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論理の審級

 今日はこの間の事件についての報道の在り方に関して、バーナード・クリックの『デモクラシー』という本を借りて、少し思うことを書きます。
 この本の中で興味深く読めるのは、トックヴィルの議論を借りながら、民主主義におけるデモスの支配の持つ不安定性を論じた部分です。このブログでランシエールの「民主主義への憎悪」という考えを紹介したことがありますが、クリックは憎悪とは言わないまでも、民主主義への不安を表明していて(その点でランシエールとは立場を異にしていますが)、その例として挙げられているのがポピュリズムの問題です。ポピュリズムが含むある種の問題に対する懸念は、多くの「政治」の擁護者に共通しています。
 現代の社会にあってポピュリズムと深く関係するのは、メディアの操作性の問題です。そこではかなり恣意的な論理のすり替えが行われます。たとえば原発批判への「世論」を批判するものとしてよくもちいられている、被曝による健康被害・死亡者は年間の交通事故による死亡者や負傷者よりはるかに少ないのだから、過剰に問題とすべきではない、という議論はその代表的なものです。ここで議論の尺度として用いられているのは、実際の死亡者・負傷者の多寡です。しかしもし実際の死亡者・負傷者の多寡が重要な議論の尺度であるのなら、もちろん、交通事故による死亡者・負傷者よりもはるかに多いのは、戦争による死亡者・負傷者です。したがって、こうした議論をするのなら、その人は徹底的な反戦主義者でなければなりません。原発を擁護し、その一方で戦争にも正当性があると論ずることは、理屈の上で矛盾しています。
 さらには死亡者・負傷者の多寡を判断の問題とするならば、クリックもそのことを論じていますが、「テレビドラマ」で数多く扱われるほど多くの殺人事件が「実際」に起きているわけではありません(起きているとしても、戦争による死亡者・負傷者に比較すればきわめて少ないはずです)。ましてや少年による少年の殺害という事件は、きわめて例外的なものです。つまり死亡者・負傷者の多寡を基準とするなら、この出来事は過剰に報道されるような事件ではありませんし、事件を根拠に社会の在り方全体が問われるような、それがマクロ的な「政治」の場によって論じられるべき問題でもない、ということになります。
by pastandhistories | 2015-03-07 10:43 | Trackback | Comments(0)

言語論的転回と社会運動史

 今日は入試、その後は教授会など多分夜まで会議、ということで何もできない一日になりそうですが、早く起きて今は多少時間があるので、あまり間を置かないで久しぶりに記事を書きます。書き癖をつけないとブログの維持は難しい。日常の変化とか、政治へのコメントなら毎日書くこともそれほど難しくはないだろうけど、それなりにあるテーマについてまとまったことを書こうと思うと、やはり書き癖は重要です。といっても仕事場にまだネット環境を構築できていないので、本が今は手元になく、今日はあくまでも自分の記憶の範囲でということになりますが。
 自分がほかの研究者からどういう目で見られるかというと、たぶんE・P・トムスンのパートナーのドロシー・トムスンのチャーティスト運動研究の決定的労作の『チャーティスト』の翻訳者、ということになります。実際イギリスに行く時は彼女と会うことは多かったし、家に招待され宿泊したこともあります。エピソード的に書くと、トムスン家では『インデペンデント』を読んでいて、朝食の時にたまたまその日の記事に「ゴルフは中国で始まった」という記事が載っていたのをエドワードが話題にしたことがあります。エドワードとゴルフの関係が唐突で、強く印象にあります。
 それが現在では言語論的な議論をかなり紹介するようになった。日本では奇妙に感じられるようですが(自分は思想的な変化は好まないタイプで、たとえば政治的なことへの考え方は学生時代とほとんど変わっていません)、海外では、とりわけイギリスの研究者にこうしたことを自己紹介しても、不思議に思われることはあまりありません。その理由は、イギリスでは言語論的転回は社会運動史研究、とりわけチャーティスト運動研究の流れの中で重要な意味を持っているからです。このことは、最近出ているチャーティズム研究の中の研究史を読んでもよくわかります。多くの研究は、ギャレス・ステッドマン・ジョーンズの「チャーティズムの言語」を研究の決定的転換点として挙げています。
 その代表例がNail Pye の The Home Office and the Suppression of Chartism in the West Riding,Merlin Press (2011) です。チャーティスト運動くらい研究が積み重ねられているとどうしても研究史が長くなる。とりわけ博士論文をベースにするとそうなる。この本も本文は180 頁弱だけど、研究史だけで30頁近くあります。 ほぼ三つに分けられていて、1960年代以降の実証研究の本格化、とりわけそれを集成していったドロシー(グループ)の研究とは異なる地平を提起することになったのがチャーティズム研究に言論的な視点を導入したギャレスの論文とされ(結局のこの流れはドロシーグループの影響力の大きさ、さらにはこの流れが関心をチャーティズム研究以外にも向けていったのでチャーティスト運動研究には決定的な影響力を持てなかったのですが)、さらには2000年以降に新しい展開が生じているとされています。
 そうした流れの一つとしてデジタル化(ネットをつうじての情報の拾いだし、その提示など)が あげられ、それが family history と結びつくことによって社会運動史の捉え方に新しい側面を開いたことが指摘されているのもこの本の研究史で注目していいことですが、この本が自分の関心と一致するところは、近代国家の権力整備(とりわけ社会運動の抑制システム)から社会運動の興隆・衰退をとらえているところです。とくに面白いのは、たとえば鉄道の発展が、新聞や指導者を地方に輸送することを通して運動を全国化したけど、同時にそれは警察や軍隊、そして世論誘導のための支配的なメディア(その代表がタイムズです)を全国化し、後者の流れの方が強力であったことが、同じように全国化して一時的には大きな力を抱くようになった運動の側を抑制し、チャーテスト運動を衰退させたということが議論の大きな柱となっていることです。
 議論としてはチャーティスト運動を治安維持システムの問題との関連からいち早く取り上げたメーザーの議論(Public Order in the Age of Chartism) と、言語論的転回を媒体にチャーティスト運動の「衰退」を論じたギャレスの議論(ギャレスの議論に関して大事なことは、彼の議論が19世紀後半からイギリスの民衆運動はなぜ後退したのかという問題意識から生じていることです。そしてこの問題意識は、1970年以降なぜ左派的な思想、運動が後退し始めたのかという問題への危機感からも生じたものです)を受けついだジェームズ・ヴァーノン(People and the Politics)の議論をある程度踏まえたものです。
 こうした例からも理解してほしいことは、言語論的な議論は実証的な具体的な歴史研究のあり方と、社会運動という領域でも深い関係があるということです。
 
by pastandhistories | 2015-03-06 07:12 | Trackback | Comments(0)

一か月ぶり

 一か月ぶりの記事ですが、もう三月です。以前の勤務先は旧国立大学二期校ということだったのでセンター入試(最初は共通テスト)導入のあおりを受けて三月はフルに入試事務が入り、かつ絶対定員充足ということで、3月31日まで補欠合格処理作業もあったりで本当に大変でした。現在は年によりますが、やや楽で時間がとれます。そのせいか逆に研究会ラッシュ。面白そうな研究会が集中します。自分がやっていたプロジェクトも結構三月に予定を入れていました。
 そのプロジェクトの件ですが、自分が行っていたプロジェクトの継続的なものを大学の人間科学総合研究所が申請していたのですが、大学から採択通知があったようです。数年計画のもの、自分は来年度で退職しますが、申請段階での今年の計画案では、8月末から9月初めにこれまで企画したのと似たような形式で国際的な歴史シンポジウムを行なう予定になっています。大学での最後の仕事になるので、経験を生かしてよい企画作成の手伝いができればと思います。
 この間何度か書いていますが、退職ということで早めに今後の仕事場の確保と整理を思っていたところ、その作業が予定外に早まり、この間はその作業でずいぶんと時間を取られました。8割がた片付きはじめ、今日は文庫本用の本箱を買いました。荷物が増えるのが嫌なので学生時代から本は結構文庫本で読んでいましたが、この量が馬鹿にならない。段ボールに入れて押入れに入れておいたのですが、そうなると結局完全な死蔵。読み直すときは図書館から借りるということで(最近は電子ブックでも読めて、同居人はそうしているようです)、何のために保管しているのかわからない。ということで内容がわかるように、本箱を使用するということです。あとはネット環境の整備だけ。プロバイダーを代えると端末が安く買える(配偶者を代えると家賃が安くなるという話みたいで、あまり信用できないけど)というのを一度は使用してみようと思っていたけど、現状のままでも割引してくれるというので、できればそれを利用するつもりです。多分この作業も来週には終わると思います。
 こうした作業の副産物は、なんといっても古いコピーやノートが出てきたこと。それもイギリス史関係。パラパラめくると面白いところがあります。この間は歴史理論よりりそちらを少ししていました。こうした仕事と並行してローゼンストーンの短い文章の翻訳。ほぼ昨日終了。残された疑問点はローゼンストーンに直接メールして聞きます。メールの最大の利点の一つはこのことです。ワードの校閲機能を使用して疑問点を筆者に聞けば、疑問点はほぼチェックできます。翻訳には本当に便利です。
 ローゼンストーンといえば、6月にある「メディアと歴史」についての学会のキースピーカーに予定されているようです。久しぶりに会いたいし、話も聞きたかったので、一般報告者を希望するというアブストラクトを送ったら、受け入れてもらえるとの連絡がありました。何度か書いてきたように、歴史と記憶を論じるなら、歴史を伝え、記憶を共同化するメディアの問題は重要だというのが自分の考えです。報告の準備をかねて今日からそのあたりも本を読めたらと考えています。
 以上近況を書きました。この間翻訳以外(それから事務書類以外)文章を書かなかったので、だんだん文章を書くのが億劫になってきました。実は昨日も論文集に掲載する予定の文章を書き始めたのですが、あまりにもまとまらないので嫌になってしまいました。ただ今は時間をとれるのは春休みくらいなので、この春休みはいくつかの文章をまとめられればと考えてはいます。それと並行してこのブログの記事も書ければと今は考えているのですが。
by pastandhistories | 2015-03-04 04:37 | Trackback | Comments(0)

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