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記憶の集合性、想起の個人性

 今日は卒業式。天気が良くなりそうで、助かります。卒業式、授与式とあって、当然のように夜は飲み会、長い文章は書けないので、今のうちに予告したP・アイクの本(From Ankersmit's Lost Historical Cause)を紹介しておきます。全体としてはジェンキンズの弟子らしく、シンプルの議論の立て方があって(その代表はgood Ankersmitというような表現)、なぞらえればハードボイルド歴史理論。しかし、ジェンキンズ同様、その点でヒントとなる部分があります。
 自分が参考になったのは(というより自分の主張と似ているところを感じたのは)、一つは後半の A.Funkenstein, Perception of Jewish History(1993) と、K.L.Klein, 'On the Emergence of Memory in Historical Discourse', Representations 69 (2000) を引用している部分です。
 本当は訳したほうがいいのですが、時間がないのでそのまま原文を紹介すると、前者は、
No memory, not even the most intimate and personal, can be isolated from the social context, from the language and the symbolic system moulded by by the society over centuries. We should not, therefore, abandon the concept of collective memory, but must reformulate the relationship between collective memory and the individual act of remembering. (p.147・・・下線は筆者)
この部分は直接的な引用ですが、後者はクラインからの直接的引用のすぐ後に付された、
Seen in these terms, memory takes on a material, empirical appearance which renders it suitable for historical study. Individual memory thus becomes 'Memory' (collective cultural memory), a subject in its own right, and this new materialisation of memory sanctions its 'elevation to the status of a historical agent, and [hence] we enter a new age where archives remember and statues forget' (p.149)
という部分です。前者は今日の見出しのような内容を論じた部分、後者は記憶の歴史化についての一つの議論のたてかたです。
 これを受けてすでに紹介した結論部の156頁では、ニーチェの神の死という議論を受けるかたちで、宗教にかわって、偶然的な出来事をまとめるあわせるかたちで(人間の歩んできた軌跡についての)大きな物語が成立したけれど、20世紀になって主権をもつ主体が拡大すると、そうした a unity of historical trajectory に代わるものとして、democratization of history が進み、歴史は細分化され、さらには個人化していくことになっているのではとアイクは指摘しています。しかし歴史はそれ自体としては、for more than one のものであり、個人化されてしまえば、それは歴史ではなく、記憶ではないのかという問題にいきついてしまうとも彼は議論しています。
 ここから先の議論は、歴史を「擁護」する立場からは、難しいですね。自分としては、その隘路を切り開いていく議論はどのようなものかを、このブログで提示できればと考えているのですが。
by pastandhistories | 2014-03-23 07:55 | Trackback | Comments(0)

過去認識の諸類型

 「夢は起きた時に見る」という主張をしたのは、大森荘藏さんです。たとえ夢が「就寝中」に経験されたものであったとしても、あくまでもどのような夢を見たかは想起されることによって確認されているに過ぎない。想起は起きた時に行われるわけだから、夢は起きた時にはじめて見ていることになるはずだ、という主張です。また大森さんは、美味しい食事をしたという経験とその記憶を例にとって、いくらあの食べ物は美味しかったと想起しても、想起によって過去のことが実際のものとして再現前化するわけではない(美味しい食事が目の前に再び実際に登場するわけではない)。その意味で、過去に経験したことをいくら想起しても、それは厳密に言えば構築的な作業でしかない、とも主張しています。
 この指摘は、歴史の問題を考えるにあたって、経験と記憶の問題をどのように考えていくのかという点で、ヒントになるところがあります。昨日も少し書いたように、経験の問題に焦点を当てると、結局は記憶の問題と結びついていく。そうなると記憶と歴史の関係はどうなるのかという問題がどうしても生じます。この問題は最近では随分と様々な角度から論じられていますが、この間少し紹介したP・アイクの本は、この問題についてのひとつの議論のあり方を提示している部分があります(結論部分、とくにp.156)。その点についてはまた明日にでも紹介することにして、今日は過去認識の手順について、簡単に整理していきます。
 自分は認識の手順に基づいて、過去を以下のように区分しています。oral past, literal past, visual past, そして digital past の四つです。それぞれを visualized, digitalized というようにしてもいいのですが、英語的には最初のような整理の仕方の方がシンプルでしょう。
 digital past は20世紀後半までは出現せず、visual past も、とりわけ写実的なかたちで動画化されたものは20世紀に入るまでは存在していなかったわけですから、 図式的にはこの四つは通時的な変化の過程として整理できる部分もありますが、むしろ共時的に混在するものとした方がよいでしょう。とりわけ、oral past と literal past はそう考えるべきですし、また現在でもなおoral past と literal past は visual past, digital past とともに混在し、人々の過去認識に重要な役割を果たしています。
 問題はその混在の程度です。ここで一番重要なことは、literal past が人々の過去認識のなかで「一般化」したのは、19世紀以降の国民国家の形成と識字化(国民の形成)にともなったものであって、それ以前は圧倒的に多くの人々の過去認識で重要な役割を果たしていたのは、literal past ではなかったということです。19世紀以降の近代歴史学の形成にともなって(それは近代国家の庇護下におかれた大学において強力に推し進められました)、かつては支配的エリートの政治的、文化的、あるいは経済的支配の道具であったliteral なものが「史料」として掘り起こされ、あたかもそれが古代以来多くの人々に通有していたものであるかのような神話が形成されたというのが、近代以降の歴史の問題を考えるにあたっては、より正確な理解でしょう。
 別の言い方をすれば、近代以降の支配の媒体となったliteral なものを統御したエリートが、literal なものを媒介とした歴史を構築し、それを一般化したということです。この議論を進めれば、テレビや映画を見させられていればわかるように、こうした統御と支配のシステムは20世紀のある時期からはvisual なものへと、そして現在ではネットの世界に日々アクセスしていれば理解できるように、digital なものへと移行しています。したがって過去認識にもまた、visual なもの、digital なものが浸透しつつあります。そしてさらに言えば、歴史研究においても、visual なもの、digital なものが大きな意味をもちはじめています。
 多くの歴史研究者がパソコンを抜きにしてもはや歴史研究と取り組むことができないように、歴史研究のデジタル化は抗うことのできない流れです。しかし、私たちが忘れてならないことは、それはかつてのliteral なものと同様に、現在の社会において、visualなものとともに人々を統御する支配技術のもっとも重要な媒体でもあるということです。その意味でかつてのliteralizedされた歴史がそうであったように、そして現在のvisualized された歴史がそうであるように、digitalized された歴史に、人々を支配し、統御していくにあたって、より大きな役割を果たしていく可能性があることは否定できません。
 Those who rule the present rule the past ではなく、Those who rule the technology of the present rule the past ということです。
by pastandhistories | 2014-03-21 11:02 | Trackback | Comments(0)

経験と認識

 昨日書いたものには、入力のさいのミスのため意味不明の部分があったので修正しました。修正したといってもまだ意味がとりにくく、この問題について書くのは難しいところがあるようですが、思いつぃたことを今日は書き足していきます。
 自分が歴史の教師をしていて、ある意味での軽いショックを感じたのは、40歳近くも年が離れているのに、自分が(直接)経験した60年代から70年代の出来事をまるで自身の経験したことであるように正確に語る学生に出会ったことです。とくに感心したのは、競馬についての知識。当時有名であった郷原、柴田、加賀といった騎手たちの騎乗ぶりや、そのお手馬のレースぶりについての知識が、かなり細かいところまで自分の記憶と合致した部分が多く、本当に感心させられました。一緒に飲んでこうした話題を語り合っていると、彼自身が60年代に生きていて、自分と同じ経験をした人間であるような錯覚にとらわれることがありました。
 でも考えてみれば、このことはあまり不思議なことではないとも言えます。というのは、自分がそうした出来事を直接的に経験したというのは錯覚で、あくまでもそうした情報・知識のほとんどは(現場[競馬場]に行ったこともあるけど)実際にはテレビで得たもの、彼が同じ量の情報をビデオやDVDで得ていれば、それぞれの認識の根拠となっているものは、質的にも、量的にもほとんど変わらないからです。違いがあるとすれば、そうした認識を自分はその時代には結果が未知なものとして獲得したのに対して、彼は結果がすでに既知の情報を認識しているという点です。
 にもかかわらず、彼と違って自分がそうした出来事を自身が経験したものとして認識しがちなのは、直接経験したことは部分的で間接的であっても、あるコンテクストへの内在感あるいは共時感があるからです。
 戦争体験、戦後体験、あるいは全共闘体験・・・なんでもいいのですが、「戦争」「戦後」「全共闘」というのはコンテクストであって、そうしたものを前提としたcontextual な経験は、個々によって同一なものではなく、あくまでも個性的な(indivuduated)なものです。戦争に直接参加したからといって、戦争全体についての全体的な説明をできるわけではないし、そのことは南京虐殺事件についても同じです。そうした事件に部分的に参与したり(参与しなかったからといって)、事件についての全体的説明をすることはできないし、また逆にその存在を否定できないのと同じです。経験、そして記憶は、こうした点においては基本的にはindividualなものだからです。
 このように考えると、individual なものと contextual なものの関係、 経験・記憶・歴史の個人性と共同性の問題をどう考えていくのかが、歴史の問題を考えていくことの重要な要素であることはわかるのですが。・・・・
 
by pastandhistories | 2014-03-20 11:29 | Trackback | Comments(0)

経験をめぐる問題

ピハライネンはヘルシンキで別の会合をこなして、無事トゥルクに戻ったようです。それ以外にも4月下旬にウィーンでのヨーロッパ社会科学会議での報告、それからホワイトについての論文集がまた新しく出るようで、その締切が4月末ということで、かなり忙しい時期だったのですが、それをおして日本に来てくれました。おかげで公開の会を含めて、前後三日間本当に色々なことが議論できました。自分も準備が忙しく彼がペーパーで使用したアイクの本は彼の帰国後に読みましたが、この本も含めてかカーレの議論の立て方は自分の問題の立て方と重なるところがあり、参考になりました。実は3月の末に重要な仕事が一つ入っていて、また時間に追われそうですが、この間彼との議論にともなってt考えさせられたことをいくつか時間があれば書こうと思います。
 その一つはピハライネンがペーパーで論じたexperientiality という考え方です。ペーパーの中にexperience constructed by the text と説明した部分があったので、擬似経験と訳しましたが、経験性とか、あるいはもっと別の訳語をあてるか迷いました。歴史認識の問題を言語論に集約してしまうと、現在では直接経験されることのない過去はすべて(言語的な)テクストを媒体としたものとなる。その点では過去は不可知のものとして相対化される。その問題を解決するためには、(間接的な)言語に比して、(直接性の高い)経験を媒体としていく。その場合、過去が直接経験できないことが確かであっても、現在における経験と類似のものを措定し、過去へアクセスすることが可能ならば、全面的に不可知でも、相対的でもない過去認識が可能になるのでは、という議論がアンカースミットによって出された(「言語から経験へ」)。そのことを批判的に議論していくために、ピハライネンは用いたということだと思います。
 experientiality という単語はなんとなくわかるし、随分と一般的に使用されていそうな言葉である気がしますが、念のために YAHOO で検索したら、ほとんとヒットせず、近年の造語のようです。ニュアンスとしては、experience を直接的な経験とし、それに対比されるテクスト的経験ということにとってよいのかもしれません。しかし、よく考えてみるとこの理解には多少問題があるかもしれません。というのは、であるなら直接的経験とは何かという問題が生じるからです。たとえばこれはペーパーでも触れられていましたが、チャレンジャーは直接的経験なのか。これを含めて現在では多くの情報がテレビやネットで、瞬時的に、同時的に、そして共同化される形で認識されるわけですが、これはあくまでも実際に経験されることではなく、認識がテクストを媒体として得られているに過ぎません。つまり経験されているのは、認識であって、経験そのものではありません。その意味では歴史認識と同じであって、違いは、その対象が過去という異なる時間(then), 現在の異なる空間(there)であるのかという違いでしかありません。
 問題は経験(experience)をそのようにきわめて狭義なものに限定すべきなのかということ。おそらくそのことは、記憶を同じように狭義に考えるのかという問題や、experientiality を構築するさいの媒体(media)となるテクストをどう考えていくのかという問題に関わっています。
by pastandhistories | 2014-03-19 10:36 | Trackback | Comments(0)

構築論を生み出したもの

 カーレ・ピハライネンは無事帰国したようです。プロジェクトの最後の催しが終了したということでほっとしました。大学の資金提供を受けたプロジェクトというかたちをとってはいますが、まとまりのある研究会組織になっているわけではなく、ある意味では私的な、任意の会合であるにもかかかかわらず、大学院を中心とした若い人たちが随分と参加してくれて感謝しています。ただペーパーが来たのが遅く、その翻訳などの準備に時間が取られたことなど、準備が不足したところがあり、またこちらの手違いから、前回、前々回の参加者へのメールでの連絡をしそびれていたことに後で気づいたのですが、そうした点に少し残念なところがありました。
 しかし、ピハライネンが提示してくれた議論の内容と、鹿島さんをはじめ会場からのコメントには感謝しています。もっとも発表やコメントが充実しすぎていて、やや会場の側が気後れしてしまい質疑が少なく、また自分の疲れもあって、議論が打ち切り気味になったことは申し訳なく思っています。
 ピハライネンの報告は基本的にはピーター・アイクの近著 From Ankersmit's Lost Historical Cause: A journey from Language to Experience (2012)など(アイクは元々は空軍のパイロットで、退職後マチュア・スチューデントとしてキース・ジェンキンズに学び、学位を取得し、この本を書いたようです)を例に取りながら、言語から経験へという歴史理論の流れを、「批判的」な視点から紹介したもので、その前日の準備的会合、翌日にあった今後の研究の流れについての議論を含めて、本当に色々なことを考えさせられたました。
 こうした議論で大事なことは、歴史研究になぜ言語論的な議論が取り入れられるようになったのかということと、経験は歴史との関係でどのように論じられるのかという、基本的には二つの問題です。もう一つあるとすると、実は「言語」から「経験」といった場合、そもそもこの両者は範疇としては異なるのではという問題があります。図式的に言えば、経験を直接的経験と間接的経験に分類することができるとすると(実はこの分類にも厳密には大きな問題がありうるのですが)、間接的な経験の媒体となっているものが、さまざまな形態をとるテクストであるということになります。そうしたテクストの一つが「言語」化されたテクストです。当然テクストには「図像」化された、「画像」化されたものもあります。
 歴史のテクスト論的な解釈は、言語によって構築されているということを根拠に(事実性に依拠するとした学問的歴史を含めた)歴史の構築性を指摘したとされていますが、自分は構築性という問題については、やや異なる考え方をしています。そうした構築性が広く認識されるようになったのは、言語的なテクストをめぐる議論によってではなく、むしろより写実性の高いとされた図像的・画像的テクストの構築性が自覚されるようになったためだからだというのが自分の考えだからです。
 その契機は映画です。数々の映画で示される visualized past がきわめて構築性の高いものであることは、誰もが容易に認識できることです(逆説的なことに、そうした写実性がより高いはずの映像的表象化を、事実性をその根拠としているはずの歴史研究者は取ろうとしません。そうした方法をとると、自らが作り出すテクストが事実性を根拠とするものではなく、きわめて構築性の高いものであることが逆に露見してしまうからです)。
 歴史の構築性が20世紀の後半に議論されるようになったのは、おそらくはこうした「映像」的な歴史映画の構築性が多くの人の合意とされ、それが同じようにスト-リーに多くを依拠する「言語」的な歴史小説の構築性が認識され、そしてそれが小説と同じ技法(ナラティヴ)をもつものである学問的な歴史を含めた「言語」を媒体とした歴史の構築性を指摘する議論を生み出したからです。ホワイトの『メタヒストリー」はそのことを19世紀の歴史叙述・歴史論のあり方に遡行させて論じました。デリダやバルト、ボードリヤール、そしてホワイトが、現在的なメディア空間を媒体として情報や文化の問題を議論することが少なくないのはそのためです。
by pastandhistories | 2014-03-15 10:41 | Trackback | Comments(0)

最後のプロジェクト、カーレ・ピハライネン②

 おととい3月9日の招聘セミナーで報告してくれるカーレ・ピハライネンから当日のためのペーパーが送られてきました。ほっとしました。さっそく少し目を通しましたが、議論の素材としてわかりやすいもので、よいものを作成してくれたと思います。
 実はもしペーパーが間に合わなければということで、会の議論の参考のために最近の原稿のどれかを訳しておこうと考え、長さやタイトルから、Cultural History 1-2 (2012) に掲載されたCultural History and the Entertainment Age をほぼ訳し終えていたのですが、これには大苦戦しました。いろいろ翻訳をやったことがありますが、ここまで苦戦させられたのは初めてです。この文章に限らず、ポストモダニズム的な歴史理論の翻訳がなかなか出ない理由がわかったような気がします。もっとも今回のペーパーはかなり意味がとりやすく、なんとか当日までに準備が間に合うと思います。
 ピハライネンに来てもらう最大の理由は、彼がヘイドン・ホワイトの議論を継承している代表的な人物の一人であることもありますが、多くの継承者がなお認識論的な次元で、実際の歴史研究を批判し続けているという傾向があるのに対して(逆に歴史研究者がこのレベルを回避したかたちで対応するので、この議論はきわめて不毛なものになっています)、ピハライネンには言語論的転回以降の実際の歴史研究の流れをふまえながら、議論を展開している部分があるからです。
 彼とはメールでやり取りしたり、直接会ったりして(昨年は海外の研究会で3回ほど会いました)いますが、よくsimilarな考えをしていると言われます。歴史哲学への理解という点では彼の力量の方がはるかに上ですが、確かに似ているなと思うところがあります。自分の思い込みかもしれないけど、彼の考えを整理するとこんなふうになるかもしれません。
 ピハライネンは自分よりはるかに若く多分1960年代後半生まれではと思いますが(正確なことは今度確認します)、実は1960年代(とくに1968年を歴史研究の一つの転換点と捉えています。大きな理由は、ホワイトの初期の論文(The Burden of History,1964)が出て、メタヒストリーが出版される(1973)のがこの時期に対応しているからです。もちろんこの時期は全世界的に若者を中心にしたカルチャーが大きく変化し、それが思想的な世界、さらには歴史研究にも大きな影響を与えた時期です。
 この時期に生じた歴史研究の流れの変化はおおきく言えば二つ、一つは実際の歴史研究の視座の革新です。日本で言えばその後の社会史研究を生み出していく流れ、世界的には女性史、ポストコニニアリズム、ミクロヒストリーへの流れです。さらにこれに付随するかたちで文化史への流れが生じます。これらはいずれも実際的な歴史研究の深化というかたちをとり、アカデミズムの世界に一定の場を確立していくことになります。
 もう一つがホワイトに代表される歴史のありかたそのものへの根底的な批判の提示という流れです。日本では、この問題はほとんど受け入れられることはなく、ラディカルであったはずの1960年代の問題提起のほとんどは前者へと吸収されていきました。
 問題は前者がアカデミズムに一定の場を確立しただけではなく、批判的に言えば学問的なものとして既成制度に同化し、そうした権威性を媒体にさらにはパブリックな場でentertainmentを提供するものとして、consume されるようななったことです。その意味でかつて持っていた革新性を喪失してしまった、あるいは喪失してしまう可能性があるということです。
 こうした問題を考えていくためには、1960年代の歴史のもうひとつの流れ、その歴史への根底的批判にあった、歴史研究のイデオロギー性、それ以上にパブリックな場にあるものを含めた歴史そのもののイデオロギー性やそのイデオロギー性の根拠とされる事実性を問題として、歴史を読者との関係、あるいはメモリースタディーズやメディアスタディーズとの関係から捉えていくべきだというのが、ピハライネンの考えなのだと思います(あるいは自分の一方的な解釈かもしれませんが)。
 多分セミナーでは、こうしたことをわかりやすく議論してくれるのではと思います。
by pastandhistories | 2014-03-02 10:01 | Trackback | Comments(0)

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