歴史についてこれまで考えてきたことを書いています


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日記

 眼はだいぶよくなりました。まだ強い光が駄目で、先週の大学院の授業は教室が明かるすぎてテキストが読みづらく研究室に場所を変更しました。身体検査の結果が来て脂肪過剰以外はすべてAという小学生並みのデータなので、その「数量的分析」のほうを信じて医者にはいかないでしばらく様子を見ます。この後も予定が詰まっているので、その予定を変えないためです。10数年前にマンチェスターに行った時も事前の身体検査で胃に異常ありと診断されたのですが、機会を外してはと思い無視しましたがなんともありませんでした。自分の仕事はある種の自由業ですが、スポーツ選手と同じでシーズン中は休まないというのが自分のある種の信念で、正確にはどうかわかりませんが、病気の休講はいままでなかったと思います。
 この間は夏休みがどうなるかわからないので7月初めが締め切りの英語の文章を書いていました。昨日の段階でほぼ草稿は書き終えて今日はその点検をします。以前書いたことがあると思いますが、自分の書いた個々のフレーズやセンテンスをyahooやgoogleの検索に打ち込んでいくと同じような使用例が出てきて、それと対比して英文の正確さを検討できるので便利です。自分のと同じ文章ですから、似たような内容のものがあったりして寄り道が多くなり時間がかかるのが難点ですが、辞書の文例よりはるかに役に立ちます。
 今日は涼しいし、時間があったので歴史理論についてこの間メモしたことを書こうと思いましたが本当の日記になってしまいました。相変わらず休むとアクセスが増えて、先々週より先週の方がアクセスが多かったようです。
 健康上の理由もありますが、夏前で他の用事が立て込んでいるので、ブログは少しお休みということが基本ですが、幸いにして今年は既に日本語と英語の文章が1本づつ下書きが大体終わりましたので、夏休みになれば少し時間ができると思います。その前に7月7日から北京に行きます。サッカーの釜本(この人の親も満州帰りです)選手が、インタビューで中学時代の教師から野球ではアメリカにしか行けないけれど、サッカーなら南米、アフリカを含めた全世界に行けると言われてサッカーを選んだという話をよくします。少し理論について物を書くようになってから思うことはこのことです。この間随分と色々な国の研究者とコミュニケーションをとるようになりました。全面的にそのことを否定するわけではありませんが、「日本人」(?)でありながらイギリスにしか行かない、フランスにしかいかない、ドイツにしかいかない、という「外国(?)歴史研究」のあり方と意味は、その大学での教育のシステムや学会のあり方を含めて、そろそろ考えなおす時期に来ているような気がします。
by pastandhistories | 2011-06-26 10:59 | Trackback | Comments(0)

グローバリゼーションの時間

 眼は劇的にはよくなりませんが、慣れたせいか多少症状は改善したようです。実は足も足の裏が痛んで結構大変なのですが、皮肉なことにそうした時ほど忙しい。先週の月曜から来週の水曜まで一日も休みはなし。今日はオープンキャンパスで高校生を相手に模擬授業をしました。
 もっともこのブログを基本的には休むことにしたので、その分ひとつ仕事が減って時間的にも精神的にも余裕ができるようになりました。あまりストレスをかけないように基本的には休みますが、時々気持ちに余裕が出たら気づいたことは書いていきます。ということで、今日は昨日のプロジェクト研究会について。
 研究会ではベッカートが送ってくれたThe Empire of Cotton: a Global Historyというぺーパーの読み合わせをしました。きわめてシンプルな論理的構成で、読みやすいものでした。内容的には(一)グローバリゼーションは現代的なものというより、近代に遡行して考えることができる、(二)近代国家と対立するものではなく相互補完性を持っている、(三)自由の拡大ではなく、むしろ強圧と暴力を伴った
ということを前提として、いわゆるcommodity studies として綿をとりあげるかたちでグローバルヒストリーのケーススタディーズを試みたものです。
 国際的な関係のなかで綿にともなう歴史を理解するというのは、産業革命史を中心に日本における西洋経済史の基本的なテーマだったわけですが、こうした問題をベッカートはアメリカ史に結び付け、とくに18世紀末の中南米の反乱と19世紀中葉の南北戦争がとりわけ綿花の原産地やその生産システムをどう変化させたのかをグローバルな枠組みを前提に論じていて、そうした点についての分析は明解です。また日本での発表ということで、こうした関係を日本と朝鮮の関係からもおさえていて、この点もある意味では説得的です。
 こうした議論に対して参加者からいくつかの疑問が出されました。経済史的視野が強調されていて、植民地問題や奴隷制度についての文化史的理解が弱いとか、また強制や抑圧の問題を19世紀あるいは帝国主義時代に限定していて、現代にある強圧や暴力に対する具体的な批判意識やオルターナティヴの提示が(行われてはいないわけではないけど)弱いのではという批判です。
 こうした批判とともに議論となったことは、グローバリゼーションを遡行させるとすると、それは結局人類の始原やローマ時代にさかのぼれてしまう、そもそもグローバリゼーションというのは、一体どのようなものとして定義されるのかという問題です。
 実はこの問題はグローバルヒストリーをめぐっては本当に繰り返されている議論です。たしかにどの時代でも人々や地域は完全に孤立しているわけではなく、直接・間接にグローバルなものと政治的・経済的・文化的に相互関係を持つかたち存在していたと議論することができます。たとえば白鳳文化はヘレニズムと関係があったというようにです。
 しかしこうした議論で気をつけなければいけないことは、よく教科書にこうした政治的・文化的・経済的関係が矢印をもちいて図示されていますが、「地図」がもちいられているように、それは二次元的な関係であるということです。つまり歴史にとって重要な「時間を含めた」四次元的なものとして理解されていないということです。たとえばヘレニズムが白鳳文化に影響を与えたと論ずることができるとしても、それは1000年近い「時間」を経てのことですが、その点への理解が欠け落ちていることです。
 現代的なグロ-バリゼーションを理解する時に重要なことの一つは、こうしたタイムスパンあるいは速度といったものへの理解です。たとえばベッカートが指摘するように、19世紀には労働力である奴隷の強制的な移動を媒体としたグローバルなシステムが形成されました。しかし数ヶ月がそうした奴隷の移動には必要であったわけです。もちろん原料や生産品の移動、あるいは必要な資本の移動も決して瞬時的に行われたわけではありません。
 しかし現代では資本は瞬時にしてグローバルに移動します。そのことが労働力の移動を不要なものとし、またアメリカの黒人解放にも一定の役割を果たしたわけですが、と同時にある意味では奴隷労働以上に格差のある労働を特定の地域の特定の社会層に強いているわけです。資本の移動に象徴されるような時間の短縮(瞬時化)が現在のグローバリゼーションの際立った特色ですし、なによりもグローバリゼーションという言葉が1970年代から一般化するようになった大きな一つの要因です(もう一つが情報や知の瞬時的移動です)。そうしたグローバルな結合のかたちは、19世紀のあり方とは、さらにそれ以前の社会のあり方とは大きく異なっています。(現代的な)グローバリゼーションの問題を考える時に重要なことは、そうした時間という要素を加えた四次元的思考です。
 実はこのことは現代社会における知のあり方、その一つである歴史の問題を考えていく際にもきわめて重要な要素なのですが、今日はもうだいぶスペースを使いましたので、そうした問題は稿をあらためてまた書いていきます。
by pastandhistories | 2011-06-19 23:18 | Trackback | Comments(0)

予定

 先週の水曜日から突然生じたのが「複視」なる症状。仕事や対人的なストレスが原因かとも思ったのですが、ネットで調べると恐ろしげな病気の予備症状であるとも書かれていています。二重に物が見えるので車の運転はかなり難しそうですが、別に頭痛とか目の痛みという他の症状はありません。幸いにして近距離は大丈夫で本を読んだり原稿を書いたりすることはできるので、書ける間にということで、今日は7月2日締め切りの英文原稿(5000語)を600語ほど書きました。今月の残りはこの仕事が中心になりそうです。
 今年は夏休みが長くなったということで、多少日程にも余裕ができましたし、眼もそれほど心配しなくてもいいような気がしますが、原稿のこともあるのでまたこのブログは少し休もうと思います。今週もかなりのアクセスがあっったようで申し訳ないのですが、もし立ち寄られたさいには、以前のを読んでもらえればと思います。
 このブログはもともとは海外の学会に行った時に宿で書き始めたのがきっかけですが、今年は7月末から10日間ほどヨーロッパに行きますので、その時にでもまた再開できればと思います。また7月に少し北京に行くので、パソコンがつながるようでしたら、その時にも会の様子などを書けるかもしれません。しかし休み中は基本的にはプロジェクトの内容などだけを時々書いていくつもりです。
 ということで今日は来週の6月18日(土)の研究会の内容について。時間は午後1時半から4時まで、場所は東洋大学甫水会館(正門の向かいの5階建ての建物の3階)。内容はハーバード大学のスヴェン・ベッカートが3月の会の時のために送ってくれたペーパーが中心になります。ホワイトの講演の通訳をしてくれたカベルさんに内容を要約するかたちで議論を提供してもらう予定です。その後今後の予定を話し合うつもりです。なおこのぺーパーは本人の要望でネットによる配布はできないのですが、ハードではかまわないということなので、希望される方は連絡してもらえればと思います。連絡先はueno_sushi@mail.goo.ne.jpとなります。
 このブログでは随分と複眼的思考ということを強調してきましたが、実際には一つしかない物が複数に見えると実生活では結構不都合なことがあります。こんなことを書くと、目は複数でも事実は一つだということがやっとわかったかという批判を実在論者から受けることになりそうです。今回の経験はそうしたことを考えなおすよいチャンスなのかもしれません。
by pastandhistories | 2011-06-11 22:06 | Trackback | Comments(0)

other 'imagined' communities

written, oral, aural,visualなかたちで物事が、したがって歴史もまた様々なかたちで伝えられるということは、以前ここでも書きましたが既に歴史に関して常識的なこととして議論されるようになっています。しかし何日か前に書いたこととも少し関係しますが、そのことに関して重要なことは、そうしたwritten,oral, aural, visualな場のあり方や大きさです。
 相互的か一方通行的か、personalか集団的かという問題、あるいはその場がどのくらいの大きさを持つものなのか、といった問題です。歴史家同士は相互的であっても、専門的な歴史研究者と普通の人々の間では一方通行的に歴史は伝えられます。歴史というと国家とか世界が基本的には単位とされていますが、家族という親密な場で伝えられる過去もあります。
 場が大きくなるということは、より多くの人が歴史のオーディアンスとして加わるという点では歴史をdemocratizeしていくことになりますが、他方では歴史を一方通行的なものとしていきます。このことはナショナルヒストリーやハリウッドヒストリーのことを考えると理解できます。
 ローゼンストーンの考えを受け継ぐかたちで「歴史」と「映画」の関係を論じたMarnie Hughes-WarrintonのHistory Go to the Movies (2007)を読むと、other 'imagined' communities(p.10 など)という言葉が出てきます。現在では映画が世界的な観客をもつようになったことによって、ナショナリティを越えた想像の共同体を作り出していることを指摘したものです。またこの本ではソーリンの主張を借りて、そうした大きなオーディアンスをもつ(歴史)映画は、彼らにある共通の価値に根拠を置くという点できわめて現在的なものとなっていることが指摘されています(p.58など)。
 オーディアンスが広がる、つまりdemocratizationが進行することによって歴史がpresentist なものになる、つまり過去の実在とはますます乖離していくという問題です。と同時に、非民主的な一方通行的なものともなっていくというパラドクスです。こうした過程は歴史のnationalizationの過程でも生じた問題ですが、written,oral, auralな場に比べればはるかに広い伝達空間を提供するvisualな場にある歴史はそうした問題を内包しています。
by pastandhistories | 2011-06-09 20:31 | Trackback | Comments(0)

historiography place

 以前この場で「社会歴史」という文章を書きました。思想史が「社会思想史」という視点から論じられるようになったにも関わらず実際にはその多くがなお「系譜学的」な説明にとどまっていること、そうした枠組みが歴史研究にも根づよく存在していることへの疑問を提示するためです。
 たとえば多くの歴史研究は、研究史を前提として書かれています。academic place における系譜にその研究を連ねることをとおして個々の研究を意味づけるためにです。しかし歴史はたんに academic place において機能しているわけではありません。そのほかの多くの場、たとえば political place や public place 、あるいは cultural place とよんでもよいような多面的な場において機能しているものです。
 史学史を書く時に重要なことはそうしたことです。皇国史観は誤っていたから、科学的歴史にとって代わられたというのでは、 説明としてはあまりにも安易です。そうした歴史を political place や public place 、あるいは cultural place などの個々の場で強い影響力をもつものとして成立させたものはどのようなシステムや構造であったのかを明らかにしていくべきでしょう。マルクス主義的な歴史の歴史もまたそうした多面的な場をとおしてその内容や影響の変化が論じられていくべきでしょう。妥当な言葉かはわかりませんが、historiography place との関係の中から history of historiography は議論されていくべきだということです。
 academic place にある科学的な歴史があるかたちをとるのは、public place にある科学のかたちと、完全に対応しているわけではありませんが、一定の関係を持っています。それは様々な歴史についても言えることのはずです。
by pastandhistories | 2011-06-07 06:10 | Trackback | Comments(0)

伝記と歴史

 自分が研究者としての社会的地位を持てるようになった最大の理由は、ごく少数の何人かの教師が自分にあった潜在的な可能性を評価してくれたことで、その時点での「業績」の質でも多寡でもなかったというのが正直なところです。その意味では、はるかに研究のdiscipline 性が強化されるなかでポストの獲得・保持のために、discipline のなかでの、あえて言えば形式的な業績の多寡を競わなければならない若い研究者は本当に気の毒です。
 たとえば自分たちは、当時の学界に背を向けるかたちで『社会運動史』という雑誌を作ることができました。「同人」による読み合わせは行いましたが、主査・副査による査読を行ったわけではありません。この『社会運動史』に「西洋史」研究者であった自分が掲載した文章の一つが日本の社会主義運動の指導者に対する複数の伝記的研究への書評です。この文章を自分が「業績」の一覧にみずから加えることはありません。「西洋史」という自分の属するdiscipline の外に属するものだからです。しかしそれでもなぜそうした文章を書いたのかというと、その一つの理由は歴史研究という立場から伝記ということの意味を考えてみたかったからです。
 この文章を書いた頃から、伝記(biography)の歴史研究との関係が欧米でも重要なテーマの一つとして理論的に議論されるようになりました。そうしたことについて参考になるのが Palgrave の History and Theory シリーズの一冊として出版された、Barbara Caine の Biography and History(2010) です。近年の伝記的研究の流れの変化をたどりながら伝記と歴史の関係を要約した好著です。
 この本が面白いのは、なんといっても著者がある時期まで「歴史から排除」されてきた女性であるからです。女性(のみならず、圧倒的多数の普通の人々)を排除してきた歴史、権力を作り出している構造や偉人を中心的に論じるという点できわめて政治的なイデオロギー性をもつそうした従来の歴史を批判するものとして、伝記的研究が1970年代頃から、新しい社会史やジェンダースタディーズと関連をもちながら歴史研究のなかで重要な役割を果たすようになったことが論じられているからです(p.105など)。
 もちろんこの本のなかでは、伝記を歴史研究に関連付けることにある問題点も指摘されています。対象となる普通の個々人に対しての史料の少なさから生じる問題(例外的に史料がまとまってある普通の個人を「典型」として抽出する方法がとられることになりますが、それが方法的に本当に妥当なのかという問題)、個人が生きたコンテクストや構造が伝記をとおして本当に理論的に分析できるのかと問題、「この本のなかで提示してきたように、伝記に対する関心が復活したことは、歴史に対する構造的なアプローチが後退したことに多くを負っている。またそのことは、narrative への関心が復活したこと、過去を描写し、説明する方法としてstories の価値と重要性が再認識されていることを示している」(p.124) という結論部の文章が示しているように、伝記にある抜きがたいストリー性をどう考えていくのかという問題などです。
 おそらく伝記に歴史を一元的に集約していくことは、これまでの歴史研究の(とりわけ理論的な)成果に対する、あるいは批判に対する精算主義的な思考であるという批判をうけるでしょう。伝記的研究を新しい角度から考察していこうとする流れ (biographic turn) は、女性を初めとした普通の人々を歴史の主体として位置づけようとする流れから形成されたものですが、そうした批判に対してどのような歴史を構築していくかが今後の問題となるはずです。
by pastandhistories | 2011-06-05 10:59 | Trackback | Comments(0)

psychohistory

 社会学と歴史学という文章でもそのことを指摘しましたが、理論的な緻密さという点では歴史学は現在を対象とした実証データをもちいた学問と比較すると不十分なものです。このことは精神分析学とか心理学と比較しても言いうることです。もちろんここで言う精神分析学とか心理学は、フロイトが論じたようなプリミティヴなものではなく、実証的な方法を累積するかたちで発達してきた現在的なもののことです。
 そうした精神分析学や心理学は、現実に生きている個人についての膨大な可視的な、再検証可能なデータを経験的に積み重ねて仮説を提示しています。その意味で科学性を保持しています。残念ながら歴史研究ではそれと同じレベルのデータを収集し、分析することは不可能です。
 したがって歴史学において行われていることは、これらの学問の成果を補助科学(?)として歴史分析に応用することです(補助科学という表現はあたかも歴史学が主科学であるニュアンスを生んでしまうところがあります。正確にはそれらの人間科学が打ち立てた仮説を補助的にもちいて、ということです)。
 精神分析学や心理学の発展に対応したpsychohistoryはそうした試みです(もしこうした言葉をもちいるなら、現在を対象とした経験的・実証的学問を補助的に応用した歴史という意味で、polihistory, ecohisitory,sociohistory という言葉が、political history, economic history, social history に代わってもちいられてよいような気がするのですが)。
 しかし伝記研究などで試みられている psychohistory は、現在的にはそれほど成功しているとはいえません。その理由は、対象とする個人に対するデータが不十分で恣意的に選択されがちであることと、彼らの精神や心理を生み出したコンテクストの現在との異質性についての内面的理解があまりにも不足しているからです。その意味で対象とする人物の精神や心理の分析が分析的なものであるというより、伝記というnarrative を修飾するものにとどまっているからです。その点で「文学者」や「評論家」が書く伝記と、ほとんど質的には差異のないものにとどまっているからです。
 このことが示していることは、現在を対象として組み立てられた経験的・実証的仮説を歴史に応用していくには(応用することを否定すべきではありませんが)、対象となる過去のデータやコンテクストへの厳密な理解が必要だということです。伝統的な歴史のnarrative に多少の味付けを加えて「科学性」を称するものにとどまってはならないということです。
by pastandhistories | 2011-06-04 05:57 | Trackback | Comments(0)

文章論

 先週はかなりのアクセスがあって、そのことでかえって記事を書くのが止まってしまいました。授業と同じで相手が多いとプレッシャーがかかるということかもしれません。
 このブログはブログのページに直接打ち込むという形式を取ってるので、どうしても変換ミスや脱字、テニオハの間違いが生じますし、また記述や用語に繰り返しがあったりします。内容に関わるようなことは基本的には修正していませんが、後で気づいた読みにくいところやおかしい点は直すようにしています。
 最近は論文などで随分と学生の文章を直す機会があります。やはり書きなれていませんから、どうしてもそうした作業は教員の「親切」としても必要なことです。しかし、アドヴァイスは丁寧にしますが、明白な誤りを除けば文章の訂正を相手に必要以上に求めるのは、自分はあまり好きではありません。「正しい」文章に基準があるとしても、「よい文章」の基準は画一的には定めがたいからです。
 査読などをおこなうと随分と文章の修正が問題となることがあります。専門が異なる人が加われば、史料内容についての議論は正確にはできませんから、どうしても議論がそこにいきがちです。論文は論理的構成もまた重要な要素ですから、具体的な個々の文章が問題になることは当然です。しかし、こうした議論に参加していて時々気になることは、他人の書いた文章に関わることに含まれている権威性です。人の文章を修正しているうちに、自分の文章の書き方が絶対に正しいという錯覚を持ってしまうことがあることです。
 もちろんそんなことがあるわけがありません。学問的な場を対象とする文章は、当然そうした制約を受けますが、画一的である必要はありません。自分の文章に対する考え方は、編集者の意見には基本的には従うというものです。編集者はプロとして読者の受け取り方の媒体となってくれるからです。バルト的に言えば、文章は書かれた瞬間から自分のものではなくなるわけですから、それは当然のことです。その意味ではこのブログは編集者の意見が入っていないので、読者には読みにくいかもしれません。自分では書かれていることの意図を100%理解しているのですが。
by pastandhistories | 2011-06-02 10:05 | Trackback | Comments(0)

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