歴史についてこれまで考えてきたことを書いています


by pastandhistories

プロフィールを見る
画像一覧

IFPH⑦

 昨日の午前便で帰国しました。ラヴェンナでは時差の関係で多少対応できないところに会の進行が早く、報告も前後が混乱してしまったようです。量的にも全部を報告できないので、記憶に残っていることをメモ的に記していきます。 
 二日目に関しては、すでに紹介したワーキングループによるパネルディスカッションの前にあった、Getting the Story Sraight: Public History for a Challenging Present という会が、それぞれの報告もまとまっていて参考になりました。タイトル通り、ポストモダニズムの議論への対応を意識したもの。まず司会者(Liz Sevcenko)が基本的問題を提示。現代は post-truth の時代であると位置づけ、その中においては四つの truth が問題であると指摘しました。1. forensic truth, 2. normative truth, 3. dialogical trith, 4. community truth です。そのことを前提として、どのような歴史を作るかがパブリックヒストリーの問題点だということです。報告者は3人。それぞれよかったけど、発言に説得力を感じたのは、この会のもっとも中心的な人物の一人であるセルジュ・ノワレ(European University Institution)です。EUの流れの中で歴史はこれまで abuse されてきたナショナリズムの枠を超えなければいけないということなのですが、だとすると、ではヨーロッパの共同の歴史とかトランスナショナルメモリーというもの、別の言い方ではヨーロッパにおける有用なパブリックヒストリーとは何かということが彼が論じたことです。すでに触れたように、ヨーロッパを単位とした統合的なものであればいいというわけではない。とりわけ近現代史は非ヨーロッパの外因的な要素を考えないでヨーロッパ内でのまとまりだけを考えるなら、それは反省のないものになってしまう。これはナショナルヒストリーにもあった問題です。パブリックな場でのナショナルヒストリーというのは、常識的なものとしてかなりのまとまりをもっています。しかし、その常識にそったまとまりに、大きな問題を生じさせる要素があったわけです。
 セルジュ・ノワレは三日目の午前中にあった Should History Museum Foster Identities? という会の司会もしました。この会は実際の博物館の内容についての若い研究者や博物館員の報告。それぞれヨーロッパの共同博物館のプロジェクト、ドイツとアメリカの現代史関連の博物館の比較、第一次バルカン戦争についての博物館いついて、そして旧ユーゴスラヴィアにおける博物館のあり方についての報告でした。これらの報告を聞いていて一番感じたことは、博物館の展示がとりわけ現代史についての戦争の記憶と関わっていること、別の言い方をすると、ナショナリズムやイデオロギーと深くかかわっていることです。
 博物館には歴史記述よりも直接性という点では優れた面があり、そのことがパブリックヒストリーの重要な要素として今回の会でも議論されていました。しかし、同時に共同記憶の装置化という面が博物館にはに抜きがたくある。そうしたことをどう考えるかが、次以降の記事でまた触れますが、やはり大きな問題だということを、このセッションでも、会全体を通しても感じました。

# by pastandhistories | 2017-06-12 15:13 | Trackback | Comments(0)

IFPH⑥

IFPHは今ほぼ終わりました。後はイタリアパブリックヒストリー学会のセッションがいくつか、それからキースピーチがあるけど、それらはパスするので自分の仕事は終わり。まる5日間朝から晩までということで、なかなかメモを見ても思い出せないようなところもだいぶ出てきたけど、順を追って報告します。

二日目の6日には教育とパブリックヒストリーを議論した会に集中的に出ました。そもそもパブリックヒストリーというのは教育されるべきものなのか、教育されるとしたらテキストはどのようなものとなるのか、さらには生徒とジェネラルパブリックはどう違うのか、といった問題がしばしば議論されました。この問題を体系的に議論しあったのがすでに少し触れた19人によるパネル。トマス・コーヴィン(ルイジアナ大学)が司会をしたワーキンググループによる議論です。

テーマを四つに絞って議論。最初は言語的問題。歴史がパブリックな空間に置かれればそこでは言語的多様性が出てくる。余談ですがラヴェンナでは土産物屋でも英語は通じない。パブリックな場ではそういうレベルで歴史が認識されているわけです。逆に会では英語でこの問題を議論したわけですが、あえて言えばそうした歴史はよくてインターナショナルミドルクラスの歴史、アイロニカルに言えばホテルマンズヒストリーです。歴史がパブリック化すれば、逆にナショナルな要素やローカルな要素が強まります。それをどう考えるかという問題。

第二はパブリックヒストリアンズにとってのスキルの問題。ここではサーヴェイが重要であるということが論じられました。三番目は教育方法について。学生と院生による違い、理論と実践の問題、プロジェクトと課題、国際的なシラバスは可能か、有用かというとについて担当者から簡単なコメント、対して司会のコーヴィンは、パブリックヒストリーはコースなのかディシプリンなのかとコメント、さらにパブリックヒストリーは単純であって、それを歴史教育で修正するという意見もある(歴史研究者が好む議論です)とコメントしました。

最後はエシックスの問題。ここでは当然のように、それはプライヴェイトなものとしてあるのか、コミュニティにあるのかという発言がありました。

こうやって書いていても意味がとりにくい。19人もが次々に発言してその立場も多様なので、全体としてまとまってはいないようですが、教育とパブリックヒストリーというテーマでの議論を聞いて感じたのは、パブリックヒストリーのイメージが大別して二つあるということです。一つは、teaching history to the public、つまりある程度専門的知識を持った教師や博物館員が歴史を一般の人々に伝えるというものとして, もう一つは、history among the public、つまり大衆的空間にある歴史として、イメージされているということです。多分この二つの理解はこの会で今後も議論されていくのではと思います。


# by pastandhistories | 2017-06-09 22:27 | Trackback | Comments(0)

IFPH⑤

 國際パブリックヒストリーの大会は早くも4日目が終わりました。今日の夕方は年次総会、会の現状が報告されました。年2冊の雑誌を刊行する準備が進んでいることが明らかにされ、また会員状況や財政状況についての報告。会員はまだ半分がアメリカで、それを今後は広げたいとのことです。
 そのことと少し関連しますが、今度の会で感じたのは転校生の気分。国際的な学会に参加するとどうしても最初は知り合いは少ない。そうした中で向こうから声をかけてくれるとほっとするところがあります。ザクセンマイヤーはその一人。オーストラリアでの国際歴史学会で、昼休みに中庭で一人でサンドイッチを食べていたら、向こうから声をかけてきました。専門が中国史なので中国人だと思ったのでしょうが、それ以来付き合いが始まりました。
 最近は海外の仕事も多いので、だいぶ知り合いができました。時間潰しの話し相手にあまり苦労することはない。と思っていたのですが、今回は知り合いがいない。どうしてなのかと考えていたのですが、発表を聞いていて気付くようになりました。それは、パブリックヒストリーのパブリックが、たとえば博物館にしても、学校にしても、あるいは文化空間にしても、そこに存在しているのはナショナルパブリックだということです。本来は広がりがあるものとして考えられたはずのパブリックが、実は限定されたものになっている。
 やや図式的ですが、現状ではパブリックヒストリーをめぐる議論にはこうした問題があるかもしれません。明日はもう最終日、今回は従来のように、細かく個々のセッションを紹介していませんが、明日からは、そして帰国後は、思い出せる範囲で、印象が残ったセッションや発言に絞って、会の内容を紹介していけたらと考えています。

# by pastandhistories | 2017-06-09 02:23 | Trackback | Comments(0)

IFPH④

 きのう書いた初日のセッションについて補足すると、タイトルは A Museum is not a Book: the Historical Museums of Narrative and the setting up of the Exhibition Spaces というもの。このタイトルからも理解できるかもしれないけれど、博物館には表象内容(material sources, artifacts)が実物であるという点で、構築性のあるnarratives を伴った歴史記述に対しては、事実性においては優位にあるけど、それでは展示において物語要素はどう付け加えるべきか、あるいは加えるべきではないのか、ということが議論されました。もっとも基本的な問題だけど、結構議論が難しい問題です。 
 二日目の朝は Public History Textbook というセッションに出ました。これは内容がありました。すでに紹介したようにパブリックヒストリーの現在の中心的推進者であるトマス・コーヴィン、デイヴィド・ディーンらが発言者で、現在のパブリックヒストリーの基本的方向が説明されたからです。
 昨日紹介したこの二人の本に加えて、8月にはオックスフォード大学出版局からも論文集が出るということで、パブリックヒストリーのディシプリン化が進んでいる。しかし、パブリックヒストリーにはもともと history among the public という面があるわけで、人々の間でプラクティスされている歴史をどう考えるかという問題が、一つにはあります。この領域はカルチュラルスタディーズや、メディアスタディース、さらにはメモリースタディーズとオーヴァーラップします。もう一つは、専門的歴史研究の存在を前提としたうえで、歴史をどのように一般に提示していくかという問題、history to the public , history for the public という問題があります。こちらの問題は、歴史教育や博物館に関わります。
 もちろんこの両者には重なり合うところも少なくなく、いろいろな議論が可能です。そのあたりが続々と出される本によって明らかにされていくだろうということが、報告からはわかるところがありました。

# by pastandhistories | 2017-06-08 01:43 | Trackback | Comments(0)

IFPH③

 いつもと同じでパソコンのネットへの接続が不安定だけど、日程がハードで内容を忘れてしまいそうなので、記憶のあるうちに国際パブリックヒストリー学会で気づいたことを書きます。今日は朝8時半から夜の7時まで。さすがに朝は早すぎると思ったけど、最初のセッションに無理して出たのは正解でした。司会は別の人だったけど、議論の中心はThomas Cauvin(ルイジアナ)とDavid Dean(オタワ)という二人の人物。それぞれ2016年と2017年にパブリックヒストリーというタイトルが付された本をラトリッジとブラックウェルから出版。正確に言うと、後者は未刊で例のコンパニオンシリーズの一冊として出される予定です。歴史理論に関しては定評のある出版社から仕事を委ねられたことからもわかるように、この二人はバランスよく問題点を理解していて、おそらく今後とも海外のパブリックヒストリー論の中心になっていくと思います。最後の会は、今度はコーヴィンが司会して19人によるパネル、問題が手際よく整理され飽きさせない、そうしたところにもコーヴィンの力を感じました。
 そこでは理論的な問題が主でしたが、初日の最初のセッションは博物館について。すでに一部紹介したけどたぶん百人以上が参加、女性が6~7割。イギリス、ベルギー、リトアニア、イタリアの博物館の事例が紹介されました。最後のイタリアについての報告(Michelangela Di Giacomo)はかなり理論的にもまとまっていて発表者の力量を感じさせました。テーマ的にも面白かったのは、ブリュッセルの博物館計画を扱ったEtienne Deschamps のもの。EUに伴った共同歴史博物館をどう考えるかということが議論の対象。当然EUに属する「諸国民」の受け入れるものでなければならない。しかし、それだけでいいのか、つまりヨーロッパを単独のものとして歴史をヨーロッパの人に受け入れられるような展示をしていけば、それもまた奇妙なものになってしまう。確かにこの議論では、歴史叙述をクリティカルに書くことはそれほど難しくはないけど、パブリックな場を対象とする博物館の展示の場合はそれは意外と簡単ではないという問題があることに気づかされました。

# by pastandhistories | 2017-06-07 04:48 | Trackback | Comments(0)

IFPH②

 正直今回は日程がハードなところがあって、内容紹介は大変だけど、書ける範囲で時間のある時に書きます。参加者が多いのはたぶん今回の会が本当の意味での最初のヨーロッパ開催であるからのような気がします。一応これまでもオタワ、アムステルダムで会はあったとされているけど、準備的なものらしく、また国際歴史学会のアフィリエーションのセッションを第二回大会としているけど、これもまたアフィリエーションであくまでも小規模なもの。したがって前回、今回が本格的な最初の会ということではと思います。
 にもかかわらず大変な参加者。パブリックヒストリーがそれだけ関心を集めているということですが、それとともに大きな理由は、参加者もテーマの内容も博物館関係がかなりを占めていること。多分これに歴史教育関係が加わっているので、それだけで参加者が多くなっているところがありそうです。歴史教育に関しては、日本では歴史科学協議会、アメリカでは世界史学会などをはじめとして随分と関心もあり、組織化が行われてきました。なんといっても歴史教育に携わる人も多く、その在り方を論じることは、議論しやすいテーマだからです。
 歴史博物館に従事している人たちも実はかなり多い。一つの例を挙げると、自分も地方国立大学にいたけど、そこの歴史研究者は教育学部を含めて多くて20人、他に私立大学のない地域も多い。しかし、実は各県に県立博物館はあるし、他にも郷土史を展示している公立博物館も少なくない。したがって、そうした博物館において歴史研究・展示に従事している関係者の数は、実際には大学に在籍する歴史研究者と称する人より多いということがあります。
 そうした博物館関係者が国際的に組織されることは少なかった。どうしても展示内容とその対象とする人たちが、ナショナルかつローカルであったためです。ここでも紹介しましたが、国際文化史学会には博物館で歴史に従事している人々がかなり組織されました。印象では2~3割くらい、あるいは5割近くかもしれませんが、国際文化史研究会の構成員を占めているのではと思います。しかし、この会は本来的には文化史をめぐる理論的な問題を議論する場。いわゆる「歴史研究者」の理論が支配的です。対してパブリックヒストリーというのは、博物館をめぐる議論を行うのに適したところがあります。
 しかし、まだ第一印象だけですが、今回はそのことに問題を感じました。その理由は、パブリックヒストリーが議論されるようになったのは、もう少し広い意味でパブリックというものが考えられているからです。たとえば教育の空間、さらにはメディア、日常的な文化空間、などです。プログラムを見ていると今回もたとえばヴィデオゲームとパブリックヒストリーというテーマもあるようですが、きわめて限られていて、博物館関連が圧倒的に多いようです。
 学会を組織することの難しさかもしれません。テーマが新しくても、やはり既存の枠組みが中心とならざるを得ない。これからどのように発展していくかはわかりませんが、パブリックな歴史に関心を持つ他の研究者組織との交流を図りながらテーマをどれだけ広げられるかが、この組織の発展を左右するような気がします。

# by pastandhistories | 2017-06-06 12:38 | Trackback | Comments(0)

IFPH①

 国際パブリックヒストリー学会に参加していると書いたら、大きなアクセス数。会議の内容を知りたいということだと思うけど、正直誰かに代わってほしい。と思って会場を探したけど、他に日本人らしい人は見つかりませんでした。もっとも時間的にはちょうど今が開会式。会はすでに始まっていて3時からの最初のセッションには出たけど、今日は一日大変だったし、これからが大変そうなので開会式はさぼりました。今回は自費参加。自費参加のいいところは、基金提供者に報告義務のないことです。自由に観光もできる。
 場所がラヴェンナということで、日本からだとローマ経由でボローニャに、夜10時過ぎ着なので、ボローニャに一泊し、電車でラヴェンナに来ました。とにかく暑い。陽射しも強力。いくら水を飲んでも汗が出るだけ、疲れます。「イタリアらしく」という言い方はよくないけど、やはりイタリア開催らしいところがあって、メールで登録しようとしたらリンクがはっていない、仕方なくメールを出してペイパルで払えるかと問い合わせたけど、なしのつぶて。くわえてネットに掲載されていたプログラムには時間が載っていないので、一体何時に始まるかが来るまではわからず。
 ということで念のために午前中に行ったら3時からセッション、しかしなぜか開会式は夜。プログラムをもらって初めて時間がわかったけど、「イタリア」なのに、朝8時半から、さらには夜まで。明日は夜の10時までやっている。基調講演。これを聞いていると大変なので多分今回はこれは全部パスするつもりです。しかも日程は5日間。いろいろ学会に出たけど、国際歴史学会はともかくとして、フルに5日間の学会は珍しい。
 たぶんその理由は第一回イタリアパブリックヒストリー学会と共催のため。多分今行っている開会式でそういう挨拶が行われていると思うけど、パブリックヒストリーをそれぞれの国での組織化をしていくことが今後の方向性になっている感じです。暑いけど、熱気もあります。学会は通常は初日は人が揃わないことが多いけど、最初のセッションはほぼ満席でした。参加者の6~7割程度が女性という印象。ネットで登録できなかったので会場で参加申し込みをしようとしたら、なかなか受け付けてもらえなかった。要するに配布セットがもうなくなっていたかららしい。結局一番最後の申し込みなのに、なぜかアーリーバートの最低会費で受け付けてくれた。多分予想を超えた参加者だったためのようです。
 そうしたことの理由は明日書きます。でも繰り返すけど、誰か他に日本人がいたら本当に助かります。
 なおこの学会は来年はまた南米、今度はサンパウロになります。

# by pastandhistories | 2017-06-06 02:21 | Trackback | Comments(0)

あったことをなかったとは言えない


「あったことをなかったとは言えない」。最近ある人が記者会見で述べた言葉です。このブログでも何度も触れてきたけど、この言葉はジョージ・オーウェルがスペイン内戦を経験するなかで、以後の結果的には残り少なかった人生の、そしてその間に書かれた作品のモティーフにしたことです。『カタロニア讃歌』『動物農場』『1984年』はいずれもこのモティーフのもとに書かれました。
 たとえ記録が抹消されても、あるいは改竄されても、あったことへの記憶は個人のなかに残されている。そしてその記憶が語られ、そしてその記憶の内容が「あったことであること」であることを他者が認めさえすれば、それは「資料」とは異なるものであっても、事実としての権利を辛うじて保ち続けていくことになる。
 したがって問題は、そうした記憶の権利を認めるかです。でも史料が意図的に消去されたり、改竄されていたら、その根拠は?。異なった記憶を語る人が登場したら?それに対して今日はここで改めて繰り返しておきましょう。「あったことをなかったとは言えない」と。そして彼の発言は真実であると他者である自分は判断していると。そしてその記憶を受け継いでいくと。なぜ?それはむしろこのブログを読んでいる人に、その答えを教えてほしいと自分は考えています。
 話変わって、明日からイタリアです。ラヴェンナである第4回国際パブリックヒストリー学会に参加するためです。この学会(パブリックヒストリー学会)はもともとはアメリカで始まったもので、最近になって国際化が進められるようになりました。昨年はコロンビアで大会があったようですが日程的に参加ができず残念でした。今年はイタリアということで行くことにしました。あまり準備ができていないので、ここでその報告ができるかあまり自信がありませんが、可能であれば少し報告のようなものを書けたらと思います。
 それからここで紹介した History and Theory の編集長であるイーサン・クラインバーグを招いての9月13日、14日の歴史理論・史学史についてのシンポジウムに関しては、イーサンが切符を予約してくれて最終的に日程が決まりました。自由参加で報告者を募りますので、我と思う人は発表を持ち寄ってくれればと思います。帰国後、他の人とも相談して正式の内容告知をする予定です。

# by pastandhistories | 2017-06-02 15:49 | Trackback | Comments(0)

数量的データに裏付けられた結論

 今日は「比較史」の続きを書こうと思っていたのですが、ネットサーフィンをしていたら、おおいに笑わせられる、かつ同時に考えさせられる記事が出ていたので、今日はそれにつぃて。
 内容はきわめてシンプルなもの。「犯罪者の95%は男なので、男がいなくなれば犯罪はなくなる」というものです。なるほど。統計的な事実、それも覆すことができないような有史以来の豊富なビッグデータに基づく議論。クリオメトリックスで様々な数量的統計を持ち出して、結構恣意的な結論が出されるけど、この議論ほど確実な統計的根拠に基づく議論はありません。この議論に基づけば、目指すはプロレタリア革命ではなく、アマゾネス革命ということになります。自分は犯罪者ではありませんが(正直数々の犯罪歴はあると思うけど)そうした時代に生き延びるためには、あるいは革命に参加するためには、性転換が必要かもしれません。
 という揶揄的なことではなく、この議論には統計を根拠に何を論じるのか、実証とは何かを考えていくための重要なヒントがあるような気がします。大学の小論文の問題によいかもしれません。あるいは中学の入試問題にも。本当に様々な回答がありそうですが、どのような答えが本当に正しいのか、事実から議論を論理的に組み立てるとはどういうことなのか、いいろいろなことを考えさせてくれそうです。

# by pastandhistories | 2017-05-31 17:04 | Trackback | Comments(0)

比較史①

 マルク・ブロックなどを援用するかたちで、歴史の基本は比較史であるということがよく言われます。これを厳密に議論するのは意外と難しい。基本的には比較史は、現在と過去の比較、過去同士の比較、の二つに類別できます。 
 前者の場合は比較の一方の対象は現在ですから厳密には比較「史」とは言えないかもしれません。しかし、歴史は比較史であるいう主張は、比較の根拠の一方が現代であるから不正確というのではなく、むしろ現在におかれていることによって根拠づけられています。その理由は、人間が現在に関して持っている知識や情報が過去に持っている情報に比較して、量的にも質的にも比較にならないほど大きく、かつ正確だからです。「実証」のレベルで、現在についての知識・情報と過去についての知識・情報を比較することは、問い自体がナンセンスです。現在に生きていて、現在より過去の情報のことをよりよく知っているのは、浦島太郎くらいなものです。多くの人は、歴史研究者も含めて、より正確で豊富な現在についての知識・情報に基づき、それを残された史料をもとに推測された過去についての乏しい知識、情報と比較しているわけです。あらゆる歴史は現代史であるというような考えが、コリングウッドのような懐疑主義的な歴史家によって唱えられたのは、彼が現在と過去につての知識にあるそうした差異を認識していたためでしょう。
 やや似たところがありますが、歴史は比較史であるという考えが受け入れられやすいのは、こうした時間的な差異だけではなく、空間的な差異、つまり場の違いからこの問題が議論されるからです。わかりやすく言うと、「日本」の歴史研究における日本と欧米との違い、あるいはアジア・アフリカとの違いといったような議論。つまり歴史認識の場が、自らが育った、あるいはそこで生きているものとして措定され、当然量的にも質的にもより大きな、正確な知識を持つそうした場に対する認識を基準として、相対的には知識や情報が不足している社会が比較されるという問題です。つまり日本史と外国史の比較といったような議論です。
 どちらの場合にも言えることは、比較の対象が、知識・情報の量的・質的内容において、パラレルではないということです。パラドキシカルに言うと、パラレルでないがゆえに、メタフォリックなものとして成立している、今日論じたような比較史にはそうした側面があります。

# by pastandhistories | 2017-05-27 11:48 | Trackback | Comments(0)

政治と知

今日は日本西洋史「学会」。それにちなむことを書こうと思っていたのですが、話題を変えて政治的な事柄について。現在起きていることが、日本の社会の政治的劣化が激しいことを象徴するような事件であることは、多くの人が同意していると思います。何度か書いてきたけど、政治的劣化が進んでいるのは事実だけど、自分の知は新しい時代の状況に応じてますます進歩しているとするのは、批判的な精神さえあれば、議論としては両立しないということに気づくはずです。ましてや、現在話題になっていることは、教育の内容や、大学の設置に関する事柄。竹林の七聖人ではなく、現在の事件に象徴されるような、政治的コントロールがますます強化されている大学に籍を置いているわけだから、そうした大学における学問がますます進歩していると考えているとすれば、そこにあるのは自らを客観化する自省の欠如です。
 このことと関連して痛感させられるのは、知的社会層の劣化です。大学関係者も残念ながらそのなかに入る。しかし間接的には権力との一体性を強めているとはいえまだ消極的な段階。それに比較すると、知的な能力を持つことを根拠に、官僚やメディアに職を得た人々の劣化は本当に酷い。平然と虚偽を語り、事実を隠ぺいする。悪意を持った恣意的な情報操作・管理で社会をコントロールしようとする。本来は社会に対してもう少し誠実であるべき知的社会層の劣化には本当に慄然とさせられます。
 他山の石かもしれません。知的能力を根拠に一定の地位を得ている研究者が同じように劣化してはいないか、そのことをつねに考えていくべきでしょう。このブログは、基本的には歴史に対する考え方へのアイディアを提供し、少しでも前向きな理解を進めていくことへのヒントを提供できればということを目的として書かれています。しかしいくら前向きに考えようとしても、そうした考えは後ろ向きな社会では結局は排除されてしまいます。その意味で政治のあり方は、当たり前すぎることですが、人文系や社会系の知にとっては、あるいはそこで得られた知を教育することにとって、きわめて重要な関係があります。今日この記事を書いたのもそのためです。

# by pastandhistories | 2017-05-20 06:47 | Trackback | Comments(0)

史学科の区分方法

今週末は日本西洋史学会です。随分と人の集まる会ですが、その一方で多くの人がある種の違和感をこの会には感じ始めているのではと思います。一つは、「日本」西洋史学会であることに、もう一つは、いわゆる三史区分がなお継続していることにです。歴史研究者がそうした枠組みで組織され続けていていいのだろうかという疑問です。 
 人文学・社会科学の危機という問題に関して、哲学・史学・文学というより上位の三区分に対して圧力がかかるようななったのは随分以前からです。学会組織はなおそうしたかたちで継続していますが、実際の学部・学科組織に関しては、多くの大学が再編を余儀なくされました。文学部が廃された大学もありますし、哲・史・文という学科区分を廃した大学も少なくはありません。史学科に関しては、高校教育において日本史、世界史が科目として立っていることもあって、受験生にもなじみやすく志願者が多いので、私立大学などでは幸いにしてなお学科継続が認められています。
 もっとも三史区分の継続に関しては、歴史研究者のなかにも異なった意見があります。自分は一貫して継続には反対の立場です。しかし、史学科内ではほとんど同調者はいませんでした。自分の史学科の編成に関しての意見は、その編成区分を、社会史、文化史、経済史、政治史、などのような研究方法の違いを基準とするものにすべきだというものです。
 その最大の理由は、現状のような区分では、個別実証を盾にした研究の停滞が促進される傾向がますます強まっている感じがあるからです。現状では、日本史研究者は日本史だけをすればよい。東洋史研究者も西洋史研究者もそれぞれの領域だけをすればいいだけです。しかし、方法による区分をすれば、多くの研究者は日本と外国の異なる領域をともにカヴァーしていくことになります。歴史研究の基本は比較史だということが随分と主張されますが、もしそうであるなら、こうした区分の方がよりベターな研究方法です。最低二つの異なる地域を研究することが、当然化するからです。またこうした区分をとれば、歴史研究者は当然のように、それぞれの専攻に関わる方法論的な問題、たとえば、社会学、文化理論、経済学、政治学が理論的に提示している問題を、海外での最新状況をふくめて十分に理解していることを、専門的研究者であることの必須条件として要求されます。そうした領域の専門的研究者との学際的な国際的な議論を行う能力を持つことを求められます。歴史が科学であるというのなら、そうしたことは研究者の最低の義務です。
 正直に評価すると、そうした能力を有する歴史研究者は、現在では皆無といっていいかもしれません。大学での歴史研究がそうしたレベルにとどまっていていいのでしょうか。あえて言えば、大学での歴史研究は文書館や史料館における歴史研究とは異なるべきものだ、と自分は考えています。文書館や史料館での歴史研究が不要というわけではなく、そうしたものを土台としたより高度なレベルの実証研究と理論的展開が大学に属する研究者には求められるということです。また学生に提示されるべきものは、そうした質の高いものでなければならないということです。
 今日書いたことには大分反論がありそうです。しかし、人文学の危機を感じるなら、重要なことは自分を被害者の立場に置くだけではなく、自分に課せられた義務を前向きに考えて、それに立ち向かっていくことです。アイロニカルに言えば、現状の歴史研究はただちに過去の遺産となってしまうようなものを次々と生み出しているようなところがあります。過去の遺産を研究する歴史研究が、自ら歴史遺産になるものでしかない。そうである限り、人文学の有力分野の一つであった歴史学の危機はさらに進行していくような気がします。

# by pastandhistories | 2017-05-15 15:54 | Trackback | Comments(0)

世界史の「研究」へ

 実際的には時期的にやや並行したところがあったけど、以前『歴史として、記憶として』(御茶の水書房、2013年)という本を編集した時に参考にしたのは、アラン・マンズローが編集した Authoring the Past です。歴史研究者が自分が歴史研究者となる過程の記憶を振り返りながら、それが自分の歴史研究の内容にどういう影響を与えたのかを記した文章を集めたものです。それぞれの筆者の自省をとおして、脱構築論的な視点からの歴史研究がなぜ生じたのかが理解できるところがあって、興味深く読める本です。 
 世界史の研究や教育が対象なので、ややテーマは異なりますが、Kenneth R. Curtis & Jerry H. Bentley eds, Architect of World History、Wiley Blackwell. 2014 も似たようなコンセプトで編集された本で、現代の歴史研究・教育の問題を考える参考になります。ジェリー・ジェントリーが共編者とされていますが、実際には世界史学会(World History Association)のもっとも中心的な組織者であったジェントリーの死後に、彼の追悼論文集として出されたという側面のある本です。
編者をはじめとしてマクニール、ポメランツ、クリスチャン、ザクセンマイヤー、さらにはベントン、ウォードらの現在を代表する世界史論者が、自らが研究者としてその研究対象を切り開いていく過程を回想したこの本が参考になることは、それぞれが最初は院生として学位取得のために、それに必要とされるきわめて詳細な実証研究を従事していたこと、しかし機会を得て最初は若手教員として何らかの教育機関での教育職の仕事に就くにしたがって、そこで要求されるきわめて包括的な、概説的な歴史教育に従事するようになり、その過程でそれまで自分を枠づけていた研究の枠組と、一般的な学生というオーディアンスを対象とした歴史の関係を考えるようになったということが論じられていることです。その過程で、執筆者の多くがたんなる「世界史」のパートタイム的な教育者にとどまらず、さらには「世界史」の研究の可能性を考えるようになった。専門的「研究」には必ずしも位置づけられていなかった、世界史を研究として位置付け、自らがそうした立場に転じたことが論じられています。
 専門的な実証にますます特化する傾向のある現在、とりわけ若手研究者に対しそのことが学位取得の絶対条件として強要されている時代、そして多くの研究者がそのことが自明であるかのように考えている時代にあって、この本で行われている議論は参考になります。若手研究者は、院生時代は個別研究に特化することを強いられ、運よく就職できた場合は(運悪く非常勤職についた場合はさらにいっそう)、一転してかなり幅広い領域を教育することを強いられる。教育者としての義務に忠実であろうとする誠実な人物なほど、そのギャップに苦しめられる。逆にそうしたギャップを感じない研究者の講義は、今度は圧倒的多数の学生を、たとえ彼らが史学科の学生の場合であっても、自分たちの関心と教員の関心の違いのギャップによって苦しめているというのが、歴史教育の現実の場で生じている問題です。
 歴史研究が実証を基本とするものであるということは、あえて近代以降と言う必要はなく、古くから繰り返し論じられてきたことです。近代以降大学においてそれがディシプリン化されて以降そのことはいっそう強調されるようになりました。さらにそうした実証のための様々なツールの進展によって(広義に言えば外国史研究の場合は、留学機会の飛躍的な増大によって)、さらにその傾向を拡大させています。そのこと自体は否定されるべきではありません。しかし、歴史研究者は同時に大学という場において歴史教育者として在する限りは、その場との関係から歴史がいかなるものかを考える義務をもちます。そうした義務の自覚から大きな歴史への関心が生じたことを Architect of World History からは理解することができます。

# by pastandhistories | 2017-05-14 10:42 | Trackback | Comments(0)

未来のイメージとしての過去

 明確な根拠に乏しいはるかな過去にさかのぼって、現在を正当化する。そのことを明治憲法を例に説明しました。別にこれは現状肯定的な保守的なイデオロギーに限定されているわけではなく、変革的な主張もまたそうしたロジックを用います。たとえば、「自然に還れ」とか、「原始、女性は太陽であった」というような主張の仕方です。現状への根底的批判をするにあたっては、こうしたロジックはきわめて有用だからです。しかしそれはロジカルな主張であっても、過去の事実に基づくといった意味での歴史的な主張ではありません。
 発展段階論において初期的な段階として設定された原始共産制という考えは、厳密にはあまり単純化しない方がよいかもしれませんが、基本的には人類が始原的には平等な共同生活をしていたということを措定しています。しかし、人類が始原的には平等な生活を行っていたというのは、動物の行動や生態への分析が進んだ現在ではかなり無理のある主張です。
 たとえば進化論に従うとすると、人類は類人猿もしくはそれに類する種から進化したものです。だとすると、原始人類は平等であったとすると、それと主としては近親関係にある類人猿も平等な社会生活を送っていて、人類は誕生した時にそれを継承したということになります。あるいは人類に近い種である猿も平等な社会を営んでいるということになってしまいます。猿の社会にそんなことはないわけですから、猿が知性を持って人類になった時、ボス猿支配を解体する革命が行われて、共産主義的社会が形成されたということになってしまいます。いくらなんでも、この考えには無理があります。
 今日こうしたことを書いたのは、急進的な社会批判的な思考を、その根拠にさかのぼって批判するためではありません。現状批判的な思想においては、来るべき未来のイメージがしばしば過去に結び合わされて説明されたという「歴史的事実」を示すためです。

# by pastandhistories | 2017-05-13 21:22 | Trackback | Comments(0)

根拠としての歴史

 憲法問題が話題になっているので、今日はそれに関連することを簡単に。
教育勅語に対する対応のように、保守派が論拠にしようとしていることは明治体制への回帰。ではいわゆる明治憲法(大日本帝国憲法)はどのようなことを根拠としていたのかというと、それは憲法発布勅語の「朕カ祖宗ニ承クルノ大権ニ依リ現在及将来ノ臣民ニ対シ此ノ不磨ノ大典ヲ宣布ス」という言葉に象徴されています。この文章の少し後に、「光輝アル国史」という言葉が続いています。
 ここで理解できることは、天皇制を前面に押し出した戦前の政治体制が根拠としていたことは「歴史」であったということです。当たり前すぎることですが、歴史はこのようにネガティヴにも利用されました。
 いずれにしても、「教育勅語」にしても、「軍人勅諭」にしても、明治憲法の基本的枠組みであった天皇大権との関連において、その役割を果たしたものです。そのことへの自覚が欠如した議論が平然と行われている。あまりにも奇妙です。

# by pastandhistories | 2017-05-09 10:22 | Trackback | Comments(0)

プロフェショナリズム

 スポーツの世界に関していつも思うことは、徹底したプロフェショナリズム。激しい競争での選抜が徹底しているけど、それもまた一時的な評価を受けるにすぎないということです。よく昔の選手と今の選手のどちらが優れているかという議論があるけど、記録を基準とすればこのことはほとんど意味がない。現在の選手の方が、過去の選手に比してすぐれているのは、データ的にはあまりに明らかなことだからです。そうしたこともあって、いかなる名選手であってもそれが評価されるのは、たとえば当時に相手に対してどのような対戦上のデータがあるのかという点においてだけです。
 研究者の世界もまた同じようなプロフェショナリズムに基づいているところがあります。日本人研究者によるものもそうですが海外の研究者の論文を読むと、ジャンルによって多少の違いがあるといっても、20年以上前の論文が参考文献にあげられたり、引用される例は驚くほど少ない。おそらくそういう指導を受けているからだと思いますが、あくまでの現在の研究者同士の対戦(論争)だけが意味あるものとされています。
 プロフェッショナルが求められていることの一つは、同じジャンルで競合する対戦者に勝利して観客の喝采を得ることです。スポーツや碁や将棋、チェスの場合はそうなります。では社会科学や人文学の研究者の場合はどうなるのか。多くの研究者は自分をプロフェッショナルと考るけど、自分の意味をそうした限定的なものとは考えていない。自らの残すものが、もう少し長期的な継続性を持つものと考えている人が圧倒的でしょう。しかし、そうしたことがありうるのは、競争が少ないからかもしれません。層の厚い研究領域では次から次へと新しい成果が出されていて、特定の業績が継続的に評価されることは少ない。プロフェショナリズムの原則に照らせばそのことは当然のことなのかもしれません。歴史理論の最近の動向を追っていると、そんな気がします。
 時々ツイッターの動きなどを検索することがあるのですが、研究者が忘れられるスピードの早さには、残念に思うところがあります。

# by pastandhistories | 2017-05-08 22:55 | Trackback | Comments(0)

事実のレベル

 昨日書いたことを少し補足すると、基本的には関心のある人は誰でも自由に参加し、発表できるようにしたいと考えています。そういうことですので、発表を希望する人は連絡してください。ペーパーは読み手を広げ、海外へ日本の歴史理論の現状を紹介するという点で将来的には英語でということになりますが、会での発表は日本語で構いません。イーサンには通訳をつければいいだけで、一人の参加者のために、参加者全体の間口を狭める必要はないからです。何度か書いてきましたが、横文字でペーパーを読んだり書いたりするのは、より幅広いオーディアンスを対象とすることによって、自らの思考を相対化していくためです。横文字で書かれたものが、閉ざされた仲間だけに占有されるものであり、閉ざされたオーディアンスだけに向けられるものであるなら、それは進歩ではなく、むしろ学問的とされるものをさらに後退させていくだけでしょう。 
 話変わって、最近つくづくほっとすることは、入試なるものとの縁が切れたことです。多くの人がそうであるように、精神的に本当に疲れました。その一つの理由は、教科書についての疑問にありました。多くの教科書で、過去の事実がきわめて並列的に記されていることに対してです。たとえば、古代も中世も、現代も、個々の事柄が同じような確定的事実として書かれています。そのために正誤問題の選択肢の一つとして「イクナートンは一神教を導入した」という文章が出題されたりします。
 しかし、こうした問題を出題することは適当でしょうか。たしかに古代史研究者の間では定説化しているかもしれません。しかし、古代史研究者の間で定説化していること、中世史研究者の間で定説化していること、近代史研究者の間で定説化していること、そして現代史研究者の間で定説化していることは、それほど厳密に考えなくてもレベルがまったく異なっています。根拠とする史料の量、質的内容が基本的にはまったく異なるからです。碑文史料あるいは口承史料しか残されていない時代、わずかの写本しかなかった時代、パピルスや木簡が用いられていた時代、紙が使用されるようになり文書による記録が本格化した時代、印刷された文献が流布するようになった時代、そして音声や映像によって記録が保存されるようになった時代では、「過去の事実」が認識される手続きはまったく異なったものだからです。
 教科書からは、とりわけそれを使用している中学生や高校生にとっては、こうしたことはほとんど読み取れません。きわめて並列的に古代から現代までが、同じように確たる事実であるかのように、固有名詞を中心に、一定の解釈を交えながら教科書では叙述されています。それを事実として覚えなければよい点がとれない。とりわけ正誤問題はそうした強迫観念を増進させています。
 いつも思っていたことですが、教科書が歴史研究者によって執筆されたものであるならば、歴史において事実とされているものはけっしてフラットなものではなく、個々のレベルにかなりの違いのあるものだということがきちんと伝わるようなものとすべきでしょう。そのことが中学生や高校生の間でより正確な歴史への理解を生み出すものとなるはずです。

# by pastandhistories | 2017-05-02 21:29 | Trackback | Comments(0)

日本の歴史理論、史学史

 3月は1回、4月は2回しか書かなかったのに、アクセスし続けてくれる人がいるようで、申し訳ない感じです。一番の理由は、何度か書いてきたけど他の原稿を執筆中のため。テーマの重なることは書きたくない。他にこの間いろいろ思いつくことはあるけど、それを書き始めると、原稿の仕事が止まってしまう。そういうジレンマ状態です。今月中には仕上げるということで、今日から再点検しようと思うけど、この間量的な処理に追われてほとんどノートを取らなかったので、その点が心配。特に欧文を見直す時間があるか少し不安です。
 というのが個人的な現状ですが、それとは別に、History and Theroy の編集長であるイーサン・クラインバーグに日本に来てもらうということで計画を進めています。以前から考えていたことですが、多忙な人物でかなり難しいところがありました。なんとか日程の都合がついて、今年の9月の上旬から中旬ということで実現できそうです。
 今回の計画は、クラインバーグに講演をしてもらうだけではなく(編集者として最近の歴史理論について考えていることを話してもらうつもりです)、もう一日を日本の研究者による発表に充てる予定です。テーマは「日本の歴史理論、史学史」。それが実際に掲載されるかは別として(当然査読があるので)、日本の歴史理論の状況を可能であれば History and Theroy などを通して海外に発信したいので、英語でのペーパーとなります。原文が日本語であっても必要な場合は翻訳することも考えていますので、この計画に関心のある人は是非論文を準備してもらえればと思います。
 日本における歴史理論は固有の問題意識に支えられ、それなりの質的に高い成果を生み出してきたとは思うのですが、残念ながら海外にはその内容が伝わっているとは言い難い。そうしたギャップを少しでも埋められればということが今回の計画の趣旨です。

# by pastandhistories | 2017-05-01 11:42 | Trackback | Comments(0)

墓場にはもっていけない

 書くという仕事が他に入ると、どうしてもそちらに集中するので、ブログは書きにくくなります。でも少しづつかたちができています。二つともテーマが大きすぎて大変だったけど、一つは手堅くまとめる見通しがつき始めました。こちらの方が締め切りも遅いので、英文だけど何とかなりそう。しかしもう一つは、テーマが自分の能力をはるかに超えている。いましばらく、手がかかりそうです。
 ということですが、月曜日の朝は、なんとなくすがすがしい。この1週間どう過ごそうかという気分になれます。というなかで、あるニュースが入りました。お金を墓場まで持っていけないということはよく語られるけど、同じように権力も墓場まで持っていけないと感じました。総理大臣にしても同じこと。いかに最高権力者であっても、ピラミッドでも建てない限り(あるいは建てても)権力を墓場には持っていけません。それは権力に追随して生涯を過ごす小権力者にとっても同じです。権力に追随して得たものを、墓場には持っていくことはできません。
 そんなことは、歴史に証明してもらう必要はありません。自からが判断すればよいことです。 

# by pastandhistories | 2017-04-24 10:01 | Trackback | Comments(0)

日本にあるだろうか

 前回の記事が3月8日。それから一か月たちました。その間も結構アクセスがあります。アクセスがあるとかえってプレッシャーがあって、あまり書けなくなってしまう。それは今書いている原稿も同じこと。ほぼ梗概は書き終えたけど、内容に納得できない。このまま締め切りまで時が流れてしまうのかと不安です。
 実は時間はあるし、健康上の問題は何もありません。本も読めているし、メモも取れています。しかし、発表予定原稿に追われて、精神的になかなかブログにまでは手が伸びないというのが現状です。ということなので、今日はメモを見返しながら、3月に書くのを予定していた文章を簡単に書きます。それは、クリストファー・ロイドの『137億年の物語』に書かれていることについてです。ビッグヒストリー関連の翻訳が次々と出ていますが、試論的な議論の提示を面白く読めるのはやはりハラリの『サピエンス全史』。とはいえ、これを高校生が読みこなすのはかなり難しいかもしれません。しかし、ロイドの本は高校生でも読める。能力があれば中学生でも可能でしょう。というより、世界史教育が必要だというのなら、こうした本を高校生が読むことができるような教育をすべきだというところがあります。
 その最後の部分に登場するのが、「2011年を迎えるまで、原子力発電を支持する人々は、エネルギー問題に関する議論において、一歩先を行っているように見えていた。ところが、3月11日に、マグニチュード9.0という巨大地震が日本の東北地方の太平洋沿岸を襲い、福島第一原子力発電所にレベル7という大事故を引き起こした。原子力が世界を救うという考えは、果たして正しかったのだろうか。このような大惨事に直面して、原子力発電を推進しようとする政党など、日本にあるだろうか。これほど地震が多い国で、原発が安全だと信じる人がまだ残っているだろうか」(414頁)という文章。
 言葉が出ません。「政党はまだたくさん残っていて、それが与党を構成している」。それは「安全だと信じている人が、というより主張する人が、大量に存在しているからです」。
 この原稿は、3月16日にこのブログに載せる予定でした。

# by pastandhistories | 2017-04-11 16:35 | Trackback | Comments(0)

ネットの情報管理

しばらく休みました。プロジェクトの報告集の刊行、ケート・ホジキンを招いてのワークショップの終了、それからカーレ・ピヒライネンの帰国、ということでいろいろな仕事が終わって多少ほっとしたところがあって、少しのんびりしていました。逆にその時間を見て、現在抱えている英文と邦文の二つの整理。英文は随分以前に書いたので、その見直しと注付け、邦文は40枚ほどアウトラインをまず書いて見ました。正直自分には荷の重い内容で、苦労しています。
 以前に書きましたが、VISTAで動かしていたパソコンが不調に。10に買いなおしました。ところが設定にあたって添付されていたオフィスを入力したら、すでに指定されたプロダクトキーは使用済みであるというアクセスエラー。どうもマイクロソフトアカウントがいたずらをしているようです。国民背番号と同じで、これまでのパソコンでのオフィスの使用履歴(アカデミックパックを使うことが多かった)が集約されて、使用履歴に問題があるとされているのかもしれません。ネット世界の一つの怖さかもしれません。この記事は古いノ-トパソコンで入力しています。
 この間衛星波で、Person of Interest を少し見ています。土日に一挙放送をしているけど、全体で103話。全部見続けると仕事ができないので、時間の空いた時に。『相棒』のような構成。テーマはネット社会。ようするに巨大な監視装置を作った本人が、その監視装置を利用しながら、ネガティヴにもポジティヴにも犯罪を防止していくという話です。当然のことながら、より大きな監視装置を作ろうとする側、あるいは監視装置の一人歩きとの対決、ということもテーマとなっています。多分意識して作っているのだと思いますが、会話がハードボイルドタッチでわかりやすく、英会話の勉強にも多少なります。
 個人の記録を中心に、記録を常に書き換えるということもプロットの重要な要素となっていて、『1984年』の現代版みたいなところもあります。デジタル化されたテレビの視聴記録、携帯の通信記録、鉄道カードの使用歴、無意識のうちにパソコンに打ち込んだデータである閲覧履歴、メール、クレジッドカードや銀行カードの記録、もちろんブログやツイッターのすべてがホストコンピューターに記録され、それが監視カメラによるデータと重なり会うかたちで集約され、すべての個人の行動が予見できるという話です。過去のデータを集積すれば、未来を予測できるという話。科学的歴史学の究極の目標が実現しつつあるということかもしれません(?)。
 今回のパソコンの入力上の問題がそうしたことと関係があるかは、今の段階ではわかりませんが、そうした時代に一人一人が今生きているということでしょう。そう言えば今までは簡単だったインターネットの立ち上げ画面からMSNのホームページを除去する作業も今回は結構面倒でした。今話題の女性がいきなり大写しとなるので、それと関係するある新聞社の意図的、誘導的なニュースと一緒に排除しようとしたのですが。

# by pastandhistories | 2017-03-08 16:02 | Trackback | Comments(0)

パブリックな場の歴史とのかかわり

 キャサリン・ホジキンによるラファエル・サミュエルとヒストリー・ワークショップについての話は、コンパクトによくまとめられていて、とてもわかりやすいものでした。院生クラスだけでなく、学生にも聞いてほしいような話でしたが、日程的なこともあってそうした準備ができず、時期的にもいろいろな重なりから参加者が少なかったのは残念です。ホワイト論の時など、今年度のプロジェクトは理論的な問題の時は予想外に多い参加者があったのとはある意味では対照的で、現在の歴史研究者の関心のあり方、とりわけ非アカデミズム的なものに対しての関心の薄さを感じました。
 質疑でも出ましたが、ヒストリーワークショップ運動が提起した問題を考えるときは、practicing history, doing history と、making history, constructing history を少し区別して考えるのがよいのではと思います。前者はすべての人々が行うこと、後者は専門的な歴史家や state にその権限が委ねられているというようにです。そう考えれば、後者に対する批判としての前者の持つ意味が理解できるのではと思います。
 ところで、今日の『朝日新聞』の書評欄では、人類史(ビッグヒストリー)が大きく取り上げられ、クリスチャンやハラリの本が改めて紹介されていました。その理由はきわめて明確です。ベストセラーだからです。つまりパブリックな場でそうした大きな歴史が大きな関心を集めているからです。自画自賛になりますが、このブログはたぶんビッグヒストリー論を日本でもっとも早く紹介したものの一つのはずです。アメリカ歴史学会や世界史学会で行われていた小さなセッションの内容を紹介してきたからです。いずれも参加者は20人足らずで、それがこれほどの広がりを持つようになるとは記事を書いたときは正直予想できませんでした。
 逆にヒストリーワークショップ運動は小さな歴史の試みの一つです。問題は、ビッグヒストリーのような大きな歴史、ヒストリーワークショップ運動のような小さな歴史、そうしたものが伝統的な学問的な歴史の外部に位置するものとして扱われ、アカデミックな場にある歴史がそれを自らの内部にあるものとすることができないことです(実は小さな歴史でも、いわゆるミスロヒストリーとして、その実証性を根拠に学問的世界に位置しているものもありますが)。その点でアカデミックな歴史がパブリックな場での関心とかけ離れたものとなっていることです。
 という議論にはもちろん反論が成り立ちえます。たとえば最近の歴史研究は、戦国期やお城、あるいは武士の日常生活などをめぐる歴史ブーム、ヨーロッパ社会の貴族や庶民の暮らしへの関心、といったようなパブリックな場にある関心と結びついているというような議論です。しかし、そうした関心は何に支えられているのでしょうか。そうした関心の背後にあるのは、ナショナリティに基づく歴史意識、あるいはヨーロッパを日常的な趣味的な関心の対象とするモダニティへの同化意識ではないのでしょうか。
 その意味では同じパブリックな場での関心といっても、ビッグヒストリー論や、普通の人々にとっての歴史への関心は、前述のようなものとは質的に異なるものです。こうした関心にどうかかわっていくのかということこそが、現在の歴史研究にとっては、より重要な問題です。

# by pastandhistories | 2017-02-26 09:04 | Trackback | Comments(0)

大きな歴史と小さな歴史

 今から宣伝してもと思いますが、今日のワークショップで話してくれるキャサリン・ホジキンはすでに来日しています。火曜日に簡単な打ち合わせをしました。今日は近世イギリス史について、25日はヒストリーワークショップ運動の歴史について話してくれます。普通の人から見た小さな歴史についてです。やや専門的な話も入るので、参加者数が心配ですが、午後は天気も良くなりそうなので、関心のある人は参加してください。場所は大学の敷地の中ではなく、正門の向かい5階建ての建物の3階です。
 関心といえば、ハラリの『サピエンス全史』はすでに38万部売れたそうです。いわゆるビッグヒストリーの流れにあるものです。デイヴィッド・クリスチャンも同じように売れたようで、一般の場の歴史への関心のあり方をうかがわせます。このブログで初めてビッグヒストリー論を紹介した際は、自分にも戸惑いがあって、紹介に足りないところがありました。ここまでこうしたいわゆる大きな歴史が高い関心の対象になるとは、予想していませんでした。
 今日の夜は連続番組となったファミリーヒストリーがNHKで放送されるようです。ファミリーヒストリーはかなり難しい問題があるはずで、テレビ番組をとおしてそこまでの厳密な構成はできませんが(これまでの放送でもそうでした)、こうした放送をとおして大きな関心の対象となっていくでしょう。こちらは個人を起点としたいわば小さな歴史です。
 残念ながらこうしたパブリックな場での大きな歴史と小さな歴史への関心の広がりに、現在の日本の学問的歴史はほとんど対応できていません。その理由がどういうところにあるかを考えることは、学問的な場にある歴史にとって重要な問題ではと思うのですが。

# by pastandhistories | 2017-02-23 09:56 | Trackback | Comments(0)

ファミリーヒストリーとグローバルヒストリー

 23日と25日の会で配布する予定の小冊子ができました。この2年間のプロジェクトでの英文報告をまとめたものです。それなりに面白いのではと思います。ジェローム・デ・グルートのペーパーも入っています。
 グルートといえば、ある研究会で彼のことを紹介したら、名前から判断してオランダ系かと質問されました。もちろん名前から判断して一世代前は二分の一、二世代は前は四分の一、三世代前には八分の一ほどのオランダ系のDNAが入っていることは確かかもしれません。実はブラジルでのINTHで彼が行ったキースピーチで、彼がそのことをデ・グルート・エスニシティというかたちで論じたことを紹介したことがあります。円グラフを用いて、オランダ系40%、さらにはフランス系、イギリス系、等々がそれぞれなん%くらいかを図示したのですが、当然会場からはオランダ、フランス、イギリスというように分けるのはおかしいという声が飛んで、グルートももちろんそうだと答えていました。はるかに細分された地域をとおして示すほうがより正確だからだからです。そもそも地域を今ある国家に固定的に連結させるのは、奇妙な歴史観であって、個人的なエスニシティをそうしたものに結び付けるのも、さらに不正確なものだからです。そうした誤った認識を子供に与えるような歴史教育は正されていく必要があるでしょう。 
 このことと関連して思うことは、この間報道された教科書への領土問題の記載という問題です。領土の範囲を「国民」教育で教えることは、確かにそれ自体としては全面的に否定されることではないかもしれません。しかし、その根拠が「固有の領土」であるからという文章はおかしなところがあります。なぜなら「固有」とは何に対するものとして用いられているかわからないからです。「固有」に対比される言葉は「共有」なのでしょうか。「本州は日本の領土である」という表現はあっても、「本州は日本の固有の領土である」という表現はあまり聞いたことがありません。自明のことだからです。だとすると「固有の領土」であるとすることは、「共有地ではない」ということを強調することによって、わざわざ係争地であることを認定しているような印象を受けます。その意味では奇妙な表現です。
 おそらくこれは政治家などがしばしば過って用いる「歴史的な領土」ということが使用しきれないことを誤魔化すものためなのだと思います。いうまでもなく、問題となっている土地は、古来からのという意味でけっして「日本」の「歴史的」な領土ではないからです。そもそも歴史的には、日本という国は、平安期までは北海道も琉球も歴史的に領土としていたわけではありません。したがってその延長にある島も、当時は日本の領土であったわけではありません。
 最近では一部で琉球独立論が主張されるようになりました。その根拠の一つはかつては独立した地域であったという歴史の事実に置かれています。だとするように、同じように、北海道は独立してよいのでしょうか。歴史的には日本の支配にはおかれていなかった地域だからです。しかし、北海道独立論というのは、それほど目立ったものとして主張されているわけではありません。北海道に現在居住している人のファミリーヒストリーをたどると、そのエスニシティを高い割合で北海道に置く人は、きわめて少数だろうからです(このことは和人の現在的な多数派形成を全面的に正当化しうるものではありません。それはアメリカやオーストラリアにおけるネイティヴに対する問題と同じです。しかし、アメリカもオーストラリアもイギリスから独立しました。その意味では北海道に独立権があるという考えも成り立ちえます)。
 こうしたことから言えることは、領土問題というのは、歴史的な問題でも、エスニックな問題でもなく、現在的な政治問題であるということです。歴史的なものとして語られるにしても、それはあくまでも第二次大戦後の歴史に基本的には限定して論じられるべき問題であるということです。
 

# by pastandhistories | 2017-02-16 22:04 | Trackback | Comments(0)

ファミリーヒストリーについての誤解

 昨日寝しなになんとなくテレビをつけたら、『ゴッドファーザー partⅢ』が放映されていました。いわゆる「ファミリー」の話です。グローバルヒストリーの一つのテーマとして論じられることがある、immigration に伴う問題がわかる部分が描かれています。移住に、家族的な結合や、あるいは人種的な、地域的な結合がそのような役割を果たしたのか、というテーマです。もちろんそうしたテーマは、『ゴッドファーザー』に限らずアメリカ映画でしばしば扱われるテーマ。アメリカ社会にある過去認識のあり方、とりわけパブリックな場にある歴史の一つのかたちです。というより、現在の世界的な、つまりグローバルな現象だということでしょう。この映画が多くの観客を集めたのもそのためではと思います。
 しかし、この映画でファミリーヒストリー全体を論じるとすると、それはやや誤りです。先祖をたどるという意味での現在のファミリーヒストリーは、この映画が描いたような「ファミリー」ではなく、より「個人的要素」を重視しているからです。具体的に言うと、ファミリーヒストリーは同じ家族であっても個人によって異なるものです。たとえば夫と妻は家族ですが、それぞれの個人的なファミリーヒストリーはまったく異なったものです。子供たちも、母親側のファミリーヒストリーが混在しているわけですから、彼ら・彼女たちは父親とは異なったパーソナルなファミリーヒストリーを有しているわけです。親戚同士が結婚しあう族内婚ではなく、族外婚であればそういうことになります。個人的ななこととなりますが、自分の父親と母親は出身地が異なるにもかかわらず、血縁関係のない従兄妹でした。こうした婚姻は自分から見ると1~3世代の間では随分と繰り返されていたようです。明治維新以降の都市集中によって、随分と大きな移住のあった時代ですが、そうした移住があったがゆえに、伝統的な血縁的、あるいは地縁的関係を維持するために族内婚的な枠組みが一時的に行われていたのでしょう。しかし、現在の日本ではおそらくはそうした枠組みは薄れて、族外婚的な結合が一般化しているのではと思います。そこでは、パーソナルなファミリーヒストリーは、この場合にファミリーというのは、シンクロニカルな結合関係にある人々ではなく、ダイアクロニカルにジェネティックに辿ることのできる人々を指すことになりますが、それは夫婦間でも大きく異なるものとなります。
 少しわかりにくいかもしれませんが、わかりにくかったら自分の配偶者が外国人である場合を考えるとわかりやすいかもしれません。しかし、それほど極端な例をとらなくても、自分個人のことを考えれば理解できることなのではと思います。


# by pastandhistories | 2017-02-13 11:55 | Trackback | Comments(0)

ファミリーヒストリー

 予告していたようにファミリーヒストリーの話を書きます。理由は、最近NHKの地上波で主として芸能人を素材に取り上げられ、大きな関心の対象となっているからです。またこのテーマは自分が歴史理論の問題をいろいろ考えはじめた時に、基本的なテーマの一つとしたことだからです。
 このブログでも何度か紹介したように、『国境のない時代の歴史』という本を1993年に出版したことがあります。タイトルからもわかるように、グローバリゼーションと歴史のかかわりを論じた本です。その第一章は以下のような文章で始まります。
「私はよく講義で学生に、『両親の名前を言えますか』と尋ねる。もちろんこの段階で『いいえ』と答える勇気のある学生はいない。次に『祖父母の名前を四人とも正確に言える学生はいますか』と尋ねる。ぱらぱらと『答えられない』という学生がでる。実は私も母方の祖父母は居住していた地域が異なり、また早死にしたこともあってよくは知らない。さらに『その上の曽祖父母の名前を八人いる場合は、全部を答えられますか』と尋ねる。多くの学生はこの質問にまずはほとんどが完璧には答えられない。彼らが知っているのは、せいぜい父方の曽祖父の名前程度である。
 このことはいろいろなことを教えてくれる。まず言えることは、認識の対象として男性に比し、女性の方が忘却されやすい、ということである。このことは、現在の日本の社会がなお父系的要素の強い社会であることを物語っている。さらに言えることは、個人が自分の家族を単位として実感としてもつ過去への認識は、せいぜい三世代、時間にして百年前後くらいなものである、ということである。
 こうした質問にくわえて、私は、『それでは三世代前の祖先に中国人や、韓国人、朝鮮人がいる人はいますか。それより遡れば、自分の祖先には中国大陸や朝鮮半島に出自を持つという人はいますか』とも質問する。この質問には、学生はとまどう。すでに混血化し、日本人としての国籍を取得した人にとっては、二重性をもつ自分のアイデンティティをあえて明示することのデメリットが、日本の社会ではいまなお少なくないからである。・・・・現在の日本の社会のなかで、そのルーツを部分的に大陸や半島に持つ人はかなりの数にのぼるはずである。私自身もその一人だと思うのだが、残念ながらその痕跡を明確に過去に辿ることはできない。多くの日本人にとってそうであるように、そうした事実が恣意的に自分の過去から消去されているからである。
 私はまた逆の観点から、『ヨーロッパ系の人が自分の祖先に混じっているいる可能性のある人はいますか』と質問することもある。これには結構『イエス』と答える人もいる。もっともその混入の度合いは、八分の一と十六分の一とか、かなり希薄である場合もあるのだが、にもかかわらず、そうした特殊性をむしろ強調する人も多い。
 しかし、常識的に考えれば、日本の社会では、部分的にそのルーツを大陸や半島にもつ人々のほうが、ヨーロッパにもつ人より圧倒的に多いはずである。にもかかわらず、前者が捨象されがちで、後者がむしろ実際以上に強調されるというところに、現在日本人がいだいているある種の歴史認識が端的に示されている。自分の個人的ルーツという点からもかかわりの深いはずの東アジア世界への認識が希薄であるのにたいして、個人的にみれば直接的関係はけっして密接でないヨーロッパとの結合関係が過度に強調されている歴史意識が、である」
 長い引用ですが、自分が20年前以上に書いていたのはこうした文章です。今週の夏木マリさんのファミリーヒストリーを見た人は思い当るところがあるのではと思います。
 引用が長くなってしまったので、今日はここまでにして、宣伝を加えておきます。『国境のない時代の歴史』(1993)は、日本でもっとも早い時期に書かれた?(世界的にも早かったかもしれません)グローバルヒストリー論として、興味深い本です(自画自賛)。当然もう絶版になっていますが、AMAZONでは「安く」古書として入手できます。一時期ものすごく安くなったのでみっともないと思って、学生に購入してくれたらサインすると言ったら(基本的には抜き刷りや献本には署名をしないのが自分の考え方です)、すぐに買ってくれた学生がいて、値段が持ち直しました。実はいまもかなり値段が下がっているので、もし関心を持って、購入してくれる人がいるとと嬉しいです。直接会わないと、サインはできませんが(笑)。
 ついでにもう一つ宣伝。この間出版した3冊の自著、編著はそれなりに捌けたようです。『歴史を射つ』はんまだアマゾンにはあるようですが、昨年で版元は品切れになりました。残りの2冊も「残部僅少」?だと宣伝しておきます。

# by pastandhistories | 2017-02-11 12:52 | Trackback | Comments(0)

キャサリン・ホジキン

 23日と25日の会は実際の歴史研究者の人たちからそれなりに反応があるようです。講演してくれるホジキンが実際的なフィールドをもつ研究者であるからかもしれません。今は研究者の研究内容はネットで容易に知ることができますので、詳細はそれに譲りますが、キャサリン・ホジキンに関して簡単に紹介すると、今回の企画に関して彼女に来てもらうことになった最大の理由は、主題であるヒストリーワークショップとラファエル・サミュエルをきわめてよく知る人物だからです。
 その一端は当日配布する予定の彼女から送られてきたペーパーでもふれられています。具体的に言うと、ラファエルは彼女の母親であるアナ・ホジキンとちょうど彼女が少女期にあたる時期にパートナーとして同居していました。つまりラファエルの義理の娘であるという時代があったということになります。詳しくは当日話してくれると思いますが(あるいは話す必要のないことかもしれませんが)、そののちの歴史研究者としての活動と合わせて、話の内容には期待してよいのではと考えています。。
 今日も宣伝となりましたが、読むのに多少つかえていた本が今日読み終わったので、明日からは多少書くことに重点を置こうと考えています。もちろん自分の原稿を書くことを優先しますが、ここでもヒストリーワークショップの活動ともかかわりのありテレビでも取りあげられるようななったファミリーヒストリーの話や、これもいろいろな本が出て話題として定着し始めた大きな歴史、ビッグヒストリーについて、少し書いていこうかなと今は思っています。予告してうまく書き進められたことはあまりないのですが。

# by pastandhistories | 2017-02-09 22:45 | Trackback | Comments(0)

2月23日、25日

 当初の予定と変更があったために、準備に随分と時間がかかり告知が遅れましたが、2月のプロジェクトの内容が以下のように決まりました。招聘者は、東ロンドン大学ラファエル・サミュエルセンター所長キャサリン・ホジキンとなります。また全体タイトルは、「すべて人の歴史の歴史」とその方法、です。趣旨はホワイト同様、意外なほど日本では論じられなかったラファエル・サミュエルと彼が中心となったヒストリーワークショップ運動、およびそこから派生した歴史への具体的なアプローチ(今回は self の問題)を議論していくことです。なおこの間その作成作業に追われていたプロジェクトでの報告を中心とした英文報告集完成が間に合いそうなので、参加者には配布する予定となっています。

  日時 223日(木)14:30

  会場 東洋大学白山キャンパス甫水会館301

  報告 キャサリン・ホジキン ※通訳なし

  ‘Constructions of the self: memory, time and space in seventeenth-century English autobiography'

  司会 道重 一郎

  日時 225日(土)1330~ (1300受付開始 ※事前申込等不要)

  会場 東洋大学白山キャンパス2号館 16階スカイホール

  報告 キャサリン・ホジキン ※通訳あり

  ‘Unofficial Histories: Raphael Samuel and the History Workshop movement'、

  司会  道重 一郎  岡本 充弘 



# by pastandhistories | 2017-02-08 12:24 | Trackback | Comments(0)

壁のない教室

 早くからこのブログで宣伝していたプロジェクトの最後の招聘研究会、2月23日と25日のワークショップの内容が最終的に決まりました。たぶん今週末から来週にかけて、遅ればせながらポスターと案内状の配布に入れると思います。早くから日程が決まっていたのに連絡が遅れたのは、当初予定されていた人の都合が悪くなり、途中で招聘者の変更があったからです。といってもいろいろ尽力してくれる人があって、テーマを変更することなく会は催せることになりました。宣伝活動が動き始めましたら、ここでも内容を記すようにします。テーマは「『すべての人の歴史の歴史』とその方法」というものです。気づいた人があるかもしれませんが、イギリスのヒストリーワークショップ運動と、その考えに基づく実際の歴史研究へのアプローチが中心となります。いわば「開かれた歴史」です。
 「開かれた歴史へ」というのは、これも宣伝になりますが。自分の本のタイトルです。人間は親を選ぶことはできないし、受ける教育も自分では選べません。その意味では決して自由な存在ではありません。しかし、自分が運がよかったと思うのは、小学校が戦後の実験教育のモデル校で、様々な当時の「自由」な教育の実験の対象となっていたことです。なんといってもその当時は日本のどこにもなかった(一部のミッション系の小学校を除いては)土曜日は休みという超「ゆとり」教育。教室も特別教室への移動が多く、また授業でもグループ学習が随分と重視されていました。何年か前に同窓会があって、現在の教室を見せてもらいましたが、なんと教室と廊下の間に壁がない。したがって教室が随分と広い空間になっていて、その一部におもちゃなどが置いてある。どうしてそうなっているのかと尋ねると、子供は時間中ずっと授業に集中できるわけではないので、飽きたら部屋(といっても壁はないのですが)の隅で遊んでいてもいいということでした。いわば「開かれた教室」です。実験的な教育を受けた自分にとっても、随分と大胆な試みだなという感じがしました。
 

# by pastandhistories | 2017-02-02 12:13 | Trackback | Comments(0)

世代

自分の世代には映画好きの人が少なくありません。その理由は子供の時に親に連れられて映画館に行くのが、習慣だったからです。その代表的な例が川本三郎さん。直接の知り合いであったわけではありませんが、たしか大学は同学年であったはずです。彼が朝日百科の『週刊世界歴史』に執筆していた歴史映画論は文化論ともしても優れたものです。その理由は『十戒』や『ベン・ハー』といったようなスペクタクル超大作だけではなく、いわゆるB級映画にも結構な目配りがあったからです。その一つの例が自分も親に連れられて見た『悪の塔』という珍作も取り上げていること。本当に愉しい作品。しかし、子供と一緒に見るような映画とは言い難い。この映画に連れて行ってくれた自由な父には本当に感謝しています。

どうして自分たちの世代が子供の頃にそんなに映画を見ているのかというと(長じても映画が自らの文化的枠組みとして大きな役割を果たしていたのかというと)、それは前述したように、親の世代にとっても映画館に行くのが、日常生活の一部だったからです。その理由はなんといっても、親の世代にとっては、映画が大衆文化となっていた時期が、ちょうど青年期に重なり合っていたからでしょう。自分の父親は1909年生まれですが、ちょうど青年期が世界的にも映画文化が大きく発展した時期。それをナチズムが利用したということも、広く論じられていることです。

しかし、自分が父親の趣味として思い出すことは、以前少し書いたことがあるように、レコードの収集家であったこと。これは終生変わらず、少し経済状況がよくなると、サラリーマンの月給の10倍近くになるようなプレイヤーを買ったりしていました。晩年はFM放送をテープに収録するのが日々の生活の一部でした。神保町で育ったこともあって秋葉原に行くのも大好きで、いろいろな電気製品の部品を一緒に買いに行ったこともあります。

自分は兄弟の仲では父親と趣味が一番共通するとことがあったのですが、残念ながら音楽にはそれほど興味を持ちませんでした。特にレコードには「機械」の音というイメージがあって馴染めないところがありました。どうしてこんなに「機械」の音が好きなのだろうという印象もありました。その疑問に対して答えてくれているのが、Conceptualizing Global History, edited by Bruce Mazlish & Ralph Buultjens,1993 に掲載されている John Joyce ‘The Globalization of Music; Expanding Sphere of Influence’ という論文です(この論文はマズィリッシュと入江昭さんが編纂したラトリッジから刊行したグローバルヒストリーのアンソロジーにも一部が掲載されています)。

ジョイスがその中で指摘していることは、電気を媒介とした音の文化の広がりです。彼によれば、1920年にラジオの受信者は1万5千人、それが1927年にはアメリカだけで、700のラジオ局と800万人の受信者があったとされています(前掲書、271頁)。ジョイスはレコードも同じように急速に拡大していったことを指摘しています。日本はこれにやや遅れたでしょうが、父親の青年期にはこれほど大きな文化的変化があった。そのことに父親やその世代の人々が大きな影響を受けたことは、間違いないでしょう。映画や自動車などの出現とその影響は(父親のもう一つの趣味は自動車でした)ある程度想像できることですが、音楽の形態(そして音の文化の形態)もまたこの時期に大きな変化を遂げていたことは、意外と視野の外に置かれがちです。その意味でジョイスの論文は面白く読めるところがあります。

最近は歴史研究でも世代論が随分と注目され始めていますが、自分の一つ前の世代にどうした文化的枠組みがあったのか、それが自分の世代にどのような影響を及ぼしたのかという問題は、普段意外と気づかない日常的なものの中からも見出すことができます。


# by pastandhistories | 2017-01-25 07:22 | Trackback | Comments(0)

カテゴリ

全体
未分類

以前の記事

2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 01月

フォロー中のブログ

最新のコメント

先生は、「「民主主義」擁..
by 伊豆川 at 19:57
先生は、「歴史が科学であ..
by 伊豆川 at 17:18
『開かれた歴史へ 脱構築..
by 伊豆川 at 13:28
3月18日の会に参加させ..
by 伊豆川 at 08:33
セミナーで配布・訳読され..
by 伊豆川 at 14:44
先生の議論には、大筋で同..
by 伊豆川 at 17:10
私も今回のセミナーに参加..
by 伊豆川 at 18:55
先生が制度化された「真実..
by 伊豆川 at 00:29
先日、ヘイドン・ホワイト..
by 伊豆川 at 20:53
人間に関心や理解を促す語..
by 伊豆川 at 22:33

メモ帳

最新のトラックバック

「変化する可能性」
from 右近の日々是好日。
プラグマティズム
from 哲学はなぜ間違うのか?

ライフログ

検索

タグ

その他のジャンル

ブログパーツ

最新の記事

デジタライゼーションの30年間
at 2017-09-19 22:58
ENIUGH補遺
at 2017-09-17 21:32
ENIUGH-4
at 2017-09-16 22:12
9月13日、14日
at 2017-09-12 13:46
eniugh5-3
at 2017-09-08 06:23

ファン

記事ランキング

ブログジャンル

歴史
哲学・思想

画像一覧