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苦学生

 予想通りの忙しさです。その忙しさが学問的糧になるのならよいのですが、いろいろと会議で議論されることは、「学問的」なものをますます希薄化していくことをむしろ自己目的化しているのではと疑問を持たされるようなことが決して少ないとは言えないのは残念です。ただ自分としては、机に座っているだけでは見えない現在の社会の在り方が、随分と見えるようになったという感じはあります。もともと「政治」の問題を考えるということが自分の研究の出発点であったわけですから、その意味では良かったのかもしれません。
 こうした忙しさで思い出すのは、大学の同期入学者に夜間の工業高校から酒屋で配送の仕事をしながら入試に合格した友人がいたことです。ある程度は受験準備のみに時間を使用できたということで、「苦学生」であった彼には随分とある種のコンプレックスを感じました。
 あまり自慢できることではありませんが、いまは自分も「苦学生」になれたという感じです。とにかく本来の仕事に充てる時間がない。電車内はもちろんのこと、食事中も本を読むという生活です。今日の記事もたまたま早起きしたのでその時間を利用して書いています。
 今日書こうと思うのは、グローバル化の時代になぜ憎悪の感情や暴力をともなった対立がむしろ激化しているのかとういう問題です。この問題に参考になるのはアルジュン・アパドゥライの『グローバリゼーションと暴力』(世界思想社)です。アパドゥライの名は以前スパイビの『グローバリゼーションと世界社会』を翻訳した際に、この本の中でしきりに引用されていることで知りました。チャクラバルティ同様に、アジア出身でその後アメリカにわたって大学のポストを獲得した人物です。
 彼はヘイトスピーチとして最近は話題になっているような現象の因を、「主権が脆弱化するjこの世界のなかで、ほんのニ、三の超大国が権勢をふるい、多くの国家主体が、現実であれ、想像上であれ、力を失い弱者として周縁に追いやられている。マイノリティーは、そのような国家の不安を転位させる格好の対象となっている」という言葉で、きわめて要領よく説明し、そうした立場からナショナルなものを根拠として抑圧的な立場に立つ多数派を「捕食性マジョリティ」と呼びます。なぜ彼らが捕食的であるか、つまりマイノリティに対してきわめて暴力的にまで攻撃的であるかというと、マジョリティはマイノリティを構築することによって、はじめてそのマジョリティという立場を構築できるからです。その不安定さにマジョリティの暴力性の因があるというのがアパドゥライの論じているところです。
 彼はまたイグナティフの主張を借りて、こうしたマジョリティにある暴力的な衝動が、国内の少数派に対してだけでなく、世界全体の地域に及ぶような(具体的にはイスラームに対するものを一つの例として取り上げてもよい思います)「遠距離憎悪」をも生み出していると論じています。これはたとえばサルトルが想像力の問題として提示した「遠距離への共感」とは真逆なものです。
 こうしたアパドゥライの指摘はかなり正鵠を得たものと考えてよいでしょう。アパドゥライの議論は、日本でももう少し取り上げられてよいような気がします。
by pastandhistories | 2015-04-18 06:16 | Trackback | Comments(0)

新しい言葉

 以前この欄で自分が constructedness という言葉を使用したら編集者から問い合わせがあり、辞書(OED)にないので使用を避けてほしい、という連絡があったことを紹介したことがあります。その時も書きましたが、WEBで検索すると使用例は多いのでそのままでよいという連絡が後に来ることのなりますが、この言葉は前回紹介したシュテファン・バーガーの新著(The Past as HIstory)でも使用されています(p.17)。バーガーは自分の記事が掲載された同じ雑誌の次の号に寄稿しているので、そんなことはないとは思いますが、自分の文章からとったのだとしたら、少し嬉しいですね。ちなみに前回タイトルが似ていると書きましたが、自分が編集した『歴史として、記憶として』の英文タイトルは History as Memory, Memory as History です。バーガーの発想と自分の発想とは少し似たところがあるので、そうした一致がどうしても生じるのだと思います。
 自分にもそうしたところがありますが、バーガーは非常にクリアーな考え方をする人で(英語の発音も本当にクリアーです)、その考えを伝えるために言葉をかなり自由に作ったり、新語を利用するところがあります。たとえば日本語にするとどちらも「歴史主義」と訳されてしまいますが、historism という言葉を、 historicism に対置させています。前者はランケ的なもの、後者はポパー的なものとしてです。日本語の訳書を場合、むしろ内容を曖昧化するために(難解に見せかけるために?)新語が用いられている例が少なくありませんが、内容を明確に伝えるために新しい言葉を使用するのはけっして否定されるものでない、と自分もまた考えています。
 ヘイドン・ホワイトもかなり新語を使います。革新的であるがゆえに、これまで無視されがちであった問題を提示するものとしてです。たとえば昨年末から刊行されている石塚正英さんの著作選(全6巻・社会評論社)の月報に書きましたが、歴史知として訳されてよい historiosophy という言葉を、historiology, historiography という言葉に対置して使用しています。
 同じように historiography という言葉に対置してホワイトが提唱したのが historiophoty という言葉です。この言葉は歴史と映像の関係を論じたローゼンストーンが早速取り入れました。いま進行させている翻訳にもこの言葉が出てきます。すでに中国では「歴史影視」と訳されているようですが、影視は日本語ではないので、「歴史映写」「歴史写出」と訳そうと思っています。前者の方が日本語としてはわかりやすそうです。ニュアンス的には映画に限定されてしまいそうですが、「映す」「写す」ことだととれば写真なども含意されるので、前者にしようと思っています。
by pastandhistories | 2015-04-05 09:37 | Trackback | Comments(0)

今年の予定

 今日は書きたいことと書きたくないことがあります。まず書いておきたいことは、シュテファン・バーガーから昨日本が送られてきたことです。The Past as History。真似したわけではないでしょうが、タイトルが自分の編集した本と似ているのには、うれしいところがあります。形式的にはクリストフ・コンラートとの共著という形になっていますが、前書き的な文章に書かれているように、事実上は単著に近いもの。かなり分厚く最後に歴史家の人名辞典がついていて、それを除いても370頁強。早速食卓の上で、食事がてら読み始めましたが(今は後で述べるような事情で、こんな形でしか本を読めません)、かなリ面白そうです。バーガーは何年か前にプロジェクトに参加してくれる予定だったのが、健康上の理由で前日にキャンセル、本当に残念でしたが、すでに8月末に来日してくれるという連絡が来ています。今度こそ実現できればといいのですが。
 そのバーガーの文章の一つは現在企画中の本に翻訳として掲載します。この本には合わせて、ヘンドン・ホワイト、ピーター・バーク、ロバート・ローゼンストーン、イム・ジヒョン、エドワード・ワン、ペニー・コーフィールド、そしてカーレ・ピハライネンの文章が翻訳掲載される予定です。気づいた人もいるかもしれませんが、自分のプロジェクトで日本に招聘した人たちが中心。多くの人が原稿掲載を了解してくれました。それはばかりか、企画に合わせて新たな原稿を送ってくれたビッグ・ネームも。本当に感謝したいと思います。内容も面白く、ここで宣伝しておきます。宣伝ついでに書くと、これには日本人研究者の基本的には歴史理論をめぐる考察も掲載される予定です。これもそれぞれがかなり興味深いものだということをここで宣伝しておきます。
 書きたくないことは、大学の役職者に4月からなったことです。さっそく会議連絡の山。正直言って今の大学は自分の力ではどうしようもないところに来ている感があります。3月に入って突然指名があって、すでに新年度の出講計画や海外渡航の予定がほぼ決まっていたところで、大混乱になりました。健康問題も含めて吉と出るか凶と出るかわかりません。任期は長くて一年なので、この一年はロビンソン・クルーソーのようにカレンダーに×をつけながら過ごしていきます。
by pastandhistories | 2015-04-02 21:58 | Trackback | Comments(0)

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