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ISCH⑦

 今日はこれから授業に行きますが、昨日の続きを時間のあるうちに書いておきます。初日の最後のセッションは、Alison Wharton,'Nineteenth-Century Armenian-Ottoman Art, Architecture and Material Culture and Memory Construction という発表のあったセッション。自分が選んでいるというところもあるけど、ISCHの一つの特徴は博物館をめぐる発表が多いことです。つまりは、この会には大学に所属する歴史研究者と博物館勤務者のジョイントという面があって(文化というカテゴリーにそうした要素があるということだと思います)、それが参考になる部分があります。今回はartefactが一つのテーマですから、とくにそうした面があったのかもしれません。
 この発表者も歴史家ではないという断りがありましたが、この発表は面白いところがありました。当然のことながら集団的記憶は国民国家の形成に伴い構築されていて、博物館もそうした役割を演じているということなのですが、この人の発表のポイントはArmenian-Ottomanという言葉を強調したことです。20世紀に入ってアルメニアがトルコから離れるとそれに基づいた記憶の構築が行われる。1915年の事件の強調はそうしたことの端的な例です。しかし19世紀半ばの文物やアートを例にとれば、それは当然混淆したものであったはずです(逆に言えば、オスマンによってそうした混淆化が進められていたということです)。それを現在の歴史の中で、改めて記述したり、展示したりする、それは当然過去のリアリティとは食い違う、しかしそのことは過去のリアリティをどう考えるのかということにもつながる。そうした文化の混淆性とそれへの現在的理解の関連を問題にしたという点で、参考になるところがありました。
 実はこのセッションは予定されていた一つの報告はキャンセルとなりました。もう一つは東大の院生の内田力さんん。このブログでは海外で一緒になった日本人研究者のことは、それぞれが必要な場合は自分で書くだろうということで、基本的には紹介していません。いずれ本人からのコメントがあるでしょうが、文書をartefactと考えて、網野義彦さんが行った返却運動の話をしました。fishermen による文書だということで、そのリタラシーへの関心からの質問がありました。、
by pastandhistories | 2013-10-21 07:10 | Trackback | Comments(0)

ISCH⑥

 実はこの記事を書くのは、三回目です。二度ほど修正と入力の際に失敗して、さすがに気力がなくなりました。といってもISCHについては、まだセッションについては初日の朝の会を紹介しただけ。ほっておくと忘れてしまうので早く書いたほうがよいのですが、この間はずっとボーフムの会に関して依頼のあった(といっても審査があります)英文原稿の下書きを書いていました。6000語ということですが、大体めどがつきはじめてあとは1000語くらい。締め切りは1月なのでまだずいぶんと時間はありますが、久しぶりに自分で面白く書ける原稿ということで、こちらに時間を取られていました
 さてISCHの方について続きを書くと、初日の午後は、Asco Nivala,'War Machine and Non-Human Agency in Heinrich von Kleist's Prince of Homburg', Maud Guichard=Marneur,'Constructing World War Two through visual and textual narratives', Ville Sarkamo,'Warrior Nation in History Culture: Memorial Movements in Europe 1918-1939 という報告があったセッションに出ました。
 Asco Nivalaの報告はドイツロマン派のハインリッヒ・フォン・クライストの作品(『ベンテレージア』『ホンブルクの公子』)の分析を通じてagencyを論じたもの。こういう発表を聞くときは、知的教養が必要。くわえてその前提としてドゥルーズとガヤトリの議論が紹介されて、自分には御免なさいというところがありました。自分の理解では、ドイツロマン派が登場人物や自らについても重視した主体の役割に関して、国家と社会に関しては、社会の側にwar-machine という機能があって、したがって国家を体現していた諸個人はそれに従わされていたに過ぎないという議論だったと思います。
Maud Guichard=Marneurの発表は、文章としても読めるようですが2011年にクラコウの近郊に作られたSchindler Factory Museum についての報告。重要なことの一つは、社会主義時代とはやや違って、これが国際的なツーリストをも対象としていることです。問題は(歴史記述もそうですが)博物館がナラティヴのなかに観覧者(読み手)を組み込むこと。そのことをvisitors-actors-characters という一体的関係として説明しました。常に問題となる、観覧者(読み手)が経験していないことを、相手の理解の中にreality としてして組み込むことの問題です。ここは難しい問題ですが、結論としては、The total dominance of the image, reinforced by the development of communication networks, accentuates both the 'hyperreal' aspects of the sysytem, to borrow the expression coined by Emberto Eco, and the increasing efffect between reality and fiction. Everything is a show と述べていました。
 最後の Ville Sarkamoの話はタイトルからもわかるようにわかりやすいものでした。本人は本来は18世紀史の研究者のようですが、戦間期(つまり戦争準備期)にずいぶんと作られた戦争記念物について、丁寧に分類分けし、それをくわしく論じた発表で、全体の論旨は抽象的で象徴的なものほど超歴史性を持っていたという話です。長くなるのでここには書きませんが、彼の整理(8つの視点から問題点を整理しました)はよくまとまったもので、もし活字になるようであれば、便利なものとなるでしょう。
by pastandhistories | 2013-10-20 20:01 | Trackback | Comments(0)

ISCH⑤

 ISCHについて前回書いたのが10月3日か4日。続きを書くとしていながら、だいぶ時間がたってしまいました。その理由は、別の原稿を書いていたから。ボーフムから連絡があって、会での報告を中心に出版計画をたてたので、希望者は原稿を提出されたいということで(もちろん全部が掲載されるわけではないけど)、その原稿を書いていました。規定は英文6000語、ボーフムでの発表は内容的にうまくいかなかったので、別の内容でよいかということで、最初の部分を送ったら、その形の方がよいということで、それを書いていました。ついでに、ボーフムのは日本語としてもう少し考えていくということで、これは帰りの飛行機で下書きをしたものを、少しづつ書きなおしています。英文のほうは下書きが今日で3000字、締め切りは1月なので、ここまで書けば今月中に下書きは終わるでしょうから、それなりにまとめていけそうです。
 ということで、ISCHの記事を再開します。もっとも忘れかけているところもあるけど、今月末に簡単な報告をしなければならないので、その準備も兼ねてメモ的に内容を紹介していきます。個別報告を中心としたセッションは3日間行われました。12日の午前中の会の報告は、Mikko Pollari (An actor-centered approach to the entanglements of Finnish working class history), Alexandros Lamprou (Domestication the a Turkish woman on the stage and dancing floor of the People's House: the consumption of state politicies on women in the 1930s and 1940s), Tom Linkinen ("A Tombstone of an English couple" in Istanbul: An Artefact at crossroads of the east and west of medieval love of friends and post-modern same-sex love) です。
 それにしてもタイトルが長いですね。 多分その理由は博士論文準備中の若い研究者のものであるため。個別的なデータ分析を主に、それに研究を肉付ける用語、たとえばentanglement,domesticating, artefact といったような言葉をタイトルに入れているからです。今回のISCHのセッションでの発表の特徴の一つはこれ。多少内容にバラツキはあったけど、こうした意欲は参考になるところもあったので、そうしたことを中心に紹介していきます。
 まずPollari のペーパーは、フィンランドの労働者階級運動の指導者であり、20世紀初頭にアメリカに滞在した経験があり、フィンランドに戻ってからはロシアからの亡命者を援助し、一時期運動の中心となった(後に運動からは離脱)したヴィーットリー・コソネンについて。タイトルにもあるように、指導者の個人的な研究を通して、当時存在した(国際的な)entanglement がとらえることができ、それは広い意味での文化史研究に属するというのが、報告の趣旨です。entanglementという議論は以前このブログで紹介しましたが、文化混淆を相互的なものとして、またその単位を細分化して理解していこうとする視点。Pollamiもそれをcomplex web of contamination という言葉で説明していました。 説明としては外れていないところもありますが、逆に当たり前の話で、議論がどう緻密化できるのかが問題のような気がします。話を聞いていて、野坂参三のことを少し思い出しました。
 次のLamprou の話。これは面白そうな話でした。面白そうなというのは、取り上げられたHalkeviということに対して、自分はまったく知識がなかったので、わからないとところが随分とあったからです。説明ではこれは1930年代から1940年代に世俗化や文化の性的分離を弱めていくために、政府によってトルコの各地で作られたもの(people's house という言葉で説明していました)で、女性が男性とともにそこで活動することが奨励されたものであったということです。そしてその具体的な様態は、実際には参加者や伝統的な価値の擁護者の抵抗を緩和するために、柔軟な内容の変化していったというものです。面白そうだったのですが、事実について理解できない部分が多くあったのが残念でした。
 最後のLinkenenの話。本人は照れながら話しているのでしょうが、話に独特の間合いとユーモアがあって、大いに笑わせてくれました。これはイスタンブールの考古学博物館に現在は所蔵されている墓石の彫刻にちなむ話。ヘルメットをかぶった二人の人物がほとんどキスするように向かいあって描かれているものです。20世紀の初めに発見された時は、結婚したカップルのものだとみなされたけど、実際には男性同士。この14世紀の二人の騎士たちは、same-sex love だったのか、さらにはその時代には、そうした愛の形態はどう考えられていたのかというテーマです。そもそも実際の性的関係があったなどという直接的資料があれば話は別ですが、そんな資料などはなく、墓石だけでそれを論じるとなると、これはかなり無理な話です。しかし、二人についての文字的な資料や、いわゆる中世の騎士間の「友情物語」のプロットの形態を例にあげて、それなりに話をまとめていました。最後に「当時の夫婦(異性間の)の墓石はどうなっていたか」という質問が出されると、「それはそれぞれが正面を向いていた。結婚は対社会的なものだから」という回答。何となく、納得できるようなできないような回答でした。
by pastandhistories | 2013-10-13 16:41 | Trackback | Comments(0)

関係史の問題

 連休中で少し時間が取れるので、AAWHに参加したさいに気づいたことは、いくつか続けて書いてみました。もう一つ気づいたことは、今回の会では会の性格上随分と関係史的な研究の発表が多かったことです。関係史的な視点は一国中心的なものより多くの利点、とりわけ multi-cultural な、あるいは multi-lingual な広がりを持つという点で歴史研究の今後の方向となることは事実ですが、今回気になったのはアジア研究が関係史的な視点から行われることによって、逆にアジアをwesternize したとされる欧米的な枠組みからの視点に回帰する部分があったことです。
 非西欧的な地域に対する日本での関心は、1950年代から1960年代の民族解放運動や第三世界論に対応して拡大し、1970年代から当時の若手研究者によってそうした地域への本格的な研究が進行しますが、当時の研究を推し進めた問題意識は、欧米における研究のフォロウではなく、研究対象地域に対する内在的な視点の強調でした。もちろんこうした地域の研究は、とりわけ16世紀以降は地域に研究を特化しては行えないということは事実かもしれませんが、世界史的な視点から関係史を強調すると、研究が再び欧米を基軸にしたものに回帰していくという側面もあります。
 欧米への留学経験、それに支えられた十分な英語能力による国際会議での発表、それ自体は学問的な発展として肯定してよいのですが、その中から抜け落ちてくるものへの批判的視点はやはり必要かもしれません。ないものねだりの批判かもしれませんが、かつてがそうであったようにそれぞれの参加者が研究している地域のネイティヴラングエッジで報告し、それが各々の参加者の使用言語に翻訳されれば、報告や議論の内容には別の結果が生じたかもしれません。というより生じたはずです。過去の説明は現在のディスコースのあり方に大きく作用されるということです。英語が「国際会議」や「研究」の公式言語として用いられれば、そのことは当然議論の内容を規定します。
 少し原理的な批判ですが、これもまた原理的に言えば「英語」を共通のものとして用いれば用いるほど、そうしたディスコース空間に対する批判的な意識は必要になるはずです。その点が今回のAAWHでは少し気になりました。
by pastandhistories | 2013-10-07 12:19 | Trackback | Comments(0)

ISCH④

 帰国後の雑用も一段落して、やっと落ち着いたのでISCHの続きを書きます。といっても、やはりメモ的な原稿は記憶が新鮮な間に書かないと、難しいところがあります。順番から残された3つの基調報告の内容を書こうと思ったのですが、メモやアブストラクトを読みなおしても思い出せないところがあります。しかし、このISCHについては小さな報告をするという約束もあるので、今日は残りの三つの基調報告についてメモ代わりに書いていきます。
 まずKoen Vermeir の報告について。タイトルはThe invention of Culture in the early modern period。このタイトル通り報告はラテン語のculturaに起源を持つ culture という言葉の使われ方が時代によって変化してきたことを、近世における使用のされ方に焦点をあてて論じたものですが、ある種新鮮さを感じたのが、議論の始まりがレイモンド・ウイリアムの文化概念であったことです。いわく文化という言葉は近代において工業化やmodernityに対抗する(批判する)ものとしてもちいられたもので、民主主義や階級に対応したものであり、民衆的なものであるという議論です。人の議論の紹介とはいえ結構思い切った話で、これにはびっくりしました。そのまま話が続くのかと思ったら、議論には続きがあって、実際には16世紀から17世紀にかけて文化という言葉をジェズイットがどうもちいたのかという話。教育による自己向上を意味するものとして用いられたというのが議論の趣旨で、それほど目新しい話ではないのですが、議論の展開の巧みさには感心しました。
 次はGabiella ValeraのArteーfact:the longue history of Cultural Hisotry. 年配の研究者。実はこの人は今回の集まりの前に3篇ほど論文をメールで送ってくれていて、また年齢的にも多くの業績のある人でしょうから、あまり軽々に紹介すべきではないと思いますが、内容はタイトル通り、大会のテーマに合わせて、(自然的・人間的)世界をあわせてartefact と考えることを通して、文化史をどのように形成できるかという議論、とくにtechnological artefact という問題を強調しました。
 最後がピハライネン。彼とは問題意識が似ていてメールでペーパーを交換し合っています。非常に明晰な思考をする人ですが、プレゼンテーションの英語は聞き取りにくい。ゲントの大会でもコメント役のある歴史研究者が話が聞き取れなかったのでコメントしない(それだけれはなく内容に不満があったのだとは思いますが)と言っていました。実は個人的に会話をすると、非常にクリアーにわかりやすく話す人。不思議な話ですが、今回もやや聞き取りにくいところがありました。話の内容としては、最初は事前のアブストラクトとは異なり、パネルで議論されたメモリー・ボックスについてコメントするとして話し始めましたが、途中からはアブストラクトに沿った話。用意されていた、Thinking the limits of memory and experience というテーマにそった話をしました。内容は言語論的転回以降の流れの中で、経験と記憶が歴史へのアプローチのなかで重視されているが、経験は歴史家によっては行われえない、また共に主観的な要素のある経験や記憶を歴史へのアプローチに結び付けることは可能なのかという問題提起です。かなり難しい問題で、結論はなかなか出ない問題。その一つの方向性であるcommunicative approach も疑問であるとしていて、これからどういう議論をしていくのか、注目してよいような気がします。
by pastandhistories | 2013-10-04 21:16 | Trackback | Comments(0)

バークとホワイト

 『思想』のピータ・バーク小特集が出ました。コンパクトだけどわかりやすい。バークのような様々なトピックを論じている人物を取り上げる場合は、それぞれのトピックと関連付けるより、掲載されたような一般的な視点からアプローチするのがいいのかもしれません。自分としては初めからそうした意図があったわけでありませんが、ホワイトにつづいてバークに関してもこうした取り上げ方をしてくれて、『思想』には感謝しています。
 これと7月の会でプロジェクトはほぼ終了ということになりますが、時期は異なるとはいえホワイトとバークをあわせて招いたことに時々質問を受けることがあります。しかし、この組み合わせはそれほどおかしなものではありません。それを示すのは、『メタヒストリー』刊行40年を記念して計画されたRethinking History にバークが寄稿していることでしょう。『思想』から小特集の話があった時、この原稿を訳せればと考えたのですが少し刊行時期がずれほんの数日前にバークから送られてきました。形式的にはPDF版なので、ネットで見ることがで出来るかもしれません。
 今回草光俊雄さんが書かれているように、あるいは『社会学と歴史学』のあとがきで森岡敬一郎さんが書いているように、バークの相対主義の前提にあるのは、ある種の個人主義です。その点はホワイトの相対主義の前提も同様です。ホワイトが批判しているのは、「日本人には日本人の歴史があり、中国人には中国人の歴史がある」というような相対主義です。何故ならそれは集団を前提とする相対主義でしかないからです。そこでは個は集団に帰属させられ、認識の主体とは位置づけられていません。近代において形成された学問的な歴史を彼が批判するのも、そこに集団化されたイデオロギーを見出すからです。二人の違いは、ここからバークが膨大な知的空間に身を置き、あくまでもその延長に身を置いているのに対し、ホワイトは同じような膨大な知的空間に身を置きながら、エシカルな要素を重視しているからでしょう(もちろんこのことはバークはエシカルではないということを意味しているわけではありません)。
 実は現在(10月4日)ブラジルでホワイトの『メタヒストリー』40年をめぐる会合がホワイト自身も参加して行われています。この夏ゲントやボーフムであった人達が随分と参加していて、自分も行きたかったのですが、日程や距離の問題で断念しました。体も持たないし。その意味ではホワイトの元気さには本当に驚かされます。それを見習って自分も仕事をして行きましょう。帰国してすぐに授業、会議、書類と例によって慌ただしい日が続いたけど、やっと落ち着きました。小さな会での報告の予定もあるので、休んでいた国際文化史学会の記事を続きを明日から書きます。
by pastandhistories | 2013-10-03 17:46 | Trackback | Comments(0)

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