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想像する

8月28日の『朝日新聞』の論壇時評での高橋源一郎さんの記事(「想像する 遠く及ばなくとも」)はだいぶ話題になっているようです。ペンの力をまざまざと見せつけた文章です。一事のデマゴギーを混ぜ込ませることによって、万事を否定する、これは権力的な言説の常套手段であるわけですが(ネットの時代でますますそうした「らしき」情報が流されていて、その点はツイッターやブログをしている人はかなり注意すべきですが)、国連人権委の勧告などとあいまって、慰安婦問題はこうしたペンの力によって、一つの解決に向かっていくでしょう。そうした自明の流れを理解できない、新聞記者や週刊誌の記者は、もし本当に大学を出ているのだとしたら、「哀れ」な存在です。もちろん国会議員も、一部の評論家や大学教員も。
 ただこの高橋さんの文章に対しては、歴史家やあるいは思想的な立場からの批判もあるようです。相対主義、歴史修正主義であって、これでは実際の政治的処理や裁判を曖昧にすることを助けるという批判です。ある意味では、「表象の限界」を巡る議論と似ています。別の言い方をすると、場所と時代を変えて議論がまた起きつつあるということかもしれません。その意味では、高橋さんの文章は、今後長く議論されていく文章かもしれません。
 歴史研究者という立場に立っていますが、自分の考えは、このブログで書き続けてきたように、高橋さんの考えにかなり近いものです。不可知性を前提とすることによって、かろうじて想像力の及ぶところが生じる。しかし、それは想像力にもとづくものであるがゆえに、(実証的)歴史学が主張するような事実性を担保できない。ホワイトが『メタヒストリー』のサブタイトルに historical imagination という言葉をもちいたのもそのためでしょう。
 高橋さんの文章で興味深いのは、冒頭が映画『硫黄島の砂』の紹介で始まっていることです。このことも何度も書いてきましたが、言語論的な議論が本格化したことは、パラドキシカルですが映像的なメディアの発達と関係している、と自分は考えています。それも映画ではなく、テレビの出現からです。映画館で上映された映画は、現在を扱ったものでも、歴史を扱ったものでも、「フィクション」という構造をもつものとして理解されました。しかし、テレビにかんしては映像のフィクショナルな構造は見落とされ、たとえばニュースに典型的なように、「事実性」を担保することになりました。そうした「事実性」は事実を主張するがゆえに、想像力を排除する、そのことへの疑問が映像的情報への懐疑を生み出し、言語への懐疑へと立ち戻っていったと考えると、言語論の重要な要素である相対主義を理解できるところがあります。
 事実性を主張するもの背後に隠れて、想像力によってやっと及ぶことができる(というより高橋さんの言うように想像力が及ぶことができないかもしれない)実在がある。しかし、高橋さんの文章を読めば分かるように、ここから先は論理の詭計なわけですが、間違いなく私たちは、及ばないはずの想像力を駆使して、「確実」に過去の実在を想像している。それはいったいなぜなのか、それが過去の事実としての歴史を考えていくときの、最大の論理的な問題なのだと思います。
 こうした問題を空理空論としてでなく、実際の歴史研究や、あるいは最近ではとくにメディアスタディーズやメモリースタディーズにおける議論の進展を踏まえて議論していくことが、現在の歴史研究の理論的課題です。そうした研究や議論は、残念ながら外国ほどには日本の歴史研究者の間では進んでいません。そうした問題を改めて考えていく素材として、高橋さんの文章は参考になります。
by pastandhistories | 2014-08-31 15:37 | Trackback | Comments(0)

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