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AHA④

 アメリカ歴史学会についての記事の4番目、今日が最後のものです。羅列的で参考になるようなものではないけど、それは報告書の下書きという面があるから。公にされるものではなく多分誰も読まないものなのに、最近はこうした書類書きが随分と増えました。今週は認定評価の準備の書類書きも締切りで、これもばかにならないほどの時間がかかります。
 もっとも最近はネットのおかげで、学会の内容はデータとしてまとめられることが多くなりました。昨年参加したリンツでのITH(International Conference of Labour and Social History)についても、三日ほど前に newsletter が送られてきて、その中に報告の内容が簡単にまとめられています。おととしのアムステルダムの世界歴史学会議についてここで紹介した最終日のアンカースミットが司会したセッションの内容は、昨年のStoria della Storiografia に、ナンシー・パートナー、ユルゲン・コッカ、ヘイドン・ホワイト、フランク・アンカースミット、リチャード・ヴァンがそれそれ報告したものが加筆されたフル・ペーパーとして掲載されています。その意味ではそうしたものを待てばよいわけですし、活字になったものをもとにここでの個々の記事も、時間があればより正確なものに書き直した方がよさそうです。
 したがってこの記事もあくまでも仮のものですが、いちおう自分が参加したAHAの最終日の内容を書くと、6日にまず最初に出たのは、Politics of Remembrance and Oblivion: Memories of War in Postwar Japan というセッション。日本研究者の集まりですが、戦後の記憶ということがテーマで自分にもわかりやすいところが多くありました。報告者に欠席者があって主たる報告をしたのは、Linda Hoaglund という日本で宣教師のこともとして育ったドキュメンタリー映画製作者の女性と、Hajimu Masuda という現在はシンガポール国立大学に勤務している多分30代の若い現代史研究者、後者の人は日本からコーネル大学へいって学位をとったようなので、酒井直樹さんの学生なのかもしれません。Hoaglund は完全なバイリンガルのようで、三島由紀夫や大島渚のtranslator をしたこともあるそうです。報告の内容は、浜田と中村という二人のイラスト表現などをもちいながら、60年安保やジェラード事件がどう扱われたかとか、空襲の記憶がどのように表象されたのかを説明しました。職業柄歴史研究者のものだけではなく、半藤一利、保坂正康、小熊英二などの本もよく読んでいるようでかなり説得力のある議論でしたが、最後に東大生とのインタヴューがあって、その学生が「東大闘争はコミュニストの学生が起こしたものだ」と真顔で答えているのには苦笑させられました。文字通り「想像力の欠如」が、歴史を一面的なものとして捉えていくということなのでしょう。
 Masuda の報告は、戦後の日本における対立を進歩主義と逆コース、あるいは再軍備・戦争回避のための防衛力拡充論とそれに対する進歩主義的平和論との対立としてやや図式的に説明する部分がありましたが、public memory と personal memory, memory making における construction と consolidation といったような議論はきちんと押さえていて、現在在籍している大学からも、これからこの人には注目して良いかもしれません。
 ここまで書いてきてだいぶ疲れましたが、最後に出たのは、Imagining Lives/Places/Stories: Historians and Fictions というセッション。最後だというせいか、中堅的な実際の伝記的研究の筆者たちが言いたい放題で議論しあうというところがあって、議論は一番活発なところがありました。ただこういう会の難しさで、特定の人がかなり中心的に発言してしまうところがあり、また当然のことながらある程度個々の著作が議論の前提となっているところがあって、かつその内容が最近の傾向としてビッグネームを対象としたものではないわけですから、それらの作品を読んでいないと議論についていけないところがありました。
 あくまでの報告書書きの下書きで、あまり読んでいる人の役に立たなそうで申し訳ありませんが、以上が今回のAHAで自分が出たセッションということになります。ここ数日は試験の採点と、29日から始まる3日間の修論、卒論の口頭試問の準備とこうした書類書き。自分の仕事は何もできませんが、それが終わるとやっと自分の時間が取れるようになるでしょう。 
by pastandhistories | 2013-01-24 23:33 | Trackback | Comments(0)

AHA③

 AHAの報告の続きです。今この記事を書いているということは、まだ出張報告書を書き終えていないことの裏返し。もうそろそろ書き上げて提出しなければなりません。そのための下書きとして。
 5日はまずClo's Craft: History and Storytelling というセッションに出ました。会場はほぼ満員で200人ほどの参加者。司会はMarth Sandweiss (プリンストン大学)。テーマが面白そうで出たのですが、5人の報告内容は予めプログラムには記されていない。どういう順を追って議論していくのかと思っていたら、なんとABC順。これもアメリカの学問世界の現在の一面ということなのでしょう。内容的には前日行われた総会での会長(William Cronon)の報告をふまえたものがあって、それに参加しておけばと思うところがありました。
 最初の報告はJohn Demos(イェール大学)、アメリカ家族史の研究者であると紹介されましたが、報告は1950年以降の歴史研究の流れの整理が中心。特に1960年以降歴史に新しい流れが生じたとして、narrativeを、1、emotionの喚起、2、generic part of experience, 3、epistemological question(一人称に関連させた)、4、歴史と小説の区別、という点から論じ、narrative history とargument history の違いを論じました。次の報告者はAnnette Gordon0-Reed(ハーヴァード大学)、ジェファーソンの伝記などを書いている黒人女性研究者で、伝記叙述に含まれる文学的要素の話をしました。三番目は、Tony Holwits,この人はウォールストリートジャーナルなどの記者経験のある人のようで、ジャーナリストの立場からの議論。ストーリーテリングはtrue historyにとっては必要であり、(情報の)delivery system のなかでストーリー的なものは必要とされる。判断するのはオーディアンスの側だ、と話しました。次は、Karl Jacoby(コロンビア大学)、この人の話は統計や映画の話に及んで面白かった記憶があるのですが、ノートだけではよく思い出せません。最後はMarci Shore(イェール大学)、この人はこの会合ではややユニーク、思想史畑が専門とのことで、ヘーゲルやゲルツエン、マルクスを論じながら話は現代の全体主義体制にまでおよび、『1984年』を例にとって「文書をとおして客観的な(全体主義に奉仕する)歴史が作られる」という話をしました。このセッションは話はバラバラでしたが、それぞれが自分の話に自信をもっていて、面白いところがありました。
 5日にもう一つ出たセッションが期待のE・P・トムスンの『イギリス労働者階級の形成』刊行50周年を記念するセッションです。司会は一時期チャーティスト運動史研究の最大のホープを見なされた(そう判断したのは自分だけではないと思いますが)ジェイムズ・エプスタイン(ヴンダービルト大学)。発言者は4人で、ここではLala Kriegel という女性研究者が早く帰らなければいけないということで、最初に報告しました。本が出されてからの50年間の歴史研究の変化、ジェンダー、反帝国、ポストコロニアル、あるいはクジラを主人公とするような環境史(ビッグヒストリー)といった流れがあるという基本的な指摘。次がVinayak Chaturvedi(カルフォルニア大学アーヴァイン校)、この人はインド系の人のようですが、トムスンの帝国論の不足を指摘しつつ、トムスンとインドとのつながりを論じました。Dennis Dworkin(ネヴァダ大学)の報告はそれまでの報告者が若い世代であり批判的な視点をまじえていたのに対し、直接的な影響を受けた世代であったということもあって、この日の報告では一番オマージュ的なもの。アンダーソンとの対比、アルチュセールとの議論を交えてトムスンの意味を、acitivistとして位置づけ肯定的に論じました。この報告で自分にとってちょっと面白かったことは、新左翼は人民戦線のイメージから来たものであると述べたことです。最後がこの日の報告者で一番知名度が高いともいえるGeoff Eley(ミシガン大学)。 よく言えば整理された、悪く言えば図式的な説明で、『形成』の意味を、1、1960年代というソ連の影響の後退期に書かれた、2、階級を静態的にとらえることへの批判、3、successful ということではなく、collective なものの重視、4、ナショナルな枠組み、5、四つの文化史的な面、6、リューデやホブズボームと同じ政治的要素(politics)というように整理しました。またトムスンはagencyを関係性の中でとらえていたとも指摘しました。
by pastandhistories | 2013-01-23 15:21 | Trackback | Comments(0)

AHA②

 報告書作成をかねるので、少し羅列的に昨日の続きを書きます。4日の午後は知人と会って食事。「サマータイム」という歌の中にも出てくるキャットフィッシュと、エビとカニの三点セットを食べました。この食事がやや延びて、予定していた世界史学会(WHA)の唯一のセッションには欠席。例年はアフィリエーションでいくつかの会合があり、レセプションもあるけど、今年は会の中心であったベントリーがなくなったためそうした催しがなかったようです。その意味でも出たかったのですが、残念でした。
 その後はフィルムセッションに参加。今年はジョン・セイルズという監督の特集。監督自らが参加して映画の製作意図などを説明し、上映後に参加者とのディスカッションという形式。最初はMateone(邦題メイトワン1920)(1987年制作)という映画を上映しました。この『メイトワン1920』という映画は偶然見たことがありました。何気なく貸しビデオ店の棚を見ていたときに見つけ、アメリカでの炭鉱ストがテーマということで、また1920年ころを扱ったということで、借り出したからです。見たときの印象を一言で言えば「真っ赤かな映画」、要するに左翼的な内容の映画だという印象があって、こんな映画がよくアメリカで作られたなという印象がありました。
 今回監督自らの解説付きで見直してあらためていくつかのことがわかりました。まず炭鉱ストライキを扱った映画ですが、映画自体がきわめてスタイリッシュな形で作られているということです。『荒野の決闘』あり、『七人の侍』あり、また『俺たちに明日はない』ありという形で、名作の代表的シーンがあちこちにちりばめられている、いわゆるパスティッシュの手法をとっています。その意味では「映画」の歴史を継承したもので、「歴史」そのものの忠実な再現ではないという形式です。内容的にも、外部からきたストの指導者が基本的には主人公ですが、もちろんのようにストの参加者、その家族、スト破りの組織者、スト破りとして導入される移民労働者や黒人、地元の住民、保安官、そして狂言回しとしての宣教師、そして少年というような様々な要素がちりばめられていて、登場人物の類型化が行われています。
 炭鉱映画の傑作といえばジョン・フォードの『わが谷は緑なりき』。ジョン・フォードといえばジョン・ウエインで、騎兵隊。今でもアメリカの地方都市に行くと、スーパーのDVDコーナーにはジョン・ウエインの作品が一番目立つような形でおいてあって、ある種のアメリカの保守主義の根強さを感じさせますが、ジョン・フォードには『怒りの葡萄』の映画化でも知られるように、一方では社会派的な側面があって、『わが谷は緑なりき』はそうした彼の作品の代表的なものです。落盤事故や閉山、教育と階級の問題などが丁寧に描かれているある種のリアリズムを伴った作品です。
 これと比較すると、おそらく意図的なのでしょうが、炭鉱ストライキを扱っているのに、『メイトワン1920』は炭鉱での労働シーンはほとんど画面には出てきません(ストライキ中であるといえばそれまでですが)。その意味では不思議な映画ですが、今回の監督の説明によれば、IWWによる全国的組織化が進んでいき、そうしたまとまりの中での運動の意味が理解され始めた時に、個別的な闘争が結局は暴力的な結末に終わったということを、その正当性は理解しつつやや批判的に扱ったということに映画製作の意図はあるようです。
 運動の地域社会を単位とした結合と自然発生性、組織性と暴力という問題は民衆運動史研究の一つの基本的テーマで、このあたりの問題は難しいところがあります。ただ今回この映画がAHAで上映され、ジョン・セイルズという監督が評価されたのは、多分スタイリッシュな映像表現のなかに、ローゼンストーンが指摘したようなメタフォリックトゥルースが内在しているからということなのでしょう。そのあたりのことがこの後の連続セッションでも議論されたようですが、日程の都合もあって、今回のフィルムセッションへの参加はこの作品だけということになりました。
by pastandhistories | 2013-01-22 11:06 | Trackback | Comments(0)

AHA①

ニューオリンズから戻ってからもう10日、帰国早々繁忙期の書類書き。以前書いたことがありますが私立大学は2月初めから入試の時期はそれはそれで忙しいですが、その直前は期末試験、卒論・修論の審査、シラバスなどの新年度向けの書類書き、予算の処理等々で本当に毎日が追われます。今年はそれにくわえて「社会運動史」についての本の準備、ある程度コストを抑えて価格を安くしたいし、また原点に戻って多少手作り的な要素をということで、その編集作業が入りました。まだタイトルが決まっていないので宣伝しづらいのですが、原稿は全部集まって本文だけで330頁近く、多少の補筆や編集後記も入るので、それだけで350頁、全部で400頁前後になると思います。内容は本当に力作揃いです。このブログよりはるかに面白いと宣伝しておきます。今は最初の原稿チェック(初期的な校正)に入った段階で、遅くとも4月には出せると思います。
 さてこれも以前書きましたが、このブログで海外の学会の紹介をするのは、学会出張の報告書つくりもかねてのこと。1000字以上の報告書を出さなければいけないので、その整理もかねてのことです。ということで今回のAHAの内容を自分が参加したセッションをたどって順に書くと(そのために多少のメモも取ってあるのですが、大分記憶も薄れてきました。今さっきメモを見返しましたが、会での報告なのか、自分が気づいたことのメモなのか、そのあたりがやや曖昧になってきました)、最初に出たのは、1月3日の午後に開催されたThe Prostitution in Japanese History というセッション。こうした会合がAHAであるのはなんと考えてよいのかと思うところもありますが、参加者は司会・報告者5人を含めて10数人、これも以前紹介したWilliam Marotti(カリフォルニア大学LA校)が司会をしました。Craig Colbeck(ハーヴァード大学)、Ann Marie Davis(フロリダ大学)などが報告しましたが、前者は明治維新以降、男性のセクシャリティの維持として行われたということを論じ、後者は第二次世界大戦の前後の時期について、人種問題や文化的価値に関係づけて、ある意味では常識的な議論をしました。
 翌日の4日午前中に出たのは、Historians as Expert Witnesses where Scientific Controversy Is Alleged というセッション。議論はいわゆる自然科学的な認識を歴史認識として(あるいは社会的な実践として)がどう考えていくのかという問題をめぐて行われました。司会はカリフォルニア大学[バークレー)のD.A.Hollinger, D.J.Kelves(イェール大学) が優生学をめぐって、 Naomi Oreskes (カルフォルニア大学サンディエゴ校)が気候変化について、Robert Proctor(スタンフォド大学)がタバコ訴訟について報告しました。ここでは専門的研究者と商業的研究者という形で研究者を分類したオレスケスの話に面白いところがありました。自分はあまり関心はないけど、最後のプロクターの話では1980年以降裁判においてモタバコ有罪論が確定したということのようですが、参加者もまたそれを自明のこととして受け止めていました。その後はScience and the Human Past: A New Initiative at Harvard University というセッション。日本でも翻訳(『20世紀環境史』)の出たJ.R.マクニール(ジョージタウン大学)が司会。要するに環境史、気候史のセッションです。ここではまずMichael McCormickがClimate Change and the Fall of Empire という報告をしました。文字通り気候変化をローマ帝国の盛衰と結びつけた報告、データを詳細にグラフ化し、関係を説明しました。ダイアモンドの本が日本でもベストセラーになったように、流行の課題。このセッションはこの後も、疫病、遺伝子と歴史の関係ということで会場はそれほど広くなかったので超満員(150人程度)、ここで人と待ち合わせていて、一番後ろに座って席をとっていたのですが、立ち見が続々と入ってきたので、席を譲って入り口で人を待つことになり、残念ながらその後の話は聞けませんでした。
by pastandhistories | 2013-01-20 23:12 | Trackback | Comments(0)

ほぼまる一日

 ニューオリンズであったアメリカ歴史学会大会に参加し、8日午後に家に戻りました。宿を出たのが朝4時(日本時間の午後7時)、ニューオリンズで飛行機に乗って、日本に飛行機がつくまで乗り換え時間を含めると18時間、途中多少の飲食をして帰宅したのが午後6時過ぎ、ドアツードアで23時間でした。ほぼまる一日です。しかしなんといってもラッキーだったのは、シカゴからの飛行機のグレードアップ、そのおかげで、機中で6時間ほど眠れて助かりました。昨日は朝の1時間目から授業、さらに教授会、学科会議、院生との食事ということで一日が終わりました。今日は、すぐにたまってしまう書類の整理で一日が終わるでしょう(というより、この仕事は明日も、明後日も続くでしょう)。
 ニューオリンズではいつも通りブログを書こうと思っていたらパソコンに書き込めない。海外のサイトへの(今度の場合は日本へのですが)書き込みを防ぐための防止装置をホテルがとっているのだと思い、今はアメリカも中国も同じになったのかと妙に感心しました。でも、このブログは元々はアメリカ歴史学会に参加した時に、滞在先のホテルで書きはじめたもの。妙なことがあるなと思っていたら勘違いであったことに数日後に気づきました。結局疲れもあって(さらには戦後史学と社会運動史の編集後記を書いていたために)、ブログには書き加えることなく帰国しました。いつもとおりの報告を期待していた人には申し訳ありませんでした。
 ということで年賀状も元日配送分以外は帰国後見ました。その一つにこのブログに気づいて最初から全部読んだというものがあって、嬉しかったですね。最近は他のきちんとした新しいことを書こうと思うと(書きたいことはまだ随分とありますが)、なかなか考えがまとまらず、また他の仕事との関係で時間的な余裕があまりありません。その意味では以前のものを読んでくれる人がいると、ほっとします。もっとも自分もそうですが、ブログというのは、以前にさかのぼって読むのは、なかなか難しいところがあります。
 会の内容については多少のメモをとったので別の記事で紹介していきますが、全体的印象をまず書くと開催地のせいか、例年に比べると、やや国内的な、細かいものに発表が集約される傾向があったようです。例年はプログラムに掲載されている海外からの参加者(発表者)名簿がなかったのもそのためかもしれません。その点で、例年に比べると知己の人も少ないところがありました。それでもいつもながらいくつかの知見はありました。
by pastandhistories | 2013-01-10 12:06 | Trackback | Comments(0)

明日出発

 このブログを始めたのは、アメリカ歴史学会でサンディエゴに行った時、宿で時間があったから。その時は三日坊主ならず、二日でやめましたが、その夏ロンドンに行って、大学の宿舎で毎日書いて、それがその後も継続しています。
 そのアメリカ歴史学会の今年の大会はニューオリンズで3日から、明日出発します。プログラムを見たら今年はE・P・トムスンの『イギリス労働者階級の形成』から50年ということで、記念のセッションがあるようです。司会はチャーティスト運動の指導者オコナーについて優れた書物を書いたのジェームズ・エプシュタイン。そのエプシュタインと会ったのは他ならぬトムソン邸。泊りに来ないかという手紙があって出かけたら翌朝姿を現したのがエプシュタイン。今からもう20年ほど前、本当に懐かしい思い出です。憶えてくれているでしょうか。
 『労働者階級の形成』は1963年、その10年後に出版されたのがホワイトの『メタヒストリー』。これも40年目ということで、Rethinking Historyが特集をするようです。これも楽しみにしたいですね。
 ということで一年が始まります。本当に忙しくて出発前は何も準備ができませんでしたが、行けば行ったなりに収穫があるもの、このブログを読んでいた人は気づいていたかもしれませんが、昨年のバークの来日の打ち合わせをしたのも、正月のシカゴでのアメリカ歴史学会ででした。今年もいくつかの計画の準備ができればよいのですが。
by pastandhistories | 2013-01-01 22:10 | Trackback | Comments(0)

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