歴史についてこれまで考えてきたことを書いています


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空中都市

 今国際歴史理論ネットワークに参加していて、ブラジルのオウロ・プレトです。発表者は160人程度ですが、南米からの一般参加者が多く、全体では200~300人くらい。昨日から部屋でのネットとの接続が不調となり、今は食堂。時間がなくあまり多くを書けませんが、こちらに来て驚いたのは、かなりの山の中にもかかわらず、アフリカ系らしい人が随分と多いこと。鉱山労働で使役されていた人たちの子孫なのかもしれません。といってもそうしたことには驚くほど無知。あらためて日本人の(自分の)歴史についての知識の偏りを自覚させられました(帰ったら確認したいと思います)。 
 そうした問題は歴史理論についても同じ。初めて南米の歴史研究の状況に触れることができて、その意味では来てよかったと思います。といっても大会のメインテーマが PRACTICAL PAST であるように、へイドン・ホワイトの影響の大きさを感じさせられました。どうしても議論がそこに偏るところがあるのがやや不満だけど、『思想』の特集で訳出紹介された際に、そのことを提案しておいてよかったと感じています。ただ自分が意図したことと、会議での議論には少しずれがある感じで、その点についてはこれからここで書いていこうと思います。

# by pastandhistories | 2016-08-25 20:16 | Trackback | Comments(0)

時間・個人・記憶

 7月30日の会の際に鹿島徹さんから共編著である『リクール読本』(法政大学出版局)をいただきました。活字が2段組み〈あるいは3段組み)でぎっしり組み込まれた本。20名を超える執筆者、本当に面白そうな本ですが、残念ながらこの間は8月と9月に予定されている二つの報告準備に追われて読む時間はありませんでした。本来はこの本を読んでからの方が誤解や間違いもなくよいとは思うのですが、今日はリクールについて自分が思っていることを書いていこうと思います。
 リクールには晩学の人という側面があります。代表的著作である、『時間と物語』は70歳から72歳にかけての作品。さらには『記憶・忘却・歴史』を刊行したのは、87歳の時です。そうした晩年の作品であるという前提でこれらを読むと、さらにはこれらの書物のなかでは直接は触れられていませんが、奥さんが晩年アルツハイマーを患ったということを前提にして、記憶と忘却をテーマにした『記憶・忘却・歴史』を読むと〈そうした読み方は誤りであると専門的研究者からは批判されそうですが)、これらの本には興味深く読める点があります。
 とくに彼が時間を問題としたこと。もちろんハイデガーの議論を受けてのことですが、時間の問題はとりわけ晩年を迎えた人間にとっては、切実な問題です。時間の経過の中で、確実に自らの死が予測できるからです。「死」つまり「個人の記憶」の完全な消失。哲学的にはそこから二つの議論が生じます。一つは唯一絶対的な認識主体であった個人の死によって、時間もまた完全に消失するという考え。もう一つは、そうした認識主体の消失にも関わらず、時間は継続するという考えです。
 歴史という考えは後者に依存しています。つまり過去の無数の死〈それぞれの認識主体の消失〉にもかかわらず、時間は継続してきた。したがって消失した死者を、彼らを死に追いやった冷厳な時間の継続から救い出す、つまり現在的な不在を、継続した時間によって生じた現在の認識によって、有意味化してきたものが歴史です。そうした歴史を措定すれば、同じく時間の延長上にある未来における自己の不在を救済できるかもしれない、という期待です。
 しかし、この議論には大きな矛盾があります。時間が残酷さと希望という、まったく相対立するものの中で、捉えられているからです。現在の認識を支えるのは、個人であり、その個人は記憶は、時間の経過によって、死によって、あるいは忘却によって確実に失われていくからです。おそらくそうした問題が、記憶の脱個人化、つまり集合記憶論への着目を生み出し、その歴史との共同性や差異についての議論への関心をリクールの中に生み出しているのだと思います。しかし、ここにも個人と集団のそれぞれの認識に、本当にそのような親和姓が成り立つのかという矛盾があります。
 最初にも書きましたが、こうした問題を時間の経過による個人の記憶の終焉ということが現実の問題として感じられていた晩年に論じた、そうした著作としてリクールの著作は読むこともできます。
# by pastandhistories | 2016-08-19 11:27 | Trackback | Comments(0)

10月上旬

 前回の記事で予告した7月30日の会には随分と多くの人に集まってもらえました。議論内容でも問題がかなり明確に示されたところがあり、とくになぜ「言語論的転回を超えて」ということが現在の歴史研究で問題点となるのかについて、方向を示すことのできた会だと思います。本当はマトメ的な記事を書くべきでしょうが、その点に関してはもう少し議論を整理していずれ文章化するつもりです。
 この会で予告したように、プロジェクトの次の会はデュークからゲッティンゲン大学に移ったドミニク・ザクセンマイヤーを呼んでグローバルヒストリーをテーマに行う予定で準備を始めました。。コメンテイターの予定は中国社会科学院の張旭鵬、それから日本でのこの問題のパイオニア的人物である人です。それぞれすでに参加を了承してくれているので、いつも通りプロジェクト内の確認、事務手続き、広報活動というように作業を進めていく予定です。予定としては今回は基本的には10月8日〈土〉を予定していますが、会場の都合次第では7日〈金)になるかもしれません。
 個人的には今年の夏は随分とノンビリと過ごしています。8月21日からはオリンピックと入れ替わりで開催される国際歴史理論ネットワークの会合に参加するためにブラジルに行きます。予定としては250名ほどの参加者が、現在では予定されているとのことです。中南米の歴史研究者の多いようで、普段接することが少ないそうした人たちの話を聞くいい機会になりそうです。
# by pastandhistories | 2016-08-15 20:37 | Trackback | Comments(0)

7月30日

 タイトルにもあるように、今日は会のお知らせです。
日時は、7月30日〈土)13時半~17時。
場所は東洋大学白山キャンパス2号館16階のスカイホール。
企画内容は、長谷川貴彦さん、喜安朗さん、小野寺拓也さんを招いての、長谷川貴彦さんの近著『現代歴史学への展望―言語論的転回を超えて』の公開書評会です。
 この間の歴史研究の流れをきわめて明解に整理した、かつ本当にどこからでも議論できる研究状況の豊富な紹介を含んだ書物ですし、コメンテイターも論客に引き受けてもらえたので、かなり面白い会になるのではと思います。ここで名前は記しませんが、コメンテイター以外にもきちんとした議論をしてくれる人が参加の意思を伝えてくれているので、その点でも楽しみです。
 なお当日は場所や時間が許せば、会の終了後、歴史研究をめぐる色々な状況や、今年の今後の企画などについて、自由に議論ができればと考えています。この時期は大学の行事や他の研究会のいろいろな行事と本当にバッティングする時期ですが、もし関心があるようでしたら、ご参加ください。
  
# by pastandhistories | 2016-07-25 23:04 | Trackback | Comments(0)

プレセンスという問題

 ボーフムの会についての紹介は、色々なことを羅列的に書いているので伝わらないところがありそうです。逆に言えば、統一性を持たせようとしたけど、結局は拡散したというところが会での議論にはありました。最終日の総括的議論はそれぞれが自分の考えをはっきり述べてよかったのですが、ここでも枕詞的に使われたのはヘイドン・ホワイト。ホワイトの議論は相対主義に帰結するという批判は常に繰り返されているわけで、そのことを逆手にとって歴史叙述に関する統一的な方向性を模索したけど、逆に議論は拡散化した。ヒューマニティーズへの回帰を感じたと書いたのはそのためです。この辺りは本当に難しいことだけど、また折に触れて書いていこうと思います。
 今日はガラッと話を変えて、会でも問題となった「時間」の問題について少し書きます。historical time という言葉がある時期から盛んに使用されているように、「歴史」と「時間」の問題は、歴史をナラティヴとして叙述する際には、時間的推移との関連付けはきわめて重要な要素ですから、随分と議論されてきました。そのなかで出てきた問題は、昨日も書いたけど、時間の複層性、それから時間的距離の喪失、あるいは時間の遡行性という問題です。
 自分は歴史における時間の問題は、いわゆる歴史の科学的認識とは相いれないと考えています。たとえば、ブローデルの3区分、厳密な意味で決して科学的なものではないでしょう。多くの歴史の側からの時間についての説明は、叙述や認識にとって有用なものとしてもちいられているものです。しかし、時間が叙述にどのように組み入れられているのかは、とても重要な問題です。
 時々このブログではサブカルチャーとして扱われている分野の代表である漫画、その代表的作家である手塚治虫のことを取り上げていますが、手塚治虫は時間意識についても重要な問題を提起していました。そのなかで、過去と未来が現在に同時的にプレゼンスしているという問題を提示したのが、自ら代表的作品であるとした『火の鳥』です。この作品は「不死」をテーマとした作品として扱われがちですが、それ以上に重要なのは時間へのアプローチ。結局は未完に終わりましたが、人類の死滅という超未来から始まって、古代に戻り、また未来から時代を遡り、一方では現在に向かって過去から順次ストーリーが辿られているというこの作品の構造は、手塚治虫が「過去」と「未来」の現在における「同時的プレゼンス」というテーマから時間の問題を考えていたことを見事に示しています。さらに書き加えれば人々の意識になかでの時間の短縮という問題。これは『火の鳥・未来編』で描かれた暗黒な背景に星が点滅するというたった一枚の絵にふされた、「そして何十億年がたった」という言葉に端的に示されています。
 手塚治虫は単純に分類すれば近代主義者として捉えられがちです。しかし、こうした時間意識は彼が過去から現在への進歩、そしてその未来への延長という、順行的なクロノロジカルな流れとして時間を捉えていた近代のメタナラティヴとは大きく異なった立場に立とうとしていたことを示しています。そして彼が抱いていたそうした視点から歴史の問題を見ていくことは、とても重要なことだと自分は考えています。
# by pastandhistories | 2016-07-12 11:36 | Trackback | Comments(0)

歴史と物語

 前回の英語のタイトルを日本語にしただけのようなタイトルだけど、同じボーフムの会のことなのでそれでいいいでしょう。実は前回の続きのけっこう長い記事を宿で書いたけど、送信しようと思ったらネットが切れておシャカ。似たようなことが今回の発表にもあって、朝一番という役割を与えれたので30分前に会場に行き、入念にパワポの作動を確認したはずなの、発表を始めたらパワポが作動せず、担当の人がいろいろ試みたけど10分ほど動かず。時間が15分と言われていたので、焦ってしまい途中からは十分な発表とはなりませんでした。
 本来は事前にペーパーは全員にオンラインで配布されているので(すでに書いたように自分のところに来たのは7月2日)、発表は要旨だけでよいということだったのですが(そのためにパワポを用意しました)、かなりの人が自分の発表の準備でそれが難しく、悪いことに前夜がドイツが残っていたヨーロッパカップの準決勝。皆そちらを見ていたようです。最も準備した文章の内容はそれなりに自分では納得しているし、今回はそれぞれの発表に対するコメントを添えて、自分の書いた英文ペーパーを2点ほどは初対面だった各参加者に送ったので、自分の考え方はある程度伝えることができるのではと思います。さっそく何人かからは返答メールがありました。
 こうした方法は便利ですが、それに相手側の論文を付されているので読んで感想を送り返すのが大変。さらに今回は皆メールがプロフェッサー宛になっていることに妙に感心しました。ドイツならではということなのかもしれません。会場でもそうしたところがあり、普通はこうした会ではファーストネームで呼ばれていたので、奇妙な感じがします。こちらから送ったコメントにも記しましたが、刊行計画のある論文集への寄稿であり、またそれなりの準備期間があったようなので、それぞれの発表はまとまりのあるもの多かったのですが、歴史と物語というテーマをを論じるのなら、もう少し厳密な論理構成や比較内容がほしいと思わせるところがありました。
 たとえばドイツ赤軍派を例にとった分析では、その流れの叙述が、「テロリズム」、「クライム」、「人質」、「犠牲」といたメディア的表現をつなぎ合わせて説明されましたが、もともと物語論はテキストを構成する記号の恣意性を批判的に論じているわけで、ノーム・チョムスキーが「テロリズム」という言葉を例に批判的に論じているように、そうした個々の記号への分析がやはり必要なはずです〈最もこの報告は後半はパーソナルナラティヴによる事件の見直しの問題を指摘して、それなりに興味深い問題提起をしていました)。
 また何人かの人が触れた歴史教科書の比較(移民者への歴史知識を求めるための歴史テキストの比較というもの興味深いものもありました)は、これは国際歴史学会議のこうした問題を扱ったセッションの紹介でも触れましたが、発行時期の違いによる内容の違いを指摘するのだけなら、それはある意味では「コンテクスト」や「アプローチ」が変化したという自明の結論になってしまうわけです。むしろ同じ本の中で、同じ著者たちによって同じ時期に書かれたはずの叙述が、厳密に見ていくと地域や時期によって実はどのような差異があるのか、その根拠は何なのかということを論じることも必要ではと思うところがありました。
 また1960年代の運動を公民権運動というかたちで「成功」した物語の一部として捉えることにより、併存していたブラックパワーの運動がそうした物語からは排除されているとした興味深い発表もありました.。実はこうした問題は社会運動史評価にとっては基本的な問題として繰り返されてきた問題でもあるので、そうしたことへの理解もほしいと感じました。
 さらに物語的叙述にとtって基本的な問題である時間性の問題、もちろんこれは時間の複層性と、時間的距離の消滅、過去と未来の現在における同時的ブレセンスということから論じられることになりますが、この辺りも議論としては蓄積のあるところです。
 また会では何人かが物語分析を、その構造や個々の要素の系列的関係を図表化することをとおして試みました。これもまた近年は多くの学問分野で、文芸理論ばかりでなく、政治学や社会学でもとられている方法です。しかし、それがどのような論理的厳密さを持つかは、なお多くの議論の余地があります。戯画化して申し訳ないのですが、最近では自分の名前をネットで検索すると「スパイシー」とされる図表に出会います。これは笑えるほど楽しい。コンピューターのオートノマス作業なのでしょうが、相関図表というものが必ずしもの信用に足らない一例です。もちろん学問的世界での試みはこれほどいい加減ではないでしょうが、それでも図表をとおしての相関関係、系列関係の提示を、緻密なかたちで行うのは本当はかなり難しい作業です。
 いずれにせよ、テーマのためだとは思いますが、三日間の議論で感じたことは、歴史が Humanities の一部として議論されるという流れです。ヘイドン・ホワイトはそのことを論じて近代歴史叙述・歴史学を批判したわけで、歴史が Humanities の一部であることを認めるなら、ホワイトの議論は正しかったことになります。前回も書いたけど、厳密な物語分析を行い、たとえ物語構造を持つものであってもそうした作業をふまえた緻密な歴史叙述をすれば、現在の歴史の危機は克服できるのではということなのですが、その作業はそれほど簡単なことではないでしょう。
# by pastandhistories | 2016-07-11 22:21 | Trackback | Comments(0)

Historical Narrative

 ボーフムでの会は二日目が終わりました。例によって発表は頼まれたけど、正確な会の意図はあまり伝えられていなかったのですが、会のタイトルは Analysing Historical Narrative: Theory and Practice というもの。シュテファンとクリス・ロレンツ、それから Nicola Brauch, Joanna Seiffert という4人の研究者によって組織されたものです。
 まだ一日を残しているけど、内容はタイトルにかなり忠実、すでにぺーパ-がオンライン上にあげられているものを含めて簡単に紹介すると、歴史(実際の個別的歴史叙述、具体的には歴史教育や歴史小説、あるいは個別的問題についての叙述)に、物語的な枠組みがどのように用いられているのかを、物語論をふまえて議論していこうというものです。何人かの年輩者(さすがに経験的なものもあって、報告内容は安定しています)も参加しているけど、基本的には30代ー40代の中堅・若手研究者が中心(物語論を応用した分析となると歴史研究者の年はどうしても若くなります、もちろん本来は文学研究者、メディア論という人もいるようです)、個別的なテーマを素材に上述のような視点からの報告が行われています。具体的には、ドイツとイタリアの歴史教科書におけるペルシャ戦争の叙述、フランスの教科書におけるシーザー、中世の歴史小説が広く受けられていることを踏まえた時間的意識の短縮論(時間的意識の短縮が統合的な歴史意識に重要な役割を果たしていることは、このブログでも何度か紹介・議論したことがあります)、イギリスへの移住者受入れテスト用の歴史教材の内容の変化の分析、さらには『ニュー・ブレーブ・ワールド』を素材とした未来論(こうした問題も安部公房を素材に自著で論じたことがあります)、ドイツ赤軍派の叙述のされかた、それからアメリカにおける公民権運動の叙述をブラックパワー的視点からの理解と比較した発表、さらには日本からは世界史教科書の時代的比較、といったものがその内容です。さらにはこれはまだ読んでいないけど(聞いてもいない)、シークや南米の独立についてのナラティヴについての発表が今日あります。それにグローバルヒストリー論や、時間論といった理論的問題も含まれています。自分は言語とオーディアンスの問題を中心に、歴史の科学性とナショナリティの問題を論じました。
 組織者の力量もあって、かつ以前からかなり準備が進んでいるということもあって、発表のレベルはそれなりに安定しているし、面白く聞けるものが多いけど、やなり一つ抜け出した印象があったのは、このブログで何度か紹介したことのあるウルフ・カンシュタイナーです。「歴史と映画」論もこれから盛んになっていけば、あるいはすでにIAMHISTについての紹介で書いたように、すでに制作された映画は膨大だから、無限の批評的議論が生み出されてしまう。その意味では(日本の)大学の文学研究と同じです。しかし、歴史家が「歴史」を種にそれを論じても、映画批評というのは十分に蓄積のある領域なので、それとのレベルの差が出てしまう(歴史家自体はあまり意識しないけど)。カンシュタイナーの議論はそうしたことを前提としながらも、本来は歴史叙述の限界性を指摘した物語論を逆手にとって、厳密な理論的意識に支えられた緻密な物語的構造を歴史叙述に用いていけば、物語論が登場した以降の歴史の隘路を切り開いていく可能性があるのではというものです。というよりそうしたことがシュテファンをはじめとした今回の組織者の意図でもあるようです。
 たしかに大事な発想ですし、そうした可能性を探ることはかなり重要な感じがします(日本でもこれからはやるかもしれません)。しかし、文芸批評にはきわめて大きな独自の歴史的蓄積があります。物語論もそうしたなかで論じられているものです。それを歴史に対する批判的言説を形成するために用いたところにヘイドン・ホワイトのアイディアの秀逸さがあったわけですが、それを歴史に対してポジティヴに用いていくためには、歴史研究者の側にかなりの努力と能力を必要とするはずです。
 報告の多くもそうした問題に踏み込もうとして、文体構造や時間性、あるいは枠組形成の問題といった理論的問題を組み込む努力をしていましたが、この問題は本当に難しい。しかし、そのことが真剣に議論されて、その難しさが分かったことが(単なる論文集を作るのなら、それは簡単な作業だけど)今回の大きな収穫でした。
 でも収穫といえば、二日目のディナーで席がシュテファン、それから北京社会科学院から参加した Xupeng Zhang, そして Lucian Holscher という人と一緒になったことです。この Lucian(1948年生まれ)はコゼレクの弟子、3時間以上話しましたが半分は個人的なことを含めてコゼレクの話で、本当に面白く聞けました。実はある人からコゼレクを翻訳するという計画を立てようという話をされていますが、その点でも参考になりました。

# by pastandhistories | 2016-07-09 13:34 | Trackback | Comments(0)

蚊との共生

 日程のバッティングに加えて、最初に会場を間違えてしまい(同じゲントでのINTHは大学での開催だったけど、今回は別の場所だった)WHA(世界史学会)への参加は最終日の一日にとどまってしまいました。それも最後は総会的な会合とレセプションが中心で、参加できたセッションは National Identities Reconsidered というもの。ここではロマニ、クルド、そしてハイティ革命についての報告がありました。対象とされた事例からもわかるように、nation をいわゆる近代国民国家の枠を作ったものとは別の視点からとらえた報告です。この事例からもわかるように、プログラムをみると、南米、東南アジア、アフリカ、中東についてのケーススタディーズが多く、「世界史」の対象とするものが日本での関心とはかなり異なること、また日本ではこれらの領域研究で歴史教員として就職することはかなり困難だけど、アメリカではそうではないということを感じさせられました。こうした地域研究とともに、プログラムとみるとグローバルヒストリー論を意識したうえでのワールドヒストリー論を作り出そうということがいろいろ試みられていた感じです。 
 もともとこの会は基本的にはアメリカの世界史教育者を中心としたもの。したがって最初は大会も初期にはアメリカで行われていたわけですが、それを広げるために今回のヨーロッパ開催ということになったようです。しかし、ここでも紹介したことのある北京で行われた時の大会参加者やAWHA関連の参加者はほとんど姿がなく、これもまたここで紹介したENIUGH関連の参加者はほとんどありませんでした。国際学会同士の相互協力は必ずしも円滑ではないのでしょう。もっともここでもキースピーカーはスヴェン・ベッカート。前半で帰ったらしく会えませんでしたが、こうした領域ではどこからも第一人者として評価されているということなのだと思います。
 こんな感じで、今回のWHAに関しては報告らしいことをきちんと書けないで申し訳ないところがあります。今日は日程の上では1日空白ですが、ボーフムの会の発表原稿が2日にいちどきに11本、それから追加が1本送られてきて、、以前にすでに入手しているものが何本かということで、それを今日中に読み終えなければなりません(会は明日午後から)。ホテル(というより民宿で滞在者は4人、これが定員のようです)の部屋は広く居心地はいいのですが、なぜか蚊が一匹。時々食事の時間になるようです。南米だったら大変ですが、まあ少しくらいはよいだろうということで蚊と共生しながら過ごしています。ほかの生命体との共生というのも、エコロジカルな視点からの最近の歴史学の一つのテーマなわけですから。
 

# by pastandhistories | 2016-07-06 14:18 | Trackback | Comments(0)

議論の進め方

 昨日がロンドンでの集まりの最終日。三つのセッションに出ました。最初は、the Politics of Doing History Online という会です。予想外に参加者は少なかったけれど、昨日の記事に書いたことと基本的には重複した内容。ここでは Broddie Woddell という人がかなり整理された話をしました。デジタル化は、一部の研究者を特権化している、また優先的にデジタル化されるものは、基本的には議会文書や公的資料、あるいは大メディア、さらには手稿であってもたとえば有名政治家や偉人のものがまずはデジタル化されているという意味で、今までの歴史研究以上に偏った部分もある、しかし、その一方では普通の人々を自らについての情報をオンライン化している。そうしたものを利用すれば、歴史を変えることができるかもしれないというのがその内容でした。 
 次は「グローバルなラディカリズムへのロンドンの影響」という会に出ました。このセッションでの報告は、19世紀半ばのロンドンでの亡命者の活動、あるいは19世紀末のドイツの新聞でそれがどう報道されていたのかという個別的な研究という内容。今回の会は昼休みの時間がとられていないので休む暇なく、ホールで行われた歌とデモのパフォーマンスに見に行きましたが、これは楽しめました。内容は二つ、一つはチャーティストの詩についての著書があるマイケル・ソウンダーズがチャーティスト運動の経緯を説明し、それに合わせてそれぞれの時期の詩を歌手が曲をつけて歌うというものです。厳密には音符が残されているわけではないので、曲づけや参考とされたと思われる hymns などに合わされて歌われました。「音」として当時の内容を伝えようという試みです。さらに面白かったのは、デモのパフォ-マンス。楽隊を中心に、女性や子供が参加した行進。過去のパフォーマティヴな representation です。こうした問題はチャーティスト運動研究について最近書いた紹介でも触れてありますが、ある意味では当然の歴史へのアプローチです。
 最後は総括的な集会。まずは会にかかわるツイッターが映し出され、それをもとにアリスン・ライトが司会進行役を務めました。ツイッターはフリーアクセスなわけですが、会の進行も基本的にはそうしたもの。誰もが自由に発言し、声の大きな人が繰り返し発言することを避けるという形で議論は進行しました。当然大学に籍のある研究者ではない人も同等の発言権。内容的には History Workshop が目指しているものを実現するにはむしろ大きな困難があることを感じさせましたが、しかしその解決は、平等な議論の場を提供すること以外からは生じないという発足以来の強い信念を感じさせるところがありました。

# by pastandhistories | 2016-07-04 13:26 | Trackback | Comments(0)

歴史研究の競争的独占

 History Workshop の会合は二日目を終えました。今回この会合に参加して感じたことの一つは、予想通り Alternatives の喪失、あるいはそれが明確には見えにくくなったことをどう考えていくのかという問題。 社会全体や、政治について、そして歴史研究についても(前者についてそうした問題があるから、後者についても同じ問題が生じているということだと思うのですが)、そのことが議論されています。困難な課題ですが、少なくともそうした議論が幅広い人々を交えた場で議論されていることには救いがあります。
 もう一つは、これは意外だったけど、デジタル化への批判がかなり議論されていること。会場では History Workshop Journal のバックナンバーを無料で入手することができ、これはオンライン化に伴って紙媒体が役割を喪失しつつあることを反映したものです。その意味ではオンライン化には歴史研究へのアプローチを容易化する面もあるわけで、そのことへの批判が少なくなかったのは、随分と意外でした。
 批判の一つの根拠は、デジタル化による歴史研究の過度の専門化が History Workshop が目指してきた歴史研究の民主化とは逆行するものではないのかという疑問です。たとえば一部の大学や研究機関において進められている商業化されたデジタル史料の独占化は、一部の人にしかアクセスできない歴史研究を生み出している。そのことには大きな問題があるのではという批判です。
 でも史料の独占化というのは、よく考えてみると昔からあった問題。あるいは今でも別のかたちで生じている問題です。たとえば西洋史研究の場合、一部の「エリート」的研究者が海外研究の機会を与えられ、そのことをとおして他人はアクセスできない史料を独占し、「業績」を作り出し、「地位」を築いてきました。しかし、このことは自分たちが批判しているふりをした資本主義の持つメカニズム(独占化への競争)と質的には極めて似通ったもの。競争者さらには一般の人々を同等の地位には立たせないという点できわめて非民主的なものです。場は異なりますが、そうした研究のあり方への批判から形成された History Workshop の参加者が(その中には多くの専門的研究者ではない人たちがいます、今回もそうした人々からの発言が行われています)デジタル化に流れにそうしたにおいをかぎとっているということなのだと思います。 
 なんとなくデジタル化への流れを当然だと考えていた自分にとっては、今回の non academic career の人を交えた会でこうした議論を聞いたのは大変参考になりました。「歴史」がナショナリズムと結合するものであることは随分と議論されてきたけど、実は「歴史研究」には資本主義のメカニズムと、あるいはエリート主義的な統治システムと一体性を持つものがあったということへの自覚もまた必要だということを今回改めて感じさせられました。 History Workshop の運動は、歴史研究のそうした側面への批判から生じ、現在もなお継続している運動だということです。

# by pastandhistories | 2016-07-03 13:32 | Trackback | Comments(0)

radical histories /histories of Radicalism

昨晩ロンドンに着いて、ロンドン滞在の二日目を終えました。今回のロンドン滞在は、タイトルにある会議に参加するため。ヒストリーが複数形になっている。それはこのブログの英文タイトルと同じです。会のサブタイトルは、A Major Conference & Public History Festival というもので、自分が編著のサブタイトルにもちいたパブリックヒストリーという言葉も使用されています。こうしたタイトルにも示されているように、ラディカリズム、ヒストリーズ、パブリックヒストリーは結び合わされて使用されることのある言葉です。
 実は集会の母体はHistory Workshop Movement。今年がHistory Workshop Journal 刊行40年、ラファエル・サミュエル没後20年ということで、かなり力を入れたらしく、200人以上の参加者。イギリス以外からも、ジェフ・イリー、ジュディス・ヴァルコヴィッチ、エリック・フォーナー、それから自分の知っている名としてはエフィ・ガツィが姿を見せています。
 場所はクイーン・メアリー・コレッジ。地下鉄マイル・エンドから徒歩ですが、そこから近道をして校内に入ったのが大間違い。会場にいる何人かの人に聞いても参加登録の場所が皆わからない。いずれも近道をしたため。あれやこれやで午前のセッション、午後の最初のセッションが終わって、別の建物での会に参加しようとしたら、そこが参加登録の場所。そこで詳細なプログラムを入手。やっと会に参加している気分になりました。
 結局は朝9時半から夜8時まで、ぶっとおしで6つのパネルに参加しました。自分にとって一番役立ったのは、Radical London というパネル。ソホのエクレクティク・ホールを扱ったSarah Wise という人の報告が実質的には1848年以降のブロンテール・オブライエンの活動を論じたものだったからです。紹介はindependent scholar。ヒストリーワークショップの会合ならです。 最後の総括的なパネルでの議論も参考となるところがありました。歴史を批判的、急進的な視点から構築しようとしてきた努力が、現在ではどのような状況にあるのかが率直に議論されたからです。
 参加していた日本人は初日を見る限りは自分ともう一人。この人が会の内容を日本で紹介する予定があるということなので、これまでのように個別的内容をここでは紹介しません。しかし、残念だったのはやはり日本からの参加者がほかになかったこと。開催場所はロンドンだし、ヒストリーワークショップは、大学での歴史研究に対する批判として重要なもの。なんといってもジェンダーやエスニシティ、さらには歴史のかたちや場の問題を継続的に論じ続けている試みであって、そうしたものへの関心がこれだけ増加した海外滞在中の日本研究者の関心の対象外にあることは残念です。

# by pastandhistories | 2016-07-02 15:49 | Trackback | Comments(0)

7月30日

 今予定通りロンドンです。出発前にある程度内容を固めなければいかないということで少し準備作業が大変でしたが、予定していた月末の会は7月30日(土)ということでほぼ内容が固まりました。取り上げるのは長谷川貴彦さんの新著『現代歴史学への展望ー言語論的転回を超えて」(岩波書店)、長谷川さん他、喜安朗さん、小野寺拓也さんに評者として参加してもらえることになりました。日程がやはりバッティングが多い時なのでそれが残念ですが、内容的には期待できるので多くの人が参加してもらえればと思います。
 またこれもここで書いてよいのではと思いますが、ヘイドン・ホワイトの著作や論文についていくつかの計画が現在進捗しています(『メタヒストリー』とは別の話です)。また近くラトリッジからヘイドンホワイト論(論文集)を出版する予定のカレ・ピヒライネンが今日本に滞在中なので、彼や関係者を招いて会をしたいと考えていますが、やはりヘイドン・ホワイト論となると準備が必要なので、それは秋くらいになるのではと思います。

# by pastandhistories | 2016-07-01 16:33 | Trackback | Comments(0)

デジタル化とその後

 前々回も書きましたが、今回のチャーティスト研究集会の焦点の一つはやはりデジタル化への対応。たぶん最近はどの個別テーマに関する会でも似たり寄ったりでしょうか、話題の一つはどの史料がどこまでデジタル化されたかということ。休み時間でももっぱらその情報交換をしているという部分もありました。
 しかし、問題はデジタル化のその後の問題。それを一方で今回の会では感じさせられました。たとえば前々回紹介したケート・ボウワンのマルセイエーズに関する研究では、『ノーザンスター』への登場回数が取り上げられましたが(初期はきわめて少なかったけど、1848年前後に増加した)、そもそも記事がほとんどなかったのなら、重要ではなかった、というより「重要ではなかったという発見があった」、ということになるかもしれないけれど、当然それ以外の歌はどの程度取り上げられていたのかという質問が出ることになります(この点について、ボウワンは論文で紹介したように、きちんとしたアプローチをしています)。それ以上にフランス革命全体や個々の事実がどいうように扱われていたのかというより大きな問題をきちんとした議論をすることのほうが、より大きなテーマで、そうした前提や問題意識を欠いたl「検索」研究では、似たような研究が量的に増大していけば、やがては「研究ノート」のレベルにも達しないと扱われるだろうという気がします。
 自分は地方史的研究にそれほど否定的ではありませんが、入手が遅れていて会場で入手した実質的には(会でもそうでしたが)現在のチャーティスト運動のもっとも中心的な研究者の一人であるマルコム・チェイズの論文集(The Chartists: Perspectives & Legacies, 2015・・・本のタイトルがなぜChartism ではなく、Chartists なのか、チャーティズムは崩壊したけど、チャーティストは存続しつづけた、という考えからもとられているようです。p.106)を眺めると、意外なほど一時期盛んになった地方史には批判的で、その後退に対してはむしろ肯定的なニュアンスも記されています。
 デジタル化を利用した地方史的研究ははある意味では日本の研究者にも現在では取り組みやすいものですが、その前提としてそうした研究をとおして何を議論しようとしているのかということに説得力がないと、やがてはより大きな研究の流れからは逆に取り残されてしまうかもしれません。
# by pastandhistories | 2016-06-18 11:02 | Trackback | Comments(0)

ツーリストインダストリー

 今マンチェスターをへてリトアニアです。これまで海外出張では研究費からの出費ということで、観光をしたことはなかったけど、今回は自費ということで、観光をしています。おとといはトロイカ城へ。かなり復元が進んでいて、当然のように内部が観光客向けの博物館になっている。城全体もそうだけど、復元やレプリカをそれらしく見せかけるために、少し古びたもののようにしています(でもこれは奇妙、その当時なままということなら新しかったのだから、新しいもので構わない。古びたもののように見せかけるのは、「現在」が作り出しているイメージで、過去そのものではないはずです)。
 かなり日本からは来にくいし、それほど知られてはいないだろうけど、ここにも日本からの団体客がありました。とにかく、政府が産業の一つとして力を入れているらしく、それなりに外来者の興味に応えてくれるようになっていて、日本人にも好評のようです。でもこうして「観光」をしていると、あらためて歴史は「ツーリストインダストリー」の一つでもあるということを感じさせられます。最近は理論的な国際学会(たとえば文化史のような学会)に行っても、その点を強調する報告が少なくない。自分の中では歴史をどうしてもイデオロギー的に理解する(たとえばナショナリズムとの関連から)という関心の持ち方があって意外感があったけど、海外からの観光旅行者という立場に立ってみると、そうした関心のあり方がそれほどおかしなものでないことに気づかされます。
 「記憶の場」とかコメモレーションということが一時期ずいぶんと議論されたけど、異国からの観光者という立場に立つと、これとは少し異なる問題も歴史にはあるということなのでしょう。
# by pastandhistories | 2016-06-16 13:29 | Trackback | Comments(0)

チャーティズムデイ

 いまマンチェスターです。今回の渡欧の最大の目的だったチャーティスト運動の研究者の集まり(チャーティズムデイ)は昨日終わりました。この回は最初は連続的に出ていたのですが、ワンディ・コンフランスでかつ学期中に開催されることが多く、歴史理論をめぐる海外学会への参加に重点を移してから足が遠のいていました。今回はチャーティスト運動史をめぐる新しい文章を書いたこともあり、その内容確認を含めて参加しました。
 参加には十分成果がありました。まずは、プロザロをはじめ、ポール・ピカリング、マルコム・チェイズ、ロバート・プール、ジョン・ベルチェムなどの旧知の研究者に会えたことです。また会の内容も参加した意味を感じることができました。今回書いた文章でも触れましたが、それぞれの報告で、つねに問題となったのは、デジタル化の流れをどのように研究に取り入れていくかということです。報告の内容そのものは、チャーティスト運動と宗教の関係、禁酒運動との関係、というテーマに始まって、『共産党宣言』の英訳者であるヘレン・マクファーレン論、それからこれは意外だったけどパーマーの「大西洋革命論」からの運動の国際的位置づけの試み、「マルセイエーズ」がチャーティスト運動の中でどういう位置を占めたのかという問題、チャーティスト運動とアイルランド合同撤廃運動の関係をめぐる議論の見直し、チャーティスト運動の中国論とオーストラリアにおける中国人排斥との関係、そして最後はタイトルは「チャーティスト運動における空間と場所の意味」というものですが、実際には研究のデジタル化の全体的な方向性と、具体的なアプローチの提示、といったものでした。
 それぞれおもしろかったのですが、議論が盛り上がったのは後半の4本、「マルセイエーズ」論は、今回の文章でも紹介していますが運動のおける音や音楽の役割に着目しているケート・ボウワンによるもの。やや検索機能に頼った部分もあり、もっと対象を広げるべきだろうという批判も当然出たけど、問題設定としては評価してよいものだと感じました。マシュー・ロバーツによる合同撤廃運動との(あるいはアイルランド人との関係)関係についての報告も従来比較的見られがちだった図式的整理を超えた問題設定があり、説得的なもの。ピカリングの報告は、チャーティスト運動の諸要求が世界的には早く実現したオーストラリアで、そうした民主主義の制度化が人種排斥と結合したことを論じたもの、民主主義の二面性をめぐる原則的な議論でそれはどこについても論じられるのではという質問が当然のように出たけど、それを一般論としてではなく具体的に論じた彼らしいものでした。
 でもやはりもっとも現在的な報告だったのは、カトリーナ・ナヴィクタスが行った最後の報告。デジタル史料とその分析技術を駆使したもので、これは確実に今後に大きな影響を与えるだろうと感じさせました。盛りだくさんの内容でここで簡単には紹介しにくいけど、たとえば集会場所の密度とか、デモの行進経路、指導者の巡歴コースなどを検索機能を利用してマップ化していく、ただそうした技術的な内容だけではなく、それらをとおして空間や場所の象徴性を説明することも可能だとするもので、高い意欲を感じさせました。最後の研究成果の3D化の可能性について、その一例を示したけど、この問題はおそらくは歴史と映像の問題とのかかわりからこれから十分議論となりうるものでしょう。
 会の終了後は駅へのタクシーを探していたら『ヘレン・マクファーレン』論を書いたブラックとあって一緒にタクシーで駅へ、そこで今度は Our History の執筆者であったジョン・バクスターに会い一緒の電車に乗ることになりましたが、待っている間に一方的に話をまくしたれられることになりました。でも彼は好人物ですね。
 最後になりますが、この文章と多少関係する「チャーティスト運動の物語り方、分析の仕方」という文章が出発の直前に刊行されました。自分はそれほど積極的に抜き刷りを送りませんので、関心のある人にはお送りしますのでtsyokmt@hotmail.comに連絡してください。送料はこちらが負担ですが、署名は基本的にはしない主義です。もっとも今回はたまたまもっていたん抜き刷りをピかリングに手渡したら、署名を求められ当惑したのですが。

# by pastandhistories | 2016-06-12 14:41 | Trackback | Comments(0)

現状と予定

またしばらく休んでいました。時間をとられていた英文原稿の方は5月末の締切どうりに完成しました。最初の注文は「歴史と科学」について書いてほしいというかなり大きなものだったのですが、さらに日本における「歴史の物語論」について具体的な例示がほしいというトンデモ注文が入りました。自分の能力をはるかに超えたもの。折悪しく研究室からもちかえった本はまだ整理が全然進んでいないということで難渋していますが、なんとか見通しがつきつつあります。何度か書いてきたように「日本では」という枕詞をつけることは好きではないのですが、やはりそうしたことへの関心があることも否定できない事実です。しかし、これも何度も書いてきたようにy、そうした内容を横文字で書くときは、きちんとした理論的な問題を立てることが一番大事なことです。そうでないと、「日本では」という「自分の庭」での議論におちいってしまう。というより逃げ込んでしまう。逆に相手の庭に受け入れてもらうだけでもダメ。そのあたりが英文で文章を書く時の一番の課題です。
 ということの毎日なのですが、9日からイギリスとリトアニアに行きます。イギリスはチャ―ティズムデイというワンデイコンフェランスに参加するため。中心的な研究者もだいぶ入れ替わっているので、そうした人たちと会うのが合うのが楽しみです。後半はまったくの私用。費用はすべて自分持ち、時間を自分で使えるので、その点も楽しみです。 
 このブログはあくまでも研究上のヒントを提示するためのものですが、忙しくなるとどうしてもスケジュールの告知を書くことがあります。今日の記事もそうしたもの。今回は17日に帰国しますが、また30日から海外となります。主たる用事は今書いているペーパーの発表ですが、それに合わせていくつかの会に参加するためです。そうした会を利用して今年も多少の予算がある招聘プロジェクトのプラニングを具体化していくつもりです。さしあたっては夏休みに入る前に会を開催できたらと考えています。具体化するためには、メンバー間の合意をはじめいろいろな準備作業が必要で、いちおう日程的には7月30、31日くらいの日程が予定できればと考えています。バッテイングが多そうですが、関心のある人は日程を開けておいてください。
# by pastandhistories | 2016-06-07 11:35 | Trackback | Comments(0)

落語家の目線

 アクセスしてくれる人も多いようなので、それに合わせて書きたいのですが、今日もまたこれから英語での文章書きなので、余談的なことを簡単に書きます。
 山田洋次監督(学生時代は東大歴研に所属していたようですが)は落語への関心が強いことで知らています。たぶん台本も書いているのではと思います。ということで、初期の作品には出演者として落語家をもちいるという試みもしていました。しかし、それはあまりうまくいかなかった。その理由は、目線です。いつも高座の上から、位置としては低い場所にいる観客に語りかける。舞台俳優なら同じように観客に対しては高い位置にいても、共演者に対しては同じ目線で話す。しかし、落語家は一人語りですから、対話者〈観客)に対しては上から目線になってしまう。そうした目の使い方が、ある時にはやや高慢な、しかし喜劇を演じさせようとするとかえって卑屈な表情となって、映画、とりわけ喜劇映画の画面にマッチしなくなってしまうからです。
 随分と古い話になって申し訳ないのですが、テレビの初期にNHKで『お笑い三人組』という公開番組がありました。出演者は当時の若手の落語家、講談師、物まね演者です。いずれも高座にでていた人たちです。最後に三人が揃って舞台に登場するのですが、自分の記憶では目線が上に上がっていて、そのことに大きな印象があります。たぶんカメラを上に設置していて、そこを見るようにとの指示が出されたいたためではと思います。そうした工夫のせいか、この番組は視聴者と目線の高さが一致していて、視聴率も獲得していたようです。
 教員や研究者という立場をずっと続けていていつも感じていたのは、こうした目線の問題です。研究者の質は目線でわかるところがあります。相手と同じ立場に自分を置いているのか、そこで議論しようとしているのか、そのことはとても大事だと自分は考えています。
# by pastandhistories | 2016-05-23 09:43 | Trackback | Comments(0)

people's history

 今日は西洋史学会二日目。原稿書きが予定されていて、最初は参加する予定はなかったのですが、起床が早く午前中に少し書けたので、午後からグローバリゼーションと歴史」についてのシンポに参加しました。最初は入り口近くの後ろにいたのですが、そこである人に会ったら一番前に座ろうというのでそこに着席。普段はこうした会で発言することはないのですが、ついでなので質問しました。多分西洋史学会での発言は長い研究生活で初めて。質問しようと思ったのは、報告それぞれに興味の重なるところがあったから。でも慣れないことなので、議論が広がりすぎて会場に迷惑をかけたかもしれません。
 帰ってきてブログを開けたら普段より多いアクセス数。何かイヴェントがあると関連したコメントがあるのではと、アクセスする人がいるようです。会場でいろいろ考えたことはあるけどそれはいずれとして、往復の電車でした校正の内容が、多少今日自分が話したいと思ったことと関連するので、今日はそのことを書いておきます。内容はタイトル通り、people's history。なぜそのことを書くのかというと、今日の報告は最近はやりつつある史学史に分類されるものですが、それは専門的研究者・知識人が作りだした歴史、つまり intellectual history です。もちろんそれは歴史の様々なかたちの一つに過ぎません。
 対して people's history は、history of the people ではなくて、人々自身が作り出していた歴史です。これに関しては、今日往復の電車で再校をした文章でも紹介することになりますが、ロバート・ホールという人がChartist Legacy (1999) に掲載された 'Creating a People's History' という論文で示唆することの多い議論をしています。
 ホールによれば、19世紀前半の民衆世界にももちろん歴史はあった。しかし、その歴史は現在のものとは大きく異なって、オーラルなもの、パフォーマティヴなものによって伝えられていたものでもあった。なぜなら、識字率がそれほど高くない以上、人々の間にある歴史はそうした要素を多く含んでいたからです。そののち近代国民国家の形成と共に歴史が制度化されていくにつれ歴史は知的な社会層に委ねられ、そのなかの一部の人々が 「民衆史」を語り、学問的世界にもそうした言葉が使用されるようになるけど、それはかつてのpeople's history とは異なるものであるというのが、ホールの議論です。
 この議論にあるように、語り手、語られ方〈というより伝えられ方)の差異によって、歴史とされるものは大きく異なります。Intellectual history としての史学史への関心はそれ自体としては否定される必要はありませんが、そうした関心が自己回帰的なものになりがちだという留保は、常に必要だと自分は考えています。
# by pastandhistories | 2016-05-22 22:19 | Trackback | Comments(0)

時の流れ

 にわかに舞い込んだ英文文章の作成に、とにかく追われています。6000語程度、昨日の段階で3000語を少し超えました。日本語で書くのと比較すると労の多い作業ですが、自分にとって役に立つところもあります。それはやはり想定されるオーディアンスが広がるということです。より幅広い読者に理解してもらうためには、どのような論理構成が(事実の提示ではなく)必要かということを考える必要が生じるからです。
 英文で文章を書くさいに〈英文のペーパーを読むときもそうですが)陥りがちなのは、事実の提示に終わってしまうこと。とくにそれに「日本では」という枕詞を付してしまうことです。そうなると、「事実」は個々に異なるけど、論理的には共通するものがある、ということで議論がそこで終わってしまう。むしろ重要なことは、読み手や聞き手が理解することのできる、論理的な新しさや問題提起ができるかです。そのことを意識すれば、どのようなことを論じるべきかについて、質の異なるアイディアを生み出すことができます。
 普段日本語で書いているとき、想定されている読み手や聞き手は、事実についてはすでにある程度の共通の認識のある人々です。そうした人々に対する議論で重要なことは、すでに共通認識化している事実の提示ではなく、論理的な新しさや問題提起です。そうした新しい論点に、想定される読み手や聞き手をさらに広げると気づくことがあります。
 話は少し異なりますが、昨晩西洋史学会のプログラムを見ていたら日曜日の夜には若手研究者による「海外での学位取得から出版へ」というディスカッションがあるようです。一言でいえば、(より権威のあるものへの)同化による〈従来の研究との)差別化、assimilation による differentiation です。当然の時の流れです。しかし、その場合、そうした研究のオーディアンスはどのようなものとして設定されているのでしょうか。どのくらいの広がりがあるのでしょうか。
# by pastandhistories | 2016-05-19 08:38 | Trackback | Comments(0)

international middle class

このブログは日本語で書かれている。つまり日本語の読める読者を想定しています。議論している内容やネットがもつ特性を考えれば、もちろんそれもまた限定的な意味しかないけれど、英語で書いた方がより読者は広がる。しかし、そうした場合文章チェックを含めてかなり時間が必要になってしまうとことになりそうです。実際に今月はにわかに舞い込んできた5月末まで英文6000語という仕事に追われていて、本の整理を含めて他の仕事が中断気味。仕方なく以前忙しくてノートとりを途中でやめた欧文文献(数十冊になります)のノート取りをしながら、新しい本を読み始めるという作業をしています。
 もっとも日本語で書いていても、本当にごく少数ですが、このブログを自分で、あるいは日本語を読める人の援助を受けながら、時々読んでくれている海外の研究者もいるようです。セバスチャン・コンラートがその一人かはわかりませんが、今日は以前ロンドンで購入したことを紹介した彼の新著 What is Global History? について記します。多分この本は翻訳が出るかもしれません。コンラートの知名度も日本では上がってきていますし、何と言ってもタイトル。翻訳出版の企画がこれほど立てやすい本はないでしょう。
 しかし、正直厳しく言うと、コンラートの議論にはそういうところがありますが、少し整理しすぎ。断定的ではなく問題提起的な配慮もありますが、第一に、第二に、第三にというような議論が目立つところがあって、そこまで議論を整理してしまっていいのだろうかと思うところがあります。この本が翻訳された場合、そうした図式化が日本の研究者に安易に援用されてしまうとすると、そのことについては少し心配があります。もちろん随所に彼らしいシャープな議論の立て方があって、興味深く読めるところも少なくありません。
 その一つが歴史家が歴史がグローバル化されつつある現在どのような読者〈コンラートはオーディアンスではなく、パブリックという言葉を使用しています)を対象としているかという部分(p.209)。そのまま英文を引用すると、 historians today are nevertheless accountable to a larger public, and in most places, this public is now implicated in broader global trend more than ever before. Potential readers, ranging from students to the educated public, experience their quotidian lives as increasingly globalized. For this group, the international middle classes that control high concentrations of financial, but also social and intellectual capital, transnational and global perspectives make a lot of sense という部分です。
 ここで論じられていることは、歴史家が現在その説明の義務を負っているのは、学生や教育を受けた人々、経済的なものだけでなく、知的な社会的な資本の高度な集中を統御しているインタ-ナショナルミドルクラスであるということだと思いますが(少し硬い訳ですが)、たしかにそうしたインターナショナルミドルクラスが集まり、相互に議論し合っているというように感じることが国際会議に参加すると感じることがあります。もちろん歴史がそうした「限定された」「狭い」「特権的な」人々を対象するものであることはおかしい。歴史はより広い空間に投げ出されるべきですが、しかしそれが wider nationalistic audience にとどまっていることはさらに批判されるべき問題です。もちろんコンラートもミドルクラスに限定されない、また本の随所で言及されているヨーロッパ中心主義に限定されないものとして将来のグローバルな歴史のあり方を構想していて、そのためにも現状を批判するためにこの言葉をもちいているのだとは思うのですが。
# by pastandhistories | 2016-05-13 06:38 | Trackback | Comments(0)

事実と偶然性

 昨日 Doing History という本について書いたので、今日はそれを少し補足しておきます。著者の一人である Mark Donnelly が1960年代もまた関心の対象ともしているということを書きましたが、この時期の、1960年代後半から1970年代はじめにかけてのいわゆる学生反乱(参加したのは学生だけではなく、同調的な若手研究者も多くいました)の背景になったことの一つは、学問の制度化と専門化がもたらしたことへの批判。それがモダニティと結合することによって体制的な、あるいは抑圧的な役割を果たしているのではないかという批判です。もう一つは、オルタナティヴの問題。以前は資本主義に代わるものとして措定されていた社会主義が(あるいは萌芽的には西欧中心主義を批判しうるものと考えられていた第三世界が)、現実としても思想としても、その問題点を露呈したことによって、現実の世界に対するオルタナティヴの消失という問題が意識されるようになったことです(現状肯定的な立場からこのオルタナティヴの消失ということを後に明確に論じたのが、フランシス・フクヤマです)。
 こうした流れにそったものとしてポストモダニズムが受け入れられたと考えると、ポストモダニズムには理解しやすいところがあります。1960年代が研究対象の一つである Donnelly が、同時にポストモダニズムの影響を受けた歴史理論に関心を示しているのも、そのためでしょう。Doing History の基調となっている考え方は、一見オルタナティヴを許容しないものであるかにみえる現実の社会や、歴史のあり方への批判です。たとえば動かしがたいものであるかのように論じられる「歴史は事実にもどづく」という考え方。
  Donnelly はそうした考えを以下のようなかたちで批判しています。たとえば自分も経験することですが、査読を依頼されたりすると(自分が当該史料をきちんと読んでいるわけではない領域のことも多い)、しばしば審査報告書に「事実についての記述も正確である」と書くことがあります。しかし、これは奇妙です。史料を読んで事実を推定した投稿者より、史料を読んでいない審査者の方が断定的に「事実」を先に知っていたことになってしまうからです。つまり事実は論文の執筆者にではなく、審査者の側にアプリオリに存在していたことになってしまう。Donnelly もそのことを指摘していますが、問題は、論稿が「事実」と「一致」しているかではなく、論証の手続き(protocol) が正当なものであるかです。そしてそうした手続きに瑕疵が少なくても、なお「事実」は「推定」されたものとしてとどまります。しかし、意外なほど多くの人は、「歴史の事実」を「先験的」なかたちで「自らの中に内在させて」います。
 「歴史の事実」をアプリオリなものとして想定しないという思考は、現実に対するオルタナティヴが喪失しているかのように見えるとしても、現実を絶対的なものとはしないという考え方につながるものです。「偶然性」は言語論的転回という言葉を広めたとされるリチャード・ローティもまた強調したことですが、こうした思考は、現実を必然的な変化によってもたらされたものとは考えません。ジャック・モノーが『偶然と必然』で指摘したように、「万物の霊長」と称する人間が有している現在の肉体的構造は、全宇宙の中で知的な高等生物体が共通して保持しているものではないはずです。
 自らを100%絶対化しているわけではもちろんありませんが、それでも意外なほど批判を許容しない閉鎖的構造をもつ現実の社会や知のあり方への批判として、ポストモダニズム的な思考から示唆されることは少なくありません。
# by pastandhistories | 2016-05-11 12:23 | Trackback | Comments(0)

Doing history

 昨日は言語論的転回について簡単に書いたので、今日はそれに関連してポストモダニズムについて書きます。ポストモダニズムについても日本では歴史研究の中で、その提示した問題をどう生かしていくべきかという議論は残念ながらほとんど行われることはありません。多分そのことが、ポストモダニズム的な議論を受けるかたちで歴史をめぐる議論を進めている海外の〈欧米だけではなく、アジアやアフリカを含めたその他の地域の)歴史研究と日本における歴史研究の大きなズレを、批判的に言えば日本の歴史研究の遅れを生み出しています。
 何度か折に触れて書いてきましたが、ポストモダニズムが歴史に与えた影響は、本当に簡潔に整理すると、歴史の客体として扱われてきた人々を歴史の主体に組み入れ、歴史研究の対象を史料や方法を含めて大きく革新する道を開いたことです。シュテファン・バーガーの言葉を借りれば、近代歴史学の軸となっていた制度化と専門化、それと対応関係にあったモダニティとナショナリティと歴史の癒着関係を批判し、歴史研究や歴史一般のあり方を問いなおしたことです。こうした考えにもとづいて、具体的な歴史研究への取り組みが革新されました。たとえばフェミニズムやポストコロニアルな視点を組み入れた歴史、あるいはパブリックヒストリーへの関心などがその例ですが、そうしたことがポストモダニズムの影響から生み出されることになりました。授業のテキストとしてもちいたことがありますが、文字通り教科書的なものとして書かれた、Callum G. Brown, Postmodernism for Historians (2005) では、ポストモダニズムが提示した問題が歴史研究者にとってどういう有用性があるのかが、具体的にわかりやすく説明されています。
 やや理論的なものですが、同じように、Mark Donnelly & Claire Norton, Doing History (2011) もポストモダニズムが歴史研究や歴史一般について与えた影響をわかりやすく説明した好著です。基本的にはホワイトやジェンキンズとその系譜をひく研究者の影響を感じさせる本ですが、ポストモダニストへの批判者を含めて現在的な歴史理論の内容を網羅的にたとっていて、その点でも便利です。また著者の一人である Claire Norton は女性のイスラーム史研究者であることもあり、またエドワード・ワンの議論を借りるかたちで、欧米以外の史学史に目をく向けるという姿勢もあります。しかし、史学史という観点からこの本で興味深く読めるところは、ラファエル・サミュエルが試みたのヒストリーワーショップを、ポストモダニズムと強い関係を持つものとして論じていることです。
 またこの本で興味をひかれることは、もう一人の著者である Mark Donnelly が1960年代の研究者でもあることです。イスラ―ムへの関心と1960年代への関心、そうしたものがこうした著作の背景になっているということは大変興味深いところがあります。
# by pastandhistories | 2016-05-10 07:22 | Trackback | Comments(0)

オバマ大統領は最初の黒人大統領?

 校正を出し終わったので少し時間ができ、また今日は涼しくて過ごしやすかったので、普段は見返すことのないこのブログを読み直しながら、時間を過ごしました。書いてきたことには自分で納得しています。ただ残念なのは、ここで書いてきたことは、狭い意味では歴史研究を、広い意味では歴史一般のあり方を考えなおしていくためのヒントのようなことなのですが、ここで提起したことに対して学問的な世界と称する側から、本当に根強い抵抗があることです。
 たとえば「言語論的転回」という言葉を聞いただけで拒否反応を起こす人もいます。しかし「言語論的転回」が提示した問題はそれほど難しい問題ではありません。以前も「茶髪の意味」とか「競争馬の毛色の表現」という話を例にとって書きましたが、言語(記号)によって記されることは、それによって示されるものとは必ずしも厳密に対応するものではなく、社会的に構築されたものでもありうるということを議論として提示しただけだからです。
 たとえば、「オバマ大統領は黒人としてアメリカの最初の大統領となった」という文章を何気なく用いることがありますが、これは「客観的」「普遍的」な「事実」や「真実」ではありません。特定の社会の中で(残念ながら日本の社会もその中に入っていますが)恣意的に使用されている表現に過ぎません。
 オバマ大統領はケニア系の男性とスエーデン系の女性との間に生まれました。したがってそうした表現が適切であるかもまた問題となりえますが、現在日本で一般に用いられる言葉をもちいれば黒人と白人のハーフです。そうした人々をどちらの人種として組み入れるかという問題は、『国民の創生』という映画を見ればわかるように、あるいはナチスの人種論からも理解できるように、その時々の社会において、社会的に構築されたものです。
 たとえば日本で「最初に白人で大臣になったのは」誰かという問題を問われたら誰のことを思い浮かべるでしょうか。「最初に黒人でアメリカの大統領になったのは誰か」という問いへの答えがオバマ大統領であるとするなら、その答えはたぶん中山マサ議員になるかもしれません〈他の人がいるかもしれませんが)。彼女はイギリス人と日本人のハーフだったからです。しかし、誰も彼女を「白人」とは呼ばないでしょう。ウキペディアをみても、彼女が「日本で最初の女性閣僚であった」という記述はありますが、「日本で最初の白人閣僚」とは記されていません。
 このことからも分かるように、どれほど社会の中に共通性をもって通有されていても、言語は厳密に考えればそれ自体として「事実」を表すものではなく社会的に構築されている。そうした単語をいくら結び合わせて一つのテキストを作りだしても、そのテキストは「事実」や「真理」を厳密に表しているわけではなく、むしろ社会自体のあり方を示すものとなっている、ということを指摘したことが言語論的転回が提示した一つの問題です。この議論はそれほどおかしな議論ではないはずなのですが。
# by pastandhistories | 2016-05-09 17:00 | Trackback | Comments(0)

多様化への背理

 連休が終わりました。といっても自分が勤務していた大学では今年は連休中も授業。前の教務部長〈自分のことです)が、「五月の連休は日本に独特なナショナルな休日であって、文部科学省が授業日数の確保を厳守せよというなら、連休には授業をやって、その分夏休みを前倒ししたほうがよい、真夏に授業や補講を入れるのは学生に可哀想だ」と主張したためです。もっともこの提案には日ごろ政府を支持してナショナリスティックな主張をする教員が猛反対、こうした教員にかぎって一方では常に何かと言うと「グローバルな基準に合わせるべきだ」と主張するのも奇妙な話です。以前も書きましたが、その時々によって恣意的、便宜的に「ナショナル」「グローバル」はもちいられているということです。いずれにせよ問題は、休日にも授業実施を押し付けるという文部科学省の大学管理に対する姿勢に問題があるということなのですが。
 人が休んでいる時に仕事をするのは落ち着かないところもありますが、今年は校正が一つ。それからにわかに舞い込んできた5月末日締め切りの英文報告のレジュメが一つ入りました。校正の方は10日印刷所必着だったので、今日仕上げて発送しました。イギリス史関連ですが、それなりに問題を提起できたのではと思います。最後にデジタル化が歴史にどのような影響を与えたのかを書きました。そこで触れたのはデ・グルートもそのことを論じてくれましたが、歴史の研究主体やオーディアンスがデジタル化によって大きく拡大したという問題です。研究主体とオーディアンスの混同化、よく言えば一体化が進行したということです。
 こうした流れはデジタル化という技術的媒介の発展と同時に、1960年代以降の歴史に対する理解の変化から生じたものとも言えます。その代表はヒストリーワークショップの運動。この運動は歴史の主体を拡大し、それに伴って対象を大きく拡大することになりました。従来取り上げられていなかった対象を、やはりもちいられることの少なかった資料を媒体として研究する、という流れを拡大したということです。一言でいえば、歴史の拡散化、ダイヴァージョンです。学問的には歴史研究の多様化です。
 しかし、最近つくづく思うのは、こうした歴史研究の多様化、たとえば「社会史」とか、「文化史」?と称するものが、歴史研究の対象を多様化したのは事実だけど、実際にはその多くが「新しい」「対象領域」あるいは「方法」とされるものへと、「タコ壺化」しているのではということです。またこうした流れが、実際には奇妙なほど、「ヨーロッパ中心主義的」なものとして、そのヨーロッパ自体においては批判の対象となっている、「近代的」な「歴史研究」へと日本では収斂化されているということです。これは歴史研究の多様化が本来その意図としていたものとは大きく背理するものです。しかしそのことへの自覚は、見事なほど欠如しています。
 本来はダイヴァージョンに向かうべきものであったはずのものが、コンヴァージョンされつつあるというパラドクスがここにはあります。とりわけそうした流れが近年の日本における歴史研究に強いとするなら、それは残念なことです。
# by pastandhistories | 2016-05-08 22:36 | Trackback | Comments(0)

Writing the Nation

 週末は韓国にシュテファン・バーガーが来るというので、昨年のお礼ついでに会いに行きました。彼が中心的に編集したWriting the Nation の書評会をイム・ヒジョンが組織。韓国、日本から10人を超える研究者が参加して、他にもマティアス・ミデル、クリス・ロレンツ、マレク・タムというおなじみのメンバーとも会えることができました。
 相変わらずパソコンでネットがつながらず。ホテルからもらったWIFI の ID をたった一度だけ間違えて入力したら、ワイヤレス機能が飛んで、XP だったせいか修復できませんでした。ということで会の内容は書くことができず、また日本人の参加者も多かったので、その点は人に任せようと思います。
 ただ自分にとっては本当に収穫がありました。とくに Writing the Nation の各巻に直接携わった編集者のコメント。どこまでが明らかにされて、どういう点が問題として残されたのか、そのことがすごくよくわかり、それが自分がこれまで考えてきたこととほぼ一致していて、自分が今後なすべき仕事が見えてきたところがありました。宿で少しメモ的な文章を書いたけど、ずっとつかえていた書き下ろしの結論部分をまとめていけそうです。
 『歴史を射つ』でも簡単に書いたけど、National History への批判の根拠は、その構築性におかれています。また近代とのオーバーラップという問題。それともかかわるけど、制度化と専門化という問題です。制度化と専門化はとりわけバーガーの問題意識の基本となっているようですが、こうしたことへの批判が出てきたのは『歴史として、記憶として』のトーンにあるように、1960年代の流れと大きく関連しています。バーガーは世代的にはより新しい世代に属していますが、Writing the Nation が一番問題にしているのは、現在でもなお歴史にナショナルな要素が強いこと。これを構築論的な議論から図式的に批判したり、あるいはグローバルヒストリーやトランスナショナルヒストリーを一面的に対置することなく、具体的なナショナルヒストリーのあり方の検討をとおして考えていくということです。
 自分が『歴史を射つ』のサブタイトルにグローバルヒストリーという言葉をもちいなかったのもそのため。また制度化され、専門化された場ではなく、一般の人々の間にある歴史(History in Public Place)を考えていくことが重要だということからパブリックヒストリーという言葉をもちいたのもそのためです。この点に関してはWriting the Nation シリーズの最終巻である The Past as History をバーガーを補佐するかたちで執筆したクリストフ・コンラートが熱を込めて論じてくれました。彼と会うのは今回が初めてでしたが、彼の議論を含めて自分がしてしてきた仕事、あるいはこのブログを通じて論じてきたことが、パイオニアリングなものであり、海外の研究動向にもきちんと対応したものであったと、今日は自信をもって書いておきます。若い研究者に参考にしてもらえるとうれしいのですが。
# by pastandhistories | 2016-04-26 21:43 | Trackback | Comments(0)

二時間ドラマの構造②

 随分と以前に2時間ドラマの構造について書いたことがあります。最終的場面での断崖や広間での犯人の自白。この時の犯人の語りは、「語り」であって「言語的な回想」に過ぎないのに、何故かドラマでは「再現フィルム」として描かれる。「語り」だけでは過去の事実をリアルなものとして視聴者が理解しないだろうからです。逆に言えば、「語り」でしないものから、告白の場に居合わせた人は「再現フィルム」をみているように過去を理解するということなのでしょう。実はこれは「歴史」理解の構造と同じです。「語り」でしかない歴史記述から、再現フィルムをみているように、多くの人は過去をリアルな事実であるかのように捉えがちです。
 二時間ドラマにはいくつかの基本的な構造があります。その一つが、連続殺人。美人女優が犯人の場合は、最初の殺人は「正当性のある」「やむにやまれぬ」動機にもとづくもの、その次の殺人は現場を目撃した「脅迫者」を殺害するというのが、その基本的文法です。
 本当に被害者の側に非のある殺人ならば、裁判でそのことを立証できれば情状酌量でそれほどの刑にならないかもしれない。といっても二時間ドラマの場合、多くの殺人は周到な計画にもとづくアリバイ工作をふまえて行われるわけで、この点は情状をくみとりにくい。それでも死刑判決を受けることはまずないでしょう。しかし、連続殺人となると、かつそれに計画性があるとなると、現在の日本の科刑基準では死刑判決の対象に十分になります。対して第二、第三の殺人で殺されてしまう脅迫者については、脅迫は最高刑が懲役10年ですから、その程度の量刑に対応する犯罪をしただけで、殺されてしうまうのは問題があるでしょう。
 それでもこうした筋書きが視聴者の支持を得ているのは、目撃した事実を警察に告げて公的な捜査に協力することはせずに、脅迫して私的に金銭を得ようとした人間は「殺されても仕方がない」という論理が一般には受け入れられているからでしょう。脅迫はもちろん犯罪ですが、個人の利益が行動の判断基準であることは絶対に間違いというわけはないはずです。しかし、二時間ドラマでは、個人的利益を求めることは死のリスクに値するものでとして描かれています。
# by pastandhistories | 2016-04-21 15:31 | Trackback | Comments(0)

許容されているもの、許容されていないもの

 段ボールに入った荷物の片づけには当分かかるでしょうが、毎日机に向かえる生活にはなりました。記事も少しは書けそうです。新しくアクセスしてくれる人がいるようで、なかには以前の記事も見てくれる人がいるようです。最初は理論的な問題をエッセイ風に書いていたのですが、だんだん記事が途絶えるようになり、海外の学会やプロジェクトの内容の紹介が最近では中心になっています。人によって関心の対象は異なるでしょうが、このブログは初期の方に読みやすい記事があるかもしれません。
 今日も先週の土曜日の会にちなむことを書くと、会では『朝日新聞』に掲載された俳優の佐藤浩市さんのインタヴュー記事に関して少しコメントをしました。「昭和30年代の会社での会議シーンで当時の内容を伝えようとして喫煙シーンを放送すると、視聴者から抗議が来る。最近のテレビの制作現場は委縮していて、そうした抗議があると喫煙シーンを避ける」というものです。「現在」の価値が「過去」が現在に表象される内容を規制するという問題です。
 コメントでも指摘しましたが、この問題は「現在」の価値によって過去の表象は「規制」されているという面からだけ考えるのではなく、逆に「現在」の価値によって「放送」することを「許容」されていることは何かということを考えることによって、「過去」が「現在」によっていかに「歴史」として恣意的に表象されているのか、つまり過去がどのように abuse されているのかという問題を明らかにします。
  たとえば戦争による殺人です。大河ドラマは毎年のように、戦国武将たちによる大量の「殺人」を映し出しています。そのことはさほど視聴者からの抗議を招かない。そればかりか、毎年の大河ドラマのロケ地は、ローカルヒストリーとローカルヒーローの顕彰の場となる。「歴史研究者」の中にもこれを機にと「一般書」や「研究書」を出す人がいます。
 同じ過去の事実であっても、「喫煙」シーンは許容されず、「殺人」シーンは許容される。なぜそんな奇妙なことが起きているのかというと、それは現在がなお「国家」による殺人を許容している社会だからです。あるいは集団化された殺人を暗黙裡に是とする社会であるからといってよいかもしれません。普段気づくことが少ないけど、「歴史」の有害性を象徴する端的な事象です。「歴史」がどのように語られているのかをとおして「現在」を見ていくこと、それが歴史の脱構築論が提起したものです。
# by pastandhistories | 2016-04-20 10:39 | Trackback | Comments(0)

オーディアンスの問題

 土曜日の会は基本的には歴史研究者と歴史教育者、つまり歴史の作り手や伝え手とされる人々だったので、歴史の受け取り手、つまりオーディアンスとの関係をどう考えるのかということを少し話しました。「知」を媒体としたヒエラルヒーの問題です。逆に言えば、そうした問題を考えなおしていくためには、従来は受け取り手とされていた側から歴史を考えていくことが重要だということです。
 この問題は『開かれた歴史』のなかで保苅実さんの言葉を借りて、冒頭で論じてあります。保苅さんはフィールドワーク的な視点からアプローチしているのでインフォーマントという言葉を使用していますが、「かれら自身を歴史家とみなしたら、彼らはどんな歴史実践をしているのだろう、というふうに考えたわけです。僕は僕で歴史家ですけれども、かれらはかれらで歴史家であると、そういうふうに発想をかえてみると考えてみると、歴史はどんなふうにみえてくるでしょうか。このあたりが、さしあたりの出発点です」という問題です。
 実はこの後に、中心に対しては周縁(というよりも辺境、さらには未開)にあると扱われてきた人々が行っている「近代の知」とは異なる歴史認識のあり方の意味が論じられているわけですが、ここで論じられていることは、歴史研究者が「対象」の側から自らをレフレキシヴに考えていくことの重要性です。「一般的な場にある歴史」に対して自らを安易に上位に置くのではなく、「一般的な場」に自らをもおいて、考えていくということの重要さです。
 こうした考え方は間違いなく歴史を「民主化」します。保苅さんは、近代の側から未開として位置づけられたマイノリティ(本当は近代の側こそマイノリティなわけですが)を問題としたわけですが、受け手から歴史を考えれば、受け手だとされている人々を歴史の作り手〈保苅さんの言葉を借りれば歴史実践の行い手)と考えれば、たとえば世界の人口の半分は女性なわけですから、そうした歴史は自動的に歴史にあるジェンダーの問題を解決することになるはずです。ヨーロッパ中心主義も間違いなく克服されるでしょう。当たり前すぎる議論です。
 どのように歴史を作り出すのか、教えるのかは歴史研究者や歴史教育者にとってその職分上きわめて重要ですが、同時に受け手の側からも考えていくことは、歴史の意味を考えていくにあたっては欠かせません。
# by pastandhistories | 2016-04-19 10:42 | Trackback | Comments(0)

ローカル・ナショナル・リージョナル・グローバルヒストリー

 大阪から帰って、夜はレスターの試合をチラチラ見ながら久しぶりに記事を書いて布団に入ったけど、新幹線のなかで寝たせいかあまり寝付かれず、4時起床。ちょうどMLBのヤンキーズとマリナーズの試合中で、6回から。そこまでは4対3で二人とも随分と打たれたのかと思ってたら、6、7回はそれぞれ安定した投球。特に田中のボールの回転は縦にも横にも鋭くて、全盛期に調子を戻した感じ。岩隅もそれほど悪いわけではなく、まだボールの伸びや勢いを確かめているようなところがあるけど(そのためにまだ自信をもてないボールの外し方が大きく、カウントを悪くし打たれている)、その点に自信が持てるようになれば、今年もそれなりにやっていきそうです。
 レスターの試合は、人間が複数で行うことのいろいろな「法則」が絡み合って面白く見られました。まずはいくらリードしていたからと言って、ホームでエースストライカーが倒れたら、倒されたという判定ではなくシミュレーションで退場(基本的法則の逆転)、退場で人数が減った方が不利になり逆転〈法則通り)、しかし最初のペナルティーはボールの直接的な奪い合いとは関係ないところでのホールディングが理由(ホームの側がこうした反則を取られるのは非法則的)、ロスタイムで今度はボールに絡むところでアウェイの側が同じような反則(ヘディングシュートの態勢に入ったフートに対するプレー)をしたのにここでは笛は吹かれず、このまま終わるのかなと思ったら最後はより軽微な反則に笛が吹かれてペナルティ、同点で終了(ここはミスジャッジ埋め合わせの法則)。法則にかなったところもありますが、それ以上にレフリーの主体的作用(human agency)が際立った試合でした。というように、結果論的には批評的な因果的説明ができますが、2-2のドローというのは、この5試合ほどでもレスターには1点以上の失点はなかったわけですからく、10倍以上のオッズになったのではと思います。単純な法則の存在が多々議論できるサッカーの試合でも、人間の主体的行動によって結果が左右される、そうした相互関係が、サッカーの試合結果を単純には予想できない、複雑系に属する出来事、つまりギャンブルの対象としているということです。
 前置きが長くなってしまったけど、今日は会でやはり質問の出た表題のことについて触れます。やや答え方が悪く申し訳ないところがありました。自分は一般的には区分け的な議論の仕方、その代表は二元論的な議論ですが、そうしたものには批判的です。常に区分けには「恣意性」が付きまとうからです。同じように羅列論的な議論にも批判的です。たとえば「フランス革命の原因は、・・・・のような4つあった」とか、「明治維新が成功した主たる理由を3つ大事なものからあげなさい」というような議論の仕方です。たしかに「議論」や「叙述」においては便利ですが、しかし論理的な厳密性には疑問があるからです。とくにこうした区分けをした場合、区分けされたものの中間にあるものをどう考えるか、また歴史であれば時間的変化の中で流動性が必ず伴っていて、区分けされたものは時間的に変化していくわけですから、厳密に考えれば議論はそう簡単には単純化できないからです。
 「恣意的な分割」という問題です。ということで虹の色を例にとって「虹は7色ではなく、256色×1024色である」と答えました。精度の高いコンピュータであれば色はそのように分割されているわけで、視力がきわめてよい人が「構築された先見」にとらわれず、虹を率直に見ればそう見えるかもしれません。「裸の王様」の子供のようにです。したがって、最近では段階的な変化を示すのに、しばしば spectrum という言葉がもちいられています。一定の範囲の中でのどこでも区切ることができるような様々なヴァリエーション。そのことを質問に合わせて会場に問題提起しようと思いました。しかし、この答え方は、質問内容とはずれた部分がありました。質問は「区分け」の問題ではなく、アプローチの方法の差異についてどう考えているのかというものだったからです。
 異なる角度からのアプローチはそれ自体として否定されるべきことではありません。その意味ではローカル・ナショナル・リージョナル・グローバルヒストリーという異なるアプローチが、現在の歴史研究における基本的なものであることは当然です。また安易にグローバルヒストリーとナショナルヒストリーを対置するだけではなく、ローカルヒストリーやリージョナルヒストリーをも組み込んで議論をすべきだという主張は間違っていません。その点について報告に欠けるところがあるという印象を与えたのは申し訳ない感じがします。ただこの問題について一つコメントを加えると、報告ではグローバルヒストリーとナショナルヒストリーの共通性を論じましたが、アプローチとして異なるものの中に「問題とすべき」共通性が内在しているとしたら、それは歴史研究者の問題意識の欠如として、やはり批判を留保すべきだということです。
 海外の研究者と山梨の歴史博物館に行った時のことですが、この博物館は網野善彦さんが展示の内容についての議論に加わったとのことでした。網野さんのアイディアらしく内容、人々の生活のジオラマが豊富で、また佐倉の歴博もそうした形式をとっていますが、時代順ではなくランダムアクセスができるようになっていて工夫があります。しかし、この博物館の展示に関して、地元から大きな異論もあったとのことです。それは武田信玄の扱いを小さくしようとしたからです。当然です。ローカルヒストリーがローカルヒーローを称揚するものであれば、それはナショナルヒストリーとレベルとしては同じです。そうしたローカルヒーロー〈多くは戦国時代の武将)を中心とした歴史をいくら作り出しても、それは本来のあるべき歴史ではないという網野さんの考えは間違っていないでしょう。
 逆に言えば、ローカルヒストリーは一見ナショナルヒストリーと区別されるものであるように見えても、同時に類似した内容を含んでいます。やや質が異なる問題ですが、自分が主張したことはグローバルヒストリーとナショナルヒストリーもモダニティを媒介として、やはり同じような内容があるのではないか、あるとしたらそのことに歴史研究者はもう少し意識的であってほしいということです。
# by pastandhistories | 2016-04-18 10:26 | Trackback | Comments(0)

複雑系の考え方

 昨日は報告で大阪。結局は3月末までにチャーティスト運動について文章を一つ。返す刀で今度は方法論の報告ということで、くわえて色々と整理しなければならないことも多く、またまたブログは長期の休み。今月後半もまだ雑事がありますが、少しは時間が取れそうなので、いくつか記事を書く予定です。まずは昨日の報告に関して。随分と意外な人が参加していて驚きましたが、同時に感謝しています。でも相変わらず話をまとめるのは苦手。そこで質問があったことについて、いくつか補足的に書いておきます。
 書きやすそうなことから書くと、まずは因果関係・法則性について、歴史は複雑系だとしたらどのように法則が抽出できるのか、あるいはできないのか、という質問に対して。以前プレミアでのレスターの優勝可能性について「ギャンブルと歴史」という記事を書きましたが、ちょうど今レスターの試合中なので、その試合を見ながら書いていきます。
 複雑系を考える場合は、逆に自然科学の一部にある単純系(自然科学すべてが単純系ではもちろんありません)のことを考えるとわかりやすいかもしれません。たとえば「水は百度で沸騰する」という法則。これはギャンブルの対象になるでしょうか。おそらくならないでしょう。このことが示していることは、法則にもとづいて結果が予測できるものは、ギャンブルの対象にはならないということです。
 これに対してスポーツの試合結果はギャンブルの対象になります。色々な与件が入り混じっていて、結果がその都度変わるからです。だとしたら複雑系?。でもたとえばサッカーの試合を複雑系というのはオーバーです。なぜなら参加する人間は審判を含めて僅か30人程度、時間もたったの2時間程度に限定されていて、かつ「ルール」もあります。「歴史」の複雑さにはとても比較できkない。それでも「結果」を「法則」的に予想することはできません。だからギャンブルの対象になるわけです。つまり単純なサッカーの試合ですら実は複雑系に属しています。このことからも分かるように、人間が集団的に行う行為の結果を決定論的に予測することはきわめて難しいことです。そう考えれば、膨大な人々が様々な与件を前提として関係しあう歴史が「複雑系」に属するかという問いは、問うまでもないことでしょう。
 しかし、サッカーの試合がどういう結果になるのかということに関して、因果関係がないわけではけっしてありません。それはサッカーの試合でも、あるいは競馬の結果でも、翌日の新聞を見ればよくわかります。いわく「チームワークが」「エース不在が」「戦術ミスが」あるいは「天候的条件が」等々、勝敗の結果に関して実に多くの「原因」が説明されます。そして翌週の試合、あるいはレースの前には、「結果」に対する「予想」が、そうした様々な「原因」を挙げるかたちで論じられます。もちろんそれは次の週の結果をみれば理解できるように、結果は「当たるも八卦」「当たらぬも八卦」でしかありません。
 アイロニカルに言えば、サッカーや競馬が大衆的なギャンブルになって100年ほどの間に、勤勉な実証的歴史家たちが積み上げてきたデータのおそらくは数万倍以上のデータが蓄積されてきているにもかかわらず、試合の結果はギャンブルの対象としてとどまり続けています。つまり出来事が結果論的には因果的にいくら説明できることが多くても、それがいくら蓄積されても、サッカーのような単純な出来事の結果ですら、「水は百度で沸騰する」というような因果関係で説明できるわけではないということです。だからギャンブルの対象としてとどまり続けているということです。
 しかし、すべての自然科学的法則が単純系に属しているわけではないように、抽出される結果を限定すれば、人間が集団的に行う行為でも、ある程度の蓋然性や傾向性を予測することが絶対できないというわけではありません。たとえば時間軸を恣意的に設定したり、求める答えを意図的に単純化したり(たとえば意図的な二元論的な選択を導入したり)すれば、問題によってはそのことは可能〈にみえる)かもしれません。それが社会科学や人文科学が成立している根拠です。
 しかし、歴史学に関して因果関係の問題を考えるときに重要なことは、その理由を上述したように、結果論的な因果的説明(歴史は起きたことを説明するにとどめるべきだといえば、歴史叙述における因果的説明はそれにとどめるべきだということになります)は、けっして厳密な意味での法則的説明とはなってはいないということです。
# by pastandhistories | 2016-04-17 22:44 | Trackback | Comments(0)

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