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茶色の意味

 今日は学校に来ています。転部科入試、受験生はたった一人ですが10時から1時半頃まで。もっとも図書館が今年は今日の1時までなので、その合間をぬって調べ物をします。
 大学では3年生の就職シーズンが始まり、茶髪の学生が髪の毛の色を戻しました。でもこの「茶髪」という表現は変ですね、実際は「金色」に近い色に染めているわけですから。「金髪」となぜ言わないのでしょうか。多分「日本人」がいくら「金色」に染めても、それを「茶髪」といつの間にかメディアでは呼ぶようになったということでしょう。本物とは違うよ、というある種の差別的表現なのかもしれません。
 色の表現といえば、イギリスにいた時、blue eyes とbrown eyes の人たちが二手に分かれてどちらがよいかというディスカッション番組を放映していたのを見たことがあります。英語ではblack eyes という表現はもちろん使用しないわけではありませんが、日本語でいう黒目は「青い目」に対して「茶色な目」と呼ばれるようです。この目の色の「茶」と髪の毛の色の「茶」は同じ語彙でも全く異なった色の種類を示しています。意味は社会的コンテクストのなかで差異をとおして構築されているということです。言語論的な議論はこうしたことを指摘したわけです。
 多分これからの西洋史研究でさらに問題とされていくことは、「茶髪」と呼ばれるような西洋史研究なのか、それとも「金髪」と呼ぶことのできる西洋史研究なのかということなのでしょう。しかし、実際には金髪に染めても、つねにそれは「茶髪」と呼ばれる、そうした構造が日本の西洋史研究にはあります。「茶髪」の学生をしばしば嫌悪する教員の研究がしばしば「茶髪」的なものであるとしたら、それはアイロニカルなことです。
by pastandhistories | 2011-12-24 09:31 | Trackback | Comments(0)

subjectivity, emotions

年末締め切りの原稿の本文は送ったのですが、注付けを残してしまい今日はその作業をしました。12月が忙しくこのブログを書く、というよりテーマとなるようなことを考える時間はあまりありませんでした。昨年のことを確認したら、昨年も12月は26日までは3回しか書かず、それから連日書いていたという記録になっています。
 このブログは去年サンディエゴのアメリカ歴史学学会に行ったときにホテルで書き始めたものです。といってもその後は中断していて、アムステルダムの国際歴史学会議に行く前にイギリスに滞在していた時に再開しました。今年もアメリカ歴史学学会にはいきます。1月5日からシカゴで、何人かの知り合いもできたので、それなりに時間を過ごせると思います。
 海外の学会といえば、スペインのグラナダ大学の人からこんな連絡が来ました。内容を紹介すると、
Over the last decades the research agenda in contemporary history has been expanded, mostly in relation to the question of how to write history. Furthermore, culture as the universe of meanings that human beings use to make sense of their lives, has become an essential territory from which to explore human agency. As a result, new themes have emerged in our research agenda, including the history of subjectivity, the construction of gender, national, sexual and class identities, the history of the body, or memory as a powerful mean to re-signify the past. The history of emotions has also emerged as a topic to explore when analyzing other matter in history.
というのが集まりの趣旨です。emotionsはともかくとして、「主観性」というのは自分の現在のテーマですので、少し魅力的ですが基本的にはスペイン語での開催。ということでしたが、さっそく連絡を受けた側からクレイムが出て英語の発表も認めてほしいという要求、主催者もそれを認めたようです。少し気になる会合です。あるメーリング・リストをとおしてこうした会合の連絡はほぼ伝えられていて、この連絡網はかなり役に立ちます。
by pastandhistories | 2011-12-23 20:51 | Trackback | Comments(0)

偶然発見されたフィルム

 昨日は学生時代の知人たちとの会食。この時期は本当に色々な会合が重なりますが、それを優先しました。このメンバーは基本的には年末に集まっていて、学友会・大学祭の委員会メンバーで構成されたもの。今はどういう組織形態をとっているかはわかりませんが、当時は学友会は理事9人で運営され、文系サークル代表が3人、運動系サークルが3人、そしてクラス代表者の選挙によって構成される3人の計9人で構成されていました。サークル代表の理事は歴史学研究会と社会科学研究会、通称歴研、社研の代表から選出されることが多かったのが時代を反映しています。
 秋に行う大学祭の委員会は基本的にはこの理事(半年毎に選挙があり6月・12月改選なので、6月に前期理事として選出された理事)に加えて、自治会の常任委員会から1~2人、それと公募制の委員によって構成されていました。自分は自治会選出というかたちで参加して役割としては新撰組でいえば土方歳三みたいなことを担当しました(名称は事務局長ですが、仕事の内容はプログラム作成などの雑務と調整が主です)。その4年間ほどのメンバーの集まり。その後の足取りは官僚・ジャーナリストから安田組まで、1968年度卒から数年後までの卒業生によって構成されているので、参加しているメンバーのほぼ3分の一ほどは全共闘運動の前の卒業生で、残りはいわゆる闘争時代となります。
 しばらく参加していませんでしたが、昨日参加したのはあるDVDをメンバーに手渡すため。これは1965年当時の大学祭の内容を撮影したもの。当時の映画研究会から大学祭の映画を作成したいという企画の申請があり、富士フィルムがスポンサーとして協力してくれて作成した20分ほどのフィルムです。
 完成後委員会に送られてきていたのですが、学生組織の常として執行部がどんどん入れ替わるのでいつの間にか忘れ去られ、学生会館の建て替え・引っ越しの際に偶然40年ぶりに発見されました。フィルムが相当に劣化していましたが、それが新聞会に引き渡され、修復が行われ、DVD化されました。当時の役職からそれを自分が保管していて、そのコピーをメンバー分作成して昨日手渡しました。
 コピーを作成するにあたって、動作点検をかねて内容を何度か見直しました。作成意図はともかくとして(漠然たる記録映画というより、いかにも映画青年による作品という形式になっています)現在では歴史的資料ですから結構面白いですね。当時の学生や大学の風景がわかります。委員会の企画の中心は戦争批判(この時の委員会アピールは「平和観念の死滅を救え」というものでした)、そうした討論会の内容をはじめ、当時大学祭でよく行われていた総長講演、さらには安部公房・佐藤忠男さんなどのディスカッションの映像もあります。
 しかしなんといっても興味深いのは、それぞれの企画に参加している学生の姿。随分と多様で、そこには学生時代に自分が見ていたものとは異なる多くの世界があります。多様な世界を映しだせるという映像の特性です。さらには間接的に映し出されている学生の風俗、学生服からアイビールックまで。この時代がちょうど過渡期であったということもよくわかります。
 デモというかたちで一つのかたちに集団化された映像は今でも時々流されていますが、当時の学生全体の多様な雰囲気がわかるという点で貴重な資料といえます。こじつければ、運動史とは異なる社会史的な資料が偶然発見されたというのは、時代の流れを反映しているのかもしれません。まだ少しコピーがあるので、入手を希望する人は連絡してください。
by pastandhistories | 2011-12-18 06:55 | Trackback | Comments(0)

大きな反響

 今日は少し時間があったので、20日が締め切りだった原稿に手を入れてまずは本文だけを送りました。自分ではそれなりに問題を提起したつもりですので、採用されてほしいのですが。採用されれば来年5月に出る予定です。もう一つはいちおう掲載が決まり、これは来年3月に出る予定です。
 ということで夜はメールの整理をしました。主として10日に参加できなかった知人宛て。それにしても10日の会への反響には驚きました。このブログにもとくに12日の記事にはかなりのアクセスがあって(通常の倍か、それ以上)、随分と多くの人が関心を持ってくれたことがわかりました。そのあたりをどう議論していくかですが、誰かがそうした場を何らかのかたちで作ってくれればと期待しています。
 ということでこのブログでは従来通りのテーマを書いていきます。さいわい21日を過ぎると束の間の考えたり書いたりする時間があるので、自分の考えを整理していけるかもしれません。もっともまたすぐにためていた別の原稿書きが始まるのですが。
 やっぱりほっとしていて、今日もまた日記になってしまいました。いつもアクセスが増えたときは書きますが、このブログが初めての人はできたら最初の方から読んでもらえればと思います。
by pastandhistories | 2011-12-15 23:26 | Trackback | Comments(0)

セミナーの内容

 おとといは参加メンバーと12時まで三次会、結局自宅には戻れずホテル泊りの朝帰り。昼寝したので今朝もとんでもない時間に目が覚めてしまいました。パソコンを開けたらかなりのアクセス数。セミナー内容への意見への期待ということなのでしょう。
 いろいろな論客が参加していたわけで、それにこうした場でコメントするというのは躊躇があり、昨日のような記事となりましたが、アクセス数を考えると内容を伝えるのはやはり義務だとも思うので、記憶の冷めない間に記事を書いておきます。
 谷川さんの報告は「社会運動史研究会」に関する細かなもの。前日にレジュメが送られてきてその内容がわかりました。自分では(あるいは参加者も)タイトルからもう少しはば広いものを考えていたのですが、谷川さんの報告では岡本からメールでそうした指示があったとのこと。このあたりがメールでのやりとりの怖いところです。それはともかくとして、結果としては今までそれほど試みられなかった、「現在の学会の中心的メンバーを結果的には生み出した」「社会運動史研究会」の史学史的整理が事実の整理を伴って行われたことにはそれなりの意味があったかもしれません。とくに「記憶」が「歴史」になるという時の「中間的作業」は、きちんとした「歴史」の形成にとってかなり重要な作業だということがわかる部分があって、それだけでも面白いところがありました。
 内容的には社会運動史研究会が一部には常に異論を抱えながらも主力メンバーは社会史へと発展した(包摂された)という整理、そのあたりが1970年代半ば以降の歴史研究の流れの展開との関連で鮮やかに提示されました。わかりやすい整理です。異論はあるかもしれませんが、研究会の中の3世代整理と、柴田三千雄さん、二宮宏之さんとの関係もよく説明されていて、この問題を本当のよく考えて来てくれて、また歴史研究者らしく事実をきちんと追いかけようとしたことがよくわかるものでした。
 喜安朗さんは時間が押してしまい少し失礼をしてしまいましたが、情熱は衰えないですね。時間があればそれに対応できる用意もあったようですが、それでも少ない時間で簡明に社会運動史研究の意味を自己体験に合わせて説明してくれました。特に印象的だったことは、相良匡俊さんからの批判を高く評価して、民衆世界研究に政治が所与のものとされてよいのかというのが自分に突きつけれた問いであったことを説明しました。そのことが政治、とりわけ議会政治的なものがない1840年代以前に向かった理由であるという説明でした。しかし、政治の問題は自分には潜在的にある。それが前衛主義的なものや、それと関連する経済的な下部構造規定論に自分は最初から批判的であった理由で、それが「帝国と民族」の問題を提起した江口朴郎さんと自分の関係を規定しているというのが話のポイントでした。
 こうした報告に続いて最初のまとめをお願いしてあった北原敦さんがコメントをくれました。研究会の時代的背景を、北原さんのずっと考えている前衛主義批判との関係や、幅広い当時のヨーロッパの思想的トレンドから位置づけたもので、合わせて研究会発足・研究会発足の経緯を説明しました。つづいて近藤和彦さん。最初は総括的な発言をお願いしていたのですが、会の進行が遅れていて個人的所用の時間に合わせるため早めに発言しました。喜安さんがそれ以後の研究(社会人類学的研究)との関係に位置づけたのに対して、それ以前の戦後史学との関係との位置関係、社会構成史(社会経済史史ではなく)という言葉を用いたと思いますが、それまで蓄積されていた歴史研究をまったく無視するような議論で自己を位置づけるのはおかしい、その意味ではそうした立場があった柴田三千雄さんは社会運動史研究会に対しては「クール」に対応していたということを指摘し、谷川報告の結論を批判しました。
 その後は長谷川貴彦さんと小田中直樹さんがコメント。長谷川さんの整理は簡潔でしたが本当に見事でつい拍手をしてしまいました。ところがその後の二次会でもずっと席が同じで色々な話をしたせいで記憶が混同してしまい、申し訳ないのですがあまり正確には思い出せません。小田中さんの話は、きのう書いたようなことと、それから喜安さんが論じた江口さんとの関係に関するもの、本当にポイントをついた議論なのですが、小田中さんらしく柔らかな議論でした。
 その後は社会運動史にあったアカデミズムへの傾斜に常に批判的だった加藤晴康さんが発言してくれて、その「西洋中心性」を批判し、1960年代初めは反帝国主義運動が盛んで、1965年にはすでにフランクの従属の発展が出ていたのに、そうした問題意識をメンバーたちは受け止めていたのかという疑問を提示しました。つづいて上村忠男さん。谷川さんが史料の一部として配布した1976年の京都合宿に参加していたということが写真でわかりました。国際関係の専攻がなぜ歴史の認識論や方法論に向かい、一連の著作や二宮さんとの『歴史を問う』に結実したかという話。社会運動史研究会のメンバーではなかったわけですが、1960年以降の歴史研究者の関心のあり方として、自分には興味深い話でした。
 以上でもう時間は所定の時間をはるかにオーバー、プロジェクトの公開の会はこれまでは基本的にはフリーディスカッション形式で、発言を固定することはしてきませんでしたが、今回は参加者が多かったので議論を整理していくためにここまでは指名方式をとりました。それぞれの考えをもって参加していただいた人は申し訳ありませんでした。谷川さん、喜安さんからの希望もあり、ここから会場からの自由な質疑、といっても発言時間の余裕はなく、二人の人から。質問しきれなかった意見はコメント欄に寄せられていますので、参照してください。
 全体としては批判的ではあったけれどオマージュ的な意見が主流で、そうした意見が上述のような人から発言されるので、ある意味では会場が凍ってしまったところがあり、最後に対抗的な立場からの批判的な意見を述べてもらおうとある人からの発言を考えていたのですが、時間が迫ってしまい、その人からの発言とそれへの反論という時間はないだろうということで断念。懇親会の予約時間も迫ってしまい、散会となりました。今朝メールを空けたらその人からの忌憚ない批判が寄せられていました。自分がほぼ予想していた内容で、やはり最後に発言してもらった方が、「八百長気味」な議論に疑問を感じたかもしれない若い世代の人たちにもよかったのではと思いました。その意味では少し残念ですが、会合を100点満点で運営するのは難しく、自分なりには内容には満足しています。
 このブログを書いていて改めて思ったことは、その後の地位や、あるいはそうした地位を獲得し保てるような「一定の水準に達した」かつ「時代的なトレンドに合致した研究や議論を展開した」ことからからどうしても研究会の旧メンバーには、別の視点から見れば権威性や抑圧性があることは否定できない事実であるということです。しかし初発の契機として、あるいは今でも内心では(?)それぞれは批判的な意識を持っていたし喪失していないはずで、そのあたりをきちんと伝える努力は必要だろうということです。それから若い人には、査読のある学会誌には業績がなく、「同人誌」にしか成果を発表していないということで、結構「イジメ」にあって就職には苦労したということは、余談ですが伝えておきたいですね。
 文章におかしいところがあると思いますが、気づいたところは後で直します。
by pastandhistories | 2011-12-12 07:16 | Trackback | Comments(0)

戦後史学と社会運動史

 谷川稔さんと喜安朗さんを招いたセミナーは無事終わりました。随分多くの、あえて言うなら質的に高いメンバーが集まり、時間の問題はありましたが目的はある程度果たせました。自分も参加していた「社会運動史研究会」を戦後史学のなかに史学史的に位置づけるという議論が主になりました。報告や会場からの発言はそれぞれポイントをついたもので、そうしたことに関心のある人には随分と参考になるものであったと思います。
 ここで個々の報告やコメントを紹介するのは、司会者という立場ですので難しいところがあります。あえて一つだけ紹介すると「社会史」と「社会運動史」では研究の流れとしては「社会運動史」から「社会史」という流れになるけれど、「社会史」を中心的な推進した二宮宏之・阿部謹也さんなどはむしろ世代的には上の世代となる、それはどういう理由だからなのか、という小田中直樹さんの提起はきわめて巧みなものでした。
 報告やコメントの多くはそれぞれ批判的・批評的なものを含んでいて、それ自体としては個々それぞれの立場から問題点を的確に指摘したものでしたが、全体としてはややオマージュ的なものが目立つところがあって、対立的な視点からの議論はあまり提示されませんでした。そうした立場からの発言者への時間的余裕がもう少しあったならと思います。
 自分的には議論の内容、参加者数という点では成功という評価なのですが、参加された人がどのように判断されたか、それはわかりません。
by pastandhistories | 2011-12-11 17:36 | Trackback | Comments(1)

補助科学

 寒いですね。いよいよ明後日が谷川さんと喜安さんの会。反応が大きくて戸惑うこともありますが、参加者が満足できるように進行ができればと思っています。
 先週は「歴史のハイアラーキー」というタイトルで自分が話しました。その時に最後にいつも自分が考えていることの一つを話しました。補助科学という議論についてです。
 歴史学では補助科学という言葉は、しばしば「隣接科学」が歴史学を補助する役割を果たしているという意味で用いられます。経済学、政治学、社会学、人類学、心理学・・・なんでもいいのですが、歴史学を中心に考えれば、そうしたものは歴史学にとっては補助科学であるというような言い方です。
 しかし、自分は歴史学そのものが補助科学であるというふうに理解しています。歴史学が他の社会・人文諸科学に対して補助的であるという意味ではなく、歴史学は人々の過去認識を補助するものである意味で補助科学であるということです。
 いかなる人々も何らかの過去認識をしています。しかし、普通の人々が過去を全体的・包括的にとらえたり、それを絶対的に客観的なものとして理解することはありえないことです。それは歴史研究者にとっても同じです。ただ過去の事実(ただしこの事実というのはこのブログで繰り返し指摘してきましたが、決して共同的・集合的なものだけではなく、個々の人々にとっての個別的過去でもかまいません)がどのようなものであったのかということを、一定の手続きをふまえて(近代以降はこの手続きはしばしば科学と呼ばれています)知ろうとすることはできます。そうしたことを補助するのが、歴史という学問の基本的な機能であるということです。その意味では歴史は補助科学であるというのが、自分の考え方です。
 誰もが知りたい、そして知る権利がある個々の人々にとっての過去、そうした過去への認識を助けるのが歴史学の役割です。所与の構築された歴史を人々に強要するのが、あるいはそうした過去を構築するのが歴史学の役割なら、それは批判されるべきことです。
by pastandhistories | 2011-12-08 17:43 | Trackback | Comments(0)

記憶の自由

 最近はこうしてブログを書いていますが、自分は基本的には日記をつけませんし、メモも最小限にして用事がすんだら捨てるようにしていました。もっとも最近はだいぶ記憶力(記銘力)が落ちてきたので、以前は使用しなかった手帳の代わりにやや大型のノートを持ち歩いていて、用事などはそれに記しています。
 内容を見たことはありませんが、同居人はいつごろからかその日に起きたことは手帳に記しているようです。とりわけ最近記しているのは同居老人の健康上の変化。咳が止まらないと言うと、そうした症状は何年前のいつにあったかなどと手帳をみて指摘してくれます。そのほとんどは自分の記憶とは異なっています。
 その意味では記憶はあてになりません。多くの自伝には作者の記憶がいつから始まったかが書かれています。三島由紀夫は『仮面の告白』で出生時の自分の記憶を綴りましたが、自分にも盥の縁を見た記憶があります。ただし残念ながら三島のように自分が出生した時ではなく、4歳下の弟の出産の時。当時は産婆さんを呼んでの自宅内出産だったので、その異様な雰囲気とともに、出産のために用意された盥の記憶があるということです。どれだけ多くの人が兄弟姉妹の出産が最初の記憶になっているかはわかりませんが、出産や死が家庭内で行われたことが、記憶の始まりであるという人は、それなりにいるのでは思うことがあります。
 しかしこの記憶が本当に確かなものなのかは、自分は4歳の時に日記をつけていたわけではないので今では確かめようがありません。後年になって自分のなかに作り出されたものかもしれません。その意味では記憶は自由に作り出されているという側面があります。その点は歴史も同じだと言うと、歴史学者からは批判されるかもしれませんが。
by pastandhistories | 2011-12-02 11:14 | Trackback | Comments(0)

レトリック

 学生に時々言うことは、大学で学んだということの「誇り」を持ってほしいということです。いまどき「誇り」というのは、随分と古くさく感じるかもしれませんが、誇りというのは、大学で学んだ以上自分は「理性的であること」ということへの誇りです。人間を人種や出自で差別することなどはとんでもない、という当たり前のことを認識することのできる理性的な人間で自分はあるということです。2チャンネルの世界などはとんでもない、自分はそうしたものとは違う場にいる人間として一生を送るという誇りです。
 週刊誌によってそうしたことが取り上げられた大阪の選挙は、結局はネガティヴ・キャンペーンを覆す結果となりました。そのことはある意味では望ましいことです。しかし、残念なのは、当選した候補者が反論として「子供」の人権ということを持ち出したことです。このことは一見確かなことに見えます。しかしよく考えてみると気づくのは、彼が持ち出したのは、「子供の権利」という家族をもつ多くの人が同意することのできる主張です。つまり多数派のロジックです。自分は確かに少数派である。そうした少数派の立場に立って、被差別民や他国民とされるそうした少数派を絶対に差別してはならないと述べたわけではありません(だからこそ少数派を差別する言動を取りつづけている東京都知事は彼の当選を祝福したわけです)。おそらく彼が今後とっていく方向はマジョリティの同意を操作的に作り出すことによって、少数派を抑圧していく全体主義的な政治でしょう。
 政治はこのようなレトリックにもとづいておこなわれています。民主主義がマジョリティルールを建前とする以上、そこで行われがちなことは、マジョリティへの同調を作り出すことによる、少数派の排除です。差別や全体主義はそうしたことをとおして形成され続けてきました。人文的な学問に存在理由があるとしたら、その根拠はそうしたことに絶対に同調しないという誇りです。
by pastandhistories | 2011-12-01 11:50 | Trackback | Comments(0)

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