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帰国

 済南で開催されていた第22回国際歴史学会議から昨日帰国しました。滞在中は例によって後述するようなトラブルからネットにはほとんどアクセスしないでいたのですが、このブログにまた大きな反響のあった事を知りました。出国直前に書き残した7日の記事、『歴史を射つ』に関して、誰かの紹介があったからのようです。なかにはビギナーの人がいて、ついでに以前の記事も遡って読んでくれているようです。
 このブログはもともとは第21回の国際歴史学会議の準備のためにイギリスに滞在していたときに、歴史についてそれまで考えていたことをメモ的に連続して書いたのがきっかけです。初期の記事のほうが第21回大会の報告を含めて整理されているところもあるので、関心をもたれた人はそのあたりの記事を中心に読んでもらえればと思います。それ以上に関心をもってもらいたいのは、21日の記事にある明日からのセミナーです。こちらの方は『歴史を射つ』に比較して関心はいまいちのようですが、会場では『歴史を射つ』の予約を送料込み2割引で受付けつける予定です。
 昨日はその報告者であるシュテファン・バーガー、エルヴェ・アングルベールも別々の便で来日しました。今は同じホテルにいて、今朝食事をしながら明日、明後日の打ち合わせをします。とにかく招聘セミナーは確実に来日することと事前打ち合わせが大事なので、ほっとしています。
 この会に加えてその他の学務でスケジュールはいっぱいですが、第22回国際歴史学会議の内容も、いろいろのヒントも得たので、順次書いていきます。まずはトラブル続きの行き当たりばったりの旅につぃて。最大のトラブルの原因は、70周年記念行事や世界陸上を避けて青島経由としたこと。参加してみたら多くの日本人研究者はソウル経由で済南に入ったようです。
 これが正解です。青島もそうですが、飛行場に行くと、中国北部行き飛行機は圧倒的に韓国経由が多い。中国北部と韓国の経済的関係が本当に密接化していることがわかります。かつては朝鮮半島をめぐる争いで日清戦争が行われ、中国北部をめぐって日露戦争があったわけですが、いまやその地域は中国と韓国が親密に結合している場だということです(帝国主義的な進出論や侵略戦争が地域の自然な実態を無視した歴史的にはいかに空虚な議論であったのかが、こうした現実からもわかります)。
 出発の日にその青島から電車に乗るのに戸惑ったのが最初のトラブルです。飛行機は12時過ぎにつく予定だったので、済南への時間を3時間と見て夕方には着くだろうと考えたのが大間違い。まずは自動販売機が外国人旅行者には利用できない(と思いました)。延々と列に並んで、やっと入手した切符は最終の前の6時過ぎ発。夜中の十時過ぎにやっと済南に着きました。そこからまた延延たるタクシーの行列(割り込みができないように、驚くような工夫がしてありましたが、このことは書きません)。そしてホテルへ。これは驚くようなゴージャスなホテル(そこが会場です)。しかし例によってパソコンはつながらない。そこから初日が始まりました。
by pastandhistories | 2015-08-30 05:48 | Trackback | Comments(0)

8月7日・21日の記事

 今日は午前中に会議が一つ、その終了後8月7日の記事に書いた本の本当に最終的な作業(表紙の確認、白焼きをもとにした校正の確認)を出版社でしました。広告が出るのはそれより早くなりそうですが、奥付は9月15日前後、正式の刊行もほぼその時期になるようです。
 後は明日からの国際歴史学会議に参加するので、その出発の準備、場所が済南ということで今度は電車への乗り換えがあります。海外で意外に苦労するのが中国と韓国。英語が意外と通じない。その点少し心配だけど、いつも通り行き当たりばったりの旅です。
 29日帰国すると、今度は21日の記事のような研究会。中国行はその打ち合わせも兼ねています。宣伝になりますが、以上の詳しい内容については、8月7日と21日の記事を見てくれればと思います。
by pastandhistories | 2015-08-24 21:24 | Trackback | Comments(0)

8月31日・9月1日

昨日の夕方に電話があって、今日のオープン・キャンパスで同じ時間に別の場所で話をすることになっているという連絡がありました。いわゆるダブルブッキングです。本来は夏休みというのにスケジュールが重なり合う、本当に時間がありません。ということであまり準備もできなかったのですが、7月のベルベル・ビーヴェルナージュに続いて、今度は8月31日、9月1日に以下のような会を行います。
 タイトルは「ユニヴァーサルヒストリー・ナショナルヒストリー」、前者はこのブログでも書いたENIUGHでももちいられているもので、エルヴェ・アングルベールはその会でとても明快な報告をした研究者で、今回の会に招きました。Le Monde L'Hsitoire (PUF) という本を書いています。本来はローマ史研究者ですが、現代にまで視野を広げている人物です。
 シュテファン・バーガーはこのブログでも何度か紹介しましたが、ヨーロッパにおける近現代史研究の、とりわけナショナルヒストリー、歴史のナショナライゼーションにかんしての、もっとも中心的な研究者の一人です。この二人には、下旬の国際歴史学会議で落ち合いますので、そこでさらに打ち合わせをする予定ですが、基本的には31日が二人から簡単に議論を導入してもらう形のフリーディスカッション、1日が二人からペーパーを読んでもらってそれを議論するかたちになります。コメントは西山暁義さんにお願いしてあります。
 夏休みということですが、逆に多くの人が海外などに出払っている時で、また連絡も付きにくい時期ですが、日本における今後の西洋史研究にとってぜひコンタクトをとっておくべき研究者だと思いますので、特に若い人たちが連絡を取り合って参加してもらえればと考えています。
 

8/31(月)13:30~
〈討論会〉
報告者
シュテファン・バーガー Stefan Berger
(ボーフム・ルール大学Ruhr-Universität Bochum)
エルヴェ・アングルベール Hervé Inglebert
(パリ第10大学Université de Paris X-Nanterre)

1(火)10:30~
〈国際公開セミナー〉
第1部 10:30~12:00
シュテファン・バーガー (ボーフム・ルール大学)
第2部 13:00~14:30
エルヴェ・アングルベール (パリ第10大学)
コメント・質疑応答 15:00~17:30
西山暁義(共立女子大学教授)

両日とも
(通訳) 松原俊文 (司会) 道重一郎・ 岡本充弘
会場 東洋大学白山キャンパス2号館16階スカイホール
主催 東洋大学人間科学総合研究所
by pastandhistories | 2015-08-21 06:35 | Trackback | Comments(0)

御用学者

 この間の政治状況について、知人に以下のような記事をメールで教えたら、すぐに反応がありました。現代的な響きを持つ言葉だからでしょう。ウキペディアで紹介されているものですが、今日はそれをそのまま転載します。

 「山下奉文は、処刑前に教誨師の森田正覚に日本人へ向けた遺言を残した。彼が最後に伝えたかったことは、戦時中の彼の行いに対する自責の念と自由を尊び平和を追求する新しい日本に対する理想であった。(遺言の全文は『山下奉文の追憶:三十年祭に際して』(山下九三夫 1976.2)に掲載されており、奈良県立図書情報館などで閲覧できる。)
彼は、「新日本建設には、私達のような過去の遺物に過ぎない職業軍人或は阿諛追随せる無節操なる政治家、侵略戦争に合理的基礎を与えんとした御用学者等を断じて参加させてはなりません。」と言明し、日本再建の方向性について、「丁独戦争によって豊沃なるスレスリッヒ、ホルスタイン両州を奪はれたデンマークが再び武を用いる事を断念し不毛の国土を世界に冠たる欧州随一の文化国家に作り上げたように建設されるであろう事を信じて疑いません。」と述べた上で、第二次世界大戦の廃墟の中から日本が立ち直っていくときの4つの要素を示した。
1つ目は、日本人が倫理的判断に基づいた個人の義務履行。
この倫理観の欠如が、日本が世界からの信用を失ってしまった根本的な原因だと主張した。さらに日本人が間もなく得る自由が、この義務の観念を気づかせるのを難しくさせてしまうかもしれないと予測した。
「自由なる社会に於きましては、自らの意志により社会人として、否、教養ある世界人としての高貴なる人間の義務を遂行する道徳的判断力を養成して頂きたいのであります。此の倫理性の欠除という事が信を世界に失ひ醜を萬世に残すに至った戦犯容疑者を多数出だすに至った根本的原因であると思うのであります。
此の人類共通の道義的判断力を養成し、自己の責任に於て義務を履行すると云う国民になって頂き度いのであります。
諸君は、今他の地に依存することなく自らの道を切り開いて行かなければならない運命を背負はされているのであります。何人と雖も此の責任を回避し自ら一人安易な方法を選ぶ事は許されないのであります。こゝに於いてこそ世界永遠の平和が可能になるのであります。」
2つ目は、科学教育の振興。
彼は優れた科学が優れた兵器を生み出すことを認めながらも、核戦争の不安材料を恐れ、破壊よりも科学の平和的発展を主張した。
「敗戦の将の胸をぞくぞくと打つ悲しい思い出は我に優れた科学的教養と科学兵器が十分にあったならば、たとへ破れたりとはいへ斯くも多数の将兵を殺さずに平和の光輝く祖国へ再建の礎石として送還することが出来たであらうといふ事であります。私がこの期に臨んで申し上げる科学とは人類を破壊に導く為の科学ではなく未利用資源の開発或は生存を豊富にすることが平和的な意味に於て人類をあらゆる不幸と困窮から解放するための手段としての科学であります。」
3つ目は、女子の教育。
日本人の女性は、新しい自由と地位を尊び、世界の女性と共に平和の代弁者として団結しなければならないということ。「従順と貞節、これは日本婦人の最高道徳であり、日本軍人のそれと何等変る所のものではありませんでした。この虚勢された徳を具現して自己を主張しない人を貞女と呼び忠勇なる軍人と讃美してきました。そこには何等行動の自由或は自律性を持ったものではありませんでした。皆さんは旧殻を速かに脱し、より高い教養を身に付け従来の婦徳の一部を内に含んで、然も自ら行動し得る新しい日本婦人となって頂き度いと思うのであります。平和の原動力は婦人の心の中にあります。皆さん、皆さんが新に獲得されました自由を有効適切に発揮して下さい。自由は誰からも犯され奪はれるものではありません。皆さんがそれを捨てようとする時にのみ消滅するのであります。皆さんは自由なる婦人として、世界の婦人と手を繋いで婦人独自の能力を発揮して下さい。もしそうでないならば与えられたすべての特権は無意味なものと化するに違いありません。」
4つ目は、次代の人間教育への母としての責任。
「私のいう教育は幼稚園或は小学校入学時をもって始まるのではありません。可愛い赤ちゃんに新しい生命を与える哺乳開始の時を以て始められなければならないのであります。愛児をしっかりと抱きしめ乳房を哺ませた時何者も味う事の出来ない感情は母親のみの味いうる特権であります。愛児の生命の泉としてこの母親はすべての愛情を惜しみなく与えなければなりません。単なる乳房は他の女でも与えられようし又動物でも与えられようし代用品を以ってしても代えられます。然し、母の愛に代わるものは無いのであります。
母は子供の生命を保持することを考へるだけでは十分ではないのであります。
子供が大人となった時自己の生命を保持しあらゆる環境に耐え忍び、平和を好み、協調を愛し人類に寄与する強い意志を持った人間に育成しなければならないのであります。
………これが皆さんの子供を奪った私の最後の言葉であります。」

 本当に真摯な言葉です。こうした言葉が、いわゆる最高級の「職業軍人」によって発せられていたことについて、「阿諛追随せる無節操なる政治家、侵略戦争に合理的基礎を与えんとしている御用学者」は自らを恥じることはないのでしょうか。
by pastandhistories | 2015-08-19 22:41 | Trackback | Comments(0)

叙述と分析

 歴史認識に明確な主語がない。別にこれは「歴史を語ることが好きな」首相だけの問題ではなく、近代歴史学に潜在し続けた問題。主語ととなる人称の恣意的なすり替え、混在、曖昧化が恣意的に行われ続けてきました。こうした問題を、それぞれのナショナルな枠組みでの歴史のあり方をとおして本当に丁寧に論じているのが、8月末に来てくれるシュテファン・バーガーです。
 そのシュテファンの論稿を含む論文集『歴史を射つ』の内容とそれが9月に刊行されるということをこのブログで明らかにしたら、驚くような数の反響がありました。昨日は最終製版の前にいくつか誤植が見つかったのでその調整作業、月曜日から製版に入るということでぎりぎりセーフ。ついでに今日・明日と最終的点検をします。出版はややずれこんで9月に入り込むかもしれません。
 昨日はあわせて下旬の国際歴史学会議のプログラムを見て、大体の予定を立てました。今回は24日までオープンキャンパスや会議があるので25日が出発日。これまでと比べてそれなりのビッグネームは、ユルゲン・コッカ、ジェイ・ウインター、パトリック・マニングくらいで少しさびしい感じですが、参加してみると意外な発見もあるのが国際学会。それを楽しみに行ってみます。
 国際会議といえば、先週は大阪で第8回日英歴史家会議がありました。内容的には日本とイギリスというより、やや東アジアへの方向性が示されるという変化が見られ、おそらく今後はそういう流れが加速されていくような気がします。そうした方向とは直接関係はしなかったけど、考え方のヒントを提供してくれたのは、ジョアンナ・イニスの発表。席が後ろだったので、最初は彼女はなぜ自分のことを自己紹介的に she というのか、「英語の発音が随分と綺麗になった」なと思っていたら、話していたのは日本人女性研究者。本人はいつもどおりハスキーヴォイスで報告しました。
 内容は、ネットワーク論的な説明技法がこの間歴史書・歴史論文において急速に拡大しているという話題です。もちろんそれは研究者のパソコン使用能力がどんどん上昇しているため。というより、パソコン自体の統計や図表化の処理能力が向上しているため。イスタンブールの国際文化史学会でもこの問題を取り上げた研究者がいましたが、イニスはそれを統計的な整理、具体的な例を踏まえて、論じました。このブログでも指摘したことがありますが、「現代の技術を支配するものが歴史を支配する」「現代の技術が歴史を支配する」という問題が歴史にはあります。
 もちろんこのことを否定する必要もありません。基本的には歴史研究のあり方が、デスクリプティヴなものからアナリティカルなものになっていくということだろうからです。小説的な技法に近いデスクリプティヴなものが、いわゆる「科学的技法」に厳密に合致するものなのかという批判は、数量的方法を重視したクリオメトリックスからの批判として、一時期は随分と行われたもの。そうした批判が、パソコンを借りたよりヴィジアライズされた説明技法として提示され始めたと考えれば、ネットワーク的な説明は理解できます。しかし、イニスもそのことを指摘したけど、ネットワーク論的な説明自体はパソコンの一般化以前からありました。ネイミアなどがその代表です。ネイミアが現代に生きていたら、おそらくパソコンをもちいて、精緻な議員同士のネットワークについての図表を示したでしょう。
 しかし、問題はデスクリプティヴなものでもアナリティカルのものでも、数量的なものでも、ネットワーク的なものでも、そうしたものを借りていったい何を説明しようとしたいのかということです。一般論的な叙述よりも、数量的なものに裏付けられた説明のほうが、説明としてはより精度が高いことは事実ですが、なぜそうした説明が当時言われたほどには歴史研究において圧倒的な優位性を保てなかったのかというとその理由は、そうした基本的な問題の設定に誤った部分があったからです。
by pastandhistories | 2015-08-15 10:04 | Trackback | Comments(0)

本の編集

 学生が出てくるかはわからないけど、春学期は今日が最後(補講です)。やっと夏休み。もっともオープン・キャンパスがあったり、月末には国際歴史学会議、そしてそれが終わるとすでに予告してある招聘セミナーが予定されていて、あれやこれやで短い休みになりそうです。
 このブログを久しぶりに見直していたら昨年の夏は一度しか記事を書いていません。どうしてそんなに忙しかったのだろうと考えてみたら、本の出版準備をしていたことを思い出しました。主として、以下に紹介する本の第一部(翻訳部分)の原文のチェック。その作業にもとづいて翻訳者に依頼し、また第二部の原稿を募集・依頼するという作業で夏休みがほとんど終わったことを思い出しました。
 予定より当然遅れたけれど、予想外に作業はすすんで昨日閲了、8月下旬には完成するようです(店頭に並ぶのは9月初めになるようですが)。校正・チェックで何度も読み直しましたが、自画自賛になりますが、それなりに「話題の一冊」になるように仕上げたつもりです。タイトルは『歴史を射つ』、副題は『言語論的転回・文化史・パブリックヒストリー・ナショナルヒストリー』、編者は岡本充弘・鹿島徹・長谷川貴彦・渡辺賢一郎です。全430頁。すでに広告が出稿されているとのことです。
 この間このブログではあまり役に立つような議論を紹介したり、展開することができませんでしたが、この本は問題提起満載ですので、是非期待してください。目次は以下の通りです。

第一部 歴史を問いなおす

ヘイドン・ホワイト「歴史的な出来事」
ピーター・バーク「歴史記述における関わりと切り離し」
ロバート・ローゼンストーン「映画製作者が歴史家として歴史に対して行っていることについての諸考察」
シュテファン・バーガー、ビル・ニーヴン「国民の記憶の歴史を書く」
イム・ジヒョン「グローバルに連鎖するナショナルヒストリーに現れた東洋と西洋―北東アジアにおけるナショナルヒストリーの記述」
エドワード・ワン「世界のなかのアジアを理解しなおす―東アジアにおけるグローバルヒストリーの出現」
ペニー・コーフィールド「歴史家と大きな歴史像への回帰」
カレ・ピヒライネン「構築論と最近の歴史の欲求について―実在の果てしない回帰」

第二部 言説としての歴史、表象としての歴史

鹿島徹「日本社会における歴史基礎論の動向 二〇〇四―二〇一四」   
長谷川貴彦「言語論的転回と西洋史研究―受容のコンテクスト」
平井雄一郎「伝記叙述の「型」と未遂の「他者」―たとえば「渋沢栄一伝」は水戸天狗党に躓く」     
北原敦「映画表現における現実と歴史―ネオレアリズモをめぐって」
渡辺賢一郎「少女マンガの表現技法と歴史叙述としてのマンガ」
池尻良平「学習者から捉え直した歴史の可能性」          
内田力「社会史にみる世界史の歴史研究と言説―国際的な史学史の叙述をめぐって」
長野壮一「現代歴史学の出発点― 社会運動史における「主体性」と「全体性」」
岡本充弘「転回する歴史のなかで」
by pastandhistories | 2015-08-07 05:29 | Trackback | Comments(0)

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