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ITHその2

 短い滞在なのでリンツでは時差調節をせず、ということで帰ってからも平常の通り時間を過ごしています。来週から授業でその準備、それから今のうちにということで『戦後史学と社会運動史』(仮題)の編集を少し、自分が読むと興味深い原稿が多いけど、やはり読者の関心との間を詰めていくことが必要、その作業をしていきます。
 この間このブログにはかなりのアクセス。大きな理由はバークの会について、別のブログで紹介してくれたためのようです。多分アクセスの半分以上はバークの会の照会が目的、悲しいような嬉しいような微妙な気持ちですが、当然の事でしょう。
 このブログは外国での会の紹介を時々長く書きますが、その理由は海外出張の報告書の下書きをかねているため。自分の勤める大学では昔は海外出張の報告はそれをまとめて冊子として年度末に刊行していました。ところが出張報告の結構多くが調査や学会報告ではなく「観光記」、筆達者な人もいて面白く読ませるものもあったけど、さすがにこれではよくないということになり、刊行を中止、報告も軽便なものでよいということになりました。
 ところがいずこも同じ管理強化の流れ、現在では1000字以上書かなければなりません。結構大変な作業。ということならここである程度書いてそれを短くすればよいということで、紹介がてら会の内容を書いているわけです。
 報告書風に書くと、少し前回の記事と重なりますが、二日目のセッションは、午前中がベルリン(大学?)の二人のドイツ人、Uwe FuhrmannとJorg Roslerがそれぞれ西ドイツと東ドイツの戦後の労働史の比較をしました。報告はドイツ語で同時通訳、それほど聞きにくくはない英語なのですが、ところどころ途切れるとこがあって内容的にも少しわかりにくいところがありました。後から発表した1940年生まれという報告者は、社会主義的競争社会や、1960~70代の反政府的なストライキに言及し、東ドイツにはかなり批判的なようでした。
 午後は最初がPatricia Toucas という人のフランスの1850~1914年の相互扶助的な運動の流れについての報告。自分の卒業論文はフランス史だったのでこれは理解しやすいものでした。ナポレオン3世による上からの社会政策はあったけど、労働者の相互扶助運動や労働組合が下からの社会福祉を実現していったということを整理して論じました。その次がTourai Atabakiという人のイランの運動の紹介と、Ronaldo Munckという人の南米の運動の紹介、前者は名前や風貌も中東系なのかもしれませんがアムステルダムの国際社会史研究所に関係しているとのことで、戦間期のイランの社会主義的な運動について紹介しました。後者はアイルランドの人で自分は専門ではなく色々頼んだけど断られて自分がやるという心もとない前置きがありましたが、内容は意外と面白く、農民が多数派の社会で労働運動がどういう側面を持ったのか、ヨーロッパからの大量の移民が運動にどのように影響したのか、あるいはペロンなどの南米のポピュリズムとどう関連したのかを結構整理した形で説明しました。
 多分一番若いということで最後に報告したのがハンガリーのEszter Varsaという女性研究者。第二次大戦後に富裕者の別荘のようなところに作られた児童施設について報告しました。社会や労働への組み込みが行われ、性的な差別化もおこなわれるなど、福祉が同時にソーシャルコントロールの要素を併せ持っていたことを指摘しました。
 全体として会議の性格からでしょうが、労働運動や社会(民主)主義的なものを肯定的に論じていこうということが全体的枠組みで、現在の日本での問題関心とはだいぶ異なりますが、新自由主義が影響力を拡大するなかで、相互扶助運動や社会福祉の問題を歴史研究のテーマとしてどう考えていくべきかというアイディアはけっして無視してはいけないと思わせるところもありました。
by pastandhistories | 2012-09-21 22:55 | Trackback | Comments(0)

ITHその1

今乗り換えでウィーンの国際飛行場。10日に校務があって、17日、18日も校務がある。16日の朝に着きますが本当は16日にも校務があるという状況の中での海外出張です。参加している労働史・社会史国際会議は明日もあるので、明日までいたかったのですが、それは駄目。今朝宿を出ました。
 会議について言えるのは、やはり会の名称からも想像できるように全体としてはかなり高齢化が進んでいる感じ。しかし、旧東欧や日本からちらほら若い研究者が参加していて、なんとか辛うじてバランスが取れている感じです。どの国際会議でも最近は言えることですが、旧東欧や中東、インド、さらには南米の研究者が参加していると、報告や議論が意外とこれまでの歴史研究の盲点を突く視点から出される。玉石混交なところもあるけど、「日本」の研究者には参考になるはずです。本当はこれにアジアやアフリカを加えるべきだけど、残念ながらヨーロッパで開催される場合は参加への経済的問題もあるのでしょうが、あまり目立ちません。とくに今回のようにオーストリアだと東欧からは費用的に来やすいのでしょう)。
 その意味でも若い研究者は、多様な参加者のある会に是非参加してほしいですね。海外に長期的に留学して学位をとることは常識的になったけど、そのことがAAWHについての感想としても記したことがあるけど、欧米的視点への立ち戻り、悪く言えば新帝国主義への帰依を生み出しているところがある。これもあえて批判的にいうと、「日本」の現在の「経済学」や「経営学」さらには批判的要素を含むべき「政治学」すらもが、ややもすれば、海外での学位取得を通した新帝国主義への「帰依」的な議論になってしまっている(ネオリベラリズムの擁護論はその典型的なものです)。歴史研究までもがそうなってはいけないでしょう。
 昨日の会の議論では個々の発言者にずいぶんと質問が浴びせられるという形で進行したけど、その中心はバーガー。どのように打ち合わせたのかはわからないけど、基調報告もかなり報告を見越したもので、個々についても彼らしく、かなりシャープな問題を提起していました。もっとも年齢的なことにも関わらず基調報告者であるうえに、質問も彼に時々振られるので、参加者の間では彼に対しては微妙な雰囲気もありました。
 その一つの例が、中東と中南米の労働運動(社会民主主義)の流れを説明したセッション。イランの運動を説明した報告者((アムステルダムの国際社会史研究所の関係者)に対して、焦点を「イラン」にあてる説明の仕方はナショナルエッセンシャリズムではという質問をディペシュ・チャクラバルティを例にとってバーガーが質問した時。報告者はチャクラバルティのように「ヨーロッパ」を一括する議論こそおかしい。それぞれの国で労働は多様であって、したがって個々の国で運動は異なる。ヨーロッパや中東、中南米という単位ではなく、国を単位に説明することこそ、多様性を示す議論としては有効だと反論しました。
このことは実はこのセッションでもう一つ議論された「労働の多様性」、つまり「労働」は産業労働者によるものだけではなく、農業はもちろん、家族労働もいまだにあるし、さらにはジェンダーや人種によっては差異化された多様なもので、それを「労働運動史」という形で一括してきたのは、きわめて偏った議論だという議論と関連しています。
こうした労働の多様性という議論がグローバルヒストリー論の一つの柱になっていることは、以前ベッカートの議論として紹介したことがあります。こうした議論を、「ナショナル」なものを単位とした比較として行うのかはこれからも議論されていくはずですが、バーガーの指摘に関してここで一つ問題として提起しておきたいことは、「日本」では、あるいは「ヨーロッパ」でも、ヨーロッパの労働運動史という捉えかたはかなり一般的であったことです。これに対してアジア労働運動史という視点はほとんどなかったのではという問題です。日本で労働運動史の研究がそれなりに行われてきたけど、「アジア労働運動史」として括るような考えは少なかった。おそらくその理由は、アジアの労働はそれぞれの国の経済発展の度合いに応じて「多様」で、労働運動といわれるような運動がそれなりに発展しているのは日本「だけ」という視点があったからでしょう。差異的にとらえる視点は、同時に差別的にとらえる視点だということです。これも逆説的にいえば、ナショナルなものを単位とした差異・多様性を論じたのはまさにロストウの成長の諸段階論。多様性という議論設定をする場合にはこうしたことへの批判的視角もまた必要だということです。そんなことをバーガーに終わってから話したら、おそらく似たような考えだったのだと思いますが笑っていました。
 結局ウィーンでは最後の入力に失敗。帰宅後この記事は入力しました。
by pastandhistories | 2012-09-16 09:53 | Trackback | Comments(0)

ITH

 今日からInternational Conference of Labour and Social History(略称ITH) が始まりました。会場を探すのに一苦労、リンツの中心部から延々たる山登り、西は神戸大学、東は専修や日本女子大を思い起こせばいいようなところです。30分に1本のバスをネグレクトしたのが間違いの元、何度も山を登ったり下ったりで、1時間ほどしてようやく会場に辿り着きました。
 会は今年で48回目目、逆算すると1965年から始まったのかも知れません。イギリスで労働史研究会(Labour History Society)や社会史学会が始まって間もない頃、名称からしてその影響を受けたものかもしれません。参加者の構成も初期の労働史学会と少し似ていて、研究者だけではなく、社会主義史や労働史の研究所・資料館のスタッフなども参加しているようです。ただ開催地がオーストリアということもあるのでしょうが、ドイツ系以外にも結構各国から参加していて、日本からも 4人ほど。このブログのルールは外国で会った日本人は従来からの知り合い以外は記さないということなので、ここではその名前は記しません。
 今日は開会セレモニーとStefan Bergerのキースピーチ。セレモニーでは市長の代理が話しましたが、反ファシズム運動のコメモレーション装置を作っていくという話、自治体がそうしたことを試みるのは、昔風に言えば「革新市政」なのでしょうか。
 バーガーの話は、労働運動と社会福祉が中心。キリスト教社会主義、自由主義的社会主義、そして社会主義が結果的には社会福祉を実現し、ビスマルクやロイド・ジョージも含めて労働運動の存在がヨーロッパ社会の共通項としての社会福祉の形成に意味をもっていたという話。もちろんこれだけでは平板すぎて、議論の展開はネオリベラリズムによる社会福祉への批判をどう考えるかということについて。この点についても、イギリスはともかくフランスやドイツでは労働運動の影響が維持されていて、福祉の交代への批判は強いことを指摘。あくまでもヨーロッパではという限定つきでしたが、逆に日本の状況の深刻さを感じさせました。
 もっともバーガーの話も一面的に楽観的ではなく、もう一つのテーマとして教育の問題を取り上げ、教育が結果的には中産階級的な価値観への同化をもたらしていることを指摘して、現在的な労働者の状況の問題を論じました。
 総括的な話なので、こういうように紹介すると、ありきたりに感じられますが、労働史という点ではこういうかたちにしか、現在では整理することができないという問題があるのは事実です。「革命」か「改良」かというかたちでかつてのように問題を立てなければ、労働史にしても社会主義思想・運動史についても、19世紀、20世紀におけるその肯定的な意味は、「福祉国家」の形成という形に集約されざるを得ない、かつネオリベに同調しなければ問題は福祉国家の維持を議論する以外の方向性は現在的にはなかなかない、そのことは確かだからです。
 この主張に対して当然のように「福祉国家ショーヴィニズム」をどう考えるのかいう質問が出たけど、ここに議論の立脚点をおけば、社会帝国主義論に議論が戻ってしまう。話が突然飛躍しますが、リンツで老人や子連れに優しい市街電車に乗っていると、そうした「改良」とその維持をポジティヴなものとして議論することはそれほどおかしなことではない。しかし、それだけではとても現在的な問題への問いにも答えにもならない。そういう感じを持ちます。バーガーの話を聞いたあとの感想もそこに行きつくということです。
by pastandhistories | 2012-09-14 05:04 | Trackback | Comments(0)

最初のグローバル

 今リンツです。時間は3時過ぎ。日本からヨーロッパに来るとどうしてもこの時間に起きます。もともとこのブログも外国にパソコンを持ってきた時に夜中に時間が余ってしまい、その時間を使うために何気なく始めたもの。暇つぶしからのものが、もう2年以上続いています。
 理論的なことについての問題を中心にとは考えているのですが、最近はなかなか整理したことが書けません。書きたいことは多いし、メモはけっこうあるけど、それなりにきちんとしたかたちでまとめていく時間がありません。もちろんブログなのでメモ的なものでもいいのだとは思うのですが、いざ書くとなると躊躇して今月もほとんど記事を書いていません。
 今日も閑話的なこと。「グローバル」という言葉が日本ではいつ頃からメディアに使われるようになったのかという話題。最近では各種新聞の縮刷版は電子データ化が進んでいて、こうした問題は検索機能を使用すれば簡単に知ることができる(論文?化できる)わけですが、記憶をたどると、当時は耳慣れぬこの言葉が新聞に出たのは、1960年代の終わり、スポーツ欄であったという記憶が自分には鮮明にあります。
 「グローバルリーグ」、知っている、あるいは憶えているでしょうか。今ではメジャーの主流である中南米の選手を加えて中南米で開催された、アメリカが中心のメジャーを越えようという新しい「グローバル」なプロ野球リーグの試みです。普通なら無視されたであろうこの「グローバル」な試みが、「グローバル」という言葉と共に日本のメディアに紹介されたのは、この試みに日本の元プロ野球選手が加わったため。
 自分の記憶では豊田や広岡という有名選手にも誘いがあったと報道されたと思うのですが(間違いかも知れません)、結局阪神の監督をしたこともあるカイザー田中(日本のプロ野球に最初にアメリカンスタイルを持ち込んだのは、本土出身の選手ではなくハワイ出身の選手たち、フックスライディングのウォーリー与那嶺、三振して笑顔を示したエンディ宮本といった人たちです)の誘いに乗ったのは、中日で4番を務めた森徹(当時も入試レベルは高かった早稲田学院から早稲田に入学した。中学・高校時代は柔道選手でもあった?、これも記憶では白山周辺に住んでいた?)、そして名前の通り満州生まれの矢ノ浦国満(仰木監督と同じ東筑高校の出身、池山がヤクルトに入団した時、矢ノ浦2世と呼ばれたことのあるほどの名ショート)などの選手です。
 この試みは1年もたずあえなく失敗に終わり、参加した選手たちは、「グローバル」という言葉のもの珍しさとともに物笑いの種にされました。他の例があるかもしれませんが、自分の記憶では間違いなくこの出来事がグローバルという言葉をメディアを通して記憶した最初の例です。この試みはあの1969年。その時には気付かなくても、後から振り返ると時代には象徴的なことが重なり合っていることがよくあります。
 暇つぶし的なことだと結構スラスラかけるけど、きちんとしたことは難しい。明日は参加している労働史・社会史国際会議のことを紹介するつもりです。
by pastandhistories | 2012-09-13 11:01 | Trackback | Comments(0)

身辺雑記

 今週も雑用の連続。せっかくの夏休みも自分の仕事ができない間に時間が過ぎていきます。来週は海外出張、リンツで開催されるInternational Labour and Social History Conferenceに参加して、4泊6日のとんぼ返りです。本当は今週も昨日から台湾への学生旅行に同行の予定だったのですが、学生参加者に対して同行教員数が多すぎるという事務からのチェックが入って自分は行かないことになりました。
本当に忙しいですね。リンツから帰国すると授業再開まで一週間ですから、その週は予習に充てなければいけない。結局まとまったことはできないなという諦めがでたのに合わせるように原稿の依頼、「グローバル化と歴史」という短文を書いてほしいとのことです。いつの間にかそれが自分の専門であるかのようにとられているのでしょうが、そもそも「グローバル」という言葉が安直に持ち出されることへの批判が自分の立場。迷いましたが今日少し時間をかけて原稿をレイアウトしてみたら、自分の言いたいこともその中に納められそうなので引き受けることにしました。
 だけど心配なのは他の仕事と締切時期との関係。十月はバークの来日と『戦後史学と「社会運動史」』の編集作業が重なりそうです。バークの件は8月16日の記事で予定を紹介しましたが、あの記事の時点とは内容が多少変更されました。記事も直しておきましたが、10月20日の青山学院での講演会は午後3時から6時までとなります。またその時にも紹介しましたが13日夜に懇親会をする予定。せっかくの機会ですから、参加を希望される方は連絡をいただければと思います。こうした会はできるだけ「開かれた」ものとするというのが自分の考えです。
 『戦後史学と「社会運動史」』は原稿が集まり始めました。自画自賛になりますが、正直言って興味深い原稿が寄せられています。この企画は立ててよかったですね。ぜひ完成を期待してください。
 もう少し読んでいる人の参考となる、できれば理論的なことを書きたいのですが、なかなかそうしたことを書くための準備の時間がとれません。
by pastandhistories | 2012-09-06 20:53 | Trackback | Comments(0)

『野ばら』

 「国境」についていつも思い出すのは、小川未明の短編『野ばら』である。中央から周縁とされる「国境」地帯は、区分されている場ではなく、そこに住む人の交流の場であることを示した作品である。あえて言えば「歴史」作品のなかで、これほど国境の問題を明確に論じたものはない。歴史がいかに国民と不可分であったのかということの一つの証左なのだろう。
 本来は人々や物が行き交う場に境界線が引かれ、兵士すらが置かれるようになったのは、とりわけ近代以降統合的な国家が中央にそれまでの「歴史」を無視するものとして形成されたからである。長い間存在していた周辺住民相互の共同性は恣意的に解体され、相互に隔てられることになった。
 「歴史的」には周辺の人々の交流の場であったところが、「新しく」構築された中央の国家の「古来」からの「歴史的」な領土であったわけがない。現在声高に論じられている島や島嶼は、「歴史的には」周辺漁民の共同の利用地であったはずである。そこに争いや諍いがまったくなかったわけではないかもしれないが、長い間の経験を通して、互いの利害を損なわない相互的なルールが、周辺の人々によって形成されていたはずである。伝統的な地域的共同性というのは、そうしたものであったはずである。 
 歴史が過去の事実をありのままのものとして記すものであるというのなら、歴史研究者は共同化された国家の視点からではなく、過去の個別的な人々の関係から歴史を論じていくべきである。そのことは自明なことである。しかし、そのことがなぜ果たされてこなかったのだろう。それは議論としては過去に内在していても、発話の対象が現在的な共同性にとどまっていたからだろう。
 構築された歴史によって国民的な「共同」化が進行した社会において、「国民」に対して過去の「差異」を語っても、それは実態を伴わない論理でしかない。そのことが「歴史的な領土」であるというような非論理的な言説が唱和的に語られても、そのことへの異を唱えることさえ許容されないという言説区間を作り出しているのだろう。厳しい批判かもしれないが、そうした言説空間を作り出してきたことに、歴史研究者が果たしてきた、果たしている役割は決して小さくはない。なぜなら国民を自明のものとして、その国民に対して多くの歴史研究者は「歴史」を語ってきたからである。そのことが「歴史」なるものについての常識的な理解を、「国民」の間に作り出してきたからである。「歴史的」という言葉を政治的指導者が頻用するのはそのためである。
by pastandhistories | 2012-09-02 11:18 | Trackback | Comments(0)

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