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new brave history

 先日ある文章に、「ニュー・ブレイヴ・ヒストリー」というサブタイトルをつけたら、編集者の人にわかりにくいと言われました。確かに意味が分かりにくいですね。英文では、New Brave History。 これなら英文の読者にはわかるところがあるのではと思います。ハックスレーの New Brave World (翻訳タイトル『素晴らしき新世界』)をもじったものであることがわかるからです。 
 『素晴らしき新世界』はいわるるディスト―ピア的な科学的空想小説です。テーマは未来には、現在と同じようなかたちでは人類は文化的にも、あるいは生物的にも存在していないというものです。したがって、そうした人類から見た歴史は、現在の人が考えるような歴史とは異なるものとなります。
 人類は未来において現在とどう異なるものとなるのか。その一つの例示はサイボーグです。痛みと感情をめぐる本でも、攻殻機動隊を例にとって、未来人類にとって痛みという感情はどのようなものなのか、どのような意味を持つのかという問題がふれられています。しかし、そこで問題となるのは、痛みや感情を感じる器官である脳は、将来にわたって生物的(有機的)なものにとどまるのか、それとも無機的なものによって置き換えられるのか、さらには無機的なものを有機的なものに転換したものを移植するかたちで脳が合成されていくのかという問題です。
 最近、碁や将棋で人工知能(AI)が職業的棋士を打ち負かす例がさかんに報道されるようになりました。コンピューターのほうが、人間より高い能力を持つということです。歴史研究でもそうした流れは生じています。だとすると問題は、人間がコンピューターをどのように上手に利用するかだというような議論が、よく行われています。果たして問題はそこにとどまるのでしょうか。
 そうした議論は、機械と人間を別のものとして考える、つまり前者を無機的なものとして、後者を有機的なものとして考えるということに根拠を置いています。しかし、機械は本当に有機化できないものでしょうか。今は機械的要素の多い、人工の手足や内臓を有機化することはそれほど難しいことではないかもしれません。しかし、皮肉なことにこのことはあまり必要なことではありません。無機的なもののほうが有機的なものより、持続性などに関して高い性能を持っているからです。同じように人工知能を有機化することができれば。たとえばそうした有機化された知識を人間の脳に嵌め込めば、最強の棋士が生まれることになります。あるいは最高の思想家や歴史家が生まれるかもしれません(あくまでも現在と比較すれば最高という意味ですが)、。
 こうした考えは実際には実現しえない空想なのでしょうか。自分はそうは考えてはいません。そのことは文明が形成されて以来の人間の歴史(わずか3千年程度です)を5百年程度ごとに区切って考えるとわかるところがあります。紀元0年から見れば紀元5百年位起きていたことはまったく想像のつかなかったことでした。紀元5百年から千年、千年から千五百年、千五百年から二千年についても、同じことが言えるでしょう。そう考えれば、五百年後の世界は現在とはまったく異なる、想像力の及ばない世界である可能性はきわめて高いということになります。それが「歴史」から得ることができる合理的な判断です。及ばない想像力をあえて働かせて想像すると、AIがもつ膨大な情報を有機化して自らの脳内に取り入れた人間が生きている時代かもしれません。そうした人間が考える歴史は、現在の人間が考える歴史とはまったく異なったものでしょう。
 New Brave History というのは、そうした時代における歴史のことです。現代の社会に生きる私たちから見れば、「奇想天外」な話ですか。

by pastandhistories | 2017-06-25 13:57 | Trackback | Comments(0)

言語論的転回を超えて

 予定では今日は飛行機に乗っていたかもしれない日。25日からスウェーデンのウメオで「感情史」をテーマとした国際文化史学会があるからです。早い時期から参加するつもりでホテル探し。限定50%割引というホテルを見つけて、予約までしていましたが、帰国して2週間で再度ヨーロッパ、場所もやや不便なところで日程的にもきつい。プログラムを確認したところ、個々の報告はすでにかなり専門的な段階に入っている感じで、準備も間に合わないということでキャンセルしました。割引価格であったので、ホテル代は全額没収、このあたりは予約の仕方の難しさです。
 ところで感情史についてですが、先週そのセミナーがありました。内容的にも充実していて、とくに若い人の発言には感心しました。ただ会でも、二次会でも感じたのは、言語論的転回からの流れの理解に、やや混乱したところがあるのではということです。このブログでも、「水が100度で沸騰する」ということと「サッカーの試合の予測」「競馬の予測」(余談ですが、今年のダービーは当たりませんでした)ということを対比的に取り上げて説明しました。前者のように、「科学」的なものとしてその因果関係に法則として定立可能なものがあることを、否定する必要はありません。そうした因果的説明は効用性を有していて、実際に有益に運用されています。しかし、「複雑系」に属する後者において用いられる因果関係は、結果を断定的に予測できないという点で、前者とは質的に異なります。はたして前者のような例を、対象に真理や法則が内在しているという点で本質主義的な議論の根拠、後者のような例を、認識の相対性を論じているという意味で、構築主義的な議論であると大別してよいのかは議論の余地がありますが、いわゆる構築主義的な議論の批判の根拠としては、しばしば前者のような事例が用いられます。
 相対主義的な構築論のおおきな根拠を提供したのは、言語論的転回です。言語論的転回にもっとも大きな影響を受けたのは、歴史です。言語を媒体としているという意味では、哲学や文学のほうがより大きな影響を受けたとすべきですが、言語の組み合わせによって歴史的に構成されてきた哲学や文学に関しては、前者は同種の議論がその形成以来ずっと基本的な議論の一つであったこと、後者はもともと言語によって生み出される虚構性に基づいていたわけですから、事実性を根拠として、史料に関しても、叙述においても、その基本的媒体を言語としていた歴史ほどには、深刻な影響を受けなかったわけです。
 もっとも歴史がもっとも大きな影響を受けたといっても、実際にはその意味を深刻なものと考えたのは、ごく一部の歴史研究者だけでしょう。日本では遅塚忠躬さんや二宮宏之さんなどです。海外ではもう少し大きな影響がありました。実はこのあたりは、今日のタイトルがサブタイトルとなっている長谷川貴彦さんの『現代歴史学への展望』を借りての議論となりますが、その中で生じたのが、文化史への着目です。しかし、この間の会でも議論となりましたが、文化史には、構造や表象の問題が前面化しているのではないか、またシンクロニカルな理解が先に立って、歴史の重要な要素であるダイアクロニクルの理解を欠如しているのではないかという批判が生じます。こうしたなかで歴史の主体である人間の行動を本来的に規定しているものを、構造的与件ではなく別のものに求めていこうというディープヒストリーへの関心が生じているのだと思います。感情史への関心もそうした流れの上にあるものだと自分は理解しています。つまり「言語論的転回を超えた」その延長に生じたものとして理解することができます。
 以上のような整理、当たっているかは正直自信がありませんが、現在の段階ではこうした流れが、最近の歴史研究の流れの一つだろうと自分は考えています。

by pastandhistories | 2017-06-24 10:48 | Trackback | Comments(0)

パブリックヒストリーについてのメモ⑥

IFPH では会の報告内容として、ホームページへのアクセス数の各年ごとの推移の報告がありました。順調な増加傾向があって、今後の可能性を予想させるものでした。実はそこで報告をされたアクセス数の割合にして5分の1くらいのアクセス数が、このブログにはあるかもしれません。IFPHのホームページは、英語で全世界に発信されているわけです。統計の読み取り方の間違いなような気もしますが、それにしてもこの間のこのブログへのアクセス数は、多い感じです。まだあまり聞きなれていないパブリックヒストリーというテーマが、どのように議論されるのかについて、関心をもつ人が多いからだと思います。
 ということなので、少し記録を確認していたら、昨年パブリックヒストリーをめぐる研究会で簡単な講演をすることを依頼され、それにあわせて作成した原稿があることを思い出しました。さっそく確認してみたら、400字原稿用紙40枚程度で、ここでメモ的に書いていることとも重なる点があるようです。量が多すぎてここにアップするのは難しそうなので、それならば以前英文原稿については行っていたように、ホームページを作成してそこにアップしようかなと考え午前中に少しトライしましたが、うまくいきませんでした。また時間を見てトライをします。
 詳しくはその原稿をとおしてでということで、今日はパブリックヒストリーについての最後のメモを記します。IFPHでもさかんに議論された博物館の問題です。「さかんに議論」されたように、博物館をめぐる議論はそれ自体としてすでに十分と議論されていて、また最近では歴史研究者によるアプローチも盛んになっています。自分からは専門外のことであって、あくまでもここでの議論は、パブリックヒストリー論からみた感想的メモとなりますが、今回の会での議論で感じたのは、博物館や記念建造物のイデオロギー性ということです。それが近年は増加する傾向にあるということです。
 もちろんこうした議論は、博物館や記念建造物のナショナルな枠組みとの関係を強調した議論であって、視野を広げれば、博物館や記念建造物は、むしろ数としてはローカルなものが圧倒的に多く、またその内容も多ジャンルにわたっていて、私的な要素を含むものも少なくありません(一例をあげると落合博満記念館。こうした芸能・スポーツはもちろんのこと、その他の文化的ジャンルや郷土史に関わるものなど実に多様な記憶装置が、実際には全国的に散在しています)。したがってその政治性やイデオロギー性を過剰に論じるべきでないことも事実ですが、他方ではエラノ・ゲイ論争、対する原爆記念館、そして今回の会のように、少女(慰安婦)像や共産主義犠牲者博物館、といったものをめぐる議論が絶えず提示されるように、記述される歴史以上に固定化される記憶装置には、それがイデオロギー的な議論の対象となるという面があります。記述が相対性を許容するのに、モノ自体にはそうした側面が少ないからでしょう。
 歴史は確たる証拠にもとづいた事実を表象するものだということは、常識的に論じられています。しかし、確たるものを提示することに、イデオロギーが強く内在するというパラドクスが、歴史にはあります。おそらくはそうした問題をどう考えるかが、「記憶」と「和解」、そして「忘却」をめぐって最近では行われているのだと思います。
 以上いつもながらまとまりませんが、これでパブリックヒストリーに関する記事はひとまず停止いたします。なおこのテーマに関しては、ここで紹介した論者の誰かを招いての招聘セミナーを計画中で、現在その日程の調整をしています。実現できるようでしたら関心のある方は是非参加してください。

by pastandhistories | 2017-06-23 15:43 | Trackback | Comments(0)

パブリックヒストリーについてのメモ④

 自分が参加していたプロジェクトによる招聘で日本に来てもらい、Consuming Public History というペーパー(このペーパーは今年2月に出されたプロジェクトの報告集である The New Development of Historical Studies and Global Citizenship に他の報告とともに収録されています。まだ残部があるのではと思うので、希望者は 03-3945-7492 に問い合わせてください)を読んでもらったジェローム・デ・グルートは、2013年に編集・刊行した論文集のタイトルを、Public and Popular History としています。  
 この本は、もともとは歴史の脱構築論の立場に立つ Rethinking History での特集に基づくものです。タイトルにパブリックとポピュラーが並行してもちいられているように、パブリックヒストリーが、同時にポピュラーヒストリーとして、いわゆる民衆自身の中にある歴史として理解されています。このように脱構築論的な歴史論は、いわゆる民衆史と対立するものではなく、その問題意識においてはむしろ共通性があります。そのことは、いくつかの書物やこのブログをとおして繰り返して指摘してきました。
 しかし、かつて日本で流行った民衆史、あるいは下からの歴史を論じる歴史研究者は、必ずしもそうした捉え方をしていません。おそらくその理由は、「科学的」とされた進歩主義的な学問的な歴史を補完するものとして民衆史、一般の人々にある歴史が措定されていたためでしょう。逆の見地に立てば、最近のパブリックヒストリーへの関心は、学問的な歴史がパブリックな場での影響を失ったことによって生じたという側面があります。別の言い方をすれば学問的な歴史に対して、パブリックな場での歴史が自律性を持つようになった、具体的には歴史修正主義をめぐっては、きわめて保守的な主張がネットサポーターという人々によって擁護され、それが学問的な歴史とは相いれないものとなっているという問題です。
 こうした問題を前提とすれば、パブリックヒストリーの意味は、新しい学問的トレンドであるという点にだけではなく、現在の歴史学の危機をどう考えていくのかという点にもあるということになります。自分が、パブリックヒストリーを論じることが重要だと考えるのは、後者の観点からです。歴史研究者が執筆・編纂した教科書、それに基づいて行われる歴史教育が一般の人々によって当然のものとして受容されるという平和共存、実はそれはナショナリティの枠組みによって強固に統御されるものであったわけですが、そうした共存がパブリックな場の歴史の自律性が高まるについて失われた、もちろんそうした自律性は学問的な歴史に対する自律性ではあっても、ナショナリティに対する自律性ではないわけですが、そうした問題を考えていくためには、パブリックな場における歴史のあり方や意味を、肯定的な意味でも、否定的な意味でも考えていかなければならない、と自分は考えています。そのさい、歴史家が自らの立場を擁護するものが、たんに事実性にとどまっているだけでいいのだろうか、そうした議論がかつては持っていたように思われた説得力を持ちうるものなのか、ということがパブリックヒストリーを考える際には重要です。

by pastandhistories | 2017-06-22 10:05 | Trackback | Comments(0)

パブリックヒストリーについてのメモ③

 IFPH の大会への参加を機に、パブリックヒストリーについてその現況や自分の考え方をメモ的に記したら、戸惑うほどの反響がありました。自分はこの問題は重要だと早くから考えていて、その点で国際的な学会組織化が進んだことに大きな関心を持っています。しかし、まだ国際的にも全体としてはこれから議論が整理されていく段階。あくまでもここに記すことは、現在的な段階での自分のメモです。
 すでに記したように、おそらくはパブリックヒストリーは発展するに伴って、かなりの広い内容をその中に含みこんでいくのではと思いますが、現在では IFPH の議論内容からもうかがえるように、博物館が議論の対象の一つになっています。
 ここで着目してよいことは、なぜ博物館が重視されるようになったのか、あるいは軽視されてきたのかということです。おそらく重視されるようになったことの一つの理由は、インターネットの発展によって、博物館が「定置」しているだけではなく、ネットを通してその展示内容が広く参照されるようになったためかもしれません。展示内容は、「モノ」としての具体性、直接性を持っていますから、文字的なものより、はるかにネットを通しての訴求力を持ちます。そのことが博物館への関心を高めたということが一つには言えそうです。
 逆になぜ軽視されてきたのかというと、その「定置」性から、従来は参観者数や参観時間が限定的であったからです。このことは学校教育と比較することによって論じることができます。多くの「国民」は学校を通しての「歴史教育」をとおして歴史に対するかなりの認識を得ています。そのことは歴史博物館を通しての認識と比較するとよくわかります。まず物理的に、時間の絶対的な違い。博物館に行く時間は平均すれば、1年で数時間でしょう。これに対して学校での歴史教育を受けさせられる時間は圧倒的に多い。さらには普段の試験、入試などで学校教育を通しての歴史への知識は強制されます。歴史博物館にはそのような強制力はありません。そもそも学校教育を通しての歴史は、時間の配分までが定められていますが、博物館は、どの博物館を選ぶかも、また入館後何を見るのかということも参観者の自由です。
 そうした学校教育の優位性にもかかわらず、なぜ博物館を通しての歴史という問題が次第にクローズアップされるようになったのかというと、それはパブリックヒストリー全体の問題とも関わりますが、教育を通しての歴史が次第に影響力を後退させたからだと自分は考えています。

by pastandhistories | 2017-06-21 10:41 | Trackback | Comments(0)

パブリックヒストリーについてのメモ②

 パブリックヒストリーのついてのメモということで、昨日はその基本的ないくつかの整理の仕方について書きました。その整理に基づいて、いくつかの理論的問題や、 IFPH でも大きな時間が割かれた博物館をめぐる問題などを書いていく予定ですが、その前にメモとして簡単なことを今日は取り上げてみます。
 それは歴史の配布・流通(distribution, currency)という問題です。これも普段あまり気づきませんが、なぜ印刷術の発展とともに、historiography (記述された歴史)が一般化し、とりわけ近代国民国家においてそれが歴史の共同化に重要な役割をしたのかというと、それはそうした歴史が「配布」「流通」に適していたからという側面があります。このことは、たとえば記念物のような建造物、あるいは heritage というような言葉で呼ばれるものが自ら移動はできず、それを認識するためには認識者の移動(たとえば巡礼やお参りのようなかたちでの)が求められたのと対照的です。
 そうした移動する歴史は、基本的には印刷技術の発展によって促進されていきますが、近代国民国家の形成とともに、その中においてパブリックな場における歴史認識に意外なほど大きな役割を果たしたのが、紙幣や切手です。紙幣や切手に印刷されたきわめてシンプリファイされた「図像的表象」は、偉人であれ、歴史的遺産であれ、あるいはそのほかの文物であれ、象徴として国民の意識の共同化に大きな役割を果たしました。それがほとんど意識されることはなく、「国民」の間で絶えず distribute され続けたからです。あるいは文字通り currency するものであったからです。もちろん古くから貨幣がそうした役割を果たしていたわけですが、紙幣や切手の果たした役割は、量的にも、質的にもはるかに大きなもとであったと断じていいでしょう。
 「動く歴史」、トランスポータブルな歴史です。パブリックヒストリーというと、つい「固定的」な博物館や記念建造物、あるいは遺産に目が行きがちですが、シンプルで軽便であるがゆえに移動性が高いものが、意外なほど歴史認識の共同化に重要な役割を果たしたということにも注意しておいた方がよいでしょう。

by pastandhistories | 2017-06-20 10:13 | Trackback | Comments(0)

パブリックヒストリーについてのメモ①

 IFPH に参加したさい記したことを材料に、パブリックヒストリーにつてのメモを書こうと思いネットを検索していたら、 weblio がすでにその定義を定めていることを知りました。その内容は、The broad range of activities undertaken by people with some training in the discipline of history who generally work outside of specialized academic settings というものです。今後こうしたものとしてパブリックヒストリーという言葉がもちいられていくかは、これからの IFPH における議論や、今年の後半に相次いで刊行される予定の著作、論文集などによって定められていくと思いますが、おそらくもう少し広い意味でこの言葉は使用されていくはずです。
 自分はすでに記したことがあると思いますが、パブリッククヒストリーを、history among the public, history by the public と history to the public, history for the public とまずは考えています。こう考えると、人々の日常文化にある歴史、オーラルな伝承や、習俗的な文化、あるいは映画や、ゲームなどの知識をもとにした歴史は前者に、一方で歴史教育や博物館は後者に属することになります。しかし、そのさいにこの二つを過度に二分しない方がいいでしょう。両者にはレシプロカルな関係があると考えた方がよいからですi。たとえば映画には作品としては、history to the public, history for the public という面があリます。
 もう一つ、パブリックヒストリーには、public history in the past と public history in the contemporary age という整理の仕方があります。前者は民俗学や人類学の手法を取り入れながら、過去のパブリックな空間にあった歴史を考えていくものです。後者は現在的なパブリックな文化空間に様々な媒体によって存在している歴史、その中には映画やゲームや漫画などを媒体とした歴史も含まれますが、そうした歴史のあり方を考えていくものです。
 これらと重なると言えば重なる、異なると言えば異なりますが、パブリックヒストリーの範疇化としてもう一つのわかりやすい方法は、history in academic place との対比で、history in public place を取り上げるという方法です。このアプローチは『開かれた歴史』のなかで試論的に試みられています。

by pastandhistories | 2017-06-19 12:50 | Trackback | Comments(0)

科・学

 本当はIFPHのまとめを書くべきですが、昨日ある会に出ていたら議論が少し混乱しているような感じがしたので、それについて書きます。それは歴史が科学かという議論をめぐること。科学が science の訳語として、いつからどのように用いられるようになったのかについては、いま手元にありませんが、柳父章さんなどがきちんと論じているのではと思います。しかし、ヨーロッパ語で用いられている science あるいはそれに対応する言葉に関して、いつの時期からの用例を科学と訳すのかについては、異なった考え方があります。たとえば上村忠男さんは、ヴィーコの著作を『新らしい知」と訳しています。つまり18世紀に入る頃までは、science は現在の日本語でいうところの「知」に近いものであって、19世紀以降その訳語として用いられるようになり、現在では一般化している科学とは区別されるものであったという考え方です。
 意外なほど論じられないことですが、科学は「科」と「学」の合成語です。「科」は漢和辞典によれば斗(マス)によって穀物の量を計ったことに由来した語で、基本的には分類・区別を示す言葉です。科・学という語には、学が「科」に分けられるものとして理解されているということが含意されています。つまり「自然・科学」、「社会・科学」ではなく、「自然科・学」、「社会科・学」であり、「歴史・科学」ではなく「歴史科・学」であり「政治科・学」「経済科・学」なわけです。そうした分類・細分化を前提としているわけですから、しばしば誤解されるように「学」一般に通有する普遍性・一般性を含意しているわけではなく、「科」として分類された個別の「学」において成り立つ、一般化されうる法則性を定立していくということが「科・学」という語には含意されています。近代以降細分化されディシプリン化されるようになった学においては、ある方法的手続きを踏まえれば、一般性や法則性を定立しえるという考え方です。
 このように考えると、しばしば議論される歴史は科学かという問いは、法則性や一般性の定立においてそれが広く確立され、効用性をもった「自然科・学」の方法を「歴史」という「科」にどの程度適用できるのか、あるいは、「政治学」にしても、「経済学」にしても、あるいは「社会学」「心理学」にしてもそうした「科」において成立した法則や定理が、どの程度「歴史」という「科」に応用できるのかという問いであることになります。人間や社会を一般的、普遍的なものとして抽象的な形で論じるのではなく、「学」を「細分化」して、その中で具体的な実例に基づいて(しばしば用いられる言葉を使用すれば経験主義的に、実証的に)論じられうることを「学」として確立していくという考え方が、「科・学」という言葉の本来的な意味だからです。
science を科学と訳すべきかは今後も論争があるかもしれませんが、この言葉が「科学」と訳された、そしてそれが広く受け入れられたことには、学を細分化してその中で確認していけることを共同の知としていこうという合理的な思考が、当時の日本の社会に存在していたことを意味しているのだと思います。歴史は科学であるという議論が、しばしばこうした合理的な思考とは異なるかたちで議論されてきた、あるいは今でも時折議論されることがあるのは、残念なことです。

by pastandhistories | 2017-06-18 07:07 | Trackback | Comments(0)

IFPH⑩

 今日は IFPH の五日目(最終日)のセッションについて。この日参加したのは二つ。最初は、Studying Public History というセッション。タイトル通りパブリックヒストリーを学んでいる院生の報告が中心。報告者の知名度、さらには時間が最終日の朝早くということもあって、報告者以外の参加者は10人程度と少し淋しいところもありました。しかし、内容自体は結構参考になるものでした。少しづつではあるけど進みはじめているパブリックヒストリーの学問化(ディシプリン化)、つまりコースや大学院の設置の現状が、現場の学生の立場から報告されたからです。 
 四つの報告があって、うち二つは2人の共同報告だったので、発表者は合わせて6人。最初はケルン大学の二人の学生が、ドイツで試みられているパブリックヒストリーのマスターコースの現状を報告、つづいて東パリクレテーユ大学の二人の学生が2015年から設置された同大学のコースの状況を説明しました。つづいて同じ大学の学生がそのマスターコースが10人の院生と10人のインターンシップの学生によって成されているという内容をさらに詳しく説明。それぞれ問題意識は新鮮で、本来学問的世界の外部に位置していたパブリックヒストリーを、専門的研究の中に位置づけることの是非や意義が論じられました。
 議論の中で面白いと思ったのは、クレテーユ大学の Domain Duplan が指摘したパブリックヒストリーにあるトップダウン的な性格。たとえば中世の宗教画などはその例で、受容者であるパブリックの間に宗教的意識を喚起するために、過去が図像的なかたちで表現をされていたわけです。このことは現在の映像メディアにも通じる問題。パブリックの間にいきわたっている過去認識は、必ずしも自律的なものではないという議論にもつながります。このセッションの最後のまとめをしたのは、報告者では唯一の現職の大学教員である Barbara Silva (Pontifia Universidad de chile)。学問的歴史とパブリックヒストリーの二分化に疑問を提示し、パブリックヒストリーもまた厳密性が必要だと論じました。ディシプリン化を反映した議論です。
 最終日に次に参加したのは、History , Memory and Acts of Public Commemoration というセッション。これに参加したのは、すでに紹介したデイヴィッド・ディーンや、オックスフォード大学出版局から出るパブリックヒストリーの論文集の編集者である Paula Hamilton (シドニー工学大学)が発表者として予定されていたからです。参加者の多さを見越して早めに行って席を確保、これが正解。予想通り満席。しかし、内容は意外なものもあって、随分と考えさせられました。
 最初の発表者はハミルトン。タイトルは Failed Commemorative Acts: The Politics of Forgetting というもの。自分はこのタイトルからは予想していなかったのですが、内容は例の従軍慰安婦問題をめぐる少女像について。それが国際的に設置されつつあることを紹介しながら、歴史的事実への記憶を無視しようとする日本政府に対して徹底的な批判が行われ、天安門事件をも例示しながら、そうした事件の記憶をトランスナショナル化していくことの必要が主張されました。もちろん会場から異論はなく、この問題への理解を逆転化させている日本の状況が国際的には深刻な事態であることを感じさせられました。
 次のヨーク大学の Geoff Cubbit の報告(British Regimental Museums as 'Memory Places': Regiments, Narratives, and Identities)は、別の意味で考えさせられる報告。イギリスの各地にある連隊記念博物館についての報告で、そこに展示されている兵士の記録や武器、勲章などの展示の紹介。しかし、兵士たちがたとえば帝国の拡大に伴ってそうした兵器を用いてどのような殺戮を行ったの、そのことによってどのように顕彰されたとのかということについての批判的意識はほとんど感じられず、残念な内容でした。
 ディーンの報告( Monumental Failures: Historical Memories and Commemoration in Canada) も内容は予想外のもの。カナダで東欧共産主義群の崩壊の後に建てられた「共産主義犠牲者博物館」の紹介。おそらく東欧からの亡命者や、あるいは体制崩壊後の移住者が多く、それが建設の背景にあるのだ思います。こうした博物館が世界各地にこれから作られていくことの意味はどのようなことにあるのかを考えさせられました。
 最後の Indira Chowdhary の発表( Can Museum Objects Have a Second Life?: Creating a Commemorative Volume for Asia's Oldest Museum ) の面白かったことは、インドでの博物館が最初はイギリス人の主導によって作られ、その陳列物が hybrid な性格を持つものであったことを指摘したことです。
 最終日に出たセッションは以上ですが、この日はいろいろなことを考えさせられました。特に博物館、それと関連しますがコメモレ-ション装置の問題には本当にいろいろな問題がある。今回は会ではそのことがパブリックヒストリーというテーマとの関連で議論されたわけですが、そうした問題について思ったことを一連の記事の最後のものとして書くつもりです。


by pastandhistories | 2017-06-16 09:55 | Trackback | Comments(0)

IFPH⑨

 IFPHの紹介が随分と手間取っています。いろいろ考えたことがあるけど、それは一応の紹介を終えてからということで、今日は4日目(8日)に参加したセッションについて。一つは、The Roles of Public Historians in the Maintenance of Civil Society というもの、もう一つは、シンプルなタイトルで Commemorations。最初のものの発表者は、J.A.M.Florez(メキシコの El Colegio de Michacan), Aleisa Fishman(アメリカのホロコースト記念博物館), Alix Green(エセックス大学), Tmmy Gordon(ノースカロライナ州立大学)の4人。
フロレスの発表は、日本に来てもらったベルベル・ビーヴェルナージュの和解と記憶をめぐる議論と同じテーマ。コロンビアを素材に、内戦終結のための国民投票を契機として生じた、和解に伴う過去の記憶の取り扱い方がテーマ。Expression of hatred を歴史の表象から分離することができるかという問題です。
フィッシュマンが扱ったのは、第二次大戦中にホロコーストがアメリカの新聞でどう報道されていたのかという例。地方新聞を素材として、そうしたものを citizen historians が発掘する作業を citizen history であると論じました。
 グリーンとゴードンはともに、ネット空間でのブログやツイッターを通しての歴史の試みについて。ここでもゴードンはそうした試みを citizen history という言葉で呼んでいました。この言葉は、歴史認識の一つのあり方を指す言葉として、一般的に用いられているという印象を受けました。
 つづいて参加したセッションの報告者は一人キャンセルがあって二人、Steven Franklin (ロンドン大学ロイヤルホロウェイ校)と Rosanna Farbol (オルフス大学)、二人とも若く学位取得段階。
 フランクリンの発表は、マグナ・カルタの扱われ方の流れをたどったもの。過去の事実の認識のされ方の変遷を、とりわけ大衆的空間において明らかにする作業はかなり難しい作業ですが、おそらくそうしたことが今後は「パブリックヒストリー」の一つとして論じられるであろうということを示すものでした。
 ファーブルの発表は、冷戦終了後にデンマークで作られるようになった冷戦期についての資料を展示した博物館についての報告。それを専門とする博物館がかなりの数が作られているということにも驚かされ、そうした意味でも面白いものでした。起きえたかもしれない第三次世界大戦に対する counter factual memory として、そうした記憶化が行われているというアイディアがあり、その点も評価されてよい発表でした。
 以上少し羅列的になっていますが、明日は第五日目について内容のを紹介し、明後日以降、最後に総括的に今回全体として感じたことを記していきます。

by pastandhistories | 2017-06-15 12:27 | Trackback | Comments(0)

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