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チャーティスト運動はどう物語れるか

 久しぶりの記事です。昨日は所属する大学の学会で、「チャーティスト運動はどのように物語れるのか」というタイトルで講演をしました。このブログにメモ的な記事を書き、問題点を整理しながら準備していくことを考えたのですが、そうなると内容が膨らみすぎていくだろうとも考えたので、それはしませんでした。またこのブログをそうしたかたちで使用すれば、関心のある人の告知になるとも考えたのですが、その場合果たして関心を持ってくれる人の期待に応えられる内容のものを準備できるだろうかという気持ちがあったので、それもしませんでした。伝え聞いてわざわざ参加してくれた人には大変感謝しています。
 一般的な聴衆を対象とする場合によくあるように、ポイントを思い切り絞って、「講演」らしく要領よくまとめることも考えましたが、学会ということで参加する人は圧倒的に歴史研究者であり、かつ今回の場合は専門がまったく異なる人が圧倒的多数ということで、それならということで網羅的な話をして、聞くそれぞれの人に多少なりとも部分的なヒントを提供するものがいいだろうと考えたのですが、そのかたちだとかなりの時間が必要。圧倒的に時間が足りませんでした。
 いちおう準備したプリントでは、Labour History Review の2009年、2013年の特集、それ以外の最近の研究、さらにはデジタル化やネット空間での作業の紹介も視野に入れてはいたのですが、その部分はほとんど触れることはなく申し訳ないところがありました。またかなり急いだので、いくつかの説明を落としてしまいました。まずはプリントに掲載されていた英語で書かれてた基本的な論文集の紹介。これはStephen Roberts が彼のサイトで、それぞれの著作の要約として書いているものですが(その紹介がやや偏っている事例としてとりあげる予定だったのですが、その点をまったく説明できませんでした。時間の問題もあったので、最初にプリントにその旨書いて置くべきで、参加者には自分の文章だという誤解を与えたかもしれません)、その説明を落としました。
 それから話としては、ステーブン・ロバーツも含めたドロシー・トムスンの弟子たちが作り出している流れと(ロバート・ファイスン、そしてジェイムズ・エプスタイン、オウエン・アシュトン)を基本とし、エイサ・ブリッグズやJ・F・C・ハリスンの流れ(ジョン・ベルチェム、アイリーン・ヨウ、マルコム・チェイズ、そしてローハン・マクウィリアムズ)、それからギャレス・ステッドマン・ジョーンズとパトリック・ジョイス、ヴァーノンらの言語論的転回派、言語論的転回を取り入れながらも微妙な立ち位置のマイルズ・テイラー、以上の研究者とはやや異なる立場から重要な議論を提示したポウル・ピカリング、そしてアメリカのおける研究、たとえばゴドフリー、さらにはメーザーからパイににいたる治安システムに注目した近代国家形成から捉えていく方法(それに対するサヴィルの議論)といった議論の大きな枠組みを前提としながら、
 最近の研究において注目してよいこととして、
 1)言語論的転回提起した問題を緻密化した議論、さらにはそれに対する緻密化された反論。たとえばきわめて盛んになっている詩をはじめとする文学的表現についての研究。語彙やイディオムの研究。言語的表現と非言語的な表現との関係、労働者の日常的文化、くわえて感情などとされるものとその言語化との間の関係、そうしたものが「階級」論との関係でどう展開されているのか、とくに運動を「労働者」や「階級」を単位とするものと考える立場からもどのように緻密化されているのかという問題。くわえて言語論的な視点を継承するものとして、constitution,democracy といった「言語」はどのようなものとして分析されているのか、という問題、
 2)「当局」や指導者が残した資料ではなく、普通の労働者が残したT自伝」などの資料の発掘に伴って、そうした「主観的」な資料から歴史を捉えていくという視点がどのようなかたちで議論されているのか、という問題
 3)情報や交通のナショナライゼーションが運動の全国化、それ以上に統治する側の全国化をどのような内容のものとして生み出していったのか、その相互的関係が19世紀後半のイギリス社会をどう構成していったのか、といった問題、
を説明したかったのですが、さすがにテーマが大きすぎました。それでも1時間ほど話してみて、その準備も含めてある程度の枠組みができたので、それはまたの機会にまとめていければと考えています。
 とにかく時間がなくて急いだ。そのためにドロシーがはじめはリーズでエイサ・ブリッグズに教わり、そのテーマがアーネスト・ジョーンズであったということ。そしてマルクスとの個人的接点から評価されてきたアーネスト・ジョーンズについての一面的な理解を疑問視し、非労働者的な社会層出身の文学的ボヘミアンであったという点を指摘したのがマイルズ・テイラーであったこと(そのことを彼がバーミンガムでのチャーティスト・コンフェランスで論した時に自分は参加していました)、こうした流れから同じ時期に台頭した近似性をもった指導者としてレナルズへの評価が進んだこと(同じくバーミンガムで開催されたレナルズ研究集会で興味深い発表をしたのが、運動と詩の問題を取り上げたイアン・ヘイウッドと日本でも翻訳がでたローハン・マクウィリアムです)といったようなエピソード的だけど重要なことも話す予定でいたのですが、そうしたことも落としてしまいました。ということで、この場を借りて記しておくことにします。
by pastandhistories | 2015-11-29 07:55 | Trackback | Comments(0)

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