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コミュニケーションとしての歴史

 確認してみたらおととい書いたことはやはりデジャヴューではなく、去年の9月20日に「記号の事実化」として書いた文章の中にありました。どちらかを消してもかまわないのですが、このまま残しておきます。
 メールで送られてきたPihlainenの主張を少し紹介して来ましたが、歴史をコミュニカティヴなものとしてとらえる彼の主張の典型的な文章を紹介すると、それは
 With the introduction of epistemological uncertainity to historical representation the reader is thus drawn into responsibility; the author ( the historians hiding behind the veil of objectivity) is no longer sole authority but rather, authorship and responsibility are shared in the process of representation and interpretation. Authority is located in the communicative space opened by narrative. Further, the historical narrative - just as the literary one - creates a space that contains entailments for all participants - albeit that these entailments are quite different in different genres. Historical wiriting , then is - like literature - a matter of communication, not fact finding. It is about a process of understanding others, not about fact-finding. ('History in the world: Hayden White and the consumer of history')
というのものです。きわめてわかりやすい主張で、歴史を認識論的に不確実なものだとみなせば、客観性を根拠とした歴史家(書き手)の一方的な優位性は後退し、歴史を読者との相互性にもとづくコミュニカティヴとみなす視点が生じるという指摘です。つまり一面的な歴史を読者の立場から相対化することをとおして、歴史をより豊かなものとしようというのが、彼の(かつ彼のみたホワイトの)考え方です。最後の文章は誤解を生じるかも知れませんが、あえて引用しました。ここだけ読むと、事実を問題とはしないように思うかもしれませんが、歴史である以上書き手と読み手のコミュニケーションを成り立たせるものは、事実です。彼やホワイトが批判しているのは、歴史家たちが作り出してきた場は、何を事実としてきたのかということです。
by pastandhistories | 2011-10-26 15:22 | Trackback | Comments(0)

死者の声

 昨日書いたことには反論があると思うので、その反論を早めに書いておきます。
 予想される反論は、「殺人事件について加害者(実はそのことはまだ証明はされてはいませんが)の証言のみを採用するのは、被害者を無視したきわめて不公平な主張だ」というものです。加害者とされる側は証言する能力はあっても、被害者はそうした能力をすでに完全に喪失してしまっているわけですから、不公平が存在していることは確かです。歴史は証言できない、あるいは証拠を残さなかった死者の声に耳を傾けるべきだという主張は、そうしたことを根拠にしています。
 この主張は、実証に根拠をおいた事実に基づく歴史を主張する歴史家もまた意外なほど同意する主張です。証拠の欠落を倫理的な想像力で埋めることは、むしろ歴史認識の基本を構成していることだからです。あえて言えばそのことには問題はないのですが、問題はそうした想像がしばしば共同化されやすいという側面のあることです。
 たとえば「被害者の人権」という言葉が、加害者の証言を虚偽であるとすることへの同意を作り出す「共同的な意識」を作り出すために「利用」されていることは、毎日のメディアを見れば理解できることです。「死者の声」への同化が、ナショナリズムや政治的イデオロギーの統合性を支える歴史意識の重要な要素であり続けてきたことも、「歴史的事実」です。ロジックが、たとえば「加害者」と「被害者」というような善悪のははっきりした二元論に根拠を置くものであればあるほど、こうした共同性の構築は容易に行われます。
 証言や証拠とともに、倫理的な、あるいは美的な想像力が歴史認識の重要な要素となっていることは事実ですが、「近代」や「国家」、あるいは「学問」のなかでそれらどのようなかたちで取捨選択され、構築されているのかを考えていくべきだと、ポストモダニズム的な議論は指摘したわけです。
by pastandhistories | 2011-10-25 07:46 | Trackback | Comments(0)

only one witness

 疲れてくるとデジャヴューが起きることがあります。ブログも当初の予想以上に記事を書いたので、時々もう書いたことがあるのでは、と思うことがあります。今日の記事も以前に書いたことがあるかもしれません。
 結局はメディアの圧力に負けた前々大臣に対して、そのあとはリベラル派の法務大臣が続いているということで、死刑の執行が止まっています。メディアはおそらくそのことをまた問題にし始めるでしょうが、ネットには未執行死刑囚の声を集めたサイトがあります。すでにその数は100人を超えているわけですが、興味深いことはその半数近くが、無罪を主張しているか、していないまでも判決には重要な誤認があったと主張していることです。
 もちろん状況は個々の事例によって異なるとは思いますが、密室で行われたような殺人の場合は、事件の直接の目撃者は、被害者と犯人だけということになります。被害者は死亡しているわけですから、唯一の目撃者、すなわちオンリー・ワン・ウィットネスは加害者とされる人物だけです。その加害者が、自己の無実を主張した場合、つまりオンリー・ワン・ウイットネスが判決とは異なる主張をした場合、第三者である私たちは事件についての真実をどのようなものであるとしたらよいのでしょうか。事件を直接目撃したわけではない、「専門家」である裁判官の「証拠」と「証言」にもとづく判断と、彼らもまた事実を間接的なかたちでしか認識していないメディアの主張を、唯一の真実であるとして受容し、死刑の迅速な執行を支持すべきなのでしょうか。それともオンリー・ワン・ウイットネスの主張を受け入れるべきなのでしょうか。
 このように考えると、私たちの「事件」、つまり過去に起きた事柄にかんして、あることを「事実」とか「真実」であるとする判断の根拠は、個人の証言に根拠を置くものではなく、社会が「真実」として制度化しているものに置かれていることに気づきます。オンリー・ワン・ウイットネスの証言を信用して彼らの無罪放免に尽力してもよいのですが、多くの人はそうした行為は社会的な秩序の維持を困難にするものであるとして、専門的な手続きを経て確立されたとする「社会化」された真実を認証し、それにもとづく行為に暗黙の了解を与えています。
 しかし100人を超える死刑囚について、社会的に確立された事実と真実のすべてを、専門家の検証を受けたものであるとして全面的に受け入れることは、多くの冤罪事件が示しているように経験則として明らかに誤りですし、だからといって、個々の事例についてある件については判決は正しく、ある件についは誤っているということを、第三者に過ぎない個々の人々が判断していくこともまた不可能です。にもかかわらず、ある事件については冤罪の可能性が高いが、別の事件についてはオンリー・ワン・ウイットネスの主張は信用するに足らないという判断を私たちはすることがあります。
 その根拠はどのようなことに置かれているのでしょうか。この問題は歴史認識にとっても、おととい書いたオン・オフの問題とかかわる重要な問題です。
by pastandhistories | 2011-10-24 22:00 | Trackback | Comments(1)

narrativeと歴史

 昨日クリックミスで消してしまったPihlainenの議論に関することを、あらためて書きます。それは、歴史は「欠損のあるナラティヴ」(disturbed narrative)であるという指摘です。Pihlainenは歴史にhistorical textという言葉をあてやや包括的に論じていますが、この問題は(学問的)歴史と映像との関係を例にとるとさらに理解しやすいところがあります。
 学問的歴史が史料にもとづく事実性に根拠を置いているとすると、歴史映画はそれとはまったく乖離したものとなります。19世紀以前に関してはは動画的な映像史料などまったくないわけですし、画像的な資料もまたその正確性はきわめて疑わしいものです。最近ではしばしば指摘されるように、聖徳太子や源頼朝、足利尊氏はもちろんのこと、西郷隆盛ですら、肖像画が実物を正確に模写したものであるかは疑いがあります。またかろうじて何枚かの肖像画が残っている織田信長や豊臣秀吉についても、それは彼らの人生のうちのほんの一瞬をとらえたものでしかありません。少年期や青年期に彼らがどのような容貌をしていたのかを示す画像的な史料はありません。
 したがって映像で信長や秀吉の生涯を事実に忠実に描こうとすると、それを証明する史料がないわけですから、その顔は黒く塗りつぶされなければならないことになります。そればかりか登場人物のほとんどすべては塗りつぶされえ、同じように史料がないという意味で、音声も使用できず、背景の多くもまたぼやかされなければならないことになリます。さらに言えば、どう「動いた」のかという史料もありません。もちろん歴史映画はその意味では事実に忠実なものではありません。作り手の想像力が史料の欠損を補い、またそれに観客の想像力が同調していて、そうしたことを前提とした映画の手法があるからです。そうした手法に従うことが、もちろんそのことに問題は含まれていますが、映像をreality likeなものとします。
 歴史とナラテイヴの関係もそうしたものです。もし(学問的)歴史が事実にのみ忠実なものであるのなら、歴史記述のほとんどは、批判されることの多い「にあり」「とあり」論文的なものか、単なる史料集とその解題でなければならないということになってしまいます。もちろん多くの歴史研究者は学問的な業績として、さらには啓蒙的著述として、そうした歴史を記述しているわけであありません。ナラティヴの手法を借りて、歴史を記述しているわけです。
 しかし、史料に忠実であろうとする映画が、映画としてはきわめておおきな欠損を持つものであるように、歴史記述もまた本当に史料によって示される事実のみに忠実であろうとすれば、それが逆にreality likeではないという意味で、きわめて大きな欠損を持つものとなります。書き手と読み手のコミュニケーションを可能にするナラティヴの手法を歴史記述者が取り入れているのはそのためです。しかし、歴史のパラドクスは事実性に依拠しようすれば、それは「にあり」「とあり」論文のようにナラティヴとしては大きな欠損をもつものとなり、ナラティヴの手法を取り入れれば、想像的要素を多く含むものとなるということです。ナラティヴとして不十分なものは、映像についてもそうしたことが言えるように、realityを欠如させますから、読み手とのコミュニケーションを困難にします。ナラティヴを構成する様々な要素が歴史記述の中で重要な役割を果たしているのはそのためです。
 ナラティヴが自らをreality likeに見せかけている手法を(すべてのナラティヴが自らをreality likeに見せせかけているわけではありませんが)、歴史記述もまた採用しているということです。
by pastandhistories | 2011-10-23 11:18 | Trackback | Comments(1)

オンとオフ

 今日はPihlainenの主張に則して歴史と物語の関係について結構長い文章を書いていて、自分でもそれなりの問題提起ができたのではと思ったのですが、最後にクリックミスをして文章を全部消してしまいました。書いたことは頭に残っていてすぐに書き直してもよいのですが、せっかく書き終えたのにという疲労感もあってそうした気にはなりません。ということで、簡単なことを書きます。
 Pihlainenは読み手から見た歴史ということを論じていますが、これは講義などでもよく思うことです。学生に時々ホロコーストや南京虐殺事件の非存在論のことを話すことがあります。その時に例にあがるのは、Fという人物ということになります。学生時代は、「左翼」活動をしていて、南京虐殺事件の存在を信じていたが、「体制的」な立場にたった現在では存在してはいないという考えが正しいと思うようになったという話です。この人物にとっては、自己のイデオロギー的立場の変化にしたがって、「過去の事実」はあたかも電気のスイッチをオンにしたり、オフにしたりするように、自分の認識のなかに現れたり、消えたりしているということです。
 あたりまえの話なのですが、読み手から見た歴史というものにはそうした要素があります。ホロコーストや南京虐殺事件を学生がどう考えるかは、学生がスイッチをオンとするか、しないのかという問題です。そして南京虐殺事件に関しては、現在ではスイッチをオフとするという反応を示す学生が、決して少なくはないということが事実でしょう。理屈としては、彼らのスイッチをオンに入れさせるためには、実証的研究をとおして事件の事実性を明確にすればよいということなのですが、それだけで問題が片付くのなら問題自体が本来は起きていないはずです。
 もちろんこれは自己にとっての問題でもあります。ある事柄について、何を事実と認定して、何を事実として認定していないのか、そのオン・オフの基準は自分はどのようにして形成しているのかということには、考えていくべきかなり重要な問題があります。
by pastandhistories | 2011-10-22 13:32 | Trackback | Comments(0)

Kalle Pihlainen

 時間が少しできるようになったので、現在しているのは前回も書いたように海外からのメールへの返事書き。これも書きましたが、メールに送り手の書いた欧文の論文が添付されていることが増えてきたので、それを読んでから感想を添えて書かなければいけないので、結構大変な作業です。
 その相手の一人がこのブログでもその内容を少し紹介しましたが(8月22日だったと思います)オスロの国際文化史学会であったKalle Pihlainen(Turku University)です。それほど話をしたわけではないのですが、ディナーの時の席が近かったので、アムステルダムとアテネのペーパーを渡したら、9月に入ってからメールが来て、こちらのペーパーを読んでみて自分とsimilar background だと思ったとして、原稿を3点ほど添えてきました。この数年に書かれたもので、タイトルは'History in the world: Hayden White and the consumer of history' ,'On history and communication and constraint', 'Critical Historiography in the Entertainment Age'というもので、それぞれ、Rethinking History, Historein, Idea in Historyに掲載されたものです。
 最近は履歴に年齢はのせないことが多くなりましたので、正確な年齢はわかりませんが1995年に最初のMAをとっているようなので、会った時の印象からしても1970年前後の生まれと推定でき、いわゆる中堅的な研究者の部類に入る人ではと思います。 
 タイトルからもわかりますが、ヘイドン・ホワイトの議論に大きな影響を受けた人です。そのこととも関わりますが、理論的には歴史を歴史家からではなく、読み手(reader)から捉えるという視点を強調していて、そこから歴史をcommunicativeなものとして捉え、popularな場にある歴史を重視するという視点に立っています。実はこの夏に書いた自分の文章も歴史をaudienceから見ることを強調したものでしたが、そうしたことにも見られるように、確かに自分と共通したsimilar background を持っているようです。もっともこうしたバックグランドは現在の歴史論の大きな流れだということでしょう。
 ホワイトの捉え方としては、サルトルとの関連性が強調されていること、またホワイトの歴史論を歴史を否定するものではなく、歴史の立場に立つ歴史論であるとしているところにポイントがあります。この考え方もかなり自分と共通したところがあります。それからnarrativeとrealityの関係を媒介とした歴史と小説、あるいは映画との対比もかなり興味深い議論をしています。いずれも大事な問題なので、明日からは彼の議論を紹介しながら、そのあたりの問題を書いていきます。
by pastandhistories | 2011-10-21 10:36 | Trackback | Comments(0)

ステファン・バーガー

 やっと時間ができたので昨日は仕事部屋の片付け。理由は、学生時代に大学祭の事務局の仕事をして、その時に映画研究会が映画を製作したのですが、それが学生会館に放置されていて、建て替えの時に発見されたことがありました。大分劣化していたのをDVDで再生しました。その複製を頼まれて自分が預かっていたのですが、年末に当時の委員の会合があるようなので、それまでに再生しなければということで探しました。講演にきた安倍公房などが映っているという貴重品です。ついでに色々出てきましたが、それまで手をつけると時間が取られるので、今回は断念。いずれ時間をみて回顧にふけることにします。
 今日はメールの返事書き。そのためにステファン・バーガーから送られてきた2本の文章を読みはじめました。1本は来年ラトリッジからでるpopular national historyという論文集(タイトルは仮題)の序文、もう1本はFathers of national historiography(正式のタイトルはもう少し長くなります)という論文で次のStoria della Storiographia (59、60合併号)に掲載されます。実はステファンからのメールにもそう書いてありましたが、こちらがこの間に書いてきた原稿と多くの共通点があって、自分としては本当に面白く読めました。
 最初のものは、歴史と記憶をめぐるアルバクスやノラへの批判、ウィンターやアスマンの議論の紹介(記憶の台頭が歴史の影響を交代させたという議論)、コゼレックがunity of historyがアカデミックヒストリーの根拠となっていると指摘したけど、そうした統合性は現在では意味を失いつつあることなどに触れながら、ヴィジュアル、マテリアルなものによって構成されるpopular historyとnational historyの関連が論じられています。popular historyはもちろんナショナルな歴史と密接に関連するものであるけれど、その多様性によって、国家的な枠組みによって形成されたprofessional history よりも、むしろnational historyへの対抗的な要素もあるという議論も行われていて、個々の論文の中身とともに、この論文集は期待できそうです。
 もう1本は、要するに歴史研究者が歴史の系譜に自己を位置づけて、自分を正当化しているというのがタイトルの趣旨です。書き出しは、
 Historians always had father figures. They loved to reference their own self-understanding as historians vis-a-vis predecessors -- historians who were either old or dead and who are meant to authorise their contemporary 'scientific' and political positions. The historians as guardian of the past referred to past practice in order to legitimate his work in the present. 
 という文章で、このブログで書いてきたことともかなり共通しています。内容的にはnational histories の fathers たちがtransnational なものと一定の関係があったことが、ヨーロッパ諸国の具体的な歴史家たちを例にとって克明に論じられています。
 バーガーの文章を読んであらためて思ったのは、少し挑戦的に書くと日本の歴史研究にある空白。この空白を埋めるのは大変なことかもしれません。
by pastandhistories | 2011-10-15 22:06 | Trackback | Comments(0)

今日の日記

 10月も半ばですが、なかなかアップができません。しばらく書かないと、健康状態に関しての問い合わせが時々来ますが、健康状態は良くも悪くもありません。このブログの目的は、もともとは個人的な日誌ではなく、歴史理論について参考になることを提示することですが、原稿にすっかり追われて、きちんとした記事がかけなくなってしまいました。その原稿ですが、2本目がほぼ目処がつきました。倒叙法をとったら意外とまとまって、後は結論だけです。締め切りは年末なので、残りはゆっくり書いていきます。
 ということで今日はほっとしています。プロジェクトも大体予定がまとまりましたので、来週火曜日にメンバーでの打ち合わせをして、内容を固め、ポスターを作成します。
 今週は何人かの外国の研究者の人からメールが来ました。名前は挙げませんが、このブログを読んでくれているとのことです。アシストしてくれる人がいるとのことですが、日本語のものをわざわざ読んでくれているのはうれしいですね。またステファン・バーガーからもメールが来ました。アテネでの報告を送ってあったので、その丁寧な感想をくれて、さらに自分の新しい論文を添付してきました。これは便利ですが、未発表のものは、こちらからもコメントを送り返さなければいけないことがあると、けっこう大変です。ネットで研究者同士の意見の交換がこれまでとは比較にならないほど盛んになっているわけですが、そうしたことに対応していく能力がこれからの研究者には必要だということでしょう。年齢的に自分にはしんどいですね。バーガーはマンチェスター大学からルールのボ-フム大学に移ったようです。その連絡もかねたメールでした。
 ひとつ仕事が終わっても、また次の仕事ということで、準備しなければならない原稿がいくつかありますが、久しぶりに本を読んだりメモを見直す時間ができそうです。
by pastandhistories | 2011-10-13 14:44 | Trackback | Comments(0)

秋の予定

 授業開始と同時に会議と書類、かなり忙しくなって内容的なことを書く準備がなかなかありません。昨日は高校での出張模擬授業、その準備をしていたら以前別のところで「記憶と歴史」というタイトルでおこなった時の文章が出てきたので、これをアップしようとしたのですが、原稿はあるのですが、デジタル化したものが見つけられません。もう少し探してみます。
 9月は原稿に集中していてこちらからメールを出すことはほとんどしませんでしたが、この間は秋からのプロジェクト日程を定めなければならないので、いろいろメールして大体の予定を作りました。まだ場所は予約していませんが、日程は11月19日と12月10日の予定。11月が「歴史と教育」、12月は「戦後史学」というテーマを中心に行うことが大体固まりました。講師などもほぼ了解してもらい内定しましたが、もう少し詰めてからポスターなどを作製していく予定です。外国人招聘のほうは、準備がやや遅れていて、年明けになるかもしれませんが、人選はそれなりに進行しています。
 原稿の方は最後のつなぎの部分がどうしてもうまくいかないので、思い切って結論を最初に出すという倒叙法で書き直そうと思い、メモを作り直しました。コロンボスタイルです。こちらのほうがわかりやすそうなので、明日それで書き直してみるつもりです。
 先週は久しぶりに授業をしたらそれに合わせるような猛烈な腸炎、新学期早々登校拒否症状が出てしまいました、予定されていた今週分の授業が終わったとたんに体調回復。こんなことを繰り返しながら、今学期も進んでいくでしょう。
 それから追加すると、12月4日に世界史研究会(立正大学西洋史研究会を継承したもの)のシンポで報告することになりました。タイトルは「歴史のハイアラーキー:近代の知の秩序」というちょっとオーバーなものです。詳しくは会のホームページを見てください。 
 
by pastandhistories | 2011-10-07 22:42 | Trackback | Comments(0)

夏休みの終わり

 9月は原稿書きに追われて、ブログできちんとした記事はほとんど書けませんでした。例年より長かった夏休みも終わり、明日から授業。ということで、今日はこれから原稿の残りを書きます。といっても一日3行書いたら続けていくエネルギーがなくなってしまうというウルトラマン状態。結論の構想はあるのですが、その前の部分がどうしても書けません。原稿はその部分が一番大事なわけで、そこがうまく書けないと結論に進めません。今日もどうなるかはわかりません。
 ということでブログを新しく書く余裕がなく、前回は講演の要旨をアップしました。これは原稿に集中していたので、前日に一日で書き上げたもの。原稿を書くのは遅いのに、なぜこちらがそんなに早く書けたのかというと下書きがあったから。それは「画像・映像と歴史」という文章です。これは6年前に同じ内容にセミナーをした時に、それに合わせて書き上げ会場に配布したもの、その後紀要に掲載しました。自分にとってはその後書いてきたことや、ローゼンストーン、ホワイトなどを招聘するきっかけとなったものです。今日はそれを記事として掲載しようと思ったのですが、長すぎて不可でした。この原稿はもう現物がないのですが、関心がある人には連絡してもらえればメールで添付します。
 結局夏休みはこんな感じ終わりです。悪いことは重なるもので、先週はデスクトップとノートのパソコン計2台がオシャカ。デスクトップは仕事机の上のものでNECのMATEのフロッピー内蔵型、秋葉原で2万円で買ったもの、ノートはSOTECで、基本的にはメールと同居人の韓流視聴用にもっぱら使用していたもの、いずれもマザーボードがやられました。幸いにして前者は予兆がありバックアップをしていたので、大事にはいたりませんでしたが、秋葉原に行く時間はないので近所で同型のものを今度は3万円で買いました。さらには久しぶりに職場にいった帰りに自転車の鍵を紛失、予備の自転車も以前に鍵を紛失し、駐輪所から引きずって持ち帰った時に摩擦熱でタイヤのチューブ自体が破裂していたので、2台並べてそれぞれのタイヤ交換。変速機つきの上に、片方は半年以上放置していたのでチェーンが完全に錆ついていて悪戦苦闘、それでも2台を使用可能に修理。久しぶりの機械いじりはいい気分転換になりました。
 なにか日常的な話になってしまいましたが、これも夏休みの終わりということで部屋を整理したら、ノート作成が途中で中断している読みかけの洋書がなんと9冊、歴史理論のメモが段ボール1箱、いったいどう処理していけばよいのかわかりません。とにかく今の原稿が終われば、そうしたものの整理のしがてら、このブログも書いていく予定ではいるのですが。
by pastandhistories | 2011-10-02 09:14 | Trackback | Comments(0)

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