことだと思います。
 近代批判というのは、他者としての近代を批判しさえすればよいというわけではなく、自己がその中にいる近代を批判的に相対化することをとおして、自己もまた相対的に、批判的に見ていく方法です。
by pastandhistories | 2010-10-27 14:44 | Trackback | Comments(0)

同一性、同時性という錯覚

 映像化された歴史ということに関して話を続けると、大河ドラマはほとんど見たことがありません。『新撰組』だけは見ましたが、それは国家の側には統合されなかった(とはいっても統一的な旧体制の擁護者であったわけで、あくまでも結果論としてそうであったというだけですが)普通の若者(というよりも実際には彼らは旧体制下でもサブエリートたちだったわけですが)が、どのように描かれるのかに興味があったからです。
 大河ドラマを見ないのは、それが基本的には、「恣意的な空間における「通時性」の提示という特色がある」からです。その意味ではパブリックな場における歴史のナショナライゼーションの一つのかたちを知るうえで、大河ドラマをはじめとする映像化された過去物語は便利です。ハリウッド製作の映画であれ、華流史劇であれ、韓流史劇であれ、その点では「分析」の対象とすることができます。歴史のナショナライズにおいて、どのような基本的な文法があるのかを分析するのに、一定のポピュラリティをもつ映像化された歴史は、きわめて有用です。
 広く言えば、そうしたイデオロギー性とも関連しますが、歴史映画(historical film)というかたちをとる映像的な歴史の問題は、現在に生きている俳優が過去の人物を演ずることによって、過去と現在の同一性とか同時性という錯覚が生み出されてしまうことです。つまり過去と現在が相互に断絶した異他的なものではなく、同一のものとして継承され、現在においても通有性のあるものとして理解されてしまうということです。
 おそらくこうした過去認識は、映像を媒体とした過去認識、とりわけ劇映画的な手法が多くのオーディアンスを獲得することによって形成された20世紀以降に特殊なものであって、過去を異形のものと考えていた過去にあった過去認識とは異なるものです。
 読むことのできる人が社会層的にも、あるいは(その言語を理解できる)特定の地域に限られていた文字的な歴史に対して、見ることのできる人が、社会層としても地域的な面でもはるかに拡大した映像的な歴史は、過去認識を「通時的」にも、「共時的」にもはるかに共有されるものとしてきました。しかし、そのことには逆に、多様なかたちをもつものであった過去の認識を不正確なものとし、歴史をますますpresentistなものとしているという面があります。文字的な歴史ばかりでなく、そうした映像的な歴史にある問題点もまた批判的に考えられなければならないのは、当然のことです。
by pastandhistories | 2010-10-26 09:51 | Trackback | Comments(0)

事実への近似性

 「歴史のトランスナショナル化とその問題点」というプロジェクトで最初に招聘したのは、ロバート・ローゼンストーンです。ホワイトほどの知名度はありませんが、Rethinking Historyの創立編集者ですし、歴史と映像の関係について先駆的な議論を展開した人物で、その著作であるVisions of the Past (1995)やHistory on Film/Film on History (2006)などはもう少し読まれてもいいような気がします。
 彼の議論については、「画像・映像と歴史」「映し出された過去」といった文章で紹介したことがあります。その際に書き残したことを少しここで加えると、彼の議論の要点は、劇映画などの映像化された歴史は事実ではないという議論に対し、映像的な歴史にある事実性を主張し、そのことをとおして逆に文字的な歴史の虚構性を主張しているという点にあります。映像的な歴史も文字的な歴史も、ある形式(文法)によって構築されているものであって、問題はその構築のされ方がどれだけ過去の事実に近似的なものとなっているのかということが重要である、というのがローゼンストーンの主張です。
 たとえば映画では、基本的な主役となる人物の行為の背景に、様々なものが、そのデテイルを含めてしばしばきわめて写実的な装いをもって映し出されます。駅頭のシーンでは行きかう旅行客や通勤客が、そして普通の労働者である車掌が画面に登場します。宿場や街道、あるいは戦場にしても、無数の庶民がそこには登場します。しかし、たとえば織田信長や坂本竜馬についてはその時の言動を示す多少の史料があったとしても、その他の圧倒的多数の画面に登場する人たちは、彼らに関する直接の史料は、ましてや画面に登場したその具体的所作や言動を示す史料はまったくといってない人々です。もし史料にのみに忠実に画面を構成しようとしたら、画面のほとんどはボカシや空白で、さらには真黒に埋められてしまいますし、もちろん動画ではなく、スティル画をつなぎ合わせたものによって映画は作られなければならなくなります。瞬間瞬間の変化を示す史料など、動画的技術の出現した時代以前に関しては存在していないからです。
 これに対して文字的な歴史は、映像が映し出すような、トリヴィアルな事実や庶民の言動を排除するかたちで書くことができます。トリヴィアルな事実や庶民の言動に関する史料がないからです。つまり欠落を欠落のままにして、欠落を伴うものを事実であると主張しているわけです。
 しかし、過去の事実はトリヴィリアルな事実を排除して成立していたわけではありません。つまり、それが史料的根拠を持たないものであっても、デテイルに至るまでを「想像」あるいは「創造」をとおして表現することにつとめている映像化された歴史の方が、圧倒的多数のものを欠落させている文字的な歴史よりも、事実に対する近似性ははるかに高いということです。
 映像的な歴史がそうした過去との近似性にもかかわらず、事実とは異なるものとして批判されるのは、その多くが見る人の共感を獲得するための様々な形式、その代表的なものは物語的な構造ですが、過去そのものとはことなる構造や形式を含んでいるからです。しかし、そうした過去実在と異なる様々な構造や形式は、文字的な歴史にも様々なかたちで存在してきたものです。
by pastandhistories | 2010-10-25 13:46 | Trackback | Comments(0)

カナダの歴史研究

 昨日アマゾンから Peter Farrugia ed., the River of History (2005 )が送られてきました。夏にIHRでみかけて面白そうなので注文してあったものです。2000年にカナダのオンタリオで開かれた The Lessons of History: An Interdisciplinary Approach to Past, Present and Future と題された会議(タイトルの裏ページには2002年となっていますが、実際には2000年に開催されたようです)での報告を編集した本です。会議のタイトルにinterdisciplinaryという言葉があるように、政治学、文学、哲学、宗教学、法学といった多様な専門分野を持つ、カナダを中心にオーストラリアやアメリカの比較的若手の研究者の歴史論をめぐる論文が収められているようです。
 歴史を川の流れにたとえたタイトルは、ヘラクレイトスの万物流転論からとったようですが、実はこの本を購入した動機は、この本につけられた副題が Trans-national and Trans-disciplinary Perspectives on the immanence of the Past というものだったからです。学際的とか比較史という言葉は、歴史研究の方向性としてかなり以前から使用されていましたが、trans-national という言葉が歴史研究において使用され始めたのはかなり新しいのではないかと思います。蛇足ですが、ホワイトを招聘したプロジェクト名も「歴史のトランスナショナル化とその問題点」です。
 もちろん問題はタイトルより内容ということで、昨日さっそく編者のFarrugiaが書いた30ページほどの序文を読んでみました。興味深く感じたのは、2000年という時点で歴史の問題が、歴史研究に領域を限定されない若い研究者の中でどのようなものとして議論されていたのかということがわかる部分があるということです。歴史研究の流れとして、政治史から社会史という議論は当時としても当然過ぎるほどの、もはやステロタイプ化されていたとも言える議論ですが、くわえて学問的な場にある歴史とpopularな場にある歴史の関係、記憶と歴史の関係、そしてポストモダニズム的な歴史論の受容の問題、といった問題を議論していくべき重要な課題としてFarrugiaは提示しています。
 興味深いのは、こうした議論がカナダの研究者を中心として、オーストラリアやアメリカの研究者によって行われていることです。以前もデニングなどの例をとって紹介しましたが、オーストラリアや、そして今回の例に挙げたカナダや、そしてアメリカの歴史理論には、日本にある歴史的思考を批判的に見ていくのに有用な、随分と着目してよい部分があります。彼らにとっては、ナショナルヒストリーの構築性は自明のことだからです。同一の地域に現住していても、ネイティヴと植民者ではそれぞれにあった過去が異なるものであることは自明のことですし、近代にはあたかもそれが普遍性をもつものであるかのように錯覚された歴史意識も、現在ではそれぞれのナショナルヒストリーとしても普遍化し得ないものであることは、多少の批判意識を持てば自明のことだからです。近代ヨーロッパばかりか、中世や古代のヨーロッパまで規範化しようとしたり、逆に地域=ナショナリティであるという錯覚を醸成することにより強固な日本史意識を作り出してきた日本の歴史研究者が欠落させがちな歴史への批判的意識が、彼らの中には間違いなくあります。本国から見れば周縁に置かれ、その周縁において中心が生み出す普遍を媒体として他者と対立し、現在ではそうした他者的価値を自覚することをとおして歴史を組み立てようとしている作業には、「本国」の歴史研究より注目してよい要素が少なくありません。
by pastandhistories | 2010-10-24 11:15 | Trackback | Comments(0)

前提として想像されているもの

 時々文章を引用することがありますが、以前書いたようになるべく部屋には本を置かないようにしていて、手元のメモにしたがって書いているので不正確なことがあるかもしれません。必要なものは気づいたときに後で訂正します。
 ということで手元のメモを引用すると、「・・・ベンヤミンのいう「均質で空虚な時間」における「同時性」の提示、という特色である。新聞の場合、その地域や国のなかで起こった事件や出来事が一枚の紙面にほとんど脈絡もなく並べられているのであるが、それらの断片的な記事を通して、読者の考像力は一つの社会を想像し、国民のイメージを作り上げる」というのは、西川長夫さんの『国民国家の射程』(53頁?)のなかにある指摘です。新聞が「想像の共同体」としての国民国家の構築において果たしている役割を指摘した文章ですが、この文章は「歴史には恣意的な空間における「通時性」の提示という特色がある」「歴史はその地域や国のなかで起こった事件や出来事が一冊の教科書にあたかも脈絡をもつもであるかのように並べられているのであるが、それらの結び合わされた記事を通して、読者の考像力は一つの社会を想像し、国民のイメージを作り上げる」という文章に置き換えることもできそうです。
 おそらくこうした議論は現在では多くの歴史研究者によっても受け入れられる考えであるような気がします。多様な事件の中から、ある程度のつながりがあるとされるものを選び出し、それを合成(colligate)することは、歴史研究者にとっては常識的な作業です。またそれを肯定的なものとするか、批判的に考えるかは研究者によって異なるとしても、歴史教科書が一定の脈絡の中に個別的な事件や出来事をはめこむことによって「国民」を形成するために、「国民」に通有される歴史を作り上げていることは事実だからです。
 しかし、歴史研究者が歴史にある問題として留意しなければならないことは、さきほどの引用にしたがえば「歴史研究においてはその地域や国のなかで起こった事件や出来事への研究がが成果としてほとんど脈絡もなく並べられているのであるが、それらの断片的な記事を通して、歴史研究者自身の考像力は一つの社会を想像し、国民のイメージを作り上げている」ということのような気がします。
 最近の膨大な、その個々を脈絡のあるものとして結合するのは困難になりつつある個別的研究の拡大について思うことはそうしたことです。そうした拡散性にもかかわらず、見事なほど歴史研究の前提として「一つの(日本という)社会が想像され、国民のイメージが作り出されている」というのは行き過ぎた批判でしょうか。個別的な研究が個別的なものとしてその実証性の精度を増すこと自体はもちろん望ましいことですが、その研究が所与の、というより国民国家の形成にともなって構築された(日本という)枠組みを前提とし、そのなかにおける自閉的な議論にとどまっているのなら、それは「学問的」には残念なことです。
by pastandhistories | 2010-10-23 14:17 | Trackback | Comments(0)

ization と al history

 歴史研究者なら誰でも知っている雑誌から国際歴史学会議の内容についての原稿を依頼されました。30枚以内ということですが少し量もあるし、執筆にあたって確認したいこともあるので、締め切りは12月15日ですが、少し早めに書き始めました。締め切りの日はちょうど卒論の提出の頃と重なります。学生に一方的に負担を課しているわけではないという点で気持ちの上ではほっとする所もありますが、やはりこちらの締め切りの時期が学生対応が忙しくなるのと重なることには心配もあります。
 以前少し書いたように、グローバルヒストリーがテーマだった国際歴史学会議のラウンドテーブルで話したことにはいくつかポイントとしたことがありました。なかでも基本的なこととして論じたのは、izationとal history という問題です。以前『史学雑誌』の「回顧と展望」に示唆的に書いたことがありますが、ラウンドテーブルではそのことをより明確に提示しました。
 izationとal history の関係は、nationalizationとnational history, globalizationとglobal history というように、ization の進行にともなって nationalized あるいは globalized された歴史が al history として形成されるようになったというかたちで説明できます。このように議論を立てると気づくことは、グローバルヒストリー論という議論は、globe という nation より、より普遍的な、包括的な単位を上位におくことによって、その優位性を担保しているということです。そのことはある意味では当たり前のことです。national history あるいは歴史の nationalization にある偏狭性は、globalization の進行に伴って多くの「国」の歴史研究者の合意となった歴史を科学的なものとしようとする立場からは批判されなければならないことだからです。
 しかし、こうした議論が見落としていることは、national history もまた ization の進行によって生み出されてきたものであるということです。それ以前の、個別的かつ多様なものに対して、より普遍的な、包括的な単位を上位におくことによって、その優位性を担保し、しばしば科学性という外皮をまといながら、national hisotry もまた成立してきたものであったということです。こう考えるなら、national history が批判されるべきであるという議論が正しいとしても、その批判の方向性は、グローバルヒストリーのようなより上位の al history を構築していくという方向性と、izationにともなう al history の構築そのものを批判するという方向性があることに気づくことになります。
 自分が「歴史にグローバルなアプローチはあるか」というラウンドテーブルで提起したのは、後者の方向性です。そのことを現在ある commonized された national history や global history を批判的に decommonize していくことが重要だという観点から論じてみました。したがって「歴史にグローバルなアプローチはあるか」という問への答えとして提示したことは、「izationの進行が不可避的なものである以上、それはある。しかし、その前に stop to think しなければならないことがある。それは歴史が commonization されているということにある構造を考えていくことである」ということです。このブログも基本的にはそうした立場から書きつづけられています。

 
 
by pastandhistories | 2010-10-22 10:26 | Trackback | Comments(0)

ホブズボームについて

 いつまで続くかはわかりませんが、毎日記事を書いていて思うことは、ある程度テーマに継続性を持たせたほうがよいのか、それともその日その日によってテーマを変えたほうがよいのかということです。なるべく読んでいる人のヒントとなるようにということでは後者の方がよいということがありますが、書きやすさ、読みやすさという点では前者がよいということになるかもしれません。
 ということで、昨日ホブズボームに少し触れたので、ホブズボームについての話題を書きます。彼に関しては、まだ院生の頃になぜか彼の著作の訳書の書評を書くという役割が何度か自分に回ってきました。『原初的反抗者たち』(Primitive Rebels)などです。それまでの「制度化」された「労働」運動史から、地域的にも形態的にも周縁的な民衆の運動への着目、という点で、こうした彼の視点はいくつかの彼の代表的な大部な著作以上にその後の歴史研究に影響を与えるようになったわけで、そうしたものの書評者という役割を与えてもらえたことは、書いた内容はともかくとして今考えるとよかったのではと思うことがあります。
 ホブズボームには直接話をしたというわけではありませんでしたが、研究会で二度ほど見かけることがあります。最初は彼が来日した時で、東大の社研で講演をした時です。まだ大学院に入ったばかり(あるいはまだ学部の学生だったかもしれませんが)の頃で英語もよく聞き取れなかったので、この時の講演はテープにおさめてそれをまだもっています。この時のことで印象にあるのは、質問の時間になった時に、会場から講演の内容とは直接は関係のない「公害をどう思うか」という質問が出たときのことです。当時は環境汚染の問題が大きく社会問題化していたためにこうした質問が出たのだと思いますが、質問者がpublic pollutionという言葉を使用したのに対し、ホブズボームがpublicはいらないと返答したからです。「公」害という言葉は日本のメディアが作り出した言葉では、英語ではそういう言い方はしない、ということでなるほど思ったのですが、実はYahooでpublic pollutionという単語を検索すると日本人研究者の英文論文をはじめとして、現在では英語として使用されている多くの例が掲載されていて一般的な言葉となっているようです。そのあたりのことは英語学者にまかせることとして、少なくとも言えることは、pollutionにpublicという言葉を冠してそれを必然的なものとするような思考に対しては、ホブズボームは批判的であったということです。
 二度目に見かけたのは、ブライトンで行われたLabour History Society(労働運動史研究会)の大会です。1990年代の話ですが、この大会が印象にあるのは、階級、ジェンダー、エスニシティが議論の対象となったからです。労働史研究会の大会でしたが、すでに「階級」という視点から歴史を捉えることが「時代遅れ」だと批判され始めていた時代でしたから、この会議ではある女性歴史研究者が勢いよく、「階級という視点から歴史を説明してきたのはおかしい、抑圧されてきたのは人口の半分を占める女性であって、そうした女性の視点からこそ被抑圧者の歴史は語られなければならない」と主張しました。理のある話ですが、この議論をさらに批判したのが、親が旧植民地からイギリスに移住してきたというカラードの研究者でした。「階級とか女性などより、もっと抑圧されてきたのは帝国の支配下におかれた立場の人々であって、自分のような人間が属しているグループは、少数派であるがゆえに、女性よりももっと大きな抑圧の下におかれている。そうしたエスニシティの視点に立つことが被抑圧者の歴史をよりよく説明することになる」という議論です。これもまた理のある話です。
 ホブズボームについて感心したのは、彼はこのとき会場の後ろのほうに遠慮がちに座っていたと思いますが、こうした原則的な議論に対して挙手をして発言を求め、あらためて階級という視点から歴史を見ていくことの意味を誠実に説明しようとしたことです。
 このブライトンの大会での議論にも象徴されているように、ホブズボームの主張は時代から外れたものとなりつつあるという批判は可能です。しかし、ホブズボームという歴史家をどのように位置づけていくのかということは、イギリス近代史研究者にとってはなお重要なテーマとして現在でももう少し議論されていいような気がします。そうした問題については、渡辺雅男さんが本屋で偶然見かけて翻訳することになったというリン・チュン『イギリスのニューレフト - カルチュラル・スタディーズの源流』が優れています。ホブズボームという歴史家を媒体として、その後のイギリスの歴史研究がどのように変化してきたのかということを、副題にあるカルチュラル・スタディーズとの関連だけではなく、ホブズボームのもっとも優れた後継者となると目されていたギャレス・ステッドマン・ジョーンズがなぜ批判的マルクス主義という立場から言語論的転回という議論に関心を向けることになったのかということとあわせて説明していて、現在の歴史研究の流れを理解するのに役に立ちます。
by pastandhistories | 2010-10-21 10:52 | Trackback | Comments(0)

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