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研究の根拠

 やっとの春休みということで、仕事もできるし、このブログもまた書けるかなと思っていたのですが、地震と原発事故ですっかり集中力が薄らいでしまいました。ということで、小さな英文を少し書いていて、その仕事が昨日終わりました。もう学期が始まってしまいそうで、そろそろ仕事のペースを取り戻さなければというところです。
 それにしても今度の原発事故は、大学での学問というものの実態をさらけ出しました。「足し算と掛け算のできない東大教授」と揶揄されるほどの大学教員のお粗末さが、もちろん東大だけではありませんが、そうした大学の教員のお粗末さが露呈したことです。残念ですが、大学での学問というものの欺瞞がこれほど明確になった事件は今までなかったような気がします。そうしたことが、メディアに次々と登場した(権力に利用された)大学教員によってさらけ出されました。その意味では歴史学もまた自らを考えなおすいい機会かもしれません。
 文科系の学問がしばしばイデオロギー的な要素を含むとされるのに対して、自然科学は中立性だと論じられがちです。このことを鋭く批判した人が、原発事故に時を合わせるように亡くなった柴谷篤弘さんです。柴谷さんの議論は竹内啓さんの議論とともに、自分が小さな本を書いたときにモチーフとして取り入れたことがあります。ようするに自然科学もまた社会的な枠組みに規定されたものであって、価値中立的なものではけっしてないということです。しかしこうした批判は、学問的な世界ではつねに少数派でしかありませんでした。科学の中立性ということが、学問的世界を形成している最も重要な神話的要素だったからです。自然科学はもちろんのこと、多くの社会科学が、そして歴史学もまた、科学の中立性に身を寄せることをとおして、自らの地位を確立し、大学を中心として自己を制度化し、そのなかに「真理」と媒体としたヒエラルヒーを作り出してきました。
 そうした制度化された真実が如何にインチキなもので一面的なものであったのかは、毎日のテレビを見ていれば本当によくわかります。体制のもつ方向性に迎合することによってそれに見合った研究費が与えられ、地位が保全される。学会が形成されている。したがってその推論もまたもっとも基本的な足し算や掛け算すら無視するものでも許されてしまう。そんなものは仮に科学であったとしても、人間社会にとって必要な知ではありません。
 他をみて己を知る、多分歴史研究者にとって今考えるべきはそうしたことなのかもしれません。個々の歴史がそれぞれイデオロギー的なわけではなく、歴史が存在してきたことそのものがイデオロギー的であったということです。だからこそ、現在の「原子力学」と同様に、ある時期から「学問として」成立したということです。
 歴史研究者ばかりでなく、普通の人々もまた「歴史」は空気や水のように自然なもの、あるいはエネルギーのように絶対に必要なものと考えてきました。今回の原発事故とそれに付随した研究者の言説は、そうした空気や水やエネルギーの絶対的必要という議論への疑問もまた必要であることを示した出来事のような気がします。
by pastandhistories | 2011-03-28 10:30 | Trackback | Comments(0)

歴史学研究・報告集

 今日『歴史学研究』の4月号が送られてきました。昨年8月のアムステルダムでの国際歴史学会議でのラウンドテーブルの報告を書きました。その註にこのブログのことも記していきました。ということで、そこからこのブログに初めてアクセスする人もいると思いますが、国際歴史学会議の様子は、8月のところに連続的に書かれています。そこから10月まで記事に、大体このブログが歴史理論のどういうことを問題としているのかが書かれています。もし関心があるようでしたら、そのあたりのところを読んでください。
 また国際歴史学会議での報告は、このブログでたびたび触れてきた自分のプロジェクトの報告集に掲載しておきました(p.67~p.73)。これももし関心があるようでしたら、okamoto_m@toyo.jpに連絡してもらえれば、お送りします。ただ地震の影響で、増刷が完成するまでしばらくかかりそうなので、その点は了解してもらえればと思います。
by pastandhistories | 2011-03-22 20:52 | Trackback | Comments(0)

コメモレーション

 多くの大学は5月の連休明けからになりそうな勢いですが、それまで何をしていいのか迷うところがあります。昨日は少し英語の文章を書きましたが、あまりすすみませんでした。
 ただこの間よく考えるのは、コメモレーションということです。ホロコーストや広島・長崎への原爆投下はそうしたコメモレーションの対象となっている事件ですが、おそらく今回の事件も日本人にとってばかりか、世界の多くの人々にとってのコメモレーションの対象となりそうです。またこれまで日本人のコメモレーションの対象とはいえなかったチェルノブイリでの事件は、今回の事件をとおして日本人のコメモレーションの対象となりつつあります。もし今回の事故がさらに拡大して(そうあったほしくはないと祈っていますが)、首都圏に大きな被害を及ぼすようなことになれば、今回の事故は人間の愚かさを伝える事件として、きわめて長期にわたって「教訓」として、人類のコメモレーションの対象となり続けていくかもしれません。
 こう考えると、今回の事件からはわかること、歴史には「事実という硬い芯」がある、そうしたそのなかであるものが「コメモレーション」の対象として、しばしば「教訓化」される、ということです。しかし、問題はテレビを見ていればわかるように、そうした「事実」をもとに組み立てられる解釈はきわめて多様であるということです。ある人たちはなお原子力発電を有用性を主張しつづけ、たの人々は廃棄を主張する。その間に様々な色合いの主張があって、今回の事件を彼らの知識の領域にある他の様々な事実(あるいは虚偽)と結び付けて、それぞれのナラティヴを語っているということです。
 以前も書きましたが、「事実という硬い芯」があって、それが一定の集団の中でコメモレーションの対象となっていても、そこから組み立てられるナラティヴや解釈はけっして同一ではないということです。ヘイドン・ホワイトが指摘したように、事実をどのようなプロットやイデオロギーや叙述形式や議論に依拠して理解し、記述するのかということで、大きな違いが生じるということです。
by pastandhistories | 2011-03-21 10:21 | Trackback | Comments(0)

真実の制度

 地震が起きた日の朝にプロジェクトの序文をアップしてからは、このブログは事務的なことを書いたこと以外は記事を書きませんでした。プロ野球選手であるダルビッシュが「プロ野球選手であると同時に人間である以上、こういう時に野球をしていいのか」というニュアンスの発言をしましたが(同時に彼は5千万円を寄付しました)、そのとおりだと思います。机に向かうのも気がすすまない状態というのが正直なところです。そんなわけで春の仕事の予定が大幅に狂ってしまいました。
 この間テレビの報道を見ていて思うことは、多くの人がそういう気持ちを抱いていると思いますが、大学教員が行っている学問と称するもののいい加減さです。そのいい加減さを文字通り体現した人物たちが、事故が現実に起きたにもかかわらず、なお原発の安全性を必死に主張し続けているその姿のいやしさです。事実は、彼らの唱えていた事故は起きないという「真実」は虚偽の言説に過ぎなかったということだけです。
 よく学生に自分の考えを話すことがあります。邪馬台国「論争」というものがある。「畿内」説と「九州」説があるけれど、もしそのどちらかの正しさが完全に立証されたら、他方の説を唱えていた学者たちは、いかに彼らがもちいていた論証過程が外見的に精緻であっても、たんなる「詐欺師」に過ぎない。最終的立証の不可能性をいいことに、それぞれが「学者」としての「地位」を確保しているけれども、そうした「地位」を保全しているものは、その主張の「真実性」ではなく、「真実」とされるもの論証過程が「学会」において認められた手続きをふまえたものであるからに過ぎない。手続きの合理性は、けっして真実を保全するものではなく、あくまでも「学問的」世界を保全するための、集団的な、制度的な合意に過ぎないという考えです。またさらに続けていうことは、そうした学者の主張する真実の虚偽性が明らかになったときは、彼らには大学を辞す責任があるということです。それまで詐欺師として生活し続けてきたわけですからそのことは当然の義務です。学問的世界における問題は、論証の精緻さではなく、主張が真実であったのか否かに尽きるわけですから。
 こう書くと、このブログの指摘に対して異を感じつづけてきた人は、ポストモダニズム的思考こそ、相対主義を擁護し、真実を曖昧にしているのではと批判するかもしれません。しかし、そうした批判はポストモダニズが立てている問題に対する不十分な理解に基づくものです。ポストモダニズムが主張していることは、特権的な学問的な共同体、あるいはヘゲモニックな知のヒエラルキーをとおして、形式的な論証手続きを根拠として「真理」が作り出されている、あるいは「真理」や「真実」が「学派」や「学問分野」などとして、あるいはナショナルなオーディアンスを対象とする「学問的歴史」を含めたナショナルヒストリーのように相対化されることによって、そうした「学問的」真理が、あたかも真理や真実のように立ち現れて権力を行使するものを助けている、あるいは自らが権力を行使しているという問題です。「原発の事故はありえない」という言説のように、権力にとって都合のよい「真実」が、権力によって庇護されながら制度的に存在し続けているという問題です。そうした制度的真実や「真実の制度」を解体していくことが、本当の事実とか真実にアプローチしていく「可能性」を作り出していくということです。
 そうした見地に立てば、「真実の制度」に擁護されて虚偽を語ってきた「学者」は即刻職を辞すべきだということが、結論となります。彼らの主張は、立証された「真実」とは完全に背離するものであったからです。もっとも「真実の制度」は、なおかつ強固に彼らの地位を保全し続けていくような気がするのですが。
by pastandhistories | 2011-03-19 10:34 | Trackback

中止

 地震ということで、このブログへのアクセスもさすがに減っているようです。ということでどの程度周知できるかはわかりませんが、明日(14日)に予定されていたプロジェクト(ベッカートのレクチャー)は中止となります。ベッカートから連絡があって、子供が一緒なので、余震や原発事故の影響を避けたいと伝えてきました。当然のことだと思います。今日はこれからあちこちに連絡するつもりです。
by pastandhistories | 2011-03-13 15:49 | Trackback | Comments(0)

トランスナショナルカルチュラルヒストリー

 去年の夏休みの時のように、休みに入ったらこのブログを毎日書いていけそうな気がしていましたが、予想通りには行かず、時々書いても理論的な問題よりも、日記的な内容に重心が移ってしまいました。今日もまたそんな感じになってしまいそうです。
 その大きな理由は、原稿書きの方にかなり気持ちが移っているからです。他の事にあまり神経は使いたくないということで、このブログに大きな時間をさけません。くわえて入試や教授会の残務、プロジェクトの最後のセミナーの準備、原稿の校正や報告書の最終的完成にもこの間は少し時間を取られました。ということなのですが、昨年末から今年初めに書いた原稿がそれぞれ3月と4月に出ます。時期的なこともあってこのブログで書いてきたこととも少し重なりますが、どちらかと言えば個人的なブログとは違って、おおやけの場で自分の考えを明らかにしてみました。結構問題提起的に書きました。
 とはいってもこの二つの文章はあくまでも問題提起的なもので、そこでの議論を研究史の整理をふまえたきちんとした論文にしていくというのが今しているもう一つの作業です。ずっと考えていたことなので、焦らないで春休みの間に基本的枠組みを書き終えるというのが現在の計画です。ただこうしたブログなどをとおして問題を小出しにしながらまとめていくのか、それとも論文だけに集中して一気に書くのか、少し迷いが出たのにあわせて週末から雑用が入り、ブログの更新がとまってしまいました。
 今日はその雑用の一つ、来年のプロジェクト計画書の作成を片付けます。ローゼンストーンやホワイトなどを招聘したプロジェクトが今年で終了ということで、昨年中に今年度からの新プロジェクトを申請していましたが、それが採択となったためです。課題は「トランスナショナルカルチュラルヒストリーの今後」というものです。審査所見に「トランスナショナル」と「カルチュラルヒストリー」という二つの大きな課題を結合させることは可能か、というものがありました。そのとおりかもしれません。ただこうした課題を設定したのは、ピーター・バークなどが中心になって組織したInternational Society for Cultural Historyにヒントを得たものです。もちろんInternationalなのは学会であって、Historyではないのでしょうが、目指すことの一つはInternational Cultural Historyであるともいえるでしょうから、同じようにTransnational Cultural History という言葉を使ってみました(和製英語かもしれませんが)。
 正直言ってアレンジが大変で、個人的な持ち出しも少なくなくプロジェクトの継続は大変ですが、採用の内示がありましたので、来年度は小さめの研究会を機動的におこないながら、同時にこれはと思えるような在外の研究者を招聘して議論ができればと思っています。手伝ってくれる人がいると、大変助かります。
by pastandhistories | 2011-03-09 09:21 | Trackback | Comments(0)

今日の日記

 今日も朝から原稿書き。今書いているのは、研究所の紀要に連載的なかたちで掲載していたもの(「画像・映像」「ナショナリティ」について書いたもの)の続き、というよりマトメ的なものです。ということで3年ほど前に少し下書きをしたのですが、内容的に全然駄目でボツ、そのままほっておきました。原稿を書けるのは今しかないということで書き直し始めました。途中少しつまりましたが、その部分を何とかクリアーして、ちょうど25枚ほど、多分半分くらいのところだと思いますが、書き進みました。多分この3年の蓄積もあるのでしょう。以前のものに比較すればかなり納得できる部分もあり、このまま結論まで書いていけそうです。これがある程度終われば英文のものも本格的に手をつけていけそうです。もっとも今書いている原稿が活字になるのは、来年になってしまいそうなのですが。
 今日はそんなところです。今週末は教授会とか最後の入試、来週初めはプロジェクトの仕事でだいぶ時間がとられそうです。それでも普段より仕事に時間がさけるので、今のうちに仕事を進めたいし、このブログも時間をみて読む人にとってできるだけ有用なものにできればと考えています。なお3月14日のベッカートのセミナーは好意的に協力してくれる人が少なくなく、少し期待が出てきました。発表者が1人で時間は3時間、他の会とは異なって自由な議論の時間がかなりあるので、自分も議論に加わりたいという人はぜひ参加してもらえればと思います。
 
by pastandhistories | 2011-03-03 12:23 | Trackback | Comments(0)

「場」の制約性

 おとといの続きを書くと、ものを書いているときにいつも思うことは、書いていることにどの程度の共時的な、通時的な広がりがあるのかということです。
 今このブログは日本語で書いていますが、当然日本語を読める人(主として日本人)しか読めません。共時的には多くて1億人ということです。もちろんそんな数の読み手が前提とされているわけではありませんが、なぜ15億人の中国人を脳裏において書かないのだろうかと思うことがあります。これもまたそんなに多くの読み手を前提にするわけはないのですが、それでもなぜ日本語で、日本人を対象として今自分は書いているのか、という疑問はあります。
 時間がある程度永続するということを考えれば、理論的には膨大な読者が通時的には想定できますが、事実は逆で、このブログが読まれる可能性があるのは、最大限見積もっても1年程度の間でしょう。時間が経てば誰も関心をもつことはないはずです。何よりもこの文章が「現代の」日本語で書かれている以上、長くとも200年後にはこの文章自体を読める能力のある人は、たまたまその時代に日本という単位がまだあったとしても、本当に僅かな特殊な人だけでしょう。それはわれわれが江戸時代に書かれた「日本語」の文章を通常は読めないのと同じことです。それが「歴史の事実」が示している「教訓」です。
 歴史(historiography)にもそうした側面が強くあります。歴史は結局は特定の形で表象されますが、そのそれぞれは、どのような共時的な、通時的な場にあるのかという限界を常にもつものであって、残念ながら固定されるものではなく、また普遍的なものでもありません。
 それはそれでよいのですが、それでも歴史を書くのなら、逆に重要なことは、それをどのような限定的な場に位置させるかを書き手がどう認識しているということです。専門的な歴史研究者であればそれは専門的な研究者集団である(かつ啓蒙書を書く場合はそこで使用される言語を共有する(国民)集団)ということになりますが、だとするとそうした集団は残念ながら固定的なものでも普遍的なものでもありません。国民が過去から未来永劫にわたるまで絶対的に固定された集団であるというのはあまりに非歴史的な考えですし、歴史という学問にある種の普遍性があるとするのは、残念ながら特権主義的な錯覚でしょう。
 大事なことはいかに限定性をもつ場であっても、自分がなぜ特定の「場」で、その場で共有されている特有のコミュニケーション媒体をもちいて書くのかということの意味を考えることだと思います。そのことが、共時的にも通時的にも限定された特殊な場に生きていた人の意味を考えることを可能にするかもしれません。歴史家もまた彼らと同じように、「場」に制約された存在なわけですから。
by pastandhistories | 2011-03-02 16:28 | Trackback | Comments(0)

プロジェクト報告書

 今日は午前中は論文書き、それほど難しいことを書いたわけではありませんが、400字ほどを書くのに2時間かかりました。コンテクストのなかに文章を論理的にはめ込むというのは大変な作業で本当に時間がかかってしまいます。もっとも時間をかけたからといってきちんとした文章が書けているわけでもなく、たぶん明日はまた書きなおすことになるでしょう。
 昼過ぎから大学に出てまずプロジェクト(「歴史のトランスナショナル化とその問題点」)についての打ち合わせ、14日の会合の周知方法やプロジェクトで出す報告書の相談をしました。報告書は基本的には作成し終えました。編集は自分となっていますが、あくまでもプロジェクトの報告書ですので自由に処分できるわけではありません。しかし希望されるかたには多分部数的には郵送が可能だと思いますので、tsyokmt@hotmail.comに連絡をください。ホワイト、ロビンソンといった人たちのプロジェクトでの報告が英文で掲載されています。自分も扉文などを書きましたた。けっこう問題提起的に書いたつもりです。
 今日は昨日の続きを書いていく予定でしたが、原稿書きでだいぶエネルギーを使いましたし、研究室でこれから少し仕事をしたいので、続きは明日書きます。
by pastandhistories | 2011-03-01 14:54 | Trackback | Comments(0)

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