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明日出発

 明日午前中出発ということで、昨日今日は最後の支度をして、確認のためのメールをいくつか入れました。普段は海外といってもそれほどの準備はしませんが、今回は乗換えが何度かあり、また初めてのところなので珍しくきちんと準備しました。電圧とか、飛行場とか、ホテルの場所とか、普段は行き当たりばったりなのですが、珍しく事前に情報を仕入れました。ホテルのネット料金は一日18ユーロということですが、つながるかはわかりません。
 ペーパーもかなり丁寧に準備してやっと今日送りました。随分前に書き終えていたのですが、最近は書いたものがネットに了解なく公開されたりしますし、いったん公開されると修正してもらえないことも多いので、最後に丁寧に点検しました。実は海外の研究者には数日前に送ったのですが、送り先のほとんどからすぐに返事がありました。印刷されたというような公式のペーパーではないわけですが、新しそうな情報やアイディアには本当にフェアーな気持ちで関心をもってくれる、このブログでも何度か書きましたがそういう姿勢には本当に感心します。
 あわせて近況も伝えてきました。ヘイドン・ホワイトは相変わらず元気で10月にはソフィアでぺーパーを読むようです。ローゼンストーンはスペインの会でkeynote speaker をしたとのことです。またまだここで具体的に名前を挙げる段階ではありませんが、何人かの人たちが来日の用意を伝えてきました。問題は費用と、それ以上に中身ですが、そのあたりを夏の間につめていくつもりです。
 ということで来週はパソコンがホテルで動けばヨーロッパからの報告となります。実を言うとWHAの前後から閲覧者の数が少しづつですが最高数を毎週更新しているようです。読んでくれている人に役に立つようなことが書けたらと思います。
by pastandhistories | 2011-07-29 21:36 | Trackback | Comments(0)

錯覚

 以前アイデンティティの問題に関して自己(不)同一性ということを少し書きましたが、ある年齢に達するようになってから思うことは、自己意識の不思議さです。
 多くの人もそうだと思いますが、自分が若い時、ある一定以上の年齢の人を見ると、自分とは異なった存在、はやりの言葉を用いれば他者的な存在であって、自分とは異なる経年的な変化を経た異質の認識をしている存在だと基本的には考えていました。
 年をとって本当に不思議なことは、自己意識が若い時代と完全な継続性、さらには錯覚かもしれませんが見事なほどの同一性を持っているということです。自分としての存在感や、対象への認識の在り方は驚くほど変化していない。もちろん外貌は随分と変化しているわけですから、わかりやすくいうと「老人」という「ぬいぐるみ」をまとった、過去と同じ自分がいるというような感覚があるということです。
 「老人」の自己意識がそうしたものであることは、自分がそうした年齢に達するまでは思いもよらなかったことです。老人というのは、「老い」という表象の形式に対応した内容をもつ存在であると考えていたからです。
 外貌という「表象」はあくまでも記号ですが、その記号の理解には驚くほどの錯覚がある。その錯覚が若い時の自分にあったのか、それとも現在の自分のなかにあるのかは議論の分かれるところですが、客観的にはかなりの高齢にたっして最近よく考えるのはそうしたことです。
 今日はテーマの歴史の諸問題とは少し違って最近思うことを書いてみました。先週で仕事が終わり、昨日・今日は大学で残務の整理。明後日が出発なので今日はこれからあちこちへメールを入れます。
by pastandhistories | 2011-07-27 16:15 | Trackback | Comments(0)

non-placeと虚構の意味

 昨日の研究会で春学期の仕事はほぼ終わりました。例によって休み前の書類作成・提出という仕事がいくつか残っていますが、それは来週初めに片付けます。
 昨日の会は、自画自賛となりますが、充実したものでした。ブラッドリーさんの報告は、ドゥルーズ、ヴィリリオ、マルク・オジェなどの議論をもちいて、大規模な人々の移動、ヴァーチュアルな情報の瞬時的伝達がもたらされている現在の世界では、かつて人々のアイデンティティを形成する一つの要素を形成していた定住性やlocalityが失われ、人々が共同性を持つことなく行き交う場であるnon placeとも呼ぶべき場が形成されていることを説明しました。共同性を喪失したそうした場にあっては、記憶は成立しえても、歴史は成立しうるのだろうかということを、会のテーマであるトランスナショナルカルチュラルヒストリー、歴史と映画という問題に絡めた議論として提起してくれて、その前提的な議論とともに、問題提起として参考になりました。
 與那覇潤さんは『帝国の残影』をふまえて、その中に書かれたこと、書ききれなかったことを非常に整理されたかたちで説明しました。この本には各種新聞などに多くの書評が書かれています。『週間読書人』(苅部直)、『映画芸術』(上島春彦)、『朝日新聞(Asahi com)』(中島岳志)、『北海道新聞』(保坂正康)、『中日新聞』(鈴木義昭)、『北日本新聞』(岡崎武志)などです。視点は様々ですが、いずれも整理されたもので参考になります。ただ純粋な歴史研究者によるものがまだないのが残念です。
 また與那覇さんの報告をめぐっては、やはり戦後の捉え方が問題になりました。一つの議論は、小津が実体験とはかなり異なる虚構を作りた続けたように、戦後の虚構の意味を考察していく(あるいは評価していく)べきではというものでした。昨日はそこまでは議論になりませんでしたが、この問題は「戦後の擬制を批判した」吉本隆明と、「虚構であるがゆえに信じる」とした丸山真男の議論の分かれ目であったわけで、また虚構としての「ナショナリズム」が結局は擬制としての「戦後民主主義」を1970年以降いとも簡単に葬り去ってしまったことをふまえて、考えていかなければならない問題のような気がします。
 なおこの「トランスナショナルカルチュラルヒストリーの今後」というプロジェクトに関しては、秋以降の枠組みがほぼ固まり始めました。夏に少し打ち合わせをした上で、海外からの招聘セミナーを一つ、他に国内研究者を中心とした公開の会を二つほど行う予定です。
by pastandhistories | 2011-07-24 11:01 | Trackback | Comments(0)

自己の発見

 自分がプロジェクトを立ち上げて最初にセミナーで講師をつとめてもらった人が社会学者の片桐雅隆さんです。ということで、片桐さんの著作についてはこのブログで以前一度取り上げた記憶があります。片桐さんの一連の著作、とくに『自己と「語り」の社会学』(2000年)、『過去と記憶の社会学』(2003年)、『認知社会学の構想』(2006年)などが歴史研究者にとって参考になるのは、歴史を認識する側、つまり現代社会における個人の社会的なあり方が社会学の研究の流れの中からバランスよく説明されていて、歴史や記憶が存在していることの構造的要因が的確に説明されていることです。
 今年(2011年)になってから出された『自己の発見-社会学史のフロンティア』という本もこうした研究の流れにある本で、歴史認識の主体とそれを取り巻くコンテクストが社会学の中ではどのようなかたちで議論されているのがということが説明されています。今回の本は主題としていることがやや異なることもあって、過去認識の問題がそれほど直接的に議論されているわけではありませんが、これまでも力点がおかれていたシンボリック相互行為論やバーガーなどの構築主義的な議論に加えて、大きな物語が喪失され、共同体(的意識)のあり方もまた変容していくなかで、どのような自己意識が形成されるようになったということが、とくにギデンズやベックの再帰性自己論などを丁寧に紹介することを通じて論じられています。
 「社会史」の一つの要素として「社会学的な歴史(社会学の成果をふまえた歴史)」ということが論じられるようになってから大分経ちます。しかし、その多くは認識対象としての過去への技術的アプローチを補佐するものとして社会学的方法や視点を取りいれるもので、歴史の認識主体の問題、つまり現在の人々がどのようなコンテクストの中で生きていて、そのことが現在における過去認識のあり方をどのように規定しているのかという問題は意外と看過されてきたような気がします。認識主体を自省的に理解していくことは、歴史の問題を考察するもっとも基本的な要素のはずなのですが。
by pastandhistories | 2011-07-21 09:38 | Trackback | Comments(0)

グローバルなプラクティカリティ

 海外への出張ということで、ホテルから毎日会議の内容を伝えるようにしたところ、先週はかなりのアクセスがありました。統計を取っているわけではないのでわかりませんが、今までの最高に近い数ではと思います。アクセスが増えた時はいつも書いていますが、このブログは最初から読んだほうがわかりやすいのではと思います。
 ということで普段は読み直しませんが、昨日自分も最初から読み直してみました。正確に言うと読み直そうとしたのですが、途中でやめました。合計すると190本、かなりの量でとても読みきれません。そのうち半分が国際歴史学会議の前後の3ヶ月に毎日書いたもの、残りの半分はその後の9ヶ月で書いたものです。
 全部読み直したわけではありませんが、書いてきたことには自分では納得しています。題名にも示されているように、基本的なテーマは「過去認識」はすべての人がそれぞれのかたちで持っているものであって、歴史研究者の役割というのは、そうした様々な過去認識をサポートすることであって、過去への認識を歴史として統一したり、強制することではないということです。
 もちろん歴史研究者もある「場」に拘束された存在です。その「場」が求めるプラクティカルなものと常に関わりをもっています。歴史がナショナライズされてきたのもそのためです。多くの人が現在はグローバリゼーションが進行する「場」であるといいます。しかし、グローバルな「場」のプラクティカリティとはどのようなものなのか。歴史研究者はそうしたことをどのように考えるべきなのか、そうしたことがこのブログの基本的な問題意識です。
 今年はいつもより早く22日に大学が終わります。ということで23日に以下のような研究会をします。
 公開セミナー「文化と歴史」      
主催 東洋大学人間科学総合研究所研究所プロジェクト「トランスナショナルカルチュラルヒストリーの今後」日時 7月23日(土) 13時半~17時、場所 東洋大学3号館2階第2会議室、
報告、ジョフ・ブラッドリー(東洋大学)Toward a transnational cultural history of the non-place、與那覇潤(愛知県立大学)試みとしての歴史-小津安二郎作品との対話、司会 渡辺賢一郎(東洋大学)
 その後はやっと仕事ができそうです。7月末から8月9日まで今度はヨーロッパに行きます。ホテルでパソコンが動けばですが、そこからまた会の内容などを書くつもりです。
by pastandhistories | 2011-07-17 09:25 | Trackback | Comments(0)

学問的世界とそのオーディアンス

中国ではこのブログは書き込むことはできても読むことはできない、という不思議な経験をしました。ということで、見直すことができず、読み直してみると長すぎますし、また文章もおかしいようで、そのあたりは時間をみて修正するようにします。
 今日は書きそびれたことを書き加えると、大会では最後にジャパノロジーの会に出ました。最後なので終わってから食事の相手でも探そうと思ったからです。ジャパノロジー関連のものは、他にもありましたし、日本を対象とする比較史も日本人(あるいは在日)研究者を中心としたものがありましたが、時間の関係でそれらには出られず、最後の日が初めてとなりました。
 参加者は残念ながら10人程度、日本からは自分だけ。アメリカの大学に籍を置く人と、日本の大学に籍を置く人がそれぞれアヘン戦争以降の対外認識を佐久間象山を中心に、浮世絵に示された伝統と近代の混在といいうことを画像分析を中心に、説明しました。それなりに安定した報告で、かなりジャパノロジーの実証レベルが上がっていることが理解できました。しかし、後者については画像はテキストなのだから、オーディアンス分析を含めた画像空間についての実際的な追及がなくてテキスト分析だけで終わるのは不十分だ、という厳しい批判が出ました。図像はかなり明示的ですから、その分析をすれば、ある時期以降の作品には、あらゆる場所で描かれたあらゆる作品には、近代と伝統がある意味では常に混在しているといえます。ただそれだけを論じたのでは、評論のレベルになってしまうわけで、そのあたりの説明が不十分であったと自分も思いました。
 この最後の会に関して思ったことは、海外でジャパノロジーの発表を聞くといつも思うことですが、研究のオーディエンスということです。今回の発表は一応「国際学会」という場とはなっていますが、そのオーディアンスはイングリッシュ・スピーキング・ワールドです。日本語はかなりの能力があるようですが、日本人研究者によって構成された場に日本語で発表された場合、そのそもどの程度の評価にあるのかは微妙です。しかし、このことは膨大に行われてきた日本における外国研究についても逆に当てはまることです。そうした研究が外国(本国?)のオーディアンス(研究者集団)にどれほど受け入れられるのかという問題です。
 今回の場合、発表者の一人は日本の大学に籍を置いています。この人と限らず、英語教師などとして日本の大学に籍を置く歴史研究者はこの間急速に増加しています。しかし、今回がそうであるように、その発表はイングリッシュスピーキングワールドの中で行われていて、例外的な人を除けは、研究者という同じ次元の世界でアクセプトされてはいません。教員や研究者としての地位があるかたちで保全されているのでその必要がないからです。
 実は彼ら以上に日本の外国史研究者は例外的な人を除けば、研究者という同じ次元の世界でアクセプトされているわけではありません。同じようにそれでも教員や研究者としての地位が「日本の大学」と「日本の学界」で保全されているからです。 
 このことは実は外国史研究者だけの問題ではありません。本当は「日本人」をオーディアンスとした歴史を構築し続けてきた「日本史」研究者についてもいえることなはずです。歴史研究の中にはそうした重要な問題があるということに、そろそろ自覚的にならなければいけない時期だと思います。
by pastandhistories | 2011-07-12 22:20 | Trackback | Comments(0)

World History, Globalization, and World Systems

 今日帰ります。昨日は最終日で日程が少し楽になっていて、二つのセッションに出ました。最初に出たのは、World History, Globalization, and World Systemsという会。これが最終日に開催されたこともそうした意味があるのだと思いますが、この会議を象徴するようなセッションでした。
 なぜかというと、このタイトルに用いられている言葉同士の関係が今ひとつ大会全体として整理されていない、そのために議論がまとまらない部分が少なくなかったからです。このセッションもまたそうした要素が強く、また発言者が4人と多い上に、交通整理として司会とは別にディスカッサントまで用意されていて絶対的な時間も不足していたためにそのことにますます拍車がかかりました。報告は4つ、最初はS.Frey(テネシー大学)がグローバリゼーションにコンピューターが大きな役割を果たしたことを前提に、それに関連する廃棄物が環境汚染を引き起こしていることを指摘しました。要するに物事には功罪があるという話なのですが、歴史研究の話としては、だから(?)という感じが少なからずありました。これに対してE.Vanhaute(Ghent大学)の報告は歴史研究らしい話で、16世紀以降の農民社会のグローバリゼーションへの対応を比較と相互関係という形で論じようとしたものです。プロジェクトとして行われれているものの概要ということのようでしたが、このテーマを説明するには時間が不足していて、アウトラインの説明にとどまりました。A.Korotayev(Russian State University)の報告は司会のGrininが補佐。タイトルはThe World History and World-System: Globalization in Retrospective・・・というもので、このセッションを象徴するようもの。ようするにJournal of Globalization Studies という雑誌を2010年から刊行し始め、その創立編集者になっている人たちのようです。そうした雑誌をいまどき別個に発行してはいけないというルールはありませんが、しかそのためにはきちんとした問題設定が必要、残念ながらそのあたりのことに魅力を感じさせるような報告ではありませんでした。
 50人以上が集まっていてポメランツなどもいたにもかかわらずやや期待はずれのセッションでしたが、一気に会場をまとめたのが最後のAdam Mackeown(コロンビア大学)の議論。World Historical Narratives and the Units of Historyというタイトルのもので自分の関心とも一致していて期待していたのですが、十分に説得力のあるものでした。要するに歴史認識のユニットは地域的な時代的なものを含めて歴史的にも、グローバリぜーションの進行のなかでも多様なものとして存在していて、多様なNARRATIVESを作り出してきているということをふまえて、そのそれぞれの間でのdebates の必要だということを論じたものです。パフォーマンスや論理的構成に研究者としての力量を感じさせるもので、国際会議での発表にふさわしいものでした。
 
by pastandhistories | 2011-07-11 06:34 | Trackback | Comments(0)

通常科学・パラダイム転換

 昨日もいくつかのセッションに参加。なるべく発表の機会を与えるということらしく、いちどきに15~17ものセッションがあって、それぞれに報告者が3人、時間が1時間半ということで、質疑にはほとんど時間が取れない。アムステルダムの自分のラウンドテーブルは休みなしの3時間で発表者が4人、恵まれていたと改めて感じました。
 当然セッション自体にも、発表内容にも差があるようですが、Borders and Encounters: Ways of Dealing with "Others", British Representation of Asia 1780~1830, Big History Across Boundaries, という三つに参加してみました。
 最初のものは参加者は10人いなかったのですが内容は面白いものでした。J.R.Chapez(南メソディスト大学)がまず国境は帝国の拡大によって変化した(同時にそれを制限するものでもあった)と定義、そうした国境の変化によって生じた移住(移住しなくても)による新しい政治的、経済的、文化的枠組みへの同化(と抵抗)を説明しました。アイルランド、クルド、そしてメキシコなど幅広い事例を取り上げましたが、彼は多分メキシコ系の人のようで、その立場からターナーのフロンティア理論を批判しました(支配されるようになった側からboundariesの解体ということです)。Tropp(ミドルベリコレッジ)のものは1940年代から1950年代にかけて居留地に対して行われた人類学的な調査が、他の地域、たとえば南アフリカ、インドやメキシコに対する対外的な政策に応用されたということを指摘したもので、主としてコーネル大学による調査を実例としてあげました。人文科学の応用例として、もっと議論を拡大すれば帝国国家内での科学的な学問が、支配者される側を「実験室的な観察の対象」として、その成果を対外政策に応用するといった内容を持つものであることを指摘したという点で、興味深いものでした。もうひとつの報告もインディアンの同化(あるいは少数者化)に触れたものでした。
 次のセッションは自分の専門にも近いので参加してみました。さすがに近代イギリス史が対象ですから、発表は史料にそくした事例研究。孫文大学の林という人がロバート・モリソンについて、アルヴァーノコレッジのイーストバーグという人がG.T.スタウントンについて説明しましたが、こうした基本的なテーマを20分で説明するのは難しく、経歴とある意味では常識的な史料の部分的紹介で時間切れという感じ。これに対して最初に報告したカーンとシューラー(ともにカリフォルニア州立大学)の報告はやや理論的で、基本的にはイギリスにおけるインドの表象のされ方の資料集(9月に出るようです)についての説明でしたが、オリエンタリズム論にある二分法的な議論の一面性を批判し、ホーミ・バーバの主張を借りて表象の複雑性や、cross cultural encounter にあった肯定性をも指摘したものでした。多分本の序文として書かれたものの骨子だと思うので、読むとよいかもしれません。
 最後に参加したものは、今回何回かすでに顔を合わせましたがロシア科学アカデミーのオリエンタル研究所のNanzaretyanという人物が司会。組織者でもあるのでしょうが、個性的な雰囲気の人でその意味ではどうしてこのメンバーで構成されたのかも不思議なセッションでしたが、内容はまあまあ。ここでも昨日紹介したのと同じに南メイン大学の化学専攻の院生(D.Stasco)が、プラトン・アルストテレス以来の科学史の基本的論争をふまえて歴史研究の科学性を説明しました。要するにすべての仮説が否定されて来たというのが科学の発展の流れで、その意味では真実は相対的だが、working theory はno theoryよりよいという話なのですが、パフォーマンスが本当に上手でそのあたりの能力は理科系の若い人はかなり訓練されつつあるようです。ここでは同じ大学の院生の女性がinformation sharing という語が副題に含まれた報告をして、自分の関心と重なるので期待したのですが、情報の共有化はアクセス・技術の発展と関連しているということを述べただけで、やや力不足でした。もうひとつはConflicting Meanings of Globalizationという報告。 オハイオ州立大学のJ.R.Findleyという人のもので、なぜか赤い蝶ネクタイ。服装で決め付けてはいけないでしょうか、内容にはあまり期待できないような雰囲気でしたが、話し始めてみるとグローバリゼーション論の整理としてはかなりうまくまとまったものでした。結論はとりわけネットの普及によって情報の瞬時化、過剰化が生じ、かつそうした情報のvalue neutralityが生じて、(情報)消費の民主化が生じているという話でした。彼には申し訳ないのですが一見普通に見える人でもある程度まとまった議論ができるということは、グローバリゼーション論がこの間かなり整理されたものになっていることの反映だと思いました。
 二日目を過ぎて言えることは、どんな学会もそうですが、通常科学的なものとパラダイム転換を目指すものが混在しているということです。
 
by pastandhistories | 2011-07-10 07:26 | Trackback | Comments(0)

国際化

 今回参加しているWHA(World History Association)は、基本的にはアメリカなどの大学の一般教育でWorld History を担当している人の集まりというところがあって、日本でいうと歴教協に似た部分があります。大学の教員の集まりということもあって、teaching method も議論しているようですが、同時にworld history のなかの様々な問題を、歴史研究者的な視点から論じています。big history は、world historyは教育科目なのでそれをもう少し包括的に学問化しようというう試みだともいえます。この中心はフレッド・スピアー(アムステルダム大学)で、来年新らしい学会を発足させる計画のようですが、彼がと言うわけではなく、全体としてそうした大きなテーマを扱うには、研究者の力量が対応していないというのが正直なところかも知れません。
 日本からは近いということもあって、当初予想していたより多くの人が参加しているようで、個々の名前は控えますが、日本では普段会わないのにここに来て会った人もいました。関西のグローバルヒストリーの人たちはかなりまとまって参加していて、いくつかのセッションを中心的に構成しています。他に目立ったのは、アメリカの大学に在籍している人や、いわゆる大学の国際化に対応した、国際○×学部、学科、研究所、センターに所属している人たちと、日本の大学に所属している外国出身の日本研究者です。いずれも普段英語で授業をしたりしている人や、ネイティヴスピーカーなわけですから、国際会議での英語での発表には困らないということです。
 このことと関連して最近よく思うことは、そうした国際的な発表能力のある研究者の国内での相互協力という問題です。最近では本当に多くのネイティヴスピーカーが日本の大学に籍をおいて日本関連の研究をしています。しかし、そうしたものが統合される場がない、あるいは日本の研究者との間の本当の意味でもまとまった協力関係や議論はほとんどありません。その意味では彼らの能力が、教育ではともかく、研究では本当に意味では活用されていない。同時に国内の大学に籍をおく研究者にしても、外国の大学に籍を置く研究者にしても、これも正直に言えばそこで行われる英語での発表がバラバラなものになっていて、それほど発展的なのとはなっていないという問題です。
 あまり好きな考え方ではありませんが、このあたりはやや交通整理が必要かも知れません。研究者や大学のあり方が変化しつつあるのは望ましいことなのですが、それによって変な意味でのダブルスタンダードが出てきている部分があるのは残念です。思考の多様性とか評価の相対性というのはそれ自体としては否定する必要はありませんが、同時にimagined universal standard というようなものを自己の中に設定して、どのような場にあっても通用する議論を目指すのが国際化ということの本当の意味であるような気がします。もちろんその場というのは、日本でもEuro-centricな場でもありません。
by pastandhistories | 2011-07-09 07:03 | Trackback | Comments(0)

Big History

 ホテルではgoogleやfacebookがうまく動きません。なぜかこのブログも書くことはできるけど、読むことはできないという不思議な状態で、これが本当に日本で読まれているのかはよくわかりません。
 WHAの学会の方は今日から本格的に始まってまずは基調講演から。マクニ-ルやウォーラーステインを中国語に訳したLIEX Xincheng北京師範大学学長が話をしたのですが、同時通訳のイヤフォーンを借りそびれ内容はまったくわからずじまい、いわゆる文革の後に大学が再開された最初の学年の世代のようで、いい意味でも悪い意味でも中国の歴史学に大きな影響のある世代の人のようです。
 その後は午前午後で合わせて三つのセッション。最初はChanging Perspectives of World History Across TIme and Spaceというセッション。今回もそうしたものが少なくないようですが、同一の大学(ジョージアのケネソー大学)の同僚が組織して応募したもの、大学の発表会的なところがあって、せっかくの学会でそうした組織形態がよいのかという部分がありますが、内容はグローバリゼーションをキリスト教を事例にして、同質化と方向と個々の地域による異質性があったという報告、この報告はマクドナル化を最初に類似的事例として提示したように、ある意味では常識的なものでした。もう一人は日本で育って大学からアメリカという経歴のレーソル・アサコという人によるもので、内村鑑三、岡倉天心、幸徳秋水の西洋と東洋の比較の枠組みについて、最後はアメリカでワールドヒストリーを教えている中国人研究者系による、教科書での中国の扱われ方というもでした。
 次に参加したのは、Big History and Theory というセッション。いまや次の流行になりつつあるBig Historyのセッションが今度の大会では随分とありますがそのひとつです。二番目に話したのがD.ブランクスでBig Historyへのポストモダニズム的な立場からの批判を展開しました。その意味では自分と共通するところがあるのですが、この種の議論は論争を自己目的化すると並列的になってしまうところがあって、その点が残念でした。三番目はB.ウッド。ブランクとは世代的に異なる立場から教育経験を借りてnarrativeの有用性を擁護しました。落ち着いた議論の仕方なのですが、彼の議論も批判的に言えば常識的なものにとどまっていました。この二人に対してびっくりさせられたのはコロタイエフ(RUSSIA STATE UNIVERSITY)のペーパー。なんとBig Historyのテーマとして、動物の生物学的変化と(人間の)社会的変化の同質性(と異質性)を論じるというまさにBIGな話です。要するに動物の種としての生物的な発展が組織化のあり方と作り出された環境と関係するように、人間の発展もマクロ的な変化と関係するという話なのですが、(social) aromorphosis という概念を用いてそれを説明するというもので、確かにそうしたこともいえそうですが、けっこう大胆な話でした。
 最後に参加したのは、Reexamining the Basic Theories of World History というセッション。ここで面白かったのは、Cameron GIBELYOU というミシガン大学の物理学専攻の院生のペーパー。まずは壮大な天体を見れば時間的には異なったものが同時に見ることができるというスケールの大きな話から始まり、自分が関連しているWorld History の授業は35人のゲストスピーカーがばらばらの話をする、つまりlinear narrativeではないとして、web modules という考え方を示しました。Big History にはBig History as Linear NarrativeとBig History as many branched stream(この説明として化学式を例にとりました)があるというのが彼の示したことです。これだけでは伝わりにくいでしょうが、パフォーマンス・説得力という点で本当に優れたもので感心しました。彼は教育の目的は、教えられた学生が、そのことを別の人に教えたくなることにあると話したのですが、この話も自戒させられることがありました。このセッションは結構国際的で、司会はオーストラリア、他の報告者はイタリアとカナダで、Maggioniがトインビー論、Bousquetがウォーラーステインとブローデルをめぐって、前者はトインビーの冷戦評価に力点をおいて論じました。後者に対しては、資本主義化とグローバリゼーションが最近では混乱しているのではという議論が出ましたが、それ以上は議論は進みませんでした。
 たまたまかもしれませんが、とにかくBig History 論が花盛りです。

 
by pastandhistories | 2011-07-08 23:14 | Trackback | Comments(0)

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