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social, public

 今日は朝から押入れの点検。「戦後史学と社会運動史」について原稿を持ち寄るという話が進行しているので、その作業の前提として史料探しをしなければならなくなったためです。関係資料を保存したという記憶がなかったので期待はしていませんでしたが、意外にも会の連絡としてメンバーに送られていた「メモ」と「通信」の一部が出てきました。「メモ」は1975年から、「通信」は1979年から1983年まで。自分は1978年に東京を離れ、以降は会にあまり参加していなかったので、そのせいか「通信」は多くが封筒に入ったまま出てきました。
 『社会運動史』という研究会のタイトル、別にオリジナルなものでなくそれまでもしばしば使われていたものですし、この間議論されているようにモデルとしては先行してLe mouvement social が刊行されていたわけですが、実際の研究対象であった「民衆」運動史という言葉が使用されなかったのは、自分にとっては少し興味深いところがあります。あくまでも日本語としてのイメージですが、「民衆」とか「大衆」という言葉は、「知識人」や「前衛」によって、他者規定としてももちいられることがある。一般民衆とは区別される知的社会層としての「知識人」。また「民衆文化」という言葉にも high culture とは異なるというイメージがありますし、「大衆」を指導すべき「前衛」というのは、その典型的な例です。それと比較すると「社会運動」という言葉にはニュートラルなニュアンスがあります。ここから先は大議論になってしまいそうですが、あえて言えば「社会史」という言葉にもそうしたニュートラルな、幅広いものを包摂する側面があります。そのことが「社会運動史」と「社会史」とを接合させた、そういうことも言えるかもしれません。
このことは16日の会で少し話題となった public history, popular history がどう区分されていて、どう訳せるのかということと関係しているかもしれません。このことはもう少し丁寧に点検して見ようとは思いますが、public にはpublic hall, public park, public meeting, public phone というように誰に対しても開かれたという意味があって、popular はpopular culture, high culture というように、エリート 的なものに対比されているような気がします。
by pastandhistories | 2012-03-22 12:39 | Trackback | Comments(1)

境界の形成・越境者の増大

 昨日は随分とアクセスがありました。セミナーの後にはそうした傾向があるようです。どうしたことが議論されたのかということへの関心があるからでしょう。ということで、今日もセミナーに関するの記事の続きを書いていきますが、昨日書いた文章に随分とミスがあったようで、内容を含めて少し訂正しました。ブログの便利なところです。いつでも修正できるし、削除もできます。
 訂正といえば、昨日ネットを見ていたら自分が書いた文章の掲載予告がありました。『歴史評論』の5月号です。ところが内容紹介のタイトルが「言語論的転回」ではなく「言語論的展開」になっている。もちろん自分の原稿ではそうはなっていない。出版されたさいにもし表紙としてそれが印刷されればこれは大変なミスなので、すぐに編集部に電話しました。さきほどネットを見たら予告は修正されているようです。多分表紙でのミスも避けれれるとは思いますが、活字はいったん印刷されてしまえば修正できないので、偶然気づいたのは幸いでした。
 本題に入って昨日の続きを書くと、セミナーでは言及しませんでしたが、ナショナリズムの形成について最近では定説といってもよいほど議論されていることは、国民国家の形成(支配領域の明確な区文化・政治的文化的統合)が境界的な地域(border land)を消滅させたということです。もともと様々なものが混淆していた地域を区分すればそこには無理が生じる、逆説的に越境者は増大します。さらにいえば、そうした混淆性がボーダーランドのみに存在していたわけでないのなら、あるいはグローバリゼーションに対応するかたちで増大すれば、越境的なものもますますその影響力を拡大させることになります。多国家化(国家の数の増大)が国境の統御的な機能の喪失とパラレルに進行しているのはそのためです。
 いくつかのメディア、たとえばネットや映画が、ナショナリティの形成に深くかかわるものであると同時に、グローバリティの形成とも関係しているのも多分このためなのだと思います。このことはある意味では当然のことです。グローバリティの現状に即して、ナショナリティは形成されてきたものでしかないからです。 
by pastandhistories | 2012-03-20 09:35 | Trackback | Comments(0)

人種主義

 嵐のような一週間が過ぎました。16日に予定されていたStefan Bergerの招聘セミナーが彼の突然の入院のために中止(現在は退院しました)。その残務処理と17日の「戦後史学と社会運動史」セミナーの開催(これも2月になってから開催が決まりました)ということで、大変な忙しさ。結局16日は山本秀行さんの発表に加えて、Berger が Cris Lorenz と一緒に編集したPopularizing the National Past (今年の5月刊行予定)への序文をカベルさん(東洋大学準教授)に代読してもらいました。17日は小田中さんが問題点が整理された丁寧なペーパーを作ってくれました。
 ということで二日間にわたった会そのものは、充実した興味深いものでした。もっとも自分は会の終了後の懇親会が二日続けて。しかたなく宿をとって、とくに17日は深夜の一時まで四次会、そのせいもあって昨日は一日ボーとしていました。今日もあまり頭の中が回転しません。その理由は、もともと少ない容量に対して本当に多岐にわたる議論が一挙に詰め込まれたためです。今日からはそうした議論に対する自分なりの整理をここで書いていきます。
 まずは山本さんの議論から。タイトルは「ドイツのナショナルアイデンティティと人種的純潔性」というものでした。大きな枠組みは「人種主義」というとらえかた。図式的にいえば、ナショナリズムは基本的にはネイションの一体性に根拠を置いたり、それを構成しようとするものですが、人種主義は国家のなかに「人種」による区別を持ち込むものであることになります。ドイツにおけるユダヤ人の差別、逆にアーリア人の血の純粋化というようなことにも示されるようにです。これも図式的に言えば、(アメリカのような)植民国家の形成や(イギリスのような)帝国国家の形成(植民地の拡大)はそこに包摂される人種の多様性を生み出しますから、そこでは支配的人種を中心した人種主義と、擬似的な統合に基づいたナショナリズムという二つの要素が混在化していきます。
 山本さんの報告は、基本的には植民地を喪失していた時期のドイツにおいてはナショナリズムが内なる少数派に向けられる、つまり人種主義的な方向性を持っていたということ(ユダヤ人問題・・・現在の日本で、とりわけネットではきわめて強い人種主義が登場していることにも共通しています)、それがナチス支配の形成、第二次大戦の過程で東欧を支配圏として組み込んでいく(ネイションの拡大)なかで、どのような変化をしていったのかを、黒人やポーランド人との混血に対する表象のあり方を例に説明しました。
 (国民ばかりでなく)人種も構築されたということにある程度準拠した立論ですが、人種主義についていつも思うことは、それが何に根拠を置くかです。山本さんもそのことに触れたように視覚情報の言語化はその代表的な基準ですが、たとえば東アジア人同士、たとえば「中国人」「日本人」「韓国人」「朝鮮人」の間ではそのことは難しい。そのために「祖先」に根拠をおいた記号化がしばしば行われる(ナチスもまたそのことをおこないました)。過去認識にはそうしたネガティヴな役割もあるということです(区別が困難であるがゆえに、区別を可能にするための歴史が構築されるということです。統合の根拠が希薄であるために、それを可能にするための歴史の構築が行われるのと逆の形態です) 。もちろん自らの出自への認識には自己のアイデンティフィケーションにとってポジティヴな面もあります。過去認識には、そのように自己にとっても、自己を特定しようとする他者にとっても、両義的な側面があります。
by pastandhistories | 2012-03-19 10:57 | Trackback | Comments(0)

いくつか

 まだ寒さは続いていますが、日差しはやっと春らしくなり始めました。昨年もこの時期は晴天の日が続いていました。憶えているでしょうか。
 やっと春休みに入ったのに、あまり記事を書くことができません。大きな理由は、今の私立大学では、時間が取れるのは3月と夏休み。片方を海外に使うと、片方は原稿書きに使わないと仕事ができない。ということでこの3月はここでも何度か触れてきた書き下ろしの最後の部分を書いているためです。最後の2章。最後のまとめ方には大体のイメージがあるので、その前の部分。ここが最後の難関で苦労しています。
 おとといはその作業のために、テッサ・スズキさんの『過去は死なない』を読みなおしました。本当によい本ですね。実は随分以前に書き始めていた書き下ろしの作業が一時期完全に中断してしまったのは、この本が出たため。自分が書きたいと思っていたことの8割がこの本に書かれていたからです。しかもこの本は、アイルランド人と日本人のハーフで、オーストリアの大学に属しているというマルチカルチュラルなバックグラウンドを持つ著者によって、日本語と英語の双方で出版された(英語版の方が出版は後)という面でも、自分にはショックな本でした。自分がやりたくてもできないことを、この本は可能としたものであったからです。そういう良い意味でのショックを自分に与えた数少ない本の一つです。でも本当によい本だと思います。
 またすでに情報が伝わっているかとも思いますが、この数日は3月11日に来日が予定されていたStefan Bergerの来日キャンセルの処理に追われました。10日の朝に奥さんからメールが来て金曜日に検査入院したので来日をキャンセルしたいということでした。その前日までメールのやり取りをしていて、落ち合う時間や場所の最終的確認までしていたのですが、招聘にはどうしてもこういうことがあります。ということで16日の会合は、山本秀行さんの報告に加えて、事前に送られてきていた未公刊のペーパーをもちいて議論することになりました。残念ですが仕方がありません。
by pastandhistories | 2012-03-14 09:06 | Trackback | Comments(0)

記憶の絶対性

 ジョージ・オーウェルが作品のテーマの一つとしたことは、「自分が個人的に確実に経験した」ことの「記憶」が、全体主義的な社会の中で異なるものとされる、さらには忘却を強いられるということへの批判です。『カタロニア讃歌』の執筆の動機も、自分の現地での直接見聞したことが、ロンドンでは異なったものとして報道されていることへの怒りでした。そうした怒りは、『動物農場』でも『1984年』でも、個人が絶対的なものとして保持しているはずの記憶でさえもが、権力によって改鼠を強いられ、曖昧なものとされていくことへの怒りとして、さらには絶望として表現されました。
 後数日で3月11日、そしてそれにつづいて福島第一発電所の1号機から4号機のすべてに爆発が起きてから一年となります。しかし、いまだに爆発の光景が一切報道されない4号機はともかくとして、あれほど巨大な爆発であった3号機の報道も、この1週間の間にきちんと報道されなおすかというと、おそらくは行われないだろうとする予想の方が当たりそうな気がします。記憶を作り出させないため、さらには確実な記憶を忘却へと追いやるためです。
 そういう社会に自分たちは今生きています。しかし、絶望を感じながらもオーウェルが作品をとおして表現しようとしたことは、それでも記憶は絶対的なものとして個々の中に存在し続けうるかもしれないということです。この一週間は、公式の歴史として構築されていく事柄にたいして、自らの記憶の絶対性を対置していく一週間であるような気がします。
by pastandhistories | 2012-03-08 22:49 | Trackback | Comments(1)

言葉なき民

言葉によって自らを語る資料を残さなかった無名の人々の歴史を再現する。言葉なき人々が、肉体的、感覚的なものとして表現していたものを歴史研究にも取り入れていく。歴史について繰り返し論じられてきた事柄です。しかし、自分には多少の違和感がこの言葉にはあります。というのは、ここでは歴史家自らは言葉を持つものとして位置づけられているからです。
 自らが言葉を持たないということは、なにも「民衆」だけが経験することではありません。そのことは外国に行けば、すぐに理解できることです。その場には肉体的にも、感覚的にも十二分に確立した自らがいる。しかし、それを円滑に伝えるような言葉は、異なる言語を使用する人々に対しては失われている。さらに言えば、そうした異言語空間が自らが属する言語的・文化的空間より上位にあるものと考えられれば、言語的に自己を表現できないことの喪失感、別の表現をとれば自らが言葉を持たない民であるということへの自覚はさらに大きなものです。こうした感覚は夏目漱石に代表されるように、多くの「近代 日本」の「知識人」もまた経験してきたことです。
 問題はそうした一時的な言葉なき民であることへの自覚が、どのような言語をつうじて表現されたのか、されているのかということです。自らの出自への回帰なのか、それとも異なる言語を媒体とした共同体への上昇なのかということです。漱石もそうですが、ほとんどの日本の「知識人」が選択したのは前者であり、サイードなどが試みたのは後者の道だったということでしょう。
 そうした選択の是非はここで語るにはあまりに大きな課題ですが、その前提として語ることができることは、「言葉なき民」という経験は、少し広いパースペクティヴをとれば、誰もが日常的なものとして経験していることだということです。歴史研究者もまた言葉をそれほど自由に駆使できているわけではありません。
by pastandhistories | 2012-03-04 13:24 | Trackback | Comments(0)

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