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Doing history

 昨日は言語論的転回について簡単に書いたので、今日はそれに関連してポストモダニズムについて書きます。ポストモダニズムについても日本では歴史研究の中で、その提示した問題をどう生かしていくべきかという議論は残念ながらほとんど行われることはありません。多分そのことが、ポストモダニズム的な議論を受けるかたちで歴史をめぐる議論を進めている海外の〈欧米だけではなく、アジアやアフリカを含めたその他の地域の)歴史研究と日本における歴史研究の大きなズレを、批判的に言えば日本の歴史研究の遅れを生み出しています。
 何度か折に触れて書いてきましたが、ポストモダニズムが歴史に与えた影響は、本当に簡潔に整理すると、歴史の客体として扱われてきた人々を歴史の主体に組み入れ、歴史研究の対象を史料や方法を含めて大きく革新する道を開いたことです。シュテファン・バーガーの言葉を借りれば、近代歴史学の軸となっていた制度化と専門化、それと対応関係にあったモダニティとナショナリティと歴史の癒着関係を批判し、歴史研究や歴史一般のあり方を問いなおしたことです。こうした考えにもとづいて、具体的な歴史研究への取り組みが革新されました。たとえばフェミニズムやポストコロニアルな視点を組み入れた歴史、あるいはパブリックヒストリーへの関心などがその例ですが、そうしたことがポストモダニズムの影響から生み出されることになりました。授業のテキストとしてもちいたことがありますが、文字通り教科書的なものとして書かれた、Callum G. Brown, Postmodernism for Historians (2005) では、ポストモダニズムが提示した問題が歴史研究者にとってどういう有用性があるのかが、具体的にわかりやすく説明されています。
 やや理論的なものですが、同じように、Mark Donnelly & Claire Norton, Doing History (2011) もポストモダニズムが歴史研究や歴史一般について与えた影響をわかりやすく説明した好著です。基本的にはホワイトやジェンキンズとその系譜をひく研究者の影響を感じさせる本ですが、ポストモダニストへの批判者を含めて現在的な歴史理論の内容を網羅的にたとっていて、その点でも便利です。また著者の一人である Claire Norton は女性のイスラーム史研究者であることもあり、またエドワード・ワンの議論を借りるかたちで、欧米以外の史学史に目をく向けるという姿勢もあります。しかし、史学史という観点からこの本で興味深く読めるところは、ラファエル・サミュエルが試みたのヒストリーワーショップを、ポストモダニズムと強い関係を持つものとして論じていることです。
 またこの本で興味をひかれることは、もう一人の著者である Mark Donnelly が1960年代の研究者でもあることです。イスラ―ムへの関心と1960年代への関心、そうしたものがこうした著作の背景になっているということは大変興味深いところがあります。
# by pastandhistories | 2016-05-10 07:22 | Trackback | Comments(0)

オバマ大統領は最初の黒人大統領?

 校正を出し終わったので少し時間ができ、また今日は涼しくて過ごしやすかったので、普段は見返すことのないこのブログを読み直しながら、時間を過ごしました。書いてきたことには自分で納得しています。ただ残念なのは、ここで書いてきたことは、狭い意味では歴史研究を、広い意味では歴史一般のあり方を考えなおしていくためのヒントのようなことなのですが、ここで提起したことに対して学問的な世界と称する側から、本当に根強い抵抗があることです。
 たとえば「言語論的転回」という言葉を聞いただけで拒否反応を起こす人もいます。しかし「言語論的転回」が提示した問題はそれほど難しい問題ではありません。以前も「茶髪の意味」とか「競争馬の毛色の表現」という話を例にとって書きましたが、言語(記号)によって記されることは、それによって示されるものとは必ずしも厳密に対応するものではなく、社会的に構築されたものでもありうるということを議論として提示しただけだからです。
 たとえば、「オバマ大統領は黒人としてアメリカの最初の大統領となった」という文章を何気なく用いることがありますが、これは「客観的」「普遍的」な「事実」や「真実」ではありません。特定の社会の中で(残念ながら日本の社会もその中に入っていますが)恣意的に使用されている表現に過ぎません。
 オバマ大統領はケニア系の男性とスエーデン系の女性との間に生まれました。したがってそうした表現が適切であるかもまた問題となりえますが、現在日本で一般に用いられる言葉をもちいれば黒人と白人のハーフです。そうした人々をどちらの人種として組み入れるかという問題は、『国民の創生』という映画を見ればわかるように、あるいはナチスの人種論からも理解できるように、その時々の社会において、社会的に構築されたものです。
 たとえば日本で「最初に白人で大臣になったのは」誰かという問題を問われたら誰のことを思い浮かべるでしょうか。「最初に黒人でアメリカの大統領になったのは誰か」という問いへの答えがオバマ大統領であるとするなら、その答えはたぶん中山マサ議員になるかもしれません〈他の人がいるかもしれませんが)。彼女はイギリス人と日本人のハーフだったからです。しかし、誰も彼女を「白人」とは呼ばないでしょう。ウキペディアをみても、彼女が「日本で最初の女性閣僚であった」という記述はありますが、「日本で最初の白人閣僚」とは記されていません。
 このことからも分かるように、どれほど社会の中に共通性をもって通有されていても、言語は厳密に考えればそれ自体として「事実」を表すものではなく社会的に構築されている。そうした単語をいくら結び合わせて一つのテキストを作りだしても、そのテキストは「事実」や「真理」を厳密に表しているわけではなく、むしろ社会自体のあり方を示すものとなっている、ということを指摘したことが言語論的転回が提示した一つの問題です。この議論はそれほどおかしな議論ではないはずなのですが。
# by pastandhistories | 2016-05-09 17:00 | Trackback | Comments(0)

多様化への背理

 連休が終わりました。といっても自分が勤務していた大学では今年は連休中も授業。前の教務部長〈自分のことです)が、「五月の連休は日本に独特なナショナルな休日であって、文部科学省が授業日数の確保を厳守せよというなら、連休には授業をやって、その分夏休みを前倒ししたほうがよい、真夏に授業や補講を入れるのは学生に可哀想だ」と主張したためです。もっともこの提案には日ごろ政府を支持してナショナリスティックな主張をする教員が猛反対、こうした教員にかぎって一方では常に何かと言うと「グローバルな基準に合わせるべきだ」と主張するのも奇妙な話です。以前も書きましたが、その時々によって恣意的、便宜的に「ナショナル」「グローバル」はもちいられているということです。いずれにせよ問題は、休日にも授業実施を押し付けるという文部科学省の大学管理に対する姿勢に問題があるということなのですが。
 人が休んでいる時に仕事をするのは落ち着かないところもありますが、今年は校正が一つ。それからにわかに舞い込んできた5月末日締め切りの英文報告のレジュメが一つ入りました。校正の方は10日印刷所必着だったので、今日仕上げて発送しました。イギリス史関連ですが、それなりに問題を提起できたのではと思います。最後にデジタル化が歴史にどのような影響を与えたのかを書きました。そこで触れたのはデ・グルートもそのことを論じてくれましたが、歴史の研究主体やオーディアンスがデジタル化によって大きく拡大したという問題です。研究主体とオーディアンスの混同化、よく言えば一体化が進行したということです。
 こうした流れはデジタル化という技術的媒介の発展と同時に、1960年代以降の歴史に対する理解の変化から生じたものとも言えます。その代表はヒストリーワークショップの運動。この運動は歴史の主体を拡大し、それに伴って対象を大きく拡大することになりました。従来取り上げられていなかった対象を、やはりもちいられることの少なかった資料を媒体として研究する、という流れを拡大したということです。一言でいえば、歴史の拡散化、ダイヴァージョンです。学問的には歴史研究の多様化です。
 しかし、最近つくづく思うのは、こうした歴史研究の多様化、たとえば「社会史」とか、「文化史」?と称するものが、歴史研究の対象を多様化したのは事実だけど、実際にはその多くが「新しい」「対象領域」あるいは「方法」とされるものへと、「タコ壺化」しているのではということです。またこうした流れが、実際には奇妙なほど、「ヨーロッパ中心主義的」なものとして、そのヨーロッパ自体においては批判の対象となっている、「近代的」な「歴史研究」へと日本では収斂化されているということです。これは歴史研究の多様化が本来その意図としていたものとは大きく背理するものです。しかしそのことへの自覚は、見事なほど欠如しています。
 本来はダイヴァージョンに向かうべきものであったはずのものが、コンヴァージョンされつつあるというパラドクスがここにはあります。とりわけそうした流れが近年の日本における歴史研究に強いとするなら、それは残念なことです。
# by pastandhistories | 2016-05-08 22:36 | Trackback | Comments(0)

Writing the Nation

 週末は韓国にシュテファン・バーガーが来るというので、昨年のお礼ついでに会いに行きました。彼が中心的に編集したWriting the Nation の書評会をイム・ヒジョンが組織。韓国、日本から10人を超える研究者が参加して、他にもマティアス・ミデル、クリス・ロレンツ、マレク・タムというおなじみのメンバーとも会えることができました。
 相変わらずパソコンでネットがつながらず。ホテルからもらったWIFI の ID をたった一度だけ間違えて入力したら、ワイヤレス機能が飛んで、XP だったせいか修復できませんでした。ということで会の内容は書くことができず、また日本人の参加者も多かったので、その点は人に任せようと思います。
 ただ自分にとっては本当に収穫がありました。とくに Writing the Nation の各巻に直接携わった編集者のコメント。どこまでが明らかにされて、どういう点が問題として残されたのか、そのことがすごくよくわかり、それが自分がこれまで考えてきたこととほぼ一致していて、自分が今後なすべき仕事が見えてきたところがありました。宿で少しメモ的な文章を書いたけど、ずっとつかえていた書き下ろしの結論部分をまとめていけそうです。
 『歴史を射つ』でも簡単に書いたけど、National History への批判の根拠は、その構築性におかれています。また近代とのオーバーラップという問題。それともかかわるけど、制度化と専門化という問題です。制度化と専門化はとりわけバーガーの問題意識の基本となっているようですが、こうしたことへの批判が出てきたのは『歴史として、記憶として』のトーンにあるように、1960年代の流れと大きく関連しています。バーガーは世代的にはより新しい世代に属していますが、Writing the Nation が一番問題にしているのは、現在でもなお歴史にナショナルな要素が強いこと。これを構築論的な議論から図式的に批判したり、あるいはグローバルヒストリーやトランスナショナルヒストリーを一面的に対置することなく、具体的なナショナルヒストリーのあり方の検討をとおして考えていくということです。
 自分が『歴史を射つ』のサブタイトルにグローバルヒストリーという言葉をもちいなかったのもそのため。また制度化され、専門化された場ではなく、一般の人々の間にある歴史(History in Public Place)を考えていくことが重要だということからパブリックヒストリーという言葉をもちいたのもそのためです。この点に関してはWriting the Nation シリーズの最終巻である The Past as History をバーガーを補佐するかたちで執筆したクリストフ・コンラートが熱を込めて論じてくれました。彼と会うのは今回が初めてでしたが、彼の議論を含めて自分がしてしてきた仕事、あるいはこのブログを通じて論じてきたことが、パイオニアリングなものであり、海外の研究動向にもきちんと対応したものであったと、今日は自信をもって書いておきます。若い研究者に参考にしてもらえるとうれしいのですが。
# by pastandhistories | 2016-04-26 21:43 | Trackback | Comments(0)

二時間ドラマの構造②

 随分と以前に2時間ドラマの構造について書いたことがあります。最終的場面での断崖や広間での犯人の自白。この時の犯人の語りは、「語り」であって「言語的な回想」に過ぎないのに、何故かドラマでは「再現フィルム」として描かれる。「語り」だけでは過去の事実をリアルなものとして視聴者が理解しないだろうからです。逆に言えば、「語り」でしないものから、告白の場に居合わせた人は「再現フィルム」をみているように過去を理解するということなのでしょう。実はこれは「歴史」理解の構造と同じです。「語り」でしかない歴史記述から、再現フィルムをみているように、多くの人は過去をリアルな事実であるかのように捉えがちです。
 二時間ドラマにはいくつかの基本的な構造があります。その一つが、連続殺人。美人女優が犯人の場合は、最初の殺人は「正当性のある」「やむにやまれぬ」動機にもとづくもの、その次の殺人は現場を目撃した「脅迫者」を殺害するというのが、その基本的文法です。
 本当に被害者の側に非のある殺人ならば、裁判でそのことを立証できれば情状酌量でそれほどの刑にならないかもしれない。といっても二時間ドラマの場合、多くの殺人は周到な計画にもとづくアリバイ工作をふまえて行われるわけで、この点は情状をくみとりにくい。それでも死刑判決を受けることはまずないでしょう。しかし、連続殺人となると、かつそれに計画性があるとなると、現在の日本の科刑基準では死刑判決の対象に十分になります。対して第二、第三の殺人で殺されてしまう脅迫者については、脅迫は最高刑が懲役10年ですから、その程度の量刑に対応する犯罪をしただけで、殺されてしうまうのは問題があるでしょう。
 それでもこうした筋書きが視聴者の支持を得ているのは、目撃した事実を警察に告げて公的な捜査に協力することはせずに、脅迫して私的に金銭を得ようとした人間は「殺されても仕方がない」という論理が一般には受け入れられているからでしょう。脅迫はもちろん犯罪ですが、個人の利益が行動の判断基準であることは絶対に間違いというわけはないはずです。しかし、二時間ドラマでは、個人的利益を求めることは死のリスクに値するものでとして描かれています。
# by pastandhistories | 2016-04-21 15:31 | Trackback | Comments(0)

許容されているもの、許容されていないもの

 段ボールに入った荷物の片づけには当分かかるでしょうが、毎日机に向かえる生活にはなりました。記事も少しは書けそうです。新しくアクセスしてくれる人がいるようで、なかには以前の記事も見てくれる人がいるようです。最初は理論的な問題をエッセイ風に書いていたのですが、だんだん記事が途絶えるようになり、海外の学会やプロジェクトの内容の紹介が最近では中心になっています。人によって関心の対象は異なるでしょうが、このブログは初期の方に読みやすい記事があるかもしれません。
 今日も先週の土曜日の会にちなむことを書くと、会では『朝日新聞』に掲載された俳優の佐藤浩市さんのインタヴュー記事に関して少しコメントをしました。「昭和30年代の会社での会議シーンで当時の内容を伝えようとして喫煙シーンを放送すると、視聴者から抗議が来る。最近のテレビの制作現場は委縮していて、そうした抗議があると喫煙シーンを避ける」というものです。「現在」の価値が「過去」が現在に表象される内容を規制するという問題です。
 コメントでも指摘しましたが、この問題は「現在」の価値によって過去の表象は「規制」されているという面からだけ考えるのではなく、逆に「現在」の価値によって「放送」することを「許容」されていることは何かということを考えることによって、「過去」が「現在」によっていかに「歴史」として恣意的に表象されているのか、つまり過去がどのように abuse されているのかという問題を明らかにします。
  たとえば戦争による殺人です。大河ドラマは毎年のように、戦国武将たちによる大量の「殺人」を映し出しています。そのことはさほど視聴者からの抗議を招かない。そればかりか、毎年の大河ドラマのロケ地は、ローカルヒストリーとローカルヒーローの顕彰の場となる。「歴史研究者」の中にもこれを機にと「一般書」や「研究書」を出す人がいます。
 同じ過去の事実であっても、「喫煙」シーンは許容されず、「殺人」シーンは許容される。なぜそんな奇妙なことが起きているのかというと、それは現在がなお「国家」による殺人を許容している社会だからです。あるいは集団化された殺人を暗黙裡に是とする社会であるからといってよいかもしれません。普段気づくことが少ないけど、「歴史」の有害性を象徴する端的な事象です。「歴史」がどのように語られているのかをとおして「現在」を見ていくこと、それが歴史の脱構築論が提起したものです。
# by pastandhistories | 2016-04-20 10:39 | Trackback | Comments(0)

オーディアンスの問題

 土曜日の会は基本的には歴史研究者と歴史教育者、つまり歴史の作り手や伝え手とされる人々だったので、歴史の受け取り手、つまりオーディアンスとの関係をどう考えるのかということを少し話しました。「知」を媒体としたヒエラルヒーの問題です。逆に言えば、そうした問題を考えなおしていくためには、従来は受け取り手とされていた側から歴史を考えていくことが重要だということです。
 この問題は『開かれた歴史』のなかで保苅実さんの言葉を借りて、冒頭で論じてあります。保苅さんはフィールドワーク的な視点からアプローチしているのでインフォーマントという言葉を使用していますが、「かれら自身を歴史家とみなしたら、彼らはどんな歴史実践をしているのだろう、というふうに考えたわけです。僕は僕で歴史家ですけれども、かれらはかれらで歴史家であると、そういうふうに発想をかえてみると考えてみると、歴史はどんなふうにみえてくるでしょうか。このあたりが、さしあたりの出発点です」という問題です。
 実はこの後に、中心に対しては周縁(というよりも辺境、さらには未開)にあると扱われてきた人々が行っている「近代の知」とは異なる歴史認識のあり方の意味が論じられています。ここで論じられていることは、歴史研究者が「対象」の側から自らをレフレキシヴに考えていくことの重要性です。「一般的な場にある歴史」に対して自らを安易に上位に置くのではなく、「一般的な場」に自らをもおいて、考えていくということの重要さです。
 こうした考え方は間違いなく歴史を「民主化」します。保苅さんは、近代の側から未開として位置づけられたマイノリティ(本当は近代の側こそマイノリティなわけですが)を問題としたわけですが、受け手から歴史を考えれば、受け手だとされている人々を歴史の作り手〈保苅さんの言葉を借りれば歴史実践の行い手)と考えれば、たとえば世界の人口の半分は女性なわけですから、そうした歴史は自動的に歴史にあるジェンダーの問題を解決することになるはずです。ヨーロッパ中心主義も間違いなく克服されるでしょう。当たり前すぎる議論です。
 どのように歴史を作り出すのか、教えるのかは歴史研究者や歴史教育者にとってその職分上きわめて重要ですが、同時に受け手の側からも考えていくことは、歴史の意味を考えていくにあたっては欠かせません。
# by pastandhistories | 2016-04-19 10:42 | Trackback | Comments(0)

ローカル・ナショナル・リージョナル・グローバルヒストリー

 大阪から帰って、夜はレスターの試合をチラチラ見ながら久しぶりに記事を書いて布団に入ったけど、新幹線のなかで寝たせいかあまり寝付かれず、4時起床。ちょうどMLBのヤンキーズとマリナーズの試合中で、6回から。そこまでは4対3で二人とも随分と打たれたのかと思ってたら、6、7回はそれぞれ安定した投球。特に田中のボールの回転は縦にも横にも鋭くて、全盛期に調子を戻した感じ。岩隅もそれほど悪いわけではなく、まだボールの伸びや勢いを確かめているようなところがあるけど(そのためにまだ自信をもてないボールの外し方が大きく、カウントを悪くし打たれている)、その点に自信が持てるようになれば、今年もそれなりにやっていきそうです。
 レスターの試合は、人間が複数で行うことのいろいろな「法則」が絡み合って面白く見られました。まずはいくらリードしていたからと言って、ホームでエースストライカーが倒れたら、倒されたという判定ではなくシミュレーションで退場(基本的法則の逆転)、退場で人数が減った方が不利になり逆転〈法則通り)、しかし最初のペナルティーはボールの直接的な奪い合いとは関係ないところでのホールディングが理由(ホームの側がこうした反則を取られるのは非法則的)、ロスタイムで今度はボールに絡むところでアウェイの側が同じような反則(ヘディングシュートの態勢に入ったフートに対するプレー)をしたのにここでは笛は吹かれず、このまま終わるのかなと思ったら最後はより軽微な反則に笛が吹かれてペナルティ、同点で終了(ここはミスジャッジ埋め合わせの法則)。法則にかなったところもありますが、それ以上にレフリーの主体的作用(human agency)が際立った試合でした。というように、結果論的には批評的な因果的説明ができますが、2-2のドローというのは、この5試合ほどでもレスターには1点以上の失点はなかったわけですからく、10倍以上のオッズになったのではと思います。単純な法則の存在が多々議論できるサッカーの試合でも、人間の主体的行動によって結果が左右される、そうした相互関係が、サッカーの試合結果を単純には予想できない、複雑系に属する出来事、つまりギャンブルの対象としているということです。
 前置きが長くなってしまったけど、今日は会でやはり質問の出た表題のことについて触れます。やや答え方が悪く申し訳ないところがありました。自分は一般的には区分け的な議論の仕方、その代表は二元論的な議論ですが、そうしたものには批判的です。常に区分けには「恣意性」が付きまとうからです。同じように羅列論的な議論にも批判的です。たとえば「フランス革命の原因は、・・・・のような4つあった」とか、「明治維新が成功した主たる理由を3つ大事なものからあげなさい」というような議論の仕方です。たしかに「議論」や「叙述」においては便利ですが、しかし論理的な厳密性には疑問があるからです。とくにこうした区分けをした場合、区分けされたものの中間にあるものをどう考えるか、また歴史であれば時間的変化の中で流動性が必ず伴っていて、区分けされたものは時間的に変化していくわけですから、厳密に考えれば議論はそう簡単には単純化できないからです。
 「恣意的な分割」という問題です。ということで虹の色を例にとって「虹は7色ではなく、256色×1024色である」と答えました。精度の高いコンピュータであれば色はそのように分割されているわけで、視力がきわめてよい人が「構築された先見」にとらわれず、虹を率直に見ればそう見えるかもしれません。「裸の王様」の子供のようにです。したがって、最近では段階的な変化を示すのに、しばしば spectrum という言葉がもちいられています。一定の範囲の中でのどこでも区切ることができるような様々なヴァリエーション。そのことを質問に合わせて会場に問題提起しようと思いました。しかし、この答え方は、質問内容とはずれた部分がありました。質問は「区分け」の問題ではなく、アプローチの方法の差異についてどう考えているのかというものだったからです。
 異なる角度からのアプローチはそれ自体として否定されるべきことではありません。その意味ではローカル・ナショナル・リージョナル・グローバルヒストリーという異なるアプローチが、現在の歴史研究における基本的なものであることは当然です。また安易にグローバルヒストリーとナショナルヒストリーを対置するだけではなく、ローカルヒストリーやリージョナルヒストリーをも組み込んで議論をすべきだという主張は間違っていません。その点について報告に欠けるところがあるという印象を与えたのは申し訳ない感じがします。ただこの問題について一つコメントを加えると、報告ではグローバルヒストリーとナショナルヒストリーの共通性を論じましたが、アプローチとして異なるものの中に「問題とすべき」共通性が内在しているとしたら、それは歴史研究者の問題意識の欠如として、やはり批判を留保すべきだということです。
 海外の研究者と山梨の歴史博物館に行った時のことですが、この博物館は網野善彦さんが展示の内容についての議論に加わったとのことでした。網野さんのアイディアらしく内容、人々の生活のジオラマが豊富で、また佐倉の歴博もそうした形式をとっていますが、時代順ではなくランダムアクセスができるようになっていて工夫があります。しかし、この博物館の展示に関して、地元から大きな異論もあったとのことです。それは武田信玄の扱いを小さくしようとしたからです。当然です。ローカルヒストリーがローカルヒーローを称揚するものであれば、それはナショナルヒストリーとレベルとしては同じです。そうしたローカルヒーロー〈多くは戦国時代の武将)を中心とした歴史をいくら作り出しても、それは本来のあるべき歴史ではないという網野さんの考えは間違っていないでしょう。
 逆に言えば、ローカルヒストリーは一見ナショナルヒストリーと区別されるものであるように見えても、同時に類似した内容を含んでいます。やや質が異なる問題ですが、自分が主張したことはグローバルヒストリーとナショナルヒストリーもモダニティを媒介として、やはり同じような内容があるのではないか、あるとしたらそのことに歴史研究者はもう少し意識的であってほしいということです。
# by pastandhistories | 2016-04-18 10:26 | Trackback | Comments(0)

複雑系の考え方

 昨日は報告で大阪。結局は3月末までにチャーティスト運動について文章を一つ。返す刀で今度は方法論の報告ということで、くわえて色々と整理しなければならないことも多く、またまたブログは長期の休み。今月後半もまだ雑事がありますが、少しは時間が取れそうなので、いくつか記事を書く予定です。まずは昨日の報告に関して。随分と意外な人が参加していて驚きましたが、同時に感謝しています。でも相変わらず話をまとめるのは苦手。そこで質問があったことについて、いくつか補足的に書いておきます。
 書きやすそうなことから書くと、まずは因果関係・法則性について、歴史は複雑系だとしたらどのように法則が抽出できるのか、あるいはできないのか、という質問に対して。以前プレミアでのレスターの優勝可能性について「ギャンブルと歴史」という記事を書きましたが、ちょうど今レスターの試合中なので、その試合を見ながら書いていきます。
 複雑系を考える場合は、逆に自然科学の一部にある単純系(自然科学すべてが単純系ではもちろんありません)のことを考えるとわかりやすいかもしれません。たとえば「水は百度で沸騰する」という法則。これはギャンブルの対象になるでしょうか。おそらくならないでしょう。このことが示していることは、法則にもとづいて結果が予測できるものは、ギャンブルの対象にはならないということです。
 これに対してスポーツの試合結果はギャンブルの対象になります。色々な与件が入り混じっていて、結果がその都度変わるからです。だとしたら複雑系?。でもたとえばサッカーの試合を複雑系というのはオーバーです。なぜなら参加する人間は審判を含めて僅か30人程度、時間もたったの2時間程度に限定されていて、かつ「ルール」もあります。「歴史」の複雑さにはとても比較できkない。それでも「結果」を「法則」的に予想することはできません。だからギャンブルの対象になるわけです。つまり単純なサッカーの試合ですら実は複雑系に属しています。このことからも分かるように、人間が集団的に行う行為の結果を決定論的に予測することはきわめて難しいことです。そう考えれば、膨大な人々が様々な与件を前提として関係しあう歴史が「複雑系」に属するかという問いは、問うまでもないことでしょう。
 しかし、サッカーの試合がどういう結果になるのかということに関して、因果関係がないわけではけっしてありません。それはサッカーの試合でも、あるいは競馬の結果でも、翌日の新聞を見ればよくわかります。いわく「チームワークが」「エース不在が」「戦術ミスが」あるいは「天候的条件が」等々、勝敗の結果に関して実に多くの「原因」が説明されます。そして翌週の試合、あるいはレースの前には、「結果」に対する「予想」が、そうした様々な「原因」を挙げるかたちで論じられます。もちろんそれは次の週の結果をみれば理解できるように、結果は「当たるも八卦」「当たらぬも八卦」でしかありません。
 アイロニカルに言えば、サッカーや競馬が大衆的なギャンブルになって100年ほどの間に、勤勉な実証的歴史家たちが積み上げてきたデータのおそらくは数万倍以上のデータが蓄積されてきているにもかかわらず、試合の結果はギャンブルの対象としてとどまり続けています。つまり出来事が結果論的には因果的にいくら説明できることが多くても、それがいくら蓄積されても、サッカーのような単純な出来事の結果ですら、「水は百度で沸騰する」というような因果関係で説明できるわけではないということです。だからギャンブルの対象としてとどまり続けているということです。
 しかし、すべての自然科学的法則が単純系に属しているわけではないように、抽出される結果を限定すれば、人間が集団的に行う行為でも、ある程度の蓋然性や傾向性を予測することが絶対できないというわけではありません。たとえば時間軸を恣意的に設定したり、求める答えを意図的に単純化したり(たとえば意図的な二元論的な選択を導入したり)すれば、問題によってはそのことは可能〈にみえる)かもしれません。それが社会科学や人文科学が成立している根拠です。
 しかし、歴史学に関して因果関係の問題を考えるときに重要なことは、その理由を上述したように、結果論的な因果的説明(歴史は起きたことを説明するにとどめるべきだといえば、歴史叙述における因果的説明はそれにとどめるべきだということになります)は、けっして厳密な意味での法則的説明とはなってはいないということです。
# by pastandhistories | 2016-04-17 22:44 | Trackback | Comments(0)

グローバリゼーションとパブリックヒストリー

 また一か月以上のお休み。授業はとっくに終わったはずなのに、多忙に紛れてしまいました。逆に日々の行動に関しては、毎日日記の素材に書くには困らないほどのスケジュール。もっとも日記を書くのがこのブログの目的ではないので、記事が書けませんでした。その間記事ではなく、約束していた原稿をなんとか仕上げて今日送りました。注コミで400字換算で90枚ほど。下書きはいっきに書いたのですが、いろいろ確認作業に結構時間がかかって結局は締切ギリギリ。締め切りといえば4月に関西で行う報告のレジュメの締め切りがこれも明後日まで。何とか間に合わせなければなりません。
 正直言ってこの時期にこんなに時間に追われるとは思っていなかったので、デ・グルート(ポスターの表記とは違うけど、本人に直接聞いたらこう発言するのがよいとのことでした)の招聘セミナーについても記事をまだ書ていませんでしたが、この会は自画自賛になるけど、期待通りのところがありました。順番を変えて渡辺賢一郎さんに報告の主題として予定されていた映画(『エルミタージュ幻想』)とエルミタージュ美術館の概要を最初に話してもらい、本人がその内容を理解してペーパーの基本的な内容に絞って話をしたので、内容がコンパクトになりわかりやすくなったのではと思います。
 内容的には、作品として表象されたものが、パブリックな場に投げ出された場合、とりわけ現在ではネット空間の多様なオーディアンスが受容者になることがあるわけですが、それがどう理解されるのかという問題です。その場合、とくに二つのことが問題となる。一つは、受容する集団には、専門的な理解力を持つものから、あえていえば自分勝手な表面的な理解(?)しかしない層に至るまでの広がりがあるということ。もう一つは、現在の世界では表象されたものは、基本的にはなおナショナルなオーディアンスを対象とすることが多いけど、たとえば映像的なものには、よりグローバルなオーディアンスが加わるようになっているという問題です。
 映画でも、芸術でも、文学でも、あるいは歴史でも、その作り手の多くは、現在でもなお一定の特権を付与されたインテレクチュアルな社会層です。したがって、当然のことながら専門的技法を多くもちいる。そうした作品の高度の内容は、いわゆるピアレヴューの対象となり、その良し悪しが論じられる。しかし、ネット空間を見ればわかるように、現在では専門的な判断基準に基づく評価はむしろ少数世界にのみしか通用しない。さらには有効性を失いつつある。言語的な規定がある文学や一部の人文学(歴史はその代表例の一つ)とは異なり、映像的な作品はますますグローバルな批評空間に投げ出されている。そうした場でのコメントを拾い上げるかたちで、作品への評価を見直すとどうなるのかが、デ・グルートが議論の素材として示してくれたことです。
 もちろんパブリックな場での評価は(多くの歴史を巡る議論と同様に)、インテレクチュアルな理解からすれば、まったく的外れなものが少なくない。今回素材として取り上げられた『エルミタージュ幻想』が試みた革新的な実験的手法、ロシア史に対する寓意、さらには歴史理解に対する寓意、というものをほとんど理解はしていない。そうしたことを(一面的にネガティヴに考えないなら)どう考えていくべきなのだろうか、というのが問われたことです。
 最後の議論でもそのことが問題とされましたが、一言でいえば、グローバリゼーションの時代におけるパブリックヒストリーをどう考えるかという問題です。この記事には説明不足のところもあるけど、非常に興味深い問題だと自分は考えています。その意味でデ・グルートを招いたのはよかったと思うところがあります。
# by pastandhistories | 2016-03-29 21:16 | Trackback | Comments(0)

altered past

昨日本屋によって新刊書を何冊かを購入しました。セバスチャン・コンラートのWhat is global history?と、ジェローム・デ・グロートのRemaking Historyなど。これも昔と違って現在ではあまり意味のない作業。日本国内からでもアマゾンを使えば翌日配達されるわけで、わざわざ荷物をふやして持ち帰る必要もありません。とはいえ、いずれも自分が期待している研究者による2016年の新著。読むのが楽しみです。前者には、ベッカート、ザクセンマイヤーらの、後者にはローゼンストーンの推薦文が付けられています。
本といえば、今回は機内で読むために、Richard Evans の Altered Past: Counterfactuals in History (2014) を持ってきました。出発直前に「ゲームと歴史」「ギャンブルと歴史」という文章を書き、その中でイフヒストリーが学問的な世界でもきちんとした論争の対象となっていると書いたので、そのことを補足しようと思ったからです。
まだ半分ほどですが、予想していた通り議論に「ズレ」があるような気がします。カウンターファクチュアルヒスリーに対する歴史研究という立場からの批判の最大の根拠は、それが「資料」に基づいていない、つまり歴史研究の基本的出発点を踏まえていないということです。起きたことのうちにも資料を残してない物は多くあり、したがって歴史研究に想像的要素が介入することは確かだけど、起きなかったがゆえに資料を残していないことを想像することは、歴史研究の基本から大きく逸脱するものであるということです・
たぶんこの批判は正しいかもしれません。しかしこの批判は、おそらくpastology と history の区別を見落としているのではと思います。archaeology は history と学問的には区別されることがあります。歴史には考古学的な手法とは異なる広義な要素が含まれるからです。そうした要素を批判的に考えていくという「禁欲的な」アイディアが、逆に「想像力」をめぐる議論を生み出していると自分は考えています。そのあたりのことを、また帰りがけにエヴァンズの本を読んで考えてみたいと思います。
# by pastandhistories | 2016-02-19 20:36 | Trackback | Comments(0)

パブリックな空間とジャーゴン的空間

 今イギリスです。といっても一週間くらい。前回のホブズボーム記念集会と同じです。最近はこういう短い滞在が普通。しかし今回が異なるのは、学会参加ではなく、資料・文献調査であること。しかし、それでもこの滞在期間は長いかもしれません。グローバルなデジタルネットワークの急速な進行で、以前は主要な仕事であった資料の閲覧や本の購入、論文のコピーといった作業は不必要。というより直接来たほうが不便な部分すらあるという事態も生じているようです。
 その意味では専門家同士の連携化が進行しているわけで、それは望ましいことかもしれないけれど、そのことがかえって学問的世界を限られた人間によるジャーゴン的世界にし始めているのではという気もします。学問的な専門化、細分化が進めば進むほど、研究者も少数化するけど、一方でのグローバルなコミュニケーション世界の広がりによってそのことがかえって意識しにくい。そんなことが生じているかもしれません。
 そんななかで、あらためて考えさせられるのは、学問的な成果が投げ出されるパブリックな空間とはどのようなものであるべきかということ。閉鎖的なナショナルな空間ではないことはもちろんだとしても、啓蒙に根拠を置いたモダニティといったような、メタ的なものでないのだとしたら、一体それはなになのか。
 さいわいにして自分が今関心をもっている歴史理論や社会運動史は議論が投げ出されうるパブリックな空間がまだ可視的なものとして見えるところがあるけど、この問題はデジタルグローバリゼーションの進行の中で、人文的な学問にとって重要な問題になってきたような気がします。
# by pastandhistories | 2016-02-18 16:06 | Trackback | Comments(0)

ギャンブルと歴史

 説得力のある議論ができるかわからないけど、予告したので、「ギャンブルと歴史」というテーマで書きます。素材とするのは、おとといのレスター対マンチェスターシティ戦です。なぜこのテーマを取り上げるのかというと、ギャンブルを例にとると、歴史の説明において重要な役割を果たしている因果関係の問題について理解しやすい側面があるからです。
 おとといの試合の直前のオッズが具体的にどうであったかは知りませんが、レスターに関してはここ3戦、つまり実力的には上回るとされるリヴァプール、マンチェスターシティ、そしてアーセナル戦、とくに強豪チームとアウェイで戦うマンチェスターシティ戦とアーセナル戦がプレミア初優勝の鍵であるといわれていました。3連敗する可能性もある。そうなれば、「本来の実力通り」優勝戦線から後退していく契機となるだろうと予想されていました。色々な要素を前提に考察すれば、そうした結果がある程度の蓋然性をもって出現するであろうということです。しかし、結果はまったく異なったものでした。
 「いろいろな要素」、別の言い方をすれば起きるであろう出来事の「原因」とされる諸要素、あるいは変数といってもいいのですが、そうしたものを考え合わせれば、もともとレスターに関しては優勝どころか、クリスマスまで首位に居ることは予想されていませんでした。したがってそうした結果に賭けた人に対しては、既に6000倍以上の配当が支払われています。つまり合理的な前提とされる諸要素・変数を組み合わせても結果は予想できなかった。それが結果を対象としたギャンブルが成立してきた根拠です。いくら合理的だとされる思考を重ね合わせても結果が予想できない。その理由はなぜか。単純に言えば(?)、人間の行為の結果であるスポーツの試合の結果は、きわめて複雑な諸要素・変数が組み合わされて生ずる結果、いわゆる複雑系(?)に属しているからです。
 だとすると、議論を逆転させると起きた結果をその原因となった諸要素に還元して因果的に説明することは、論理的にはけっして正確な説明ではないということになります。そんなことができるなら、諸原因となる要素を見出せば、結果は確実に予想できる、したがってギャンブルの対象とはならなくなってしまうからです。
 実はこの議論には反論があり得ます。つまり、そうはいっても出来事が起きうる確率はある程度予想しうる。というよりも、どの程度の人が、どのような予想をもっとも合理的だと考えたかはオッズの予想順位に反映されている。そして多くの場合結果的にはオッズの予想順位にしたがったかたちで結果は生じているのではないかという主張です。
 多分この主張は正しいでしょう。しかし再びギャンブルに例えると、そうした順当な予想にしたがって投資し続けるのと、今回のレスターの優勝(まだ決まってはいませんが)に賭けるのと、どちらが長いスパンから見た場合最終的な利益をもたらすのか、もし後者だとしたら、予想に基づく行動としては後者の方に合理性があります。再び比喩的に言えば、マイノリティに立つ選択の方が、あるいは特異な思考が、より合理的な決断でありうる可能性があるということです。やや飛躍した議論だとは思いますが、因果関係から歴史を考えるさいには、こうした思考もまた重要かもしれません。
# by pastandhistories | 2016-02-09 21:43 | Trackback | Comments(0)

ゲームと歴史

 昨日は主宰者に誘われて、遊戯史研究会に参加しました。ゲームと歴史について、ゲーム製作者、歴史研究者、その両方を兼ねる人、さらには多くのゲームプレイヤーが参加して、けっこう楽しい、そして重大な議論がありました。
 参加者のヴァリエーションを反映して議論は多岐にわたりましたが、議論の一つの中心となったことは、歴史を素材としたシミレーションゲームの場合、最初の前提を事実に置くとしても、ゲームの進行の中で「歴史的事実」ではなかったことが、ゲーム上の「事実」として組み込まれ、結果が事実と大きく異なってしまってよいのかということです。もちろんゲームとしてはかまわないわけで、またそうでなければゲームとしての面白さを保てない。しかし、ゲームを何らかの歴史認識の媒体として、あるいは歴史教育の教材として用いる場合、そうしたことはどの程度まで許容されるのかということが議論されました。ゲームと歴史をまったく別のものとすれば、もうそれ以上の議論の必要はない。しかし、両者を関係づけようとすると、議論はそれなりに難しくなります。
 この問題はイフヒストリーの問題と関連します。というのは、シミレーションゲームは、ゲームの進行の過程で、その都度プレイヤーに与えられた選択肢からの選択を迫るわけですが、プレーヤーが過去に実際に選択されたものと別の選択肢を選べば、その結果は過去に起きた事実とは異なるものになリうるからです(絶対に異なるものとなるかは、ゲーム作成者が設定した条件により異なりますが)。そのことがゲームは歴史とは親和性を持たないという議論の根拠になります。
 しかし、この議論はおかしいですね。というのは、過去を歴史内在的に考えるというのなら、実際のアクターはゲームプレイヤーと同じように、というよりゲームという条件の中には組み入れることができないようなきわめて多くの選択肢を前にして行動していたからです。その後に起きた事実を、「絶対に起きる事実」であることを前提に行動していたわけではないからです。歴史に内在するというのはそういうことです。起きた事実に対する研究方法の一つ、実証的考証が歴史研究であるということが強調されることが多いために、「歴史の事実」の問題については歴史研究者の中にも、一般にも大きな錯覚がありますが、歴史の内在的事実というのは、はるかに多様性を持つものです。会議では発言できませんでしたが、イフヒストリーやカウンターファクチュアルヒストリーがきちんとした学問的場で問題となるようになったのもそのためです。
 シミレーションゲームの問題は、むしろプレイヤーに与えられる選択肢が、進行過程で起きていく事件の過程を複雑化させないために、選択肢を限定していることです。アイロニカルなことに、そうした選択肢が、学問的世界でもちいられてきた、そしてそうした手続きをへて一般化している「単純化」された因果関係を前提としたものが多いということです。そのために因果論的な議論を前提とした歴史がクリアーすぎるものとして提示されている。そのことがゲームの結末が実際に起きた事実と異なっていると、大きな違和感を感じさせてしまうということです。歴史ケームは意外なほど、常識的な、学問的な歴史観に基づいています。それはプレーヤーが学校で学んだ、あるいはパブリックプレースにある歴史を共有しているからであり、そうしたプレイヤーを対象として作成されることが多いからだと思います。
 ・・・・・・・実は今日はこんなことを書く予定ではなく、おととい2時間にわたって中継を見たプレミアリーグのレスター対マンチェスターシティ戦を素材に「ギャンブルと歴史」というタイトルで書く予定だったのですが、その前提的文章が長くなってしまいました。「ギャンブルと歴史」については、明日書くようにします。
# by pastandhistories | 2016-02-08 11:48 | Trackback | Comments(0)

イリーの議論

 昨日紹介したイリーの本の内容を少し補足しておきます。実はイリー自身は本のタイトルが示すように、社会史から文化史へという直線的な発展論を論じているわけではなく、結論としてはやや折衷的な議論をしています。しかし内容的には、彼の議論は、社会史と文化史の相互的な関係、たとえば社会史からいわゆる「新しい文化史」といったものなどへの流れをどう理解していくのかという点について参考になるところが多くあります。
 イリーは自らが研究者としての基盤を作り出していった時代、その中で自分が影響を受けたものを、ほぼ三つに、具体的には、フランスのアナール派、イギリスの批判的マルクス主義、そしてドイツの日常生活の歴史、という基本的には広義の意味での社会史の流れに属するものであったとしています。くわえてカルチュラルスタディーズの系譜や、モダニティーへの批判、そして自らが研究者としては属することになったアメリカにおける学際化の流れが、そうした基本的要素と混淆しあうかたちで自らに影響を与えたと論じています。こうしたものを網羅的に論じているという点で、イリーの本はこの時期の学問的な流れをたどった研究史として便利です。と同時にイリーが重視するのは、こうした「学問的流れ」に対して、学問的世界の周辺にあったもの、あるいはその外部にあったものの果たした役割です。トムスンやスティードマンがその点から高く評価されていて、同様にヒストリーワークショップもまた「外部」から大きな流れを生み出したものとして高い評価が与えられています。
 そのヒストリーワークショップについて、自分が何よりも面白く読めた部分は、ヒストリーワークショップと社会史・社会運動史・言語論的転回・そして女性史がどのように関係しているのかということについての叙述です。そのことは51頁の叙述に端的に集約されています。内容は要約すると「トムスンの影響を受けて・・・1965年から1974年にかけてオックスフォードでSocial History Group が組織された。そのメンバーは、マルクス主義者であったギャレス・ステッドマン・ジョーンズ、・・・やや年長の熱烈な新左翼であったラファエル・サミュエルだった。・・・ラファエル・サミュエルは History Workshops を組織し、彼の学生たちは来たるべき時期の社会史の重要な推進者となった。1967年の A Day with the Chartists に始まった会合は、1968年の政治的急進主義によって勢いを与えられ、国際的な参加者をもえて発展した。そうした中で最初の労働史のいくつかのテーマに代わって、歴史における子供、女性という社会史的テーマが目立つようになった。」
 実はこの後の52頁に、こうしたラファエルが領導した ヒストリーワークショップの試みがそれまでの Official and National Past に代わるものとして、小説・映画・風刺をも含みこんだ、そして主観性の問題を取り入れた個人史にたいする問題関心を生み出したという文章が続きます。しかし、何と言っても興味深いのは、こうした流れにおいて言語論的転回をチャーティスト運動研究にもちこんだギャレスが初期的には重要な役割を果たしていたということ、そしてチャーティスト運動への関心もまたその出発点において重要な役割を果たしていたことが触れられていることです。
 言うまでもなくイリーも本全体で強調していますが、ヒストリーワークショップの運動は、レイモンド・ウィリアウムズやスチュアート・ホールに代表されるカルチュラルスタディーズに触発された、同様の思想的起源をもつものです。ギャレスの議論もまたそうした同じ系譜の中において生じたものだということが、イリーの本の中にもうかがうことができます。
# by pastandhistories | 2016-01-30 13:07 | Trackback | Comments(0)

1940年代生まれの歴史家

 昨日入力に失敗したことを思い出しながら書いていきます。書いたことは、16日に行った話の内容についての補足。この日の集まりは、自分が赴任した1989年以降の大学への入学者を中心にしたもの。つまり東欧社会主義国家の崩壊の時期以降 に大学に入った人たちとなります。その人たちを対象に、現在なぜ「立憲主義」(constitutionalism) という言葉が問題になっているのかということについて、「民主主義」(democracy)という言葉との関係をまじえて話すことを試みました。
 しかし、こうした話題を1970年以降に生まれた人たちに、説得的に語るのは本当に難しい。その大きな理由は、その前提として必要な、なぜある時期までマルクス主義が学問的な世界、とりわけ歴史学において大きな影響力を持っていたのかということや、そればかりでなく広い知的空間、さらにはパブリックな空間で影響をもちえていたのかを理解してもらうのが難しいからです。
 この前提がわからないと、いわゆる「擬制」としての「民主主義」、「議会制」民主主義とか、さらには「ブルジョワ」民主主義に対する批判が上述のような思想的な流れにおいては常識的なものとされていて、社会民主主義はそうした括弧つき「民主主義」を補完するものとして批判されていたことや、「戦後民主主義」が保守的な立場からだけでなく批判の対象となっていたことが理解できない、さらには「民主主義」擁護に代わって「立憲主義」擁護という言葉が語られるようになっていることの意味、その問題の深刻さが理解できないからです。そしてイギリス社会運動史の最大の研究テーマであるチャーティスト運動研究史の中で、なぜ言語論的転回という議論が、「立憲主義」や「急進主義」という言葉をキータームの一つとして用いるかたちで登場したのかを理解できないからです。
 本当に大雑把なかたちで結論的に言えば、こうしたマルクス主義の影響の大きな根拠となったことは、もちろんマルクスの思想にそうしたものが内在していたこともその一つですが、具体的には第一次大戦期に「社会民主主義的」な運動の思想の多くがナショナリズムと結合したこと、そして大戦後、既存の国家機構にかわる対抗的な過渡的権力の行使を主張したロシア革命が革命権力の維持という点では成功し、対して社会民主党の指導の下にこれと異なる道を選んだドイツ革命が、結果的にはナチスの支配を生み出したということにあったとしてよいでしょう。実際、1930年代以前に生まれた「左翼的」な、あるいは「批判的」な思想家、研究者の多くはそうした立場から、マルクス主義のフェロウトラヴェラーであったわけです。Past and Present がマルクス主義にシンパシーを抱く研究者によって組織されたのは、その代表的な事例です。そしてこの流れは、1956年のスターリン批判・ハンガリー事件まで継続しました。
 対して自分もそうですが、1940年代生まれの世代の人々は、これとは少し異なるものを自らの思想的出発点とします。中でも大事なことは、マルクス主義の思想的影響を受けたとしても、それは正統マルクス主義ではなく批判的マルクス主義であったということ、さらには1960年代の運動の経験です。そうした人々を例示していくと、チャーティスト運動研究に言語論的な議論を取り入れたギャレス・ステッドマン・ジョーンズ(1942年生まれ)、すでに紹介したことのあるジェイムズ・エプシュタイン(1945年生まれ)、ギャレスの議論を継承して言語論的な立場から「階級」論を重視した歴史理解へ疑問を提示したパトリック・ジョイス(同じ1945年生まれ)、そして言語論的転回を歴史の脱構築論を結びつけたキース・ジェンキンズ(1943年生まれ)とアラン・マンズロウ(1947年生まれ)、そして女性史研究に言語論を取り入れたジョーン・スコット(1941年生まれ)、それを個人史的方法へと発展させたキャロライン・スティードマン(1947年生まれ)、同じ女性歴史研究者であるリン・ハント[1945年生まれ)、さらには実証史家であると同時に歴史理論への考察を行っているゲイブリエル・スピーゲルも多分同じような年だと思います。晩年の著作が「社会民主主義的」な視点に立つとして翻訳・紹介されたトニー・ジャットも1948年生まれです。
 以上のような1940年代生まれの歴史家が、歴史研究の流れのなかで、どのような役割を果たしたのかを同世代の歴史家として記録しているのが、ジェフ・イリー(1949年生まれ)の、A Crooked Line: From Cultural History to the History of Society (2005) です。タイトルにあるように、文化史への、文化史からの流れを中心に現在の歴史研究の問題を論じたもの。History of Society という言葉は1971年の発表された有名な論文のタイトルとしてホブズボームがもちいたものであって(本文の結論部では、histories という複数形がもちいられています・・p.203)、そのことからもわかるように、歴史研究の「発展」の流れを、単純に直線的に論じたものではありません。しかし、この本からはギャレスの議論がなぜ社会運動史研究と交錯するかたち(というよりギャレスはもともとは社会史的な立場に立つ研究者でした)で生じてきたのかという問題や、社会史と文化史の関係がわかるところがあります。少し長くなりすぎたので、そのことはまた次の記事で紹介します。
# by pastandhistories | 2016-01-29 10:36 | Trackback | Comments(1)

3月20日

 今月が1回、先月が2回(といっても一回は日程の予告なので実質は1回)、先々月が1回だけしか記事を書いていないのに、本当に多くのアクセスがあり、少し申し訳ない感じです。ということで今朝は頑張ってかなりの長文の記事を書いたのですが、最後の入力のさいに間違ったキーを押してしまいあえなくパー。内容は覚えているので、気力が回復すれば明日また書きますが、今日のところは日程の予告だけにします。
 デ・グロートを招聘しての3月のセミナーですが、日程が変更されて20日になりました。美術館と映画というテーマで、グローバリゼーションが進行する中でのパプリックヒストリーについての報告を準備してくれているようです。詳細が決まりましたら、また内容を伝えるようにしますので、関心のある人は日程を開けておいてください。
# by pastandhistories | 2016-01-28 12:13 | Trackback | Comments(0)

初仕事

 何年か前までは正月は毎年アメリカ歴史学会に参加していたのですが、今年は1月の日程が詰まっているので行きませんでした。もっとも1月の日程が詰まっているのは毎年のこと。ただ今年は最後なので、きちんと納めの仕事をしたいというのも、理由の一つです。その一つが原稿書き。年末に今年の海外での仕事のアブストラクトを書いたので、それを含めていくつかまとめていくのが今年の目標。ということで元旦から原稿書きと思ったのですが、まずは仕事始めは読書からとなりました。
 何を読むかは迷ったけど、結局は3年前のアメリカ歴史学会で久しぶりに会ったジェイムズ・エプシュタインの In Practice (2003)、サブタイトルは、Studies in the Language and Culture of Popular Politics in Modern Britain になりました。E. P. トムスンに自分の書物の推薦を頼んだら、エプシュタインがもちいている「立憲主義というイディオム」(constitutional idiom)への批判の手紙(1989)がトムスンからあったということの紹介とその引用から序文が始まるこの論文集は、もともとは ドロシー・トムスンのもとで学位を取り、彼女と共に『チャーティストの経験』(Chartist Experience, 1982) の編集の任にあたったエプシュタインが、その巻頭に掲載されたギャレス・ステッドマン・ジョーンズの「チャーティズムの言語」(The Language of Chartism)などによって社会運動史に持ち込まれた言語論的転回をどう考えたのかを示す、とても参考になる内容となっています。
 エプシュタインには、指導する側と指導される間の関係を、象徴や言語というその媒体に注目して論じた優れた実証研究がありますが(その代表的なものが、チャーティスト運動の最大の指導者であったファーガス・オコナーをとりあげた単著)、エドワードからその主張への疑問が寄せられたように、彼の考えは言語論的転回にはやや批判的であると同時に、その問題意識には理解を示すというものです。その点からギャレスの議論を評価しています。
 一番参考になるのは、ギャレスの議論がとりわけ1970年代以降、かつての「労働」とか「階級」という言葉を媒体として、資本主義(的な政治)に対するオルタナティヴと考えられていたものが後退したことへの危機意識に基盤をおくもので、その起源をギャレスは19世紀の運動のあり方に求めたのではという議論(これはギャレス理解さらには言語論的転回理解の重要なポイントです)をしていることです。また労働者(階級)がもっていた(現在も持っている)文化的異質性は、必ずしも支配との政治的異質性を生み出すものでないという問題意識が、ギャレスの考えの背景にあったとしてしていることです。
 話が少し変わりますが、昨夜は『相棒スペシャル』を見ました。官房長官が殺されてしまう。二時間ドラマをはじめとして大衆的な文化空間にあるディスコースの一つとして、「政治家」は「ある種の正義」によって排除されるべき存在としてしばしば描かれます。しかしそうした文化的な枠組みが、本当に対抗的な変革への政治的エネルギーを生み出すものであるかといえば、それは否です。むしろ圧倒的に「保守的な」「疑似革新的な」政治の媒体となることの方が多い。エプシュタインは、ギャレスが論じたそうした問題を取り上げています。たとえ労働者や民衆と呼ばれる人々のあいだに支配的な層が持つものとは異なる文化意識が存在していたとしても、それは政治的な変革を生み出すようなもの、資本主義に対するオルタナティヴを提示するものとは決して同一なものではない。それが1970年代以降明確に問題化してくる。そうしたアクチュアルな問題意識が、言語論的転回を媒体とした「学問的な流れ」にあったことがエプシュタインの議論からはわかるところがあります。
# by pastandhistories | 2016-01-02 11:02 | Trackback | Comments(0)

ディスコースとイディオム

 1月16日と3月21日について告知した記事以来です。この記事には1日で630ものアクセスがありました。誰かがツイッターか何かに貼ったためだと思いますが、この場を借りて感謝します。そのうち1月16日については詳細は、[日時:1月16日(土) 午後1時半~午後3時、場所:東洋大学白山校舎6号館6309教室]で、内容的には「歴史に対する考え方」みたいなものを中心にするつもりです。なおこの後、16時から18時ということで、東洋大学白山校舎二号館16階スカイホールというところで所属学科主催で懇親会をしてくれるようです。最終講義はもちろんタダですが、こちらは参加費が八千円(記念品代等込み)とのことで、準備のために事前申し込みが、 メールアドレス  toyo.univ.seiyoushi@gmail.com もしくは FAX 03-3945-7380 までに1月8日締め切りで、必要だとのことです。基本的には学科の主催で、西洋史で担当した卒業生以外には通知をしておらず、それ以外には年賀状のやり取りのある人はそれに添え書きでもして、と考えていたのですが欠礼ということになりましたので、ここにデータを記しておきます。
 ということなのですが、今年の授業は非常勤を含めて昨日で終わり、いろいろの原稿の片づけということで、さっそく11月のチャーティスト運動についての講演のまとめの下書きをほぼ片付けました。講演用のメモがあったので、それをもとに一気に書きました。研究史の全体を俯瞰したので、問題は多岐にわたっていますが、結論的に書いたことの一つは、現在話題になっている立憲主義と民主主義の問題。これに関しては、Gurney (2014)の議論をまとめにもってきました。この論文は、democratic discourse と constitutional idiom からチャーティスト運動理解を整理したもの。タイトルが示しているように、言語論的な議論を踏まえたものです。しかし、内容的には後者に力点をおいたギャレス・ステッドマン・ジョーンズ、マイルズ・テイラー、ジェームズ・ヴァーノンらを批判し、前者の視点からチャーティスト運動を捉えています。
 Gurneyの議論は,当時はネガティヴな意味内容を持っていた、とりわけ支配層は嫌悪していたデモクラシーという言葉をチャーティストがもちいた、かつそれは労働者世界の ritual や symbolism と結びつくかたちで、かつまた自らの組織のプラクティスとしてももちいらていたということの意味を論じてています。つまりチャーティスト運動をデモクラシーというディスコースに媒体とした人々の結合のなかから捉えることをとおして、その表面的イデオロギーが議会改革であったことを根拠にconstitutionalism という枠組みから捉えることを批判するというのが、gurney の論旨です。実はこの後19世紀後半からデモクラシーという言葉がどのようなものとして機能(さらには変容)していくのか、そして20世紀にはそれがどうであったのか、という大変に重要な問題があるわけで、その点を踏まえた(Gurney もまたそのことを議論しています)、きわめてアクチュアルな問題意識に支えられた議論です。
 もちろんギャレスの議論は、ある意味ではそれ以上にアクチュアルな問題意識に支えられた議論であったと自分は考えています。こうした問題は、なぜ現在立憲主義(民主主義という言葉が中心であった60年安保とは異なって)という言葉が現在もち出されているのかという問題と深くかかわるわけで、興味深いテーマです。 
# by pastandhistories | 2015-12-25 06:55 | Trackback | Comments(0)

1月16日、3月21日

 「貧乏暇なし」というより、「不勉強暇なし」という感じ。それでもやっと本は読めるような状態になりつつありますが、この二日は私用が入り完全につぶれました。もっともこの間いくつかのことが進行。
 その一つは、最終講義の日程が固まったこと。1月16日の午後になりました。センター入試の日ですが、別に他意はなく、もともと今年は土曜日が授業日だったからです。今日アレンジをしている人にタイトルを聞かれ、「講義だから講義題目(歴史の諸問題)以外には別にない」と答えたのですが、シラバスを見たら、「ひとりの人間として歴史を考える」という講義を行う日になっていました。そんな内容になるかもしれません。
 もう一つは今年度の招聘セミナーの最後の招聘者と日程が本人からの受諾メールがあってほぼ固まったこと。来日を引き受けてくれたのはマンチェスター大学の Jerome de Groot, 日時は3月21日(月)午後となります。ベルベル・ビーヴェルナージュ同様若い研究者。といっても実証的な著作と共に、Consuming History や The Historical Novels といった著作を出していて、様々な商業的(メディア)空間にある歴史をめぐる問題や、文学と歴史の関係を論じている将来を期待されている研究者です。参加して損はない会になると思います。今後まだ若干の変更があるかもしれませんが、比較的長く日本に滞在してくれるようなので、関心のある人は連絡してもらえれば別の会をアレンジすることができるかもしれません。
# by pastandhistories | 2015-12-09 21:49 | Trackback | Comments(0)

チャーティスト運動はどう物語れるか

 久しぶりの記事です。昨日は所属する大学の学会で、「チャーティスト運動はどのように物語れるのか」というタイトルで講演をしました。このブログにメモ的な記事を書き、問題点を整理しながら準備していくことを考えたのですが、そうなると内容が膨らみすぎていくだろうとも考えたので、それはしませんでした。またこのブログをそうしたかたちで使用すれば、関心のある人の告知になるとも考えたのですが、その場合果たして関心を持ってくれる人の期待に応えられる内容のものを準備できるだろうかという気持ちがあったので、それもしませんでした。伝え聞いてわざわざ参加してくれた人には大変感謝しています。
 一般的な聴衆を対象とする場合によくあるように、ポイントを思い切り絞って、「講演」らしく要領よくまとめることも考えましたが、学会ということで参加する人は圧倒的に歴史研究者であり、かつ今回の場合は専門がまったく異なる人が圧倒的多数ということで、それならということで網羅的な話をして、聞くそれぞれの人に多少なりとも部分的なヒントを提供するものがいいだろうと考えたのですが、そのかたちだとかなりの時間が必要。圧倒的に時間が足りませんでした。
 いちおう準備したプリントでは、Labour History Review の2009年、2013年の特集、それ以外の最近の研究、さらにはデジタル化やネット空間での作業の紹介も視野に入れてはいたのですが、その部分はほとんど触れることはなく申し訳ないところがありました。またかなり急いだので、いくつかの説明を落としてしまいました。まずはプリントに掲載されていた英語で書かれてた基本的な論文集の紹介。これはStephen Roberts が彼のサイトで、それぞれの著作の要約として書いているものですが(その紹介がやや偏っている事例としてとりあげる予定だったのですが、その点をまったく説明できませんでした。時間の問題もあったので、最初にプリントにその旨書いて置くべきで、参加者には自分の文章だという誤解を与えたかもしれません)、その説明を落としました。
 それから話としては、ステーブン・ロバーツも含めたドロシー・トムスンの弟子たちが作り出している流れと(ロバート・ファイスン、そしてジェイムズ・エプスタイン、オウエン・アシュトン)を基本とし、エイサ・ブリッグズやJ・F・C・ハリスンの流れ(ジョン・ベルチェム、アイリーン・ヨウ、マルコム・チェイズ、そしてローハン・マクウィリアムズ)、それからギャレス・ステッドマン・ジョーンズとパトリック・ジョイス、ヴァーノンらの言語論的転回派、言語論的転回を取り入れながらも微妙な立ち位置のマイルズ・テイラー、以上の研究者とはやや異なる立場から重要な議論を提示したポウル・ピカリング、そしてアメリカのおける研究、たとえばゴドフリー、さらにはメーザーからパイににいたる治安システムに注目した近代国家形成から捉えていく方法(それに対するサヴィルの議論)といった議論の大きな枠組みを前提としながら、
 最近の研究において注目してよいこととして、
 1)言語論的転回提起した問題を緻密化した議論、さらにはそれに対する緻密化された反論。たとえばきわめて盛んになっている詩をはじめとする文学的表現についての研究。語彙やイディオムの研究。言語的表現と非言語的な表現との関係、労働者の日常的文化、くわえて感情などとされるものとその言語化との間の関係、そうしたものが「階級」論との関係でどう展開されているのか、とくに運動を「労働者」や「階級」を単位とするものと考える立場からもどのように緻密化されているのかという問題。くわえて言語論的な視点を継承するものとして、constitution,democracy といった「言語」はどのようなものとして分析されているのか、という問題、
 2)「当局」や指導者が残した資料ではなく、普通の労働者が残したT自伝」などの資料の発掘に伴って、そうした「主観的」な資料から歴史を捉えていくという視点がどのようなかたちで議論されているのか、という問題
 3)情報や交通のナショナライゼーションが運動の全国化、それ以上に統治する側の全国化をどのような内容のものとして生み出していったのか、その相互的関係が19世紀後半のイギリス社会をどう構成していったのか、といった問題、
を説明したかったのですが、さすがにテーマが大きすぎました。それでも1時間ほど話してみて、その準備も含めてある程度の枠組みができたので、それはまたの機会にまとめていければと考えています。
 とにかく時間がなくて急いだ。そのためにドロシーがはじめはリーズでエイサ・ブリッグズに教わり、そのテーマがアーネスト・ジョーンズであったということ。そしてマルクスとの個人的接点から評価されてきたアーネスト・ジョーンズについての一面的な理解を疑問視し、非労働者的な社会層出身の文学的ボヘミアンであったという点を指摘したのがマイルズ・テイラーであったこと(そのことを彼がバーミンガムでのチャーティスト・コンフェランスで論した時に自分は参加していました)、こうした流れから同じ時期に台頭した近似性をもった指導者としてレナルズへの評価が進んだこと(同じくバーミンガムで開催されたレナルズ研究集会で興味深い発表をしたのが、運動と詩の問題を取り上げたイアン・ヘイウッドと日本でも翻訳がでたローハン・マクウィリアムです)といったようなエピソード的だけど重要なことも話す予定でいたのですが、そうしたことも落としてしまいました。ということで、この場を借りて記しておくことにします。
# by pastandhistories | 2015-11-29 07:55 | Trackback | Comments(0)

186万部

 家人が出かけて、いま家には誰もいません。のんびり過ごしながら、ノートを見直しています。ということで滅多にないことですが、同じ日で二本目の記事となります。
 昨夜は懇親会、二次会で話が弾んで、最後にもう一軒ということになりましたが、それほど飲むメンバーでもなく、店も開いていないということで、行った先はマグドナルドの二階。もういい年齢なのに、かなりの人が200円也のソフトクリームを注文し、時間をつぶしました。
 雑談も多かったけど、その時出た話の一つが学生時代に関わること。自分は大学祭実行委員会の三役、事務局長をしたことがあって、そのことには色々なエピソードや思い出があるのですが、昨日の参加者の一人は委員長経験者であったということ。少し差をつけられてしまいました(将来彼は学長になるのかな?なるかもしれないですね)。
 その大学祭にちなんで。自分が大学祭委員の企画として立てたものの一つがゲストを呼んでの後援会。大学入学時に学生の間で最も話題となっていたことの一つが、その年の芥川賞受賞作。橋本忍脚本で映画にもなった柴田翔『されどわれらが日々』です。ということで自分が講演会を企画・提案。ちょうど柴田翔さんはドイツから帰国したばかりでしたが、電話をしたら自宅に招いてくれて、「話すのは本当に苦手」ということで最初は断られ気味でしたが、そこを何とかお願いして講演を了承してもらいました。
 大学祭当日は700人収容の大教室が超満員(当時の駒場は教室の部屋番号が大体収容人員に見合っていて、700番教室は700人、代議員大会がよく開催された600番教室は600人・・学生7人に1人が代議員なので、つねに400~500人が参加していたと思います)となりました。
 本人が話は苦手だと言っていましたが、それだけの大聴衆での講演ということで、やはり難しいところがあったとも思いますが、自分が印象に残っているのは話が、柴田さんが大学に入学したときに、教室の座席に座ったらそこに落書きがあったということから始まったことです。書かれていたのは、中原中也の「汚れちまった悲しみに」。自分はそうした「汚れちまった」という落書きのある場所に来てしまったのか、という感慨をいだいたということです。
 自分の学生時代の心象にあったことを伝えたかったのだと思いますが、『されどわれらが日々』について印象に残っていることは(今手元に本があるわけではないので、正確な記憶かはわかりませんが)、たしか主人公が本屋の棚にある本を眺めながら、やがて自分が物を書くことになれば、その本もまたこうした形で棚に並べられる、しかし、やがては本もその内容も人々から忘れられていくだろうという感想を抱くところです。
 あるいは別の作品に書かれていたことで記憶違いかもしれませんが、自分には大学院に残る頃(柴田さんは当時大学の助手だったのではと思いますが)から、つねにこうした思いがありました。おそらくは大学の地位につけば自分は通過儀礼として二つの本を出すだろう。「箱入り」の論文集と、専門領域についての通史的叙述。つまり「分析」と「物語」です。・・・しかし、そのことにはどのような意味が本当にはあるのだろうか?。・・・それは自分にとっての意味なのか、それとも読み手にとっての意味なのか。そんなことを今度の講演では話せればと思っています。
 それはともかくとして、このことともほんの少しだけ関連しますが、今回の芥川賞の又吉直樹さんの『火花』は130万部近くがすでに刷られたそうです。この記事を書くにあたって確認してみたら『されどわれらが日々』は186万部。ビートルズとAKBについて、ビートルズが50年後にも記憶にとどめられているように、AKBも50年後に記憶にとどめられているだろうかという記事を書いたことがありますが、『されどわれらが日々』と『火花』についてどんな議論がありうるのでしょうか。
# by pastandhistories | 2015-10-25 18:21 | Trackback | Comments(0)

分析と物語

 『歴史を射つ』の公開合評会は無事終わりました。会場負けするのではということを心配していましたが、多くの人が参加してくれて、内容的にもそれなりの意図は果たせました。とにかく本の内容が多岐にわたっていて、量的にもかなりのものなので、細かく内容を「書評」するには時間的な制約があり、そうしたところにまで議論がいくのは難しかったのは仕方ありませんでしたが、基本的な議論・問題の提示はできたのではと思います。
 ひな壇対フロアという関係になると、どうしても議論が一方通行的になりやすいので、今回はコメンテーターと編集者が左右に分かれて対座するというかたちをとってみました。そうした工夫もあってある程度はそれぞれの考えにある差異が会場に伝えられたのではと考えています。今回で一番意外だったことの一つは、多くの参加者がすでに本を所有していたことです。書評会ですから当然と言えば当然ですが、高額な本なので事前購入は難しいと思っていたので、そのことには驚きました。逆に用意してあった本があまり売却できなかったのは残念でしたが。
 さてこれで昨年来の仕事が一段落しました。個人的には次の仕事は来月末の所属大学の学会での講演となります。すでにタイトルは決まっていて、「チャーティスト運動はどのように物語れるか」というものです。もちろんモノグラフィカルな研究には、大別すれば分析と物語的叙述という二つの方向があります。というより多くは、基本的にはこの二つを組み合わせて行われます。あえて「物語れるか」としたのは、すこしタイトルを刺激的にした方が関心を引きやすいと思ったから。実際には双方の側面からチャーティスト運動研究についての考え方を説明する予定です。大量なノートがあるので、その再読・点検に入っています。とても一か月では準備は間に合いそうもありませんが、この間重きを置いていた歴史理論についての関心をふまえて、個別的なテーマに対する研究の仕方・表象のしかたを説明する予定です。
# by pastandhistories | 2015-10-25 11:47 | Trackback | Comments(0)

24日のこと

 今日はこれから3コマの授業があります。春学期は夜まで他大学出講を含めて4コマでしたが、さすがに大変なので、秋からは時間割を変更してもらいました。個人的には大きな仕事だった『歴史を射つ』関連の仕事が一段落したので、いまは本来の自分の専門であるチャーティスト運動のノートの見直しを中心に週の予定を組んでいます。また理論関係の仕事に関しては、『歴史を射つ』に対する反応を見ながら、それを参考に次の段階に入っていこうというところです。
 その『歴史を射つ』ですが、やっと書店やネット販売に現物が出揃ったようです。その進み方がやや遅く、24日の会まで間に合うか心配していたのですが、何とかなるかもしれません。逆に24日の会を合評に限定してしまうのは、考え直してみたら参加者を限定してしまうことにもなるので、本のない人にも参加できるようなかたちで、議論の流れを少し工夫してみるつもりです。基本的には合評で本の内容をたどりますが、さいわいコメンテーターをお願いした成田さんも小田中さんも幅広い立場から議論のできる人ですので、多分そうしたかたちで進行できるのではと思います。
 ということですので、あまり形式的内容は気にすることなく、多くの人に参加していただき、今後の参考にしていただければと考えています。
# by pastandhistories | 2015-10-15 08:05 | Trackback | Comments(0)

『歴史を射つ』の販売状態について

 『歴史を射つ』については、なかなか入手しづらい状態になっているようで申し訳ありません。9月15日の記事は出版社に納品された現物を確認して書いたものですが、その後取次店から書店やネット販売に配本されるに際して品薄になっていたようです。幸い新しく印刷・製本された納本(増刷ではありません)が昨日あり、今日から本格配本が始まるようです。それでも書店やネット販売業者に上手に行き渡るかはわからないところがあるとのことですが、合評会は予定通り10月24日に行いますので、関心のある方は是非参加していただければと思います。
# by pastandhistories | 2015-10-02 06:03 | Trackback | Comments(0)

植民地体験

 暦の上では連休ですが、大学の授業はすでに始まっています。幸いにして今年は週前半を授業日とはしていなかったので、多少の時間が取れました。久しぶりの墓参りなど。もっとも明日からの授業準備にだいぶ時間をとられていますが、それでも先週末から今週にかけては、『歴史を射つ』が刊行されたということもあり、ややのんびりできました。ということで久しぶりにテレビで映画の鑑賞。ちょうどBSで放映していた山田洋次監督の初期作品である『馬鹿まるだし』と『馬鹿が戦車でやってくる』(多分『いいかげん馬鹿』もやっていたのでしょうが、これは見落としました)。
 いずれも一部では今でも高い評価を得ている作品ですが、これらの作品で読み取れるのは、山田洋次監督にある奔放なアナキスティックな精神。『男はつらいよ』にも(とりわけ初期作品には)底流として流れているものですが、なんといってもそれが生き生きと示されたのが『馬鹿が戦車でやってくる』。今回見直してもそのことを強く感じました。
 そうした山田監督の志向がよく示された作品が、なべおさみが主演した『吹けば飛ぶよな男だが』という作品です。いわゆるチンピラやくざを扱った作品。今ではまずは見られないと思っていたら、DVD化されているようです。この作品で面白いのは主人公の母親役がミヤコ蝶々であること。つまり寅さんと同じ、『男はつらいよ』の原点の一つがこの作品にはあります。山田監督がその後有名になったということもあるかもしれませんが、DVD化されたということは一部に高い評価があるからなのでしょう。見て損のない作品です。
 時々思うことは、こうした山田監督のある種のアナーキーさは、やはり少年期の植民地体験と引き揚げ体験に求められるのではということです。安部公房や、赤塚不二夫の作品にも共通するものがあります。作品的にはやや異質かもしれませんが、初期作品に「非行」少年を素材とした作品の多い藤田敏八も同種の体験をもった監督です。そして前回の記事で書いた西川長夫さんも。もちろん戦後の文化は色々な要素から構成されましたが、その中で重要な、そして良質な役割を果たしたのは、(とりわけ少年期の)植民地経験とそれへの批判的意識だっただったと自分は考えています。
 少し時間があったので、今日は息抜き的なことを書きました。このブログは個々の記事への累積アクセス数が出る機能がありますが、『歴史を射つ』の目次を紹介した「本の編集」という記事には770ものアクセスがありました。連休ということでやや手間取りましたが(版元は完全な休みでした)、すでに本は完成しているので、明日の連休明けからは実際の配本が行われ始めるでしょう。期待に応えられるような評価が出るか不安もありますが、このブログで書いてきたようなことを基本として編集された本です。実物を手に取って内容を確認してもらえたらと思います。
# by pastandhistories | 2015-09-23 05:31 | Trackback | Comments(0)

西川長夫さんへ

 『歴史を射つ』はすでに完成していて、書店などへの配本はまだのようですが、版元には納本されています。昨日は直接受け取ったものを海外へと送りました。書籍送付用のA5封筒にきっちり入れるのが大変で結構手間取りました。送本先の住所確認メールをそれぞれに事前に入れたところ、ほぼ全員からすぐに返事がありました。ホワイトは元気なようです。バークはいま Colombia にいるので、本はケンブリッジに送ってほしいという連絡がきました。ニューヨークのコロンビア大学か、それとも中南米のコロンビアにいるのかそれはわかりません(スペルからは後者のような気がしますが)。ピヒライネンはビーヴェルナージュに招かれてゲントで三か月ほど教えるようです。
 なんといっても日本語なので、イムやワンを除けば全体を直接読むことはできないでしょうが、それぞれ日本語のわかる知人が周辺にいるようで、ある程度内容は理解してくれるようです。本の送付といえば、今度の本は西川長夫さんに読んでもらいたいところがありました。西川さんには大学院時代から関心がありました。そもそも自分の卒論のテーマはフランス史(「フランス人民戦線内閣へのフランス共産党の参加問題」)で、大学院入試で今後の課題を聞かれて答えたのが、「ボナパルティズム―ナポレオン3世と選挙」というテーマだったからです。以前このブログに書きましたが、自分にとって譲ることができないことは、「民主主義によって選出された」とする人間が、「民主主義をもっとも憎悪する」、ということへの怒りです。これは「民衆の意思を代表するとして革命権力を打ち立てたとする指導者が、民衆の意思をもっとも憎悪する」という言葉に置き換えてもいいかもしれません。
 おそらく19世紀以降の民主主義の最大の問題はこの点にあって、それを端的に予示した歴史的事件がナポレオン3世の統治であり、その20世紀における具体化がファシズムに代表される権威主義的統治であり、そして現在の日本で生じている(あるいは戦後一貫して継続されている・・・成田龍一さんにしたがえば大正デモクラシー以来の)政治的状況であり、さらには同種の問題がミクロ的には大学においても現在生じていると、自分は考えています。その一つの媒体がナショナリズム。その意味で歴史はナショナリズムとの接点に批判的であらねばならないというのが、西川さんの戦後歴史学への批判の根拠だったのだと思います。
 そうした関心はあったのですが、京都と東京ということで、西川さんと本当に長く話をする機会を得ることができたのは、立命館がアラン・コルバンを集中講義に招いたときに、その予備講義を行うよう3人ほどの歴史研究者が東京から京都へ招かれ、その一人に自分がなった時が初めてです。その際に最初に書いた本を送ることになりました。
 その後亡くなる1年ほど前だったと思いますが、別用で京都に行ったときに京都にいると連絡をしたら、夜中にホテルに連絡があり、食事の誘いがありました。翌日同志社の近くのフランス料理屋で4時間ほどいろんな話をしました。その時は全然異常を感じなかったのですが、翌年新著を送ったら、自分もそこに書かれているようなことをぜひ書きたいけど、難しいかもしれないので残念だという手紙がきました。
 以上のような感じで、直接深い付き合いがあったというわけではありませんが、完成にあたって改めて『歴史を射つ』をぱらぱらとめくっていると、この本は西川さんにはぜひ読んでもらいたかったという思いがします。
# by pastandhistories | 2015-09-18 10:59 | Trackback | Comments(0)

『歴史を射つ』刊行されました

 今日は我が家には誰もいませんが、一足先に帰宅しました。多くの人に関心を寄せてもらった『歴史を射つ』(御茶の水書房)は今日完成しました。さっそく版元で配本の手配に入ったようです。休み明けの24日にはきちんと店頭やネット販売の場に出そうろうだろうとのことです。価格的にはもう少し抑えたかったのですが、それなりに立派な本になっています。評価は読み手に委ねますが、それなりに色々な問題提起や、今後の歴史研究にとってヒントとなるようなことが、含みこまれた本になっているのではと思います。
 この本に関しては、おととい[9月13日)の記事にあるように10月24日に公開合評会を予定していますので、内容について議論したいという人は、ぜひ参加してください。また同じ記事の末尾にあるように、多少の割引で直接購入する方法もありますので、希望のある人は問い合わせていただければと思います。
# by pastandhistories | 2015-09-15 20:06 | Trackback | Comments(0)

『歴史を射つ』出版と公開合評会

 昨日まで済南でのCISHについての記事はあまりうまくかけないところがありました。5年前のアムステルダムでの会に比べると、自分の中にあまり高揚感がなかった。色々忙しく、準備不足も大きかったと思います。その理由。学務と出版、それから招聘セミナーの最終準備。シュテファン・バーガーとエルヴェ・アングルベールを招いての招聘セミナーも終わり、学務からも解放され(その間は体調不良でどうなるかと思いました)、そして出版は15日に完成することになりました。書店などへの配本の時期については自分にはわかりませんが、多分予告より早まってその前後に行われるのではと思います。
 ということで昨日は、すでに企画してあった公開合評会のポスター作成をしました。内容をここに書くと
 日時 10月24日(土)13時半より、 場所 東洋大学白山キャンパス8号館125記念ホール 
 (司会) 道重一郎 (コメンテーター) 成田龍一・小田中直樹 
 (応答) 岡本充弘・鹿島徹・長谷川貴彦・渡辺賢一郎、他執筆者

となります。いつもと同じラウンドテーブルでフリーディスカッション形式にしますので、多くの人の参加を期待しています。

以前の記事と重複しますが、『歴史を射つ』の内容は、
第一部 歴史を問いなおす
ヘイドン・ホワイト
 「歴史的な出来事」
ピーター・バーク
 「歴史記述における関わりと切り離し」
ロバート・ローゼンストーン
 「映画製作者が歴史家として歴史に対して行っていることについての諸考察」
シュテファン・バーガー、ビル・ニーヴン
 「国民の記憶の歴史を書く」
イム・ジヒョン
 「グローバルに連鎖するナショナルヒストリーに現れた東洋と西洋」
エドワード・ワン
 「世界のなかのアジアを理解しなおす―東アジアにおけるグローバルヒストリーの出現」
ペニー・コーフィールド
 「歴史家と大きな歴史像への回帰」
カレ・ピヒライネン
 「構築論と最近の歴史の欲求について―実在の果てしない回帰」
第二部 言説としての歴史、表象としての歴史
鹿島徹
 「日本社会における歴史基礎論の動向 二〇〇四―二〇一四」   
長谷川貴彦
 「言語論的転回と西洋史研究―受容のコンテクスト」
平井雄一郎
 「伝記叙述の「型」と未遂の「他者」―たとえば「渋沢栄一伝」は水戸天狗党に躓く」     
北原敦   
 「映画表現における現実と歴史―ネオレアリズモをめぐって」
渡辺賢一郎
 「少女マンガの表現技法と歴史叙述としてのマンガ」
池尻良平
 「学習者から捉え直した歴史の可能性」          
内田力
 「社会史にみる世界史の歴史研究と言説―国際的な史学史の叙述をめぐって」
長野壮一
 「現代歴史学の出発点― 社会運動史における「主体性」と「全体性」」
岡本充弘
 「転回する歴史のなかで」
となります。出版事情から価格設定が高くなっていますが、執筆者枠で多少の割引購入も可能ですので、ご希望の方は、okamoto.toyo.university@gmail.com に問い合わせていただければと思います。
# by pastandhistories | 2015-09-13 11:05 | Trackback | Comments(0)

CISH⑥

 今回の国際歴史学会議の正式の最終日は次期開催地(結局はポーランドになったようです)などを決定する総会がある29日でしたが、実質的な最終日は28日。この日は朝から会議に合わせて個別的な会合をアフィリエーションとして開いたそれぞれの国際学会の総会が開催されました。
 国際歴史学会議の運営実態については自分は直接関与したことはないのでよく知らないのですが、基本的にはナショナルな代表組織と、個別的な国際研究組織の二本立てになっているようです。ナショナルな単位を代表する組織といってもそれがそれぞれにおいてどのようなかたちで組織化され運営されているのは国によってどうも違うようで、そのあたりが今回の会合がそれぞれを代表するような研究者を欠いた理由だったのかもしれません。いっぽう、国際的な個別的研究組織についても、その総会にいくつかを選んで参加してみて、多少の問題を感じるところがありました。
 28日の午後にまず参加したのは、国際社会史学会の会合です。集まったのはメンバーではない自分を含めて10人程度。とにかく人数が少なく、その中で次期の役員や計画を決定しようということなのですが、具体案はなかなかでず、議論が前後してしまうところがありました。一言も発言しなかったのに会議が終了したら呼び止められて、 newsletter の editor になってくれないかという話。 いくらが人が足りないとは言っても、無理な話です。これはその後に参加した国際史学史歴史理論学会でも同じ。参加者はやはり10人程度。なんとかエヴァ・ドマンスカとシュテファン・バーガーを次期執行部に決めましたが、今後についての議論はなかなかまとまりませんでした。
 こうしたことの理由は厳しく言えば、アフィリエーションとして参加した組織の多くがが歴史的には蓄積があるものもありますが、中心メンバーが次第に高齢化し、活動力を失っているためのようです。あるいは新しい国際組織も多少思いつき的に作られて、独自の活動力がなく、国際歴史学会議に合わせてアフィリエーションとして会合を開いているためのようです。
 逆に言うと、国際文化史学会や歴史とメディア国際学会、国際歴史理論ネットワークといった新しい問題意識に基礎を置いた組織・運動体は、独自に国際学会をそれなりの規模で開催する能力があるので、別に国際歴史学会議を利用する必要がない。そのためにそうした新しい問題意識が、国際歴史学会議には反映されにくいといった問題を今回は感じました。もっともこれはアフィリエーションが中心となった後半の会議に参加した印象で、大会自体が設定したテーマが議論された前半には面白そうな内容も並んでいたので、それに参加できなかったのは残念でした。
 最後になりますが、会議の討議の最後を締めたのは、多分イム・ジヒョンが中心になって組織した History and Ethics というセッション。マティウス・ミデルが冒頭にテーマに沿って大会を振り返る報告を行い、それにシュテファン・バーガー、パトリック・マニング、そして小田中直樹さんらがコメントを加えるという形式。その内容については小田中さんが今後紹介すると思うので、それに譲ろうと思います。ただここで印象的だったことは、やはりシュテファンの整理の巧みさ。それからユルゲン・コッカがフロアから発言してすでに紹介したpartial synthesis という主張を繰り返したことでした。
 海外の学会を素材に最近の研究の流れを紹介することの多いこのブログの基本的方針は、同席した日本人研究者には言及しないこと。プライヴァシーもあるし、それぞれが自分なりのメディアをとおして報告するだろうと思うからです。実は今回参加したセッションには、今までとは異なって、基本的には一人か二人だけでしたが、つねに日本人研究者が数名同席していました。そうした人たちの報告もまた参考にするとよいでしょう。
# by pastandhistories | 2015-09-12 09:09 | Trackback | Comments(0)

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