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another meeting

 バークは今朝ホテルをチェックアウトして、上野から成田に行きました。forty minutes lecture に応募してくれた人がいて、その人が随行しました。自分がついて行ってもよいけど、こうした機会を若い人が少しでも生かしてくれればということです。その意味では昨日のお別れ会もよかった点がありました。立食だったので代わり代わりに多くの人が個人的にバークと話す機会を得ることができたようです。
 結局4回のレクチャーはそれぞれ3ケタの参加者、フリートークでも貴重な議論ができて、それなりの反響や成果があった気がします。問題は、その結果をどういうかたちで発展させていくか。一つは活字媒体でということになりますが、それなりの準備はできるかもしれません。
 ただ自分としては、やはり質問され残したこと、議論し残したことが多いような気がするので、そうした問題を考えるための会を総括的なものとしてやれたらという気持ちがあります。問題はそのやり方、普通の会では面白くない。質問を集めてそれをある程度して整理してバークにメールで送り、それに彼に答えてもらうような形式をとり、こちらはある程度参加希望者が同一の場所に集まって、そこで議論しながら、バークにもネットを通して2時間くらい参加してもらう、そんなことができないかなとも考えています。
 もちろんそのことに必要なのはバークからの協力、そしてとりわけ若い人のネット使用技術。バークからの協力は、質問の内容、議論しようとすることが、自分がそれに参加してもよいと思わせるような、興味を引くものであれば、まったく不可能ではないような気がします。問題は後者、とりわけ技術的な問題。すでに色々試みている人もいると思いますが、もしこうした構想に興味や関心のある人は連絡してほしいと思います(こちらのメールアドレスはこのブログのどこかにあるはずです)。うまくできれば、本当に楽しい試みになると思うのですが。
 もっともこの後はしばらくは小さな原稿・自分の本・編集本の準備などで忙しいので、院生が修論や博論を書き終わっている1月頃にこうした企画が実現できれば、というのが今の夢です。バークが議論してくれたことを契機に考えていることはいくつかあって、それは次に書くつもりです。
by pastandhistories | 2012-10-21 12:26 | Trackback | Comments(0)

情報に伴う問題

 この間は12時に寝るけど、連日朝4時に起きています。普段国内では使用することの少ない英語を長時間使用したりすると、興奮してしまう。おそらくは日本語と英語は、パソコンのデータと同様に、脳内の別の場所に保管されていて、必要な時に取り出されて使用される、そのために脳全体が覚醒して、その興奮の睡眠が短くなっているような気がします。異なった言語使用の能力がおそらくは脳内の別の場所に格納されているのではないかという問題は、外国にいくとそうではないかと思うことがあります。日本ではぎこちなかったはずの英語が、飛行場についてとたんに切り替わって、滞在中は信じられないほど外国語がスムーズに使用できるという経験です。自分はそうなのですが、数少ない人は、たとえばセミナーで自らにあるハイブリディティをパフォーマンスしてくれた下田さんのような人は、おそらく脳内の同じ場所に異なる言語を使用する能力が格納されてような気もします。
 ピーター・バークの招聘については自分の担当した部分はほぼ終わったわけですが、ネットでの反響には本当に驚いています。それも多くが好意的なもので、とくに若い人たちに関心を持ってもらうことができて、準備にはそれなりに神経を使うこともあったので、その分だけ、自分でもほっとhしています。ただ反響が多かった分だけ、伝達されている情報にやや正確でないところがあり、その点をここで書いておこうと思います。
 プロジェクトメンバーとして手伝ってもらった下田さんについてですが、「早稲田大学を出て、ハーヴァード大学大学院」という誤解があるようですが、アメリカの「ヴァッサー大学を経て、ハーバート大学の大学院に進み、ヴァッサー大学の教員をへて、現在は早稲田大学の准教授」というのが正確な経歴です。会でもそう紹介したのですが、多分自分の滑舌の悪さなのでしょう。たしかに「ヴァッサー大学」と「早稲田大学」は聞き違えるかもしれません。また自分もそうですが、博士課程を経てはいますが学位という紹介はしなかったはずです。ハーヴァードとMTCでの経歴はそれぞれ、Teaching Assistant, Teaching Fellowで、ならびにそれぞれHead teaching fellow, Adjunct lecturer で、ヴァッサー大学での経歴は、Assistant Professor ( Tenure Track・ 2009年時点) となります。
 ネットの情報は一人歩きすることがあります。自分も一番困った(困っている)問題は、Toyo University とTokyo University が取り違えられること。Kがあるかないかの違いで、自分には毛がないと学生には冗談で言いますが、ペーパーを送ったりすると、こちらがミスタイプしたのだと思って向こうが(あるいはパソコンの校正機能が)勝手になおしてしまう。活字での発表や(活字では間違って印刷されていることは何とか防げていると思います)、現場での訂正はできるので、必ずそうしていますが(自分はTokyoのほうを出て、現在はToyoに勤務している、TokyoとToyoはわずか1マイルほどしか離れていないと必ず言います)、ネットに出された情報は修正されないで残されてしまう。とりわけ古いデータやいったんリンクされてそれが間接的なものとなったものは、もう修正できないという問題です。
 情報過剰の時代にはこうした問題があります。誤解や誤った情報が、必ずしも悪意からだけではありませんが、一人歩きして、かつ残されてしまう。もっともこうした誤った情報の一人歩きという問題は、「歴史の事実」についても言えることなのかもしれません。
by pastandhistories | 2012-10-18 05:25 | Trackback | Comments(0)

無事終了

 ピーター・バークの東洋大学での日曜の会は終わりました。とにかく会場が大きくて立派すぎて、それが頭痛の種でしたが、途中の休憩で受け付けで確認したさいは135人の参加。この数を多いと考えるか、少ないと考えるかは何とも言えませんが、日曜日ということで学生はほとんどいなく、院生や研究者を中心とした会では、十分な数だったと自分は考えています。
 残念なのは現代史研究会との日程のバッテイング、それから成田さんなどの会とも。いつもこちらに参加してくれる人も少なくはなく、また特に現代史研は今のような会誌の形式になったのは自分が委員をした時の頃からですし、いつもはメーリングリストを利用させてもらっていました。ということで結果的には平田さんの会のメンバーを通じて告知されたようですが、自分からは依頼せず。これは仁義の問題でしょう。
 この時期ですからバッティングはどうしても避けられない。それは仕方のないところがあります。多少なりとも大きな会をしようとすると出てくる問題です。その意味でも自分のコンセプトは、招かれた側は(同行する側も)大変ですが、東京では2回、そして関西で1回公開の会を開催するというもの。これから関西では16日に龍谷大学で、東京は20日に青山学院で講演があります。
 終わったらこのブログを通じて会の内容を書きとめようと思ったのですが、時代ですね。ネットで確認したら、もう内容は参加者によって丁寧に報告されている。ばかりか、ほぼリアルタイムで映像つきでネットで中継のツイットが行われていたということのようです。ならば、読み手も少ないこのブログで改めて内容を詳しく記すことはあまり必要ないでしょう。
 そこで内情の方を少し話すと、会場はどうだったかわかりませんが、壇上ではマイクの音声が聞きにくいところがあって、また会場にいた方は気がつかれたと思いますが、バークの連絡はメモや耳打ちを使ったのですが、このコミュニケーションが円滑にいかないところがあって、コメンテイターへのコメントなどが、きちんとできかったところがありました。
 しかし、本当に感心したのは、質問へのコメント。個々の質問について一度だけ説明したことを、完全にその場で記憶していて、あとはそれぞれの質問用紙の裏に、ADとかEとか、×といった記号だけがそれぞれについて、三つか、四つ記されているだけ。それであのよどみのない回答です。ものすごい能力。本当にびっくりしました。
 後半の方はホテルの喫茶室で打ち合わせようと思ったのですが、食事はしたばかりだというので、すぐにタクシーに乗ったのが大間違い。そこで依頼したので、前日のメモはホテルの部屋の中。会場に着いてからの本当に短い時間にまとめたものです。ということで前日の6つのトレンドが、7つに、かつかなり網羅的になってしまいました。それでも現在取り組んでいる問題は会場に伝わったと思います。
 会の内容については、これはいつも思うことですが、いろいろな方が会場にはいるわけで、例えば英語も100%理解できる人から、良く理解できない人まで。そのバランスを取るのは本当に最近では難しい。しかし、これも自分の考えは、英語の理解力が研究者と一般の人を区別するものであってはいけないというものです。また会を閉鎖的なものとしてはいけないというものです。煩瑣にみえるかもしれませんが、松原さんに翻訳をお願いしているのもそのためです。今回も通訳なしの集中的な議論は別の場で行いました。このブログでもお知らせしたのですが、こちらは敷居が高くなってしまったようです。
 同時に自分のもう一つの考えは、日本史の研究者であっても、歴史研究者は外国語でのプレゼンテ-ション能力は持ってほしいというもの。それも、「日本」のとか、「日本では」あるいは、「日本人からみれば」というような議論の仕方ではなく、もっとハイブリッドな視点から議論ができること。下田さんにプロジェクトに加わってもらっているのはそのためです。かつ大事なことは、決まりきったものではなく、現在性を持つ議論への理解力です。と同時に過去についてのきちんとした認識。
 バークについて改めて感心したのもそのことです。配布されたペーパーの翻訳でも自分が一番当惑したのもそのこと。まずは、おそらくは日本の歴史研究者がほとんど無視しているような現在性を持つ理論に対する関心の高さ。註に挙げられた文献は自分にはあまりなじみがなく、確認できないところがありました。もちろん自分には専門でない、古代・中世の文献の登場。このあたりの翻訳は随分わからないところがあって、逆にそこがバークの幅の広さなのでしょう。いずれにせよ、長谷川さんの正確な紹介、broad minded な総括を含めて、自分では内容的に精一杯アレンジができたと思っています。あとはいつもどおり参加者の判断に委ねるということなのでしょう。
 最後に繰り返しますが、残念だったのはバッティング。今回の来日は長谷川さんも一緒に早くから計画していて、それが具体化したのが昨年の8月、その時点で同意をもらっていて、その後は平田さんの科研、そのメンバーである原さんと打ち合わせをし、今年の1月にアメリカで直接会って、ここで今回の日程を決めました。ただそこから先は招聘計画の難しいところ。このブログでも早い時期から今年はビッグネームの招聘を計画していて同意を得たとは書いていたと思いますが、あまり早くから騒ぐのはおかしい。会場も含めて細かい内容が決まった時点で、また大学を経由するので予算的なものが確定してから告知するという形になるので、結果的にはバッティングしてしまいました。それほどこちらに流れたわけではありませんが、現代史研究会には迷惑をかけてしまいました。
by pastandhistories | 2012-10-15 06:37 | Trackback | Comments(0)

末席

 今日も朝から書類書き。退屈したのでブログをみたら、この間は随分とアクセスがあるようです。ピーター・バークの来日についての問い合わせのためだと思っていたのですが、調べてみたらホブズボームが検索理由のトップ、バークの倍以上あります。そのホブズボームについての記事はこのブログが本格的に書かれ始めた2年前の10月に書いたもの。随分と不思議だと思っていたのですが、その理由を思いついて確認したてみたら、やはりグーグルで「ホブズボーム」を検索すると、この記事が随分と上位に来るためのようです。
 各大新聞の記事やいくつかの追悼的な文章をさしおいてということで、その理由はわかりませんが(自分のパソコンだからかもしれません)、ホブズボームの方がバークより関心が強いのだろうかということを含めて不思議な気持ちです。ともあれそれが理由でこのブログにアクセスした人は、ついでにバークの記事も参照してくれれば、さらには自分がこれまで書いてきたものに関心を持ってくれればとも思います。
 ホブズボームの記事は東大社研と労働史研究会で見かけた時のエピソード。いずれも自分には印象深い出来事です。東大社研の時は、当然のことながら一番後ろの一番端の席で参加しました。でも末席といっても、同じ場にいられたという経験が、ある知的な世界に関心をもつきっかけになったことは確かです。バークの会もそうした機会になってくれればよいのですが。
 末席といえばマンチェスターのメトリポリタンユニヴァーシティで開催されため同じ労働史学会に参加した時も末席に座っていたのですが、ネヴィル・カークの言語論的な議論への批判に対し、立ち上がって激しい反論したのが隣に座っていたパトリック・ジョイス(この会の参加者は30人程度でしたが、その会に彼は参加していました。開催がマンチェスターであったということが大きな理由だったのでしょう)、それまで彼のことは直接には知らなかったので、その激しい議論の仕方に随分とびっくりした記憶があります。
 キース・ジェンキンズと話をするきっかけになったのも、彼がいつも会場の端に座るから。どうしても隣の席になります。報告が始まると、話しかけてきて「この議論はおかしいと思わないか」と聞いてくる。そんなことをしているうちに、随分と話しあうようになりました。
 末席でもそうした経験をとおして、自分の世界が随分と広がることがあります。今日も雑文ですが、このブログは最初の方で、実際的な歴史研究の問題や理論的なことへの自分の考えをかなり書きましたので、関心があったら読んでください。
by pastandhistories | 2012-10-05 10:41 | Trackback | Comments(0)

バーク来日時のスケジュール

 帰国してあまり休む間もなく、先週から授業、そして新学期恒例の会議と書類書き、さらにはバークの準備ということで忙殺され、このブログには書く時間はありませんでしたが、昨日は突然大量のアクセス。多分バークについての情報が伝わり、それで検索の対象となったためでしょう。
 データは10月14日という記事に記されていますが、アクセスする人の便をはかるため記事を立てて、あらためてスケジュールを書いておきます。
 来日は12日夕刻、翌13日に今後の簡単なフリートークの会と打ち合わせをして、夜歓迎の会を開催します。場所は白山か、神保町で会費は5000円程度。正直言ってまだそれ参加希望者があるわけではなく、関心のある人は会場の予約の都合があるので、木曜日までに連絡をいただければ間に合います。
 14日の東洋大学の会は、1時から。セミナー方式で会場との議論の時間もとってあります。通訳付きで、ペーパーの方はほぼ訳し終わりましたので、日本語のものを会場で配布します。準備した会場が大学のメインホール、大きすぎて心配ですが、逆に席には余裕があるので参加に制限はありません。ただ参加者の数が確定できないところがあり、終了後の会は現在の段階では設定されていません。ホワイトの時は多くの人が話す機会をもてるよう会費1000円でティー・パーティをしたのですが、今回は日曜ということで適当な場所がなく残念です。
 翌15日は大学の授業を手伝ってもらいますが、これは学生を対象とした内輪の会となります。
 海外研究者の招聘のさいは、なるべく関西での会を設定するというのが自分の考えで、今回は16日に関西に行きます。今回のバークの来日は青山学院の平田さんが代表の科研プロジェクトとの共同招聘、そのメンバーの女子美大の原さんが関西に同行してくれて、龍谷大学で開催されます。この会については、主催者の方に問い合わせていただければと思います。
 東京に戻ってから青山学院で20日に最後の会があります。この内容についても、そちらに問い合わせてください。そして翌21日離日というのがスケジュールです。
 自分としては多くの人にとってよい機会であってほしいと考えています。多少の準備もしなければなりませんが、14日に早めに来ていただければ、個人的な挨拶も可能でしょうし、13日の会も閉ざされたものではありません。お問い合わせ、ご希望のある方は、okamoto.toyo.university@gmail.com にご連絡ください。また学生などに14日、16日、20日の会への参加を呼び掛けていただければ助かります。
by pastandhistories | 2012-10-02 11:03 | Trackback | Comments(0)

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