歴史についてこれまで考えてきたことを書いています


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本の編集

 学生が出てくるかはわからないけど、春学期は今日が最後(補講です)。やっと夏休み。もっともオープン・キャンパスがあったり、月末には国際歴史学会議、そしてそれが終わるとすでに予告してある招聘セミナーが予定されていて、あれやこれやで短い休みになりそうです。
 このブログを久しぶりに見直していたら昨年の夏は一度しか記事を書いていません。どうしてそんなに忙しかったのだろうと考えてみたら、本の出版準備をしていたことを思い出しました。主として、以下に紹介する本の第一部(翻訳部分)の原文のチェック。その作業にもとづいて翻訳者に依頼し、また第二部の原稿を募集・依頼するという作業で夏休みがほとんど終わったことを思い出しました。
 予定より当然遅れたけれど、予想外に作業はすすんで昨日閲了、8月下旬には完成するようです(店頭に並ぶのは9月初めになるようですが)。校正・チェックで何度も読み直しましたが、自画自賛になりますが、それなりに「話題の一冊」になるように仕上げたつもりです。タイトルは『歴史を射つ』、副題は『言語論的転回・文化史・パブリックヒストリー・ナショナルヒストリー』、編者は岡本充弘・鹿島徹・長谷川貴彦・渡辺賢一郎です。全430頁。すでに広告が出稿されているとのことです。
 この間このブログではあまり役に立つような議論を紹介したり、展開することができませんでしたが、この本は問題提起満載ですので、是非期待してください。目次は以下の通りです。

第一部 歴史を問いなおす

ヘイドン・ホワイト「歴史的な出来事」
ピーター・バーク「歴史記述における関わりと切り離し」
ロバート・ローゼンストーン「映画製作者が歴史家として歴史に対して行っていることについての諸考察」
シュテファン・バーガー、ビル・ニーヴン「国民の記憶の歴史を書く」
イム・ジヒョン「グローバルに連鎖するナショナルヒストリーに現れた東洋と西洋―北東アジアにおけるナショナルヒストリーの記述」
エドワード・ワン「世界のなかのアジアを理解しなおす―東アジアにおけるグローバルヒストリーの出現」
ペニー・コーフィールド「歴史家と大きな歴史像への回帰」
カレ・ピヒライネン「構築論と最近の歴史の欲求について―実在の果てしない回帰」

第二部 言説としての歴史、表象としての歴史

鹿島徹「日本社会における歴史基礎論の動向 二〇〇四―二〇一四」   
長谷川貴彦「言語論的転回と西洋史研究―受容のコンテクスト」
平井雄一郎「伝記叙述の「型」と未遂の「他者」―たとえば「渋沢栄一伝」は水戸天狗党に躓く」     
北原敦「映画表現における現実と歴史―ネオレアリズモをめぐって」
渡辺賢一郎「少女マンガの表現技法と歴史叙述としてのマンガ」
池尻良平「学習者から捉え直した歴史の可能性」          
内田力「社会史にみる世界史の歴史研究と言説―国際的な史学史の叙述をめぐって」
長野壮一「現代歴史学の出発点― 社会運動史における「主体性」と「全体性」」
岡本充弘「転回する歴史のなかで」
# by pastandhistories | 2015-08-07 05:29 | Trackback | Comments(0)

休日

 本当に久しぶりの休日ということで、今日はほぼメールの整理で終わりかけています。一つは何度か予告した出版計画。先週二校ゲラをふまえて出版社と最終的な打ち合わせをしました。結局総頁数が430頁、しかし全体としては読みやすく、それなりの問題提起を伴った形で出版できそうです。閲了は8月初めで、お盆が入るので出版は9月にずれ込むかもしれません。
 もう一つは11、12日の招聘セミナーへの参加者へのお礼のメール。ビーヴェルナージュは無事ベルギーに戻ったようです。もっとも、すぐにボーフムでシュテファン・バーガーに会い、その後スペインに行くようです。この会では小野寺拓也さんにはすっかりお世話になりました。見事な要約と批判的な問題提起。ビーヴェルナージュも繰り返し、謝意を言っていました。自分の個人的多忙もあって準備不足は否めなかったけど、本当に小野寺さんには助けられ、会場にもビーヴェルナージュの提起している問題は伝えられたのではと思います。
 この後は、今度は8月31日、9月1日がシュテファン・バーガーとエルヴェ・アングルベールの予定です。前者はナショナルヒストリーをめぐる議論を最も中心的に論じてきた人物、後者はユニヴァーサルヒストリーをめぐる議論を進めている人です。
 この間は、このブログの基本的な目的である「歴史について考えていること」をなかなか書き込むことができません。休みが明けると8月3日まで、びったりと用事が入っています。なるべく早く、このブログを実施的な内容を含むものにしていきたいのですが。
# by pastandhistories | 2015-07-18 20:54 | Trackback | Comments(0)

無事来日

 明日、明後日の研究会に参加してもらう、Berber Bevernage が無事来日しました。今朝成田に迎えに行って、その足で大学に。たまたま午前中が1年生の演習だったので、ゲストとして参加してもらいました。若い研究者ですので、学生の反応もよく、また話もわかりやすいところがありました(著作の後半は近年の歴史理論の流れをたどっている人でないと難しい部分があるかもしれませんが)。自分がキース・ジェンキンズを翻訳したことを踏まえて、ジェンキンズとの考え方の違いを説明してくれました。
 ポスターを作成する時に迷ったのですが、正式の発音はベヴェルナージではなく、ビーヴェルナージュのようです。大学名も当地に行った時は皆ゲント大学と発音していたので、そうしようと考えたのですが、日本ではヘントという表記が一般的なようなのでこれに倣いましたが、これはオランダ語の発音で、ベルギーではゲントが正しいようです。今後は直すようにします。予想通りの誰もが好感を持てる研究者だと思うので、明日を期待しています。
 招聘研究会というのはまずは来日を承諾してもらうのが一番ですが、その後にフライトの確保、ペーパーの受け取り、そして本人の来日という手順があります。今回は事前ペーパーがなく、その点コメンテーター、翻訳者に申し訳ないところがありますが、ホワイトもバークも事前のペーパーとは異なることを話したので、そう考えれば当日の運営もさほど難しくはないと考えています。
 とにかく本人が来日して、ホッとしました。
# by pastandhistories | 2015-07-10 16:59 | Trackback | Comments(0)

国際招聘研究会

 仕事は少し落ち着いてきました。今日は以前予告したことのある研究会のお知らせです。二日間の日程で、土曜日がメインで、日曜日はこのブログでも内容を伝えたことのある国際歴史理論ネットワークをめぐるフリートークです。ベヴェルナージュは本当に魅力的な人物で、歴史理論についての若手研究者を代表する人物なので、多くの人の参加を期待しています。問い合わせ、連絡は tsyokmt@hotmail.com にしてください。

〈国際公開セミナー〉
日時:7月11日(土)13:30~17:00 開場13:00
会場:東洋大学白山キャンパス
   1号館3階 1310教室
報告:ベルベル・ベヴェルナージュ(ヘント大学)
   (Berber Bevernage)
    「歴史・記憶・暴力」※通訳あり
コメント:小野寺 拓也(昭和女子大学)
司会:道重 一郎(東洋大学)
    岡本 充弘(東洋大学)      
   
〈公開研究会〉
日時:7月12日(日)14:00~17:00
会場:東洋大学白山キャンパス1号館3階 1310教室
報告:ベルベル・ベヴェルナージュ
     「歴史理論ネットワークの試み」

主催:東洋大学人間科学総合研究所

# by pastandhistories | 2015-07-02 05:57 | Trackback | Comments(0)

過去認識とその媒体

 IAMHISTから昨夜帰国しました。学期中ということでいつもながらの強行軍。乗り継ぎがあって、さらに飛行場からは遠い大学町ということで不安があったのですが案の上。まずは乗換え便のキャンセル。飛行場に着いてもなかなかシャトルバスが来ない。帰りにわかったのですが、2時間に1本でした。・・アメリカ地方バス乗換の旅というのをテレビ局に売り込もうと思います。やらせでなければ、出演者は途中何度も野宿することになるでしょう)。帰りも飛行機に乗り終わっているのに直前に機体不良で、出発ゲートに逆戻り。結局ホテルを出てから24時間をはるかに超えて自宅にたどり着きました。
 というように旅行としてはトラブル続きでしたが、内容的には以前から関心があったことなので、収穫はありました。それなりにわかったことが、フィルムスタディーズやメディアスタディーズの状況。記憶と歴史という問題とともに、歴史がどのような「媒体」によって伝えられているか、逆に媒体が歴史認識の形成にどのような役割を果たしているかという問題設定を軸として、パブリックプレースにおける歴史、とりわけサブカルチャーを媒体とした歴史を考えていくことは、今後の歴史研究にとって重要な課題だと自分は考えているので、今回参加した経験は役に立つはずです。2年後はパリで開催されるようなので、日本の映画、テレビ、アニメ・漫画で歴史がどのように描かれているかを紹介するだけでなく、きちんとした理論分析のあるセッションを企画するのもいいのではないかと思いました。関心のある人は連絡してください。
 それから7月11日~12日の会に関しては、今日あたりからポスターを発送し始めるようです。関心のある方は参加してください。書かないと閲覧が増えるという奇妙なブログでしたが、さすがに最近減少気味だと思っていたらこの何日は急速に増加。ついでに11日、12日の会を早めに宣伝しておきます。
# by pastandhistories | 2015-06-23 09:42 | Trackback | Comments(0)

TAMHIST(4)

IAMHISTは今日が最終日。朝の全体会議はGary Edgerton (BUTLER uNIVERSITY)という人の講演。この人は以前紹介したイスタンブールの国際文化史学会の時に日本映画を例にとって鋭い質問をした人と顔が似ていたので、昨日そのことを質問したら「自分はイスタンブールには行っていない。自分のことを知らないのか」という顔をされた人。紹介を聞いてよくわかったけど、メディア研究、とりわけテレビ史研究者としては、トップの地位にある人のようです。
 話の内容は『ザ・ソプラノズ』がテレビに与えた影響というもの。この番組も全く見ていない。WOWWOWで放送していたけど、自分は大河ドラマも、韓流も、もちろん「米流」も見ていないので、話が伝わらないところがありました。内容的にはテレビと映画のコンヴァージョンがどのような形で生じたかとか、テレビのトランスナショナル化ということがテーマ。もちろん同じテーマは、『紋次郎』『赤い疑惑』などの「大映映画」制作のテレビ番組に代表されるように、あるいは『おしん』とかアニメ文化の国際化のように、日本にもあったわけで、そのあたりの比較研究の段階がEdgerton の話ではまったく分からず、残念なところがありました。この話もそうだけど、すでに紹介したように研究者は全世界に散っていますが、映画にしてもテレビにしても、一部を除けばヨーロッパ中心的、さらにはハリウッド中心的で、そのあたりがメディアスタディーズやフィルムスタディーズの今後の問題なのでしょう。
 午後は食事を挟んでツアー。ジョン・フォードの資料を見に行くとのことで行きたい気持ちもありましたが、その時間は発表の準備。それから二つセッションに出ました。一つは、Fascist Film Culture in the 1930s というテーマ。最近は学生の卒論にもよくあります。さすがにこのテーマだと内容は細かくなっていて、Christelle la Faucheur (University of Texas) が取り上げたのは、小説家が戦争期にはナチスに協力的な脚本執筆をしたという問題。Kirby Pingle (Loyola University) はムッソリーニが映画製作に関心を示し、アメリカを訪れたことを紹介しました(あまりよく知らなかったことなので、自分の聞き違いかもしれません)。加えて彼が取り上げたのは、ハリウッドでどのようなイタリア系俳優が戦争期には活躍していたかということです。例として挙げられたのは、Gino Corrado という俳優。英語に訛りがあって、回ってくる配役はウェイターという役回りが多かった俳優のようです。『カサブランカ』『風と共に去りぬ』にも出ていたようで、Pingle によれば1000本近くの出演作(少しオーバーな気がしますが)のあるバイプレーヤーということです。早川雪州のような俳優だったということでしょうか。
 最後が自分の報告のセッション。パラレルセッションが四つあって一つはジェイムズ・ボンド論。後は映像表現と音楽の関係論、メディア文書論。こうした学会の常で自分の発表が終わると帰ってしまうので、昨日あたりからどんどん参加者が減っていて、Then, there will be none  になるのではとある意味ではほっとしていたのですが、結構な数の人が集まりました。終了後に運営委員会があるということで残っていた人もいたようです。
 自分の発表内容はいずれ書く機会もあると思いますが、歴史のヴィジュアル化やデジタル化に伴う問題点を指摘したものです。実際には参加者のほとんどはmedia studies や film studies の人ですから反論が出て、擁護する人との間でフロア同士で議論が行われはじめ、司会が止めに入りました。後の二人は、司会も兼ねたAsta Zelenkauskaite (Drexel University)・・名前からもわかるかもしれませんが、世界で一番名前がややこしい(ギリシアもややこしいけど)リトアニア出身の人です・・がBBCを例に放送がオーディアンスヲをどのように組み入れたかをBBCを例に論じました。もう一人は、 Lar Weckbecker (Zayed University) 。ニュージーランドの出身のようですが、現在はアブダビにいます。この人は、ドキュメンタリーフィルムという言葉がいつから使用されたか(答えは第一次大戦期です)を前提に、ローゼンストーンの考えを取り入れ、それに対してmonumentary film という言葉を対比的に使用することを主張しました。それぞれ一定のレベルにあって、自分としてはこの二人と組めたのはラッキーでした。
# by pastandhistories | 2015-06-21 13:06 | Trackback | Comments(0)

IAMHIST(3)

時差の関係で日本では同じ日として扱われるかもしれないけれど、こちらでは「昨日」の話しの続き。昼はローゼンストーン夫妻にメールで誘われて大学会館の中の少し高級な店で食事。立派な食堂。会館はホテルとしても立派。自分の勤務先もSGU採択ということで国際交流促進にあたふたしているけど、そういうことを論じるならもう少しきちんと海外の大学の国際交流施設を見ておくべきでしょう。アメリカはもちろん、中国、韓国に比べても、日本は大学の国際交流施設はあまりにもお粗末。
 それはさておき、食事後は映画監督のコニー・フィールドを招いてのラウンドテーブル。60年代~70年代の活動家だったということで、そうした経験から学校では教えられない歴史に目を向けたということを話の前提に、others' history を自分がどのようなかたちで関心の対象としているかを説明しました。最初に驚いたのは容貌の若さ。話の前提からすると60代には入っているはずだけど、どう見ても40代(面前でも確認しました)。ドキュメンタリー部門でアカデミー賞を取っていて、こちらでの知名度はかなり高いけど、アフリカなどを素材とした作品の多くを見たことがなく、その作品を追った話なのでそこが残念でした。
 その後は、参加を予定していた Media, Memory, and Nationalism というセッションがキャンセルになったので、自分が発表する会場の下見を兼ねて、Representations of Leadership and Empowerment in Film and Media という会に参加しました。発表者は Mbay Seye (University of Bayreuth)、出身はセネガルで男性、セネガル映画での女性の扱われ方を紹介しました。一人は離婚後の自活を扱ったもの、もう一つは刑務所での?女性のホモセクシャリティを扱ったものです。面白そうなのですが、やはり映画を見ていないので、その点どうしてもわかりにくい。もう一人は、Christina Hodel (University of Canzas) 。大統領候補や女性キャスターを例にとり、その描かれ方を論じました。メディアでのエリート、メディアがエリートとして扱う女性の問題です。いろいろな論じ方が可能で、このテーマはこれからも論じられていきそうです。最後に発表をしたのは、Robert Hensly-King ( Ghent University) 。1970年代のハリウッド映画に登場したアンティヒーローの造形についてです。扱われたのが『タクシードライヴァー』『卒業』で、これは自分にはわかりやすいところがありました。「男性」としての責任を回避した決断をしないモラトリアム人間。成長やリーダーシップの可能性を持たない人々が主人公とされたということです。ただ自分から見ると、主人公の造形は説明しても時代背景の認識がやや希薄。日本でもジョージ秋山の『ゼロリンマン』やショーケンと水谷豊のテレビ番組があった時代。この問題は国際的にも見られると思いました。
 ここまでで感じたことは、全体としてはフィルムスタディーが多いこと。個々の作品を素材にそれを論じるという傾向がありました。言っては悪いけど、昔の日本の大学での語学・文学の先生の作品論的な論文と同じで、もう少しいろいろな素材を幅広く見たり、きちんとした方法的視点をふまえた議論をする必要を発表からは感じました。もっとも多くの人がすでに准教授や助教として職を得ているようで、マスカルチャーやサブカルチャーへの関心の高まりが、現在の海外の大学の一つの状況のようです。
# by pastandhistories | 2015-06-20 20:13 | Trackback | Comments(0)

IAMHIST(2)

昨晩は土砂降りの雨。いわば『七人の侍』の決戦の前夜。11時に寝たのに、時差で2時に起きて、もう一度寝ようと二時間ほど努力したけど、眠れないので結局はぺーパーの書き残しを書きました。そのまま会場へ。眠たいことは眠たいけど、今日は収穫がありました。
 まず最初は基調報告。映像を含めた資料のデジタル化をしている人の報告。二人に女性によって行われ、話の内容は当然いかに時間と費用が掛かるのかという話です。次はNostalgic Media and Mediatized Nostalgia というセッション。タイトルだけではわからないところがありあまり期待はしていなかったけど、これはよかったですね。一番よかったのは報告者の力量が安定していたこと。偶然だろうけど、こうしたセッションはなかなか出会えないところがあります。
 最初は、Morina La Barba (ジュネーブ大学)。20世紀中庸のイタリアからのスイスへの移民を扱い、それが本人の二重性、子供の問題、成長した2世の問題、そして不況の到来による失業、へというかたちで問題化していったことを映画がどのように扱ったのかを説明しました。日本でも同じ問題はあるわけだけど、スイスの20世紀中葉が経済的繁栄期でイタリア移民があったということはあまり知らなかったので、その意味でも興味深く聞けました。次はMuhammad Asghar というパキスタン出身者。現在はドイツの Muthehsius Academy に所属しているようですが、扱ったのは 露店で売られているような聖職者の似顔絵などが、階級を問わず多くの家庭で部屋に飾られているという問題。偶像崇拝とは背理することが、日常世界には見られるという話です。その次が Ryan Lizardi という人物。スーパーマリオとドンキーコングのキャラがデジタル技術の進歩に伴って変化してきたということなのですが、話の中心はもはや任天堂が商品化していない初期キャラが立派にいたるところで商品化され、通用しているという話です。あることが爆発的なかたちで一般に認識されると、それが再帰的なキャラとして定着していくという話。與那覇さんが歴史上の人物を素材に論じた話です。さらにもう一人、明日のセッションがキャンセルになったということで追加発表したのが Ekaterina Kalinnina、現在はスウェーデンの大学に属していますが、扱ったのはこの二十年間にソ連がどのような過去として認識されているのかという問題です。レモンド・ウィリアムスの theory of structure of feeling という概念を借りて、この問題に対する方法論のあり方を論じました。三つほどの枠組みを用いて、またそれぞれを三つの視角から」分析しようとするもの。ノートを取りましたが、細かくてここでは紹介するスペースがありません。ソ連史研究者はこの人の名前を覚えておくといいかもしれません。
 このセッションでは最後に司会をしていた Katharina Niemeyer (パリ第二大学)という女性研究者から名指しでと質問するように求められました。突然だったので、それは明日の発表でということにしましたが、名指しされた理由はよくわかりません。
# by pastandhistories | 2015-06-20 08:29 | Trackback | Comments(0)

IAMHIST

 外国にいるときに書き始めたのがこのブログ。日本では忙しいし、どうしても他の仕事に気持ちがとられるけど、外国では宿では一人だし、時差もあって、逆に時間が生まれます。今はその時差が11時間違いの、つまり日本とはほぼ正対する経度にあるインディアナです。ここにきて一番意外だったのは、日本と同じような気候であること。とにかく蒸し暑く、時々雨も降ります。
 インディアナに来たのはIAMHISTに参加をするため。テレビ・ラジオを含めた映像・音声メディアと歴史の関係を、広くサブカルチャーを含めて議論している学会です。創刊号からその機関誌は入手していて、以前から参加したかったけど時期的には難しくあきらめていました。今回はロバート・ローゼンストーンがキースピーカーということで参加しました。
 そのローゼンストーンの講演は初日。内容は今回訳されるものと一致する点も多いけど、具体例としては『レッド』のほうを利用して論じました。内容は翻訳に譲るけど、そこではあまり触れていなかった、HIstory OF media とHIstory IN media の違いを強調していました(もちろん彼は後者の立場です)。日本に来た奥さんとも会えて、個人的にはよかったところがありました。
 会はパラレルセッションが今日から。しかし、時差の11時間は強烈で、午後3時頃は起きてはいるけど聞いているのか、寝ているのかがよくわからない感じです(今は夜だけど、日本では起きている時間なので、まったく眠くなりません)。まずは赤狩り期の映画についてということで、ニコラス・レイやフレッド・ジンネマンを論じたものに出たけど、発表時間が短いと映画論はどうしても作品論になってしまうところがあり、こちらの集中力も欠けているいるところもあり、今いちでした。
 しかし、参加者の割には全世界的に人が集まっていて、かなり研究としては定着してきた感じです。日本の若手研究者の、たとえばサブカルチャーと歴史の関係を論じている人は、ぜひ発表の場として利用するとよいという印象を持ちました。
# by pastandhistories | 2015-06-19 11:56 | Trackback | Comments(0)

研究会の再開

 大分雑用に慣れて、その間に仕事をしています。一つは何度か書いた論文集の編集、ほぼ初校のゲラが出揃いました。もう一つは来週アメリカでする小さな報告、何とか間に合わせます。
 あわせて招聘研究会の準備をしています。昨年は応募資格がなかったのですが、今年は多少の予算が付き、再開することになりました。予定としては、7月11日、12日にまず Berber Bevernage に来てもらいます。通訳付きの公開の会は7月11日(もちろん12日の会も誰でも参加OKです)。ここで紹介したことがあると思いますが、ベルギーのゲント大学(ガンやヘントとも発音すると思いますが、現地ではむしろゲントと発音していました)に属する若手研究者。昨年来てもらったカレ・ピヒライネン(今回の翻訳からこう表記します)とともに、INTH(国際歴史理論ネットワーク)を組織している人物です。とにかく魅力的で、将来を期待される人物。タイトルは彼の本から一部をとって「歴史・記憶・暴力」とする予定です。
 もう一つは、8月31日~9月1日に行います。これは中国の国際歴史学会議の後に設定されたもの。初来日者である参加者も内定していて、現在は飛行機の切符の確保の段階。今月中には内容を確定していきます。
 今日は宣伝で終わりですが、それなりに面白い会になりそうなので、関心のある人はぜひ日程を開けておいてください。
# by pastandhistories | 2015-06-08 06:06 | Trackback | Comments(0)

苦学生

 予想通りの忙しさです。その忙しさが学問的糧になるのならよいのですが、いろいろと会議で議論されることは、「学問的」なものをますます希薄化していくことをむしろ自己目的化しているのではと疑問を持たされるようなことが決して少ないとは言えないのは残念です。ただ自分としては、机に座っているだけでは見えない現在の社会の在り方が、随分と見えるようになったという感じはあります。もともと「政治」の問題を考えるということが自分の研究の出発点であったわけですから、その意味では良かったのかもしれません。
 こうした忙しさで思い出すのは、大学の同期入学者に夜間の工業高校から酒屋で配送の仕事をしながら入試に合格した友人がいたことです。ある程度は受験準備のみに時間を使用できたということで、「苦学生」であった彼には随分とある種のコンプレックスを感じました。
 あまり自慢できることではありませんが、いまは自分も「苦学生」になれたという感じです。とにかく本来の仕事に充てる時間がない。電車内はもちろんのこと、食事中も本を読むという生活です。今日の記事もたまたま早起きしたのでその時間を利用して書いています。
 今日書こうと思うのは、グローバル化の時代になぜ憎悪の感情や暴力をともなった対立がむしろ激化しているのかとういう問題です。この問題に参考になるのはアルジュン・アパドゥライの『グローバリゼーションと暴力』(世界思想社)です。アパドゥライの名は以前スパイビの『グローバリゼーションと世界社会』を翻訳した際に、この本の中でしきりに引用されていることで知りました。チャクラバルティ同様に、アジア出身でその後アメリカにわたって大学のポストを獲得した人物です。
 彼はヘイトスピーチとして最近は話題になっているような現象の因を、「主権が脆弱化するjこの世界のなかで、ほんのニ、三の超大国が権勢をふるい、多くの国家主体が、現実であれ、想像上であれ、力を失い弱者として周縁に追いやられている。マイノリティーは、そのような国家の不安を転位させる格好の対象となっている」という言葉で、きわめて要領よく説明し、そうした立場からナショナルなものを根拠として抑圧的な立場に立つ多数派を「捕食性マジョリティ」と呼びます。なぜ彼らが捕食的であるか、つまりマイノリティに対してきわめて暴力的にまで攻撃的であるかというと、マジョリティはマイノリティを構築することによって、はじめてそのマジョリティという立場を構築できるからです。その不安定さにマジョリティの暴力性の因があるというのがアパドゥライの論じているところです。
 彼はまたイグナティフの主張を借りて、こうしたマジョリティにある暴力的な衝動が、国内の少数派に対してだけでなく、世界全体の地域に及ぶような(具体的にはイスラームに対するものを一つの例として取り上げてもよい思います)「遠距離憎悪」をも生み出していると論じています。これはたとえばサルトルが想像力の問題として提示した「遠距離への共感」とは真逆なものです。
 こうしたアパドゥライの指摘はかなり正鵠を得たものと考えてよいでしょう。アパドゥライの議論は、日本でももう少し取り上げられてよいような気がします。
# by pastandhistories | 2015-04-18 06:16 | Trackback | Comments(0)

新しい言葉

 以前この欄で自分が constructedness という言葉を使用したら編集者から問い合わせがあり、辞書(OED)にないので使用を避けてほしい、という連絡があったことを紹介したことがあります。その時も書きましたが、WEBで検索すると使用例は多いのでそのままでよいという連絡が後に来ることのなりますが、この言葉は前回紹介したシュテファン・バーガーの新著(The Past as HIstory)でも使用されています(p.17)。バーガーは自分の記事が掲載された同じ雑誌の次の号に寄稿しているので、そんなことはないとは思いますが、自分の文章からとったのだとしたら、少し嬉しいですね。ちなみに前回タイトルが似ていると書きましたが、自分が編集した『歴史として、記憶として』の英文タイトルは History as Memory, Memory as History です。バーガーの発想と自分の発想とは少し似たところがあるので、そうした一致がどうしても生じるのだと思います。
 自分にもそうしたところがありますが、バーガーは非常にクリアーな考え方をする人で(英語の発音も本当にクリアーです)、その考えを伝えるために言葉をかなり自由に作ったり、新語を利用するところがあります。たとえば日本語にするとどちらも「歴史主義」と訳されてしまいますが、historism という言葉を、 historicism に対置させています。前者はランケ的なもの、後者はポパー的なものとしてです。日本語の訳書を場合、むしろ内容を曖昧化するために(難解に見せかけるために?)新語が用いられている例が少なくありませんが、内容を明確に伝えるために新しい言葉を使用するのはけっして否定されるものでない、と自分もまた考えています。
 ヘイドン・ホワイトもかなり新語を使います。革新的であるがゆえに、これまで無視されがちであった問題を提示するものとしてです。たとえば昨年末から刊行されている石塚正英さんの著作選(全6巻・社会評論社)の月報に書きましたが、歴史知として訳されてよい historiosophy という言葉を、historiology, historiography という言葉に対置して使用しています。
 同じように historiography という言葉に対置してホワイトが提唱したのが historiophoty という言葉です。この言葉は歴史と映像の関係を論じたローゼンストーンが早速取り入れました。いま進行させている翻訳にもこの言葉が出てきます。すでに中国では「歴史影視」と訳されているようですが、影視は日本語ではないので、「歴史映写」「歴史写出」と訳そうと思っています。前者の方が日本語としてはわかりやすそうです。ニュアンス的には映画に限定されてしまいそうですが、「映す」「写す」ことだととれば写真なども含意されるので、前者にしようと思っています。
# by pastandhistories | 2015-04-05 09:37 | Trackback | Comments(0)

今年の予定

 今日は書きたいことと書きたくないことがあります。まず書いておきたいことは、シュテファン・バーガーから昨日本が送られてきたことです。The Past as History。真似したわけではないでしょうが、タイトルが自分の編集した本と似ているのには、うれしいところがあります。形式的にはクリストフ・コンラートとの共著という形になっていますが、前書き的な文章に書かれているように、事実上は単著に近いもの。かなり分厚く最後に歴史家の人名辞典がついていて、それを除いても370頁強。早速食卓の上で、食事がてら読み始めましたが(今は後で述べるような事情で、こんな形でしか本を読めません)、かなリ面白そうです。バーガーは何年か前にプロジェクトに参加してくれる予定だったのが、健康上の理由で前日にキャンセル、本当に残念でしたが、すでに8月末に来日してくれるという連絡が来ています。今度こそ実現できればといいのですが。
 そのバーガーの文章の一つは現在企画中の本に翻訳として掲載します。この本には合わせて、ヘンドン・ホワイト、ピーター・バーク、ロバート・ローゼンストーン、イム・ジヒョン、エドワード・ワン、ペニー・コーフィールド、そしてカーレ・ピハライネンの文章が翻訳掲載される予定です。気づいた人もいるかもしれませんが、自分のプロジェクトで日本に招聘した人たちが中心。多くの人が原稿掲載を了解してくれました。それはばかりか、企画に合わせて新たな原稿を送ってくれたビッグ・ネームも。本当に感謝したいと思います。内容も面白く、ここで宣伝しておきます。宣伝ついでに書くと、これには日本人研究者の基本的には歴史理論をめぐる考察も掲載される予定です。これもそれぞれがかなり興味深いものだということをここで宣伝しておきます。
 書きたくないことは、大学の役職者に4月からなったことです。さっそく会議連絡の山。正直言って今の大学は自分の力ではどうしようもないところに来ている感があります。3月に入って突然指名があって、すでに新年度の出講計画や海外渡航の予定がほぼ決まっていたところで、大混乱になりました。健康問題も含めて吉と出るか凶と出るかわかりません。任期は長くて一年なので、この一年はロビンソン・クルーソーのようにカレンダーに×をつけながら過ごしていきます。
# by pastandhistories | 2015-04-02 21:58 | Trackback | Comments(0)

論理の審級

 今日はこの間の事件についての報道の在り方に関して、バーナード・クリックの『デモクラシー』という本を借りて、少し思うことを書きます。
 この本の中で興味深く読めるのは、トックヴィルの議論を借りながら、民主主義におけるデモスの支配の持つ不安定性を論じた部分です。このブログでランシエールの「民主主義への憎悪」という考えを紹介したことがありますが、クリックは憎悪とは言わないまでも、民主主義への不安を表明していて(その点でランシエールとは立場を異にしていますが)、その例として挙げられているのがポピュリズムの問題です。ポピュリズムが含むある種の問題に対する懸念は、多くの「政治」の擁護者に共通しています。
 現代の社会にあってポピュリズムと深く関係するのは、メディアの操作性の問題です。そこではかなり恣意的な論理のすり替えが行われます。たとえば原発批判への「世論」を批判するものとしてよくもちいられている、被曝による健康被害・死亡者は年間の交通事故による死亡者や負傷者よりはるかに少ないのだから、過剰に問題とすべきではない、という議論はその代表的なものです。ここで議論の尺度として用いられているのは、実際の死亡者・負傷者の多寡です。しかしもし実際の死亡者・負傷者の多寡が重要な議論の尺度であるのなら、もちろん、交通事故による死亡者・負傷者よりもはるかに多いのは、戦争による死亡者・負傷者です。したがって、こうした議論をするのなら、その人は徹底的な反戦主義者でなければなりません。原発を擁護し、その一方で戦争にも正当性があると論ずることは、理屈の上で矛盾しています。
 さらには死亡者・負傷者の多寡を判断の問題とするならば、クリックもそのことを論じていますが、「テレビドラマ」で数多く扱われるほど多くの殺人事件が「実際」に起きているわけではありません(起きているとしても、戦争による死亡者・負傷者に比較すればきわめて少ないはずです)。ましてや少年による少年の殺害という事件は、きわめて例外的なものです。つまり死亡者・負傷者の多寡を基準とするなら、この出来事は過剰に報道されるような事件ではありませんし、事件を根拠に社会の在り方全体が問われるような、それがマクロ的な「政治」の場によって論じられるべき問題でもない、ということになります。
# by pastandhistories | 2015-03-07 10:43 | Trackback | Comments(0)

言語論的転回と社会運動史

 今日は入試、その後は教授会など多分夜まで会議、ということで何もできない一日になりそうですが、早く起きて今は多少時間があるので、あまり間を置かないで久しぶりに記事を書きます。書き癖をつけないとブログの維持は難しい。日常の変化とか、政治へのコメントなら毎日書くこともそれほど難しくはないだろうけど、それなりにあるテーマについてまとまったことを書こうと思うと、やはり書き癖は重要です。といっても仕事場にまだネット環境を構築できていないので、本が今は手元になく、今日はあくまでも自分の記憶の範囲でということになりますが。
 自分がほかの研究者からどういう目で見られるかというと、たぶんE・P・トムスンのパートナーのドロシー・トムスンのチャーティスト運動研究の決定的労作の『チャーティスト』の翻訳者、ということになります。実際イギリスに行く時は彼女と会うことは多かったし、家に招待され宿泊したこともあります。エピソード的に書くと、トムスン家では『インデペンデント』を読んでいて、朝食の時にたまたまその日の記事に「ゴルフは中国で始まった」という記事が載っていたのをエドワードが話題にしたことがあります。エドワードとゴルフの関係が唐突で、強く印象にあります。
 それが現在では言語論的な議論をかなり紹介するようになった。日本では奇妙に感じられるようですが(自分は思想的な変化は好まないタイプで、たとえば政治的なことへの考え方は学生時代とほとんど変わっていません)、海外では、とりわけイギリスの研究者にこうしたことを自己紹介しても、不思議に思われることはあまりありません。その理由は、イギリスでは言語論的転回は社会運動史研究、とりわけチャーティスト運動研究の流れの中で重要な意味を持っているからです。このことは、最近出ているチャーティズム研究の中の研究史を読んでもよくわかります。多くの研究は、ギャレス・ステッドマン・ジョーンズの「チャーティズムの言語」を研究の決定的転換点として挙げています。
 その代表例がNail Pye の The Home Office and the Suppression of Chartism in the West Riding,Merlin Press (2011) です。チャーティスト運動くらい研究が積み重ねられているとどうしても研究史が長くなる。とりわけ博士論文をベースにするとそうなる。この本も本文は180 頁弱だけど、研究史だけで30頁近くあります。 ほぼ三つに分けられていて、1960年代以降の実証研究の本格化、とりわけそれを集成していったドロシー(グループ)の研究とは異なる地平を提起することになったのがチャーティズム研究に言論的な視点を導入したギャレスの論文とされ(結局のこの流れはドロシーグループの影響力の大きさ、さらにはこの流れが関心をチャーティズム研究以外にも向けていったのでチャーティスト運動研究には決定的な影響力を持てなかったのですが)、さらには2000年以降に新しい展開が生じているとされています。
 そうした流れの一つとしてデジタル化(ネットをつうじての情報の拾いだし、その提示など)が あげられ、それが family history と結びつくことによって社会運動史の捉え方に新しい側面を開いたことが指摘されているのもこの本の研究史で注目していいことですが、この本が自分の関心と一致するところは、近代国家の権力整備(とりわけ社会運動の抑制システム)から社会運動の興隆・衰退をとらえているところです。とくに面白いのは、たとえば鉄道の発展が、新聞や指導者を地方に輸送することを通して運動を全国化したけど、同時にそれは警察や軍隊、そして世論誘導のための支配的なメディア(その代表がタイムズです)を全国化し、後者の流れの方が強力であったことが、同じように全国化して一時的には大きな力を抱くようになった運動の側を抑制し、チャーテスト運動を衰退させたということが議論の大きな柱となっていることです。
 議論としてはチャーティスト運動を治安維持システムの問題との関連からいち早く取り上げたメーザーの議論(Public Order in the Age of Chartism) と、言語論的転回を媒体にチャーティスト運動の「衰退」を論じたギャレスの議論(ギャレスの議論に関して大事なことは、彼の議論が19世紀後半からイギリスの民衆運動はなぜ後退したのかという問題意識から生じていることです。そしてこの問題意識は、1970年以降なぜ左派的な思想、運動が後退し始めたのかという問題への危機感からも生じたものです)を受けついだジェームズ・ヴァーノン(People and the Politics)の議論をある程度踏まえたものです。
 こうした例からも理解してほしいことは、言語論的な議論は実証的な具体的な歴史研究のあり方と、社会運動という領域でも深い関係があるということです。
 
# by pastandhistories | 2015-03-06 07:12 | Trackback | Comments(0)

一か月ぶり

 一か月ぶりの記事ですが、もう三月です。以前の勤務先は旧国立大学二期校ということだったのでセンター入試(最初は共通テスト)導入のあおりを受けて三月はフルに入試事務が入り、かつ絶対定員充足ということで、3月31日まで補欠合格処理作業もあったりで本当に大変でした。現在は年によりますが、やや楽で時間がとれます。そのせいか逆に研究会ラッシュ。面白そうな研究会が集中します。自分がやっていたプロジェクトも結構三月に予定を入れていました。
 そのプロジェクトの件ですが、自分が行っていたプロジェクトの継続的なものを大学の人間科学総合研究所が申請していたのですが、大学から採択通知があったようです。数年計画のもの、自分は来年度で退職しますが、申請段階での今年の計画案では、8月末から9月初めにこれまで企画したのと似たような形式で国際的な歴史シンポジウムを行なう予定になっています。大学での最後の仕事になるので、経験を生かしてよい企画作成の手伝いができればと思います。
 この間何度か書いていますが、退職ということで早めに今後の仕事場の確保と整理を思っていたところ、その作業が予定外に早まり、この間はその作業でずいぶんと時間を取られました。8割がた片付きはじめ、今日は文庫本用の本箱を買いました。荷物が増えるのが嫌なので学生時代から本は結構文庫本で読んでいましたが、この量が馬鹿にならない。段ボールに入れて押入れに入れておいたのですが、そうなると結局完全な死蔵。読み直すときは図書館から借りるということで(最近は電子ブックでも読めて、同居人はそうしているようです)、何のために保管しているのかわからない。ということで内容がわかるように、本箱を使用するということです。あとはネット環境の整備だけ。プロバイダーを代えると端末が安く買える(配偶者を代えると家賃が安くなるという話みたいで、あまり信用できないけど)というのを一度は使用してみようと思っていたけど、現状のままでも割引してくれるというので、できればそれを利用するつもりです。多分この作業も来週には終わると思います。
 こうした作業の副産物は、なんといっても古いコピーやノートが出てきたこと。それもイギリス史関係。パラパラめくると面白いところがあります。この間は歴史理論よりりそちらを少ししていました。こうした仕事と並行してローゼンストーンの短い文章の翻訳。ほぼ昨日終了。残された疑問点はローゼンストーンに直接メールして聞きます。メールの最大の利点の一つはこのことです。ワードの校閲機能を使用して疑問点を筆者に聞けば、疑問点はほぼチェックできます。翻訳には本当に便利です。
 ローゼンストーンといえば、6月にある「メディアと歴史」についての学会のキースピーカーに予定されているようです。久しぶりに会いたいし、話も聞きたかったので、一般報告者を希望するというアブストラクトを送ったら、受け入れてもらえるとの連絡がありました。何度か書いてきたように、歴史と記憶を論じるなら、歴史を伝え、記憶を共同化するメディアの問題は重要だというのが自分の考えです。報告の準備をかねて今日からそのあたりも本を読めたらと考えています。
 以上近況を書きました。この間翻訳以外(それから事務書類以外)文章を書かなかったので、だんだん文章を書くのが億劫になってきました。実は昨日も論文集に掲載する予定の文章を書き始めたのですが、あまりにもまとまらないので嫌になってしまいました。ただ今は時間をとれるのは春休みくらいなので、この春休みはいくつかの文章をまとめられればと考えてはいます。それと並行してこのブログの記事も書ければと今は考えているのですが。
# by pastandhistories | 2015-03-04 04:37 | Trackback | Comments(0)

海賊と帝王

 明日から2日間、卒業論文の口頭試問。やっと今ほぼ24本の論文を読み終えました。ということでこの一週間は完全にその作業で時間がつぶれました。テーマは拡散していてそのうちの一つが何年か前もあったのですが、『ワンピース』の影響でしょうけど「海賊の歴史」。海賊といえばチョムスキーの『海賊と帝王』。口頭試問が終わったら久しぶりに読み直してみようと思います。
# by pastandhistories | 2015-02-02 22:34 | Trackback | Comments(0)

啓蒙と物理的強制

 自分が質問したのは、啓蒙と物理的強制の関係の問題。コンラートもその点を指摘したけど、近代ヨーロッパを起源とする啓蒙がグローバルに拡延するにあたっては、帝国主義といった問題のような物理的な強制と一定の関係があったことは事実。そのこともまた彼は指摘したけど、啓蒙の複相性の一つとして日本を主体とし、近隣アジアが啓蒙化されていったという過程にもまた物理的な強制が関連していたことも、否定できない事実でしょう。あるいは戦後民主主義にもそうした面があることも否定することはできません。
 しか、し同時に第二次世界大戦後の世界というのは、そうした物理的強制を推進した(古い意味での)帝国主義が表面的には明確に否定された時代です。そのことは民族解放闘争を媒体としたアジアアフリカの独立によって、1960年代後半までには明確なものとなりました。しかし、ここで忘れてはならないのは、そうした流れが冷戦構造と関連していたこと。非ヨーロッパの多くの社会でそうしたヨーロッパ中心的な世界体制への批判は、同時にたとえばヨーロッパにおいて啓蒙の延長として成立したマルクス主義の影響を受けていました。多くの反植民地主義運動・思想のなかにマルクス主義の影響は見られたし、日本における批判的な運動もまたそうした側面を強く持っていました。つまりアジア・アフリカ社会は、同調的な近代化を推進した支配層ばかりでなく、自立的・批判的な運動を含めて「啓蒙」の枠のなかにありました。
 こうした枠組みの有効性を失わせたのが、冷戦構造の崩壊です。皮肉なことに冷戦構造の崩壊は、マルクス主義の影響力の後退とともにアジアアフリカ社会における「啓蒙」の役割を後退させた。同時に、もちろん新帝国主義・新植民地主義という問題はありますが、それでもかつてのような西欧の側からの物理的な強制力は少なくともその正当性を持ちえない。そのことが、現在イスラーム社会に見られるような「啓蒙」と非和解的な原理主義の台頭という問題を生じさせています。
 しかし、このことの問題は、もちろん「啓蒙」を受け入れない側にだけあるわけではもちろんありません。物理的強制の根拠を喪失したがゆえに、逆にその根拠を生み出そうとする根強い衝動が西欧社会に生まれて、それがナショナリズムへの衝動として、ネオナチや新レイシズムを生み出し、そのことによってますます両者の対立を深め、両者を取り結ぶべき「合理的な知」が排除されるという状況が、それこそグローバルに生み出されているというのが、現在世界のもっともアクチュアルな問題です。日本の社会もまたその例外ではなく、というよりそれがむしろティピカルなかたちで生じていると自分は考えています。
 今日は時間がなく、急いでの走り書きですが、この問題は大事なことなのでもう少し整理して書き直そうと思っています。
# by pastandhistories | 2015-01-27 23:38 | Trackback | Comments(0)

世界史とグローバルヒストリーはどこが違うのか?

土・日曜に会合と仕事が入って、逆に今日は休み。といっても卒論読み(全部で24本)と相変わらずの本箱の組み立て、郵便物の発送、そんな感じで一日がすみました。郵便物の発送はおとといの会の報告者のセバスチャン・コンラートへ。昨日帰国ということだったし、自分が招いたわけでもないので、本を送る約束だけをしておいたからです。日本語が読めるので、時間を見て読んでくれるのではと思います。
 そのコンラートの報告ですが、歴史研究者らしく具体的な事実を本当に丁寧に追って、自分の考えを理論的に整理しようとしたもの。その意味では一般的な理論的レベルだけで論じるのはよくないような気がしますが、昨日の予告したので、簡単に紹介し自分の考えを書いておきます。
 まずはタイトルから紹介すると、「グローバルヒストリーのなかの啓蒙」。このブログでも何度か書いてきましたが、「グローバルヒストリー」という言葉を使うときは、やはりそれがこれまでの「世界史」とどう違うのかを説明してほしいという感じがあります。コンラートの視点は、「18世紀の啓蒙はヨーロッパの自律的な産物ではなく、つねにまたグローバルな重なり合いの関係性のなかに結びつけられていた。それはトランスナショナルな共同生産の成果であり、数多くの成果をもっていた」という点に要約されるもので、さらに言えばそれは起源においてだけではなく、空間的にばかりか、時間的にも特定されずに、現在においても地球上のさまざまな場において遭遇・応答・対立・相互干渉・融和を繰り返しながら継続されている、というものです。一言でいえば啓蒙を「18世紀のヨーロッパ」や「ヨーロッパ起源的なもの」に限定せず、「グローバル」な枠組みで、相互的な、多様なものとして考えているということでしょう。さらに言えば、文化史的に論じているということかもしれません。
 十分に説得的な考えかたですが、そうした考え方が従来の「世界史」になかったのかというと、それは疑問です。たとえば従来の世界史理解の中心的テーマとなっていた「産業革命」を例にとると、前段の文章は、「『産業革命』はヨーロッパの自律的な産物ではなく、つねにまた『世界的』な重なり合いの関係性のなかに結びつけられていた。それはトランスナショナルな共同生産の成果であり、数多くの成果をもっていた。さらに言えばそれは起源においてだけではなく、空間的にばかりか、時間的にも特定されずに、現在においても地球上のさまざまな場において遭遇・応答・対立・相互干渉・融和を繰り返しながら継続されている」、としても通じそうですし、「工業化」という言葉を使用すればもっと適合するような気もします。
 最近よく思うことなのですが、世界史に代えてグローバルヒストリーという言葉を使用するのなら、それがこれまでの世界史とどう異なるのかを説明してほしいというのが自分の考えです。そのためには、近年のグローバリゼーション理論をきちんとフォロウし、そのうえで議論を積み立てるのが現在歴史研究者に課せられている最低の義務です。その点に関してコンラートの議論には配慮が行き届いた点がありましたが、自分が疑問に思ったのは、あまりにも議論が包括的で、そのために「啓蒙」が現在抱えている問題点が示されていないのではということです。自分はそのことを質問したのですが、その内容はまた明日書きます。
# by pastandhistories | 2015-01-26 21:36 | Trackback | Comments(0)

明示性と構築性の違い

 10月0本、11月2本、12月1本、1月1本、というのがこのブログの記事数です。にもかかわらずアクセスは安定して続いています。その意味では本当に申し訳なく感じています。
 言い訳をするとやはり忙しい。毎年繰り返される学年末の繁忙期。加えて今年は多くの大学でもそうだと思いますが、大学の「管理」「改革?」問題、さらには入試関係の雑務の膨大化で大学は混乱気味です。今年はこれに個人的事情が重なりました。最大のことは仕事場の整理。退職後に大学の研究室の書籍の一部を引き取る準備という意味もあります。本箱の入手が遅れていて、書籍・コピー・本・メモ・ノートいろいろなものが段ボールに入ったままの状態。幸い先週あたりから本箱が入手でき、おとといはまる一日組み立てをしていました。来週から中身の本格的な整理に入れるでしょう。そんな中で昨日は、現代史研究会の会合、セバスチャン・コンラート(ベルリン自由大学)の話を聞きに行きました。夜は懇親会。帰宅が遅く、そのまま就寝。今日は午後からまた所用があるので、これから入浴して出かける準備をします。ということなので、会では久しぶりにいろいろな刺激を受け、メモも取ったのですが、この件についてはまた明日書こうと思います。
 今日はせっかく書き始めたので、正月の記事についての補足を少し。遺伝による外見の明示的な相違について書こうと思います。もっとも今日書く話は分かりやすいことは分かりやすいのですが、たとえとして適切かというと微妙なところがあります。それは外観上の明示的な相違を動物(馬)を例として論じるからです。
 馬の外見(皮膚ではなく、毛の色)には明確な違いがあります。多数派を占めるのは鹿毛(やや濃い茶色)、そのヴァリエーションが栗毛(明るい茶色)、そして青毛(黒)、葦毛(灰色、黒、白のまだら)、そして白毛(白)などです。競馬馬の世界では、葦毛と白毛は区別されていて生まれたときからの白馬というのは遺伝的にはきわめて稀少で、多くの白馬は葦毛馬が成長・老化する過程で白毛化したものです。
 馬(競馬馬)には外見的にはこのような明示的な遺伝的差異がありますが、そうした差異を理由に人間が馬を差別する(個人的な好みの違いはあるかもしれないけど)というのはあまり聞いたことがありません。多分馬同士でもないのではないかと思います(そもそも馬は人間の色覚を基準としたような色の差異を認知してはいません)。
 このことは今日なぜ書いたのかというと、明示的な遺伝的差異も、それだけでは意味を持たないということを説明するためです。色(人間の場合は皮膚の色となりますが)による差別化があるとすれば、それは間違くなく構築されたものであるということです。記号と意味の関係はそうしたものです。譬えとして適切なものか迷うところがありますが、明示的なものが意味を持つのは、やはり意味が構築されるからであり、必ずしも明示的なものそのもののなかに意味が内在しているからではありません。
# by pastandhistories | 2015-01-25 07:07 | Trackback | Comments(0)

遺伝子の不平等

 このブログは多分書き始めて今年で満5年です。その間にツイッターの時代となって、ブログはもう時代遅れという感じですが、「時代遅れ」というのは自分の好きな言葉。「時代遅れのアットランダム」をもう少し書き続けるつもりです。といっても、年賀状にも書きましたが、「何もしなかった一年」なのに、ただひたすら「忙しさに追われてしまう」ということで、このブログも本当に滞りがちになりました。
 年末は校正が一つ、これが終わったと思ったら100枚以上のレポートの採点とコメント、さらに11月の末に引っ越した仕事場が結局は本棚の入手の都合で全く片付かず、さらには正月明けの来年度のシラバスなどの書類書き、さらにはためてしまった海外からのメールへの返事、ということであまり休みという感じがしません。それでもこのブログを書くきっかけになったアメリカ歴史学会は今年は不参加なので、その点は楽です。今日は家族が「妖怪ウォッチング」を見に行ったので送りがてら郊外の大型書店を久しぶりにのぞきました。最近はこうした書店に立ち寄ることはほとんどありませんでしたが、西川長夫さんの最後の仕事である『戦後史再考』などを購入しました。
 といった感じで今年も始まりましたが、年末に感じたことを今日は少し書いておきます。20日にあった歴史知研究会に関して。若い研究者の興味深い発表が多かったのですが、その一つが最首悟さんの子育て論に関するもの。ハンディをもった子供の育児をとおして、ジェンダーの役割(自らの無能さ)を感じるようになったという問題に触れたものです。報告を受けての議論は当然のように、本質論と構築論をめぐるものへと向かいました。
 自分が感じたことは、子育てということに議論の重点を置くと、ジェンダーをめぐっての議論はしやすいけど、介護およびそれとかかわるアルツハイマーやその他の身体的、精神的不全の問題に視点を向けると、必ずしもジェンダーの役割分担が議論の軸とはならないのではということです。たとえば夫婦間の老々介護の問題は、ジェンダーの役割分担ではなく、どちらが先に発症するかという問題です。
 もう一つこの問題に関連して自分が考えていることは、年末の朝日新聞の書評欄でさらりと触れられていた「遺伝子の不平等」という問題。性の区分けも人種も、遺伝子(と染色体)によって規定されているものです。そうした差異は現象的な特徴が明示的だということもあり、その点で本質論か構築論かという議論がしやすい。しかし、たとえば顔立ちとか、精神的肉体的能力というのは、明確に類別化することができるものというよりグラデーションをともなう差異(本当は性別すらそうしたものかもしれないという議論も成り立つけれど)、にもかかわらず性別や人種以上に個人を拘束し、差別化し続けるという要素があります。
 明示的であるがゆえに(それゆえ本質主義的な議論を根拠とした差別が歴史的に行われてきた)、性別や人種が、平等主義が近代以降社会的に認証されるようになると、その構築性を批判され、そのことが今なおきわめて不十分なものだけど差別の解消に向かいつつあることは事実ですが、と同時に忘れてはならないことは、同じように人々を差別化する要因となっている「遺伝子の不平等」という人々にあるグラデーションだという指摘には、頷かされる点が少なくはありません。もっとも年末に行っていた100人以上のレポートの採点というのは、学生の知識量・思考能力を、あるグラデーションの中に枠づけていく作業だったのですが。
# by pastandhistories | 2015-01-01 22:16 | Trackback | Comments(0)

afterology

 昨晩は誘われたので、日仏会館で行われたキャロル・グラックの講演会に、大学院生とともに参加しました。After the Shipreck; New Horizon for History-writing というタイトル。文化講演会的なもので、特に歴史研究者を対象としたものではないけれど、会場には院生を含めてかなりの歴史研究関係者が来ていました。レジュメもあるし、また今後彼女が書くものや参加者をとおしてその内容は伝わるでしょうから、あくまでもここでは自分の感想を書いておきます。
 話は、基本的には1970年代~80年代を近代以降確立されてきた歴史研究の転回点としてとらえて、現在的な方向性を論ずるというものでした。その前提とされたことは、その時期に盛んに議論された post, end, after という問題。歴史研究においても出現した(というよりも中心的な批判的役割を担った) postism, endism, あるいは afterology(レジュメでは確認していませんが、そう発言したと思います) をどう論じていくのかと問題です。
 始まりは歴史の共同性・共有性(commonality)から、そしてその単位としてのナショナルヒストリー、そしてモダニティと近代的な歴史の関係から。それが1970年代から80年代にかけてpostism, endismによって批判され、たとえばtemporalityの解体などに代表されるように、統一性が解体し、様々なpluralities として論じられるようになった、つまり細分化された。そうしたなかで現在の歴史研究(あるいは歴史叙述一般)には、8つくらいの方向性があると論じました。
 話の過程で随分と多くの研究者とその論点が紹介されたけど、これは少し自慢になりますが、その多くはこのブログで紹介してあります。その理由は、この間海外でも色々な学会で話を聞くことができた(そればかりが直接意見を交換したりしている)人の紹介が多かったからです。宣伝になりますが、もしグラックが議論したような問題に関心があるようなら、ぜひこのブログを最初から読み直してもらえればと思います。
 質問はしなかったけど、自分が聞きたいなと思ったことは、最後に話した歴史のデジタル化ならびに歴史と記憶の問題について。記憶の問題については、いずれまたふれますが、デジタル化の問題に関しては、それが歴史を従来のリニアナラティヴなものから、同時に様々なものとリンクされている歴史(意識)に変える可能性があることが示唆されました(synchronicity・・・この問題は国際歴史学会で自分も論じたことがあります)。実は話の中で、前提的なものとして基本的な軸を構成していたのは、近代以降の学問的な歴史とパブリックな場にある歴史との関係でしたが、自分がこのことについていつも感じていることは、パブリックな場にある歴史の先行性という問題です。
 歴史研究者は、過去についての正確な知識を「先行的」に取得し、それをパブリックな場に「事実」として伝える、つまり歴史認識においては自らが先行していると考えがちですが、自分の考えはそうした考えとは逆だからです。たとえばグラックも少し言及しましたが、歴史におけるvoice の問題。この問題の重要性にやっと歴史研究者は目を向けるようになりましたが、そんなことはパブリックな場では過去認識の常識的な媒体であったわけです。visualized past についてもそれは同じこと。映像をとおした過去認識は、歴史研究者がその重要性に気付いて議論する以前から、public history の場においては常識的なものでした。
 digital の問題についても同じです。 digitalized history 問題は歴史研究者にとって、あっという間に常識的なものとなりました。それは、皮肉なことに「近代以降」の「学問的な歴史」を根拠づけた「史料」探索・分析にとって便利な手段になったからです。digitalized された史料の寡占化、それを操作するテクノロジーは現在では歴史研究者が自らを権威づけるためのもっとも重要な手段です。
 しかし、こうした問題以上に重要なことは、digitalized history は public history の場に、こうした歴史研究者の取り組みよりもはるかにinfluential なものとして幅広い根をおろしていることです。wikipedia のエントリーは代表的なものだし、なによりも歴史修正主義の問題は、ネット空間で提供される information に強く根拠づけられています。そしてそれはテレビ、漫画、映画などにおけるvisual history と相補的なものです。多くの人は、そうしたdigital な場をとおして既に歴史を、リニアなナラティヴとしてだけではなく、同時的に認識できる平面的なリンク的な知識としてシンクロニカルに認識しています。歴史はそうしたものとして'presence' しているものです。
 そうしたパブリックな場で先行している歴史、それにどれだけ切り込めるかが歴史研究者の重要な課題であるというのが、自分の関心です。digital history にしても、visual history にしても、oral past にしても、歴史研究者にとっとは、他の研究者への自らの優位性や先行性を根拠づける手段ではなく、むしろ public history に対する自分の劣位性をどのように克服していくかを考えていく媒体なのではというのが、自分がグラックと論じあってみたいと思ったことです。
# by pastandhistories | 2014-12-16 10:34 | Trackback | Comments(0)

新着

 12月が間近かになるといよいよ本当の繁忙期。平日にも会合が入り始めます。大学も色々な残務整理。今年はそれほど多くはないけど、卒論指導も最終段階になります。予算の処理もということで、この間大分新着書が入りました。でももう置くところがない。というところに事情が生じて、仕事場の引っ越しを月末までにすることになりました。連休はその準備。少し片づけをしましたが、書きかけの原稿(メモではなく、ワープロに打ち込んだもの)がなんと海外旅行用の大型カバンにぴったり入るくらいの量。さすがにびっくりしました。何とか整理しなければと思います。
 そんな状況ですが、この間進行させていた翻訳がやっと今日で一段落しました。明日からはやっと別の仕事を始められそうです。ということで今日は簡単なことを書きますが、この間入手した本でやはり一番おもしろかったのは、ヘイドン・ホワイトの新著、The Practical Past です。題名からもわかるように、『思想』に掲載された論文を中心とした論文集。もう一本『思想』に訳出されたものが所収されていて、全体で5本。来日の前後に書かれたものが集められています。
 簡単に内容を紹介すると、
we should stress the differences among narration (the enonciation, the utterrance), narrative (the enonce, what is said), and narrativization ( the arrangement of what is said in the form of story). Narration has to do with the voice, the tone, and mode of utterance, mode being understood as presumed degree of mastery of the matters dealt with and the degree of authority presumed in the relation of the speaker to an intended audience. The product of the speaking process we call a narrative, the essence of which is also modal inasmuch as the narrative presume a specific kind of relation to what is spoken about or the referent of the discourse. Finally, narrativization is the product of the mode of emplotment used by the narrator to endow the events chosen for presentation with a value of a specific kind - cognitive,moral, ideological, religious, and so forth.The endowment of the referent with the form of a story and moreover a story of a particular kind , genre, or species by means of emplotment produces the meaning-effect of the presentation.(p.94)
というように、narration, narrative, narrativization の概念規定がされていて便利です(historial, historiology, historiosophy, historiogony, historionomy といった用語の規定についても109頁で説明されています。なお一番最初のhistorial は、初出の Difference (2007) でもこのスペルでした)。
 この本はホワイトの現在的な到達点を理解するためには、簡潔に編集されてる点でも便利です。なおホワイトに関しては、カーレ・ピハライネンが編集した Storia della Storiografia の特集号がが来年出るはずです。
# by pastandhistories | 2014-11-23 22:37 | Trackback | Comments(0)

民主主義への憎悪

 朝はまだ雨が残っていたけど、典型的な小春日和。この言葉は好きですね。穏やかな暖かさで、ひょっとすると今年は冬は来ないかもしれないという期待すら抱かせる。もともとは今頃を指すのでしょうが、自分がこの言葉を一番感じるのは、正月過ぎた頃の暖かい日。祖母が老衰で1月に亡くなった時、暖かい日が続いて、これが続けば、ひょっとすると今年の冬はやり過ごせるのではと期待したけど、やはり寒い日が来て亡くなった、そんなことををこの言葉は思い出させます。
 本当にしばらくブログを書きませんでした。休みが続いた時にいつも書くけど、別に健康を害していたわけではありません。授業の休講はゼロ。加えて言うと、別に躁鬱的な気質があるわけでもありません。ブログを集中的に書いたり、長く休むと気になるのは、人から躁鬱的な人間ではないかと思われること。確かに原稿を書くときには、そうしたリズムは生じるけど、別に性質的にはそういうタイプではありません。大きな理由は、翻訳に時間をとられていたためです。忙しくてまとまった時間が取れないと、考えなくていいし、新しい本を読まなくていいということもあって、一番やりやすいのは翻訳。しかし、意外と時間を使う。そのためにますます自分の仕事ができなくなる。そうした経験は多くの人にあると思います。
 最近本当に思うことは、タイトルにある「民主主義への憎悪」ということです。一度紹介したと思いますがランシエールに『民主主義の憎悪』という本があります(ホワイトの小文が付されています)。そのなかでランシエールの主張していることは、抽選制への憎悪という問題。多くの「民主主義の擁護者」にとっても、この議論はラディカルなものです。やはり能力の差はあるし、最低でも選挙制のようなものは必要だと考えがちだからです。
 でも能力の差という議論が、選抜制を根拠とした権力形成の根拠であることは否定できない事実。それが官僚的支配の根拠であり、そのことによって権力を保持した人間が、民主主義的な手続きを排斥しようとする根拠となっていることも否定できません。
 さらには選挙の問題はもっと民主主義にとって深刻な問題です。そのことは現在の日本の政治に鮮やかに示されています。民主主義的な手続きによって選出されたと称する人間が、民主主義をもっとも嫌悪し、それを抑圧しようとする。しかし、これは現在の日本の現在に特有の問題ではなく、19世紀以降の政治に現れた深刻な問題。民主主義を憎悪するがゆえに、多くの権力を志向する人間が「民主主義」を利用した。民主主義を憎悪するがゆえに、民主主義を媒体として「政治家」という権力的地位に上昇していくというパラドクスです。そしてそのことを根拠として民主主義を徹底的に抑圧していく。
 こうした憎悪の中で、大学の在り方も大きく変えられていようとしています。大学にそうした憎悪に同調する人間が増えているのは、本当に残念なことです。というより許しがたいことです。
# by pastandhistories | 2014-11-06 10:52 | Trackback | Comments(0)

universal history

 今日は午後から授業の開始、そして休日だけど明日もまた授業です。iさきおとといは企業関係者をホテルに招いての就職支援活動、一昨日、昨日は新学期に向けての書類作りでつぶれました。そんな感じで新学期が始まっていきますが、今年の夏はいくつかの本作りに専念することができ、それなりに有効に使えました。逆に言うと、学期が始まると作業が難しくなるので、休みの間を活用したということです。
 本作りといえば、亡くなった法政の相良匡俊さんの論文集『社会運動の人びと:転換期パリに生きる』が山川出版社から出ました。正確に言うと発売は25日、その見本刷りが送られてきました。正直言って個人的にも多忙な時期と重なり、あまり手伝えませんでしたが、内容的には現在的にも面白いものです。同時に日本の西洋史研究のあり方についても考えさせられる内容です。
 とにかくこの夏は自分の仕事にかなり集中していてこのブログにはENIUGHの報告程度しか書けませんでしたが、今日はそのENIUGHの席上で考えたことを追加的に書いておきます。それは、タイトルにあるように、universal history とか、歴史の humanization といった問題です。
 ENIUGH で興味深いのは、組織のタイトルにグローバルヒストリーとともに、ユニヴァーサルヒストリーという言葉を採用していることです。ワールドヒストリーではなくグローバルヒストリーをもちいているのは、よくあるように組織としての新しさをPRするためだと思いますが、トータルヒストリーではなくニヴァーサルヒストリーをもちいているのは興味深いところがあります。
 いつも思うのですが、globe というのは基本的には地理的単位、あるいは物理的な単位です。これに対してnation というのは地理的な単位といえなくもありませんが、やはり政治的、文化的単位として考えた方が、よりよいところがあります。total history の totality というのは実体的なものではなく、抽象的なものです。これに対して universe を宇宙としてとれば、それは地理的な、空間的な、そして物理的な単位ですが、universality という言葉はやはり抽象的な意味内容をもちます。英語の専門家ではないので断定はできませんが、total という単語はニュアンス的には包括性が強く、universal という言葉は普遍的な意味合いと同時に、多方面性・多様性を許容するものでもあるような気がします。それがトータルヒストリーではなくユニヴァーサルヒストリーがもちいられた理由なのかもしれません。
 ENIUGH に関して紹介しましたが、リューゼンの報告は近代以降の歴史の totality ではなく、universality を強調したものでした。その根拠は、それが humanistic な価値を持っているからというものです。したがって歴史は humanize する必要があるし、humanization された歴史を批判するのはおかしいという主張です。
 しかし、こうした考えの根拠である human beings は species の一つで、生物学上の分類概念です。たぶん問題とされるべきことは、それぞれまとまりを示す、globe という物理的単位、human beings という生物学的単位、のそれぞれのなかに多様性があることです。そうした多様性を前提とするかしないかが議論の分かれ目だといえます。そうしたなかで、universal history という言葉は、普遍的なものでありながら多様性を含意するものとしてもちられているのではと思います。
# by pastandhistories | 2014-09-22 09:36 | Trackback | Comments(0)

ENIUGH⑧

 ENIUGHの報告の最後です。最終日に参加したのは、Japan and the Great War というラウンドテーブル。日程の長い海外の大会は、疲れるので最終日には日本関係の会に出ることがあります。内容が理解しやすいのでほっとする。ということで今回も選びました。大会名称はヨーロッパという言葉が最初にあるわけだけど、日本関係のパネルもいくつかあったようです。ただその日程はなぜか最終日あたりに集中していて、そのためかこの会も報告者以外の日本人参加者は自分一人(終わり近くに終了後会う約束をしていた宮本さんがきましたが)。もっとも全体でも十人強でやや淋しい会でした。しかし発表のレベルはそれなりの高さがありました。
 参加メンバーを紹介すると、司会は渋沢栄一研究所の木村昌人さん。発表者は、Sumiko Otsubo, The 1918 influenza pandemic mede it visible; Ewa PalszーRutokowska, The Origins of Japanese diplomacy towards Poland; Evan Dawley, The Great War and Japan's new relation s with the old world; Seluk Esenbel, Friends in opposite camps or enemies from afar と代読のものが一つ。
 新しい本を書いた Dawley が発表の中心で,基本的なコンセプトは、いまはやりの「長い」「短い」。1910年代を「長い1910年代」としてとらえるか、「短い1910年代」として捉えるかという話で。伝統的なとらえ方である後者に対して、1910年代を前者のように長い1910年代として、たとえば1890年~1920のような時間的スパンで取り上げ、かつ第一次対戦をヨーロッパ二限定される事象ではなく、アジアにも及んだ事象として考えると、日本の国際的位置(外交政策)をどう理解できるのかという問題を、シベリア出兵(鉄道)、対中国政策、そしてポーランドやトルコに対する外交的態度から検討するというのが、議論の内容でした。
 少し細かく紹介すると、Otsubo の報告はインフルエンザの伝播に焦点を当てたユニークなもの。戦争によル人々の移動によって biological zone の変化が生じ、それで伝染病が広がったということの指摘。Rutokowska と Esenbel はそれぞれポーランドとトルコの日本学の教授のようで、外交文書をもちい当時の日本の外交政策をたどるという内容、 Dawley はイギリスなどの対日政策の理解について論じました。
 それぞれ日本語の史料はきちんと押さえていて力量を感じましたが、要するに参加者は皆日本語がほぼ完璧ということで終わったら、日本語で雑談。であるなら、日本を対象とした会なのですから、会自体も日本語でやった方が内容も深まるという感じがしました。実はそうした問題はソウルのAWHAの会の時もあって、この時は日本についてのセッションで参加者が日本人が圧倒的であったため、司会のEnglish speaker が会そのものを日本語でやろうと提案したことがありました。 国際会議であるというのなら[国際会議であるからこそ)、そういう方法をととったほうがよいと議論することもできそうです。「英語」だけが「真理」を保証する言語空間であるわけははないのであって、言語というのはあくまでもプラグマテッィクに利用すればよいということでしょうから。もちろん「日本史」は「日本語」という言語空間臣を対象とするものではないことも自明なことではあるのですが。
 忙しいこともあって急いで書いたのでまとまりがなく、あまり参考にならないかもしれませんが、ENIUGHについての報告はこんなところです。
# by pastandhistories | 2014-09-19 12:06 | Trackback | Comments(0)

ENIUGH⑦

 ENIUGHの紹介も今日で7回目。大会の報告はどうしても長くなり、書いている方も飽きてきますが、読んでいる人も同じだと思います。今日を入れて後二回ほどで終えたいので、今日は三日目を一気に。この日は院生クラスの発表が中心のパネルに出たけど、それぞれ面白いところがありました。理由は、テーマが刑罰制度とセクシュアリテというものだったからです。それ自体はやや古くなりつつあるテーマかもしれませんが、若い研究者がそれを大会のテーマであるEncounters, circulations and conflicts という観点から論じていて、その点で新鮮なところがありました。
 大会紹介が長くなってしまうのは、それぞれの発表者とそのタイトルを記すから。省略してもいいのですが、やはりタイトルがわかれば内容も想像しやすい。とくにこの日の場合は、サブタイトルがわかるとさらにわかりやすいので、それらをまず一気に紹介します。
 まず午前の会は、Careceral Archipelago: Space, circulation and penal confinement in global perspective, c.1750-1939がパネル名で、基本的にはレスター大学のプロジェクト、発表者は、Clare Anderson, A global history of penal transportation in the British Empire, c.1750-1939, Christian De Vito, The place of convicts in late colonial Spanish America, 18750-1830s, Katherine Roscoe, Spatiality in the Australian Convict islands of Rottnest and Cockatoo in the nineteenth century, Carrie M. Crockett, Carceral space on Sakhalin Island と日本から宮本隆史、transportation of punishment: Integration of Japanese penal discursive sphere in the global information network。
 午後の会は、ベルリンとエルフルトのやはり若い研究者が中心で、司会は日本語も話せるベルリン自由大学のセバスチャン・コンラッド (コンラート)。 報告者はとタイトルは、Stefanie Eisenhuth, The most widespread violation of American laws since prohibition: American GIs and German Frauleins in post-war Berlin, Robert Fischer, Moralizing the border: Reactions to the vice industry in the border cities Ciudad Juarez and EL Paso in early 20th century, Robert Kramm-Masaoka, Pulp Fiction: Contesting and desiring prostitution in occupied Japan. 1945-1952, David Moller, Five-day Bonanza's : US servicemen, R&R-Programs and sexual pleasures in Cold War Taiwan 、というものでした。
 ここまででも大変なスペース。内容をイメージしてもらうためにサブタイトルまで書きましたが、そこからも想像できるようにそれぞれが面白く、この二つのパネルは収穫がありました。最初に関していうと、司会者であるアラン・ブルムがいきなりレスターをライセスターと発音したのは愛嬌でしたが(国際的な会議はもはやグロービッシュでよいということです)、基本的には流刑と拘束の比較研究、実証も丹念でその点でも評価してよい報告が並びました。
 Andersonは、ロンドンで1832年に開催された刑罰制度を巡る国際会議から議論を始めて、ヨーロッパ諸国を中心に刑罰制度の比較を流刑を中心に論じました。基本的には19世紀半ばには流刑は減少したとされるわけですが、その理由の一つとして奴隷の移動と囚人の移動が同じ海運業者によって行われ、それが批判を招いたことを指摘しました。De Vitoの報告は、スペインによる流刑の実証的報告。囚人がどの地域から集められたのか、その罪名は何だったのか、を丁寧に分析しました。興味深かったのは、流刑のとなった犯罪の多くを軍隊からの脱走が占めていて、そのためにカタロニア出身者が多かったことを指摘したことです(一般犯罪は大都市を中心に、スペイン全体という傾向があったのに対し)。Roscoe はこれもオーストラリア流刑地個々の実証的な研究。多くは沿岸の島だったことを指摘しましたが、この報告で面白かったのは、流刑がincarnation を伴うようになると、そうした場に土着の人々が収容されるようになったことを指摘したことです。Crockettはサハリン。この報告の興味深かったことは、流刑地での刑罰(労働)が本来の刑罰の軽重ではなく、囚人の労働能力に左右されていたことを指摘したことです。つまり辺境開発者としての囚人。したがって他方ではoff-site location も認められていたことを指摘しました。この報告もまたオーストラリアと同様に、中国人囚人の存在を指摘しました。最後の宮本さんの報告は、日本の近代化に伴う刑罰の近代化が、西欧をモデルにしたことを説明しました。
 もう一つのセクシャリティの基本的テーマは、これもタイトルからわかると思いますが、一言でいえば(進駐者としての)軍隊と現地女性による売春、というものです。それぞれが興味深く管理的売春(Fischer)、同盟国によるサーヴィスの提供(Moller)、あるいは街頭売春(Masaoka)を実証的に報告しました。これらの「実証的」な報告で共通して問題とされたことは、テーマからくる史料・証言の問題。間接的なナラティヴ的な証拠はあるけど、experience に基づく証言は乏しいという問題です。ただこれらの報告で一番おもしろかったのは、Eisenhuth が1945年当時のドイツの女性の日記を引用し、「戦争によってmale sex が敗北したことによって、女性は自由になった」という議論を論じたことです。つまり戦後を「女性」から見れば、異なる見方もあるという議論。旧敵対国との男性と関係することもまた女性の性的解放であり、一つの自由であるという議論です。当然この議論には、ドイツ進駐時のフランス女性はどうなのかという質問が出たのですが。
 一気に書いたので変換ミスも多そうで、後から直します。
# by pastandhistories | 2014-09-18 11:18 | Trackback | Comments(0)

ENIUGH⑥

 二日目の最後に出たのは、Theory of history and didactic of history というパネル。報告者とタイトルは、Jorn Rusen (Essen)、 The Idea of a humanistic history didactics in the age of globalization, Norbert Fabian (Hamburg), Progress in history and historiography,Urte Kocka (Berlin), Teaching History: Classes in the age of Globalization, Simone Lassig (Braunschweig), Contemporary history in binational textbook でした。タイトルどおり、それほど目新しい議論ではなかったけれど、それなりにまとまった報告。逆に言えば、グローバリゼーションと歴史というテーマに関しては、ある程度議論の道筋ができつつあるということかもしれません。
 まずリューゼンの報告に関して書くと、この間に彼が一貫して主張していることをなぞらえたもの。彼の一貫した主張は、近代以降のヒューマニズムには普遍性があって、それが地球全体にいきわたることが必要だというもの。歴史も歴史教育もそのことを前提とすべきだというものです。このことが彼がポストモダニズム的な相対主義を批判するもっとも大きな根拠。ヨーロッパ中心主義を批判するかたちのモダニティ批判は、結局はエスノセントリシズムを生み出しているというのが彼の主張です。運悪く自分が正面に座ったこともあって、「ミチヒロ」の議論は結局はそうした議論であると激しく批判されてしまいました。もっとも北京や台北で会ったということもあって(ヨーロッパでも会いましたが)なぜか中国人と勘違いしていたようで、さかんにチャイニーズはと言われ困惑しましたが、「他者」がヒューマナイゼーションされた過程を他者の側から議論すれば別の議論もありうるのではという反論をしておきました。物事を論証していくロジックは同一かつ普遍的で、文化的差異を超えた(ヒューマニスティックな)真実があるというのが彼の主張で、それ自体はロジックとしては正しい面がありますが、歴史的に考えれば問題はそこに一面化はできないということなのだと思います。
 Fabian の報告は一言でいえば、歴史の GRADING を論じたもの。歴史学と歴史教育の歴史は違うというものです。これを四つの要素に分けて図式化して歴史教育の意味を論じました。その図式をここで紹介してもいいのですが、ここでは省略。関心があるなら彼の書いたものを読むとよいでしょう。
 Kocka は今回は来ていなかったようですが、ユルゲン・コッカの奥さん。旦那さんに本当によく似た感じの温和な感じの人。年齢的にもかなりの人だと思いますが、発表の問題意識には随分と自分に似たことがありました。その一つは、近年の歴史のヴィジュアライゼーション、デジタライゼーションを強調したこと。くわえて人々の移動によって歴史教育の場ではMULTICULTURAL CLASSROOM という事実が生じていることを指摘したことです。そこから生じていることとして、前者のような問題へのリタラシーが教師には必要なこと、また後者に関してはナショナルヒストリー自体がグローバル化していく必要が生じていることなどを指摘しました。このこととも関連しますが、VISUAL HISTORICAL EDUTAINMENT という言葉をもちいて、教育の場にある歴史と、パブリックな場にある歴史との関係を指摘したことも、自分の考えと似ているという感じがしました。
 最後のLassigは仏独教科書作りの試みについての具体的な報告。当然の結論なのですが、教科書のもつ属性から、教科書の共同化が難しいことを説明しました。アジアもヨーロッパもそれは同じということなのだと思います。
 ここまで書いたら訪問客がきましたので、続きは明日にします。
# by pastandhistories | 2014-09-16 22:11 | Trackback | Comments(0)

ENIUGH⑤

 そろそろ新学期の準備ということでだんだん時間がなくなるけど、それまでにENIUGHについて書けるところまで書きます。二日目の午後に出たのは、Slaveries and emancipation: Comparisons and connections というラウンドテーブル。参加者は 、Gareth Austin (Geneva), William Clarenth-Smith (London),Andreas Eckert (Berlin), Olivier Grenouillear (Paris), Ibrahima Thioub (Dakar) 。 ラウンドテーブルといっても部屋は講壇型の大教室。壇上の人物の知名度もあって、発表参加者も40人少し。内容的には発表は10分以内のきわめて短い問題提起。それを相互に議論しあうという形式でした。
 「奴隷制」について10分程度ということで、それぞれは大雑把な問題提起。そのためもあって議論はいろいろな面に及んで混乱気味。まず基本的に、奴隷とlabour はどう違うのか、違わないのか、animal labour とはどう対比されるのか、法的なもの・社会的制度・社会的メカニズムとの関係はどうなのか、そもそも経済的な効率性のためのものだったのか、他の要素があったのか、他の強制労働とはどう違うのか、違わないのか、さらにはなぜある社会にはあって、他の社会にはなかったのか、なぜ奴隷制は時代的に変化したのか、という感じで、結局はまとまらないところがありました。
 この議論を聞いていて感じたのは、言語的な問題、別の言い方をすると歴史説明におけるいわゆる「喩法」とか比喩の問題です。歴史にある言語的概念をもちいる場合には、基本的には二つの方法がとられています。一つは現代的にもちいられている言葉を遡行的に、つまり過去を説明するために、regressive なかたちで比喩的にもちいる方法です。たとえば「資本主義」というような言葉。あるいは「階級対立」というような言葉がそうしたものです。もう一つは、過去にもちいられていた言葉、たとえば「国」という言葉もその一つですが、それをprogressive なかたちで延長し、現代の事象にも援用する、そうしたもちいられ方です。後者の場合は、それがまたふたたび回帰するかたち過去に援用される場合がある。さらに複雑なのは、本来は過去にもちいられていた言葉が、現代では新しい意味をおび、それが過去に再び転用される、たとえば「帝国」主義というような言葉の使われ方です。
 歴史の説明では、そのように一つの言葉がかなり長期的な時間的スパンで使用されるわけですが、そもそも時代も場所も異なる事柄に、そうした言葉を厳密な概念規定を伴わずに比喩的なものとしてもちいることは可能なのかという問題があります。このブログでも指摘してきましたが、「国家」をめぐる混乱はその代表的なものです(というより、この問題に対して混乱がないことが、歴史叙述・歴史認識の最大の問題といってよいかもしれません)。そうした問題をこのラウンドテーブルでは感じました。
 「奴隷制」という言葉を特定の歴史的事象に限定するのが。それともその内的な要素、たとえば社会的、経済的、身体的隷属や労働の強制性、をとりだしてそれをより一般的な事象として考え、現代「奴隷制」というような視点を取り入れるべきなのか、たとえば家事労働をある種の「奴隷的」関係に基づく賃金をともなわない労働(事実そうした質問が会場から出ました)と考えてよいのか、というような問題です。
 歴史研究が現在的視点に基づくものであることは、ある意味では現在では常識化されています。そのことは「現在」使用されている言葉が、その意味内容を前提としながら「過去」の叙述にもちいられていることを意味しています(「歴史は「過去」をありのままのものとして描くものであるという歴史家がいても、その歴史家は過去をけっして過去のありのままの言葉、つまり古文や古代文字で描くわけではありません)。したがって現在と異なる意味内容をもつ言葉がもちいられていた過去の叙述は、どうしても「現在使用されている言葉を過去に援用する」という点で比喩的なものとなります。グローバルという言葉はきわめて包括的なものですから、ある事象を「グローバルな視点」から議論しようとすればするほど、なんでも対象としてしまうという点で議論はむしろ曖昧なものとなってしまうことがある、そうしたことをこの会では考えさせられました。
# by pastandhistories | 2014-09-15 10:05 | Trackback | Comments(0)

ENIUGH④

 来週は忙しくなるのでENIUGHの続きを忘れないうちに書きます。大会の二日目の朝は、World history writing and teaching という会に出ました。史学史的なグローバルヒストリー論の中心になりつつある人物で、デュークからブレーメンに移ったドミニク・ザクセンマイヤーが組織したもの。このパネルは、 Adam Delmas(Cape Town), Herve Inglebert(Paris), Laurent Testot(Auxerre), Jocher Kemner(Bielefeld) といった一定のレベルの研究者が報告者で、内容的にも安定したものでした。ただし参加者は多くはなく、15人くらい。
 Delmasの報告は、アフリカにおける歴史の流れについて。アフリカでは大航海以前は当然のことながらイスラームや(東海岸ではとくに)インドなどの影響が先行していて、文字化された歴史も存在していた。ポルトガルの進出によって、さらにはその後の長期的なヨーロッパからの影響の中で、それらへの反発と受容によって(まさに今回の大会のテーマである、encounters, circulations、conflicts ということになりますが),それらを前提に、それぞれの歴史がアフリカの各地で作られていったという議論です。当然の話だけど、こういう話が聞けるのが国際的会議の利点です。
 Inglebert の報告もよくまとまっていて、力量を感じさせました。PUF から LE MONDE L'HISTOIRE:Essai sur les histoires universalles という本を出していて、その要約ということでしたが、副題にあるように universal history 論。もともとはローマ史の専門家ということですが、古代以来の(自らを普遍化しようとした)歴史の流れをたどりながら、それが他文化との接触の拡大の中で、どのような変化をたどったのか、今後たどらなければならないのかということを論じました。基調報告で行うような内容のもの。パリ(ナンテール)の人なわけですから、そうした工夫が大会運営にあってもよかったのではないかと思います。
 Testot はフランスにおけるグローバルヒストリーの流れについて。この人はグローバルヒストリーをめぐるフランスのブログを運営している人で、自分の報告をそこで紹介してくれたことがあります。会うのは初めてでしたが、最近論文集を編集したとのことで、その内容を紹介しながら、グローバルヒストリーについて一般的に論じました。
 最後の Kemner の報告はかなり常識的な議論。グローバリゼーションの進行に伴って教室には異なる文化を背景とした生徒が混在するようになっている、そうした教室内の differentiation に対しては、逆に cosmopolitan な教育が必要となるだろうということを前提に、各国でなお行われている world history と national history の分業を論じるという内容でした。
 このパネルはラウンドテーブルだったので、以前『歴史と地理ー世界史の研究』にも書いたことのあった、グロバルヒストリーというのはグローバリゼーションにともなう過去意識なので、いたから使用され始めたかを確認することが大事だと発言したら、ザクセンマイヤーはそれは1962年だと答えてくれました(確か彼の本に書かれていたような気がします)。
# by pastandhistories | 2014-09-14 10:11 | Trackback | Comments(0)

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