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世代

自分の世代には映画好きの人が少なくありません。その理由は子供の時に親に連れられて映画館に行くのが、習慣だったからです。その代表的な例が川本三郎さん。直接の知り合いであったわけではありませんが、たしか大学は同学年であったはずです。彼が朝日百科の『週刊世界歴史』に執筆していた歴史映画論は文化論ともしても優れたものです。その理由は『十戒』や『ベン・ハー』といったようなスペクタクル超大作だけではなく、いわゆるB級映画にも結構な目配りがあったからです。その一つの例が自分も親に連れられて見た『悪の塔』という珍作も取り上げていること。本当に愉しい作品。しかし、子供と一緒に見るような映画とは言い難い。この映画に連れて行ってくれた自由な父には本当に感謝しています。

どうして自分たちの世代が子供の頃にそんなに映画を見ているのかというと(長じても映画が自らの文化的枠組みとして大きな役割を果たしていたのかというと)、それは前述したように、親の世代にとっても映画館に行くのが、日常生活の一部だったからです。その理由はなんといっても、親の世代にとっては、映画が大衆文化となっていた時期が、ちょうど青年期に重なり合っていたからでしょう。自分の父親は1909年生まれですが、ちょうど青年期が世界的にも映画文化が大きく発展した時期。それをナチズムが利用したということも、広く論じられていることです。

しかし、自分が父親の趣味として思い出すことは、以前少し書いたことがあるように、レコードの収集家であったこと。これは終生変わらず、少し経済状況がよくなると、サラリーマンの月給の10倍近くになるようなプレイヤーを買ったりしていました。晩年はFM放送をテープに収録するのが日々の生活の一部でした。神保町で育ったこともあって秋葉原に行くのも大好きで、いろいろな電気製品の部品を一緒に買いに行ったこともあります。

自分は兄弟の仲では父親と趣味が一番共通するとことがあったのですが、残念ながら音楽にはそれほど興味を持ちませんでした。特にレコードには「機械」の音というイメージがあって馴染めないところがありました。どうしてこんなに「機械」の音が好きなのだろうという印象もありました。その疑問に対して答えてくれているのが、Conceptualizing Global History, edited by Bruce Mazlish & Ralph Buultjens,1993 に掲載されている John Joyce ‘The Globalization of Music; Expanding Sphere of Influence’ という論文です(この論文はマズィリッシュと入江昭さんが編纂したラトリッジから刊行したグローバルヒストリーのアンソロジーにも一部が掲載されています)。

ジョイスがその中で指摘していることは、電気を媒介とした音の文化の広がりです。彼によれば、1920年にラジオの受信者は1万5千人、それが1927年にはアメリカだけで、700のラジオ局と800万人の受信者があったとされています(前掲書、271頁)。ジョイスはレコードも同じように急速に拡大していったことを指摘しています。日本はこれにやや遅れたでしょうが、父親の青年期にはこれほど大きな文化的変化があった。そのことに父親やその世代の人々が大きな影響を受けたことは、間違いないでしょう。映画や自動車などの出現とその影響は(父親のもう一つの趣味は自動車でした)ある程度想像できることですが、音楽の形態(そして音の文化の形態)もまたこの時期に大きな変化を遂げていたことは、意外と視野の外に置かれがちです。その意味でジョイスの論文は面白く読めるところがあります。

最近は歴史研究でも世代論が随分と注目され始めていますが、自分の一つ前の世代にどうした文化的枠組みがあったのか、それが自分の世代にどのような影響を及ぼしたのかという問題は、普段意外と気づかない日常的なものの中からも見出すことができます。


by pastandhistories | 2017-01-25 07:22 | Trackback | Comments(0)

1917~19年のイフ

 自分の考え方は、一度決めたことはある程度持続していくということ。プロバイダーも変えないようにと思っていたのですが、転居する以前に使用していたJCOMが利用できるようになったというので、衛星波テレビをスカパーからJCOMへ、ついでということでプロヴァイダーもJCOMに戻しました。ところがセキュリティが結構強化されて、早い話がこのブログもややアクセスがしにくい。普段見ていないものは、認証上の警告が多く、常用パソコンは中古のVISTAヴァージョンだったせいか、動きが急速に悪化、ネットサーフィンがやりにくくなりました。ということでいろいろパソコンをいじっていたら当然のようにフリーズ。セットアップをやり直したら、救済できるはずのデスクトップのデータは、ハードディスクのデータと同じ拡張子.BUT というファイルに。頑固なファイルで当分開けないでしょう。したがってデスクトップにおいておいた10月23日からの原稿がパー。多少は記憶メディアに移してあったけど、書き出しが一番気にいっていた原稿が消えてしまい、それが残念です。 
 もしプロヴァイダーを変えなかったら、もっと気をつけていたら、ということで今日はイフヒストリーの続き。前回の記事に意味が通らなかった部分もある感じがするので、少し補足をしておきます。1918年にボルシェヴィキが権力奪取に成功しなかったらと書いたのは、そうであったならロシア革命は、ドイツ革命と同じように、帝政を倒し、それなりに社会主義的な政策を掲げた、制度的民主主義にもとづくの政治体制を生み出すものとなった可能性があるからです。当然コミンテルンは結成されない。マルクスはともかく、マルクス・レーニン主義といった神格化も起きなかった。日本におけるアナボル論争の結果もかなり異なっていたでしょう。もちろんドイツ革命の推移も違うし、そののちのドイツ政治の流れも大きく変わっていたでしょう。
 もちろんこうした議論への反論も可能です。ワイマール体制が制度的民主主義の脆弱性のゆえにファシズム支配を生み出したように、あの時ボルシェヴィキが断固たる態度をとらなければ、ロシアは極めて反動的な政治状況におかれたはずだ、というような批判です。理のある批判です。二月革命とボナパルティズムの関係からもそうした議論が成り立つかもしれません。
 そうした批判を前提としながら、自分がここで書いているようなイフのことを考えるのは、やはり制度的民主主義の可能性を(もちろんその限界を合わせて)考えることは、現在もなお重要なテーマだと思っているからです。1917~19年の結果の延長として、ドイツにファシズムが生み出されたのは事実だけど、現在のドイツとロシアの政治にあり方を比較すると、やはりロシアにより大きな問題があるからです。

by pastandhistories | 2017-01-23 22:10 | Trackback | Comments(0)

革命記念日

 今日は革命記念日。どこの国の?もちろんロシアの。と言うと、ロシア革命は11月7日に起きたと日本の世界史教科書では習ったという人がいそうです。そうではなくて11月7日は自分の誕生日。昔は毎日ソ連では革命を記念する軍事パレードが行われて、ミサイルを先頭に自分の誕生日を盛大に祝ってくれました。11月7日は TOKIO の長瀬智也の誕生日でもあって、そのことを授業で言ったら、女子学生が彼に送ったチョコレートの残りを、自分にもくれたことがありました。
 なぜ11月7日ではなく今日がロシア革命の記念日かというと、11月7日は確かに冬宮を襲撃してそれまでの臨時政府を解体し、ソヴィエトがそれに代わる臨時権力となったけれど、そこで国民に対して約束されたことは、憲法制定議会の成立させるための選挙を行うことだったからです。翌年の選挙の結果、第一党になったのはボリシェヴィキではなく社会革命党、当然政権運営と憲法制定の権限を国民は社会革命党に仮託したわけですが、その憲法制定議会を実力で解散したのが、1月19日です。つまり一度はそこに権力を移行することが約束されていたはずの憲法制定議会の権限を剥奪し、ソヴィエト権力に一元化したのは1月19日であって、その意味では1月19日を革命記念日と考えてもいいわけです(あるいは正式にロシア社会主義連邦共和国の設立宣言が行われた1月23日でもよいかもしれません)。
 この意味で今年はロシア革命100年ではないと議論できそうです。しかし、皇帝が退位して帝政が崩壊したのは1917年の3月ですから、その意味ではやはり革命百年となります。でもだとしたら、つまり王政の廃止を革命の年と考えるなら、フランス革命で王権が停止されたのは1792年の8月ですから、フランス革命は1792年に起きたことになります。しかし、フランス革命の記念日は7月14日、バスティーユ襲撃の日です。フランス革命も通常は1789年に起きたとされています。革命記念日の決定(国民の共同記憶の構築)はこうした例からもわかるように、かなり恣意的なものです。ソヴィエト政権が、1月19日ではなく、11月7日を革命記念日にしたのは、自らの最終的な権力奪取の「非合法性」を隠蔽するためでしょう。
 というここまでの話は、しばしば議論される歴史の構築性にまつわる問題です。しかし、このことを今日書いたのは、もう少し重要な民主主義の可能性という問題に関してです。ソ連の公的史観においてばかりか、日本においてもロシア革命が11月7日であるとされていたことによって排除されていたのは、ロシア革命のもう一つの道、つまり憲法制定議会が権力維持に成功していたら、その後ロシアはどういう道をたどったのかという問題です。今度の池田嘉郎さんが書いた岩波新書のロシア革命論はそうした問題に触れているということなので、少し楽しみです。
 もちろんこうした問題は皮肉なことに、ロシアで憲法制定議会からの奪権が行われたその一年後の同じ1月19日に行われたドイツ憲法制定議会の選挙で、社会民主党が第一党となり、ワイマール憲法制定されていく(そしてこの政体において最終的にはナチスの権力奪取が行われた)という過程とも重なり合う現代史にとっても、きわめて大きな問題と重なり合っています。イフヒストリーには批判的な歴史研究者が少なくありませんが、もしロシア革命がドイツ革命と同じような道をたどっていたら、ドイツ革命のあり方も異なっていたものになっていたでしょうし、はたしてファシズムが形成されたかもわかりません。このように、民主主義の可能性を考える素材として、結果論にとらわれすぎることがなく、こうした問題を柔軟に考えていくことは、とても重要なことだと自分は考えています。

by pastandhistories | 2017-01-19 11:46 | Trackback | Comments(0)

壁の厚さ

 今年は卒業論文を読む必要がなく、その分時間があるはずなのに記事を書いていないのは、この間横文字を読むことが仕事の中心になっているため。時間をとられるので、他のことがしにくくなります。その合間を縫って、先週の土曜日はある人(このブログでは日本人研究者の個人的情報はあまり書かないようにしているので、ここでは実名はあげませんが、もちろんあの人です)の最終講義に行きました。自分と同じセンター入試の日と同日。自分は卒業生中心の行事なのでそれでよいと考えたのですが、同じ考えだったようです。考えてみれば50年以上の知人。昔はキャッチボールをしたり、スキーに一緒に行ったりしました。個人情報をここで書くのはあまりよくないけど、キャッチボールの際の球の回転数はもの凄くボールが伸びてくる、スキーも東京育ちだけど20日程度で準指導員の資格をとったという何をやっても一流の人です。もちろん学問的にも。
 普段はほとんどこうした会には参加しませんが、実は一昨年もある人の(この人もあの人です)会で挨拶を頼まれました。その時に言ったことは(この会は若い研究者が中心でした)、「皆さんおめでとうございます。邪魔者が消えてせいせいしていると思います」ということです。やっと新しい時代が始められるわけですから。と同時に、といっても「彼の壁を超えるのは大変なことだから、頑張ってください」とも言いました。なぜならそのことは自分がいつも先行的な世代に対して抱いていたイメージだからです。
 戦後思想を現在の段階で批判するのは、ある意味では一見簡単に見えます。しかし、以前書いたように、彼らの思想が戦争体験に支えられいたという重さを考えれば、それを越えていくのは本当は大変な作業です。そこには厚い壁があります。自分はつねにそのことをモティーフとしてきました。邪魔者が消えるのは嬉しいいことですが、その嬉しさだけで、「厚い壁」が打ち破れるわけではありません。

by pastandhistories | 2017-01-15 21:34 | Trackback | Comments(0)

繁忙期?

 正月初めはアメリカ歴史学会に行っていましたが今年はお休み。その大きな理由は、原稿が入っているため。英文が一つと、テーマがやや大きなものが一つ。それが重なって、精神的にはなにか追われている感じです。今日はその準備を兼ねて、少しこのブログの記事を見直しました。あらためて気づいたけれど、2010年正月のアメリカ歴史学会に参加中にホテルで時間があったので何気なく書き始めてから今年で7年目、550をこえる記事数になっているようです。うち2割くらいは、プロジェクトや出版の告知ですが、それを除いてもかなりの記事、よく書いてきたと思います。書き放しでなく、本当はもう少し整理した方がよいのでしょうが、なかなか時間がありません。ということで読みにくいままですが、もし関心があるようでしたら以前の記事を読んでいただければと思います。正直、以前の記事のほうが面白いものがあるような気がします。
 ところで昨年までは1月、2月はいわゆる繁忙期。1月は20本を超える卒業論文、くわえて修士論文を読む作業、2月は入試だったからです。そうした仕事から今年は解放されたのでとは思っていたのですが、けっこう仕事があります。その一つとしてプロジェクトの報告集刊行の準備作業。今日はその一つとして、原稿掲載に同意してもらうための依頼メールを海外の研究者に出しました。さっそく了解したとの返事もありました。来週明けくらいまでに返事が出そろえば、本格的な作業に入れるでしょう。なお次のプロジェクトは以前記したように、2月23日、25日。テーマは「下からの歴史」となります。
 ブログを見直して気づきましたが、以前このブログで同居していた祖父母と別居した経緯を書いたことがあります。父親が倒産して真砂町から本郷6丁目に引っ越した時(1952年、現在の地名では本郷4丁目から本郷5丁目となります)に別居したと書きましたが、引っ越しの時点ではなお一時的に祖父母は同居していました。父親が再起を図って事業を拡張した時、住み込みの人を雇用したためにもともと狭い家がさらに手狭となり、祖父母が雑司ケ谷で間借り生活を始め別居することになったというのが正確ないきさつです。しかしその後老齢の祖父母が雑司ケ谷に住んでいるといろいろ不便だし心配だということで、本郷の家から歩いて10分ほどの森川町(ここも現在では本郷6丁目です)で祖父母は間借りすることになりました。余談ですがこの家は山田太一脚本のテレビドママ「不揃いの林檎たち」のロケ地となった酒屋さん(中井貴一演ずるところの主人公は酒屋、つまり「本郷」の酒屋の次男だけど、大学はあまり有名でない私立大学という設定でした)がオーナーで、その酒屋に隣接した家でした。ついでですが、この酒屋のすぐ近くが「男はつらいよ」のマドンナを音無紀美子が演じたさいに、彼女が中居として働いた「鳳明館」という旅館で、この映画もその旅館の前の坂でロケをしています。
 本郷の道に詳しい人は知っているかもしれませんが、実はこの坂は東大正門から17号バイパスに抜ける最短路(現在では地下鉄春日駅からの抜け道として知られるようになっているかもしれません)。ただし坂は急なので歩くときには注意が必要。とはいっても、アウロプレトの坂はこの道の倍以上に急でしたが。  

by pastandhistories | 2017-01-05 21:55 | Trackback | Comments(0)

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