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ボーフム

 4日間あった国際文化史学会をを終えて、今度はボーフムで3日間国際歴史叙述歴史理論学会、今日終わったので、明朝の飛行機に乗り帰国します。
 こちらの会は30人くらいの参加者で少し淋しい。大きな理由はやはりゲントでのINTHの大会の後ということと、さらには二週間後には今度はブラジルで『メタヒストリー』の刊行40年の会合があるため。両方に参加をする人もいるけど、やはり両方、もしくは三つへの参加というのは日程的に難しいということのようです(ホワイトは当然ブラジルに行きます)。
 参加者もそれほどでないことが予想されたし、歴史理論が中心の会、これを機会にまとめられればということで、「歴史の個人化・記憶の集団化」というテーマを考えたのですが、このテーマは本当に難しい。結局まとまらず、当日の朝にやっと結論らしきものを作って会場に、ところが終わったら会を実質的に切り盛りをしていたシュテファン・バーガーから、発表は会合のテーマであるHistorians as Engaged Intellectuals とどう関係するのかと質問されて、本当に戸惑ってしまいました。
 正直言って他の人の報告を聞いていて、(日本風に言えば)なんでこんな古臭いことを歴史理論の学会で議論しているのかがわからず不思議な気がしていたのですが、その理由は自分の発表を終え、最後の日の発表を聞いていてやっとわかりました。最後の日に行われたのはアテネ大学のリアクスの門下生を中心とする人の発表。リアコスは現在この組織の会長。何度か紹介しましたが、パブリックスペースにある歴史と専門的な歴史のあいだの関係、ナショナリズムに拘束された歴史からどう脱却できるかを実際的な問題として本当に丁寧に考えている人で(この人の本の翻訳は1冊くらいはあってよいと思います)、門下生の発表も非常にまとまっていました。学問世界で教師というのは本当に大切です。その後イッガ一スへのシュテファン・バーガーとエドワード・ワンによるインタヴュー。イッガースがナチス時代の経験を経てアメリカに渡り、公民権運動など、さらにはヴェトナム反戦運動とどう関わったのかという話です。
 要するに日本ではほとんど使われなくなったアンガージュマンの話です。それにインテレクチュアルという言葉が組み合わされたのが大会のテーマ。タイトルを見てその意味が全然ピンと来なかったのは、自分の感性が本当に鈍っていたからでしょう。ある意味では自分の責任ではなく、今の日本の歴史研究者で、engaged intellectuals という言葉を見て、すぐに意味を理解する研究者がどれだけいるでしょうか。本当に反省しました。バーガーには帰ったら詫び状を出すつもりです。
そもそも会が行われたのは、ボーフム大学にある社会運動史研究所。『社会運動史』という雑誌を出していて、さらにはこれからバーガーを中心に社会運動史研究のシリーズを出していくことが計画をされている。そうだったのなら、『歴史として、記憶として』の内容を、執筆者それぞれの紹介を含めて行ったほうがはるかによかった、ということで本当に残念に思いました。しかし、自分が今回色々な誤解をしたのは、やはり日本の歴史研究の状況の中にいて、現在の研究のあり方を当たり前だと思い込んでしまっている、そうしたことにあったのだと思います。
 いずれにせよ、イッガースに久しぶりにあえて、また話を聞けて、さらにはアンガージュマンという言葉の意味を少しづつ思い出して、あらためて感動させられるところがありました。知的な合理主義者でありながら、それが決して他者を抑圧することになってはいけないという意味でホーリズムへの強い批判的意識をもっている。バランスよく世界を見ようということでアジアへの関心も強いけど(エドワード・ワンを信頼しているのはそのためです)、欧米とアジアを知れば全知全能になるというような安易さには鋭い批判精神を持っていて(逆に言えば、日本の人文科学がダメなのは、そうした全知全能性が自らにはあるという思い込みからです)文字通りengaed intellectualsの一人とされてよい人でしょう。
 イッガースのことが長くなりましたが、ボーフムではINTHの中心であったカーレ・ピハライネン、ベルベル・べルヴェナージュに会え、いろいろ話すことができました。ベルベルは最初は参加予定ではなかったのに、車でベルギーから来てくれました。彼の本は国際歴史叙述・理論学会の最優秀賞に選ばれています。このブログでもすでに紹介したことがありますが、情熱的で期待してよい若手研究者だと思います。まだ33歳です。
by pastandhistories | 2013-09-22 05:47 | Trackback | Comments(0)

ISCH③

 今日はこれからペーパーを読まなければならないのですが、国際文化史学会の続きを簡単に書きます。今も時間があるわけではないけど、日本に帰るともっと時間がなくなるからです。
 Memory Boxes についてのパネルの続いて行われたのは、4人の基調報告的な講演。正直言って今回の会では、個々のセッションではやや層の薄さを感じさせるところもあって、その意味ではこの4人の報告がレベル的には安定していました。なかでも最初のPeter McCaffery(Aberdeen)の文化史と心理学との関係についての報告は非常にバランスがとれていて、教えられるところが少なくありませんでした。
 いかにも朴訥な好好爺という感じの人で、本来は社会学者、特に宗教学の実証的な研究をしている人です。この人が最初の報告者に選ばれたのは、Routlege から10月に出版が予定されている The Cultural History Reader の編集者だから。会の後に向こうから話しかけてくれて随分と長く話す機会がありましたが、知識が豊富でかつ正確な人で、そのことが分野の違いにもかかわらず編集者に選ばれた理由のような気がします。序文も書いたようなので、それを期待してよいのではと思います。
 多分今回の話は序文とは違うのではと思いますが、まず文化史と心理学の区別から話を初めて、双方から相互的な関心が高まっているという話をし、その理由として心理学にかつての実験的心理学とは区別される歴史的な方法が出現したこと(cultural historical psychologyという言葉を用いました・・・この言葉自体は20世紀前半にVygotsykyによって用いられたもののようです)、また文化史には人類学、考古学、文芸研究、社会学といった他の学問分野との接点があるという話をしました。
ここから具体的な例を取り上げ、例えばemotion の研究、文化的な違いへの着目,認識の差異への着目が、文化史と心理学の収斂を生み出していることを説明しました。文化史にとっては学際的アプローチが基本的な要素であること、そして心理学が自然科学的モデルから人文学的なものに移行していることによって、両者の接合が行われている(あるいは可能であり、必要である)という話なのですが、一般論的な話にとどまらず心理学の歴史的流れと、一方での歴史研究の現在的状況への理解が幅広い知識を根拠として説明されて、非常に明快な説明でした。あまり日本では知られていない人かもしれませんが、学問的世界の人的資源は随分と奥深いものです。
by pastandhistories | 2013-09-20 14:12 | Trackback | Comments(0)

ISCH②

最初のパネルであった memory boxes についての議論を紹介しようと思ったらまたネットにつなげません。多分宿の方で接続を切ってしまったようです(後で聞いたら宿の周辺一帯が繋がらなかったということです。停電ではあるまいしと思うのですが)。普段はこのブログはいきなり書き込んでいますが、仕方ないのでワードで書いて修復されたら入力するようにします。
 その前にどうでもいいことを一つ。今度の国際文化史学会で目についたことの一つは参加者にサンダル履きの人が少なくなかったこと、男性も女性もです。日本でいう草履を履いている人もいました。日本の学会ではあまり見かけない光景です。場所柄だけでなく、そうした「文化的」変化が生じているのかもいるのかもしれません。
 話をパネルの内容に戻すと、memory boxes というのはBernd Roeck が唱えたもの。文化の移動が、一つの箱に収められたもののようなかたちで、時間的・空間的に移動して行くことを意味しています。自分にとって今回の大会への参加と、オスロ大会の参加のあいだの違いはオスロ大会の議論に触発されてアレイダ・アスマンの2冊の翻訳書を読んだこと。実はオスロ大会の後に英語版を読み始めたら本当に面白い。人にも勧めていたりしたら、とっくに翻訳が出ていました。随分と気づいていないことがあるものです。そのなかに聖櫃(Arc)が archive の語源であるという話とか(日本に帰ってからもう一度確認します)、箱に入れて歴史書を運んでいた男が急な坂道で命より大事だと思っていたその箱を崖から落としてしまうけど、結局命が大事だったのではと助けた男に言われるというような話が出ていたと思いますが、要は記憶を収めた象徴的なもの、あるいは書物などが箱に収められて移動するという話です。
 この memory boxes という考えにもとづいたプロジェクトが2011年からドイツとフィンランドの研究者の共同プロジェクト(大学はマインツ大学とトゥルク大学)で,始められ、来年に出版が予定されている、その中間報告がパネルの内容でした。それぞれの大学の指導的教師がそれぞれ司会(Jorg Rogge)と序論(Hannui Salmi)を担当し、実際の報告者はCathleen Sarti(マインツ), Ann-Leena Perramaki(トゥルク), Heta Aali(トゥルク) の三人です。
 最初のRogge の話はプロジェクトの経緯を簡単に紹介しただけのものでしたが、Salmi の話はよくまとまっていて興味深く聞けました。多分本が出版される時の序文となるでしょうから、これは読んでおくといいと思います。この人は国際文化史学会の実際的な形成を中心的にすすめた人であり、現在もかなりの影響をもっているようで、その意味でも注目してよいかもしれません。中心的内容はアレイダ・アスマンとピーター・バークの考えを軸としたもの。アスマンからはすでに述べたような、記憶の移動はそれを象徴化したもの、具体化したものが箱に収められるようなかたちで空間的にも時間的にも転移していくという話をもちい、バークに関しては文化的相互作用によって文化的なハイブリディティが生じており、その中でpersonal artifacts はハイブリッドなものとなっているという話をもちいながら、結論的には再びアスマンに戻って文化的に構築されたものとしての memory boxes が転移してきたことによって、ハイブリッドな文化が作られてきたという話をしました。逆に言えば、現在の文化を理解するには過去の人々がどのようなmemory boxes を作りそれを現在に残しているのかを理解するのが重要だということです。
 これを受けた3人の報告は、それぞれmemory boxes という考え方を実際の個別研究に、topos, artifacts, personalities を軸となる概念として応用することを試みたもの。このそれぞれの評価は難しいですね。実際に本がでてきちんとした文章になるのを待つべきでしょう。感じたことは memory boxes を実際的なものと考えるのか、それとも比喩的なものととるのかという問題です。実際の研究対象が拡大すると、(その拡大を正当化するために)比喩の上に比喩が重ねられるという問題が生じてしてしまう。そうなると用いられている言葉の内容がどんどん拡大してしまうという問題があります。Salti はprovidence がtoposであるメモリーボックスの中身が入れ替わることによって宗教的なものから政治的なものに転化したという議論、Peramaki は日記というartifact は記憶が移動するmemory boxes であるという議論(実際のユダヤ人女性の日記を例にこの議論をすすめました)、Heta Aali はさらにpersonality のrepresentation について、personality はmemory box の作り出すものだという議論をしました(実際にはメロヴィング朝の女王についてのエスニシティの捉え方が、19世紀前半にゲルマンとするものから、フランスにおけるナショナリズムの形成に対応してフランスとするものに移行していったという話です)。
 メモを見ながらこう書いていてもわかりにくいところがありますね。ある程度サルミの話に沿っているし、実際的な史料研究という点ではそれぞれの力量は感じたのですが、比喩的な概念操作は、特にそれに別の概念や比喩を加えていくと第三者的には理解しにくくなる、議論としてはmemory boxes というのはかなり具体的なもの(ある程度まとまりのあるもの、象徴化されたものが収められたもの)をイメージできるわけですから、まずはその議論を重ねてから他(日記のような個別的、個人的なものに)に応用していくという順序のほうがよいのではという印象を持ちました。
・・・ネットが繋がらなかったので、いろいろ確認できなかったこともありますが、とりあえずこのまま入力しておきます。
by pastandhistories | 2013-09-19 15:37 | Trackback | Comments(0)

ISCH①

 やっとネットがつながったので国際文化史学会の報告。といってもそのメモをここに書き止める理由だった大学への報告書はもう作成済み。その意味ではもう書く必要性は自分にとってはないけど、何らかのかたちで会の内容を広く報告するのは数少ない日本からの参加者であった自分の義務だと思うので、順を追って書いていきます。もっともボーフムでのぺーパーの原稿がまだ完成していない。英文のペーパーでこれほど手間取ったのは初めてです。大きな理由は、問題提起をその次の段階に進めることができない。自分の頭にはあるけど、それをどうやって海外の研究者に説明するかで、すっかり詰まってしまいました。ということで明日も原稿作成作業の予定。その意味では国際文化史学会のことを整理する時間もないけど、気分転換に少し書きます。
 まず全体的なことから。オスロに比べて参加者は半減した感じ。おそらく理由は場所的なことだけではなく、雑誌が出されて学会としてある程度制度化されたために、かえって閉鎖性が生じたからのような気がします。テーマを個別化することによって、学会化はやさしくなるけど、それが広がりを閉じてしまう、そうした問題は常に繰り返されているわけだけど、多少そんな傾向を感じました。文化史という、社会史、さらには経済史、政治史と同じような包括的な概念を使用するなら、それに応じた開放性は絶対に必要。そう考えると構成大学(地域的にも)にやや偏りが見られ、既存の社会史研究や文化史研究との接点を持とうとした努力も足りない感じがしたのはやや残念でした。
 それでも新しい内容もあり、興味深い議論もオスロ大会同様ありました。4日間に渡るその内容を全部書いていくとなると、かなり時間がかかりそうですが、いちおう順を追って、ある程度要約しながら紹介していきます。最初に紹介しておくべきは、大会のテーマ。Artefacts Culture and Identity というものでした。何かわかりにくい。それぞれの意味はわかるけど、Artefacts を具体的にとるのか(複数形だから基本的にはカウンタブルのはずですが)がよくわからない。後で紹介するように、理解しにくいところもありました。
 会議はまず基調講演から。Nurhan Atasoy という女性研究者。ある意味では大会のテーマに最もそった話で、建造物、繊維製品、武具、さらには絵画などの様々なARTEFACTSの例にとり、オスマン帝国の文化が中東欧のみならず、遠くイギリスまで及んでいたかをパワーポイントを用いてスライドで説明しました。手馴れた講演で冒頭に置かれたことに不思議はありませんでしたが、ある意味では一般向けとも言える内容で、新しい学会への問題提起とされてよいのかは、疑問も残りました。その後を受けたのはMemory Boxes 論をめぐるパネルです。
by pastandhistories | 2013-09-18 04:47 | Trackback | Comments(0)

イスタンブール

 結果的には一ヶ月ぶり。海外に出れば記事を書く時間も多少はできるだろうと考えていたのですが、例によってパソコンのトラブル。今回はこちらで原稿を書きたいと思い、普段海外で使用する10インチのものではなく、見やすい15インチのモニターのものを持参し、さらには日本との連絡をと思いスカイプを前日の慌ただしい中にインストールしたのが大失敗。来てみたらワイヤレスが全く動かない。
 文化史学会に参加したからというわけではないですが、やはり文化は様々。そのひとつはトルコでは、とりわけ観光地では、数字の単位は20リラの次は10リラ、その次は5リラという感じ。いくら買い物をしてもイギリスなどのように小銭が増えない。ユーロやドルも通用するけど、この換算もすごくアバウト、1ユーロが2リラになるか、3リラになるかの違いだけ(正確には2.66くらいですが)。ダイエーが進出したら成功するか、とても興味深い感じです。
 にもかかわらず、一方では電子化がすごく進んでいる。交通カードもスイカよりも便利。お金の追加も実に簡単。宿のキーもカードのタッチ式。当然パソコンの接続もワイヤレス。それが動かないのだから、完全にお手上げになりました。パソコンのシステム・プログラム関係のありとあらゆる場所を操作してもワイアレスドライヴァーが復旧しない。奥の手の出荷段階へのリカヴァリーをと思ったら、油断していてそれをハードディスクに入れてなかったのでこれもダメ。仕方なくネットカフェに行って、無理に頼み込んでLANケーブルを使用させてもらい、ネットからワイヤレスのドライヴァーソフトを入力したけどこれもダメ。ということでトルコでは1週間、メールなどは使えませんでした(もちろん宿屋やカフェでヤフーくらいは見ることができたけど)。
 現在はボーフム。ここも案内ではワイヤレスだけだということで、もう諦めていましたが、来てみたら部屋にLANの差込が残されている。そこで事情を説明して頼み込んだところ、使えるようにしてくれました。今は朝の5時頃。海外では無理に時差ボケを修正せず、夜中に起きたら、そのままネットの作業をしたり、仕事をして過ごしています。このブログも書き始めはそれが理由。トルコでは部屋の照明が暗くてそれもできずストレスがたまりましたが、今の部屋はそれができます。今日、明日はトルコでできなかった発表の準備をするのに時間が必要ですが、ネットの接続が続けられれば、国際文化史学会の内容を紹介するようにします。
by pastandhistories | 2013-09-17 12:02 | Trackback | Comments(0)

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